Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
ユズは何とか校舎から脱出し、町に出た琴葉達と合流する。
だが、ヤマノケに操られた人々がニコニコしながら琴葉達に襲いかかる。
琴葉達は真っ白な制服を着た少年の助けを借りて人々をかわしながら逃げ出した。
光一郎は何故か少年に戸惑うが、琴葉達と共に少年――天草玲人のもとへ向かった。
玲人とユズはヤマノケに噛まれた人々を容赦なく倒し、琴葉はそれに納得できなかった。
その時、玲人の通役がヤマノケの隠れている場所を見つけ出し、
玲人とユズはヤマノケと交渉しようとした。
「ここは、いい町だね」
玲人とユズはまるで散歩でもするかのように、町を歩いていた。
途中、何人もヤマノケに操られた人達と遭遇した。
そのたびに、二人は体術と鉄の扇で彼らを倒していった。
一切手加減はない。
操られている人がどれだけ苦しもうと、
戦闘用のユズはともかく玲人も全く気にしていないようだった。
そんな二人の様子が、琴葉はだんだん恐ろしくなってきた。
「戦闘用故理解不能……」
同じ怪帰師といっても、光一郎とはまるで違う。
「ところで」
歩きながら、玲人はふと光一郎の方を見た。
「通役が見つかってよかったね。結構心配してたんだよ」
玲人は、優しく微笑みながら光一郎にそう言った。
玲人の話によると、通役候補がいなくなった後、
父親は光一郎に怪帰師の仕事をさせるかどうか悩んだのだという。
通役がいなければ、怪の言葉が分からない。
それでは、怪帰師としてまともに仕事をする事ができないのだ。
「だけど、光一郎は一人でもできるって言って、強引にこの町に来たんだよ」
「……わたしは彼を追いかけた」
玲人は琴葉にそう語りかける。
「そうだったんですね」
「通役の力を持つ人間は、そういるものじゃない。
君がいなければ、光一郎はテケテケすらも元の世界に帰す事はできなかっただろうね」
「それは……」
「後で護身術を教えようか?」
「……」
光一郎は反論しようとしたが、その通りであるためすぐに口を閉じた。
そんな光一郎を見て、玲人は微笑む。
「まあとにかく、今回は僕が交渉をするよ。
ヤマノケのような凶悪な怪は、光一郎じゃ手に負えないからね」
「……戦えないから」
琴葉はそんな光一郎を心配に思いながらも、たぬ吉に小声で話しかけた。
「玲人さんに任せて大丈夫なのかな?」
確かに、操られている人達はあっという間に倒した。
だが、光一郎は以前、怪は人間がいくら攻撃してもダメージを与えられないと言っていた。
鉄の扇を使っても、ヤマノケを倒す事は不可能なのではと思ったのだ。
すると、たぬ吉が小声で答えた。
「わての知る限り、玲人はんはトップクラスの怪帰師や」
玲人は十四歳で中学二年生なのだという。
光一郎達の一族は、十二歳になると右手に紋章が現れ、怪帰師の仕事をできるようになる。
玲人は、十二歳の最初の年に、五十体もの怪をユズと共に元の世界に帰したらしい。
「その中には、かなり凶暴な怪もおったらしいで」
大人の怪帰師でも手を焼きそうな怪と玲人は交渉し、あっという間に元の世界に帰したという。
「『鉄の意志を持つ怪帰師』。玲人はんは、そう呼ばれているんや」
「じゃあ、わたしは鋼の意志かもしれない」
どうやら、ただ攻撃力が高いだけではなさそうだ。
「光一郎はんは、そんな玲人はんの凄さを間近で見てきた。多分、憧れてるはずや」
たぬ吉はそう言いながら、さらに小声で琴葉に耳打ちした。
「やけど、憧れと同時に、苛立ちも感じてるはずや。
光一郎はんの父親は、玲人はんだけを評価してるからな」
「……元の主人に嫉妬してる。だから逃げた」
