Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
くだんという不幸の予言をする怪が、人間の世界に呼び出される。
その予言に従って行動した琴葉達はようやく不幸を回避するが、
トラックのドライバーに怒られてしまう。
くだんはショックを受けて暴走し、周りに不幸を撒き散らす。
その時、夏純がくだんに感謝の言葉を伝え、やっとくだんは落ち着く。
そして光一郎はくだんを元の世界に帰すが、くだんを呼んだ人間の正体に不安を感じるのだった。
「……はい。父さん。そうなんです」
ある日の放課後。
琴葉とユズは、光一郎の家にいた。
先日の出来事を、光一郎が電話で父親に報告する事になったのだ。
先日、くだんは元の世界に帰る時、人間の世界に来た理由を話した。
―こっちへおいで。
心の中に響く不思議な声が、人間の世界に来るよう誘ってきたという。
それは、男か女か分からなかったが、人間の声だった。
その声がした直後、光の扉が現れ、ドアが開いたらしい。
「……はい。僕もそんな事をできる人間は限られていると思っています」
光一郎はリビングのちゃぶ台の前に敷かれた座布団に、正座をしている。
顔は真剣そのものだ。
父親との電話に緊張している。
琴葉とユズは隣に敷いた座布団に座って、そんな光一郎を心配そうに見つめた。
「むー」
「ほんま、奇妙な話やなあ」
ふと、横から声がした。
ヌイグルミのたぬ吉が腕組みをしながら、神妙な顔をしていた。
「たぬ吉もユズも、光一郎の家にいるのね」
学校から帰って来た時、たぬ吉は既に家にいてリビングで煎餅を食べていた。
ユズは、バイトのための体力をつけているらしい。
「この前言うたやろう、よく散歩してるって。
光一郎はんの家は休憩する時に使わせてもらってるんや」
「わたしはただの居候」
たぬ吉は、台所の換気用の小窓の鍵を開けてもらっているらしい。
いつもそこから勝手に入って休憩しているそうだ。
「窓から入るって、そんなの不法侵入じゃない」
「怪に不法侵入も何もあらへんやろう。
大体、わては別に光一郎はんの家で悪さをするわけやないで」
「わたしも光一郎を守りたいからいるだけなのに」
「それはそうだけど」
その時、光一郎が電話を終えた。
琴葉、ユズ、たぬ吉は、喋るのをやめて彼に顔を向ける。
「こんなケース、今までになかったらしい」
光一郎は呟くようにそう言った。
「どういう事なの?」
父親が言うには、光一郎の予想通り光の扉を出現させ、
ドアを開ける事ができる人間は限られているとの事。
そんな事ができるのは、怪帰師の力を持つ者だけだ。
「じゃあ、怪帰師の誰かが、くだんさんを人間の世界に呼び寄せたって事?」
琴葉の言葉に、光一郎は首を捻った。
「怪をわざわざ呼び寄せる怪帰師なんていないと思うんだ。
怪帰師の掟では力を使っていいのは帰す時だけ。
掟は絶対だから破ると怪帰師の資格を奪われて一族から追放されちゃうからね」
「奪われるって、怪帰師じゃなくなるって事?」
光一郎は大きく頷く。
「だから、掟を破った人間はいない。
一族から追放されるなんて嫌だし、何より、みんな怪帰師の仕事に誇りを持っているからね」
「……でも、力がなくなるとは言ってない」
くだんは、人間の世界に興味があった。
暴走しやすいという性格を知らず、誰かが善意で光の扉を開けたのだろうか?
