Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
遠野琴葉は怪帰師の天草光一郎と共に怪を元の世界に帰す仕事をしていた。
彼らは先日、要注意ランクの怪であるケルベロスを元の世界に帰したが、
その際にケルベロスから「ある計画」が進行中であるという情報を得る。
その後、光一郎の父である天草利光が町に現れ、
ケルベロスを呼び寄せていた人物が元怪帰師の天草紫音である事を明かす。
利光は紫音を捕まえるために一族を集め、
光一郎達には別の怪、翼猫を元の世界に帰す任務を与える。
しかし、琴葉は翼猫を急いで元の世界に帰せば、
紫音を捕まえる任務に参加できると提案し、光一郎達はその提案に賛同するのだった。
「う~ん、どこにいるんだろう?」
しばらくして。
琴葉達は住宅地にやってきていた。
荻久保のおばあさんの話によると、翼猫はこの住宅地でたびたび目撃されているらしい。
そのため、この辺りを探そうと思ったのだ。
「見つからないね」
琴葉は光一郎と玲人、瑚江、ユズ、そしてたぬ吉と共に翼猫を探すが、なかなか見つからない。
「翼猫は猫と同じぐらいの大きさやから、物陰に隠れているとなかなか見つけられへんかもなあ」
手提げ袋の中からたぬ吉が言う。
「物陰か。だったら車の下かも!」
光一郎は這い蹲って、駐車場に止まっている車の下を見る。
「こっちの物陰かも!」
玲人は道路脇の草むらをかき分け、必死に探す。
ユズは目を閉じ、精神を集中している。
しかし、どこにも翼猫の姿はなかった。
「せめて目撃した人が見つかればいいんだけど」
瑚江が溜息交じりに言う。
住宅地に来て何人かに話を聞いたが、見たという人はいなかった。
探し始めてもう三十分が経とうとしている。
「早く見つけないと」
「……8号が、壊れる!」
琴葉とユズも焦りの表情を見せた。
その時、前方から五歳ぐらいの男の子と母親が歩いてきた。
男の子は何故か泣いている。
「ほんとなのに~」
「そうね、大介。だけどボールなくしちゃって残念だったわねえ」
「なくしたんじゃないの。猫ちゃんが取っちゃったの」
「はいはい。猫ちゃんがボールを取って飛んでいっちゃったのね」
「飛んでいった!?」
琴葉達はその言葉を聞き、同時に声を上げた。
慌てて二人のもとへ駆け寄る。
「あの、その猫どこで見たんですか?」
「息子はボールをなくしただけよ。それを変な猫のせいにして」
「その変な猫を私達は探してるんです!」
「えええ??」
琴葉はその場にしゃがみ込むと、男の子に視線を合わせて優しく微笑んだ。
「ねえ、教えて。お姉ちゃん、その猫ちゃんに用事があるの!」
「用事?」
母親は意味が分からず首を傾げる。
その横で、男の子はゆっくりと口を開いた。
「ぼく、ブランコ公園で猫ちゃんを見たよ」
「琴葉ちゃん、ブランコ公園っていうのは?」
「この先にあるブランコだけがある小さな公園だよ!」
琴葉は男の子を見て笑顔になる。
「ありがとう! 猫ちゃんが元の世界に帰ればボールも戻ってくるからね!」
「元の世界?」
「話せば長くなる」
母親はまた意味が分からないようだ。
そんな母親をよそに、琴葉は光一郎達と共に急いで公園へ向かった。
「ここの公園だね」
琴葉達は、住宅地の一角にあるブランコとベンチ、それに砂場だけの小さな公園にやってきた。
「多分、さっきの男の子が楽しくボールで遊んでたんやろうな。
それで翼猫はイタズラをしようと思ってボールを取ったんや」
たぬ吉の言葉に、琴葉達が頷く。
と、ブランコの方を見ていた玲人が口を開いた。
「あれって」
見ると、ブランコの傍にゴム製の野球ボールが落ちている。
ボールには『だいすけ』と子供が書いたであろう文字があった。
「さっきの男の子の名前です!」
「翼猫はまだ近くにいるかもしれない」
一同周りを見る。
瞬間、琴葉はハッとした。
「あっ!」
琴葉は慌ててブランコの後ろにある茂みへ走る。
そこには、見た事もないピンク色の羽根が落ちていた。
「おお、翼猫の羽根や!」
たぬ吉が手さげ袋から飛び出して言う。
