Kaikaeshi and Automata   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

ひきこさんは大山先生に恋をするが、その気持ちが強くなるほど彼を引きずりたくなっていった。
光一郎はひきこさんを元の世界に帰す任務を受けるが、彼女と大山先生の愛を知り、一瞬躊躇う。
ひきこさんは自分の本当の姿を大山先生に見せて別れを告げ、光の扉を潜って元の世界に帰る。
光一郎は玲人に反発しながらも、自分のやった事に誇りを持つのだった。


第30話 玲人の思い

「ひと目見た時から好きでした!」

 放課後の中学校の渡り廊下。

 ポニーテールの女の子が、真っ赤な顔をしながら手紙を差し出す。

 封筒にはハートマークのシールが貼ってある。

 どうやらラブレターのようだ。

 渡り廊下の端には、彼女の友達の女の子が二人、隠れるようにしながら告白を見守っていた。

「上手くいくかな?」

「公佳ちゃん、結構可愛いからきっと大丈夫!」

 二人の熱い視線を背に受け、公佳は目の前に立つ男の子を見る。

 白い肌に大きな澄んだ目とシュッと通った鼻筋、そして凛々しくて綺麗な唇。

 銀髪で背が高く、見ているだけでそのカッコよさにクラクラしてしまう。

 男の子は、玲人である。

「お願いします! 付き合ってください!」

 公佳は精一杯の勇気を出して、もう一度ラブレターを差し出しながら頭を下げた。

「ありがとう」

「えっ」

 玲人の返事に、公佳は笑顔で顔を上げる。

 しかし、玲人はラブレターを差し出した手を優しく握ると、ゆっくりと下ろさせた。

「気持ちは嬉しいよ。だけど、僕には大事な人がいるんだ」

「大事な……」

 公佳は戸惑いながらも、ハッとした。

「それって、巻き髪の綺麗な女の子?」

 先日、公佳は町で玲人が瑚江と一緒に歩いている姿を目撃していた。

 あまり親しそうには喋っていなかったのでただの知り合いかと思っていたが、

 そうではないらしい。

 すると、玲人はフッと笑った。

「彼女は一緒に引っ越してきた、そう、親戚みたいな子だよ」

「親戚みたいな??」

 意味がよく分からないが、先程言った大事な人ではなさそうだ。

「そろそろ帰るよ。君達も気をつけて帰るんだよ」

 玲人は渡り廊下の端に隠れている二人の方をチラリと見る。

「え、あ」

「バレてた」

「あ、あの!」

 公佳はそれでもまた声をかけようと思ったが、玲人はそのまま去ってしまった。

 

「わざわざ彼女達に言う必要はなかったか」

 学校を出た玲人は、一人歩きながら自分に呆れる。

「大事な人か……」

 ふと立ち止まるとポケットからスマホを取り出し、画面をじっと見つめた。

 画面には一人の女の子が映っていた。

「……心音」

 玲人は画面を見つめながら呟く。

 その表情はどこか悲しげだ。

(……怪は、絶対に許さない)

「それなのに」

 脳裏に浮かぶのは、光一郎だ。

 杉沢村の住人に続いて、ひきこさんも光一郎が元の世界に帰した。

(ひきこさんは、最後まで大山という先生を引きずりたく思っていたというじゃないか)

 その話を聞いた玲人は、ますます光一郎達に苛立った。

 ひきこさんは凶暴な怪そのものだった。

 それにも関わらず、光一郎達は話し合いによって平和的に元の世界に帰したのだ。

(また戻ってきたらどうするつもりなんだ)

 今回はたまたま光一郎達の担任がひきこさんと仲良くなったため、発見するのも早かった。

 しかし、全く知らない人間がひきこさんと仲良くなっていたら、

 発見が遅れて不幸な結果になっていただろう。

「怪は獣と同じなんだ」

 クマなどの獣は、一度人間の味を覚えたらまた人間を襲うらしい。

 怪も同じように、人間を襲う楽しさを知ればやめられなくなるだろう。

(そのために、二度と人間の世界に来ようと思わないようにしなければいけないんだ)

