イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/By definition, a Monster?


五話 喋って、明らかで、然して死なず

 

 

 

 蒼崎橙子の誘い。

 

 "その眼、ちょっとだけ見せてよ"

 

 返答は勿論イエスだ。診られるというのは、つまりは視られるということ。

 

 視ようとしたことがバレてこうなっているというのに、まだ視ようとしている。今度も同じように彼女が許してくれるかは分からないのに。

 

 胸を滾るような使命感はなく。

 

 仕事というだけで死地へ赴く。

 

 ある人から見れば、俺は異常者だ。

 

 だが、俺の内にあるほんのわずかな熱を、見ないふりは出来ない。それを無視すれば、俺は本当にただの生きる屍だ。

 

 やりたいこと。

 

 やらなくてはいけないこと。

 

 やるべきこと。

 

 人間はその短い時間の中で、あまりにも多くのタスクを抱えている。

 

 ひとつひとつをこなしていって、ふと後ろを振り返って、あぁこんなにも進んだんだって思いながら、また前を見る。

 

 7年前のあの日、死にゆく意識の中で自分の人生を振り返った。

 

 あまりにも空っぽで、自分でも驚いた。

 

 だって何も成していなかったから。

 

 父から勘当同然に家から追い出され、ラフツァーツの家に預けられた。そこで魔術を学び、養父の願い通りに時計塔へ入った。講師たちの課題を消化し、優等生だと絶賛された。

 

 その半生に、己の意思など感じられない。

 

 冷たくなっていく身体、薄れゆく意識の中。

 

 

まだ、死ねない

 

 

 ────小さな熱が灯った。

 

 目が覚めて、己の中の火を自覚して、その火を無視できなくて、ただ走った。

 

 善とか悪とか、世の中の秩序とか、そういった煩わしいものをかなぐり捨てて、欲求を満たす為に走り続けた。

 

 今は、ある程度落ち着いている。

 

 灯火の示す、いくつかの命題のうちの一つを終えてしまったから。

 

 例えるなら、一生かけても終わらない夏休みの宿題の筈が、それの完遂までの道筋が見えてしまったようなもの。

 

 いばら姫も、まさかたったの五年で起きられるとは思っていなかっただろう。

 

 とかく、俺は一応のこと人間に戻り、火は弱まった。──が、それでも未だ燃えている。完全燃焼までは遠い。

 

 俺は歩んでいく。走るほどじゃないが、それでも前へ進んでいく。それが人間らしい行動だと思うから。

 

 降霊科(ユリフィス)から伝承科(ブリシサン)に移ったのだってその一環だし、本当の意味での『人間』へと戻ろうとするのもその一環。仕事──今だと蒼崎橙子を探ること──に打ち込むのだってその一環だ。

 

 ────()()()()()()()

 

 己の行動原理を見つめ直す時間は終わり、視点は社交会へと帰ってくる。

 

 俺との約束を取り付け、それで話はついたとばかりに、マイオとの世間話へと移った蒼崎。俺と彼女との会話を気にしながらも、突っ込んだら面倒になると分かっているのか、敢えて触れないマイオ。

 

 そして、残ったワインを飲み干して、手遊びにグラスをくるくると回している自分が見える。こうして客観的に己を見ると、随分と変わってしまったなと自嘲する。

 

 内面が変わったから外面も変わったのか。

 

 外面が変わったから内面も変わったのか。

 

 きっと答えは見つからない。鶏が先か、卵が先か、というやつだ。

 

 社交会の参加者たちを見やる。

 

 俺と赤い女のちょっとした口論は、特段大きな騒ぎを起こしていないようだ。

 

 もちろん聞き耳を立てていた奴らは大勢いたろうが、話のネタにするほど大層なものでもない。そも、蒼崎はともかく俺は無名の魔術師だ。いいとこ数ある時計塔の噂話の一つとして消費されるのがオチ。気にすることもない。

 

