イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Idea Blood


二十話 薔薇の魔眼

 

 

 

 今一度の、いや何度目かの剣の雨。

 

 俺自身、そう覚悟していたというか、目眩しのひとつにでもなってくれたらいいなくらいの勢いで放っているが、目の前の女はそれを一切意に介していない。

 

 Zアルギズのルーンによって突風に阻まれ、剣は彼女の横を通り抜けるばかり。

 

 かと思えば、Nナウジズのルーンによって魔力の障壁を生み出し、正面から受け止めてみせるということもあった。

 

 他にもいくつかのルーンを扱っていたが、どれも共通して、剣のひとつたりとも彼女には届くことはなかった。

 

 やはり特筆すべきは彼女の術式精度だろう。

 

 彼女自身、魔力量はさほどでもないが、扱う術式の効率が極まりすぎている。段違いな魔力総量の差はあるものの、残り2分弱の勝負で魔力切れは期待できそうもない。

 

 ここは削り方を変える必要がある。

 

 

投影/置換停止(suspend flash-gradation)定義変更(redefine)深度(past)千百八十年(12th century)

 

「あン? そりゃあ──」

 

 

 涼しい顔、あるいは余裕ぶった表情を崩さなかった蒼崎の眉間にシワが寄る。

 

 

「──(ノウェム)

 

 

 その顔面の横を、稲妻が奔る。

 

 すんでのところで躱したようだが、掠りはしたらしく、ツゥーと血が額から鼻を伝って口元まで流れていた。

 

 

「マイオのときに使ってたやつか。数秘紋(ゲマトリア)の雷霆。これまたさっきとはガラリと変わったな。()()()()()()()()()()

 

他人(ひと)の真似は得意なもんで」

 

「私も数秘術(カバラ)の知識はそれなりにあるから言えるが、猿真似でここまでモノには出来ない。

 ああ、よっぽど()()()のことを調べたんだな」

 

「…………」

 

「痛いトコ突かれると黙るよな、お前ってやつは。

 ちょっとずつだが、お前のことが分かってきた気がするぞ。なあ、ヴィジリア・ロサ・カニナ」

 

 

 探偵役を気に入ったのか、蒼崎の口はよく回る。

 

 というか、実際に言ってることが大体合っているのが恐ろしい。彼女の本質も魔術師らしく『秘匿者』であるはずだが、器用にも『解明者』の役をこなしている。

 

 確かに、この魔術に関しては他の真似事とは違う。

 

 かつて、俺は魂の研究をしていた。正確には今現在も継続して学んでいるところだが、今と昔では立ち位置が違かった。

 

 つまるところ、先駆者であるかどうかだ。

 

 今の俺は、魂の分野に関して、第三魔法の使い手の次くらいには詳しいと自負しているが、昔は先人を追う立場であったわけだ。

 

 その時に、よく参考にしていた魔術師がいた。

 

 名を、ミハイル・ロア・バルダムヨォン。

 

 彼の書物はその殆どを教会が独占していたが、彼が隠していた一部の書物に記された内容は、当時の俺からすれば値千金のものであった。

 

 "死徒化とは魂の汚染。人間に戻ることは出来ない"

 

 それを覆すために、魂の研究の第一人者の知識がどうしても必要だった。だから襲った。バチカンの書庫を。(ロア)書物(ちしき)を得るために。

 

 言ってしまえば、この魔術は副産物だ。

 

 魂に関するより高度な知識を得るための道中、そこで手に入れた便利な攻撃手段。

 

 だが、扱う者が少ないのか、そもロアが造った魔術基盤を利用するからなのか、見る者が見れば出所は割れてしまう。

 

 

「ラテン数字をゲマトリアに使用する奴はあまりいない。大抵は自国の言語か、元のヘブライ語のままかの二択だ。

 ローマ出身の魔術師もいなくはないが、しかしあそこは聖堂教会の力が強いからな。大っぴらには使えん。普通の魔術師が見る機会もなかろうよ。

 ……となると、聖職にありながら魔術を扱う異端者、というのが一番納得がいく答えなんだが、合ってるか?」

 

 

 このように。

 

 推測と飛躍によって容易く正解へと近づいてくる。

 

 

「……そういえば、さっき私の影絵で傷ついた箇所、治っているな。いや、あのレベルの召喚術を扱えるんだ。霊媒治療などお手のものか? にしてはそんな素振りもなかったが。

 ひょっとすると、そういった類いの呪いでも宿しているのか。

 だとすると、これまた嫌な想像になってしまうんだが──お前さ、吸血鬼だったりするじゃないか?」

 

「……今日から名探偵って名乗っていいですよ」

 

「はっ。シャーロック・トウコってか?

