イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

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/Another one, Angelica Cage


七話 始覘の魔眼

 

 

 

 その後は、蒼崎橙子に連れられて、会場を歩きながら挨拶回りをこなした。

 

 仮にも冠位(グランド)の魔術師なのだから、その場で突っ立って、来るものを相手していればいいものを、彼女は何かから逃げているかのように行歩するのだった。

 

 

「…………」

 

 

 で、現在はというと────

 

 俺はひとり、扉の前で待ちぼうけ。

 

 "バイロン卿に話があるの。すぐ終わるから、先に私の部屋で待っててくれる?"

 

 パーティの終わり際で蒼崎にそう告げられて、彼女の部屋の前で待ち続けて約40分。すぐ行くとはなんだったのか。

 

 これなら自分の部屋に戻って、堅苦しいこの服から着替えてくればよかった。

 

 いま蒼崎がどうしているのか、視点を飛ばして視ることもできるが、大勢の中から探す手間もかかる。すでに月の塔から移動しているとなると、更に面倒だ。

 

 なんにせよ、彼女が部屋に戻ってくるのは確定しているのだから、無駄に力を使う必要もない。

 

 幸い、この部屋の前には絵画がある。芸術を見て時間を潰すというのも、無駄なようでいてある種の(おもむき)がある。

 

 誰が描いたかも分からない絵画。

 

 何頭かの羊と、それを追う犬の絵だ。

 

 牧羊犬を描いたものかと思ったが、よく見れば違う。野犬だ。羊を襲っているのである。

 

 

「──────」

 

 

 奇妙なものだ。

 

 同じ犬なのに、羊を守るものと、羊を狩るものとがいる。

 

 ふいに、自分はどちらだろうと思ってしまった。

 

 ヒトを守護する立場か、ヒトを糧とする立場か。

 

 『人類の脅威』を調査し、保管する。人の世が長く続き、いずれ来る交代の時を、正しく迎えられるように。

 

 今の自分のやっていることは、牧羊犬の立場だ。

 

 だが、少し前はどうだろうか。己が目的のために、人に戻るという目標のために、俺は多くの血を浴びた。いや、──吸った。

 

 野犬だ。

 

 ダートムーアの魔犬が如し。

 

 "相手は一般人ではない。そもそも人であった頃より敵同士じゃないか!"

 

 なんて、反吐の出る言い訳をして多くを殺した。

 

 あの日、ロード・ブリシサンに拾われていなかったら、一体自分は何になっていたのだろう。

 

 

「──ずいぶん待たせたようね、ヴィジリア」

 

 

 横から声がかかる。振り向けば、蒼崎が笑みを携えて立っていた。

 

 

「遅いですよ」

 

「いやあ、ごめんなさいね。すぐ向かうつもりだったんだけど、途中で捕まっちゃって」

 

「ま、別にいいですけどね」

 

「ごめんってば。

 ……さてと、じゃ、室内(なか)に入って。

 ちょっとばかり、視力検査といきましょうか」

 

 

 懐から取り出した鍵をくるくると回しながら、蒼崎は意地の悪そうな笑みを浮かべる。彼女の眼鏡に映る自分の姿は、不安と期待が入り混じった表情をしていた。

 

 ガチャリ

 

 と、音を立てて鍵が()く。それだけで簡単に扉が開かれた。

 

 それ以外に、例えば魔術的な封はしていないらしい。不用心にも思えるが、俺も備え付けの鍵以外使っていないので何か云うつもりもない。

 

 室内は俺のイメージとは異なっていた。

 

 

「うわぁ……」

 

 

 失礼だとは思いつつも、つい声が出てしまう。

 

 部屋の造り自体は、俺のところと変わりはない。だが滞在期間の差か、随分とカスタマイズされていた。

 

 小さな机の上にはいっぱいに羊皮紙が広げられ、コンパスや定規なんかと一緒に、インクの入った小瓶やアンティークの小物が雑多に置かれている。

 

 床、特にベッドの側には、分厚い本と薄っぺらな本が順不同に重なっている。哲学書、魔導書、辞書、週刊誌、写真集など、ジャンルも様々。

 

 他にも、木組みの滑空機(グライダー)模型だったり、発条(ゼンマイ)仕掛けのブリキの玩具、動くかも怪しい古びた蓄音機等々、ガラクタと見分けのつかないような物で溢れかえっていた。

 

 ……早くも訂正しよう。カスタマイズ、ではない。これは片付いていない倉庫だ。

 

 お部屋ならぬ、汚部屋。

 

 出来る女の部屋は、片付けの出来ない人の部屋だった。

 

 

月の塔(むこう)に研究室があってね。こっちは殆ど寝るためだけの部屋。だからベッド以外の乱れは気にしてないの」

 