 いやまあ、それでも爺さんは嫌がるだろうから、帰ったら説明タイムが始まるか……。グチグチと五月蝿いんだ、あの人。

 

 さて、俯瞰視点もそろそろいいだろう。

 

 冠位(グランド)の魔術師がいるから、多少の注目はあれど、俺たちは社交会の普通の参加者として溶け込んでいる。杞憂であった。自意識過剰とも云う。

 

 視点を戻して、瞬きを数回。

 

 昔よりは慣れたけど、ちょっとだけくらっとする。例えるなら、夜に家へ帰ってきて部屋の電気をつけた時の、あの感じだ。

 

 そんな俺のごく僅かな変化に気づいたのか、青白い男は、おや、なんて顔でこちらを見た。赤い女も釣られて俺を見る。

 

 

「目敏いわねぇ、マイオ」

 

「か。かなりお酒を飲んでいらしたので、少し気にしてたんです。……ご気分、優れないんですか?」

 

 

 えっと確か……なんて言いながら、マイオは懐をまさぐって何やら探している。

 

 ああ、そういえば薬師だったか。

 

 取り出されるピルケースを手で制する。薬もタダではない。必要もないのに受け取ることは出来ない。

 

 

「いいよ、別に。酔ってないし、体調も悪くない」

 

「そうですか……。で、でも、もし気分が悪くなった時は、言ってください。僕、そういうのだけは得意なので」

 

「ありがとう。気持ちだけ受け取っておくよ」

 

 

 と、そんな折、

 

 

「──ほう! これは驚いた!」

 

 

 人々の賑やかな声、穏やかな空気を一閃。

 

 一瞬の静寂があたりを包む。

 

 よく響く声だった。

 

 それは突然で、しかし、予想できないことではなかった。

 

 

「君らはそんな薄い血統で、魔術の誇り高い歴史に何かが残せるなどと妄想を抱いているのか」

 

「あなた方は、ここまで魔術が衰退した今も、自分たちだけで魔術を維持できると思っているのか。いつになったらそれが取り返せぬ夢であると目覚めるのか」

 

 

 諍いの声であった。

 

 今日の社交会は、見たところ比較的年若い魔術師たちが多い。それに派閥の異なる者もそれなりにいるときた。酒の入ればこういうことが起きるのは明白だった。

 

 明らかにバルトメロイ(貴族主義)派とトランベリオ(民主主義)派の口論。

 

 パッと見は一対一だが、背後に控えている数名の様子からして、各派閥の集団同士のぶつかり合いだ。

 

 

「今の時計塔が新世代(ニューエイジ)なしに持つとでも?」

 

「ははは、もともと時計塔は貴族(ロード)のために創られたものだ。そのおこぼれを与えられたからといって、何かを成したつもりだったのかね?」

 

 

 舌戦は徐々にヒートアップしていく。

 

 双方グラスを片手に、さも余裕があるかのような態度だが、ほんのちょっとした刺激が加わればすぐに爆発してもおかしくないくらいだ。

 

 周囲は緊張状態。険悪な空気が会場を支配する。

 

 どうなるんだろう、と心配半分、興味半分で眺めていると、隣から急に酒の臭いが漂ってきた。

 

 鋭敏な嗅覚を刺してくる、酔っ払いの体臭。

 

 マイオである。

 

 見れば、彼が先ほどのピルケースを仕舞っているところだった。なるほど、"酔い薬"といったところか。

 

 

「ひょっとぉ、いってきまふ……!」

 

 

 いつもの青白い顔はどこへやら。真っ赤な顔で言う。……完全に舌が回っていない。そんなんで大丈夫なのか。

 

 というか何故酔った。酒の力を借りねば争いを止める勇気が出なかったのか。

 

 マイオは駆け足で、しかし蹣跚(まんさん)たる足取りで彼らのもとへ向かって行った。

 

 

「おわっ、っと、ったたたた、しゅ、しゅいましぇん!!」

 

 

 ────が、

 

 

「あ」

 

 

