イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Earth Eyes Art Graph


十九話 熾天の魔眼

 

 

 

「……エルメロイ教室、ね」

 

 

 月の塔の一室。眼鏡に反射する赤い残光を目で追いながら呟く。

 

 実の妹が所属しているのもあって、少なからず興味はあった。この二人──フラット・エスカルドスとスヴィン・グラシュエートも、ある程度は知っていた。

 

 だが、ここまでやるとは思っていなかったというのが正直なところだ。

 

 ダイヤルを回すように、レンズに投射する魔力の波長を変える。すると、光が細分化されていき、精密な情報へと移り変わっていく。

 

 つまるところ、解像度を上げた。

 

 依然サーモグラフィーのような視界ではあるが、彼らの戦いがつぶさに観測出来ている。

 

 

「よくやるものだ、本当に」

 

 

 眼鏡には、ロボとぶつかり合うスヴィンの姿が映されている。

 

 爪での攻撃や突進をたびたび食らいながらも、致命傷を負うことだけは避けるように、噛みつきだけは防いでいる。

 

 それだけではなく、隙と見るや、対抗するように爪や蹴りなどを繰り出していた。攻撃する場所は様々で、ロボの弱点となるような箇所を探っている。

 

 肉体面では圧倒的にロボが優っているが、この少年はその差を埋めるほどに防戦能力が高いようだ。

 

 ロボも同種で喧嘩をしたことくらいはあるだろうが、人狼のような相手との戦いは完全に未経験だ。意外と攻めあぐねていると見える。

 

 しかし、紛い物とはいえ、彼は境界記録帯(ゴーストライナー)の亜種。

 

 人々のイメージが彼を創り上げる。

 

 他の狼を凌駕する巨体に、恐ろしいほどの賢さ。

 

 それは現代において誇張化(カリカチュア)される。

 

 

「──すぐに君に追いつくさ、グラシュエート」

 

 

 椅子に腰掛け、コーヒーを啜る。

 

 視界の端で、ロボの爪が少年の左肩を抉っていた。

 

 赤い飛沫が地面にかかる。幻狼の毛皮を縫うようにして、ロボの鉤爪がするりとスヴィンの身体に突き刺さったのだ。

 

 ロボは適応していく。

 

 地形に、気象に、人に、技に、魔術に。

 

 さて、フラットの解析が終わるまでに仕留めきれればいいが。

 

 ……とはいえ、若い芽を摘むのは些かばかり抵抗がある、というのが本音だ。

 

 先の襲撃者たちならばいざ知らず、あそこまでの獣性魔術の使い手は稀少だ。才能ある若者をこんな茶番劇で失うのは惜しい。

 

 ではロボに手加減してもらうか? しかし多少優勢とはいえ、彼も彼でそこまで余裕があるかは分からない。

 

 

「どうするかな……」

 

 

 と、そんな俺の言葉に被せるようにして──

 

 

「──高みの見物ってわけか? ヴィジリア」

 

 

 そのような声が掛かった。

 

 若い女の声。だが、力強く芯の通った声だ。

 

 聞いたことのある、その音色。

 

 それは紛れもなく、()()の声だった。

 

 

「……鍵を掛けていた筈ですが──蒼崎橙子さん?」

 

 

 振り返った先。扉の側。

 

 緋色の女が立っていた。

 

 服装は今朝見たときのままだが、その手に持つ妙な(カバン)がいやに目を引いた。

 

 その正体は知っている。彼女の過去(きおく)に載っていたものだ。しかし、()()()だ? 影絵か。怪物か。

 

 前者であれば対応は可能だ。多少苦戦はするだろうが、タネが割れている以上、突き崩せる自信はある。

 

 ……だが、もし、もしも後者であったならば……。

 

 

「鍵……。ああ、鍵ね。開けて入ったよ。言っただろ? 私たち魔術師にとってこんな鍵、ないも同然だと」

 

「同時にこうも言っていましたよね。"鍵とはかける行為そのものが大事"なのだと。じゃあこれは、魔が差した、では済みませんよ」

 

「そうだな。そう言った。とどのつまり、いまの私は偶然の加害者ではなく、お前もまた偶然の被害者とはなり得ないわけだ」

 

「それ、まるで俺に危害を加えるつもりのようにも聞こえますが?」

 

「ああ。そう言ってるんだよ」

 

