Kaikaeshi and Automata   作:アヤ・ノア

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~前回までのあらすじ~

学校で夏純が怪物に遭遇した話が広まった。
クラスメイト達はその怪物が都市伝説の「テケテケ」ではないかと推測する。
それに気づいた光一郎は突然琴葉を連れて行き、
怪帰師という、怪物を元の世界に帰す職業だと説明する。
その後、テケテケが再び現れるも逃げてしまう。
琴葉はテケテケが「食べたい」と言っていた事について疑問を抱くのだった。


第3話 交渉、そして帰還

 翌日の土曜日。

 琴葉は、とある家にやってきていた。

 玄関先に一人の女の子……夏純が立っている。

 琴葉は夏純に聞きたい事があった。

「テケテケに襲われた時、何か持ってなかったかって?」

「うん、教えてほしいの」

「ええっと……あの日は学校帰りに寄り道をしようと思って、本屋さんで本を見て、

 それからお腹も微妙に空いたなあって思って、コンビニに寄って」

 夏純は、「あっ」と声を上げた。

「そう言えば、私あの時、『アイス』を食べてたよ」

 夏純は時々、学校帰りに買い食いをする。

 ついついお菓子を食べたくなるらしい。

「お母さんに、そんな事しちゃだめって言われてるんだけどね。

 もしかして、買い食いした事、先生に言う?」

 先生にバレると怒られてしまう。

 夏純は不安そうに琴葉を見た。

 琴葉は何故か目をキラキラと輝かせていた。

「やっぱりそうだったんだ」

「琴葉ちゃん?」

「あ、ええっと、予想がばっちり当たってて」

「予想?」

 夏純は、琴葉が何を言っているのかさっぱり分からず首を傾げた。

「とにかく夏純ちゃん、安心して。これでテケテケの件は解決するかも!」

「ええ? どういう事??」

「任せて」

「買い食いも先生には言わないから安心してね!」

 琴葉とユズは、混乱する夏純を放って、そのまま走って行った。

 

