Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
怪帰師の玲人と通役の心音は、人と怪の関係を良くするために活躍していた。
しかし、心音が凶暴な怪に襲われて重傷を負い、通役を引退してしまう。
玲人は心音に似たアンドロイドを作るが心音の心を移す事ができず、やがて怪を憎むようになる。
玲人の新たな通役になった瑚江は、心音を守ろうとした自分の過ちを償おうとする。
一方、光一郎は兄の変化に悩み、ひきこさんとの対決に巻き込まれていくのだった。
「まさか、先生が怪と仲良くなるなんて」
放課後。
琴葉は光一郎とたぬ吉とユズと共に、学校の校門の脇にある駐車場に隠れていた。
仕事を終えて帰宅する大山先生の後をつけ、ひきこさんを見つけようとしていたのだ。
「だけど、先生が今日ひきこさんとデートをするっていうのは本当なのかい?」
光一郎は校門を見張りながら、となりにいる琴葉に尋ねた。
ユズは息を潜めて隠れている。
「間違いないと思う。夏純ちゃんから聞いた情報だから」
「都市伝説を話すから?」
「それもあるけどね」
昼休み、ひきこさんの存在を知った後、琴葉たちは自分たちの教室に戻った。
すると、夏純が琴葉に話しかけてきた。
それが、大山先生の恋人の話だった。
夏純はおまじないや都市伝説と同じぐらい、恋話も好きだった。
最近、先生がウキウキしているのを見て、彼女ができたとピンときたらしい。
そして、直接本人に聞いて今日の放課後、恋人とデートすると教えてもらったのだという。
「夏純ちゃんの情報は間違っている事も多いけど、今回は正しいと思うの」
「ああ、先生本人から聞いた話だものね」
光一郎はそれを琴葉から聞き、先生の後をつける事にしたのだ。
「だけど、瑚江さんに言わなくてよかったの?」
琴葉は先生とひきこさんとのデートの話を、隣のクラスにいる瑚江に伝えようとした。
しかし、光一郎がそれを止めたのだ。
「玲人さんが知れば、きっとひきこさんを捕まえようとする。
そうなったら、交渉どころじゃなくなるだろう」
「それは、確かにそうかも」
「玲人はんは怪を憎んでるものなあ」
「わたしを捨てたから」
「それじゃあ、怪帰師の意味がない」
玲人はひきこさんを強引に捕まえ、無理やり元の世界に帰そうとするだろう。
光一郎は、自分、琴葉、ユズだけでひきこさんを見つけ出したかった。
「僕は兄さんとは違う。ちゃんと怪と話し合いたいんだ」
「光一郎くん……」
「……そうだね」
琴葉とユズは小さく頷くと、光一郎と共に気合いを入れて校門の方に顔を向けた。
「あっ」
そのとき、一人の人物がやってきた。
大山先生だ。
琴葉達は見つからないように身を縮め、先生を見る。
先生はニコニコしながら、駅の方へと歩いていった。
「あれは、百パーセント今からデートする感じやな」
たぬ吉の推理に、琴葉と光一郎は大きく頷く。
ユズは、じっと彼らを見守った。
「行こう」
光一郎を先頭に、琴葉達は後を追った。
「もう10分もあそこにいるね」
駅前にやってきた琴葉達は、少し離れた場所に立っている先生を眺めていた。
先生は駅前の広場の一角に立ち、ずっとニコニコしている。
ひきこさんが来るのを待ち侘びているようだ。
「ひきこさんが、ほんとに好きなんだね」
琴葉はそう思うが、光一郎は先生をじっと見つめ、「もしかしたら」と呟いた。
「好きだと思うように、操られているのかもしれない」
「……何?」
「ひきこさんは、
興味を持った人間を捕まえて死ぬまでずっと引きずり続けると言われているだろう。
相手を一番捕まえやすいのは、逃げようと思わなくする事なんだ」
「それで先生が操られているかもしれないのか」
好きだと思わせていれば、逃げたりはしないはず。
「だったら、先生を助けた方がいいかも」
ユズは改めてひきこさんの恐ろしさに気づいた。
と、たぬ吉が声を上げた。
「おお、先生はんのところに誰か来たで!」
「えっ??」
琴葉、光一郎、ユズは身を乗り出すようにして、先生の方を見た。
先生のそばに、一人の女性がやってきた。
赤いワンピースを着ている、ショートヘアで白い肌の大人の女の人だ。
「綺麗……」
「わたし……より?」
琴葉は思わずその美しさに息を飲む。
先生の周りにいる人達も、彼女に見とれている。
「あれが、ひきこさん?」
光一郎は戸惑いながらも、女の人をじっと見た。
「普通の女の人、みたいに見えるけど」
「う、うん、そうだよね」
「……ひきこさんはこんな奴?」
そんな三人に、たぬ吉が答えた。
「あれは人間やない。人間に変身しているだけや」
「変身?」
たぬ吉は、ヌイグルミの短い手を自分自身の方に向けた。
「わいがまさにそうやろ。ある時は、可愛いヌイグルミのタヌキちゃん、