 怪帰師の仕事は、ただ怪を元の世界に帰すだけではない。

 一生、人間の世界には来させない。

 それこそが本当の仕事だと玲人は信じていた。

「次に怪が現れたら、今度こそ僕が……」

 玲人は眉間に皺を寄せ、再び歩き出した。

 

 その頃、公佳は友達二人と一緒に学校から帰るところだった。

「公佳、どんまいだよ」

「玲人君は、やっぱレベル高すぎだよ」

 玲人は転校してきた初日に、学校中で話題になるほどの存在だった。

 女子生徒のほとんどが玲人のカッコいい見た目に虜になってしまった。

「玲人君、普段あんまり喋らないけど、結構優しいよね」

「私、この前廊下でハンカチ落としたんだけど、玲人君が拾ってくれたよ」

「え、ほんとに!?」

 公佳がその話に食いつく。

「そのハンカチ、欲しいんだけど」

「えええ、何言ってるの??」

「だって、私、今回の事でますます好きになっちゃったんだもん」

 振られてしまったが、玲人はラブレターを断る時に手を優しく握ってくれた。

「私、この手は当分洗いたくないかも」

「えええ、それは流石に~」

 二人は、自分の手の匂いを嗅ぎながらニコニコ笑う公佳に呆れてしまった。

 その時……。

 

「ガルッ!」

 路地の奥から、鳴き声がした。

「犬?」

 犬の怒って吠えるような声を聞き、公佳達は思わず立ち止まる。

 すると、路地の奥からさらに鳴き声がした。

「ガルルッ!」

「ガルルルッ!」

 犬は複数いるようだ。

「喧嘩しているのかな?」

「公佳ちゃん、怖いよ」

「噛まれたら大変だよ。違う道に行こう」

 公佳は二人と共にその場から離れようとした。

 瞬間、路地から何かが出てきた。

「ガルルルルッ!」

 大きな真っ黒な犬のような獣だ。

 だが、大きいだけではない。

 その犬には、顔が三つもついていた。

「きゃあああ!」

 公佳達は慌ててその場から逃げ出す。

 その声に反応し、三つの顔が同時に公佳達の方を見た。

「ガルッ、ガルルッ。ガルルルッ!」

 三つの頭が同時に大きな口を開く。

 剥き出しになった鋭い牙が光る。

「ガルルルルッ!」

 犬は楽しそうに吠えながら、公佳達に襲いかかった。

 

