不味い、不味い不味い不味い!!全身から恐ろしく冷たい汗が湧き出る。胃がきゅっと締まって吐き気も、心臓の音がうるさい耳鳴りもする。緊張と興奮と恐怖で視界もぼやけるようだ。怖くて、僕の思考は止まった。
でも身体が動き出していた。神様を抱えて奥へと逃げる。何とか路地から抜けて少し開けた場所に出ることに成功するが。
「っベル君!」
「神様!逃げて……どうにかして逃げないと!」
もっと速く逃げないと間に合わない!幸いにも僕の筋力が向上しているせいか神様を抱えても速度に影響は出なかった。問題は――
(アイツの方が僕の最高速度よりずっと速い!!)
『アアアアァァァ!』
「っ!!――神様ごめんなさい!」
細い路地裏、その巨体が壁に阻まれて身動きが大幅に制限されていた時と違い、巨体を阻む壁をまるで草木をかき分けるように破壊して恐ろしい勢いのまま治ってしまった右腕を振り下ろす。
このままじゃ神様に当たると判断して神様を横に無造作に放り投げると同時に鎖が僕の胸に直撃する。今までに喰らったことのない全身に響く重みと厚みを感じる攻撃で吹き飛び数
「――ッガァ!?」
酸素が肺から全て無くなった。この間の10万ヴァリス位をつぎ込んでまだ2回くらいしか装備していない防具が一撃で半壊する。いや、もし今までのギルド支給の装備だったら恐らくガラスの様に砕けて僕の肌に直接あの鎖が当たっていただろう。
「ベル君!?」
「か、かみさま……逃げて……」
あのモンスターは神様を狙っている。すぐそばにいる神様が危険だ。そう思って何とか立ち上がると神様の危ないと言う声が聞こえた。何を言ってるんですか、危ないのは神様なんですよ。そう言おうとした時、シルバーバックは視界に見当たらず、神様は上を見ていた。
「えっ―」
『グァ!』
本当に奇跡的に、壁にぶつかった衝撃で揺れる視界のせいで立ち眩みを起こしてしまい3歩蹈鞴を踏んだところで上空からシルバーバックが両腕を振り下ろしてきた。振りぬかれた両腕は爆発的な衝撃を生み出し石畳を砕き地面に巨大な穴が空く。真隣からの爆風で僕の体は軽く吹っ飛んでしまい、近くにいた神様が駆け寄ってくる。あの3歩がなければ直撃で今頃……いや、それよりも神様じゃなくて僕を狙っている!!
「ベル君!しっかりするんだ!」
「だ、大丈夫です……まだ、動けます!」
ロミアスとの訓練という名の地獄の扱きに晒されていた体はレベル1冒険者にしては格段に耐久力が上昇しており頭、腕から血が流れている今でも立ち上がることは出来た。
僕はレッグホルスターから【ミアハ・ファミリア】印のポーション――慣れた手つきで1本の試験管の上部を破壊して中にあるマリンブルーの液体を流し込む。拭われる疲労感。体力が戻り全身の痛みも和らぎ、少し冷静になれた。ロミアスさんに回復を任せっきりだったら多分こんな早く補給できなかった。コルクを抜くか抜かずに飲むかなんて時間にして一瞬だが今はその一瞬が金よりも重い。
あのシルバーバックは
「神様、ここじゃ絶対に殺されちゃいます!もっと細い道に移動します!」
「べ、ベル君!駄目だ!ここは――」
「えっ?」
神様の切羽詰まった声に、戦闘だけに使っていた意識を取り戻す。この細道、抜けた先あるのは……このオラリオに存在するというもう一つの迷宮。度重なる区画整理で秩序が狂った広域住宅街。一度入ったら最後、二度と出て来られないとまで言われる住宅域。
「『ダイダロス通り』っ!」
『ウォオオオオ!!』
しかし迷ってる暇なんてない。いくら動作のつなぎが遅かろうと一度こちらに飛び掛かれてしまえば捕まってしまうのはこちらの方。眼下に広がる人工の迷宮に僕らは足を踏み入れた。
住宅街の中には石作りの粗末なバラックが所狭しと建っていた。人家の壁面には魔石灯が埋め込まれて淡い光を放っている。迷宮街と言っても身なりはメインストリート等でも見られるしっかりした格好の住人が勝手知ったるという風に歩いている。
