Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
琴葉達は七体目の翼猫を追いかけるが、翼猫は兄弟を蹴り飛ばして逃げる。
光一郎は翼猫を捕まえるために空を飛び、翼猫を抱き締めて落ち着かせる。
こうして七体目の翼猫は兄弟と共に元の世界に帰るが、
琴葉達は図書館で巨大な足跡を見つけ、怪の存在を知る。
利光からの電話で巨大な怪が現れた事を知り、琴葉達は助けに向かうのだった。
遡る事、一時間程前。
琴葉達が翼猫を探している一方で、
利光達は紫音が潜んでいるであろう建設中のビルの中を探索していた。
ビルの窓はまだ設置されておらず、窓枠の向こうにはそのまま町が見える。
夕暮れ時になり、太陽のオレンジ色の光が部屋の中を照らしていた。
内部は、12号のハッキングで既に明らかだ。
「紫音はここにいるはずなのですが」
メガネをかけた通役が利光に言う。
先程から探しているものの、どこにもいなかったのだ。
利光と通役達は一階に見張り役として怪帰師と通役とアンドロイドを一組だけ残し、
ビルの最上階である四階までやってきた。
「恐らく我々が入ってきた事に気づいて隠れているんだろう」
利光は何としても探し出すように、と12号とメガネをかけた通役に指示を出す。
すると、隣の部屋から声が上がった。
「こっちに来てください!」
仲間の怪帰師の声だ。
「紫音がいたのか!?」
利光達は部屋を出て、声の聞こえた奥の部屋へ駆け込んだ。
見ると、女性の怪帰師と男性の通役と女性型アンドロイドの前に、
高科心音とよく似た顔立ちの、槍を携えたアンドロイドがいた。
利光はそのアンドロイドが何者なのかすぐに気づいた。
「邪魔をするなよ」
「8号……高科心音を模したアンドロイドの一部から生まれたアンドロイドみたいだな」
「どうしてここに」
戸惑う通役の横で、利光は冷静に答える。
8号は事故で通役を引退した玲人のパートナー、
高科心音を模したアンドロイドの一部を組み合わせて造ったアンドロイドなのだ。
12号は8号をハッキングして、彼女の戦意を奪っていた。
「紫音が連れてきたんだな」
利光の言葉に8号は「ああ」と言って頷いた。
「あの男は私を利用しようとしていただけだった」
それを聞き、利光は頷く。
「8号は自力で死者の記憶をアンドロイドに移す事ができる。
大方、紫音は事故で亡くなった相棒の通役を、
アンドロイドとして復活させようと思っていたんだろうな」
「通役、怪、交渉」
利光は8号をじっと見つめた。
「君は、紫音の元通役だった女性を復活させたのか?」
「私は、そんな女性は復活させていない」
だがその言葉に、8号は首を大きく横に振った。
「そうか。復活させる前に、我々がこのビルに辿り着けたんだな」
利光は少しだけホッとする。
「それで、紫音はどこにいるんだ?」
「消えた」
「ここにはいないのか」
「ああ」
「既に逃げてしまったという事か」
利光は苛立ちながらも、小さく息を吐いた。
「破壊準備、開始」
そう言うと、12号は戦闘態勢に入った。
その瞬間……。
「ぎゃあああ!」
部屋の外から悲鳴が響き渡った。
「どうした!」
利光達は8号を残し、部屋を飛び出す。
声は、下の階から聞こえたようだ。
利光達は四階から階段を駆け降りる。
三階にいた仲間達も合流した。
「叫び声は一階から聞こえたようです」
大柄の男性の怪帰師が言う。
「一階 まさか紫音が!」
一階には見張り役として怪帰師、通役、アンドロイドを一組残していた。
彼らがビルから逃げようとした紫音に襲われたのかもしれない。
利光は仲間と共に一階まで駆け降りた。
「あっ!」
見張り役の男性の怪帰師と女性の通役が倒れている。
