イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Who made the Golden ratio Face


六話 黄金姫

 

 

 

「マイオ」

 

 

 蒼崎が呼びかける。公園で遊ぶ幼子に、もう帰るよ、と伝えるような、呆れと優しさが混在した声だった。

 

 

「──研究熱心なのはいいけれど、他家の魔術礼装に触れるときはもう少し気をつけた方がいいわ。殺されても文句言えないわよ?」

 

 

 くい、と親指で後ろの俺を指す。

 

 "そういえばさっき無礼を働いて殺されかけたアホな魔術師がいたわね〜。おんなじ伝承科の所属でしたっけ?"

 

 とでも言いたげだ。それは正しく俺を刺す。大変居心地が悪い。

 

 

「い、いやぁ……すいません。ミス・アオザキ」

 

 

 心なしかマイオもバツが悪そうだ。

 

 

「ま、それはそれとして、さっきの仲裁はなかなかの手際だったと思うわよ」

 

 

 そう、一応のフォローを入れて、彼女は目の前の少女たちへと向き直る。

 

 そう、少し前に見かけた、エルメロイの姫君。その人たちだ。

 

 汚れひとつない、白く、上等な衣装(コート)。少しのヨレもない真っ直ぐのブロンドの髪。それを彩るようにちょこんと乗った帽子(アクセント)。美しさと可愛らしさを兼ね備えた容貌。

 

 まさに貴族のご令嬢。

 

 されど箱入り娘にあらず。ある種の鋭さを秘めた(ほのお)の瞳は、幼いながらも、彼女が人の上に立つ人物であることを感じさせる。

 

 

「はじめまして、蒼崎橙子と言います」

 

 

 ────が、至らぬところも未だある。

 

 あ。

 

 と声が出たかは定かでない。

 

 そのように開いた口。見開かれた双眸。結句、愕然(がくぜん)とした表情。

 

 『蒼崎橙子』という名前はそれほどまでに衝撃だったのだろう。貴族あるいは魔術師の仮面が剥がれ、一人の少女がそこには居た。

 

 

「……蒼崎……橙子……!?」

 

 

 少女の声は掠れていた。口から喉までの水分がすべて、冷や汗に変わって出ていってしまったのかと思うほど。

 

 

「あなたは、封印指定の……」

 

「封印指定?」

 

 

 続けざまの渇いた言葉に重なるように、もう一人の少女が口を開き小首を傾げる。

 

 黒いフードの少女だ。

 

 鴉のようなシルエットと、フードの陰からちらりと覗く灰色の髪は、静かな夜の霊園を想わせる。

 

 そんな黒い少女の言葉か。先の白い少女の言葉か。どちらかの言葉を受けて、蒼崎は柔らかく微笑む。

 

 

「封印指定でしたら、数年前に解かれてますから」

 

 

 大きく、白い少女が息を呑む。

 

 それもその筈。

 

 本来、封印指定とは一度下されれば絶対だ。

 

 それは特別な才を持つ魔術師に与えられる栄誉であり、同時に致命的な烙印(らくいん)

 

 どれ程の研鑽(けんさん)を積もうとも他の者には再現できず、次代へ繋げることも叶わず、たった一代のみで消えてしまう、そんな天賦の才を持つ希少な魔術師。

 

 かような『宝』を永劫に残す為に、秘儀裁示局(ひぎさいじきょく)・天文台カリオンが発令するのが封印指定である。

 

 

「……そうか、あなたがそのひとりだったか」

 

 

 しかしながら、例外というものは常に存在する。

 

 数年前、カリオン──時計塔最古の教室に大きな異変があり、その際に何人かの封印指定が解かれた。そしてその内のひとりこそ、この蒼崎橙子という魔術師である。

 

 俺がここに来る理由だって、これがきっかけだ。

 

 封印指定が解除され、表舞台に姿を出した蒼崎に接触すること。

 

 彼女の特性──封印指定の決定打となった或る能力によって、俺の眼を以てしても、これまでの足取り全てを掴むには至らなかった。

 

 神出鬼没の不死身の怪物を視る機会は、確かにここくらいのものだ。

 

 ────と、怪物呼ばわりは宜しくないな。

 

 少なくとも人間扱いしてくれた人なのだから、こちらもそのように接しなくては失礼というもの。

 

 そっと蒼崎の横顔を盗み見る。

 

 ようやっと平静を取り戻した白い少女をにこやかに眺めている。

 