彼等は急いで走ってきた僕たちに気付いて怪訝な目をした後に、その後ろからやって来る赤毛のシルバーバックに恐怖し悲鳴を上げて緊張が伝播する。逃げ惑う彼らを尻目に何とか逃げられる場所を探す。どうにか人が一人逃げられそうな路地を通り抜ける。しかし――
『グアァ!』
あんなに狭い路地でもお構いなしかよ!シルバーバックは腕を顔の前でクロスさせてあの路地を突っ切ってきた。
『グアアオオオオオ!!』
そして僕らを見て咆哮を上げる。
「っぅひ!?」
「……」
なんてことはないただの咆哮。先ほどの様に攻撃されたわけでもない。けれど僕の本能は何をやっても逃げきれない。死ぬぞ。早く逃げろと急かしてくる。シルバーバックの威圧からあのミノタウロスとの記憶が想起される。
思えばあの時からまだ1週間しか経っていない。僕はロミアスさんに戦い方を教えてもらって強くなった気でいたけど、やっぱりまだ駄目だ。あの時の酒場で言われた言葉が重くのしかかる。
――岐路に立たされた。眼前の敵は今の僕じゃ文字通り手も足も出ない。強敵なんていうのも烏滸がましい。絶対的な強者。僕を心配そうに見る神様。僕の、もう失いたくない家族。
(怖い――でも!)
ここで男を見せなくってどうするんだ!行けよ!アイツは僕に注目している!神様を逃がすなら今しかない!
「……神様、ごめんなさい!」
「っ待てベル君!」
「何とか、助けを呼んでください!お願いします!」
僕は神様を地面に降ろすと、シルバーバックに向かって走る。
(この距離なら、鎖は当たらない!)
僕が向かって来るのを見たシルバーバックは立ったまま迎える様に腕を振るう。よし、当たってない!これなら何とか神様を逃がせる!何度か腕に巻かれている鎖との距離感を保って小さな僕が唯一勝っている小回りを使い攻撃を躱す。先ほどの場所にはもう神様はいない。良かった。
そう思った刹那の思考。躱したと思った鎖が僕の方へ飛んでくる。まさか、腕についていた鎖を投げた?そんな、段々とぎこちなさが無くなっている――!
「ガァっ!!」
不味いと思って腕でガードするけど、シルバーバックの剛腕から放たれた鉄の塊はいとも容易く腕のプロテクターを破壊して腕に信じられないほどに鈍い衝撃を与える。それと同時に背中から地面に叩きつけられて意識が遠のく。意識が消える直前に見たのはこちらににじり寄って来る燃えるような紅い眼をしたシルバーバックの姿だった。
――side ヘスティア――
「何とか、助けを呼んでください!お願いします!」
ベル君はボクを置いてあの怪物に立ち向かっていった。助けを呼んでる時間なんてないだろう!ボクの眼にはどうなっているかすらもう分らないほどの激戦が繰り広げられていた。もし彼の事をレベル1のステイタスも貧弱な少年だって言っても誰も信じやしないだろう。でも分かる。このままじゃ直ぐにベル君は負けてしまう。本当は抱きしめてでも止めたかった。でももしあの時少しでも止めるそぶりをしていたらベル君は止まってしまい、あのモンスターの攻撃が直撃してしまうかもしれないと思ってどうする事も出来なかった。
(打開策は……)
ボクは今日一日ずっと持っている袋を睨みつける。この中にはロミアス君がボクに作ってくれたドレスとベル君のために作ってもらった
あの日の、神々の宴の日にヘファイストスに交換条件で作ってもらった武器。ボクはヘファイストスと二人で宴を抜け出してここは【ヘファイストス・ファミリア】、北西のメインストリート支店。ヘスティアが先ほどまで着ていたドレスを繁々と職人の目つきで穴が空くほど見ているのは紅髪紅眼の女神、この【ヘファイストス・ファミリア】の主神、ヘファイストスその神である。
