Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
玲人とユズはヤマノケに操られた人々と遭遇し、彼らを倒した。
光一郎は兄・玲人の強さに憧れつつも、玲人が瑚江を評価する事に苛立っていた。
そんな中、敵対的な怪のヤマノケが現れ、光一郎が交渉を試みるも失敗する。
そこに玲人とユズが介入し、ヤマノケを元の世界に帰したが、
その裏には誰かの意図が隠れていたのだった。
第22話 禁断の村から鳴る音色
「湖江さんが玲人さんの通役だったなんて」
朝、小学六年生の遠野琴葉は学校に向かいながら、先日の出来事を思い出していた。
先日、町に凶暴な怪、ヤマノケが現れ、琴葉はクラスメイトの天草光一郎と共に、
ヤマノケを元の世界に帰すために奮闘した。
琴葉には、怪の言葉が分かる『通役』という力があった。
そして、光一郎は怪を帰す力を持つ一族『怪帰師」の一員で、二人はコンビを組んでいる。
しかし、ヤマノケを追っている最中、新たな怪帰師が現れた。
光一郎の兄、玲人である。
そんな玲人とコンビを組んでいた通役こそが、
光一郎の幼馴染でコンビを組むはずだった最上瑚江だった。
「瑚江さんは光一郎君の……」
琴葉が気になっていたのは、彼女が元コンビ候補という事だけではない。
瑚江は光一郎の許嫁だったのだ。
その事実を知ってから、琴葉はずっと気になっていた。
「まさか、瑚江さん本人と会うなんて」
琴葉は思い出すたびに困惑する。
すると、二つの暢気な声がした。
「まさに、想定外の出来事ちゅーわけやな」
「……そう、だね」
琴葉が持った手提げ袋の中から、十センチほどのタヌキのヌイグルミが顔を出す。
古タヌキのたぬ吉である。
普段は駅前の商店街にある居酒屋の前で、タヌキの置き物のフリをしているが、
小さなヌイグルミにも姿を変える事ができる。
その隣にいた紫の三つ編みの少女は、ユズ。
戦闘用レプリカント(人造人間)で、光一郎を追ってやってきた。
ヤマノケの騒動があった日から、たぬ吉とユズは琴葉の家によく来るようになった。
どうやら学校に行くのが楽しいらしい。
琴集もそんな二人とお喋りをするのが楽しく、すっかり友達のようになった。
「……琴葉は、光一郎が好き?」
「えっ、あ、ええっと」
琴葉があたふたしていると、たぬ吉は呆れ顔で溜息を吐いた。
「ずっと顔に好き好きオーラが出てるで」
「え、オーラ?? たぬ吉さんにはそんなのが視えるの?」
「そうやない。オーラというのは単なる比喻や。
そんだけ、好きそうな気持ちが表に溢れ出てるって事や」
「そんな」
「恋」
まさか、そんな事がバレていたとは全く思っていなかった。
「もしかして、光一郎君にもバレていたりするのかな?」
好きだと気づかれていたら、とんでもなく恥ずかしい。
しかし、たぬ吉は「それはないと思うで」と笑った。
「……光一郎は、意外と鈍いから」
「そっか、確かにそうかも」
「それって」
「やけど、今は琴葉はんの事よりも、他の事で悩んでそうやな」
その時、前方の道路の角から光一郎が現れた。
「わ、光一郎君」
「あ、琴葉ちゃん、ユズ、おはよう」
光一郎は挨拶を交わすと、そのまま歩き出す。
琴葉は、そんな光一郎の顔を覗き込むように見た。
その顔は、苦々しい表情をしている。
「どうして、兄さんは……」
光一郎は呟くようにそう言った。
(光一郎君……)
誰しかけたいが、何だか話しづらい。
琴葉が困惑していると、たぬ吉が小声で喋った。
「光一郎はんは、玲人さんの事で頭がいっぱいみたいやな」