またある時はワンダー居酒屋ケンちゃんのマスコットの信楽焼のタヌキの置き物。
やけどその正体はイケメン古ダヌキのたぬ吉様や」
「ええっと、イケメンかどうかはともかく、たぬ吉さんの言う通りかも」
たぬ吉がヌイグルミや信楽焼の置き物に変身するように、
ひきこさんは人間の女の人に姿を変えているようだ。
「そう言えば、赤マントも女の人とか小さな男の子に変身したもんね」
「ああ、大山先生を油断させようとしているって事か」
「……本当かなぁ」
「あっ、先生達が移動したよ!」
見ると、先生はひきこさんと手をつなぎ、どこかへ歩いていく。
「光一郎、どうする?」
「無理やり交渉しようとすれば、きっとひきこさんは怒りだして先生を連れ去ってしまう。
先生と離れた時を見計らって交渉しよう」
「そうだね。じゃあこのまま見張らないと」
琴葉、光一郎、ユズは、見つからないように先生を追う事にした。
「はっはっは、今日もひきさんに会えるなんて、僕は世界一の幸せものだなあ」
大山先生は商店街を歩きながら、隣にいるひきこさんにそう言った。
ひきこさんは笑顔でコクリと頷く。
「お腹減ってないかな? この商店街に美味しい魚料理を出す居酒屋があるんだよ。
ご飯はそこにする?」
ひきこさんは微笑みながら、またコクリと頷く。
「よし、行こう、はっはっは」
先生は嬉しそうに、ワンダー居酒屋ケンちゃんに入っていった。
「あ、わたしが働いてる場所だ」
「ぬお、わての店やんけ!」
電柱の陰に隠れながら、ユズとたぬ吉が声を上げる。
「先生、何だか楽しそう」
駅から店まで五分ほど歩いたが、その間、先生はずっとひきこさんに話しかけていた。
「ひきこさんは、全然喋ってなかったね」
「光一郎はん、そりゃあそうや。
わてみたいに人間界に長くおれば人間の言葉も喋れるようになるけど、
あのひきこさんは最近人間界に来ただけやからな。ユズは機械人形やろ」
「そうか。じゃあやっぱり、先生はひきこさんに操られているんだね」
光一郎はそう言うが、琴葉は首を小さく横に振った。
「もしかしたら、操られていないかも」
「えっ?」
「意味不明」
「琴葉はん、そりゃあどういう事や?」
「先生の表情だよ」
先生は、ひきこさんと喋っている時、とても幸せそうな表情をしていた。
操られていたとしたら、そのような顔にはならないかもしれない。
「幸せそうだね……」
「光一郎君はまだ転校して日が経ってないから知らないかもしれないけど、
大山先生ってちょっと抜けているところがあるの」
「え?」
琴葉は五年生の時も大山先生が担任で、彼の事はよく知っていた。
先生は真面目で優しいが、一つの事に夢中になると周りが見えなくなるタイプだ。
「五年生の時、校内マラソン大会でみんなが完走できるようにって、
練習スタンプカードを作ってくれたの」
練習するごとに一つスタンプを押し、カードがいっぱいになったら、
大山先生が作ったメダルをプレゼントしてくれた。
それをモチベーションにして、完走できる体力をつけさせようと思ったらしい。
「大山先生も一緒にみんなと練習してくれたんだけど、いつの間にか自分が一番張り切ってて」
先生もカードに自分でスタンプを押していたが、張り切りすぎて朝昼晩と練習し始め、
自分が作ったメダルを二十個も手に入れたのだという。
「いやいや、先生がメダルゲットしてどうすんねん」
「……変な人」
「うん、みんなそう思ってたんだけど、張り切ってる先生に何も言えなくて」
琴葉は、居酒屋で楽しそうにひきこさんに話をしている先生を見た。
「たぶん、先生はひきこさんが全く喋ってないって気づいていないのかも」
情報通の夏純が先生から聞いた話によると、
先生は先日、夜道で寂しげに立っていたひきこさんと出会ったそうだ。
暗い夜道なので、女性を一人で歩かせるわけにはいかないと思い、駅まで送ったらしい。
その際、ひきこさんが手を握ってきた。
先生は驚いたものの、そんなひきこさんを好きになり、
「今度美味しいスイーツを食べに行きませんか?」と誘った。
そこから仲良くなり、付き合うようになったというのだ。
「ひきこさん、頷いたりはするでしょ。
先生が一方的に喋ってても、コミュニケーションは取れていると思うの」
「それはそうだけど……」
光一郎は戸惑いながらも、改めて先生を見つめる。
「……確かに、操られている人の表情じゃないかも」
「もしそうだったら、あんなのじゃない」
「言われてみれば、あれはマジで恋する男の表情やな」
たぬ吉も琴葉の意見にうんうんと首を縦に振った。
「だけど、だからと言って放っておくわけにはいかない」
早くひきこさんと交渉しなければならない。
光一郎の言葉に、琴葉とユズは大きく頷いた。