「だけど、ちょっと待って」
琴葉はある疑問を抱いた。
「そもそも、怪はどうやって人間の世界に来るの?」
怪帰師が生み出した光の扉を使って、元の世界に戻る事は知っているけれど、
怪が人間の世界に来る方法を全く知らない。
「お~、それはな」
口を開いたのは、たぬ吉である。
「わてらが住む怪の世界には、『人穴』っていう穴がいくつも開いてるんや。
怪は、それぞれ種族ごとに自分達の世界を持ってる。
他の種族との交流はほとんどないけど、人穴を通って人間の世界では交流できるんや」
人穴は、人間の世界に通じている穴の事で、
洞窟の中にあったり、井戸の底にあったりと様々らしい。
共通しているのはその穴を潜れば、怪は人間の世界に来られるという事。
「来るのは、穴を潜ればええ。
やけど、人間の世界から自分の世界に帰るのは、ちと骨が折れるんや」
怪の世界にある人穴は、いつも穴が開いている。
しかし、人間の世界では、穴は出現してもすぐに塞がり、消えてしまうのだという。
「つまり、出てきた穴を使って元の世界には帰れないみたいね」
「そう。そこで怪帰師の出番になるんだよ」
光一郎が横から言った。
「本来、人間としては人間の世界に怪はあまり来てもらいたくない。
騒動が起きる原因になるからね。だけど、来る事を拒む権利はないんだ」
「……それが“条件”だから」
穴を使うかどうかは、それがある怪の世界の怪達の自由なのだ。
そのため、元の世界にスムーズに帰ってもらうため、
光の扉を出現させる事ができる怪帰師達が怪と交渉する事になったらしい。
「そうだったんだ」
「……なんでだろうね」
琴葉は、怪帰師の仕事の大変さを改めて知った。
「父さんは今回の件を詳しく調べてみるみたいだ。
こんな事は、くだんさんだけで終わればいいけど」
光一郎の言葉に、琴葉とたぬ吉は頷き、ユズは警戒心を見せる。
それでも誰が何の目的でくだんを呼び寄せたのか分からない以上、
不安は完全に拭えはしなかった。
その頃。
学校の近くの道路を、一人の男性が歩いていた。
琴葉達の担任の大山先生だ。
「今日も一日よく働いたな~」
大山先生は、歩きながら肩を揉み、大きく息を吐いた。
「さて、今夜は何を食べようかな」
スーパーへ向かおうと、雑木林の横を通り過ぎる。
「ソウゥ……」
突然、小さな声がした。
「なんだ?」
声は雑木林の方からした。
猫でも犬でもない、低く不気味な声だ。
大山先生は、戸惑いながらも雑木林に顔を向けた。
―ガサガサッ!
瞬間、何かが雑木林の中を動いた。
大山先生は、子供が雑木林の中で遊んでいるのではと不安になった。
「こんなところで遊んじゃ駄目だぞ」
雑木林で転ぶと危ない。
数年前にも低学年の男の子が遊んでいて、転んで怪我をした事があった。
「お~い、聞いてるか~?」
大山先生はそう言いながら、雑木林の中に入っていく。
「どこだ?」
と、少し離れた場所で人の影が動いた。
「なあ、ここで遊ぶと怪我するぞ」
大山先生は、影の方へと向かう。
―ガサガサッ、ガサガサッ!
影は雑木林の中を素早く移動する。
「危ないってば」
大山先生は、その姿を見て呆れながらもさらに近づいた。
「いい加減、言う事を聞きなさい。怪我をしてからじゃ遅いんだぞ」
すると、影が木の裏でピタリと止まった。
「そう、それでいいんだよ」
大山先生は、その人物を外に連れ出そうと、目の前まで近寄る。
そして、木の裏に隠れるその姿を確認した。
「えっ」
目の前にいる人物を見て、大山先生の目が大きく見開かれる。
そこには、確かに人がいた。
しかし、人の身体をしているが、頭がない。
手足はムチのように細く、身体の中央に小さな目と鼻と口がある。
それは、人間ではなかった。
「ひいいい!」
大山先生は、慌ててその場から逃げようとした。
―ガシッ!
そんな大山先生の腕に、ムチのような細い腕が絡みついた。
「やめろ!」
「ソウゥ、ソウゥ」
不気味な物体が、大山先生に近づく。
その手は、蛇の頭のようになっていて、目がギョロギョロと動いている。
「ソウウ、ソウゥ、ソゥウウウ!!」
蛇の扉が大きく口を開き、鋭い牙が大山先生の首元に迫る。
「うわ! うわあああああ!」
雑木林に、大山先生の悲鳴が響き渡った。
「ねえ、ほんとに学校に来るの?」
翌日。
琴葉は小学校の靴箱で、靴を履き替えていた。
手提げ袋の中には、ヌイグルミのたぬ吉がいる。
今朝、たぬ吉がヌイグルミ姿で家に来て、一緒に学校に行きたいと言い出したのだ。