 交差点の近くの公園。

 夏純と別れた琴葉とユズは、そこへやってきた。

「もう来てるかな?」

「探す」

 琴葉とユズは園内を見渡す。

 滑り台の近くに光一郎の姿があった。

「……聞き込み、終わった」

 琴葉とユズは、光一郎の傍に駆け寄り、話しかける。

 彼女は甘いものが大好きで、スーパーの前でクレープの移動販売の車を見かけたらしい。

 そのクレープを買って、食べながら歩いている時、テケテケと遭遇したのだ。

「だけど、どうして彼らが甘いものを持っていたって分かったんだい?」

 光一郎にはその理由が全く分からなかった。

 すると、琴葉がニッコリと笑った。

「テケテケに襲われそうになったあのおじいさんが、ヒントをくれたの」

 昨日、琴葉はおじさんと話をしていて、ある事が気になった。

 それは、テケテケが、おじいさんの持っていた物を無理矢理奪おうとしてきた事だ。

「おじさんが持っていたのはね、『ケーキ』だったの」

「……ケーキは、確かに甘い」

 おじいさんは、犬の散歩の途中で、ケーキ屋でケーキを買った。

 おばあさんが大好きで、買って帰ろうと思ったのだ。

 だが、買った直後、テケテケが現れ、

 驚いた拍子にケーキの入った箱を落としてしまったのだという。

「何故テケテケがケーキを奪おうとしたのか不思議に思ったの。

 そんな時、夏純ちゃんの事を思い出して」

 夏純がテケテケに襲われそうになった直後、琴葉は彼女に会っていた。

 夏純は真っ青な顔をしながら、アイスを持っていたのだ。

「それで、もしかして他の人も甘いものを持ってたのかもと思って」

 琴葉の予想通り、中学生の男の子も女子大生も甘い食べ物を持っていた。

「つまり、テケテケは人間を食べたいんじゃなくて、

 甘いものを『食べたい』って言っていたんだよ」

「……多分、あいつが狙っていたのは、ホワイトチョコだったかも」

「なるほど、確かにそうかも」

 光一郎は、琴葉の名推理に「う~ん」と唸った。

「……まさか、あの凶暴そうな怪が甘いものを狙っていたなんて」

 とてもじゃないが信じられない。

 だが、琴葉とユズは首を横に振った。

「……テケテケ、弱かった」

「えっ?」

「昨日テケテケとすれ違った時、顔を見たの。

 緑色の大きな顔で迫力はあったけど、目は涙ぐんでいたから」

「まさか」

「おじいさんが言ってたでしょ。タローが吠えたら逃げたって。テケテケはきっと怯えてたんだ」

「……テケテケ、弱い。攻撃も体当たりくらい」

「怪が、怯える??」

 光一郎は、その言葉に思わず困惑したように顔をしかめた。

 その様子を見て琴葉は尋ねた。

「ねえ、光一郎君は、テケテケの事をどこまで知ってるの?」

「どこまでって、名前と姿形ぐらいだけど」

「それだけ?」

 光一郎は何も反論できなくなってしまい、ガックリと肩を落とすと、大きな溜息を吐いた。

「……やっぱり、僕は一人前の怪帰師になんてなれないんだ」

「光一郎君……?」

「落ち込んだ」

 戸惑う琴葉と淡々としたユズに、光一郎は力なく笑った。

「実は、今回が怪帰師として初めての仕事なんだ。ユズは護衛を何回かしてるけど」

「えっ」

 光一郎の一族である「天草家」は代々怪帰師をしているという。

 12歳になると、右手の甲に怪帰師の証である紋章が現れ、仕事ができるようになるらしい。

「この前言った通り、怪帰師は怪と交渉して、元の世界に帰すのが仕事なんだ。

 そのためには怪が帰る事に納得する『願い』や『条件』を聞き出して叶えてあげる必要がある。

 だけど、僕達怪帰師は肝心の怪の言葉が分からない。

 そこで、言葉を聞き取る事ができる『通役』が必要になるんだよ。

 護衛は必要ない時もあるけどね」

「……」

「つうやく??」

「怪帰師は、常に通役の力を持っている人間とコンビで仕事をするんだ」

「もしかして、私がその通役って事?」

 琴葉の言葉に、光一郎は「ああ」と答えた。

「普通、通役とは小さな頃から交流して、幼馴染として仲良くなるんだ。

 だけど僕はある事情で、通役がいないままこの町に来た。

 一人で何とかしようと思ったけど、

 父さんは、そんなのは絶対に無理だから帰ってこいって電話で言ってきて」

「それって」

 琴葉は、昨日の昼休み、光一郎が渡り廊下で電話をしていた事を思い出した。

「あれは、お父さんとお話ししてたのね」

「父さんには、無理じゃないって言ったけど、正直どうすればいいのか分からなかった」

 光一郎はそう言いながら、琴葉を見た。

「だから、君が通役の力を持っていると分かった時、ユズが守ってくれた時、

 これで怪帰師として一人前の仕事ができると思ったんだ。

 だけど、ユズがいたのに結局、全然上手くいかなかった。

 君がテケテケが甘いものが好きだと気づかなければ、

 僕は未だに追いかけ回していただけだったと思う」

 光一郎は、また大きな溜息を吐いた。

 ユズは、相変わらずの無表情である。

「……光一郎は必要以上に必死だから、わたしが守らなきゃ」

 光一郎は勉強もでき、スポーツもできる。

 転校初日にみんなの人気者になって、非の打ちどころがないように思える。

 だが、琴葉と同じように気が弱く、不安でいっぱいだったのだ。

(私が何とかしなくちゃ……)

 何故、自分に通役の力があるのかは分からない。

 だが、怪の言葉が分かるのは、自分しかいない。

 光一郎を放ってはおけない。

 琴葉は勇気を振り絞って、一歩前に出た。

「みんなで一緒に、テケテケを元の世界に帰しましょ」

「遠野さん」

「琴葉でいいよ」

「……琴葉さん」

「……琴葉、凄くやる気ある」

 光一郎は一瞬嬉しそうな顔をするが、すぐに表情が曇った。

「だけど、どうやってテケテケを見つければ?」

「それはええっと」

 瞬間、琴葉は夏純や襲われた人達の事を思い出して、ハッとした。

「そうだ。見つけなくても大丈夫かも」

「どういう事だい?」

「向こうから来てもらえばいいんだよ。……私に、いいアイデアがあるよ」

「……獲物をおびき寄せるのは、狩りの基本。琴葉、よくできてる」

「褒めてくれてありがとう」

 ユズに褒められた琴葉は満面の笑みを見せた。

 