『そ、それで交換条件ってのはなんだい?』
ヘスティアが場違いそうにその小さい体を更に妙に縮こまりながらヘファイストスに確認する。何故ヘスティアがここまで委縮しているかと言うと今のヘファイストスが滅茶苦茶怖いからである。
『あんたのこのドレスを作ったっていうロミアス。その子供を私に紹介すること。絶対ね』
『ええ?しょ、紹介するだけだよ?ボクの可愛い眷属なんだから引き抜きとか断固拒否!』
『あのねぇ……』
呆れた様にヘスティアを見るヘファイストスはまあいいかと姿勢を直してヘスティアに向き直る。でも―と。
『正直言ってなんであんたが眷属の子に武器を?言いたくはないけどそのロミアスって人間、十中八九鍛冶が出来るわよ。それも恐らく今の
『ロミアス君は、確かにボクの眷属でベル君に色々教えてくれている。でも、ボクは何にも出来ていないんだ。ボクが作ってほしいって言ったベル君は、ボクの眷属に初めてなってくれた子で、ロミアス君みたいに今までに何か成したわけでもない普通の可愛い人間だったんだ。でも、今あの子は変わろうとしている。一つの目標を見つけて、本当に高くて険しい道のりを走ろうとしているっ!そうだ、恐らくロミアス君に頼ってしまえば楽だろう!でも僕はこれでも彼らの親だ!少しばかり神らしいことをしてあげたいんだ!あの子が頑張っているのにボクだけがのうのうと養ってもらうなんてことは出来ない!だからせめて、武器を、その険しく辛い道のりを切り裂いてくれる武器が欲しいんだ!』
涙目になりながら己の心の内を吐露するヘスティア。最後はヘファイストスに項垂れる様に頭を下げて弱弱しく口を開く。
『ボクは、何かしてあげたいんだよ……』
ヘスティアのその姿を見てハァと息を吐くとくるりと踵を返して部屋の奥にスタスタと歩いていく。ヘスティアは己の罪を告発される囚人のような気持で待っているとギィと何かの扉が開くような音が聞こえた。
『何突っ立ってんのよ、作るんでしょ?その子の武器』
『う、うん!ありがとう!ヘファイストス!』
『元々作るって約束だったでしょう?全く、で?あんたの子供が使う得物は?』
『ナイフだけど――と、そうだった。ロミアス君からもしも交渉に成功しなかったらって預かってたものがあったんだ』
ヘスティアはそう言いながらドレスに隠していたハンマーを取り出した。ヘファイストスはそんなところに隠し場所があったのかと驚いていた。でも交渉は失敗していないし良いかと思ったところヘファイストスが怪訝な目でこちらを見ていた。
『な、なんだい?ボクはハンマーを受け取っただけだぜ?』
『いや、それはわか……ん?』
それを見た鍛冶の神が激昂するがそれは別の話。ともあれベル・クラネルの武器は完成した。
『いーい、ヘスティア?よく聞きなさい』
『このナイフはあんたが【
ヘファイストスが材料のミスリルと謎の石を鍛える横で、ヘスティアが【ステイタス】の加工を施した武器、それが≪ヘスティア・ナイフ≫。
漆黒の刀身に隙間なく【
『つまり、『
ナイフと同じ、ヘスティアの『恩恵』を授かったものにしか使いこなせない、武器としては致命的な欠陥を持った不良品だとヘファイストスは語る。
『今のままじゃこの武器はどの武器よりも貧弱よ。あんたの子供に渡ってから初めて息づいて、共に育っていく』
『全く、勝手に至高に上り詰めるくせに真価を発揮するために使い手を選ぶなんて武器、邪道も邪道よ。もうこんな武器作らせないでね』
そう言いながら達成感を感じさせる顔をしてもう寝るわ。という
(この武器なら、何とかなるかもしれない。問題はベル君がどこまで強くなっているか、でもボクは信じるよ。君たちを)
そう思いぎゅっと握りしめるが肝心なのはどうやって渡すかだ。しかも渡した後にステイタスの更新も必要になって来る。そんな時間をあのモンスター相手に稼げるのか?