「兄さん、何があったんだ!?」

 しばらくして。

 町の病院に、ユズ、光一郎、琴葉が駆けつけた。

 一階の受付フロアに、玲人と瑚江が立っている。

「急に呼び出してすまないね」

「そんな事はどうでもいい。同級生が怪に襲われたってどう事なの??」

 光一郎達は、玲人に電話でそう言われて病院にやってきたのだ。

「まだ父さんからの連絡はないけど、どうやら『ケルベロス』が町に現れたらしいんだ」

「ケケケ、ケルベロスやって!??」

「ケルベ……何?」

 驚いたのは、琴葉の服のポケットの中にいたたぬ吉だ。

 ユズは初めて聞く名前に、首を傾げる。

「そりゃあかん! 今回だけはマジであかんで!」

 たぬ吉はポケットから飛び出すと床に着地し、逃げようとする。

「だから、ケルベロスって何?」

「ちょっと、たぬ吉さん!」

 琴葉はそんなたぬ吉を慌てて捕まえた。

 ユズは怪についてたぬ吉に問いただそうとする。

「人前で動いちゃ駄目って言ってるでしょ!」

「分かっとる、やけど今回は緊急事態なんや!」

 たぬ吉は周りに人がいるにも関わらず喋り続ける。

 どうやらケルベロスにかなり恐怖を感じているようだ。

「ケルベロスって、そんなに凶暴な怪なの?」

 琴葉は光一郎に目をやる。

 光一郎は、真っ青な顔になっていた。

「光一郎君……?」

「う、うん」

 その身体は震えている。

 そんな光一郎を見て、玲人はフッと笑った。

「光一郎やたぬ吉さんが怖がるのも無理はないさ。ケルベロスは『要注意ランク』の怪だからね」

「「要注意ランク?」」

 初めて聞く言葉に琴葉とユズが首を傾げると、瑚江が強張った表情で説明する。

「怪帰師は長い間、怪と交渉をしてきているでしょ。

 その中には怪帰師が手を焼く怪も何種類か存在しているの」

「ケルベロスは、それだけ危険って事?」

 すると、玲人が「危険なだけじゃない」と言った。

「現れたら、すぐに一族に報告する義務がある」

 怪帰師は基本、一つの町に一人派遣されている。

 しかし、要注意ランクの怪が現れた場合は決して一人で対処してはならないのだ。

「本来なら、父さんに言って対策を練らないといけないけど」

 ケルベロスは三つの頭を持つ大きな犬のような怪なのだという。

 今回、その怪が三人の女の子を襲った。

 襲われたのはいずれも玲人の同級生で、

 そのため玲人は父親や他の怪帰師達よりも早くケルベロスが現れた事を知ったのだ。

「三人は今、この病院に入院しているよ。全治二ヶ月の大怪我らしい」

「そんな……」

 それを聞き、琴葉は動揺する。

 ユズは、自分がしっかりしていればと思った。

 

「これが、本来の怪の恐ろしさだよ」

 玲人はそう言いながら、光一郎の前に立った。

「明日の今頃には、父さん達もケルベロスの存在に気づくだろう。

 そうなれば、大勢の怪帰師達がこの町に来るはずだ。だからその前に、元の世界に帰さなきゃ」

「まさか、またどっちが早く怪を帰せるか競うつもりなんですか?」

 琴葉が動揺しながらも尋ねると、玲人はフッと笑った。

「競う事なんかできないよ。ね、光一郎?」

 玲人は光一郎を見る。

 光一郎は真っ青な顔をしたまま、ただ震えていた。

 ユズは、玲人が光一郎を間接的に見下していると思った。

 要注意ランクの怪が現れ、どう対処すればいいのか分からなかったのだ。

 玲人はそんな光一郎の姿を確認すると、ゆっくりと喋った。

「今回は僕と瑚江だけでやる。

 光一郎、ユズ、そして琴葉さん、君達は大人しくじっとしているんだ。

 もちろん、父さん達にも言わなくていい」

 玲人はそれを伝えるために光一郎達を病院に呼び出したのだ。

「瑚江、さあ、捜しにいくよ」

 玲人は、瑚江を見る。

 瑚江は身体を強張らせていた。

「なんだい、何か言いたい事でもあるのかい?」

「え、ええ。他の怪帰師を待った方が」

「何だって? ……僕がいるんだから問題ない!!」

 玲人は、フロアに響くほどの大声で怒鳴った。

 すると、ユズは玲人の前に立って、鋭い声で言った。

「いい加減にしないと、許さない」

 ユズと玲人は眉間に皺を寄せて苛立っていた。

「……ごめんなさい。変な事を言って」

 瑚江は頭を下げる。

「行くよ」

 玲人はそれ以上何も言わずに、歩き出した。

 

「瑚江……」

 光一郎は瑚江に話しかける。

 瑚江はそんな光一郎に、力ない微笑みを見せた。

「ケルベロスは玲人さんと私で何とかするから。だからみんなは、家でじっとしてて」

 瑚江は「それじゃあ」と言うと、玲人を追うように去っていった。

 