 そんな赤色の女の視線に気づいたのか、少女は半歩前へ身を乗り出した。

 

 

「……失礼。ご挨拶が遅れました。

 はじめまして。ライネス・エルメロイ・アーチゾルテと言います。こちらは付き添いのグレイ。

 ──グレイ。この方が、話していた冠位(グランド)だ」

 

 

 淑女らしからぬ大きな深呼吸の後、貴族の仮面を被り直した少女は、自身と連れの名を告げて慇懃(いんぎん)に一礼をした。

 

 その後、付き添いと言われた黒い少女──グレイへと蒼崎を紹介する。

 

 

「それと、そちらの方は……」

 

 

 白い少女──ライネス嬢がこちらへ視線をよこす。

 

 

「はじめまして。ヴィジリア・ロサ・カニナと言います。どうぞよろしく」

 

「こちらこそ。…………」

 

「? なにか」

 

 

 眉間に淡いシワを浮かばせながら、じっと俺の顔を見るライネス。目線は鼻や口、髪だったりへと動いていく。

 

 

「いえ。あの、どこかでお会いしたことがありませんか?」

 

 

 一通り観察が終わって、恐るおそるといった風に彼女はそんな言葉を投げかけてきた。

 

 

「……口説き文句にしては古典的(クラシック)ですね」

 

「あいや、そう云うつもりではなく!」

 

「冗談です。分かってますよ。でも、もし本当だったら、それこそ"最高だ(クラシック)!"ですね」

 

 

 ジョークを口にする。

 

 誤魔化しというわけではないが、俺には彼女と会った記憶がないので、とっさに有耶無耶(うやむや)にするような言葉が出た。

 

 一方的に見られただけという可能性もあるが、恐らくコートニーの面影を重ねているのだろうと予想がついたからだ。

 

 ────コートニー・バスカヴィル。

 

 ()()()はエルメロイ教室に所属している。

 

 俺と瞳の色こそ異なるが、他の要素は確かに似ているかもしれない。

 

 細長く伸びた眉も、トイプードルみたいなくせっ毛も、ストロベリーブロンド──赤みがかった金髪も。

 

 これは注視すればようやくといったレベルだけど、目尻や小鼻の形なんかも。

 

 コートニーとライネスの仲は知らないが、アイツがロード・エルメロイII世に師事している以上、少なからず接触はあるのだろう。

 

 

「……まあ、あれです。時計塔本部に顔を出すこともままあるので、その際に廊下ですれ違うことでもあったのでしょう」

 

「そう……かもしれないですね」

 

 

 微妙に納得がいっていないようだが、深く踏み込む理由もないので大人しく引いた、といったところか。

 

 むにゃむにゃと口を動かすライネス。

 

 そんな彼女に変わるようにして、フードの少女──グレイと呼ばれたか──がこちらに視線を向けてきた。

 

 マント、コート、フードが揺れる。先程まで俯き気味で、さらに身長差もあって隠されていた(すがた)が晒される。

 

 

「…………」

 

 

 ……ああ。

 

 エルメロイの姫君は、こんな気持ちだったのか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、花の魔術師を視た時に見た、かの────

 

 

『おおお!!!』

 

 

 ──と、その時、広間の奥から歓声があがった。

 

 グレイという少女を視ようとして、目を凝らす直前の出来事であった。声に釣られて少女はそちらを向く。刹那(せつな)(きわ)、繋がりかけたパスはあっさりと霧散する。

 

 少女にとっては間一髪。俺にとっては一歩及ばず。

 

 とどめき。どよめき。

 

 波及する。歓声は途切れず。

 

 あたりの他の魔術師たちも、興奮を隠さずにそちらへ目をやる。

 

 

「──どうやら、黄金姫の登場ね」

 

 

 蒼崎も、そちらへ振り返った。

 

 奥の、螺旋階段の上。二階に作られた、バルコニーのように張り出した部分。そこに二人のメイドが佇んでいた。

 

 片方は見覚えがある。マイオの部屋を教えてくれたレジーナだ。もう片方は、レジーナと瓜二つで、おおかたのところ双子の姉妹なのだろう。

 

 スカートをつまみ、丁寧にお辞儀(カーテシー)をしてから、二人のメイドは背後へ呼びかけた。

 

 

「どうぞ、ディアドラ様」

 

「どうぞ、エステラ様」

 

「お入りください」

 

 

 最後を、二人で同時に。双子のメイドのユニゾンによって、彼女らの主人はバルコニーの陰から姿を(あらわ)す。

 