 

 俺の反応を見て、部屋の主が説明をする。恥じらいの一つもないところを見るに、言い訳ではなく本当にただの状況説明のようだ。

 

 蒼崎はポンポンとベッドを叩く。ここに座れ、ということらしい。確かにベッドの上は綺麗に整頓されている。

 

 

「……」

 

「ほーら、なにしてるの」

 

 

 ……素直に座ることにする。

 

 すると彼女は俺の対面へと移動し、中腰になって俺を──正確には俺の目を見つめてくる。

 

 俺の朱い瞳と蒼崎の赤い瞳が交差する。もう目を凝らして視てしまってもいいものか。判断に迷うところだ。

 

 

「さてさて、あなたの眼、実際のところどんなモノなのかしら」

 

 

 蒼崎の問いにより、時計の針は動き出した。

 

 

「ある程度の目星はついてると思いますけど……まあ、過去視の一種です」

 

「そう。魔力は感じなかったから、感受型のものだとは思っていたけれど。随分と使いこなしているみたいね」

 

「完全に感受型かと云われるとちょっと違うんですが、ええ、はい。自慢じゃないですが、ちゃんと制御下に置いていますよ。ふとした瞬間に意図せず視てしまう、なんてことはほぼありません」

 

「あら、メインじゃないけど、放射型としての力もあるってこと?」

 

「放射型ともまた異なるんですが……視る以外にも使い方はあるとだけ。俺自身、使ったのは一度だけで、二度目を使う気はないですが」

 

「ふーん、なるほど」

 

 

 会話は一時的にそこで途切れた。今のだけで必要な情報は揃ったってことなのか、それとも観察に集中したいだけか。

 

 俺の顔に蒼崎が触れる。指で下瞼(したまぶた)を引き下げて、ずいと顔を近づけてくる。彼女の左目と俺の右目が合わせ鏡のように相対する。

 

 赤い女は、へー、だの、ははあ、だの意味不明の感嘆詞を口にしながら観察を続ける。俺が少し動けば、唇同士が触れてしまいそうだった。

 

 チクタク と、流れる秒針の音を聞く。

 

 蒼崎が俺の目を診ている内に、こちらは眼鏡の防御を突破しようと解析を続けているが、中々どうして難しい。

 

 長針はもう10回は動いている。

 

 睨み合い、見つめ合い、追加でもう1回長針が揺れるかといったところで────、

 

 

「──うん! 良いものをみせてもらったわ!」

 

 

 蒼崎が満面の笑みで言った。

 

 姿勢は戻り、必然、俺からの目線は外れる。

 

 残念。こちらは突破できずに終了です。

 

 

「究極の過去視……いえ、違うわね。完全なる過去視、といったところかしら。時間軸と空間軸の超越。万物の始まりを観測する、埒天外の理。

 仮に名付けるとするなら────始覘(してん)の魔眼。

 地球(ほし)(のぞ)き、あらゆる事象の始点を見る瞳。

 もしその眼で私を視たならば、産まれてから──生まれてから今までの全てを識るのでしょうね……」

 

 

 くいっと片手で眼鏡の位置を直しながら、彼女なりの分析を述べる蒼崎。時間軸だけでなく空間軸──千里眼の能力も看破するとは、彼女は彼女で、俺とは別種の目の良さがある。

 

 だが、一点だけ────

 

 

「少し違う」

 

「へぇ、どこかしら」

 

「"生まれてから今までの全てを識る"、のところですよ。あなたを視た場合、視れるのはあなた視点での過去です。決して全てではない。

 もし、あなたの完全な過去を識るのであれば、あなたのいる/いた土地を視るしかない」

 

「そう──、紐付いているのは『()』なのね」

 

「その通りです。そしてその方法で人を視るのは、非効率的だ」

 

 

 地球の始まりから現在までを観測出来るとはいえ、その全てを視ようとするのは無理がある。なぜなら、人間の脳では到底処理しきれない情報量だからだ。

 

 たった1秒だって、この広い地球上ではその間に多くの変化を行っている。

 

 例えば、人間であれば4人くらい産まれて、2人くらい死んでいる。

 

 人一人を構成する物質が、母親の体内から赤子へと流れ、再構成される。原子の結びつきは煩雑に切り替わり、時に新たな原子へと姿を変える。

 

 その原子だって、電子、陽子、中性子の動きはあり、それらを構成する素粒子だって否応なしに変化する。

 

 そして、それは人間に限った話ではない。

 

 数多の動物、数多の魚、数多の虫、数多の植物、数多の鉱物──畢竟(ひっきょう)、この地球(ほし)の全て。

 

 そんなものを46億年分視るなんて、とてもとても。

 

