Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
玲人は怪帰師として、ケルベロスを元の世界に帰そうとする。
しかし、ケルベロスは人間を襲う事を楽しんでおり、
町の郊外にある青空広場でイベントが行われるのを狙っていた。
光一郎と琴葉もケルベロスを捜しているが、手がかりがない。
そんな中、青空広場に一人の若い男と一台の少女型アンドロイドが現れる。
男はケルベロスを人界に呼んだ張本人で、玲人とケルベロスの対決を見届けようとしているのだ。
「よかった。みんな無事だよ」
青空広場に、琴葉と光一郎、そしてたぬ吉がやってきた。
琴葉はイベントを楽しむ人々の姿を見てホッとする。
「彼らを避難させたいけど……」
光一郎は真剣な表情で呟く。
避難ができれば、ケルベロスから守れる。
しかし何も起こっていない今であれば、皆に説明してもまともに聞いてくれないだろう。
光一郎は焦る。
すると、たぬ吉が口を開いた。
「ここはわての出番やな」
「たぬ吉さん、人前で喋っちゃ駄目だって」
「琴葉はん、今は緊急事態や。わての力が必要やろ」
「力って」
戸惑う琴葉をよそに、たぬ吉はポケットから飛び出し、地面に着地した。
ボンと白い煙が出る。
その煙に包まれ、たぬ吉は本来の姿に戻った。
「たぬ吉さん、何してるの??」
止めようとする琴葉の横で、光一郎が「そうか」と声を上げた。
「『匂い』でケルベロスを捜すんだね!」
「匂い?」
「わての自慢の能力や」
実は狸はイヌ科の動物なのだ。
そのため、たぬ吉は本来の姿に戻ると、鼻が利くようになるらしい。
その力で怪の匂いを捜し当てる事ができるという。
「まあ、近くにおらんと流石に匂いは分からへんけどな。
だけど、この広場ぐらいの大きさなら全然大丈夫やで」
「そうなんだね」
たぬ吉の思わぬ力に琴葉は感心する。
その時、小さな子供達がたぬ吉の周りに集まってきた。
「わあ、たぬきだ~」
周りの大人達も、たぬ吉の方を見る。
「あ、えっと、これは」
琴葉は誤魔化そうとするが、咄嗟にいいアイデアが出ない。
このままではケルベロスを見つける前に、人々がパニックになってしまう。
だが、たぬ吉は堂々とみんなを見ながら笑った。
「はっはっは、わてはゆるキャラのたぬきっちー様やで」
「ゆるキャラ?」
周りの人々がキョトンとする。
ゆるキャラとは様々な形をしたゆるいマスコットキャラの事だ。
「ああ、驚いた。そうよね」
「うんうん、今日はイベントだもんね」
「たぬきっちーちゃん、かわいい~」
子供達に撫でられ、たぬ吉は笑顔で応える。
「ふう~、何とか誤魔化せたで」
皆が去った後、たぬ吉が琴葉達にそう言う。
「たぬ吉さん、ナイス」
「わては、こういう機転は結構利く方なんや」
たぬ吉はイベントを楽しんでいる人々を眺めた。
「わては人間が好きや。
わての事を『可愛い』って言ってくれたあの子達を襲わせるわけにはいかんからな」
たぬ吉もまた琴葉達と同じように、ケルベロスに恐怖を感じながらも、
このまま何もしないわけにはいかないと思っていたのだ。
「さあ、やるで」
たぬ吉は目を瞑り、鼻で大きく息を吸った。
そして、お腹をポンと叩くと、目を大きく見開いた。
「あっちの方から匂いがするで!」
たぬ吉は、広場の奥にある野外ステージの方を指差した。
「あそこにいるんだね!」
「琴葉ちゃん、行こう!」
「うん!」
