イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Bustlingly Prologue, and Rosé wine


四話 社交会のはじまり

 

 

 

 軽快なジャズの響き。

 

 ひとつダンスでも踊りたくなるようなリズムが奏でられる。

 

 高く、遠くまで伸びるトランペットの音に、喧嘩でも吹っかけるようでいて、その実ガッチリ噛み合ったピアノのメロディ。それらの根っこを支えながらも、時々主張を欠かさないコントラバス。

 

 一流の音楽といっていい。ロイヤル・アルバート・ホールで彼らのコンサートがあったとしても、チケットはすぐに完売となるだろう。

 

 いや、まあ、音楽はあまり聞かないから、正直テキトーこいてるけど。

 

 そもそもジャズとは云ったが、これが本当にそうなのかも分からない。なんとなく、聞いててジャズっぽいなと思っただけだ。

 

 そんなことを考えながら、周囲へ視線をやる。

 

 数十人の着飾った魔術師たちがいる。

 

 知らない顔と、知らない顔、それと知らない顔だ。

 

 それぞれワイングラスを手に取ったり、料理に舌鼓を打ったり、音楽に耳を傾けたり、談笑したりしている。各々立場があり、腹の探り合いもあるだろうが、一見すれば非常に穏やかな光景だ。

 

 そして、俺はポツンと独り。

 

 顔見知りもいないし、彼らと親睦を深める必要もない立場の人間なので、飲んで食ってしているだけ、というのが現状だ。

 

 

「…………ン」

 

 

 ワイングラスを傾ける。口に含んだ緋色の液体がツーっと喉を伝い、潤す。舌が子供(ガキ)なので、味の良し悪しは実のところよく分かっていない。

 

 けど高級(たか)そうなワインだから、水を飲むよりお得に思えて、つい……。

 

 アルコールには強い──というか効かないので、がぶがふ飲んでしまっている。酔えないというのは、まさにメリット・デメリット両方を併せ持つものだ。

 

 

「──あ、ヴィジリアさん」

 

「マイオか」

 

 

 声をかけられ振り返れば、そこに居たのはマイオだった。

 

 ぼさぼさだった髪は真っ直ぐに整えられ、服装も心なしかオシャレに見えなくもない。

 

 大人の男が半ズボンという選択肢は俺には理解できないが、俺自身そういった流行には疎い。故に何も言うつもりはない。

 

 彼は相変わらず青白い顔のままだ。

 

 どうも、こういったパーティには慣れているらしく、淀みない動作でホムンクルスの給仕からグラスを受け取った。

 

 

「最初は、誰かと思っちゃいました」

 

「今朝の服装のままでも良かったんだが、あれは少しカジュアル過ぎたからね。一応こうして着替えてみたわけさ。あとは少し髪をイジったくらいだけど……どうかな?」

 

「い、いいと思います。普段から、そのようになさらないんですか?」

 

「君と違ってくせっ毛なんだ……。毎朝何十分も掛けてられないよ」

 

 

 寝癖とも相まって、朝は髪大爆発だ。

 

 普段髪を縛っているのは、単に整えるのが面倒くさいから。セットに何十分も時間をかけるのは非効率的だ。

 

 切ってしまおうかとも思ったが、縛れない分気をつける箇所が増えるので断念した。

 

 他人からどう見られるか、極端に気にするわけじゃないが、全く気にしないわけでもない。そういうところは珍しく人間らしい感性を持っているな、と自分でも思う。

 

 

「……こういった社交会には疎いんだが、なにか特別なマナーとかあったりするのかい?」

 

「いえ、特段、そういったものは……。ただ、それなりの立場の方々には、えー、ご挨拶した方が無難だとは思います」

 

「そうは言ってもねぇ……」

 

 

 もう一度、周りを見渡す。

 

 パーティの最初──バイロン卿の挨拶のあった時からいたメンバーだけでも多かったのに、後から入場してくる人々もそれなりにいる。俯瞰(ふかん)して見るが、九割は知らない奴だ。

 

 それなりの立場の方、と言われましても……。

 

 ほら、まさにいま入ってきた二人の少女。どちらも15歳前後といったところか。白いコートと黒いフード、金の髪と灰の髪。

 