 ……ん? それだと名前・名前になってしまうな。シャーロック・アオザキ、トウコ・ホームズ……いかん、しっくり来ない」

 

「くっそどうでもいいっスわ」

 

 

 軽口を叩きながら、こちらの雷撃を対処してくるのだから始末におえない。

 

 Zアルギズのルーンでは少なからず喰らってしまうからか、新たに描かれたYエイワズのルーンによって防いでいる。

 

 イチイの木を象徴するルーンで、防御のルーンとしても名高い。避雷針として使うにはピッタリだ。

 

 魔術の雷なので、本来こちらの自由に操作できるものだが、向こうも向こうでそういう魔術だ。概念のぶつかり合いとでも言おうか。より洗練された術式がこの場を制する。

 

 蒼崎の術式。ロアの術式。

 

 どちらも美しい。使い手の技量差も、こちらは魔眼におかげでないも同然である。

 

 けれど、今回は前提条件が異なってしまっている。

 

 こちらは雷撃を確実に当てる必要があるが、向こうはこちらの雷を少しズラすだけでいい。直撃を避けるやり方を取られた以上、勝ち負けを判ずるとすれば向こうに軍配があがる。

 

 

「──ただし、このままならば」

 

「秘策あり、か?」

 

Exactly(その通り) ──(デケム)

 

 

 電流の方向(ベクトル)を反転させる。

 

 赤い女目掛けて放たれていた稲妻を、今度はこちらへ放ち、身体に纏わせる。ふわりと、かすかに感じる無重力感に身を任せて突っ走る。

 

 バチリ

 

 と、短く雷鳴が轟く。

 

 一条の神鳴(カミナリ)となって、蒼崎の身体をすり抜けた音。

 

 まず光があった。

 

 眼を見開いたまま、雷速の攻撃に対してイチイの守りを取る蒼崎。無論、俺という物体は避雷針など構うことなく突っ込んだ。

 

 次に音がした。

 

 秒速340メートルで俺を追走する雷音が、立ち止まった俺に追いついた衝撃波を背中にビリビリと感じた。

 

 振り返ることもなく、俯瞰の瞳が背後の光景を観測する。

 

 腹を抉られ、血を吐き、よろける女の姿を。

 

 ────あと60秒。

 

 仕留め切れてはいない。この女はこの程度でくたばるような(タマ)じゃあない。追撃を────

 

 

「あ」

 

 

 漏れた声は、俺から発せられたものだったか。

 

 ()()()()()()()()

 

 深淵を(のぞ)く時、深淵もまた此方を覗いているのだ。

 

 胡乱(うろん)な哲学者の言葉が思い出される。

 

 

「おめでとう。()()()はお前に興味津々だそうだ」

 

 

 蒼崎が口元に朱色を滲ませながら言葉を向けてくる。だが、俺自身の目線はそんな部分へ向かうこともない。

 

 見るべきは、視てしまったのは、彼女の手にした大きな鞄。

 

 開いてはならない。開かれてはならない。ある種のパンドラの匣。

 

 それが開いていた。

 

 暗い 暗い ここではないドコカ

 

 赤い 赤い 血走ったまなこ

 

 痛い 痛い ミるだけで軋む脳

 

 それは不死身で、

 それは言葉を話すこともせず、

 それは誰にも理解できない正体不明の怪物だった。

 

 黒々とした孔から這い出てくる棘荊(いばら)の触手。粘滑(ねばらか)な衣を纏いて、双眸を炯々(けいけい)に燃やし、霧煙(きりむり)っぽい息を吐き出している。

 

 焔の両目が月をとらえる。

 

 こちらを引き掴むべく鉤爪を伸ばす匣のマモノ。喰らい千切るべく巨大な(あぎと)がクローゼットのように開かれる。

 

 燕のかくやといった速さで、こちらの四肢へと絡みつかんと針の(つた)を伸ばす。

 

 

「ッ! 定義変更(redefine)深度(past)────」

 

 

 風に煽られたスパゲティのように四方八方に伸ばされる触手を、身体を捻ってなんとか掻い潜る。

 

 しかし、それも限界は近い。

 

 地面を穿ち、森の木々を刈り取り、月の塔の白壁を破壊する名無しの怪物。昏い淵(ホライゾン)の魔獣。

 

