Kaikaeshi and Automata   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

光一郎と琴葉はケルベロスと対峙し、その帰る条件を叶えるために屋根から飛び降りる。
ケルベロスは彼らの行動に感心し、約束通り元の世界に帰った。
その後、玲人は光一郎に礼を言い、自分の考えを強く主張する。
光一郎はいつか玲人の気持ちを変えてみせると誓う。
琴葉と光一郎はこれからも一緒に頑張ると決意するのだった。


第4章「黒幕との戦い」
第34話 現れた男


「う~ん、考えれば考えるほど答えが出えへんなあ」

 

 ある日の学校帰り。

 小学六年生の遠野琴葉の持った手提げ袋の中から、

 10cmほどのタヌキのヌイグルミが顔を出してそう言った。

 古ダヌキという怪のたぬ吉である。

 普段はアンドロイドのユズが働いている駅前の商店街にある居酒屋の前で、

 タヌキの置き物のフリをしているが、

 小さなヌイグルミに姿を変えて、今日も琴葉と一緒に学校へ行っていたのだ。

「考えるって何をだい?」

 琴葉の隣を歩く男の子が尋ねる。

 男の子は、白い肌に大きな澄んだ目とシュッと通った鼻筋、

 そして凛々しくて綺麗な唇に銀色の髪をしている。

 天草光一郎だ。

 光一郎の一族には不思議な力があり、

 彼らはこの世界に現れた人間に危害を加える存在である怪を元いた世界に帰す事ができる。

 それは『怪帰師』と言われていて、光一郎もその一員だ。

 琴葉はそんな光一郎とコンビを組んでいる。

 琴葉にも特別な力があり、『怪の言葉』が分かるのだ。

 怪帰師は怪を元の世界に帰すために、帰る条件を聞いて交渉しなければならない。

 しかし、怪帰師には肝心の怪の言葉が分からなかった。

 そこで、怪の言葉が分かる『通役』が必要となる。

 琴葉はひょんな事から光一郎の通役となり、今まで数々の怪を元の世界に帰していった。

「考えるっていうのは、あいつの言ってた事や」

 怪ではあるものの人間には危害を加えないため、この世界に住む事ができるたぬ吉は、

 ヌイグルミの状態で神妙な顔をする。

「それって、もしかしてケルベロスの事?」

 琴葉が言うと、たぬ吉は大きく頷いた。

 先日、ケルベロスという怪が、琴葉達の住む町に現れた。

 ケルベロスは凶暴で怪帰師達から『要注意ランク』と恐れられていた。

 琴葉はユズと光一郎と彼の兄で同じく怪帰師の玲人、そしてその通役である最上瑚江と共に、

 ケルベロスを何とか元の世界に帰す事ができた。

 その去り際、ケルベロスは琴葉達に気になる言葉を残していた。

 

「あいつはこの町である計画を実行しようとしている」

 

 ケルベロスは「あいつ」と呼んだ人物によって、人間の住む世界にやってきた。

 その人物はケルベロスを始め、人間に危害を加える怪達を何故か次々とこの世界に呼び寄せていた。

 たぬ吉はその理由が分からず、ずっと悩んでいるらしい。

「怪達に人間を襲わせたり、危害を加えたりさせる目的なら、

 まだ百歩譲って怪達を呼び寄せる意味は分かるんや。

 やけど、どうもそれだけが目的やない気がするんや」

「それは確かにそうかも……」

 琴葉も同じ事を考えていた。

 ケルベロスは『計画』と言ったのだ。

 怪を元の世界に帰せば、

 怪によってケガをした人達や壊れた建物などもそれがなかった事になり、元に戻る。

 つまり、もし怪によって人間に危害を加えようとしていたなら、作戦は失敗している。

「だったら、一体何の目的が……」

 光一郎が険しい顔で呟く。

 ケルベロスが元の世界に帰り、町には平和が戻った。

 しかし安心する事はできない。

 怪をこの世界に呼び寄せていた人物は、未だにどこにいるのかすら分からないのだ。

 琴葉達はそれを思い、ゴクリと唾を呑み込んだ。

 その時、一人の女の子が琴葉達のもとへ駆け寄ってきた。

 

「よかった。ここにいたのね!」

「瑚江さん」

 玲人の通役であり、隣のクラスの瑚江である。

「どうしたの? まさか怪が現れたの?」

 焦る琴葉に、瑚江は「そうじゃないの」と首を横に振った。

「玲人さんからすぐに来るようにって連絡があったの」

「兄さんから? どうしてまた?」

 瑚江は光一郎をじっと見つめた。

「光一郎君と玲人さんのお父さんが、この町に来ているの」

「えっ」

 それを聞いた途端、光一郎の顔が強張る。

 しかし、すぐに瑚江を見た。

「今すぐ父さん達のところへ連れていって!」

「ええ!」

 光一郎と瑚江は琴葉を置いて走り出す。

「あ、ちょっと」

「琴葉はん。わてらも行くで。親父さんが来るなんて緊急事態や!」

 たぬ吉は手さげ袋の中から焦った表情で言う。

「う、うん。そうだよね」

 ただごとではない事は琴葉にも分かる。

 琴葉は急いで光一郎達を追った。

 

