イヌバラの思い出   作:ローズヒップティー

9 / 23
/The First murder


八話 アカイロの部屋

 

 

 

「────疲れたぁ」

 

 

 ぼふん、とベッドに倒れ込む。

 

 部屋に入るなり、服を脱ぎ捨て、下着のまま。

 

 その下着すら、上も下も取ってしまいたいくらいだが、なんとなくそれは抵抗感があった。

 

 心地良いシーツの肌触り。滑らかな感触が全身を包み込む。ダイブの衝撃でしわくちゃになってしまったが、構うものか。

 

 枕に顔を押し付けて、ふう、と長く息を吐く。暖かな湿気がへばりつく。不快だったので、ごろんと転がって仰向けになった。

 

 

「…………」

 

 

 蒼崎との談義が終わり、自室へと帰ってきたところである。

 

 随分と時間を使ったものだ。こんなに人と話すのは滅多にない。肉体的な疲労はないが、精神的な疲労があった。

 

 だが収穫もある。ロード・ブリシサンの(めい)は果たせた。蒼崎橙子は『伝承』と関わっていないことが無事判明したのだ。

 

 

「……肩の荷はおりた、かな」

 

 

 なにをするでもなく、訳もなく天井を見つめる。

 

 沈みきった夜。

 

 部屋の中も外も、昏い闇に覆われている。

 

 窓から差し込む月光は、深い霧に遮られて、ほんの僅かな(あわ)い残光を覗かせるばかり。

 

 外では風が吹いているのか。霧の動きに合わせてゆらゆらと光は揺れている。まるで絹糸のカーテンのよう。

 

 ひらり はらり

 

 (なび)くたびに、部屋は冷たくなっていく。

 

 窓は閉じているはずなので、外の風が吹き込んでいているわけじゃない。

 

 宙から降る、床を突き刺す、ツメタイヒカリ。

 

 青い、寒色のソレは、名前通りに周囲を寒々しい色で染めていく。

 

 夜に属する自分にとって影は陰にあらず。暗闇は恐れるものではなく、共にあるもの。魔術師らしく『強化』などせずとも、この部屋の仔細は見てとれる。

 

 故に、視界は青く染まっていた。

 

 (うす)い月の光。

 

 青く 青く 輝いている

 

 ああ────本当に──────

 

 

「──見てらんないね」

 

 

 まぶたを閉じる。

 

 血のような朱色(あかいろ)の双眸が眼瞼(がんけん)に呑まれていく。

 

 俯瞰の瞳もカットする。

 

 これでもう何も見えません。

 

 手探りで掛け布団(デュべ)(くる)まる。きっとシーツ同様しわくちゃになってしまっていることだろう。

 

 ひんやりとした、ともすれば寒いとすら思える布の感触に、寂静たる初冬の空気を覚えた。もともと湖水地方は昼夜の寒暖差が激しいが、それでも冬の訪れは近く感じる。

 

 ふう、ともう一度息を吐く。

 

 それを合図に、意識はだんだんと遠ざかっていった。

 

 冷たい夜。昏い部屋。

 

 ひとり、薔薇の眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

母が亡くなった時、

父の取り乱しようはすごいものでした

 

『貴族たるもの、常に冷静でなくてはならない』

 

そう、私にいつも言い聞かせていた父が、

子供のように大声で泣いています

 

人とは、あそこまで絶望できるのだと知りました

 

慟哭はいつしか止み、

それでも血と息だけを吐き続けています

 

月の王さまが父へと語りかけます

 

父がその誘いに乗るのは、必然であったのでしょう

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

 「──い」

 

 

 声が聞こえる。

 

 暗い箱の外から、ノックをするような声だ。

 

 しかし、それはおかしい。ここは俺が与えられた個室で、昨日だってひとりで寝たはずだ。

 

 

「──おい、起きろ」

 

 

 今度はもっとはっきり聞こえた。幻聴ではない。やはり誰かがいる。

 

 覚醒したばかりの意識で目を開ける。ぼんやりとした視界が徐々に明瞭になっていき、つつがなくセカイは形を取り戻す。

 

 

「お、やっと起きたか。朝は弱いのか?」

 

「………………は?」

 

 

 どうも、俺の目はおかしくなってしまったようだ。

 

 もともとオカシイと云えばそうなのだが、端的に、こう……ぶっ壊れてしまった。

 

 なんせ、蒼崎橙子がいるように見えるのだから!