 

「──────」

 

 

 美しいヒト、とはよくぞ言ったもの。

 

 皆、正気を失い、その面貌を仰ぎ見る。

 

 誰かがグラスを落として絨毯に染みをつくったが、周りの誰も、落とした本人すらも気づいていないようだった。

 

 呼吸を止めてしまい、今にも酸欠になりそうな者、膝をつき泣き崩れる者もいた。

 

 事実、俺も彼らの仲間入りを果たすかと錯覚するほどだった。

 

 こちらを見下ろす宝石の如く煌めく瞳。

/陳腐な表現。

 

 至高の彫刻家が削り上げた理想の鼻梁(びりょう)

/陳腐な表現。

 

 楽園に咲かす絶華の花弁を思わせる唇。

/陳腐な表現。

 

 そう、ただただ、その女は■しかった。

/それ以外に表す言葉はない。

 

 時よ、止まれ。

 

 究竟、「  」は、"そうせよ"と魂を揺り動かす。

 

 

「黄金姫を襲名いたしました、ディアドラ・バリュエレータ・イゼルマと申します」

 

 

 口にされる、ソレの名称。果たしてその声を認識できた者はどれほどいるのか。

 

 もしこれが、魔術による精神攻撃であれば、誰もが正気を保っていられただろう。若く、酒気を帯びたとて、この場にいる魔術師たちはそれなりの腕の者共だ。

 

 だが彼らの精神防御は紙よりも容易く破られた。アレは純粋な■そのものであったためだ。それは自然現象に近い、視覚を通って脳を犯す。

 

 きっと彼らは、自分の意識が断絶していたことにさえ、気づかずにいる。

 

 

「白銀姫を襲名いたしました、エステラ・バリュエレータ・イゼルマです」

 

 

 追い討ちの二人目。

 

 しかし悲しいかな。そちらを認識出来ているのは少数だ。黄金姫のありえざる■しさを前に、半数以上が意識を失っているから。

 

 残りの半数も、白濁した意識、朦朧(もうろう)とした視界に泳いでいる。潜り抜けた選ばれし酩酊(めいてい)の者は、そんな中で白銀姫を見つめ、ついに認識能力は限界を迎える。

 

 

「──おそろしいな」

 

「ああ、まったくだ」

 

 

 俺の声に、蒼崎が反応する。そのぶっきらぼうな口調に妙な安心感を覚えた。

 

 

「……あれが黄金姫か。噂は聞いていたがよもやあそこまで至るとは、イゼルマの歴史を賞賛せざるを得ないな」

 

 

 イゼルマを褒める彼女だが、マイオの記憶を真とすると、それは盛大な自画自賛となっている。

 

 なんせ、ディアドラに整形手術を施し、灰かぶり(シンデレラ)の魔術でその美しさを引き上げたのは、イゼルマの魔術師ではなく、この蒼崎橙子なのだから。

 

 契約によって記憶を失っている──いや、そもそも覚えていない彼女にとっては、その反応になるのも仕方ないことだが……。

 

 ふと──、たたらを踏む数人が視界の端に映る。

 

 どうやら、俺や蒼崎の声で復帰した者たちのようだ。その中にはライネスもいる。

 

 俺たちを見るその目は、何故無事なのかという疑問で溢れていた。

 

 

「ああ。私はソイツと違ってショックは受けたよ。なんで、ちょっと切り替えさせてもらった」

 

「切り替え?」

 

「少し、性格をね?」

 

 

 眼鏡をかけ直し、ライネスの言葉に端的に答える蒼崎。纏う雰囲気はさきほどのものへと戻っていた。

 

 なんとなくそうじゃないかとは思っていたが、二重人格というヤツらしい。魔術師の中にはそういった人格変異を意図的に起こしている者もいる。ある場面において、特定の人格が有利なこともあるからだ。

 

 決して珍しくないと聞くが、お目にかかったのは何気に初めてだ。

 

 

「すいません。少し離席しますね。いい? マイオ」

 

「あ、あ……はい」

 

 

 未だ周囲が茫然とする中、なにかあったのか、蒼崎はどこかへ移動しようとする。

 

 

「あなたもよ、ヴィジリア」

 

「え────」

 

 

 挨拶回りなら御免だが、と思いつつも、断るような理由も特にないというのが困りものだ。着いていくほかにない。

 

 グレイを視たかったが、それはまたの機会としよう。

 

 

 

 

 

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