「わて、昔から学生生活っていう奴に憧れてたんや。
やけど、光一郎はんにお願いしても、全然連れて行ってくれへんくて」
たぬ吉は、琴葉ならOKしてくれると思ったらしい。
「光一郎君に怒られてもしらないよ」
「そこは、琴葉はんが上手くフォローしてくれれば大丈夫や」
「ええ??」
たぬ吉は、ヌイグルミ姿になると何だか図々しくなる。
だが、その可愛い姿を見るとどこか憎めない。
「手提げ袋から出てきちゃ駄目だからね」
琴葉はたぬ吉に呆れながら廊下を歩く。
六年二組の教室に入ろうとした。
「琴葉ちゃん!」
後ろから、光一郎とユズが走って来た。
「あ、おは――」
「来て!」
ユズは、琴葉の腕を掴むと、光一郎と共にそのまま渡り廊下へと向かった。
「ちょっと、どうしたの??」
「朝、光一郎は父から電話があった」
「えっ」
ユズは、渡り廊下に出ると、琴葉の腕を放した。
「くだんさんの件、何か分かったの??」
「そうじゃない。だけど、また町に怪が現れたんだ」
「しかも、今回ばかりは、わたしもちゃんと戦わないといけない」
「えええ!?」
琴葉が驚いていると、手提げ袋の中から、たぬ吉が顔を出した。
「どんな怪が現れたんや?」
「たぬ吉さん!? 学校に来ちゃ駄目だって言っただろう」
「いやあ、駄目と言われると余計に来たくなるもんや。
って、それより怪は? どんな奴なんや??」
たぬ吉の言葉に、光一郎は「それは」と言うと、ごくりと唾を飲み込んだ。
「『ヤマノケ』だよ」
「何やて!!」
たぬ吉は驚き飛び上がると、手提げ袋から落ちそうになった。
ユズは、真剣な表情をしている。
「わたし、あいつと戦う。力を見せたい」
「ちょっとたぬ吉さん! しかもユズちゃんまで!」
心配する琴葉をよそに、たぬ吉は手提げ袋にぶら下がりながら光一郎を見た。
「本当にあいつ?」
「ああ、父さんが言うには間違いないらしい」
「ねえ、ヤマノケってどういう怪なの?」
琴葉が尋ねると、ユズは真剣な表情で答えた。
「凄く凶悪で凶暴な怪。殴らなきゃ気が済まない」
「な、何それ??」
今まで聞いた中で、一番恐ろしい言い方だ。
「けどそれって」
琴葉は、情報が間違っているのではと思った。
テケテケも赤マントも八尺様も、怖い怪などではなかったのだ。
だがそう思いながらも、すぐにハッとなった。
今回は、ユズが言っているのだ。
光一郎は険しい表情で言う。
「今まで遭遇してきた怪の情報は、確かに不正確な部分もあった。だけど、ヤマノケは違う。
絶対に人間の世界に来ちゃいけない怪なんだ」
「戦わなきゃ……戦わなきゃ、気が済まない」
ユズは拳を握りしめ、たぬ吉も震えながら話を付け加える。
「あいつは人間を襲うだけやない。
襲った人間を操って、さらに犠牲者を増そうとする危険な奴なんや」
たぬ吉の言葉に、光一郎とユズは小さく頷いた。
「ヤマノケは、人間を大勢操り、そして、その命を吸い取る」
「命を……」
それは、死ぬという事だ。
今までの怪とは全く違う。
凶悪で凶暴――その言葉の意味を琴葉は理解した。
「だけど、そんな怪とどうやって交渉するの??」
ヤマノケがまともに交渉を聞いてくれるとは思えなかった。
光一郎は、困惑した表情を浮かべた。
「それは、まだ分からない……」
「でも、大丈夫。わたしは戦うために造られたから」
光一郎もヤマノケが町に現れた事を知って動揺しているようだ。
ユズは彼と逆に、ヤマノケと戦いたくてたまらないようだ。
「絶対に元の世界に戻さないと。それが怪帰師である僕の役目なんだ」
「光一郎君……」
(今まで以上に、私も力にならなきゃ)
琴葉はヤマノケを恐ろしく思いながらも、心の中でそう決意する。
その時、渡り廊下に、大山先生がやって来た。
「おお~い、ホームルームを始めるぞお~」
「あ、すぐに戻ります」
「じゃ、わたしは失礼する」
琴葉は、光一郎に話しかける。
「とりあえず教室に入ろう。
ヤマノケは学校が終わってからじゃないと、探しに行けないでしょ?」
「あ、ああ、そうだね……」
ヤマノケを放っておくのは危険だが、早退するわけにもいかない。
琴葉達は、ひとまず教室に戻る事にした。
「は~い、みんな席についてえ~」
教室に入った大山先生が教卓の前に立ち、生徒達にそう言った。
琴葉と光一郎も自分の席に座る。
たぬ吉も、手提げ袋の中で大人しくしていた。
「みんな、今日も元気で先生嬉しいぞお~」
大山先生は、みんなを見ながらニコニコして言う。
(急に何を言ってるんだろう?)