「ほんまに、あの二人だけで何とかするつもりなんか?」

 たぬ吉は怯えながらも、光一郎を仰ぎ見る。

「光一郎君……」

 琴葉も心配になる。

 しかし、光一郎はただ去っていく二人を見つめるだけだった。

 そんな中、ユズは、ぽつりと呟いた。

 

「……何もしない訳にはいかない。わたし、絶対にケルベロスを帰す」

 

「ほうら、琴葉できたわよ~」

 翌日の土曜日の朝。

 琴葉の家のリビングのテーブルに生クリームと果物がたっぷりとのったパンケーキが置かれた。

「お母さん特製、スーパーデラックスミラクルパンケーキよ」

 母親はニコニコしながら琴葉にそう言った。

 母親は今日は仕事が休みで、朝からパンケーキを作ってくれている。

「この前からずっと食べたいって言ってたでしょ」

「え、あ、う、うん」

 いつもなら嬉しいはずだが、琴葉は素直に喜べなかった。

(ケルベロスの事で頭がいっぱいだもん)

 たぬ吉の調べたところによると、昨日の夜、あれから玲人達は町を捜索したらしい。

 それでも、ケルベロスはまだ見つかっていないようだ。

(また人が襲われたらどうしよう……)

 昨日の夜は不安で眠れなかった。

 暢気にパンケーキを食べる気にもなれない。

「そうだ。今日は一緒に青空広場でやってるイベントに行こっか」

 母親が嬉しそうに言った。

 青空広場は、町の外れにある大きな広場だ。

 今日は、色んな国の食べ物が集まるイベントが行われているらしい。

「お昼ご飯はイベント会場で食べちゃいましょ」

 それを聞き、琴葉は慌ててイスから立ち上がった。

「そんなの駄目だよ! 家でじっとしとかなきゃ!」

 思わず興奮して向かい側のイスに座っている母親に迫る。

「ど、どうしたの?」

「あ、え、ええっと。……な、何でもない」

 母親は以前、八尺様に遭遇したが、その記憶はなくなっている。

(ケルベロスの事を話しても、信じてもらえないよね)

 怪の事を知らない人間を巻き込むのはよくない。

「とにかく、今日は家でのんびりして、配信とかで映画を見ようよ」

「え、ええ、琴葉がそれでいいならそうするけど」

 母親は戸惑いながらも、琴葉の提案に頷いた。

 

(だけど、家にいるだけでいいのかな……)

 しばらくして。

 自分の部屋に戻った琴葉は、玲人達の事を考えていた。

 彼らにだけ任せていていいのか正直分からない。

(せっかくお母さんがパンケーキ作ってくれたのに)

 一応食べたものの、悩みすぎて味なんて全く分からなかった。

(私達も、ユズちゃんが言ったように、ケルベロスを捜した方がいいよね……)

 琴葉はそう思うが、肝心の光一郎が動こうとしなかった。

 昨日の別れ際、光一郎は琴葉に今回の件について話をしたのだ。

「僕は、兄さんに従おうと思う」

 それはつまり、玲人に全てを任せるという事だ。

(お父さんに連絡もしないでいいって言ってたよね……)

 光一郎は、全てが終わるまで自分の家でじっとしているのだという。

 一方、ユズはいても経ってもいられず、バイトを終わらせてから探しに行くのだ。

(それだけケルベロスが怖いって事だよね……)

 今まで色々な怪に遭ってきた。

 中には、ヤマノケのような凶暴な怪もいた。

 ケルベロスはそれよりも遥かに危険な怪のようだ。

 できる事なら、玲人達に任せておきたい。

「だけど……」

 今までなら、素直に玲人に従っていただろう。

 しかし通役として光一郎の怪帰師の仕事をすぐ近くで見てきた。

 怪と交渉して、彼らが帰る事に納得する『願い』や『条件』を聞き出し、

 それを叶えるために力を尽くしてきた。

 玲人は恐らく、今回も怪を無理矢理帰そうとするだろう。

「ほんとに、このままでいいの?」

 琴葉は、一人そう呟いた。

 その時、部屋の窓が勢いよく開いた。

 