幸い、アンドロイドは無事だった。
「しっかりしろ!」
利光が駆け寄ると、男性の怪帰師は僅かに顔を上げた。
「あ、あれが、いるとは……」
「あれ」
刹那、ドンッと大きな音がした。
音は建物の外から聞こえた。
「何だ!?」
利光達は慌てて外へと出る。
すると、大きな影が利光達を覆った。
一同は見上げてその影の正体を確認する。
「シュッシュッシュッ」
不気味な笑い声と共に、酒の匂いが辺りに漂う。
利光達の前に、三メートル程大男の怪が立っていた。
全身が赤く、顔も真っ赤だ。
口からは牙が生え、二本の角もある。
手にはひょうたんを持っていた。
「お前は!」
利光達にはこの怪が何者かすぐに分かった。
酒呑童子……要注意ランクの怪である。
「お前も紫音が呼んだのか!」
「戦闘、開始!」
利光達は身構える。
「シュウゥシュシュ」
酒呑童子はニヤリと笑いながら言葉を喋った。
「『こっちの世界はいいところだな』と言っています」
メガネをかけた通役が訳す。
「褒めてもらえて嬉しいが、お前には今すぐ元の世界に帰ってもらう! 帰る条件を言うんだ!」
このまま酒呑童子を放っておくわけにはいかない。
利光は怪帰師の仕事を行おうとした。
だが、酒呑童子がシュッシュッシュッと笑った。
「シュウゥウウ、シュシュシュウウ」
「何だって!」
驚いたのは、メガネをかけた通役だ。
後ろにいた女性の通役が思わず酒呑童子に話しかけた。
「紫音は通役がいないはず! それなのにどうやってあなたと交渉したというのよ!?」
「どうした 酒呑童子は何と言ったんだ」
利光が尋ねると、メガネをかけた通役は怯えながら答えた。
「『既に紫音と交渉をした。お前達はここで全員倒す』」
「何だと……」
「シュッシュッシュッ」
酒呑童子が笑いながら利光達を見る。
そしてゆっくりと、大きく太い手を振り上げた。
「もう少しで着くよ」
現在、琴葉達は利光達がいるはずの二丁目の建設中のビルに向かっていた。
琴葉の家の近くで建設中のビルは一軒しかない。
「まさか父さん達がやられてしまうなんて」
「怪が現れたけど、交渉はできなかったって言ってたよね?」
「分かるよ。奴は強いから」
玲人と光一郎は焦る。
利光は優秀な怪帰師だ。
集まっていた他の怪帰師達も皆一流で、
彼らがいればどんな凶暴な怪でも交渉し、元の世界に帰す事ができるだろう。
「僕達が行ったところで、本当に力になれるのかな……」
光一郎は走りながらふと呟く。
「光一郎……」
「やっぱり行かん方がええかもな」
たぬ吉が手提げ袋から顔を出して怯える。
その話を聞いて瑚江が険しい顔になった。
「放っておく事なんかできないわ。凶暴な怪が現れたのよ」
「瑚江はん。そりゃあ分かっとる。
やけど、利光はん達が交渉できずに倒されたって事は、
もしかしたら既に他に交渉した相手がおったかもしれへんで」
「交渉した相手」
「そっか。怪は紫音さんと交渉したかも」
瑚江がそう言うと、たぬ吉は頷いた。
「怪は紫音がこの世界に呼んだんやろうな。
それで、どうやったかは分からへんけど、交渉までしてもうた」
「じゃあ私達が行っても」
「止めるのは不可能っていう事や」
たぬ吉ははっきりと言う。
ユズと瑚江はそれを聞き、苦々しい表情を浮かべた。
一同の走るスピードが遅くなっていく。
「やるしかない」
「僕達が行っても、無駄、って事だよね……」
光一郎は走るのをやめようとする。
だがその瞬間、バンッと、誰かが光一郎の背中を叩いた。
「うわっ!」
光一郎は思わず叩いた人物……琴葉を見る。
「あのねえ、いい加減に腹を括ったらどう?」
琴葉は光一郎を見た。
「今、おじさん達を助けられるのは誰? 凶暴な怪から町のみんなを救えるのは?