「玲人さんが、瑚江さんを相棒にしたから?」
「それは前から知ってたはずや。
色々思うところはあるやろうけど、今は玲人はんがこの町に来た事に悩んでると思うで」
「どういう事?」
琴葉が首を傾げると、たぬ吉が答えた。
「怪帰師は一つの町に一人だけ派遣されるもんなんや。この町には光一郎はんがおる。
それやのに、玲人はんが派遣されてきたんや」
「そう言われれば」
先日、玲人は他の町の担当だったが、父親に言われてこの町に来たと言っていた。
「光一郎はんからしてみれば、これほど屈辱的な事はあらへん。
確かにヤマノケは凶暴な怪やった。やけど、光一郎はんは自分一人で何とかしたかったはずや」
「……そうまでして玲人を派遣するなんて、冷たい人」
ヤマノケは、玲人とユズの活躍によって元の世界に帰っていった。
光一郎は悔しいだろう。
琴葉はそれを知り、改めて光一郎を見た。
光一郎は怪帰師として父親に認めてほしかった。
それなのに、父親は玲人を町に派遣したのだ。
光一郎の気持ちは痛いほど分かる。
(このまま何も言わないのは、相棒として良くないよね)
少しでも励ましたい。
琴葉はそう思って光一郎に近寄った。
「光一郎君、元気出して。光一郎君は立派な怪帰師だよ」
それは、嘘でもお世辞でもない。
「琴葉ちゃん……」
光一郎は琴葉の気持ちを察したのか、少しだけ柔らかい表情になった。
彼が今まで何体もの怪と遭遇し、元の世界に帰してきた姿を琴葉は傍で見てきたのだ。
「そう言ってくれて嬉しいよ。
次もし怪が現れたら、僕は兄さんのようなやり方は絶対にしないから」
「なんで?」
光一郎は立ち止まると、琴葉とユズを見た。
「兄さんとユズは、ヤマノケを力ずくで元の世界に帰したのだろう。
あんなの怪帰師のやり方じゃない」
「それは……」
怪帰師は怪と交渉して、彼らが帰る事に納得する「願い」や「条件」を聞き出しそれを叶える。
ヤマノケ以外の怪とは、全てそうやって交渉してきた。
「……ヤマノケは凶暴な怪だった。だけど、それでも兄さんのやり方は間違ってる。
どうして兄さんは分かってくれないんだ……」
「そんな考えなの? わたしには分からない」
光一郎は悔しそうに言った。
だが、ユズは戦闘以外の事はほとんどインプットされておらず、
光一郎の考えは理解できないでいた。
光一郎は、玲人がこの町に派遣された事に悔しがっているわけではなかった。
玲人が怪帰師としてのやり方を無視してヤマノケを帰した事に納得できなかったのだ。
(光一郎君、やっぱり凄い……)
自分なら瑚江や兄が同じ町に派遣された事で、頭の中がいっぱいになってしまうだろう。
だが、光一郎はあくまで怪帰師としての仕事に悩んでいたのだ。
「光一郎はんは、わての想定以上にカッコいい人やなあ」
「真面目なだけ」
たぬ吉がしみじみと、ユズが淡々と言う。
琴葉はその言葉に、笑顔で大きく頷いた。
「おはよう」
突然、背後から声がした。
振り返ると、一人の女の子が立っている。
「瑚江さん??」
女の子は、瑚江だった。
「ちょうどよかった。あなた達に会わなくちゃって思っていたの」
「瑚江、担当している町に帰ったんじゃなかったのかい?」
光一郎が尋ねると、瑚江は小さく首を横に振った。
「私と玲人さんも、引き続きこの町を担当する事になったの。
それで私は光一郎達と同じ学校に通う事になって」
「えええ??」
光一郎と琴葉は同時に声を上げる。
「……ヤマノケの時も珍しかった。それが終わっても同じ町に二人の怪帰師がいるのは初耳」
ユズは淡々と言う。