その声に反応し、茂みが動いた。
「ニャンニャー」
茂みから飛び出してきたのは、ピンク色の毛皮の猫だ。
背中には羽が生えている。
「翼猫だ!」
琴葉は慌てて捕まえようとするが、翼猫は羽根を羽ばたかせて逃げるように飛び立とうとした。
「待つんだ!」
そんな翼猫に、誰かが大きくジャンプをして飛びついた。
光一郎である。
光一郎は翼猫を胸元で抱えながら地面を転がった。
「光一郎君!」
「「光一郎!」」
琴葉達は光一郎の傍に駆け寄る。
「大丈夫だよ」
光一郎は半身を起こすと、抱き締めている猫をみんなに見せた。
「ニャニャ、ニャーニャ」
翼猫は必死に何かを喋っている。
「何て言ってるんだい?」
光一郎は琴葉に尋ねる。
「『逃げないから、離して』って言ってるよ」
「分かった。ほんとに逃げちゃ駄目だからね」
光一郎は翼猫をゆっくりと地面に置いた。
「あ、ちょっと光一郎君!」
琴葉達はまた逃げると思って身構えるが、
意外にも翼猫はその場でのんびり身体をぶるぶると震わせた。
「ニャーニャニャン、ニャーニャニャ」
「『身体を触られるのは、あんまり好きじゃない』だって」
「気まぐれ」
「そんな事言ったって、逃げようとしたからだろ」
玲人は呆れるが、翼猫は前脚を舐め、毛づくろいを始めてしまった。
どうやら猫らしく、かなりマイペースな性格のようだ。
そんな翼猫に光一郎が交渉をする。
「僕達は怪帰師で、君を元の世界に帰すのが仕事なんだ。帰る条件を教えてほしい」
その条件を満たして元に帰せば、すぐに利光達のもとへ向かう事ができる。
琴葉達も、翼猫がどんな条件を言うか固唾を呑んで見守った。
すると、翼猫は大きな欠伸をして答えた。
「ニャン、ニャーニャニャンニャン」
「えっ?」
それを聞き、琴葉と瑚江が同時に驚く。
「瑚江、何て言ったんだい?」
「ええっと」
瑚江は玲人に伝えようとするが、何故か戸惑っている。
と、琴葉が代わりに言った。
「『満足したから、もう帰っていいよ』って言ってます」
「満足した?」
「もう帰っていい?」
「つまらない奴。だからあいつはあんな事をしたんだ」
想像していなかった言葉を聞き、玲人と光一郎は驚く。
一方、ユズは利光を殴れなかった事を根に持っていた。
翼猫が言うには、イタズラされた時の人間の反応が大好きだそうだ。
先ほどの男の子を始め、
何人もの人間にイタズラをしてそのリアクションを見て大喜びしたらしい。
「それで満足したって事?」
ユズが尋ねると、翼猫はニャニャニャと笑いながら大きく頷いた。
「何だかな~」
一同思わず拍子抜けになった。
翼猫はただ見つけるだけで帰ってくれる事になったのだ。
「だけどよかった。これで父さん達と合流ができる」
光一郎は早速光の扉を出そうと、右手を強く握り締めた。
その時、翼猫が喋った。
「ニャ~ニャニャン」
「えええ??」
琴葉と瑚江が、また同時に驚く。
「今度は何て言ったんだい?」
玲人が聞くと、瑚江が唖然としながら答えた。
「『あと六体いるよ』って」
「六体?」
「うん。兄弟があと六体、この世界にいるみたいなの」
「ええええ!?」
玲人と光一郎は、琴葉達よりも大きな声で驚く。
翼猫の話によると、人間にイタズラをしたいと思ってこの世界に来たのは、
自分を入れて七体なのだという。
彼らはこの世界にやってくるとそれぞれの好きな場所に散らばってイタズラをしているらしい。
それを聞き、光一郎は握り締めていた手を緩めた。
目の前にいる一体だけを元の世界に帰しても仕事は終わらないのだ。
「こうなったら、残り六体も見つけ出して帰ってもらうしかない。君も協力してくれ」
光一郎はそう言うと、翼猫を肩に乗せた。
「やるしかないみたいだね」
玲人の言葉に、琴葉と瑚江も頷く。
琴葉達は、急いで残りの翼猫達を探す事となった。
「いた! あそこだよ!」
琴葉達は翼猫を連れて、神社にやってきた。
翼猫が「神社好きの弟がここにいるはずだ」と言ったのだ。
すると着いた早々、琴葉達はその弟猫を見つけた。
弟は神社の狛犬の上で、のんびり昼寝をしていた。
「ニャ~ニャ!」
