Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
琴葉と光一郎は、町に現れた凶暴な怪、ヤマノケを元の世界に帰すために奮闘した。
しかし、新たな怪帰師である光一郎の兄、玲人が現れてヤマノケを帰還させる。
彼の通役は、光一郎の許嫁である最上瑚江だった。
琴葉は光一郎に恋心を抱きつつ、彼が玲人と瑚江の存在に悩む様子を見る。
その後、瑚江が琴葉達と同じ学校に通う事になり、町には異常なほど怪が現れている事を知った。
しかも、警察官が雑木林で笛と太鼓の音を聞き、襲われてしまった。
―キンコンカンコーン
六年二組の教室。
六時間目の授業が終わり、下校の時間になった。
「琴葉ちゃん、今日はあんまり授業に集中してなかったね」
クラスメイトで親友の森永夏純が、帰り支度をしている琴葉に言った。
「それはきっと、光一郎君の事を考えていたからじゃないのかな~?」
「え、そ、そうかな?」
「そうだよ。ずうっと何か考え事している感じだったよ」
夏純がそう言うと、服部和也が微笑みながら寄ってきた。
和也は、琴葉達の様子を見ていつも茶々を入れてくるのだ。
そんな和也に、傍にいた学級委員長の瀬戸由香里が大きな溜息を吐いた。
「和也君、人の趣味を批判する事、恋路の邪魔をする事は、
いくら仲が良くてもしちゃいけないと思うわよ」
由香里はメガネをクイっと上げると、琴葉に向けて親指を立てた。
「琴葉ちゃん、頑張ってね!」
夏純と反省した和也も片手の親指を立てて笑顔で頷く。
「いやいやいや、そういうのじゃないから!」
最近、夏純だけではなく、和也や由香里とも仲良くなった。
和也は元々いらない事を言う性格だと知っていたが、
由香里も真面目そうに見えて、少し天然な性格のようだ。
(私が悩んでいたのは、この町と怪の事だから……)
琴葉は、朝、瑚江が言った事がずっと気になっていた。
怪帰師をもう一人担当させるほど、この町の状況は異常だったのだ。
(怪を招いている謎の人物かあ……)
その人物の目的が何にせよ、そのせいで人々が危険な目に遭っているのは事実だ。
怪が元の世界に帰れば、人々からは騒動があった記憶がなくなり、
その時に負った怪我なども元に戻る。
しかし、ヤマノケのような凶暴な怪が現れたら、それだけで町は大変な事になる。
(もし、元の世界に帰せなかったら……)
琴葉はそう思い、ずっと悩んでいたのだ。
そこへ、光一郎とユズがやってきた。
「琴葉ちゃん、ちょっといいかい?」
「頑張って!」
「応援するね!」
「それじゃあ、僕達は退散するよ!」
「だから~!」
和也がそう言い、夏純は琴葉にウィンクをしてその場から去っていった。
琴葉は呆れながらも、ふと、光一郎とユズを見る。
光一郎とユズは真剣な表情をしていた。
「瑚江が教室にやってきた。話がある」
転校してきた瑚江は、隣の六年三組の生徒になっていた。
「放課後、家に来てほしいそうだ」
「い、家に?」
琴葉は一瞬ドキっとしたが、光一郎の真剣な表情を見てすぐに真面目な顔つきに戻った。
ユズは周りに聞こえないように、小さな声で続きを言った。
「玲人が怪を捕まえた」
「ええええ!?」
教室中に大きな声が響く。
「琴葉はん、声でかすぎるで!」
今までヌイグルミのフリをしていたたぬ吉が、手さげ袋から顔を出して注意する。
「ご、ごめん。って、教室で喋っちゃダメって言ったでしょ」
「おっとそうやった」
たぬ吉は慌てて手提げ袋の中に隠れた。
「それで光一郎君、捕まえたって本当なの??」