悠長なことを考えていると、あの場所からドカンと何かが地面に叩きつけられたような音がした。まさか、そう思っていると頭から血を流してぐったりと倒れる白い髪の少年が見えた。
「ベル君!!」
赤毛の怪物は愛する自分の眷属ににじり寄っている。まるで食後のデザートをゆっくり味わうかのように先ほどの俊敏な動きとはかけ離れている。ボクは頭に血が上ってモンスターに何度も石を投げる。何度か頭に当たるがこちらをチラリと見て興味を失ったようにベル君の方へ向き直った。
「おい!ボクがお望みじゃ無かったのか!おい!ベル君から離れろよ!」
何を言っても無駄だ。何をやっても無駄だ。そう思ったとき、本当に意味の分からないことだが思いついた。阿呆な発想だ。まっとうな神、いや知的生命体なら先ずやらない。でもここで彼を失うくらいならやらないよりもマシだと思った。
「うおおお!!」
シルバーバックが白い少年に詰め寄っていると隣から猛る声が聞こえた。又かとそちらを一瞬振り返ると真っ白な光が自分の視界を覆った。遅れて脳に信号が流れ自分はもの凄い眩しいものを見せられたのだと理解した。
『ギエエエエエエェエエエエ!!!?』
ヘスティアが自分の服がゴテゴテしていないことに心底感謝して投げたそれは数個の魔石光。壁にいくつか設置されたそれを拝借して威力を最大にしてシルバーバックに投げつけた。結果は成功。そのモンスターの眼を一時的に潰すことに成功する。シルバーバックは眼を手で覆い数歩下がる。その隙に本来その非力な腕力では抱える事も出来ない少年を背負ってその場から逃走した。
「――ん!」
「―ルくん!」
「ベルくん!!」
声が聞こえる。神様の声だ。ああ、僕死んじゃったんだっけ?でもなんで神様もいるんだろう?もしかして間に合わなかったのかな、でも神様は下界から還るんじゃなかったっけ?じゃあここはもしかして天界なのかな?
「何馬鹿なこと言ってるんだいベル君!ここはバリバリのオラリオだよ!!」
「っ!?――か、神様!?」
びっくりして顔を上げるとそこには深い青色を下地に煌びやかな宝石で彩られたドレスを着た神様がいた。神様はこんな凄い服持っていないはず……あれ?じゃあここは天界?
「だからオラリオだよ!ベル君このドレスはロミアス君から……って!こんなこと言ってる場合じゃなーい!」
「はっ!?そうでした!シルバーバックは!!?」
「今滅茶苦茶追われてるんだ!何とかしないと不味いことになる!」
神様は僕を背負ったまま迷宮街を駆け回って良いところがあったとトンネルの中に入る鉄格子は閉めない。意味がないから。
「なんとかって――」
「君が倒すんだ!」
「――っ!」
「このままじゃボクらは仲良くお陀仏だ。だからステイタス更新をする!今から強化する君の力をあのモンスターにぶつけてやるんだ!なぁに、攻撃はなんとかなる!多分!」
「で、でも神様、無理ですよ……少し強くなったからって、例え攻撃が通るようになってもあいつの動きに僕が付いていけません。だんだんと隙が無くなっているんです。恐らくもう……」
僕ではスピードに付いていけなくなっている。【ステイタス】が多少加算されたところであの動きについて行ってナイフを当てるようなことが出来るとは思えなかった。ロミアスさんが日頃速度が一番大切と言っている理由が分かった気がした。
「ベル君、君はいつからそんな卑屈なやつになったんだい?ちょっと前だったら運命の出会いとか馬鹿なこと言ってダンジョンの奥に潜っていったじゃないか。あの時の能天気な君は、目標を見つけてひたむきに突っ走っていた君はどこに行っちゃったんだい?」
僕を降ろしながらさも軽い調子で僕に話しかける。