 

 蒼崎はなんてことないように言い放つ。

 

 紫煙を(くゆ)らせて、まるで世間話かのように語りながら、涼しい表情で俺を見つめる。

 

 その一連の言動があまりに自然だったものだから、こちらもつい反応が遅れてしまった。

 

 

「──────────は?」

 

 

 景色が、急に移り変わった。

 

 窓を突き破って、部屋から外に放り出されたのだ。突風かなにか。彼女の脚に隠れていたが、恐らく何かしらのルーンによるもの。

 

 予兆は見えていた。()()()も察知できた。俺の眼が、彼女の攻撃を全て観測していた。

 

 にも関わらず、こうして喰らっているという事実がある。

 

 それほどまで洗練された魔術。あまりにも美しい術式。あまりにも速い術式。一工程(シングルアクション)の極みと言っていい。

 

 見えていても反応できなかった。

 

 チッ と舌打ちしながら、空中で体勢を整えて着地する。衝撃で泥が散り、服にかかるがそんなことを気にしている場合ではない。

 

 上を見れば、蒼崎も飛び降りてきているのが分かった。

 

 俺と違い、彼女はふわりふわりと降りてくる。風船でも持っているかのよう。

 

 

「いきなりなんですか? 俺、なんかしましたっけ?」

 

「なんかはしてるだろ。現在進行形で」

 

「……いやまあ、そうですけど……。でもあなたには関係なくないですか」

 

 

 黒犬やロボが俺の仕業だと確信しているらしい。確認もなく断定される。実際合っているのでなんとも言えない。

 

 とはいえ、だ。確かに黒犬とロボを放って暴れさせているが、蒼崎に被害はなかったと思う。確認したのは少し前のことだが、彼女はずっと上の階の工房に引き篭もっていたと記憶している。

 

 彼女が正面から殴り込んでくるようなことまではしていない筈だ。

 

 

「確かに関係ないとも言えるか。

 まあ、とはいえ、少し頼まれてしまってね。それだけが理由じゃあないんだが、今回はこっちに回ることにした。悪いな」

 

「……誰からの差し金です?」

 

「それは言えない。守秘義務というヤツだよ。ほんの小さな頼み事だから、そんなものないも同然だがね。流石に言うべきじゃないだろう、人として」

 

「ではもうひとつ。それだけが理由じゃない、と言いましたね。そちらの方は、何ですか?」

 

「個人的な、私自身の──そうだな、指針、かな。

 ほら、なんだ。片方が当事者となるのに、もう片方が傍観者の立場というのも変な話だろう?」

 

 

 なるほど。

 

 おおかたイスローかミックにでも事態収束を請われて、理由ができてこれ幸いとばかりに介入してきたといったところか。

 

 キックとなったのが誰かしらの依頼だとしても、根本的なところはさっき蒼崎が述べた通りなのだろう。つまりは、お前が先に手を出したんだからな、ってことだ。

 

 自業自得。身から出た錆。彼女と戦うことになったのは、俺自身の行動の結果だった。

 

 

「というか、逆に聞くがお前こそいきなりなんだ?」

 

 

 遠く、森の方を指差しながら蒼崎が尋ねてくる。

 

 

「やり過ぎだろう、どう見てもこれは。

 ロード・エルメロイⅡ世が出てきて焦ったか? マイオとの戦いで火が付いたか? それともコイツは伝承科の君主(ロード)の差し金なのか?」

 

「……さて、なんとも。

 そもそも、やり過ぎではないでしょう。黒犬が殺したのは外からの襲撃者たちだけです。彼らとて命を奪うつもりでここへ来ている。立場が逆になっただけです」

 

「たしかに魔術師にとって命は軽いものだ。殺しに来たんだから殺すというのは真っ当な理由だ。しかし、お前は違う。お前は殺人も殺戮も忌避している。だというのにここまでのことをした。

 ──なぜやったのか(ホワイダニット)、というやつだよ」

 

「探偵気取りですか」

 

「私はどちらと言うと被害者側のが似合うだろう。だがまあ、お前の動機(なぜ)を解き明かすのは面白そうだ」

 

 

 ぴちゃり と水溜りが足音を奏でる。

 

 蒼崎が鞄を片手に向かってくる。

 

 ぴちゃり ぴちゃり

 

