イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Formlessness Pretend to be Black dogs


十六話 嗤う黒妖犬

 

 

 

 隙間風が通り過ぎ、ほこりが舞う。

 

 一条の陽光を受けてきらきらと点滅している。

 

 狭い室内で風が渦を巻き、光の粒も風に乗って踊っている。見る人によっては妖精が(うた)っているようにも感じるだろう。

 

 目の前には眠ったひとりの人形。死んだヒトガタ。

 

 まるで彼女を憐れむような風の動きだ。

 

 俺がそう感じているだけで、実際にはそうじゃないのだろうが……。所詮、目が良くても脳は普通なのだ。都合のいいようにしか物事を見れない。

 

 

「さて──」

 

 

 だらんと腕をぶら下げる。重心が下にいったような感覚と、胸の中で暴れる小源(オド)を抑える感覚。両方を知覚し、自己が上と下に引き裂かれるような錯覚を起こす。

 

 上の自分が、下の自分を見つめている。

 

 下の自分が、上の自分を見つめている。

 

 どくん

 

 心臓が高鳴る。

 

 どくん どくん

 

 興奮しているのか、心臓がうるさい。

 

 段々と遠くなる上/下の自分。やがて月と地球くらい離れてしまった。なのに、鮮明にその瞳が視えている。

 

 朱い瞳と碧い瞳が交差する。

 

 ────────どく、ん

 

 一際大きな鼓動がして、世界を変革するための炉心に灯がともる。すなわち、魔術回路が励起する。

 

 

「────告げる(SET)

 

 

 その言葉を受けて、ぴたりと風がやむ。地球(ほし)が、世界が応えてくれているような心情を抱く。

 

 事実として、魔術師の紡ぐ言の葉は世界を変える。

 

 騙すのだと云う者もいるが、俺の認識だとそうではない。星は俺たち人間に寄り添う気持ちも併せ持っている。その精神に、その魂に、直接声を届ければ、そら、この通り。

 

 

月に咆える(Bark, Hound)──」

 

 

 右手に握り込んだ骨の欠片を握り締めて潰す。

 

 ぱきり と音がして、粉々に。

 

 そして、灰となったソレを魔力に乗せて撒く。地面に全て落ちるはずのソレは、一部が途中でぴたりと止まる。

 

 吹いていない筈の風に吹かれて、右は左へと揺れながら、時折ぴたりぴたりと骨粒が固定されていく。

 

 何かを(かたど)るように、空に姿を描いていく。

 

 犬、いや(おいぬ)である。

 

 体高1メートルをゆうに超え、尾も含めた全長は2メートル以上。灰によって造られた狼は、今にも動きだしそうなほど精巧だ。

 

 というより、動く。──動かす。

 

 

「──フォクシー」

 

 

 ()()()()

 

 人形に魂を込めるように、遺灰に今一度"いのち"を吹き込む。

 

 途端、真っ白な体は黄色がかった美しい毛並みへとかたちを変えていく。虚ろだった瞳に光が宿る。四肢が駆動し、血と肉と骨に熱が(はし)る。

 

 

『──────!!』

 

 

 ソレが咆哮をあげる。遠吠えに近い、さりとて隔絶した叫び声。

 

 一匹の獣が奏でる、月の調べ。

 

 太陽が大地を照らすこの刻において、その声を聞き届ける者はひとりとしていない。

 

 誰にも聞こえない、狼の唄だ。

 

 

「久しいね。一年ちょいぶりかな? 早速だけど一仕事たのむよ」

 

『────!』

 

 

 あでやかな毛皮がうなづく。

 

 狼基準では分からないが、俺から見て、最も妖艶な見た目の狼が(こうべ)を垂れる。

 

 黒と黄色をベースとした毛並みの中で、唯一白く抜かれた額の十字。俺との契約の証を堂々と顕示する。

 

 

「向こうの泉に、カリーナという娘の遺体がある。彼女とこの死体を交換してきてくれ」

 

『──?』

 

「ああ、うん。それだけでいい。君に喰い散らしてもらおうとも思ったが、適材適所というものだ。そっちは別のヤツにでも任せるさ」

 

『──!』

 

「じゃ、任せた」

 

 

 バウ と吠えたのか。

 

 ワン と鳴いたのか。

 

 定かでないが、ひとつそのような動作をしてから、狼はホムンクルスの死体を背に乗せて小屋を飛び出した。

 

 彼のスピードであれば、ものの数分で事を終えて帰ってくるだろう。フォクシーは俺の手持ちの中でも最速の使い魔だ。

 

 元はカランポーの荒野を駆け抜けた、狐のような毛並みをした狼である。

 

 

「別のヤツにするは言ったが、さて誰にするか……」

 

 

 そして、もう一匹。こちらは俊敏さよりも別のことを求めたい。怪異(スリラー)というとノーチェが一番それらしいが、ぞくりとする恐怖は今回必要ない。

 