「それにあんなの早くもなんともないだろう?いつもロミアス君と稽古しているんだから」
「いえ、ロミアスさんは……」
そうだ、ロミアスさんはいつも僕より遅い速度で僕よりも早く攻撃を当てていた。あれは何でだ?ロミアスさんは言ってたはずだ。『無駄が多い。俺が1の動作で出来ることをクラネル君は20くらい使ってるからここで先ず20倍の差が生まれているんだよ。あと俺から向かってないのもある』
あのシルバーバックの動きは、無駄が確かに多い。あれは何でだろう?急に身体能力が上がったから?それもあるかも知れないけど、もしかしてあのシルバーバックは
「ボクは君の事を信じているぜ!こんなの『冒険』のうちにも入りやしない。冒険者ベル・クラネルならあんなモンスターちょちょいのちょいさ!」
「神様……」
「今、君は自分を信じれていないかもしれない。なら、代わりに君を信じているボクを信用してやってくれないか?」
神様の言葉と笑顔に泣きそうになりながら神様の言葉にはいと答える。自分でもわかるくらいに涙声だったが神様は気にしていないようにほら、早く脱いでと僕を急かした。
あのモンスターがいつ出てくるか気が気でなかったがベル君が自分の着ていた服を別の道に投げてくれたおかげで匂いがしたのかシルバーバックはその道に向かっていった。でも直ぐにバレるだろうからボクは一瞬でも早くステイタスを更新していった。
(早く早く早く早く!!!!)
心臓の音が五月蠅い。額から滴り落ちる汗が鬱陶しい。そもそもこんな考えが鬱陶しい。ベルに≪ヘスティア・ナイフ≫を握らせて
ヘスティアのその手は淀みなく最小限の動きで行われた。
(問題はどのくらい伸びているか!頼むぜロミアス君!)
それと癪に障るがヴァレン何某への思いで開花したスキル【
「神様、来ました!」
「っ!」
トンネルを進んだ先にある居住区、そちらからあの赤毛のモンスターが陽光を背にこちらに猛追してくる。衝突まで後数秒と行ったところで【ステイタス】の編纂が終了した。
ベル・クラネル
Lv. 1
力 :G231→SS1152
耐久:H176 →SSS1343
器用:G265 →SSS1674
敏捷:E421 →SS1168
魔力:I0→I0
魔法【】
スキル【
(は?)
ヘスティアはいや、なんだこの上昇幅とかアビリティSSってなんだよとか新しいスキルがあるとか色々言いたいことはあったがぐっとこらえて己の眷属の背中をパシッと叩いた。
「さあ!行くんだベル君!!」
「さあ!行くんだベル君!!」
神様にその言葉を言われたと同時に僕はシルバーバックに向かって走り出していた。3日間もしていなかった【ステータス】更新。感覚で分かる。今の自分は前の自分よりもずっと速いことに。そして。
「ふっ!!」
『ガァア!!』
これだけのステイタスをもってしてもシルバーバックにスペックで負けていることを。交錯は一度、シルバーバックからの殴打を何とか避ける。
本当に自分があのモンスターを打倒できるのか、いまだに怪しい。でも……こんな自分は信じれなくても、神様の言葉なら信じられる。ロミアスさんの訓練は絶対に裏切らない。
己の愚直なまでの思いを引き金にもう一度弾丸のように走る。
先ほどまでとは比べ物にならない速度にシルバーバックも上手く攻撃を当てることが出来ずに右腕の攻撃を掻い潜られる。そしてベルはそのまま≪ヘスティア・ナイフ≫で手首を切りつける。軽く振ったナイフはあまりにも軽く空気を撫でるように手首を切り裂き、赤い花を地面に描く。
「凄い……これなら」
『グアアアアオオ!!』