 一定のリズムで鳴るその音が、どうも前奏のように聞こえてならない。

 

 

「その眼鏡」

 

 

 蒼崎はこちらへ歩み寄りながら、今度は俺のかけている眼鏡へと指を向ける。

 

 一瞬、ガンド撃ちのような"呪い"を警戒したが、そういった風でもないと即座に感じ、編みかけの呪詛返しの術式をほどく。

 

 

()()、取りなよ」

 

「いいんですか……? これで眼を使ったら賭けは俺の負け、とかにならないですよね」

 

「ならんならん。あれはネタバレ防止用だったからな。私とお前しかいない今の状況で、事件のネタバレもクソもないだろ。

 ──使いなよ。星の瞳。始覘(してん)の魔眼」

 

「じゃあ遠慮なく……ってわけにもいかないんですよ。使用を制限されてますので。180秒だけでいいなら全力(フルパワー)でお相手しますが」

 

「私だってそう長くやるつもりもない。それで構わんさ」

 

「では──」

 

 

 ゆっくりと眼鏡を外す。

 

 視界が広がっていくのが分かる。片目を瞑っていた状態から、目を開けて両目で見るようになったかのような、圧倒的な視野の広がり。

 

 分厚い雲を貫通し、月光が俺と蒼崎を俯瞰する。正しく衛星と経路(パス)が通る。星辰が揃う。

 

 

「────告げる」

 

 

 声は静かに。

 

 魔術回路を励起させる。ただし、この身に刻まれたものではない。

 

 ()だ。

 

 魔眼とは、肉体に刻まれた魔術回路とは独立した、別個の魔術回路(もの)である。当然、この双眸にも刻まれている。というより、その殆どが旧い魔術回路で構成されている。

 

 その古さ、その神秘は骨董品なんてものではなく、星の瞳の名の通り、46億年ものである。張り合えるのは地球そのものか、それこそ今は亡きアルビオンくらいのものだ。

 

 いっそ(おぞ)ましいとさえ云えるほどの魔力が眼球から溢れ出す。

 

 幻術によって夢を見せていた星の視覚がおもむろに瞼を開ける。

 

 現代より遡り、神代を超え、原始へと回帰する。

 

 

「──熾天、開眼──」

 

 

 虹色の遊色効果を携えて、一際蒼い眼光が天上から俯瞰する。本来遥かな下にある筈の星の内海が、まるで上空にあるかのように、蒼く眩い淡い色が周囲を飾った。

 

 緩やかな動きで、裸眼を蒼崎へと向ける。

 

 蒼崎のくすんだ緋色の瞳が、反射する俺の瞳を通して青に染まっていた。

 

 彼女が目を見開く。口元が吊り上がる。驚きと喜びによって表情が彩られる。

 

 童女のようなその無邪気な顔に、少しだけ心が動いたのを自覚する。どうも、俺は大人の女性のこういった表情(かお)に弱いらしい。

 

 

「……はは。なんだろうな。もう今更なことだけど、一周回ってムカついてくるよ」

 

「どんな感情が一周回って出力されたらその顔になるんですか」

 

「ん? あー、いや、そうだった。記憶──いや記録か。そいつの心情までは読み取れないっていうのも難儀だな」

 

 

 煙草から漂う煙が、細く千切れてくる。ゆらりと幽鬼めいて(うごめ)く紫煙は、蒼崎へへばりついたまま動かない。

 

 パッと赤い女の手から、もうフィルターだけになったそれが落下する。

 

 湿った地面について、つま先でにじられ、火が消えた。煙だけが滞留し、蛇にも龍にも似た揺めきと共にそこに有り続けている。

 

 ひとつ、北風が吹いた。

 

 煙のヴェールをいとも容易く剥ぎ取り、白くくぐもっていた女の姿をはっきりと映し出す。

 

 ギ、ギギギ

 

 金属の擦れる音が、時を同じくして鳴った。

 

 

「行け」

 

 

 蒼崎の声に合わせるように、針金で編まれた蜻蛉(とんぼ)がいくつも飛翔する。

 

 ギギ と心臓代わりの鉄製のギアが回転する音が、羽の駆動音と共に風を切る。細い鉄の糸を捻って造られた美しい四枚の蜻蛉羽(あきつは)が、青の残光を乱反射して輝く。

 

 赤い点々、紅玉(ルビー)の瞳だけが周囲から浮いて、無秩序な絵を暗闇の空に描いていた。

 

 それらが、ちろちろと、蛇がするように舌を出すのが妙に気に掛かった。

 

 

「いや、これは……!」

 

 

 ざくりと、突如脚に走った三本の赤い線によって思考は切り替わった。

 

 舌ではない。光だ。何かを映し出している。

 

 違う、何かではない!