 

 茶色がかった赤色の髪と瞳。昨日とは違って幾分かラフな服装だった。パリッとした白いシャツが、起きたばかりの目に痛い。

 

 ん……? いや、幻じゃない。

 

 紛れもない現実の光景だ。

 

 

「……なんで、いるんスか?」

 

「鍵が開いていたからな。不用心にも程があるだろ」

 

 

 呆れるように言う蒼崎。今日は眼鏡をしていないからか、ややぶっきらぼうな物言いだ。

 

 

「──私ら魔術師相手にこんな物理的な鍵、どうということもない。だが、鍵というものは掛ける行為そのものが大事なんだ。

 拒絶の意思、とでも云うのかな。

 "開いていたから入った"と"開けて入った"は違うんだよ。前者は誰だってやりうることだ。好奇心──魔が差した、の方が適切か。

 対して後者は、よほどの強い意思が最初からなければやったりはしない。家主の命、金品、我々であれば体や神秘も含むな。それらのいずれか、あるいは全ての簒奪を目的としたものとなる。

 いいかい? 鍵とはそういうものなんだ。偶然の加害者を排除するための装置。そして偶然の被害者にならないための機構だ」

 

「…………」

 

 

 長い。そして結局のところ、彼女が俺の部屋にいる理由になっていない気もする。今の説明からすれば、魔が差した、になるのだろうか。

 

 

「……で、実際のところはどういう用件なんですか?」

 

「ん? ああ、そうだったな。

 端的に言うと────黄金姫が殺された」

 

「は?」

 

 

 まさか朝から二度も驚くことになるとは思ってもみなかった。

 

 そして、死んだ、ではなく、殺された……か。

 

 "死んだ"ならば、そういうこともあるだろう。詳細は知り得ていないが、ヒトの肉体を媒体とした魔術だ。いつか限界(ライン)を越えるのは分かりきっていたこと。

 

 だが、"殺された"となれば話は違う。それはつまり、内部的な事故ではなく、外部の者による事件だからだ。

 

 

「いま、現場──月の塔にある黄金姫の部屋に、皆を集めているらしい。筆頭容疑者位置になりたくなければさっさと来い。私は先に行く。

 おっと、シャワーを浴びるほどの余裕はないから、そのつもりでな」

 

 

 ほら、と服を投げてよこす。赤銅色のシャツと黒のチノパンツ。俺の私物だ。

 

 どうも、かばんを勝手に漁って取り出したらしい。

 

 魔術礼装も入っているもので、下手に触れればそれこそ問題になりかねないが、それは昨日のアレコレからして大丈夫だと判断したのだろう。

 

 そもそも(ロック)を掛けてない俺が悪いし、口答えすれば先程の『鍵の説明』が繰り返される。それは御免こうむりたい。

 

 バタン と閉められるドア。

 

 部屋に蒼崎はすでになく、言葉通りに先に向かったようだ。まったく……本当に勝手な人だ。

 

 いそいそと投げ渡された服を着る。下着は、まあ、昨日のままでもいいだろう! 誰に見せる予定もなし。

 

 顔だけ洗って、髪はゴムでひとまとめにする。見る人が見れば寝癖がついてると分かりそうなものだが、くせっ毛だと言って誤魔化せる範囲だ。

 

 さて、月の塔へ向かうとしようか。

 

 

 

 

 

  *

 

 

 

 

 

 早歩きで森を抜ける。

 

 朝露で湿った石畳が革靴を滑らせる。妖精のイタズラのように、時折足を持っていかれそうになりながらも月の塔へと急ぐ。

 

 正門を通り過ぎ、小洒落た螺旋階段を一番飛ばしで駆け上がる。ぐるりぐるりと三回転。目的の階へと辿り着く。

 

 そこにはもう、ひととおりの人たちが集まっていた。

 

 

「──完全に遅刻だな、こりゃ」

 

 

 俺の声に皆が振り向く。ほとんどの人たちにとってみれば、ただ単に人が増えただけであり、特段変なリアクションはなかった。

 

 ただ、バイロン卿からの、面倒な立場の奴が来た、とでも言いたげな露骨な目線だけはあった。

 

 

「失礼。どの辺りまで話が進んだか、どなたかご説明をいただいても?」

 

「お前の場合、視た方が早いんじゃないか?」

 

 

 余計なことを言う蒼崎。

 

 あなたは俺の過去視を許してくれたが、他の者たちはそうとも限らないということを忘れてやしないか。そんな意味も込めてジロリと睨む。

 