「玲人さんも初めてのケースだと言ってたわ」
瑚江は真剣な表情で、ふっと町を眺めた。
「この町には、異常なほど怪が現れている。ヤマノケのような凶暴な怪もいた。
この町で、何かが起きているのかも」
それを聞き、琴葉はハッとした。
「こっちへおいで……」
くだんやヤマノケは心の中でその声を聞き、現れた光の扉を使って人間の世界に来ていたのだ。
「あれは一体……」
呟く琴葉を、瑚江はじっと見つめた。
「怪帰師と同じような力を持っている人間が、この町に怪を招いている。
玲人さんは、その人物を捜し出して捕まえようと思っているの」
その言葉に、琴葉と光一郎はゴクリと唾を呑み込んだ。
ユズは、ぐっと拳を握り締めた。
その頃。
住宅地の外れに、二人の警察官がやってきていた。
「隣の雑木林から笛や太鼓の音が聞こえる?」
若い警察官が、平家に住んでいるおばあさんにそう尋ねた。
一軒家の横には雑木林が広がっている。
おばあさんが言うには昨日の深夜、そこから笛や太鼓の音が聞こえてきて目を覚ましたらしい。
「最初は、ぼけていたのかなって思ったんだけどねえ」
おばあさんは二人に言う。
だが、しばらく経っても音は鳴り続けていたらしい。
「若者達が騒いでたんでしょうかね」
若い警察官は年配の警察官に顔を向ける。
「う~む、とりあえず確認してみるか」
既に朝なので、もし騒いでいたのが若者達だったとしても、もういないだろう。
だが、不安そうなおばあさんを見ると何もしないわけにはいかなかった。
「この辺りは、結構静かな住宅街なんだがなあ」
雑木林の中を歩きながら、年配の警察官が呟く。
「今まで騒音とかの苦情なんてなかったですもんね」
後ろを歩く若い警察官は、辺りを見ながら言う。
特に異変はないようだ。
「もし騒いでいたのが若者ならペットボトルや食べた物の袋をそのまま捨てているかもしれない」
先日、住宅地の公園で若者達が騒いでいた。
通報を受けた警察官が駆け付けた時には既にいなくなっていたが、
彼らが飲み食いしていた物のゴミがそのまま辺りに捨てられていたのだ。
「まったく、どうして若者は深夜に騒ぎたくなるんでしょうね」
「そういう年頃なんだろ。まあ、とりあえず誰もいなかったから、帰る事にするか」
二人はおばあさんに報告しに、雑木林を出ようとした。
その時だった。
―ピーピー、トントントン
雑木林の奥から笛と太鼓の音がした。
「先輩、今のって」
「ああ、まだいるようだな」
二人は若者達に逃げられないように、息を殺して音のする方へと近づいた。
―ピーピー、トントントン、ピーピー、トントントン
音が徐々に大きくなっていく。
二人は慎重に歩きながら、さらに音の方へ近づく。
「この向こうにいるようだな……」
―ドオンッ!
助けようとした若い警察官もバランスを崩す。
年配の警察官は道を塞いでいる木の枝を払い、奥へ進もうとする。
瞬間、地面が崩れ、大きな穴が開いた。
「ぬわっ」
「先輩っ!」
二人は穴の中に落ちてしまった。
「いたたた……」
誰かが掘った穴のようだ。
しかし穴は浅く、腰ぐらいまでの深さしかない。
「な、なんだこれは?」
「イタズラ、ですかね??」
二人は戸惑いながら、立ち上がろうとした。
「えっ?」
すると、その穴の周りに人々が現れて取り囲んだ。
その人々を見て二人は驚く。
彼らは木の枝で作った槍を持っている。
その槍を穴に落ちた二人の方に向けていた。
だが、二人が驚いたのはそこではない。
「な、何なんだ、こいつらは??」
槍を持った人達が、一斉に警察官に襲いかかった。