 夕方、町は薄暗くなっていた。

 商店街の外れにある遊歩道の茂みに、何かが隠れていた。

 緑色の大きな顔に、手足がついている……テケテケだ。

 テケテケは、人々に見つからないように身を縮めながら、遊歩道の向こうを眺めていた。

 そこには、ケーキ屋がある。

 ガラスごしに見える店内には、美味しそうなケーキが並べられていた。

 テケテケはそのケーキをじっと見つめている。

 不意に、テケテケは鼻をヒクヒクと動かし、遊歩道の方に顔を向けた。

「ウウウウ」

 さらに鼻をヒクヒクさせる。

 何かの匂いを嗅ぎ取ったようだ。

 テケテケは茂みを出ると、導かれるかのように遊歩道を歩き始めた。

「ウウゥゥ、ウウウウ」

 できるだけ身を縮め、人々に見つからないように、テケテケは歩き続ける。

 歩きながらも、その鼻はヒクヒクと動いていた。

 やがて前方に、一人の影が見えた。

 テケテケはその人物を見る。

 その人物は大きな皿を持っていて、そこにはパンケーキが載っていた。

 ハチミツがたっぷりとかかり、クリームとイチゴが山のようにトッピングされている。

 テケテケはそれを見て、目を大きく見開いた。

「ウウウウウ!!」

 テケテケは大きな口を開けて、パンケーキのもとへと走り出した。

「ウウウウ! ウウウウウウウ!!」

 テケテケはパンケーキを食べたい一心で走り続ける。

 だが目の前まで迫った瞬間、パンケーキを持っていた人物が顔を向けテケテケは立ち止まった。

 それは、琴葉だ。

「ウウウウ!!」

 テケテケは、先日追いかけてきた人物の仲間だと気づいたようで、

 慌てて身体を反転させると、来た道を戻ろうとした。

 だが、その行方を阻むかのように、物陰から二人の人物が現れ、両手を広げた。

「落ち着くんだ!」

「逃がさない」

 光一郎とユズである。

 テケテケは、三人に挟まれ、逃げられなくなった。

 光一郎、ユズ、琴葉はそんなテケテケを挟みながら、互いに見合い、小さく頷いた。

『とっておきスイーツおびき出し作戦』

 それが、琴葉が考えたテケテケに出てきてもらうアイデアだった。

 テケテケは甘いものを食べたがっている。

 だから、琴葉達はこの町で一番甘くて美味しいと評判の、

 雨宮スイーツ店のスペシャルDXいちごパンケーキを用意した。

 これを皿に載せて歩けば、甘くて美味しそうないい匂いが辺りに漂い、

 きっとテケテケが現れるだろうと思ったのだ。

 

「まさか、ほんとに成功するなんて」

「凄い……」

 光一郎とユズは、琴葉のアイデアに感心しながら、テケテケの方を見る。

 テケテケは逃げることができなくなり、身体を震わせて怯えていた。

「君に危害を加えるつもりはない。元の世界に帰ってほしいだけなんだ」

「ウウウウウ」

 光一郎は優しく声をかけるが、テケテケは怯える。

「安心してくれ。僕は君の事を思って」

「ウウウウウ」

 テケテケはますます怯える。

「どう説得すればいいんだ……」

「……戦意がない相手に痛みを与えるのは、暴力と同じ」

 光一郎はテケテケを見て困り果て、ユズも戦意がない相手に暴力を振るいたくなかった。

 すると、琴葉が口を開いた。

「怪を元の世界に帰すためには、

 怪が帰る事に納得する『願い』や『条件』を聞き出して、叶えてあげる必要があるんでしょ?

 だったらテケテケにもそれをちゃんと聞いた方がいいかも」

「そう言われれば」

 光一郎は、腕を組み、考え始めた。

「願いかあ。テケテケは食べタイって言ってた。

 それはつまり、甘いものを食べたくて、それで何度も甘いものを持ってた人を……あっ!」

 光一郎はハッとして、琴葉の方を見た。

「テケテケは、甘いものを食べたら帰ってくれるかもしれない!」

 それを聞き、琴葉は大きく頷いた。

「そう、それ! 私も同じ事、思ってたよ!」

「……だから持ってきたんだ」

 琴葉は、持っていたパンケーキをテケテケに差し出した。

「さあ、召し上がれ。とっても甘くて美味しいパンケーキだよ!」

「ウウ! ウウウウウウウ!!」

 テケテケは大きな声を上げると、琴葉が持っている皿を手に取った。

 大きな口を開き、パンケーキを一気に食べる。

「ウウウウウウウ!!」

 テケテケは食べながら、楽しげに大きな顔を揺らした。

 それを見て、琴葉は笑顔になり、光一郎とユズも微笑んだ。

「……琴葉さん、僕にも今なら何となく分かるよ」

「えっ?」

「テケテケが何て言ってるかだよ。……『美味しい』だろ」

 琴葉はその言葉に、「うん」と答えた。

「……こうやって解決する。戦い以外でも……」

 三人は、嬉しそうにパンケーキを食べるテケテケを、いつまでも見守り続けた。

 