紫音っていう人を捕まえる事ができるのは?」
「それは……」
光一郎が戸惑っていると、琴葉がはっきりと答えた。
「私達だけでしょ! だったらやるしかないよ!」
琴葉は光一郎だけではなく、ユズ、玲人、瑚江、それに手さげ袋の中のたぬ吉を見る。
「光一郎君達と出会って自分が凄く成長したと思ってる。
そりゃあ、私は怪の言葉を聞いて伝える事しかできないよ。
だけど、いつまでも怖がってるだけじゃ駄目だと思うもん」
光一郎と出会い、たぬ吉やユズ、瑚江、玲人と交流していく中で、
どんな困難でも乗り越えようとする勇気を持てるようになった。
「だから、今こそ勇気を出して、この状況を解決しようよ。
私達ならできる。一人じゃ無理でも二人。二人で無理なら、三、四人。
みんなで力を合わせれば、できない事なんて絶対ないよ!」
琴葉の力強い言葉に、光一郎達は戸惑いながらも全身に力が湧く。
「そうね。いい加減、私達強くならなくちゃ」
「わたしは強いから」
「ああ、僕や瑚江だって、ちゃんと怪帰師と通役として実績を積んできたつもりだ」
「父さん達ができなかったからといって、僕達もできないわけじゃない……」
光一郎は琴葉をじっと見つめた。
「もう弱気な事は言わない。僕達でやりとげよう」
「光一郎くん……」
「僕ももう弱音は吐かないよ」
「私も。通役として紫音さんを止めてみせる」
「玲人さん、瑚江さん」
「わてもおるで」
「わたしも」
「たぬ吉さん、ユズちゃん、そうだね。私達は『六人』でワンチームだね」
琴葉達はたぬ吉とユズを見て微笑む。
同時に、まっすぐ前を見た。
「さあ、みんなを助けよう!」
琴葉達はビルへ向かって、再び走り始める。
やがて、目的のビルが見えてきた。
「誰だ!!」
ビルの敷地内に入った琴葉達は、利光達を探す。
しかし、どこにも姿がない。
「一体どこに行ったの」
琴葉は建物の入り口に近づく。
そのとき、地面に何かが落ちている事に気づいた。
それは、メガネと機能停止した12号だ。
「これって、おじさんの通役の……」
「何かが襲ったのか?」
利光の通役である男性がかけていたものだ。
「おじさん達は」
そう言いながら、琴葉はそのメガネを拾おうとした。
「危ない!」
瞬間、光一郎が駆け寄り、琴葉を抱き締めてその場から離れた。
――ドォォン!!