翼猫は琴葉達に気づくと、慌てて飛んで逃げようとした。
「あ、待って!」
「ニャンニャニャンニャ」
琴葉は飛ぶ前に駆け寄り、弟を抱き締めた。
弟は『離して離して』と言って琴葉の腕の中で暴れる。
「ちょっと! 話を聞いてってば!」
琴葉は落ち着かせようとするが、弟は腕の中から逃れようとした。
「ニャンニャニャニャ」
その時、光一郎の肩に乗っていた兄の翼猫が、弟のもとへ飛んでいった。
「『もう十分楽しんだろ』と言っているわ」
瑚江が訳す。
どうやら弟を説得してくれているようだ。
「ニャ、ニャニャンニャ」
「『確かに、いっぱい遊んだけど』」
落ち着きを取り戻した弟は、逃げるのをやめて兄に答える。
「それじゃあ、元の世界に帰ってくれるって事だね?」
光一郎が尋ねると、弟は素直に頷いた。
「やった、これであと五体だね!」
琴葉は喜ぶが、兄の翼猫には他の兄弟がどこにいるのか分からなかった。
「町中を探すと、非常に時間がかかる」
そうなると、利光のもとへ向かう事ができず、8号もいずれ壊れてしまう。
すると弟の翼猫が喋った。
「ニャンニャニャニャア」
「えっ、『僕、知ってるよ』?」
「何だって!? 他の兄弟はどこにいるんだい??」
光一郎が弟に顔を近づける。
弟は興奮気味の光一郎に驚きながらも、他の兄弟のいる場所を話した。
残りの五体の兄弟のうち、二体は商店街に、二体は河川敷に、
一番下の弟は一人で『大きな本のある池』に行ったのだという。
「大きな本のある? どこなんだい、それは?」
光一郎は首を傾げる。
「玲人、分かる?」
「いや、僕にも分からないよ」
玲人にも見当がつかないようだ。
「う~ん、クイズみたいやな。大きな本って事は普通の本やないって事やなあ」
「本は大きいの?」
たぬ吉は手さげ袋から顔を出して、頭を捻る。
ユズはというと、頭を抱えているようだ。
「普通の本じゃない……」
その言葉に、琴葉が「あっ」と声を出した。
「もしかして図書館かも!」
「としょんか? 琴葉、どういう事?」
「図書館の横に散歩ができる芝生の広場と小さな池があるの。
その池の傍に二メートルぐらいの本のオブジェがあって」
それは、図書館の10周年を記念して作られたものだった。
「そっか、それが大きな本という事なんだね」
「よし光一郎、二手に分かれて翼猫を探そう。
僕と瑚江は商店街、お前達と琴葉さんは河成敷に行ってくれ。
それぞれ二体の翼猫を見つけて交渉し終えたら図書館で合流しよう」
「そうだね、分かった、兄さん」
「……わたしは立場が低い。機械人形だから」
玲人とユズは翼猫達を見た。
「君達に頼みがある。
兄弟の翼猫達が見つかったら元の世界に帰るよう、交渉を手伝ってほしいんだ」
玲人がそう言うと、二体の翼猫が顔を見合わせ、首を縦に振った。
「ニャンニャニャ、ニャンニャ~」
「『他の兄弟もイタズラをして、十分に満足してるはずだよ』って言ってるわ」
瑚江が訳す。
どうやら見つけさえすればすぐに帰ってくれるようだ。
光一郎の腕に兄の翼猫が飛び乗る。
弟は玲人に抱きついた。
「七体の翼猫を見つければ――」
利光に文句を言われる事なく、力になる事ができる。
光一郎と琴葉とユズ、玲人と瑚江は、翼猫を連れてそれぞれの場所へ走り出した。
その頃。
利光達怪帰師の一団は、二丁目にある建設中のビルの前にやってきていた。
12号S型のハッキングにより、ビルの中は丸見えだ。
「ここに隠れているんだな」
利光は相棒であるメガネをかけた通役の方をチラリと見る。
先程、彼らは町の人達に聞き込みを行った。
その中で、「真っ白な肌に腰まで伸びた銀色の髪の男性が、
建設中のビルに出入りしているのを見た」という情報を入手したのだ。
紫音の特徴はまさにそれと同じだった。
「だけど、一つ気になる事が」
メガネをかけた通役が言った。
「ここにいるのは紫音で間違いないと思います。
彼は怪達にこの世界で暴れ回るよう命じていたのでしょう。
だけど、彼には肝心の『通役』がいません。そもそも怪と交渉ができないと思うのです」
「通役か。確かにそうだな。紫音の通役は十年前の騒動の時、事故で……」