「とんでもない事になったで!!」

 ヌイグルミ状態のたぬ吉が部屋に飛び込んでくる。

「お店に戻ったんじゃなかったの?」

 たぬ吉は、信楽焼の置き物として暮らしている、

 ワンダー居酒屋ケンちゃんの従業員や常連客が心配で、昨日の夜遅く店に戻っていた。

 万が一、ケルベロスが襲ってきたら、彼らを避難させようと思っていたらしい。

「まさか、店の人が襲われたの?? ユズちゃんは??」

 琴葉は焦る。

 しかし、たぬ吉は首を大きく横に振った。

「そうやない。襲われたのは、和也はんや!」

「えええ??」

 昨日、店はケルベロスに襲われる事なく、たぬ吉はホッとしていた。

 そして朝、たぬ吉は琴葉の様子を見に行こうと、

 ヌイグルミになりこちらへ向かっていたのだという。

「その途中の道路で人がぎょうさん集まってて。何事かと思ったら和也はんが怪我をしてたんや」

 和也は愛犬のシベを散歩させていたそうだ。

 すると、三つの頭を持った怪、ケルベロスが現われ、襲われたらしい。

「それで和也君は?」

「救急車で運ばれて病院に行ったみたいや」

「そんな!」

 琴葉は慌ててジャケットを羽織ると、たぬ吉を掴んだ。

「ちょ、どこに行くつもりや?」

「和也君のところだよ!」

「行ってどうするんや? てか、玲人はんに外に出るなって言われたやろ」

「分かってるけど、じっとしてなんかいられないよ!」

 琴葉はたぬ吉をポケットの中に入れると、部屋を飛び出した。

「琴葉、どこに行くの?」

「あ、ええっと、ちょっと友達と遊ぼうと思って」

「こんな朝から?」

「う、うん」

 説明すると時間がかかる。

 ましてや、和也が怪我をしたと言えば、一緒に見舞いに行くと言い出すかもしれない。

「お母さんは、絶対家から出ちゃ駄目だからね!」

 琴葉はそう念を押し、家を飛び出した。

 

「琴葉はん、ほんま気をつけるんやで!」

 ポケットの中から、たぬ吉は病院へ走る琴葉に注意する。

「まさか、和也君が襲われるなんて」

 たぬ吉の話によると、足を怪我していたのだという。

「一緒におった犬が必死に吠えたらしくて、何とか和也はんは無事だったみたいや」

 もし、シベが映えていなかったら、もっと大怪我を負っていただろう。

「もしかして、ケルベロスは犬に吠えられるのが苦手って事?」

 以前、花子さんはシベに怯えていた。

 ケルベロスも犬が弱点かもしれない。

 だが、たぬ吉は「そうやない」と答えた。

「多分、吠えられて鬱陶しく思っただけや。その気になれば、犬なんてすぐに倒せるからな。

 ケルベロスは単に楽しく人間を襲いたいだけなんや」

「楽しくって……」

 ケルベロスは、まるで遊ぶかのように人間を襲っている。

 やはりこのまま放っておけない。

 琴葉はそう思いながら、病院の前に辿り着いた。

 