琴葉達は一斉に野外ステージへと向かった。
「どこにいるの?」
野外ステージにやってきた琴葉達は、周りを見回す。
「隠れられそうな場所は……??」
野外ステージの周りは芝生が続いていて、隠れ場所はない。
「ケルベロスって大型犬ぐらいの大きさなんだよね?」
「そや。真っ黒で見るからに凶暴な感じで、三つの頭があるで」
「そんな姿だったらすぐに分かるのに。あっ、もしかして変身しているかも?」
琴葉がそう言うと、光一郎が首を横に振った。
「ケルベロスは変身できないはずだ」
その言葉にたぬ吉も頷く。
「だったら、一体どこに?」
「匂いはまさにこのステージからしとる。近くにいるはずやで」
「近くに……」
琴葉は何気なくステージを見上げた。
「あっ」
ステージの上に屋根がある。
その屋根の上から、黒い物体が下を覗いていた。
「あれは!」
三つの首がある真っ黒な犬のような獣――ケルベロスだ。
琴葉は発見した事を光一郎に伝えようとした。
刹那、光一郎が声を上げた。
「兄さん!」
「えっ!?」
見ると、屋根へと続く点検用の階段を玲人と瑚江が上っていた。
「こんなところにいたなんてね」
「玲人さん、気をつけて」
玲人と瑚江は階段を上り切ると、屋根の上に立った。
時刻は正午で、少し風が吹いている。
玲人は、屋根の縁から下を見ているケルベロスを睨みつけた。
「ガルルル」
ケルベロスの右の頭が玲人達の方を見る。
「ガルガルルル」
右の頭は、他の二つの頭に話しかけた。
「『人間が何か言ってるぜ』って言ってるわ」
瑚江がその言葉を訳す。
玲人は屋根の上を歩きながら、ケルベロスに近づいた。
「僕はただの人間じゃない。怪帰師だ」
「ガル?」
「ガルルル?」
「ガルガルルルル……」
三つの頭が、玲人に揃って顔を向けた。
『怪帰師?』
『元の世界に帰す気か?』
『そりゃあお断りだなあ』
瑚江は三つの頭がそれぞれ喋った事を訳した。
それを聞き、玲人はフッと笑った。
「お前達がどう思おうが、無理矢理にでも帰ってもらうよ」
玲人は自信満々の表情で、ポケットからある物を取り出した。
それは、木の枝だ。
「ガルウ! ガルゥウ! ガルルルッ!!」
『それは!』
『まさか!』
『またたびか!?!?』
「ああ、そうだよ」
玲人は闇雲にケルベロスを捜していたわけではなかった。
彼らを元の世界に帰すために、策を考えていたのだ。
「数十年前、お前が現れた時、当時の怪帰師がどうやって元の世界に帰したのか調べたんだ」
当時の怪帰師達は、暴れ回るケルベロスに願いを聞いた。
それは、「『またたび』をこの世界からなくせ」というものだった。
「人間の世界にいる猫はまたたびが大好きだ。
だけどそれとは反対で、お前はこれが大嫌いなんだろう?」
ケルベロスの要望を聞き、怪帰師達は大量のまたたびを集めて燃やした。
結果、ケルベロスは満足し、元の世界に帰ったのだ。
「だけど、今回はお前の願いなんて叶えるつもりはない」
玲人は持っていたバッグを開けると、勢いよくひっくり返した。
大量の小枝――全てまたたびだ――が屋根の上に落ちる。
「またたびが嫌いなんだろ? 素直に帰らなかったら、これをお前に食わせるぞ」
玲人はまたたびを突き出しながらケルベロスに迫った。
「ガルウウ、ガルルゥウ、ガルルルゥゥ……」
「瑚江、何て言ってるんだい?」
「『やめてくれ』『それだけは嫌だ』『泣きそうだよお』って言ってるわ」