 ──が、彼女は肩をすくめてみせるだけだった。

 

 

「見たほうが、というと?」

 

 

 そら、見たことか。

 

 浅黒い肌のやたらと筋肉質な男が突っついてくる。名前は知らないが、昨日のパーティでも見た覚えのある男だ。

 

 

「……低ランクのものだから自慢にもならないんだが、魔眼持ちでね。ほんの数分前くらいなら視えるんですよ」

 

「ほう、なるほど」

 

 

 普通に嘘をつく。

 

 彼が嘘を見抜くような、それこそ魔眼や礼装なんかを持っていたらアウトだが、どのみち正直に言うという選択肢はない。その時はその時だ。

 

 というか、他者の魔術の真髄を知ろうだなんて非常識な行いだ。もし俺の嘘を問い詰めてくる奴がいたら、殺してしまっても文句は言われまい。

 

 

「──っと、悪い。不躾な質問だったな、すまん。

 俺はミック・グラジリエ。呪詛科(ジグ)に世話になってる。アンタは?」

 

「ヴィジリア・ロサ・カニナ。伝承科(ブリシサン)の所属です」

 

 

 "それで、いまどんな感じです?"

 

 最初の質問への回答を聞くために、そう、再度尋ねようとして────

 

 

「この事件、エルメロイの姫が見事解き明かしてみせるらしいぞ」

 

 

 と、愉快そうに口元を歪めて、蒼崎がそう言った。

 

 

「ライネス嬢が?」

 

「ああ」

 

 

 天蓋付きのベッドのすぐ側、アカイロと共に佇む少女へ視線を向ける。

 

 同時に眼球の魔術回路を僅かに起動させる。

 

 ──扉を破壊する水銀メイド。

 

 ──バラバラ死体を発見し、茫然とする少女たち。

 

 ──集う容疑者の面々。

 

 ──詰めろ(メイトスレット)を掛けられるエルメロイの姫。

 

 まあ、大雑把ではあるが事情は把握した。

 

 しかしライネスも可哀想に。弱小のバルトメロイ派だからと完全にスケープゴートにされている。

 

 深夜に訪ねてくる黄金姫を相手にしてはいけません。居留守や寝たフリをして凌ぎましょう!

 

 なんて分かりっこない。貰い事故のようなものだ。

 

 これでも元は降霊科(ユリフィス)。同じ貴族主義派閥として味方をしてやりたくもあるが、今はバスカヴィルの名をおいそれとは名乗れない身。

 

 中立の立場で粛々と見守らせてもらおう。

 

 

「さて──、急な横槍が入ってしまったが、話を戻すとしよう。

 いかがするかね、バイロン卿。エルメロイの姫、その行動に一理あるとは思うが」

 

「……確かに、一理あることは認めよう」

 

 

 うすら笑いを浮かべながら蒼崎は言葉を口にし、バイロン卿がそれに答える。

 

 黄金姫の殺害──自身の、ひいてはイゼルマの傑作が壊されてしまったというのに、彼は紳士然とした態度を崩さなかった。

 

「だが、彼女らの自由にさせておくわけにもいくまい。一応……いや容疑者の筆頭なのだからね」

 

「では私ならどうか?」

 

 

 自らの胸に手を当てて、己が存在を主張する赤色の魔術師。

 

 

「私が彼女たちの監視を行う。そら、これならどうだ?」

 

「ミス・アオザキ。残念だが、あなたも容疑者のひとりだ。そのことを忘れていないか?」

 

「……確かに。こいつは困った」

 

 

 くすんだ緋色の髪の女はあっさりと深入りを諦めた。

 

 後頭部に手を回し、わざとらしく肩をすくめる。実に演劇じみた言動だ。

 

 ちょっとした思いつき以上の意味はなく、彼女にとって了承されても断られても、おそらくどちらでも良かったに違いない。

 

 

「────だったら、オレならどうだ?」

 

 

 足音が響いた。

 

 どうやら、俺が最後尾というわけではなかったみたいだ。

 

 狼のごとく気高い銀髪。もう七十は超えていると見えるが、まっすぐにピシリと正された背筋、毅然とした歩行姿勢からは老いをまったく感じさせない。

 

 そして、この場の何者にも抗弁させない権威をもった女であった。

 

 イノライ・バリュエレータ・アトロホルム。

 

 時計塔十二学科のひとつ、創造科(バリュエ)の学部長。

 

 ロード・バリュエレータ、その人である。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。