紫音の通役は、彼の幼馴染の女性だった。
十年前、紫音がその力を封印され、一族から追放される時、
彼女は交通事故に遭って亡くなっていたのだ。
どこかにその女性そっくりなアンドロイドがいるのだが……。
「通役の力を持つ誰かが、紫音に力を貸している」
「光一郎お坊ちゃまの通役であるあの女の子のように、
私達の把握していない通役の力を持つ人間がいたのかもしれませんね」
紫音はその人物に協力してもらって様々な怪と交渉を行い数々の騒動を起こしていたのだろう。
「紫音が何を考えているのかは分からないが、その通役も一緒にいるはずだ」
利光は彼の通役と12号S型の後ろに目をやる。
一族の怪帰師と通役達は、真剣な表情で利光を見ていた。
「これより仕事を開始する。だが、一切の交渉はしない。
何があっても必ず紫音を捕らえ、8号も破壊する。これは怪帰師としての誇りをかけた仕事だ」
利光の言葉に、一同は大きく頷く。
そして、ゆっくりとビルの中に入っていった。
「ここに最後の一体がいるんだね」
光一郎は琴葉とユズと共に図書館に到着した。
建物の横には芝生が広がっていて池がある。
その池の近くに、本のオブジェがあった。
光一郎の背中には二体の翼猫が引っつくようにおんぶされていた。
腕にも一体翼猫を抱いている。
抱いているのは最初に交渉した翼猫だ。
背中にいるのは先ほど河川敷で見つけ、交渉した兄弟達である。
最初に見つけた長男の翼猫が話をしてくれて、彼らも帰る事を承諾してくれたのだ。
琴葉達は三体の翼猫と共にオブジェのそばに来る。
「どこにいるんだ?」
周辺を調べるが、七体目の翼猫の姿はなかった。
「移動しちゃったのかな?」
そうなると探すのに時間がかかるので、琴葉は不安になった。
すると、長男の翼猫が話しかけてきた。
「何て言ってる」
「『匂いがする。弟はまだこの近くにいるよ』だって」
「どこかに隠れているって事かな?」
琴葉達はもう一度探してみる事にした。
そこへ、玲人と瑚江が走ってやってきた。
「光一郎、お前達もここにいたんだね!」
玲人の肩にも三体の翼猫が乗っている。
彼らも商店街で二体の翼猫と無事に交渉できたようだ。
琴葉は玲人達にこの付近に最後の翼猫が隠れていると話す。
「その一体さえ見つければ」
玲人も早速最後の翼猫を探そうとした。
その時、瑚江が一同に話しかけた。
「ちょっとおかしいと思わない?」
琴葉達が顔を向けると、瑚江は不安げな表情を浮かべていた。
窓越しに館内を見たが、全く人の姿がなかったのだ。
「だけど、どうして人がいないの?」
今日は休館日ではない。
しかし図書館の中も外も人が全くいない。
いるのは琴葉達だけなのだ。
刹那、長男の翼猫が声を上げた。
「ニャニャニャン?」
翼猫の視線は少し離れた芝生の方に向いている。
「『あれは何なの?』」
琴葉が訳すと、長男の翼猫はその場所へ飛んでいった。
琴葉とユズもそこへ向かう。
その場所までやってくると、琴葉とユズは目を大きく見開いた。
「「な、何これ?」」
「琴葉ちゃん、どうしたんだい?」
光一郎達も琴葉達の傍に来て芝生を見る。
「あっ!」
そこには何故か、『巨大な人の足跡』があった。
「誰の足跡なの?」
大きさは五十センチほどもある。
「あっちにもあるよ!」
光一郎は芝生の先を指さした。
足跡は芝生の上を歩くように続いている。
その先には図書館の入り口が見えた。
「これは一体??」
玲人は首を捻る。
「こんな大きな足跡、人間のものじゃない。だとしたら……」
瑚江の言葉に、琴葉達はハッとする。
「まさか、伝説の鬼ではないか!」
ユズがそう言った時、図書館の入り口にあった本の返却ボックスが激しく揺れた。
―ガタガタガタッ!
返却ボックスのフタが開き、翼猫が顔を出す。
「いた!」
探していた七体目の翼猫である。
琴葉達はその翼猫のもとへ向かおうとした。
「ニャアアアア!!」
すると突然、その翼猫がピンクの毛を逆立て琴葉達を威嚇し、
次の瞬間、そのまま空を飛んで逃げ出してしまった。
「そんな! 追わなきゃ!」
琴葉達は慌てて逃げる翼猫を追った。