 コイツに弱点はない。

 

 眼を合わせ、その生態の殆どを知り得て出した回答が、それだ。

 

 精霊。真祖。そういったものとは別の道を辿った星の落とし子。精霊以上の完成度と、真祖以下の欠陥を持って産まれてしまった廃棄物。

 

 こんなのとどうやって繋がったのか問いただしてやりたいものだ。

 

 まともに相手をすれば俺の中の血液──命のストックを全て吐き出すことになりかねない。

 

 

「……深度(past)二十年(1st century)

 

 

 業腹だが、こいつの対処には流石に使わざるを得ない。

 

 チラリと上空に一瞬視線を向ける。雲に隠れて普通なら見えないが、俺の瞳にははっきりと空に輝く細長い月が視えていた。

 

 三日月だ。

 

 では、次の新月の日までかなりあることになる。

 

 ほぼ一ヶ月、隠匿生活をしなくてはならなくなるとは。本当に頭にくる。また一からやり直しだ。

 

 

原理写本(イデアコーデックス)────開帳」

 

 

 視界が朱く染まる。

 

 青い偏光は、唐突にその色を反転させる。

 

 ──ひとつ、幻聴がした。

 

 ぺらり と何かが剥がれるような音だ。果たしてどこから聞こえたのか。蒼崎か、怪物か、森か、塔か。どれも違う。

 

 俺自身だ。俺の中だ。

 

 俺の、魂の音。

 

 黒く、あるいは朱く染まってしまった魂に、無理矢理貼り付けた『人間のラベル』が剥がれ落ち、死体(もと)のかたちに戻った音だ。

 

 急速に、喉の渇きを覚え始めた。

 

 身体の底から力が湧き上がってくる。眼球だけでなく、身体中の魔術回路が歓喜の声をあげる。バラバラだった三要素──肉体、精神、魂が、それぞれガッチリと噛み合ったのを自覚する。

 

 ほんの一瞬、怪物が硬直したように見えた。

 

 すぐさまこちらへの攻撃を再開したが、それでもアレが驚くこともあったらしい。この身から噴き出した瘴気に、ギョッとしたのか。

 

 

「……お前、いや、マジか……」

 

 

 茫然としたような女の声が聞こえた。

 

 艶かしい鮮血に包まれた彼女は、今日一番の衝撃を受けて口を開けている。

 

 さっきまで広く使っていた視界はしぼられ、目を合わせないようにしていたのが嘘のように、今は俺の眼を食い入るように見つめている。

 

 

()()()は使うつもりなかったんですが、これ以外に勝ち目もないので。……心底、不愉快ですけどね!」

 

 

 赤い女を尻目に、鞄の中の赤い瞳に照準を合わせる。俯瞰の瞳がまさに怪物の(たましい)を捉える。

 

 魔力とはまた少し違う、真っ赤な力の奔流。それが左目に収束していく。

 

 まずいと直感したのか、匣のバケモノは無数の触手をガムシャラに伸ばしてくる。

 

 が、それは遅きに失した。

 

 怪物の手が届くより先に、俺の眼は開かれる。これこそは地上で最も美しく、最も醜悪と謳われた魔眼。ロズィーアンの血の戒め。

 

 咲きほこる。咲き乱れる。咲き狂う。

 

 視界いっぱいのアカイロ。

 

 バラ。バラ。バラ。

 

 ──────満天の薔薇。

 

 血みたいに 赤い 朱い 薔薇。

 

 幻でなく、正しく見渡す限りに咲いている。

 

 甘酸っぱい匂いが一帯を包む。馥郁(ふくいく)とした薔薇の香が、土と草の臭いを上書きする。

 

 怪物の腕は、俺に触れるかといったところで、ピタリとその動きを止めていた。肉体だけの(から)の容れ物になって、停止していた。

 

 この怪物の魂は、精神は、もう俺の眼の中だ。

 

 46億年の檻の中。

 

 出たいのならば、地球と同等の生命規模(ライフスケール)でもなければ叶わない。残念ながら、この怪物はそこまで旧くない。

 

 こいつはもう出られない。

 

 生かすも殺すも、自由自在だ。

 

 

「……以前、魔眼蒐集列車(レールツェッペリン)というのに乗ったことがあるんだが──」

 

 

 空っぽになった鞄を投げ捨て、女が独り言のように語りかけてくる。

 

 

