Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
ケルベロスを元の世界に帰すため、玲人と瑚江はケルベロスを追いかける。
一方、光一郎と琴葉は、たぬ吉と共にケルベロスの匂いを辿った。
ケルベロスはイベント会場の野外ステージの屋根に隠れていたが、玲人と瑚江に見つかる。
玲人はケルベロスが嫌いなまたたびで脅して帰そうとするが、
ケルベロスはまたたびに慣れており、効果がなかった。
そして玲人と瑚江にケルベロスが襲い掛かったその時、
光一郎と琴葉が駆けつけ、ケルベロスと対峙するのだった。
琴葉と光一郎は恐怖に打ち勝とうと全身に力を入れ、ケルベロスの前にやってくる。
「琴葉はん……光一郎はん……」
ようやく階段を上ってきたたぬ吉がその光景を見つめる。
「光一郎……」
玲人は呆然となりながら、光一郎達を見ていた。
その傍に、瑚江が近づく。
「れ、玲人さん、大丈夫?」
「僕は平気だ。うっ」
起き上がろうとした玲人は足に痛みを感じ、思わず声を漏らす。
どうやら倒れた際に痛めたようだ。
「兄さんと瑚江はそこでじっとしていて」
光一郎がケルベロスを見ながらそう言った。
「ガルルル」
ケルベロスが笑いながら光一郎達に迫る。
目の前に三つの顔がある。
三つの顔の荒い息が二人にかかる。
それでも、琴葉と光一郎はその場から一歩も引かなかった。
「ガルルルル」
「『面白い奴らだ』って言ってる」
「ケルベロス、君にこれ以上人間を襲わせるわけにはいかない。帰る条件を言うんだ」
「ガルルル~」
『条件ねえ~』
真ん中の顔が呟く。
すると、左側の顔が喋った。
「ガルッガルルル」
『だったらこういうのはどうだ』
「ガルガルルゥウ、ガルウガルルル」
「琴葉ちゃん、何て言ったんだ?」
「『帰ってほしかったら、ここから飛び降りてみせろ』って」
「えっ??」
「ガルルルゥッ! ガルゥガルル!」
『それはいいな!』
『やってみせろ!』
残りの二つの頭も激しく上下に振って大盛り上がりする。
「ここから飛び降りるなんて……」
琴葉は下を見る。
高さは十メートルほどありそうだ。
「や、やめろ、光一郎!」
玲人が瑚江に支えられながら立ち上がる。
「そんな事をしてもこいつは帰りはしない。ただ弄んでるだけだ」
玲人の言葉に、瑚江も頷く。
たぬ吉も同じように何度も頷いた。
「ええ??」
「飛び降りる……」
光一郎は怯え……すぐに全身に力を入れ直す。
「――分かった」
光一郎は、屋根の縁に立った。
「「光一郎!」」
玲人と瑚江が同時に声を上げる。
「光一郎はん、あかん! 怪我ではすまへんで!」
たぬ吉が光一郎を止めようと縁に向かう。
しかし光一郎は手を挙げ、それを遮った。
「ケルベロスは帰る条件を言った。怪帰師はその条件を叶えるのが仕事なんだ。
だから、僕は仕事を全うする。それが僕の使命だから」
「光一郎……」
玲人は、そんな光一郎に何も言えなくなる。
瑚江とたぬ吉もその場から一歩も動けなかった。
「やるよ……」
光一郎は改めて地面を眼下に見て、屋根の上から飛び降りようとした。
その時、隣に琴葉が立った。
「私も一緒にやるよ」
「琴葉ちゃん!?」
その発言に、光一郎は驚く。
玲人達も戸惑っている。
琴葉は震えを押さえながら、光一郎を見てニッコリと笑った。
「だって、私は光一郎君の相棒だから。怪帰師のお仕事は仲間と一緒にするものでしょ」
琴葉は、光一郎の手を握る。
「琴葉ちゃん……」
光一郎は頷き、その手を強く握り締めた。
「やろう」
「うん」
琴葉と光一郎は手を握ったまま、真っ直ぐ前を見る。
そして意を決すると、踏み出すように屋根の上から飛び降りた。
「光一郎!」
「琴葉さん!」
「ガルルルル!」
『面白い奴らだ!』
瞬間、ケルベロスが縁に向かって走り出し、そのまま大きくジャンプした。
左右の二つの頭が、空中で落ちていく光一郎と琴葉をくわえる。
真ん中の頭は、前方の木々を見つめる。
―バシッバシッバシッ!
