Kaikaeshi and Automata 作:アヤ・ノア
琴葉は亡くなった父親のアンドロイドと再会するが、父親は8号に操られていた。
ユズが8号を倒した後、琴葉の父親は娘に全てを託して消滅した。
琴葉は紫音の野望を阻止するために仲間と共に立ち向かうのだった。
「ようやくこの日が来た」
工場の傍の野原に紫音の姿があった。
手にはひょうたんを持っている。
紫音の前には五十センチほどの石があった。
石は人の形に見える。
それが彫られたものなのか自然にできたものなのかは分からないが、
コケが生え、古くからその場所にあるようだ。
紫音がいるのは、この町唯一の六丁目にあるろくろくろく像の前だった。
「シュウ! シュシュウウ!!」
「ここでエネルギーを解放すれば」
紫音はひょうたんを見た。
すると、中から声がした。
酒呑童子の声だ。
「まだ酒になっていなかったんだね」
紫音はクスッと笑う。
酒呑童子は叫びながら必死にひょうたんの内側を叩くが、
紫音は栓を開ける素振りすら見せなかった。
「いい加減諦めたらどうだい? 魔王が現れれば君の住んでいた世界も終わってしまうんだよ」
「シウウゥゥウウ?」
ひょうたんの中から、戸惑ったような声がする。
何と言っているのか分からないが、紫音は「言いたい事は分かるよ」と言った。
「俺の住んでいた世界まで終わるとはどういう事だと聞きたいんだろう?」
紫音はまたクスッと笑った。
「僕は何も人間だけに復讐するつもりはないよ。
怪帰師なんて仕事をする事になったのは、君達怪が人間の世界に来たせいだからね。
僕は怪も憎い。だから魔王に全てを食べてもらいたいんだ」
魔王は全てを食べる。
人間だけではなく怪も、そして世界までもを食べる。
「魔王の住む世界の扉さえ出現させる事ができれば」
紫音は、ろくろくろく像をじっと見つめた。
「さあ、君も酒になってくれ」
そう言うと、紫音はひょうたんを激しく振った。
「シュ! シュウ! シウウウウッ!」
ひょうたんの中で酒呑童子が悲鳴のような声を上げる。
だがその声はだんだん小さくなっていき、やがて聞こえなくなった。
「全て酒になったようだね」
紫音はひょうたんを軽く振ってみる。
―ポチャポチャン
完全に酒になったようだ。
「始めよう」
紫音は栓を抜くと、ゆっくりとひょうたんの吸い口を傾ける。
中から酒が垂れてくる。
酒はろくろくろく像にかかった。
像が酒で濡れると、僅かに揺れ動く。
それを見て紫音はニヤリと笑う。
「鑰!」
酒を全て出し終えるとひょうたんを草むらに投げ捨て、紫音は右手を強く握り締めた。
声を上げると、右手の甲が光り輝き、鍵のような紋章が現れた。
紫音は、ろくろくろく像の向こうに広がる空間を見つめると、その右手を突き出した。
「この世界を終わらせし魔王の扉よ! 今こそ現れん!」
―ゴオオオオ……
瞬間、大きな音が響き、地面から光の扉が現れた。
それは他の光の扉と形は同じだが、五メートルを超える巨大な扉だった。
「なるほど。これは確かに怪帰師の力だけでは出現させるのは不可能だね」
紫音は扉に近づくと、鍵の紋章が浮かび上がった右手で魔王の扉のノブを掴んだ。
「開!」
ドアがゆっくりと開く。
隙間から眩い光が漏れる。
「さあ、魔王よ。人間の世界に来るんだ」
紫音はさらにノブを持つ手に力を入れようとした。
だが、ドアの動きが止まった。
「どういう事だ?」
紫音は必死にドアを開けようとする。
しかし、ほんの僅かしか開かない。
「まさか、エネルギーが足りないのか?」
ひょうたんの中にはこの町に住む大勢の人々のエネルギーが入っているが、
それだけでは不十分だったようだ。
「そんな、どうすればいいんだ?」
紫音は扉のノブから手を離す。
すると、紫音のもとへ一人の人物が駆け寄ってきた。
8号である。
「もうやめろ! 私まで巻き込むつもりか! お前まで消えてしまうというのに……!」
「うるさい、8号! 魔王は必ず解放するんだ!」
8号は紫音を止めようとするが、紫音は彼女の話を聞かない。
何としてでも、魔王の扉を開こうとしていた。
僅かな隙間しかない。
これでは魔王が人間の世界に来るのは不可能だろう。
「エネルギーがあれば」
そう思った時、ドアの隙間から声がした。
「マアァァマアアァァアア……」