琴葉はそれを聞き、首を傾げた。
大山先生はいつもはそんな事を言わない。
(何かいい事があったのかな?)
そう思っていると、斜め前の席に座っている夏純が手を挙げた。
「先生、私も元気で嬉しいですう~」
夏純は、大山先生と同じようにニコニコしている。
「夏純ちゃん、どうしたの?」
琴葉は声をかけるが、夏純は何も答えず、ずっと手を挙げている。
と、今度は由香里が手を挙げた。
「私も、元気ですう~」
由香里も何故かニコニコしている。
「おいおい、どうしたんだ? 由香里ちゃん、そんなキャラだっけ?」
和也が笑うが、由香里は手を降ろそうとしない。
するとクラスメイト達が次々と手を挙げていった。
「私も」
「僕も」
「元気ですう~」
皆、夏純達と同じようにニコニコしている。
「これは一体??」
光一郎が教室の中を見渡す。
手を挙げていないのは、光一郎と和也と琴葉だけだった。
「おや~、君達は元気じゃないのかなあ~?」
大山先生が、琴葉達を見回した。
「先生は、み~んなに元気になってほしいと思ったんだあ。
それで今朝、通学しているみんなに挨拶をしたんだよお」
「挨拶?」
「先生と同じように、元気になろう~ってね。だけど、君は通学路にいなかったねえ?」
先生は、和也を見た。
「え、あ、今日は寝坊して。それでお母さんに車で送ってもらって」
「なるほど~、それでいなかったのかあ~」
先生は、琴葉と光一郎を見た。
「君達には、何だか変な力がありそうだから、後回しにしようって思ったんだよお~」
「変な力??」
「後回しって??」
琴葉達が戸惑っていると、先生は和也の傍に近寄った。
「まずは君からだねえ~」
大山先生は、ニコニコしながら、ゆっくりと手を挙げる。
その手はなんと、蛇の頭になっていた。
「うわあ!」
「和也君!」
琴葉と光一郎は同時に立ち上がる。
「琴葉ちゃん、何を驚いてるのお~?」
「光一郎君もちゃんと座っていた方がいいわよお~」
夏純と由香里が、ニコニコしながら、琴葉と光一郎の方に顔を向けた。
手は、黒いオーラに包まれている。
次の瞬間、手が蛇の頭になった。
「夏純ちゃん!」
「これはまさか!」
光一郎は周りのクラスメイト達を見た。
皆、手が黒いオーラに包まれていて、次々と、手が蛇の頭になっていく。
「何なんだよこれ??」
「和也君!」
光一郎は和也のもとへ駆け込む。
琴葉も、その後に続く。
「君達~、ホームルーム中に席を立っちゃ駄目だぞお~」
先生がニコニコしながら蛇の頭になった手を伸ばした。
光一郎はそれを振り払う。
「んんん? 先生に何するんだあ~?」
「先生、しっかりして!」
琴葉は必死に声をかけるが、先生はニコニコしたまま何も答えない。
先生の首筋には噛まれた跡があった。
「さあて、これだけ人数がいれば、君達も元気にする事ができるねえ~」
先生はニコニコしながら琴葉達を見る。
「あなた達も元気になりましょう~」
「琴葉ちゃん、私、今凄く元気で楽しいよお~」
由香里と夏純が蛇の頭になった手を向ける。
彼女達の首にも、噛まれた跡があった。
「みんな、正気に戻って!」
琴葉は必死に叫ぶが、皆ニコニコしたままだ。
すると、光一郎が声を上げた。
「今すぐ教室から出るんだ! これはヤマノケの仕業だ!」
「ええ??」
「こりゃああかん! ヤバすぎるで!」
手提げ袋からたぬ吉が飛び出し、琴葉達のもとに駆け込む。
「な、何? そのヌイグルミ!?」
和也がたぬ吉を見て驚く。
「今はわてに驚いてる場合やない! あの手の蛇に噛まれたら君らもああなってしまうんやで!」
「そんな!」
琴葉は、大山先生達を見た。
「さあ、君達も元気になろう~」
「ほうら、そこでじっとしてるのよお~」
大山先生達はニコニコしながら、蛇の頭になった手を見せる。
「逃げるんだ!」
「う、うん!」
ここにいたら捕まってしまう。
琴葉と光一郎は和也を連れて、慌てて教室の外に飛び出した。
「こっちこっち!」
その道中でユズと出会った琴葉と光一郎は、彼女に護衛を頼んだ。
「この女の子……」
「今はその話は後!」