「それって」
光一郎は、そんな父親に認めてもらいたくて必死に頑張っていたのだ。
光一郎が先程からずっと玲人に対して苦々しい表情をしている理由が分かった気がした。
「見つけた」
ふと、玲人とユズが立ち止まった。
目の前に、同じようなマンションがいくつも並んでいる。
川沿いに最近建てられたマンションだ。
同じ名前で、一号棟から五号棟まであり、それぞれ五階建てになっている。
玲人はスマホを取り出すと、相棒の通役に電話をかけた。
「着いたよ。ヤマノケはどこにいるんだい? ……ああ、ああ、なるほど」
玲人はスマホから目を離すと、琴葉達に話しかけた。
「ヤマノケは三号棟の屋上にいるらしい。相棒もすぐに来るよ」
玲人はそう言うと、相棒の通役に今いる場所を伝えようとした。
だがその瞬間、光一郎が、走り出した。
「ダメ!」
「光一郎君!!!」
「琴葉ちゃん、君も来て!」
「えっ?」
「この町を任されたのは僕だ! 僕がヤマノケと交渉する!」
光一郎はそのまま三号棟の方へ走る。
「そんな!」
放っておく事などできない。
琴葉は戸惑いながらも慌てて駆け出し、光一郎を追った。
「まったく……」
「……武器も持たずに、無謀な……」
その様子を、玲人とユズが呆れながら見ている。
すると、玲人のスマホから声がした。
「どうしたんですか?」
玲人の相棒の通役で、女の子のようだ。
「あ~、ちょっとトラブルが発生してね。ほんと、困った弟だよ」
玲人は溜息をつきながらも微笑むと、ユズと共にゆっくりと三号棟の方へと歩き出した。
「光一郎君、危険よ!」
光一郎と琴葉は、マンションの非常階段を駆け上がっていた。
入り口のオートロックのドアは、開き放しになっていた。
フロアにも管理人室にも人はおらず、あちこち帽子や靴が散乱していた。
恐らく、ヤマノケか、ヤマノケに操られた人に襲われたのだろう。
「だから止まって!」
琴葉は階段を駆け上がる光一郎を追いながら、止まるように言い続けた。
「そや、琴葉はんの言う通りやで! ここは玲人はんとユズはんに任せた方がええ!」
たぬ吉も琴葉の肩にしがみつきながら、必死に説得する。
だが、光一郎は首を横に大きく振った。
「僕だって怪帰師として役に立つんだ! 父さんに、彼女にだって分かってもらう!」
「彼女??」
琴葉はその言葉に戸惑う。
そんな琴葉に、たぬ吉がしがみつきながら答えた。
「琴葉はんにまだ言ってなかった事が一つある。
光一郎はんが人はんに苛立ってるのは父親の事だけやないんや」
「どういう事??」
琴葉は意味が分からず、困惑した。
とその時、階段を上り終わり、屋上のドアの前に辿り着いた。
ドアは、ノブが破壊されていて、半分開いている。
「ヤマノケ!!」
光一郎は躊躇う事なく、屋上へと出る。
「光一郎君!」
琴葉もそのままドアを潜った。
「ソウウウ」
屋上の隅に、小さな人が立っていた。
人に見えるが首がなく、手足はムチのように細い。
身体の中央に、小さな目と鼻と口がついている。
その目が、琴葉達を見た。
「あれが、ヤマノケ……」
怯える琴葉を守るように光一郎は前に立つと、ヤマノケを睨んだ。
「僕は怪帰師だ。帰る条件を言うんだ!」
光一郎は全身に力を入れ、ヤマノケと対峙する。
ヤマノケは小さな目を細めるとニヤリと笑った。
「ソウゥ、ソウウウ」
「えっ」
それを聞き、琴葉は戸惑う。
「何て言ってるんだい?」
「それは」
「早く教えて!」
光一郎が声を荒らげる。
琴葉はその声に驚きながらも、答えた。
「『人の命を、いっぱい吸い取りたい』」
「何だって! そんな条件、飲めるわけないだろ!」
光一郎は苛立つ。
すると、ヤマノケはジロリと睨んだ。