琴葉が目を向けると、それは巨大な足だ。
「シュッシュッシュッ」
真っ赤な身体をした角を生やした大男が笑う。
どうやら、大男はビルの屋上から飛び降りてきたようだ。
「ぬおお、怪というのは酒呑童子やったんか!」
「そうだ、伝説の鬼だ!」
たぬ吉とユズは、大男を見て声を上げた。
「琴葉ちゃん、こいつは要注意ランクだ」
「それって!」
光一郎達が身構える。
琴葉もそれを聞き、すぐに身構えた。
誰も逃げたりしない。
皆、身構えながら、酒呑童子をじっと睨む。
「父さん達はどこだ!」
光一郎は酒呑童子に向かって大声で尋ねた。
すると酒呑童子はまた笑った。
「シュウウ、シュシュシュウウ」
何かを言いながら、持っていた赤いひょうたんを見せる。
「まさか」
琴葉達が言葉を訳す前に、それを見て玲人が口を開いた。
「父さん達を酒にしたのか」
「兄さん、どういう事?」
「酒呑童子が要注意な理由は凶暴さだけじゃない。
あのひょうたんに生き物を吸い込んで、酒に変えてしまうからなんだ」
「そんな!」
「おいおい」
光一郎は琴葉を見た。
「琴葉ちゃん、酒童子は何て言ったんだい」
「そ、それは、玲人さんが今言ったのと同じ」
――あいつらは、全員酒に変えてやった。アンドロイドは無理だったがな。
酒呑童子は笑いながらそう言ったのだ。
「図書館にいた人達も、もしかしてお酒になっちゃったんじゃ」
翼猫は図書館に大きな怪が現れ、人々が消えたと言っていた。
恐らく酒呑童子がひょうたんで吸い込んだのだ。
「く、父さんを、みんなを酒にするなんて……。今すぐ戻すんだ!!」
光一郎は声を荒らげながら、酒呑童子に掴みかかろうとする。
そんな光一郎を、玲人が止めた。
「大丈夫だ。こいつが元の世界に帰れば、みんなは元に戻る」
玲人は落ち着いて交渉をして、酒呑童子を元の世界に帰そうと思っていた。
「冷静になるんだ、光一郎」
「兄さん……」
光一郎は小さく頷くと、酒呑童子にゆっくりと語りかけた。
「僕達は怪帰師だ。お前を帰すのが仕事だ。さあ、条件を言うんだ」
怪帰師としての仕事を果たす。
光一郎の言葉にはその強い思いが込められていた。
だが、酒呑童子はまた笑った。
「シュウシュウウ、シュウゥシュシュウ」
「『俺はまだ帰らない。条件を満たしてないからな』……条件って」
「彼は、僕が先に交渉したよ」
琴葉が首を傾げると、ふと声がした。
声はビルの屋上から聞こえる。
琴葉達は一斉に見上げた。
そこには、長い銀色の髪をした背の高い青年が立っていた。
「お前が紫音か」
ユズが毅然とした態度で尋ねると、紫音は僅かに笑みを浮かべた。
「僕も20年ぐらい前は、怪帰師の仕事に誇りを持っていたよ。
だけど、一族は僕の気持ちも知らずに追放した」
「気持ち?」
「ふふふっ、君達に教える必要はないよ。
何故なら、先程怪帰師や通役達と同じように、君達も酒になってしまうのだからね。
アンドロイドはスクラップにしようかな」
「そんな事はさせない!」
ユズが大声を上げる。
しかし、紫音はクスッと笑った。
「僕は既に酒呑童子と交渉をした。そして帰るための条件を決めた。
それは『この町の人間を全て酒にする』というものだよ」
「何だって!」
「そんなのあり得ない!」
琴葉も光一郎と同じぐらい大きな声を出す。
ただでさえ、既に多くの人達が酒呑童子に襲われている。
いくら元の世界に帰れば元に戻ると分かっていても、これ以上襲われる人を増やしたくない。
「シュッシュッシュッ」
酒呑童子は笑いながら酒を飲む。
次の瞬間、その身体が、一回り大きくなり、五メートル程の巨人になった。
「ふふふっ、早速彼にこの町のみんなを酒にしてもらおう」
紫音はそう言うと、屋上から飛び降りる。
「きゃ!」
「どうした!」
「何を!」
琴葉達は思わず声を上げる。
――ガシッ!
そんな紫音を、酒呑童子が宙に跳んでキャッチした。
「僕の計画は邪魔させないよ」
紫音は琴葉達を見ながら微笑む。
酒呑童子は紫音を連れて、そのまま飛んでいってしまった。
「くそ、逃がしたか。追うぞ!」
「そうだね、止めなきゃ!」
琴葉達は紫音達を追って慌てて道路の方へ走った。
「……また、来たか」
ふと、誰かがビルからゆっくりと出てくる。
アンドロイドの8号だ。
8号は去っていく琴葉達を見て、静かに目を閉じる。
一人の男性型アンドロイドが、彼女の傍にいた。