「たくさん怪我してる……」

 すると一階の受付フロアに、何故かユズと光一郎の姿があった。

 ユズは、ファーストエイドで皆の傷を癒している。

「光一郎君、どうしてここに? ユズちゃん、バイトはどうしたの?」

 琴葉は慌ててユズと光一郎の傍に行く。

「もしかして、和也君が襲われたのを知って?」

 同じようにいても経ってもいられなくなり、病院に来たのかもしれない。

 だが、光一郎は目をパチクリさせた。

「和也君だって?」

 驚いている。

「和也はんが怪我をしたから、ここに来たんちゃうんか?」

 たぬ吉が尋ねると、光一郎は戸惑いながら答えた。

「僕は、瀬戸由香里さんがケルベロスに襲われたから、病院に来たんだ」

「えええ??」

 光一郎は、玲人に言われて家で一人じっとしていた。

 だが、琴葉と同じように、このまま本当に何もせずにいていいのか、

 ずっと悩んでいたのだという。

「それで、外に出たんだ。もし、ケルベロスがいたら兄さんに連絡しようと思って」

 その時、救急車が停まっているのを目撃した。

 ケルベロスが現れ、外を歩いていた人達が襲われ、怪我を負ったのだ。

「その中に、瀬戸さんもいて」

 由香里は、腕を噛まれたらしい。

 あまりの痛さで、救急車で運ばれる際、ずっと泣いていたようだ。

 光一郎はそんな由香里達を心配し、病院に来たのだという。

 ユズは怪我をした人を治しているが、状況は芳しくない。

「わたしが怪我人を治してる」

「幸い、意識ははっきりしてたよ。だけど瀬戸さん、凄く怯えていて……」

「由香里ちゃん……」

 琴葉はそれを聞き、不安になって言葉を漏らす。

 和也だけではなく、由香里まで怪我を負ってしまった。

 そんな琴葉に、光一郎は話を続けた。

「ケルベロスは恐ろしい怪だ。兄さんに任せた方が安心かもしれない。

 だけど、それじゃあ兄さんを超える事も、父さんに認めてもらう事もできない……」

「光一郎君……」

 光一郎は、真剣な表情で琴葉を見た。

「僕は父さんに認めてほしかった。兄さんを越える怪帰師になりたいと思っていた。

 だけどそれ以上に、実際に怪帰師を続けて思った事があるんだ」

「思った事?」

「僕は、怪の災いからみんなを守りたい――!」

 怪は人々に災いをもたらす。

 そんな怪を元の世界に帰すのが怪帰師の仕事だ。

 光一郎は由香里や他の人々が実際に怪に襲われ怪我をした光景を目にし、

 しかもユズが治しているのを見て、このまま黙って見ているだけではいけないと決意したのだ。

「そうだね……。うん、絶対そうだよね!」

 琴葉は大きく頷いた。

 ケルベロスは恐ろしい怪だ。

 だからと言って、家でじっとしているわけにはいかない。

「私だって、怪帰師の通役だもん」

 自分が何故そんな力に目覚めたのか分からない。

 しかし、光一郎とコンビを組めた事に後悔はしていない。

 今まで様々な怪と交渉し、人々を助けてきた。

 それを誇りに思っていた。

(お父さんだって、もし生きていたらきっと褒めてくれたと思うもん)

 琴葉は、三年前に亡くなった父親を思い出す。

 正々堂々、正直に生きる。

 父親はそれが何より大事だといつも話していた。

 

「これ以上、誰も傷つけられたくないもん!」

 怪を元の世界に帰せば、怪我をした人達は元に戻る。

「和也君と由香里ちゃんも、ケルベロスを元の世界に帰せば……」

 琴葉は光一郎を見た。

「光一郎君、やろう。怪帰師のお仕事を!」

「……わたしも探す」

「それはダメ」

 ケルベロスを探そうとしたユズに、光一郎は首を横に振った。

「ユズ、君はみんなのケアをするために、ここに残るんだ。

 これからも怪我人は増えるかもしれない。そして、ケルベロスは病院も襲うかもしれない。

 もし何かあったら大変だ。君は、ここに残ってほしい」

「……うん」

 とある異世界で二人の決闘者が村を離れている間に、村を大軍が襲い壊滅した事がある。

 ユズは頷くと、病院に残り、琴葉と光一郎を信じて待った。

 怪が帰還すれば身体の怪我は治るが、心の傷を癒せるのは彼女だけだ。

 

「戦う事以外でも、わたしにできる事はある。

 琴葉も光一郎も、必ず、ケルベロスを帰すと信じてる……!」

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