「人間を何人も襲っておいて、自分達が襲われる立場になったら急に泣き言かい。
僕はお前達怪が大嫌いだ!」
玲人はケルベロスの前まで近づき、またたびをナイフのように突き出して威嚇した。
「さあ、元の世界に帰るんだ!」
怒鳴るように言う玲人に、ケルベロス達は頭を下げた。
玲人はそれを見て、フッと笑う。
勝ちを確信したのだ。
右手に力を入れ、光の扉を出そうとした。
その時、三つの頭が同時に声を発した。
「「「ガルルルウウゥ~」」」
「えっ?」
その言葉に瑚江は戸惑い、目を大きく見開いた。
「玲人さん、離れて!!」
「離れる?」
玲人が首を僅かに傾げた瞬間、ケルベロス達が顔を上げた。
その顔は、三つとも笑っていた。
「「「ガルルゥゥゥ~~!」」」
ケルベロスが太く大きな前脚で、玲人を蹴りつけようとする。
「わっ!」
玲人は咄嗟に後ろに下がり、それを避ける。
「どういう事だ! またたびを食らっていいのか!?」
戸惑う玲人に、瑚江が叫んだ。
「さっき、彼らは『またたびはもう怖くない』って言ったの!」
「何だって!?」
ケルベロスが笑みを浮かべながら、玲人に近づく。
「ガルゥゥル」
「ガルガルガル」
「ガルンガルル!」
三つの頭が楽しそうに唸る。
「『俺達は訓練した』『またたびを怖がらないように』『だからそれは弱点じゃない』」
「何だって??」
ケルベロスは、またたびが平気になっていたのだ。
「そ、そんな……」
玲人は後ろに下がりながら狼狽え、持っていたまたたびを落とす。
ケルベロスは、そのまたたびを笑いながら踏み潰した。
「ガルルルッ!」
「く、来るな!」
山のように積まれたまたたびも踏み潰していく。
狼狽えながら下がる玲人に、ケルベロスは近寄る。
「ガルルル!!」
「がっ!」
ケルベロスは大きくジャンプし、玲人に襲いかかった。
避け切れず、玲人は前脚で蹴られて地面に倒れる。
「玲人さん!」
ケルベロスは倒れた玲人に馬乗りになる。
瑚江は玲人を助けようとするが、そんな瑚江の前に真っ黒な前脚が伸びた。
「ガルルッ!」
飛んでいる虫を払いのけるかのように、瑚江の身体を前脚が叩く。
「きゃっ!」
瑚江は、吹っ飛ばされ屋根の上に倒れた。
「ガルルルゥウ。ガルルルルルゥ、ガガガルルル」
『お前はそこで待ってろ』
『こいつをボロボロにしたら』
『遊んでやる』
「れ、玲人さん……」
瑚江は玲人を見るが、痛みと恐怖で身体が思うように動かない。
「「「ガル~、ガルガルウウウ~」」」
『『『さあ~、たっぷり遊ぼうぜ~』』』
ケルベロスの三つの顔が同時にそう言うと、鋭い牙を見せて玲人に噛みつこうとした。
「やめろ!」
瞬間、誰かが玲人達の方へ走ってきた。
ドンッとケルベロスに体当たりをする。
その勢いでケルベロスがよろめき、玲人から離れた。
「兄さん!」
走ってきたのは、光一郎である。
「瑚江さん!」
階段を上ってきた琴葉が、瑚江に駆け寄る。
「ガルルルルル」
ケルベロスが起き上がりながら、琴葉と光一郎を睨んだ。
『お前達もボロボロにしてやる』
ケルベロスの言葉を訳し、琴葉は身体が震える。
「琴葉さん、逃げて……」
瑚江が必死にそう言う。
凶暴な三つの顔が、琴葉と光一郎を狙うように見定める。
琴葉は恐怖を感じながらも、全身に力を入れた。
「私達は、逃げるためにここに来たんじゃない!」
その声に反応するかのように、光一郎が言葉を続けた。
「ケルベロス、さあ、交渉に応じるんだ!」