 しばらくして、琴葉達は、人気のない近くの林の中にやってきた。

 テケテケはすっかり三人に懐き、彼らの後を大人しくついてきている。

「よし、この辺りで大丈夫だ」

 光一郎は、林の中の少し開けた場所で立ち止まると、琴葉とユズの方を見た。

「始めるよ」

 光一郎はそう言うと、右手を強く握り締めた。

「鑰!」

 次の瞬間、光一郎の右手の甲が光り輝く。

 そして、鍵のような紋章が現れた。

 光一郎は、そのまま開けた空間を見つめ、右手を突き出した。

「人は人の世に、怪は怪の世に。安住の地へ、今帰らん!」

―ゴオオオ……

 瞬間、大きな音が響き、地面から光の扉が現れた。

「凄い!」

 琴葉は思わず見入る。

 光一郎は光の扉に近づくと、鍵の紋章が浮かび上がった右手で光の扉のノブを掴んだ。

「開!」

 ドアがゆっくりと開き、その向こうに眩い光が広がった。

「さあ、自分の世界に帰るんだ」

 光一郎はテケテケにそう言う。

「ウウゥゥ!」

「さよなら」

 テケテケは、声を上げると、ゆっくりと扉へと向かった。

 その足取りは軽やかで、表情は明るく、満足そうだった。

 テケテケはドアを潜り、光がその全身を包み込む。

 テケテケは、ユズのさよならの手と共に、光の中に消えて行った。

 やがて、ドアがゆっくりと閉まる。

 光の扉はまるで線香花火のように四方に光を散らすと、そのまま消滅した。

 

「う~ん、テケテケを帰せてよかったね」

 夕方、琴葉は光一郎達と共に家へと帰っていた。

「それにしても、ほんとに怪がいるなんてねえ」

 怪がいる事も驚きだが、そんな怪を帰す怪帰師という仕事があるのも驚きだ。

 何より、自分に怪の言葉が分かる通役の力がある事が信じられなかった。

「だけど、その力のおかげで、無事テケテケを元の世界に帰せたんだよね」

 最初は怖かったが、あの怯えていたテケテケを見たら、放っておけなくなった。

 テケテケは甘いものを食べる事ができて、喜んでくれたようだ。

 見た目はちょっと怖かったが、琴葉は嬉しそうにしていたテケテケを思い出し、

 何だか可愛く思えた。

 その時、前を歩いていた光一郎が立ち止まり、琴葉の方を見た。

「君は、やっぱり運命の人だ」

「えっ??」

 琴葉はまた運命の人と言われてドキッとしたものの、

 それが通役の力の事だと気づき、慌てて心を落ち着かせた。

「ええっと、ちょっとは力になれたかな?」

「ちょっとどころじゃないよ!」

 光一郎は、真面目な表情で、グッと顔を近づけた。

「これからも、通役として僕の仕事を手伝ってくれないか?」

「これからも??」

「ああ、この町にはテケテケ以外にも何体も怪がいるんだ」

「……わたしも怪だから」

「えええ、そうなの??」

 テケテケは凶暴な怪ではなかった。

 だが、他の怪も同じなのかは分からない。

 琴葉は危険な目に遭うかもしれないと思い怯む。

 すると、そんな琴葉の気持ちに気づいたのか、光一郎がさらに顔をグッと近づけた。

「君は僕が必ず守る。だから、僕の力になってくれ!」

「わたしも光一郎を守る」

 光一郎の顔が目の前に迫る。

 ユズも無表情ながら必死で光一郎を守ろうとする。

「あ、あの、ちょっと」

 そのあまりの近さに、琴葉はさらにドキドキする。

 光一郎は、やはりカッコいい。

 いつの間にか随分交流している。

(通役の力なんて、正直あっても困るだけだけど、

 それで光一郎君の力になれるなら、ありかも……)

 琴葉は、ドキドキしながら、光一郎を見た。

「う、うん。私、どこまで頑張れるか分からないけど、怪帰師のお仕事、手伝ってもいいかも」

「ありがとう、琴葉さん!!」

「琴葉が力になるなら、わたしは嬉しい」

 光一郎が満面の笑みを浮かべて、琴葉の手を握る。

 琴葉も、思わず笑顔になった。

 ユズは、二人を無表情で見守っていた。

 怪帰師の仕事の手伝いをするのは、正直不安しかない。

 しかし今は、光一郎と仲良くなれた喜びの方が大きい。

 

(不思議な声が聞こえるようになって、ちょっとだけよかったかも)

 琴葉は、光一郎を見ながらそう思うのだった。

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