「ああ、兄さんが、罠を仕掛けておいたらしい。
その怪が今、彼らがこの町で住んでいる家にいるんだ」
「そんな……」
どんな怪にせよ、罠で捕まった怪と友好的に話ができるはずがない。
琴葉は不安を覚えながらも、光一郎とユズと共に瑚江と合流して家に行く事にした。
「ここが、私達がこの町で住んでいる家よ」
小学校から十五分ほど歩いた場所にある高級住宅地。
その一角に、大きな洋館が建っていた。
「瑚江さん、このお家に住んでるの?」
「ええ、玲人さんと一緒に」
「えっ、二人で?」
「二人っきりで暮らしてるわけじゃないわよ。
食事を作ってくれたり、身の回りの世話をしてくれるばあやが一緒に住んでるわ」
「そ、そうなんだ」
琴葉は何だかホッとする。
そんな琴葉をよそに、瑚江は光一郎を見た。
「光一郎も私達と一緒に住めばいいのに」
ユズと光一郎は、こことは別の住宅地にある古い木造の一軒家に住んでいる。
しかし瑚江の提案を聞き、光一郎は首を横に振った。
「僕はユズと一緒にいた方が気が楽だからね」
「光一郎くん……」
琴葉は、光一郎が玲人を気にしている事に気づいた。
(玲人さんと、あんまり仲は良くなさそうだもんね。
一緒に住むとストレスが溜まっちゃうのかなあ)
(あいつは容赦ないから)
何より、瑚江と玲人が一緒にいるところをずっと見るのも嫌だろう。
「無理に一緒に住もうとは言わないけど、何か困った事があったら言ってね」
瑚江はそう言って微笑むと、玄関のドアを開けた。
「瑚江お嬢様、おかえりなさい」
大柄の七十歳ぐらいのおばあさんが、瑚江を出迎えた。
エプロンをしていて、優しい表情をしている。
瑚江は、「ばあや、ただいま」と言った。
どうやら、彼女が玲人達の世話をしているばあやのようだ。
ばあやはふと、瑚江の後ろに立っている光一郎を見た。
「こここここ光一郎お坊ちゃま~!!」
ばあやは光一郎に駆け寄ると、力いっぱい抱き締めた。
「元気にしてましたか? ばあやはずっと心配していたのですよ!」
「ちょ、ば、ばあや、痛いってば」
「ばあやさんは、光一郎君を知ってるの?」
琴葉がその光景を見て戸惑っていると、手提げ袋からたぬ吉が顔を出した。
「荻久保のばあさんは、光一郎はん達が生まれる前から天草家で働いているんや」
「光一郎お坊ちゃま、見ない間に立派になられて」
「見ない間って、この町に来てまだ一ヶ月ぐらいだよ」
「一ヶ月もお会いできなかったのですよ。
ばあやにとっては一年、いいえ、十年会っていなかったに等しい長さですよ~!」
ばあやは光一郎を再び強く抱き締めた。
「相変わらず、荻久保のばあさんは心配性やなあ」
「ああいう性格だから、光一郎はあの人が苦手」
「そうなんだ」
光一郎が玲人達と一緒に住みたくないのは、ばあやがいるせいでもあるようだ。
そんな中、ばあやは琴葉を見た。
「あらあら、あなたがもしかして琴葉お嬢様ですか?」
「お、お嬢様??」
「玲人お坊ちゃまから聞いていますよ。光一郎お坊ちゃまに素敵な相棒ができたって」
「素敵って」
何だか恥ずかしいが、悪い気はしない。
「おや、手提げ袋の中にいるのは、もしかしてたぬ吉かい?」
ばあやは急に怪訝な表情になった。
「まいど。久しぶりやな」
「まだ人間界にいたのかい。まったく、いい加減に自分の世界に帰ればいいものを。
……ユズも、よく元気でいられたね」
ばあやはたぬ吉からプイと顔を背けると、光一郎の方へ戻っていった。
ユズは、ばあやに対して頷いた。
「どうなってるの?」
「荻久保のばあさんはわてみたいな害のないキュートな怪も嫌いみたいなんや。