「ソウウウゥ!」
雄叫びのような声を上げる。
刹那、琴葉達の背後から、数人の影が現れた。
「元気になろうよお~」
「私達凄く元気で楽しいわよお~」
中年の男性や女性達だ。
皆、首筋に噛まれた跡があり、手が蛇の頭になっている。
このマンションの住人達のようだ。
「きゃあああ!」
琴葉は、彼らに捕らわれてしまう。
「琴葉ちゃん!」
光一郎は住人達を琴葉から引きはがそうとするが、女の人が叫んだ。
「痛い、やめて!」
女の人の声に、光一郎の動きが止まる。
「あらあら、優しいのねえ。元気にしてあげるわ~」
瞬間、女の人は光一郎の腕を掴んだ。
「あっ!」
「さあ、君も元気になろう~!」
「私達と一緒に楽しく元気になりましょう~!」
住人達が光一郎を捕らえる。
「光一郎君!」
「は、放せ! あああ!」
「ソソソソソオオオ?」
ヤマノケはその姿を見て笑いながら、ゆっくりと近づいて来た。
「ヤマノケ、やめるんや! いくらなんでもやりすぎや!」
たぬ吉は、琴葉の肩の上で必死に訴える。
だが、ヤマノケは笑ったまま、さらに近づく。
「や、やめろ……」
光一郎は、捕らえられながらもヤマノケを睨む。
ヤマノケは目の前に立つと、そんな光一郎をじっと見つめた。
「ウゥウソウ、ソウウゥウ……」
「『誰にも邪魔はさせない……。今から操った人間の命を全て吸い取ってやる』」
琴葉は言葉を訳しながら、青ざめる。
「ソソソソソオオオ~」
ヤマノケは楽しげに大笑いすると、蛇の頭の手を光一郎に向けた。
「まったく、こうなる事は分かっていただろう」
「無謀」
刹那、琴葉達を捕らえていた人々の後ろから、ユズと玲人の声が響いた。
二人は背後から大きくジャンプし、
住人達の肩を踏み台にして跳ねるように移動すると、瞬く間にヤマノケの目の前に着地した。
「光一郎、あなたは優しすぎる。だから、こいつと交渉するのは無理。
邪魔はさせない、ライトジャベリン!」
ユズは気を光の槍に変えると、思いきりヤマノケに投げ飛ばし突き刺して大ダメージを与える。
「ソゥウウ~!」
ヤマノケは苛立ち、玲人目掛けてムチのような手を振るった。
―バシッ! ガシッ!
一発は食らったものの、玲人は軽々とヤマノケの手を掴き、
鉄の扇でヤマノケの戦意を奪っていく。
怪に人間の攻撃は通用しないが、戦意を奪う事はできるのだ。
ユズは光の拳をヤマノケに打ち込み、ヤマノケはムチのような手を連続でユズに叩きつける。
さらに玲人は鉄の扇でヤマノケの戦意を奪い、
ユズが作った気の塊がヤマノケに命中し、ヤマノケの体力と気力は失われていく。
「ヤマノケ、逆に殺されたいかい?」
「ソウゥウ……」
ヤマノケが怯えながら、唸り声を上げる。
玲人はスマホを取り出すと、相棒に通役させた。
「『そんなの嫌だ……』か。ふふっ、じゃあやる事は分かるよね?」
玲人の言葉に、ヤマノケは小さく頷いた。
琴葉達を捕まえていた人々がその場に倒れた。
皆、気絶している。
その手から黒いオーラが煙のように出て四散した。
彼らの手は元の手に戻った。
それを見て、玲人は微笑む。
「それじゃあ、元の世界に帰ろうか」
ヤマノケに向かって、玲人は楽しそうに言う。
それは、玲人とユズがヤマノケの戦意を奪ってから、僅か一、二分の出来事だ。
玲人は、あっという間にヤマノケと交渉を終えたのだった。
マンションの前の広場。
琴葉達は、ヤマノケを元の世界に帰す事にした。
ヤマノケは完全に怯えていて、もう人を襲う事はなさそうだ。
玲人は、光一郎の方をチラリと見た。
「帰すのは、お前がやるかい?」
しかし、光一郎は首を小さく横に振った。
「今回は、兄さんとユズがやっただろ……」
光一郎は悔しそうな顔をしている。