しかし、シルバーバックは強化種である。少し経つと噴水の様に流れた血はポタポタと数滴落ちて止まった。異常なまでの再生能力。しかも傷がついたと思ったらすぐにバックステップでこちらから距離を取る。あのモンスターを倒すには、魔石を破壊するか再生も間に合わない速さで倒すしかない。
『グガアァアア!!!』
シルバーバックがもう一度やって来る。危険だと判断して横に大きく避ける。振るわれた腕が石畳に当たり砕け散る。
恐らく折れている。ズキズキと熱く痛む右腕に≪ヘスティア・ナイフ≫を左手に『襲影の刃』を持った。息を吸う。
『この技はクラネル君だったら使えるかもしれない』
シルバーバックと対峙しながらロミアスさんから言われたことを思い出す。
『戦技レベルが16を超えたものに使える奥義って程じゃないけど、強い技。必須な技』
ロミアスさんの動きを自分に落とし込む。あの日の光景を僕は一度たりとも忘れたことはない。
『一度に8方向へ斬撃を浴びせるイルヴァの世界の戦士の原点にして頂点』
焦れたシルバーバックがこちらに両腕を上げて襲い掛かってくる。僕よりも素早い。恐ろしい身体スペックから生み出される速度。
――でも、遅い。動きが雑だ。その腕が僕を掴む前に僕はシルバーバックの懐に潜り込んだ。シルバーバックがそれに驚いている間にこちらの予備動作がすべて終わった。
成程、極限状態で何故自分がロミアスに負けていたのかを悟る。無駄な踏み込みだ。遅い反応だ。そして、攻撃が線をつなぐように出来ていなかったんだ。今みたいに前に出ると同時に攻撃準備を終わらせれば、そのまま攻撃を叩き込める!
『その技能の名前は――』
「スウォーム!!!」
戦技、スウォーム。戦技レベル16から使用することが出来る物理戦士の技。単純に言えば全方位に己が持つ武器の攻撃判定を出す技であり、今持っている2本のナイフによりシルバーバックは一瞬にして16もの黒い斬撃を一身に浴びた。
『――』
両目を限界まで剝き、声にならない絶叫と共に地に伏すシルバーバック。しかしその再生力を頼りにまだ立ち上がろうとした瞬間、その首を漆黒のナイフが狩り取った。
一瞬の静寂ののち、モンスターの体がボロりと崩れ始める。すべての体が塵に帰り風で運ばれた後に、残ったベル・クラネルは石畳の上に座り込んだ。
『――――!!!』
歓喜の声が迸った。ベルとシルバーバックの死闘を見ていたダイダロス通りの住民たちだ。先ほどまでは知らぬ存ぜぬの彼等だったが少年が強敵に打ち勝つと手のひらを返して歓声を上げた。
「ベルくーん!!!」
そしてその少年が豪奢なドレスに身を包んだ見目麗しい女神に抱き着かれたものだから興奮は最高潮だ。ベル・クラネルは自身を讃え、からかい冷やかす声に若干困り眉を上げつつも笑顔で答えた。
「神様、僕。やれました!」
「ああ、流石だよベル君!それにあのスキル名!ベル君!やっぱり君は僕の事をそんなにも――」
歓声によって少年は女神が何を言っているか上手く聞き取れなかったが笑顔で対応していたところ右腕の痛みが最高潮に達したため観衆に別れを告げてギルドに向かって走るのであった。
Q 【ガネーシャ・ファミリア】はシルバーバックの事知ってたの?
A 知ってました。ただロミアスが余りにも容易く対処するためほなそんな強くないかぁと思ってました。レベル2なら苦労せずに勝てると思ってました。つまりロミアスのせいです。
Q あの女神どうしたの?
A いつ助けようかオロオロしてました。だって普通っぽいシルバーバックが真っ赤になって強くなるとか思わんやん。つまりロミアスのせいです
【超越果断】
・早熟する
・意志が続く限り効果持続
・意志が高いほど効果向上
・異界の技、術を扱うことが可能になる
ロミアス「モンスターにスウォームで16連撃当てて勝った?知らん……何それ……怖……」