 対照的な組み合わせだ。魔術的意味があるのか、それとも単なるファッションか。

 

 彼女らだって、知らない顔──────

 

 いや、

 

 

「……エルメロイ?」

 

 

 見間違いかと思ったが、俺が見間違うはずもないので、その可能性は思考から除外する。

 

 ストレートのブロンド。アーモンドのような形の目。幼いながらも気品ある佇まい。それに後ろに控える水銀製のメイド。

 

 間違いない、エルメロイのお嬢さんだ。

 

 しかし、なんでまた……。

 

 政治に興味はないが、それでも一応は魔術師の端くれ。『派閥』くらいは把握している。

 

 ここ、イゼルマの創造科(バリュエ)ないしバリュエレータは、トランベリオを筆頭とした民主主義派閥。

 

 対して、鉱石科(キシュア)──じゃない現代魔術科(ノーリッジ)のエルメロイは、バルトメロイの貴族主義派閥。

 

 敵対、とまではいかないが、いがみ合っている仲だと聞くが。

 

 

「ど、どうしました? 彼女たちが、なにか?」

 

「トランベリオ派の社交会だと思っていたが、バルトメロイ派からも呼んでいるのか」

 

「え? えぇ、ま、まあ。確かに、バリュエレータの催しですし、ぜ、全体的には民主主義派閥が多いですが、少なからず他からもお呼びしております」

 

「なるほど、バイロン卿も意外と出来た人物らしい」

 

「あの、意外と、はちょっと……」

 

 

 マイオとそうこう話をしているうちに、エルメロイの少女たちは人影に隠れて見えなくなってしまった。俯瞰してまで追う必要もないので、俺もそちらから視線を戻す。

 

 ────カツン

 

 と、耳/目に留まる。

 

 カツン カツン

 

 靴の音。

 

 音楽の中、群衆の中、一際響くものがあった。

 

 

「こんなところにいたのね、マイオ」

 

 

 音が止まり、声が鳴る。

 

 優しげな声だった。

 

 青白い顔の青年に声がかかる。彼の後ろから、つまりは俺の正面から。

 

 マイオが振り返れば、彼の体に隠れて見えなかった、声の主の姿が目に飛び込んでくる。

 

 眼鏡をかけた女性。東洋人らしいが、正確な出身の方は、西洋人である自分には上手く識別出来なかった。

 

 揺れる、くすんだ赤色の髪。

 

 夕焼けのようで美しいが、それを口にしてはいけないような気がした。

 

 例え褒め言葉としてでも、彼女は決して容赦しないだろう。言葉とは、結局のところ伝える側ではなく、受け取る側の都合で意味が変わるものなのだから。

 

 

「──ミス・アオザキ」

 

 

 マイオはその姿を目にすると、当然、彼女の名前を呼び返した。

 

 彼の声に応えるように、赤い女は笑みを浮かべる。

 

 彼の声に応えるように、俺は笑みを引き()らせる。

 

 

「あら、そちらの方は?」

 

「あ、紹介します。僕と同じ伝承科のヴィジリアさんです」

 

 

 女は、その髪に似た、くすんだ赤色の瞳を向けてくる。

 

 まあ、いつか会うつもりではあった。それが早まっただけ。

 

 

「はじめまして。ご紹介に預かりました、ヴィジリア・ロサ・カニナです。お会いできて嬉しく思います。何卒、よろしくお願いします」

 

「蒼崎橙子です。こちらこそ、どうぞよろしく」

 

 

 目が合う。

 

 ────が、ボヤけてよく視えない。

 

 掛けている眼鏡の影響か。とはいえ、並の魔眼殺しならば貫通できる。

 

 ならば、なんらかの魔術──流石に伝承防御ではないだろう──が防いでいるのか。

 

 ……どちらにせよ、眼光を弾くとなると少々面倒だ。

 

 魔眼の本格使用を開始すれば、流石に視えるだろうが、その時は使ったのが確実に向こうにバレる。そうなれば戦争だ。

 

 魔術師の過去を覗くということ。

 

 それは、その魔術師の扱う魔術の(ことごと)くを暴くということだ。

 

 当然いい気はしない。というより、"いい気"なんてものじゃない。

 

 その行いは、

 

 窃盗であり、

 