ケルベロスは次々と木の幹を蹴り、徐々に下へと降りていく。
やがて、地面に着地した。
左右の顔は、くわえていた琴葉達をその場に降ろす。
「え、ええっと」
「僕達は……」
二人は全く怪我をしていない。
「ねえ、何なの? あの大きな犬?」
「頭が三つもあるよ??」
イベントに集まっていた人々が驚き、声を上げる。
しかしケルベロスはそんな彼らには興味を示さず、琴葉達に話しかけた。
「ガルルゥゥル」
「『いい度胸だった』って言ってる」
ケルベロスは、光一郎と琴葉の行動に感心したようだ。
「ガルルル。ガルウルウ、ガルガルガルゥウ」
「えっ」
琴葉は驚きながらも光一郎を見て、ケルベロスの言葉を訳した。
『面白いものを見られた』
『約束通り』
『自分達の世界に帰ってやるぜ』
「自分達の世界に……」
光一郎はケルベロスの言葉を聞き、キョトンとなる。
「光一郎君、やった! やったんだよ!!」
琴葉は思わず光一郎に抱きつく。
「こ、琴葉ちゃん!?」
「え、あ、ごめん!」
琴葉は慌てて離れて顔を真っ赤にするのだった。
広場から少し離れた場所にある空き地。
光一郎と琴葉は、ここでケルベロスを元の世界に帰す事にした。
光一郎は、右手を強く握り締めた。
「鑰!」
次の瞬間、光一郎の右手の甲が光り輝く。
そして、鍵のような紋章が現れた。
光一郎は、そのまま林の中にある少し開けた空間を見つめ、左手を突き出した。
「人は人の世に。怪は怪の世に。安住の地へ、今帰らん!」
―ゴオオオオ……
瞬間、大きな音が響き、地面から光の扉が現れた。
光一郎は光の扉に近づくと、鍵の紋章が浮かび上がった右手で光の扉のノブを掴んだ。
「開!」
ドアがゆっくりと開く。
その向こうに眩い光が広がった。
「さあ、自分の世界に帰るんだ」
光一郎はケルベロスにそう言う。
ケルベロスは頷くと、扉を潜る。
光がその全身を包み込む。
「ガルガルルッ。ガルガルガルゥウウ」
ケルベロスは光一郎に何かを言い、光の中に消えていった。
ドアがゆっくりと閉まる。
光の扉はまるで線香花火のように四方に光を散らすと、そのまま消滅した。
光一郎と琴葉の後ろには、瑚江に支えられた玲人とたぬ吉がいる。
「ケルベロスは最後に何て言ったんだ?」
玲人が瑚江に尋ねると、彼女はゆっくりと答えた。
『気をつけろよ。あいつはこの町である計画を実行しようとしている』
「あいつって」
反応したのは、光一郎だ。
ケルベロスを始めとする怪をこの町に呼んだ者。
琴葉はそれを聞いて戸惑う。
一方、少し離れた物陰でその様子を誰かが見ている。
玲人に声をかけた、あの若い男だ。
彼の傍には、あのレプリカントがいる。
「ケルベロスはほんと気分屋だね」
男はケルベロスが元の世界にあっさり帰り、苛立っているようだ。
「だけど、新しい怪帰師と通役か。彼らはちょっと厄介かもしれないね」
男は、右手を握り締める。
手の甲に紋章が浮かび上がった。
「僕を『追放』した事を、8号と共に後悔させてやるよ。
――これ以上、怪帰師の奴らに仕事はさせない」
男は光一郎と琴葉をじっと見つめ、その場から去っていった。
夕方。
琴葉と光一郎は、玲人達と歩いていた。
ユズは話を聞いて、複雑な表情をしていた。
「玲人はん、ほんまに病院に行かんでええんか?」
ヌイグルミ状態に戻り、琴葉のポケットに収まったたぬ吉が玲人に言う。
「こんな怪我、すぐに治るよ」
玲人は瑚江に支えられながら答える。
「あんまり無理しないで」
瑚江は玲人に言った。
「無理なんか……」
「――私も力になりたいの」
瑚江は玲人をじっと見つめる。
「私はあなたの相棒だから。光一郎と琴葉さんみたいに二人で頑張りたいから」
「……瑚江」
玲人は支えてくれている瑚江を見て、小さく頷いた。
その姿を琴葉、光一郎、ユズは見守る。
玲人は光一郎を見た。
「……今回は、助かったよ。ありがとう」
玲人は少し躊躇いながら礼を言った。
「兄さん……」
「謝った?」
玲人の礼に、光一郎とユズは戸惑う。
そんな光一郎に玲人はすぐに言葉を続けた。
「だけど、僕は間違ってない。怪は憎むべき存在だ。そして、ユズは失敗作だ」
玲人は語気を強めた。
「この事は父さんに報告しておく。
僕のミスで大変な事になりそうだったところを、光一郎、お前が助けてくれたって」
やがて、交差点に到着した。
「瑚江、行こう」
「はい」
玲人は角を曲がっていき、瑚江は光一郎と琴葉にそっと告げた。
「玲人さんは二人が飛び降りた時、地面に扉を出そうとしていた……怪我しないように」
瑚江はほんの少し笑い、玲人の後を追って去っていった。
「玲人は頑固」
ユズが呆れる。
光一郎は頷きながらも、僅かに微笑んだ。
「いつか、兄さんの気持ちを変えてみせるよ」
「光一郎君」
光一郎は琴葉に向き合った。
「僕一人じゃ兄さんを変える事も、怪帰師の仕事をこなす事もできない。
だけど、君達がいればそれができると思うんだ」
「それは……」
光一郎にそう言われて、琴葉は心の底から嬉しくなる。
光一郎の活躍によって、ケルベロスは元の世界に帰った。
怪我を負った和也達も元に戻ったはずだ。
怪帰師は人々を怪による災いから守る。
「光一郎君、これからも一緒に頑張っていこう!」
怪帰師の傍にはいつも通役がいる。
通役はただ怪の言葉を訳すだけではない。
一緒に怪の帰る条件を叶えるために、必死に奔走する。
「僕は怪帰師」
「私は通役」
「……わたしは機械人形」
琴葉と光一郎は満面の笑みを浮かべながら、固い握手を交わすのだった。