例外はユズみたいに、人が造った奴だけや」
「そうなんだ」
「怪っていうだけで嫌いっていう人間は結構おるからなあ」
怪の多くは災いを起こす。
ばあやは天草家で長く働いているので、そんな怪達の騒動を色々知っているのだ。
「さあさあ、リビングで玲人お坊ちゃまが待っていますよ」
ばあやは琴葉達を中へ招いた。
「やあ、よく来たね」
リビングに入ると、ソファーに座っていた玲人が琴葉達に声をかけた。
「兄さん、怪を捕まえたって本当なのかい?」
「まあまあ、とりあえず紅茶でも飲もうよ」
玲人は、ばあやに紅茶を用意するように言う。
だが、そんな玲人の前に光一郎が立った。
「のんびりしている場合じゃないだろ!」
光一郎は睨むように玲人を見つめる。
それを見て、玲人はフッと笑った。
「お前はほんと、いつも余裕というものがないね」
玲人は、ばあやの方をチラリと見て「あれを持ってきて」と伝える。
「はい、玲人お坊ちゃま」
ばあやは、部屋を出ていった。
「とりあえず座りましょう」
瑚江がソファーに座りながら、琴葉を促す。
「う、うん……」
琴葉は頷きながらも、光一郎がソファーに座ろうとしない事に気づいた。
「玲人はんと一緒の席に座るのが嫌なんやろな……」
手提げ袋の中から、たぬ吉が小声で言う。
「光一郎君……」
琴葉は光一郎の傍に歩み寄ると、同じように立つ。
ユズは、ソファーにずっと座っていた。
やがて、ばあやが部屋に戻ってきた。
手には虫カゴがある。
「あれは!」
ばあやがテーブルの上に虫カゴを置くと、光一郎はそれに慌てて近寄った。
その虫カゴの中で、何かが激しく動いていた。
虫カゴの中に、着物のような服を着た人間そっくりな小さな男の人が入っている。
男の人は、虫カゴの格子を掴んで必死に何かを叫んでいた。
「ココッコココ!」
「小さいおじさん……じゃない」
「『早くここから出せ』?」
琴葉は、反射的に男の人の言葉を通役する。
「兄さん、何て事をしてるんだ!」
光一郎は玲人に怒った。
「何か文句でもあるのかい?」
「当たり前だろ! 怪を虫カゴに閉じ込めるべきじゃない!」
男の人は、怪だったのだ。
「今、出すからね!」
光一郎は虫カゴを開けようとした。
すると、その手を玲人が掴んだ。
「に、兄さん」
「えっ」
「まったく、お前はほんとに甘すぎるね」
玲人は光一郎の手を強く握り締めると、虫カゴから離した。
「こいつは人間そっくりな姿をしているけど、あの『杉沢村の住人』だよ」
光一郎はそれを聞き、驚く。
「杉沢村の住人?」
琴葉が首を傾げていると、瑚江がその説明をした。
「杉沢村の住人は小さな怪だけど、いつも集団で行動している。
自分達の棲んでいる場所に人間がやってくると、襲いかかって捕まえようとするの」
「……人海戦術ほど有効な戦術はない」
「人間嫌いで有名な怪やもんなあ」
たぬ吉の言葉に瑚江は頷く。
瑚江の話によると、そんな杉沢村の住人達がこの町のどこかに棲みついてしまったらしい。
放っておけば、大勢の人間が彼らに襲われるだろう。
「こいつは昼間、中学校の校庭で見つけたんだ」
玲人は、虫カゴの中の男を見ながら言う。
瑚江が琴葉達の小学校に転校してきたように、
玲人もこの町にいる間、近くの中学校に通っているらしい。
その中学校の校庭の隅に、小さな男がいたと言う。
「どうやら食料を探すためにウロウロしていたようだね」
玲人はヒモで輪っかを作り、それを地面に設置して、その輪の中に買ったパンを置いたそうだ。
「原始的な罠だけど、こいつはすぐに引っかかったよ」