琴葉はそんな光一郎にどう声をかければいいのか分からなかった。
玲人はたぬ吉が行った通り、トップクラスの怪帰師だ。
(だけど……)
琴葉は玲人とユズのやり方が恐ろしかった。
人間に対してだけではない。
怪に対しても玲人とユズは一切の躊躇いがないように思えたのだ。
ユズは戦闘用レプリカントだから分かるが、玲人は人間だからだ。
玲人は、一歩前に出て、右手を強く握り締める。
「鑰!」
次の瞬間、玲人の右手の甲が光り輝き、鍵のような紋章が現れた。
玲人は、そのまま開けた空間を見つめ、右手を突き出した。
「人は人の世に。怪は怪の世に。安住の地へ、今帰らん!」
―ゴオオオオ……
瞬間、大きな音が響き、地面から光の扉が現れた。
玲人は光の扉に近づくと、鍵の紋章が浮かび上がった右手で、光の扉のノブを掴んだ。
「開!」
ドアがゆっくりと開き、その向こうに眩い光が広がった。
ヤマノケは、扉を潜ろうとする。
すると、玲人が声をかけた。
「教えてほしい事がある。君はどうやって人間の世界に来たんだい?」
それを聞き、ヤマノケは戸惑いながらも答えた。
「ソゥウウゥ、ソウゥウ、ソゥゥゥウウ」
「そんな……」
その言葉に、琴葉は思わず驚く。
「何て言ったんだい?」
玲人が尋ねると、琴葉は正確に答えた。
「こっちへおいでという人間の声が心の中で聞こえた。そして光の扉を潜って来た」
「それって」
光一郎は戸惑う。
くだんの時と同じだったのだ。
「やっぱりそうか」
玲人は小さく頷くと、ヤマノケにその人物の事を尋ねた。
だが、ヤマノケはその声が何者なのかは全く分からないようだった。
「ソウゥウ、ソウウゥ……」
ヤマノケは、元々人間の世界にそこまで興味がなかったらしい。
だが、光の扉が現れ、人間の命を吸い取ってみたくなったのだという。
やがて、ヤマノケは光の扉を潜り、光がその全身を包み込む。
ヤマノケが光の中に消え、ドアがゆっくりと閉まる。
光の扉はまるで線香花火のように四方に光を散らすと、そのまま消滅した。
「これではっきりしたよ」
「どういう事だい、兄さん」
玲人は、光一郎達をじっと見つめた。
「光の扉は誰かが意図的に開いたんだ。くだんやヤマノケに、人々を襲わせるためにね」
「そんな」
くだんはパニックになると自我を忘れ、暴走してしまう。
ヤマノケに至っては、興味がなかったものの、
光の扉が現れた事により、人間の命を奪おうと思った。
「誰がそんな事を!?」
光一郎は焦る。
すると、背後から声がした。
「それを調べるために、私達が来たの」
見ると、一人の女の子が立っていた。
栗色の長い巻き髪をしている上品そうな女の子だ。
その女の子に、琴葉は見覚えがあった。
「あなたは……!」
光一郎の許嫁、最上瑚江である。
「瑚江……」
動揺する光一郎を、瑚江は一瞬見やる。
だが、何も言わず通りすぎると玲人の横に立った。
「追跡ご苦労様。君のおかげでヤマノケを無事元の世界に帰す事ができたよ」
玲人は微笑むと、瑚江を優しく引き寄せた。
「君は、僕にとって最高の相棒だよ」
「相棒……」
その言葉に、琴葉は動揺する。
玲人がスマホでやり取りしていた相棒の通役。
それこそが瑚江だったのだ。
ふと、肩に乗っていたたぬ吉が琴葉に耳打ちする。
「さっき、まだ言ってなかった事が一つあるって言ったやろう。それがこれや」
それは、光一郎が玲人に苛立っている理由である。
「瑚江さんが、玲人さんの通役……」
「……取られたから、代わりに……」
琴葉は、光一郎を見る。
光一郎は拳を強く握り締め、全身を震わせていた。
(こんなのって……)
琴葉は複雑な思いを胸に秘めながら、光一郎をただ見つめるのだった。