 故に、拡大(ズーム)して小さな範囲のみに絞って視る。空間的な意味でも、時間的な意味でも。

 

 そして、これが問題なのだが、人は動く。

 

 当たり前のことだが、この当たり前こそが要だ。

 

 つまり、人を見ようとするならば、そいつの動きに合わせて視る範囲も移動しないといけないってこと。自動(オート)でなんてやってくれない。無論手動操作(マニュアル)だ。

 

 目を合わせた時や、星の記憶を読む時のように、情報を早送りして一気に脳に詰め込むというのが出来ない、という欠点。

 

 いや、映像を早送りして視ることは出来るが、そうすると必然的に人は超高速で動いているように見える。その動きに俺が合わせられないという話だ。

 

 特定個人の一年間をトレースするのであれば、その時の俺の調子にもよるが、だいたい三ヶ月から一ヶ月は掛かる。これを非効率的と云わずしてなんという。

 

 

「…………でも言い換えれば、それって時間さえあれば分かるってことよね」

 

 

 俺の説明を聞いて、蒼崎はそう結論付けた。

 

 

「正しくは時間と魔力さえあれば、ですね。目を合わせてパスを繋ぐのとは違って、星の記憶を読むのには魔力を使います。

 もっとも、よほど昔だったり、広範囲だったりでなければ、気にするほどのものでもありませんが」

 

「じゃあ、なんでそれで私を視なかったの? そっちの方がリスクは低くないかしら」

 

「ある程度は視ましたよ。でも、あなた……死んだら別のあなたが起動するじゃないですか」

 

「ん? あー、そうね。確かにそれじゃあ分かんないわね!」

 

 

 あはは、と照れくさそうに蒼崎は笑う。

 

 そう、これでは追うものも追えない。

 

 彼女は既にオリジナルなどなく、自身と同等の能力を持つ完璧な人形にすりかわっている。

 

 例えば、蒼崎Aがいるとしよう。彼女の過去を追って視るが、あるところでそれは終わる。箱の中で、眠り続ける彼女の映像だけが流れる時間が訪れるのだ。もうしばらくすると、その蒼崎Aを配置したであろう、蒼崎Bが映る。

 

 厄介なのは、この蒼崎B→蒼崎Aの連続性は担保されていないところだ。

 

 蒼崎Aを配置したであろう蒼崎Bは、他にも蒼崎C・D・Eらを配置しているかもしれないのだ。

 

 つまり、蒼崎B→蒼崎Aと思って視てみれば、実際には蒼崎B→蒼崎C→蒼崎Aだった、ということもありうる。

 

 どの蒼崎をどの蒼崎が配置して、どの順番に目覚めたのか、正確に把握しなければ、この冠位(グランド)の魔術師を真に解明することは叶わない。

 

 

「だからこそ、こんな社交会にまで参加して、直にあなたの顔を拝みに来たんです」

 

「それはそれは、ご苦労さま」

 

「まったくです」

 

 

 ベッドから立ち上がる。もう、義理は果たしたと言えるだろう。

 

 だからこそ、この提案をしなくてはならない。いま語った、この社交会に来た理由のために、その完遂のために。

 

 

「──眼鏡、取ってもらっても構いませんか?」

 

 

 ゆらりと、空気の質が変わった気がした。

 

 蒼崎は腰に手を添えて、あくまで自然体だ。だが隙はなく、射抜くような視線はピタリとこちらに照準が合っている。

 

 

「何のために?」

 

「あなたを視るために」

 

「それはなぜ?」

 

「ロード・ブリシサンからの勅令です。

 あなたが『(ソラ)からの落とし物』に触れていたのであれば対処せよ、と」

 

「…………」

 

 

 蒼崎は口に手を当てて考え込んでいる。

 

 こちらが引かないことも分かっているのだろう。お互い戦闘狂というわけでもない。落とし所……つまりは良い交換条件を見つけたいものだ。

 

 

「……そうだな」

 

 

 しばらくして、彼女は呟く。

 

 

「ひとつだけ。正直に答えてくれ」

 

 

 審判を思わせる声。

 

 罪の告白を聞き届ける神父のように、一切の嘘を許さない冷徹な眼差し。

 

 

「はい。誓って真実を語ります」

 

「そうか────、」

 

 

 ふう、と息を吐く蒼崎。

 

 それに、タバコの煙を吐く光景を幻視する。想像でしかないが、今の彼女の雰囲気にはなんとなく合っている気がした。

 

 しばしの沈黙が訪れる。

 

 時計の音と、心臓の音が共鳴する。

 

 そして、

 

 

「その眼で、根源を視ることは出来るのか?」

 

 

 発せられたのは『魔術師』の言葉だった。

 

 

 

 

 

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