男はパンを取ろうとして輪の中に入った。
玲人は隠れてそれを見ていて、ヒモを引っ張り、男を捕らえたのだ。
「こいつに、この町にある杉沢村の住人達の棲み処を聞き出そうと思ってね」
「だからって罠で捕まえるなんて! そんなの怪帰師のやり方じゃない。
怪帰師は怪と交渉をして、元の世界に帰……」
「待って」
光一郎は玲人を睨み、ユズは手を伸ばして彼を止める。
「玲人のやり方は否定しないでほしい。彼は、町を守るために戦っている。
……わたしも、その一台だから」
「人間に災いを与える怪なんて、一秒でも早く元の世界に帰すべきなんだ。
のんびり交渉している場合じゃない。多少強引でも早急に帰さなくちゃね」
玲人は、捕らえた男を虫カゴに入れ、棲み処にしている場所を尋ねたらしい。
「電話越しに瑚江に通役させたんだけど、こいつは『虫カゴから出せ』としか言わなくて」
玲人は男を見ながら、ニヤリと笑った。
「仕方がないから、これから少し痛めつけてやろうかと思ってたんだよ」
「何だって? ふざけるな!」
光一郎は虫カゴの中の男を守るように、玲人の前に立った。
「そんな事、するべきじゃない!」
「はっはっは、分かっているよ。流石にそんな事をしたら、父さんに叱られるからね」
玲人はソファーから立ち上がると、光一郎をじっと見つめた。
「で、いい事を思いついたんだ。それでお前を家に呼んだんだよ。
せっかく同じ町に怪帰師と通役が二組もいるんだ。どうだ、僕達と勝負をしてみないか?」
「勝負?」
「虫カゴのそいつからは、僕はどうも情報を得られそうにない。
だからそいつは光一郎、お前に預けるよ」
玲人はそう言うと、瑚江の傍に歩み寄った。
「僕と瑚江は、これから町に出て杉沢村の住人達の棲み処を捜す。
光一郎、お前は琴葉さんとユズと一緒に、
そいつから情報を聞き出して、同じように棲み処を捜すんだ」
「それって、光一郎君と玲人さんが競争するって事?」
琴葉の言葉に、玲人は大きく頷いた。
「どっちが早く住人達を見つけて元の世界に帰せるか。勝負として面白そうだろう?」
玲人はツリーラックにかけていた上着を手に取ると、瑚江に話しかけた。
「さあ、行くよ。杉沢村の住人達を見つけたら、どんな手段を使ってでも元の世界に帰そう」
「は、はい」
玲人はそのままばあやと共に部屋を出ていく。
瑚江はチラリと光一郎、琴葉、ユズを見た。
「虫カゴの中にいる住人は凶暴らしいから、怪我だけはしないでね」
「瑚江さん……」
「それじゃあ」
瑚江はそう言って、部屋を出ていった。
「まさか、勝負をするなんて」
思わぬ展開に戸惑う。
一方、光一郎は拳を強く握り締めていた。
「怪帰師の仕事は、勝負をしたりするもんじゃない……」
「……確かにそうかもしれない」
光一郎は玲人の提案に苛立っているようだ。
「そうだよね。こんなのやめた方がいいよね」
琴葉は光一郎の思いを汲み取り、声をかける。
だが光一郎は首を大きく横に振った。
「兄さんより先に住人達を見つけなきゃ」
「えっ?」
「競うつもりはない。だけど、兄さんは住人達に何をするか分からないから」
「それって……」
玲人は、住人達を元の世界に帰すために、どんな手段でも使うと言っていた。
それは、光一郎の思う怪帰師の仕事として間違っている事だ。
琴葉、光一郎、ユズは同時に虫カゴを見た。
玲人よりも早く杉沢村の住人の棲み処を見つけ出すには、
虫カゴの中の男の協力がどうしても必要だ。
「お願いだから教えて! これは君達のためでもあるんだ!」
光一郎は、虫カゴの中の男にそう言った。