 両者に割り込むようにしたまでは良かった。だがその後、自分の足に躓いて盛大にぶっ倒れてしまった。

 

 先ほどのまでの喧騒はどこへ行ったのやら。

 

 予想外の闖入者(ちんにゅうしゃ)とその醜態に、皆あっけに取られている。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「うぇっぷ……。しゅ、しゅ、しゅいません! このお詫びは──」

 

 

 呂律(ろれつ)の回らない口調で謝罪を口にするも、その途中で吐き気に襲われて口元を押さえる。

 

 立ち上がることも出来ずに、芋虫のように這いずっている。

 

 急な割り込みと、割り込んできた奴の惨めな姿に興が削がれたのか。彼らは白けきった顔で互いを一瞥(いちべつ)すると、これ見よがしなため息を吐いて散っていった。

 

 ようやく合点がいく。

 

 マイオの行動は全てすべて予定通り。薬で酔ったのも、転んだのも。

 

 自身の脳筋ぶりの反省とともに、彼への評価を改める。

 

 クス、と息の漏れる音がして、ふと隣を見れば、蒼崎橙子がこちらを見て愉快そうにしていた。

 

 

「……なんです?」

 

「いえ、あなたもそういう顔をすることがあるんだな、と思って」

 

「今日会ったばかりじゃないですか」

 

「ええ、そうね。でも伝承科の人たちって機械的な人が多いように思っていたから……。あなた、すぐ表情に出るんだもの。可愛らしくて、つい」

 

「────ム」

 

 

 と、その言葉に己が顔を(しか)めたのを自覚する。確かに表情に出てしまっている。

 

 昔は、無表情で気味が悪いと言われたものだが、今はそうでなくなってしまっているらしい。成長と捉えてもいいし、あるいは退化とも呼べるのかもしれない。

 

 蒼崎は笑ったが、それは意外性に起因するもの。彼女が俺の変化を知っていたならば、その時も笑ってくれただろうか。

 

 

「……まあ、人間に見えるのであれば、このくらいの弱点は歓迎します」

 

「弱点とは思わないけれど。神さまの視点──広すぎる俯瞰風景を当然のように受容できる怪物が、人間の心を持つというのはきっと素晴らしいことだわ」

 

「そうですか。考え方は人それぞれですけど……まあ、はい。ありがとうございます」

 

 

 怪物呼ばわりは思うところもあるが、以前の俺が非人間的であったのは間違っていない。それに甦ったあとは正真正銘の怪物であったし。

 

 今の俺を指して、人間の心を持つと言ってくれたのは、まあ、なんというか……嬉しい、かな。

 

 

「あら、赤くなっちゃって。

 ────って、マイオったら、あんなにベタベタ触っちゃって大丈夫かしら」

 

 

 蒼崎の言葉で、視点は再びマイオの方へ向かった。

 

 そこでは、彼が全身銀色のメイドにへばりついていた。

 

 エルメロイの至上礼装、月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)

 

 それに無遠慮に触る手つきは実にいやらしい。流石に許可は貰っているだろうが、だとしても心配になる具合だ。

 

 はあ、とため息を吐いて蒼崎は彼の元へ向かっていく。

 

 

「…………」

 

 

 とくにすることもないので、俺も彼女に着いていくようにして、彼らの方へ向かう。

 

 微動だにしない水銀メイドと、それを撫で回す青年。呆れるような、なんとも言えない瞳で青年を見つめる二人の少女。近づいていく赤色の人形師。

 

 なんとも混沌とした集団になりつつある。

 

 更に加わるは、イヌバラの銘を戴く魔術師。

 

 ──過去は見渡せども、未来は見えない。

 

 果たしてこの混沌たる組み合わせが何を生み出すのか。少しだけわくわくする。口の端が吊り上がったのが分かった。

 

 前ならスッと元の位置に戻していたが、蒼崎の言う通り、表情に出すのは悪いことでもない。自然な笑顔のままで、堂々と。

 

 歩みは不思議と軽やかだった。

 

 

 

 

 

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