「どうして来たんですか!」

 とある広場の一角。

 玲人は前に立つ男の人に訴えていた。

 玲人の前には口髭を生やし、見るからに威厳のある男の人が立っている。

 その髪は銀色だ。

 彼の隣には、ツインテールの少女、ユズがいる。

「僕達だけでできるのに。……父さん」

 玲人は悔しそうに言う。

 男の人は光一郎と玲人の父、天草利光だった。

「僕達だけで、か」

 利光は口髭を撫でながら、ゆっくりと玲人に近づく。

「玲人、怪帰師の決まりは覚えているな?」

「は、はい。『要注意ランクの怪が現れたら、すぐに一族に報告する』」

「そうだ。発見次第、すぐに連絡を入れる。

 報告を受けた我々はどうすればいいか考え、そして行動する。それが決まりだ」

 玲人達は先日ケルベロスが現れた時、利光達に報告しなかった。

 玲人を見ながら、利光は小さな溜息を吐く。

「光一郎ならともかく、まさかお前まで決まりを守らず勝手に行動するとはな」

「だけど、ケルベロスは元の世界に帰しました。後からだけど報告もちゃんと」

「ちゃんと?」

 利光はジロリと玲人を睨む。

 その鋭い目に、玲人はそれ以上何も言えなくなってしまう。

「報告によると、お前のミスで大変な事になりかけたところを、光一郎が助けてくれたそうだな」

「は、はい」

 玲人が小さく頷くと、利光は大きな溜息を吐いた。

「まさか、光一郎の方が役に立つとは。お前には期待していたんだがな」

「……すみません」

 玲人は目に涙を浮かべながら頭を下げる。

 その固く握る手は震えていた。

 

「あんな事をしていいのか、お前」

 ユズは冷たい声で利光に言うと、利光は「当然だ」と同じく冷たい声で言った。

「……あいつが、裏切ったのだからな」

 

 そこへ琴葉と光一郎、そして瑚江がやってきた。

「父さん!」

 光一郎は利光の前で震えている玲人を守るように、前に立つ。

 琴葉もその隣に立った。

「ほう、君が光一郎の通役か」

 利光は品定めをするかのようにジロジロと琴葉を眺めた。

「この町に通役の力を持つ者がいるなど、全く知らなかったよ」

 通役の力は、怪帰師と同じように特別な人間だけが持つ。

 そのため、怪帰師の一族はその力を持っている者達を小さな頃から把握していた。

 瑚江の一族も代々通役であり、彼女も幼い頃から光一郎達と交流していた。

「まあとにかく、

 君がいてくれたおかげで光一郎は怪帰師の仕事を少しはこなす事ができたようだね」

 利光は琴葉に優しく微笑む。

 だが、その目は全く笑っておらず、琴葉はぞっとする。

 利光は、チラリと光一郎の方を見た。

「ケルベロスを元の世界に帰せて、一人前になれたとでも思っているのか?」

「それは……」

「帰す事ができたのは、たまたまケルベロスが帰る気になったからに過ぎない。

 お前はまだまだ半人前の怪帰師だ」

 利光はフンッと鼻を鳴らした。

 光一郎は何も反論できず、ただ黙って小さく首を縦に振ろうとした。

 その瞬間、誰かが利光に一歩近づいた。

 

「光一郎君は、半人前なんじゃありません!」

 それは、琴葉だ。

「光一郎君は頑張ってます! 玲人さんと一緒にこの町を怪から守ってくれたんです!」

 琴葉は強い口調で言うと、真っ直ぐ利光を見た。

「琴葉ちゃん……」

「強い」

 光一郎とユズは戸惑いながらも琴葉を見つめる。

 玲人と瑚江も琴葉達を見た。

「まったく……」

 利光は呆れたような顔をして首を横に振った。

「息子達を評価してくれるのはありがたいが、これ以上任せるわけにはいかん」

「どうしてですか?」

「決まっているだろう。あいつの正体が分かったからだよ」

「それって」

 琴葉はその人物が誰かすぐに気づいた。

 ケルベロスをこの世界に呼んだ張本人だ。

 そんな琴葉達のもとに、一人の女性がやってきた。

「利光様、皆様が到着しました」

 この町で玲人と瑚江の世話をしている荻久保のおばあさんである。

「ばあや。皆様っていうのは?」

「玲人お坊ちゃま、それは」

 ばあやが説明をしようとした瞬間、広場に人々が現れた。

 皆、大人で、その数は二十人近くもいる。

 中にはユズと似たアンドロイドも多数いた。

「あなた達は!」

 彼らを見て、光一郎、ユズ、玲人、瑚江が同時に声を上げる。

「誰なの?」

 琴葉が首を傾げていると、手さげ袋の中にいるたぬ吉が答えた。

「あれは、アンドロイドと怪帰師とその通役達や!」

「ええええ??」

 