地を這うような不気味な声。
魔王の声だ。
「そこにいるのか!」
紫音は隙間に向かって話しかける。
隙間の向こうはどす黒い光が渦巻いていた。
「くうう、ドアを開ける事さえできれば!」
紫音は再びノブを掴んで引っ張るが、やはり動かない。
そんな紫音に8号は話しかけながら肩を掴む。
「ええい、鬱陶しい!」
紫音はその手を振り払った。
振り払われた衝撃で、8号はその場に倒れた。
泣きそうな顔で紫音を見ながら、立ち上がろうとする。
瞬間、ドアの向こうから魔王の声が聞こえてきた。
「マアマアア!」
次の瞬間、ドアの隙間から巨大な二つの影が出てきた。
「あれは!」
影は、巨大な二本の指だ。
二本の指は8号を挟むと、そのままドアの向こうへと戻っていった。
「マアアア!!!」
魔王が大きな声を上げる。
それは、まるで喜んでいるような声だ。
刹那、魔王の扉が僅かに揺れる。
―ゴゴゴォ……
ドアが音を立て、先程よりもほんの僅かに大きく開いた。
「これは……」
紫音は戸惑いながらも、先程の出来事を思い出す。
「まさか、8号を食べたのか?」
魔王は全ての生き物と全ての世界を食べる。
8号を捕まえて食べた事により、そのエネルギーを得て、
魔王が向こうの世界からドアを僅かに押したのだ。
「エネルギーがもっとあれば!」
紫音は周りを見る。
しかし人の影はない。
「もっとだ。もっと数が必要なのに」
酒呑童子は既に酒になってしまい、ひょうたんを使う事もできない。
「どうすれば」
紫音は焦りながらも、ふと自分の右手の甲を見た。
鍵のような紋章が浮かんでいる。
それを見てハッと気づく。
「そうか。その方法があった……」
紫音は僅かに開いたドアの隙間を見た。
「魔王よ! お前にもっと食わせてやる。
一つ一つのエネルギーはこの町に住んでいる人間より少ないかもしれない。
だが、数が多い。そのエネルギーを得てドアを開くんだ」
紫音は魔王の扉に背を向けると、右手を突き出した。
「現れよ、光の扉よ!」
瞬間、ゴオオオオと大きな音が響き、地面から光の扉が現れた。
一つではない。
その横に、もう一つの扉が現れる。
「いいぞ!」
紫音は突き出した右手に力を入れる。
―ゴオオオオ、ゴオオオオ、ゴオオオオオオオ
次々と光の扉が現れる。
野原だけではなく、工場の方へ、そしてその向こうの道路の方へと、無数の光の扉が現れた。
光の扉は、まるで魔王の扉を前にして並ぶように姿を現した。
「これで全てが終わる! いいぞ! 最高だ!」
紫音は無数の扉を見て、満面の笑みを浮かべた。
「どうなってるの?」
ろくろくろく像のある野へ向かっていた琴葉達の前に、突如、無数の光の扉が現れた。
「紫音さんがやったの?」
琴葉が尋ねると、ユズが答える。
「多分」
「まさかあれが魔王の扉?」
「いや、見えている扉は全て、普通の怪達の住む世界と繋がる扉だ」
「だったらどうしてあんなに出現させたの?」
「分からない。だが、魔王はまだこの世界に出現していない」
玲人は困惑しながら光一郎達にそう言った。
それを聞き、琴葉は走りながら険しい顔になる。
「こんなの普通じゃないよね? もしかしたら魔王をこの世界に呼び出す事と関係があるのかも」
「呼び出す事と……?」
光一郎がその言葉に食いついた。
「無数の扉は怪達の住む世界に繋がってる……。無数の扉の向こうには無数の怪がいる……。
無数の怪……そうか! 紫音は怪達を扉を開くエネルギーにするつもりなんだ!」
「なるほど、そういう事か!」
玲人も意味が分かり、焦りの表情を浮かべる。
「扉が開いたら危険って事だよね。だったらその前に紫音さんを捕まえないと!」
琴葉がそう言うと、ユズ、光一郎、玲人は頷いた。
まだ魔王は現れていない。
紫音さえ捕まえれば、この世界も怪達の世界も助かる。
琴葉は光一郎達と共に野原を目指した。
「さあ、みんな、魔王のエネルギーになるんだ」
紫音は無数の扉を見て、右手を握り締めた。
全身に力を込める。
紫音の身体から金色の光が溢れ出す。
「全ての怪達よ。我が力でこの世界に招く!」
紫音は右手を天に向かって突き上げた。
すると、手の甲に浮かんだ鍵のような紋章が空へと浮かび上がった。
紋章は空で光の塊になる。
その塊が無数の光の扉に向かって雨のように降り落ちた。
―ガタガタガタッ!