「そこの支配人は随分と特殊な魔眼を持っていてな。なんでも、目を合わせた者の精神をその魔眼の中に閉じ込めるんだとか」

 

 

 いつのまに治療したのか、すでに塞がった腹の傷痕を撫でながら、悠々と女は言葉を紡ぐ。

 

 

「私に"名探偵と名乗ればいい"と言っていたが、あれは皮肉や軽口ではなかったわけだ。

 なるほど、ロズィーアンの死徒だったか」

 

「……なんか教会でもそういう認識ですけど、不本意なんですよね。血縁があるわけでもなし。死徒としての俺の親が()()ってだけなので」

 

 

 "三代目"、などと軽口をたたく奴もいるし、俺にしてもロズィーアン卿にしてもいい迷惑だ。

 

 そもそも継承する■■■■もないのに、代替わりもクソもないだろう。俺が使っている『原理』はあくまで写本(レプリカ)に過ぎない。贋作の類だ。

 

 

「じゃあその眼はなんだ? それは()()()が持っていたものだと思うんだが?」

 

「いや、まあ、これは接続した事象選択樹を遡って分岐前の──って詳しく説明すると長いので端折りますけど、インチキして手に入れたヤツです」

 

 

 簡単に云えば、『親』の縁を辿って、大体西暦20年から300年くらいの分岐点まで戻り、そこから逆行してあちらの世界からこちらの世界へ写したものだ。

 

 奥の手というか。自爆技に近い。

 

 復元呪詛や吸血行為などなら問題ないが、コレは流石に『魂のあり方』を誤魔化せない。

 

 俺の魔術は惑星(ほし)と同調するものだが、魂のラベルを上書きするこの魔術だけは、本来の魔術らしく世界を騙すかたちで行使した。そういったかたちでしか成り立たなかったからだ。

 

 そして死徒としての強大な力を使えば、この魔術には綻びが生じる。

 

 偽りであり、紛い物であり、模造品であり、写本であったとしても、この力の源は■■■■。使えば使うほどその戒めは魂に深く食い込んでいく。

 

 固有結界にも近しい、テクスチャを書き換えるほどの力だ。西暦以降の人間の魔術なんて簡単に引き剥がしてしまう。

 

 ひばりが朝を告げるように、欺瞞は暴かれ、いとも容易く夢は終わる。

 

 また人間に戻るには、月の見えない日──新月を待たなくてはならない。

 

 

「まさにプリテンダーだな」

 

 

 俺の説明を受けて、蒼崎がニヒルに笑う。

 

 王位簒奪者。詐称する者。ペテン師。

 

 確かにピッタリの蔑称だ。

 

 ロズィーアンからしても、地球(ほし)からしても、俺への認識はその通りなのだろう。甘んじて受け入れる他にない。

 

 そして、今ちょうど『星の瞳』の使用制限時間となった。

 

 蒼崎はピンピンしているが、あの匣の魔物は眼に閉じ込めたままのため、もしこの後も続けるとしても幾分やりやすい筈だ。

 

 

「いや、しかしまあ、なんというか……。死徒とはねぇ。久しぶりに見た気がするよ。あと、ついでにお前の歪さにもなんとなく当たりがついた」

 

 

 血で汚れてしまった煙草を残念そうに眺めながら、蒼崎は呟く。しみじみと噛み締めるような物言いに、奇妙な焦燥感を覚えた。

 

 

「何の話です?」

 

「なにって、"なぜやったのか(ホワイダニット)"の話だよ」

 

 

 剣の切先を喉元に突きつけられたような気がした。

 

 

「前言を一部撤回させてもらうよ。お前は殺人にも殺戮にも忌避感を抱いている、と言ったが、ありゃ違った。理性でそう努めているだけだ。

 死徒としての衝動。吸血鬼のあり方。そういった根っこの部分。言わば『本能』では、まったくの逆なんだ」

 

 

 真っ赤な視界の中で、真っ赤な女が問うてくる。

 

 

「黒犬どもが狂暴であるのは知っていた。あれを使えば人死の一つや二つ出るのは分かっていた。なのに使った。

 "()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()"

 ──それがお前の本音だ」

 

 

 死徒ヴィジリア・ロサ・カニナが詳らかにされる。

 

 

「……まあ、ある意味では人間らしいと思うよ。己の欲求を理性で押し留めて、でも言い訳が思いつくとそれに流される。

 私が考えるにお前の言い訳(エゴ)は──『愛』かな?」

 

 

 ズキリ と心臓が痛んだ。

 

 

 

 

 

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