 要るのはひとつ。手のつけられない怪物(モンスター)だ。

 

 なので、呼ぶのは彼にした。

 

 

月に咆える(Bark, Hound)

 

 

 懐から追加の骨を取り出す。大腿骨の一部、触媒としては中の上くらいの部位。それを右手ですり潰した。

 

 先ほどと同じように空に撒き描く。

 

 構成される、フォクシーよりも大きな影。

 

 "いのち"を吹き込む前から、その目には聡明さが窺える。タテガミのように撫で付けられた剛毛は、もしや鉄砲の類いなどでは死なないのではないかと思うほど。

 

 巨大で、狡猾で、ただの獣とは一線を画した。

 

 悪魔の使いと恐れられた、カランポーの支配者。

 

 名を────、

 

 

「──()()

 

 

 突風が吹き荒れる。

 

 大源(マナ)を震わす真名(まな)を告げる。

 

 途端── ガチン と音が、突然目の前で鳴った。

 

 剣戟にも類似した音。その正体など見れば分かる。

 

 刃ではなく、歯である。

 

 大狼の牙。契約者の首を噛み千切らんとする使い魔(ロボ)(あぎと)であった。骨も血も肉も構成され、体を成した獣は、鋭い眼光をこちらへ向けてくる。

 

 殺意によるものではない。

 

 敵意でもない。

 

 いや、それらも多分に含まれるのだろうが、それを理由とするのは正確でない。ソレは複雑な感情を孕んでいる。

 

 最も適した言葉は、そう、自尊心だろうか。

 

 

「……毎回それやるなあ、君」

 

『────』

 

 

 ふん、と狼は大きく鼻息を鳴らす。

 

 本人の意思を無視した召喚ではないので、これは単に(じゃ)れついているだけだとは思うが、正直不安になるような態度である。

 

 彼の、"人間という種族が気に入らない"という思想は大変結構なのだが、それでも一応は契約を交わしているわけで、なら()()でももう少し愛想を良くしてほしいものだ。

 

 まあ、ある意味これは人間扱いなわけだから、見方によっては俺にとって嬉しいものであって然るべきなのか?

 

 ……そんなわけないか。

 

 

「……フォクシーが戻り次第、君の仕事だ。せいぜい暴れてくれよ。君個人としても、狼の王としても」

 

 

 さて、いまのロボの召喚は確実に周囲の連中にも勘付かれただろう。

 

 イゼルマの水盤に干渉(ハッキング)しているので、ある程度──それこそフォクシーの召喚など──であればまず見逃されるが、ロボほどの霊基であれば隠し通せるものでもない。

 

 月の塔から近場であり、ものの10分もせずに異変に気付いた魔術師たちが押し寄せてくるだろう。

 

 レジーナの聞くところによると、俺とマイオの戦闘のあった泉周辺にはほとんど全員が集っていたという。

 

 事実、メガネに映った赤の点──即ち魔術師たちの動きは素直だった。最も近い赤はまっすぐとこちらへ向かってくる。

 

 バイロン卿である。

 

 土地の管理者(オーナー)として彼が出ないわけにはいかない。ともに水盤と水鏡とで相手の位置は把握している。

 

 俺自身、観測できないように細工を施してはいるが、ロボのことは丸見えに違いない。どの程度の戦力で来られるのか少し期待してしまう。

 

 

「まあ、姿を見られるわけにはいかないから、お帰り願うことになるが。

 ────十字路(トリビア)の猟犬たちよ」

 

 

 ロボの体ですっかり狭くなった小屋から退室し、周囲の影へ灰を撒く。

 

 白い粒子が地面の影に触れた途端、その暗さを吸収したかのように骨粉はドス黒く濁っていった。

 

 どろり

 

 クロイカゲがうごめく。

 

 ぐちゅり ぐちゅり

 

 嫌な音を立てて、形を成していく無数の影。

 

 不定形のナニカが、見た目だけを取り繕っていく。

 

 胴体があり、頭と尾があり、四肢があり、ソレはその四足で立っている。その有り様は犬に酷似していた。

 

 ただ、真っ黒なナニカで構成されたソイツらは、犬などとは到底呼べない代物である。

 

 無数の眼球で現世(うつしよ)を見やり、(サメ)みたいな鋭い牙の並んだ口でケタケタと嗤う。蝉時雨(せみしぐれ)を思わせる異形の鳴き声が冬の森に木霊(こだま)していた。

 

 

『────!!』

 

「おっと驚かせたね」

 

 

 空気の弾ける音がして、振り返ればカリーナの遺体を連れて戻ってきたフォクシーであった。

 

 そういえば、コイツらと会うのは初めてだったか。

 

 基本的に統率個体であるロボ、ギガントらへんにしか合わせていなかった気がする。

 

 労いとともに謝罪の言葉を口にすることにしよう。

 

 