無数の扉のノブが一斉に動き出す。
紫音は全てのドアを同時に開こうとしていた。
「いいぞ。ドアよ、開け!」
紫音は突き上げた右手を動かし、ドアを開こうとした。
「やめろ!」
瞬間、二人が紫音に体当たりした。
「ぐおっ!」
紫音が大きくよろめき、後ろに下がる。
右手の紋章が消え、無数の扉のノブも輝きが消えた。
「ドアは開けさせない!」
紫音に体当たりしたのは光一郎とユズだ。
二人の後ろには、琴葉と玲人もいる。
「邪魔をするな!」
「魔王なんて絶対にこの世界に呼ばせない!」
「8号を……8号を……!」
光一郎とユズは紫音の後ろに聳える巨大な光の扉を見る。
「あの向こうに、魔王が……」
「まだ完全に扉が開かず、こっちの世界には来られないようだね」
玲人の言葉に光一郎は頷く。
「あのドアは絶対に開けさせない!」
そんな光一郎達に、紫音は凄んだ。
「魔王をこの世界に呼ぶ。人間を、怪達を、全ての世界を終わらせるんだ!!」
紫音は怒鳴るようにそう叫んだ。
「どうしてそこまで……」
「……だとしても、あいつはわたし達の敵だ」
琴葉は怒り狂う紫音を見て、戸惑いを感じた。
ユズは紫音を倒そうとしている。
「光一郎君のお父さん達に力を封印されて復讐したい気持ちは分かる。
だけど、だからといって他の人達や怪達をどうして巻き込もうとするの?」
「確かに琴葉ちゃんの言う通りだ」
「ああ。恨むなら僕達、怪帰師だけを恨むべきだ」
「関係ない奴を巻き込んだ時点でお前は敵」
紫音のやろうとしている事を、琴葉は理解できなかった。
光一郎、玲人、ユズも紫音を見ながら言う。
だが紫音はそれを聞き、クスッと笑った。
「怪帰師達に復讐しただけで、僕の気持ちが晴れるとでも思っているのかい?」
「どういう事?」
琴葉が首を傾げると、紫音はじっと睨んだ。
「通役のくせに、どうして僕の言う事を聞かないんだ……」
それは琴葉を見ながらも、他の誰かに言っているような言い方だった。
「通役……お父さんの事?」
「お父さん? あ~、あの男の事か。なるほど、君の父親だったんだね」
紫音はまるで興味がない様子で答えた。
「彼はただの代役だ。本当に8号に操らせるべき通役は他にいた。
僕が怪帰師をしていた時に通役だった女性……彩夢だ」
「誰だ?」
ユズが戸惑っていると、紫音は苦々しい表情を浮かべた。
「彩夢は小さな頃からずっと一緒だった。
僕が怪帰師を追放される時も、最後まで味方をしてくれた。
だけど、彩夢は事故で死んでしまったんだ」
「だから8号に……」
紫音は彩夢を蘇らせ、通役をさせようと思っていたのだろう。
「だけど、どうしてそれがお父さんになったの?」
8号の力があれば、彩夢もアンドロイドとして蘇らせる事ができるはずだ。
すると、紫音は刺すような目で琴葉を再び睨みつけた。
「僕は彩夢を蘇らせ、通役するように言った。
酒呑童子のような怪をこの世界に呼び、怪帰師達を困らせてやろうとした。
それなのに、彼女は断った」
紫音はその答えに苛立ち、彩夢を操るのをやめた。
そして新しい通役として、潜在的にその力を持っていた琴葉の父を選んだのだ。
「彩夢は8号に操られながらも、僕に『こんな事はやめて』と言ってきた。ふざけるな!
僕がどれだけ悔しかったか、彼女は全然分かっていないんだ!」
紫音は激高しながらも、不気味な笑みを浮かべた。
「だから、もうどうでもいいと思った。
最初は酒呑童子レベルの要注意ランクの怪をこの世界に呼ぶだけでよかった。
だけど彩夢に裏切られ、世界なんかもう必要ないと思ったんだ」
「だから、魔王を呼ぶのか」
ユズは、紫音が何故魔王をこの世界に呼ぼうとしているのか、本当の理由を理解した。
怪帰師だけではなく、幼馴染にも裏切られ、紫音は自暴自棄になっているのだ。
「紫音さん、自分を追い詰めるのはやめて!」
「追い詰めるだって?」
紫音は意外な言葉を言われて一瞬戸惑う。
「琴葉ちゃん、何を言ってるんだ」
「こいつは説得したからって魔王を呼び出すのをやめるような奴じゃない」
「だけど玲人さん……」
瞬間、紫音が「五月蠅いっ!」と怒鳴った。
「君達と話をしている暇はない。そこをどけ!!」
紫音は琴葉達に向かって右手を突き出す。
手の甲の紋章が光り、それが衝撃波になった。
「きゃあ!」
「うわあ!」
琴葉達はその衝撃を受け、その場に倒れた。
「紋章の力はこういう風にも使えるんだ。
もっとも強い風が吹くだけで、人間にも怪にもダメージを与える事はできないけどね」
紫音は琴葉達が倒れている隙に、再び右手を天に向かって上げた。
「全ての扉よ。今こそ開け!」
手の甲に浮かんだ紋章が空へと浮かび上がる。
―ガタガタガタガタガタガタッ!
浮かび上がった光は塊となり、無数の扉のノブが激しく動き出す。
「ダメえ!」
一気に無数の光の扉に向かって散らばった。
琴葉が叫んだ瞬間、光の扉のドアが開いた。