 偸盗(ちゅうとう)であり、

 

 掠奪(りゃくだつ)であり、

 

 簒奪(さんだつ)だ。

 

 ────大罪である。

 

 その罪は、死を以てして(あがな)われる他にない。

 

 さて、この女──蒼崎橙子の裁きは如何程か。正直考えたくもない。

 

 まずはタネを探るところからだ。果たして眼鏡に仕掛けがあるのか。自発的に外す機会が訪れてくれることを祈る。

 

 

「ふふっ」

 

 

 (にわ)かに、赤色の女は笑った。

 

 挨拶をし合って、そして目が合って、1秒だって経っていない。だというのに、どこに笑う要素があったのか。

 

 

「ミス・蒼崎。何か可笑しな点でも? 何分こういった場の経験も浅い無作法者でして、もし間違いがあったのならご教授いただけると幸いです」

 

「いえ、そうではなくて、

 ────随分と目を凝らすものだから、つい」

 

「は──────」

 

 

 声が出なかった。

 

 声に似たナニカは出たが、それは息を吐いた音が偶々声にそっくりだっただけの話。

 

 気付いている。

 

 穏やかに、残酷に、声の刃は俺の喉元に突き付けられている。

 

 オロオロとするマイオを他所に、睨み合ったままの時間が過ぎる。1秒か、2秒か。周囲の雑音がひどく間延びして聞こえる。もはや意味をなさない。

 

 汗が頬を伝ったと同時、蒼崎はもう一度笑った。たおやかな笑み。元来、笑顔とは攻撃的なものだという。

 

 赤い女が一歩前へ踏み出した。

 

 手を伸ばさずとも、お互いの身体が触れてしまいそうな距離。

 

 

「魔術回路に動きはないから、今まで誰も気付かなかったんでしょうね。魔眼は勿論のこと、視覚を利用した魔術とかなら他の人たちも気づくでしょうけど……あなたの(ソレ)はそうじゃない。

 超能力──あり方としては浄眼に近いのかしら。見えざるモノを視る瞳。ここではないドコカと回線が開いてしまった故の異能力」

 

「………………」

 

「でも、その割には──朱色(あかいろ)ね。

 浄眼は清い力。自然から湧き出た一滴の雫が如しもの。本来青い輝きを放つはずだけど、あなたの眼は違うのね。

 それは魔に属する色だわ。

 未来視、過去視、遠見。そういった側面を併せ持っているハイブリッドな魔眼なのかしら」

 

「………ミス・蒼崎」

 

「それとも関係ない、とか? その目の色は、その眼に宿る力によって染められたと思っていたけれど、むしろ逆。あなた自身が魔に染まったから、引っ張られるように青から赤へ────」

 

「────蒼崎橙子」

 

 

 何年かぶりに、低い声が出た気がした。

 

 よくもまあ、公衆の面前でペラペラと……。

 

 しかし、先に目/手を出したのは俺だ。あまり強くは出れない。殴りかかっておいて、殴り返されたら怒るというのは卑怯だ。

 

 大罪を犯しておいて、死刑は残酷だと(のたま)う罪人のようなもの。文目(あやめ)は知っているつもりだ。

 

 

「……失礼、ミス・蒼崎。先程の無礼を謝罪いたします。どうか、ご容赦いただけませんか」

 

 

 とどのつまり、悪いのは俺なので、ここで引くべきは俺だ。

 

 

「そう、悪いとは思ってるの。まあ、実際殺されても文句言えない立場よね、あなた。

 じゃあさ────ひとつ、診せてくれないか?」

 

「……と、言いますと?」

 

「その眼、詳しく調べさせろとまでは言わないけどさ。ほんのちょーーっとだけ見せてよ。清算だ、いいだろ?」

 

 

 蒼崎はそう言ってウインクをする。

 

 並の男ならイチコロだろうが、どうしてだろう、不思議とこれっぽっちもときめかない。

 

 にべもなく断る、というのは出来ない。それは信条に(もと)る。

 

 それに、殺し合いに発展してもおかしくなかった状況を考えれば軽すぎるくらいだ。

 

 

「分かりました。夜にでも伺います。そのときにでも、お魅せしましょう」

 

 

 あと、好都合でもある。

 

 

 

 

 

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