 

 

「影絵の、猫!」

 

 

 にゃあ とふてぶてしい鳴き声が聞こえた気がした。それもいくつも。

 

 蜻蛉は映写機である。

 

 12匹はいるであろう針金の昆虫は、それぞれが一級品の魔術礼装であり、それぞれがエーテルで造られた魔猫を射影している。

 

 彼女の過去にこれらの記録はない。つまり、あの夜から現在までの超短期間でこれらを作り上げたということだ。

 

 ルーン魔術に意識を向けていたが、なるほど確かに。彼女は凄腕の人形師であり、クリエイターなのだから、とても常識で測れるものではなかったわけだ。

 

 右。左。また左。

 

 襲いかかる影の猫を的確に捌きながら、蒼崎を見やる。赤い女はその髪を靡かせながらこちらを観察するのみで、先程からこれっぽっちも動いていなかった。

 

 まずはアレを動かすところからだ。

 

 せっかく眼を自由に使える貴重な時間なのだから、こちらも出し惜しむことはない。

 

 

「──投影する(gradate)

 

「お」

 

 

 俺の周囲の空間に、何本もの刀剣が形を成す。とはいえ、これらは全てハリボテ。贋作にすぎない。

 

 ──投影魔術(グラデーション・エア)

 

 儀式の際に足りない物品を一時的に代用するために使うような魔術だ。通常、この魔術を攻撃に転用など到底出来るものではない。

 

 通常ならば。

 

 

「──置換する(flash)

 

 

 ボコッ! と周囲の地面が抉れる。少なくとも、きっと蒼崎の目にはそう映ったに違いない。

 

 

一掃せよ(fire)

 

 

 剣が舞う。

 

 何匹かの蜻蛉が逃れるように飛ぶが、間に合わない。全方位に雨のように散逸する無数の刀剣が、12匹全ての映写機を撃ち落とした。

 

 心臓部(コア)を貫けず、隙を縫って向かってくる猫の攻撃を甘んじて受け、骨を断つようにその部位を破壊する。

 

 

「面白い使い方だな、驚いた」

 

「……初見でタネを見破るのは勘弁願いたいですね」

 

「投影魔術で作り出した剣を、置換魔術で地面の物質も入れ替えたな? 原子レベルで観測を可能にするその魔眼がなければ為せない(わざ)だ。

 創り出されるのが神秘もへったくれもないただの刃物だということを加味しても、私の蜻蛉を撃ち落とすくらいはわけないということか」

 

「驚くのはこっちですよ……」

 

 

 蒼崎の観察眼も、俺のとはまた別次元にあるように思う。

 

 彼女の推察通り、原子ひとつひとつの構造までも再現した投影である。だが、これだけでは脆い。所詮は投影魔術だからだ。

 

 だから置換する。魔力ではない本物の物質に。

 

 投影品を設計図として、地面から同等の物質を持ってきて入れ替える。原子、ともすれば陽子や中性子、電子までも同じ数に分類し、同じ物として置換する。

 

 入れ替えられた投影品は元の形を失ったことで、魔力へと還り、霧散する。はたから見れば、地面が突然抉れたようにしか見えない。

 

 元になった物質の兼ね合いで、神秘も何もない現代的な物しか作り出せないという、この星の瞳を使うにしてはしょっぱい効果なのが玉に瑕だ。

 

 

「見たところ、後からそれに『強化』は出来ないのか。出来ていたら脅威だったが、それじゃあ並の魔術師の防御ならともかく、私のルーンの守りは貫けないぞ?」

 

「知ってますとも。元から初見殺し兼つゆ払い用の魔術なんで」

 

「なるほどな。まあ、弾幕程度にはなるか」

 

「ええ。──再装填(gradate)

 

「さて、なにがいいか。無難にZアルギズか、Nナウジズでもいいな」

 

「……掃射(fire)

 

 

 魔眼の使用可能時間────あと120秒。

 

 

 

 

 

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