「お疲れさま。嫌なモノを見せてごめんよ。この後は君のとこのボスに交代だ。もう戻っていいから」

 

『────』

 

 

 高く鼻を鳴らして、直後にフォクシーは灰となって霧散した。

 

 時に、この手の召喚術は基本的に触媒に限りがある。俺の場合だと呼び出す対象自身の骨を使うから尚更だ。狼一匹の骨などすぐなくなってしまう。

 

 これについては、俺が仏舎利(ぶっしゃり)理論と名付けた方法にて解消されている。

 

 類感魔術の応用なんだが、要は"狼の骨同士を混ぜたら、もうどれが誰のかわかんないし、全部一緒だろ"という非常に雑な照応の仕方をしているかんじだ。

 

 仏教徒(ブッディスト)にはぶん殴られそうなネーミングであるが、なんとなく似てるなーと思っただけなのでご容赦願いたいものだ。

 

 閑話休題(カット)

 

 降り注ぐ哄笑不協和音。

 

 ケタケタ ケタケタ 鳴り止まない。

 

 重油(オイル)のような黒色のヨダレが地面に落ちて、じわりと影に染み込んでいった。そうして一層暗く幽かな闇が広がり、またも犬のようなナニカが産まれ出ていく。

 

 影と照応する本体──影をつくりだす草木の生命(いのち)を餌にして、かつて無形であり今に形が与えられたものどもは増えていく。

 

 これを『ブラックドッグ』などと呼んでいたのだから、我が先祖ながらドン引きだ。

 

 

「じゃ、コイツらよろしく。ロボ」

 

『……────、──ッ!』

 

 

 ソレの指揮を別のやつに任せるのもどうなのかとはうっすら思っている。

 

 ロボが毎回噛みつこうとしてくるのってこれが原因かな、とも一瞬よぎったが考えなかったことにした。

 

 そもそも彼──ロボにしてみれば毎度のことである。

 

 仕方ない、とでも言いたげに眉を(ひそ)めるような素振りを見せると、狼は大きく息を吸い込んだ。大きく遠吠えをするための準備であった。

 

 ──が、咆哮をあげる前にその行動は中断された。

 

 

「……ぁン? なんだ、これ」

 

 

 影が、濃くなった。

 

 

『────』

 

 

 元より影はブラックドッグのせいで濃かったが、それはこの周囲だけであった。他は夕陽が照らしていて、長くのびた影を鮮明に土地へと刻み込んでいた筈である。

 

 いつのまにか青い空には紫の色味が刺し、通り越して茜色へと変化している。のみならず、今やまたしてもそろ表情を変えんとしている。

 

 暗雲立ち込める、とでも云おうか。

 

 透き通っていた夕焼け空はいつのまにか分厚い雲に覆われていた。

 

 同時にゾクリとする悪寒が走った。細く長い針が胸を突き刺すような、魔術回路を刺激する微かな痛みを感じる。

 

 

「──宣戦布告、その二……か」

 

 

 腕に抱えたカリーナの頬にポツリと雨粒が落ちる。

 

 伴って曇天の空に雷鳴の音がくぐもって聞こえた。

 

 南の方だろうか。荒野の嵐のような敵対的な魔力を露わにしている。果たして何人いるのだろう。イゼルマの結界の中へと次々に魔術師が侵入してくる。

 

 10人……20人……まだ増える。30人以上か。

 

 一流の魔術師はいないが、為している術式の出来は実に見事であった。古今東西、天候へと働きかける魔術は数あれど、現代において複数人でそれを為すとなれば中々に難しい。

 

 魔術師という生き物は団結には向いていない。小さなコミュニティの集まりに過ぎないからだ。

 

 だというのに、この襲撃者たちは全員が強く結びついている。……2人ほど、外した方がいい奴もいるみたいだが、それはそれ。

 

 

「ともすれば、俺のより厄介な騒ぎになるか?」

 

 

 雲の隙間から時々覗く稲妻を見ながら呟く。

 

 これほどの魔術師の兵隊を揃えるとは。ぜひとも統率者の顔を拝みたいものだ。約束がなければ今にでも視点を飛ばしてしまいたいくらいである。

 

 とはいえ、こちらもやることはやりたい。

 

 横槍を入れられるのは面倒だが、このブラッグドッグたちも奴らの仕業ってことにして暴れるか。

 

 

「いいね」

 

 

 同意の奇声を上げる黒犬の紛い物たち。

 

 号哭(ごうこく)するそれらとは対照的に、黙って侵入者の方向を睥睨(へいげい)するロボ。

 

 相違の姿勢を見せる狼と犬の一頭と多頭。

 

 

「──上映開始(came out)

 

 

 ある意味で、B級ホラー映画の公開を告げる言葉であり、一小節(ワンカウント)の魔術詠唱でもある。

 

 血の匂いが、すぐそばまで近づいてきている。

 

 そんな予感がする。

 

 

 

 

 

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