 大人の怪帰師とその通役、そしてアンドロイド達は、利光の前に立つ。

 三人一組になっていて、どうやらそれがチームのようだ。

 男の怪帰師やアンドロイドもいれば、女の怪帰師やアンドロイドもいて、通役も男女いた。

 利光の傍には、メガネをかけた真面目そうな男の人……利光の通役と、

 パソコンを持った女性型アンドロイド……12号が立っている。

 12号は、ハッキング専門のようだ。

「全員揃いました」

 メガネの通役が利光に言う。

「どうしてみんなが!?」

「これは非常事態だからな」

 光一郎と玲人と瑚江はそうそうたる顔触れを見て動揺していた。

「ねえ、たぬ吉さん、そんなに驚く事なの?」

「ああ、一族が揃う事なんか滅多にあらへん」

 怪帰師、通役、護衛アンドロイドは三人で様々な町に派遣される。

 彼らは基本一つの町に一組というのが決まりである。

「光一郎はんのいる町に玲人はんが来たのは、レアケースなんや」

「うん。初めての事だって言ってたもんね。だったらみんながここにいるのは?」

「――あいつを捕まえるためだよ」

 利光が口を挟んだ。

「あいつ……?」

 ユズが淡々と尋ね、玲人も硬い声で問う。

「これほどの人数を呼ぶなんて、それほど危険な奴なんですか?」

「危険? 玲人、危険どころじゃない」

 利光は眉間に皺を寄せながら、光一郎達を諭すように喋った。

 

「あいつは十年前、一族から追放された元怪帰師だ」

「えっ?」

「追放……?」

「おじさま、どういう事なんですか?」

 光一郎や玲人だけではなく、瑚江も初めて聞いた話らしい。

 しかしユズは、何となく理解していた。

 

「あいつの名は、天草紫音という」

 利光はその紫音について話し始めた。

 紫音はかつて、歴代怪帰師の中で最高の人物と評された男だった。

 怪と交渉する能力に長け、要注意ランクの怪をも難なく元の世界に帰す事ができた。

 誰に対しても優しく、いずれは一族を率いるリーダーになるのだと誰もが思っていた。

「だが、あいつはある日、怪帰師のタブーを犯したんだ」

「タブーって、やっちゃいけない事って意味だよね?」

 琴葉が呟くと、たぬ吉は大きく頷いた。

「どんなタブーを犯したんですか?」

 光一郎の言葉を聞き、利光はその内容を話した。

「金だよ。あいつは困っている人達から報酬を受け取っていたんだ」

「そんな……」

「光一郎君、怪帰師はお金をもらったらダメなの?」

「ああ。そんな事絶対にしちゃいけないんだ」

「だから……8号は、彼に同調した」

 怪帰師は影の存在で、人々を守り怪を元の世界に戻すのが仕事である。

 それは怪帰師の一族だけが代々行ってきたものであり、金や名誉とは無縁だった。

「僕達は商売で怪帰師の仕事をしているんじゃない。使命としてやっているんだ」

 それは、怪帰師としての誇りだった。

「紫音はそれを破った。怪を元に帰すたび、多額の金を人々に要求するようになったんだ」

 結果、利光を始めとする一族の者達は、

 紫音の怪帰師としての力を封印し、彼を追放する事にした。

 十年前、紫音が二十二歳の時だ。

 

「それで全ては終わったと思っていた。だが何故か封印が解け紫音の力が復活してしまったんだ」

 紫音は、琴葉達の住むこの町に潜み、光の扉を出現させ、

 次々と怪をこの世界に招くようになっていった。

「あいつが何をしようとしているのかは分からない。だが、これ以上放ってはおけない」

「だから、みんなを集めたのですか?」

 光一郎がそう言うと、利光は小さく頷いた。

 すると、ユズと玲人が口を開いた。

「……8号を取り戻すためにも、わたしは戦う」

「僕達も一緒に捕まえます! そんな奴、放っておく事なんかできない!」

 ユズは8号を連れ戻したく、玲人は紫音に怒りを感じているようだった。

 玲人もまた、自分が怪帰師である事に誇りを持っていた。

 紫音のやっていた事が許せなかったのだ。

「僕も!」

「私も力になります!」

 光一郎と瑚江が訴える。

 しかし、利光はジロリと光一郎達を見つめた。

「お前達では相手にならない。足手まといだ」

 利光は、光一郎達を全く評価していなかった。

 玲人と瑚江ははっきりと言われ、思わずたじろいでしまう。

 しかし、光一郎は食い下がった。

「僕達だってできます! 僕達は怪帰師なんです!」

 光一郎は必死に訴える。

 光一郎も玲人と同じように怪帰師である事に誇りを持っていた。

 だが、利光は静かに首を横に振った。

「父さん……」

「……光一郎君」

 光一郎の顔に悔しさが滲む。

 流石の琴葉も声をかける事ができない。

 

「人間、許さな……」

 ユズが利光を殴ろうとした途端、彼女が突然、膝をついて動かなくなる。

 12号がユズをハッキングして行動不能にしたのだ。

「3号、暴力解決、不可能。8号、必、破壊」

「くうっ……!」

 12号がユズをハッキングしている間に、光一郎達に利光は話しかけた。

「私達が紫音を捕まえに行ってる間、お前達には『翼猫』を探してもらう」

「翼猫?」

「翼の生えた猫みたいな怪……!」

 ユズが琴葉に説明をすると、利光が僅かに頷いた。

「紫音とは関係なく、翼猫がこの町に来ているらしい。

 イタズラ好きという事以外、特に害のない怪だ。

 お前達でも簡単に元の世界に帰す事ができるだろう」

「だけど」

「僕達も紫音を」

「光一郎、玲人、翼猫を元の世界に帰す事も立派な怪帰師の仕事だ!」

「それは……」

 利光の強い口調に、光一郎と玲人は何も言えなくなる。

 二人はただ黙って頷くしかなかった。

 ユズも、利光を殴りたいのにできず、歯を食いしばった。

 利光はそれを見届けると、他の怪帰師達の方を見た。

「みんな、各地から集まってくれてありがとう。相手はあの紫音だ。絶対に油断するな」

 大人の怪帰師と通役とアンドロイド達が、「はい!」と答える。

「行こう」

 利光達は、光一郎達を残してその場から去っていった。

 12号はユズのハッキングを解除し、利光と共に家を後にした。

 

「玲人お坊ちゃま、光一郎お坊ちゃま……」

 ばあやが心配そうな表情で二人を見る。

 ユズは、はあはあと咳き込んでいる。

 光一郎と玲人はずっと俯いていた。

「二人は一生懸命頑張ってたのに……」

 瑚江が呟く。

 彼らの気持ちが痛いほど分かったのだ。

 すると、琴葉が光一郎達に話しかけた。

「だったら、おじさんに、光一郎君達の凄さを見せようよ!」

「琴葉ちゃん、どういう事だい?」

 光一郎が首を傾げると、琴葉はニッコリと笑った。

「あんな風に言われて俯いてるだけじゃ駄目だよ。

 光一郎君だって玲人さんだって、お父さん達に負けないぐらい一人前の怪帰師だと思うから!」

 琴葉もユズも、先程利光が光一郎達の事を言うたびにイライラしていた。

 たとえ父親だとしても言いすぎだと感じたのだ。

「二人は足手まといじゃない。私はその事をちゃんと知ってるもん!」

 琴葉は真っ直ぐな目で、光一郎達を見つめる。

 光一郎達は戸惑いながらも、そんな琴葉を見た。

「琴葉さん。気持ちは嬉しいけど、僕達は紫音を捕まえる任務には参加できないよ」

「……8号は12号S型が捕まえるらしい」

 父親にあれほど強く言われたのだ。

 玲人は既に諦めてしまったようだ。

 しかし、琴葉は首を大きく横に振り、「捕まえる任務にはちゃんと参加できます!」と言った。

「翼猫を急いで元の世界に帰せば、おじさん達のもとへ行けるでしょ!」

「え、あ!」

 それを聞き、光一郎達はハッとする。

 利光は翼猫を元の世界に帰すように言った。

 だが、その仕事が終わった後は何も言っていなかったのだ。

「そっか、確かに仕事を終えてすぐに向かえば」

「あ、ああ、父さんが何を言おうと、言う通りにした事になる」

「ルールの穴を突いてる」

 光一郎と玲人は互いの顔を見て大きく頷き、ユズも軽く頷く。

「琴葉ちゃん、凄くいいアイデアね!」

 瑚江も笑顔で喜んだ。

「さあ、光一郎君、玲人さん、瑚江さん、ユズちゃん、やろう、怪帰師のお仕事を!」

 琴葉は明るい声で言う。

「ああ! やろう!」

 光一郎達も前を向いて、はっきりとそう答える。

 琴葉達は早速、翼猫を探す事にした。

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