本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。 作:bookworm
「どうせ死ぬなら、本に埋もれて死にたい……」
そんなことを冗談交じりに思ったことはあった。でも、まさか本当に本に埋もれて死ぬとは、夢にも思っていなかった。しかも、図書館の司書になる夢が叶ったばかりだったというのに。人生の幕がこんな形で下ろされるなんて、皮肉もいいところだ。
けれど、まだ足りない。読み足りない。もっとたくさんの本を読みたい──。
「神様、お願いです。来世でも本を読ませてください。今度こそ、図書館の司書になりたい……」
意識が薄れていく中、そんな願いを胸に秘めた。
*
ふかふかの天蓋付きベッド。目が覚めた時、わたしは、目の前の光景に目を見張った。ベッドは大きく、豪華な天蓋が頭上にかかっている。周囲の装飾はまるでヴィクトリア朝時代のような美しいデザインで、見たこともないほどの贅沢さに包まれていた。
「……もしかして、天国?」
わたしは思わずそうつぶやいた。死んだという自覚はある。しかし、もしここが天国なら、本がどこかにあるはずだ。頭の中で一番先に思い浮かんだのは、やはり「本」のことだった。
「本はどこに……」
ゆっくりとベッドから身を起こし、周囲を見渡すと、すぐ近くの棚に数冊の本が並べられているのが目に飛び込んできた。心が跳ねる。そこにある本の背表紙には、見たことのないタイトルが並んでいた。
『吟遊詩人ビードルの物語』
英語で書かれたその本を手に取った。見覚えのないタイトルだが、どこかで聞いたような気もする。わたしはその本をパラパラとめくり、ページを流し読み始めた。タイトルが英語なら、内容も英語だろうと予想していたが、思った通りだった。簡単な英語だが、ところどころ見慣れない単語が混じっている。
「……英語、か……?」
その瞬間、わたしの意識に声が割り込んできた。
「マイン、ローゼマイン!」
その声にようやく我に返り、顔を上げる。声のする方向を見ると、金髪の髪を持つ男がこちらを心配そうに見つめていた。その瞬間、頭の中に不意に、押し寄せるような記憶の洪水が襲ってきた。体が震え、視界が揺れる。まるで、数年分の記憶が一気に詰め込まれるような感覚だった。
「おとうさま……?」
不意に、口からその言葉が漏れた。記憶の中の彼──父親だと感じる人物が、今目の前にいる。混乱の中、ローゼマインという名前が自分のものであることも理解した。
「何度呼んでも返事をしないから、心配したぞ」
彼が話しかける言葉は英語だが、わたしにとってそれはまるで母国語のように自然に理解できた。だが、一方でずっと学校で学んできたアメリカ英語とはどこか違う、イギリス英語らしい響きにも感じられる。頭の中は大混乱だ。
「体調は良くなったか?」
彼の問いかけに、わたしは曖昧に頷いた。だが、頭はまだ痛んでいる。どうやら転生したのは確かだが、状況を完全に飲み込むには時間が必要だった。
「頭が……痛いです」
口から出た言葉は、自分でも驚くほどきれいな発音の英語だった。わたしの前世は生粋の日本人だというのに、今この口から出ているのは、まるで長年話してきたかのような流暢な英語だ。
「後でドビーに薬を持って来させよう」
「ドビー……?」
その名前に、さらに奇妙な記憶が脳裏に浮かんできた。ドビー─―どうやらこの家に仕える「ハウスエルフ」らしい。それが何なのかはよく分からないが、記憶の中に当たり前のように存在していた。父が退出すると、どっと力が抜けてベッドにまた寝転んだ。
「ハウスエルフって……何……?」
混乱しながらも、わたしは自分が今、異なる世界で生きているのだということを痛感していた。転生した先は、どうやら普通の世界ではない。何もかもが未知の世界。それでも、わたしの頭の中にある一つの欲求だけは、変わらなかった。
「本さえあれば……」
心の中でそう呟き、再び手元にあった本に視線を戻した。今いる場所がどこであろうと、本さえあれば、きっとどうにかなる──
ふかふかのベッドから起き上がり、まだ少しぼんやりとした頭を抱えながらわたしはこの新しい世界の現実を理解しようとしていた。生前の記憶と、ここでの新しい自分──ローゼマインとしての記憶が奇妙に混ざり合っている中、外から控えめにノックの音が聞こえてきた。
「……マイン、入ってもいいか?」
低く、少し冷たい響きを持つ少年の声が聞こえた。戸惑いを覚えながらも、わたしは静かに「どうぞ」と答えた。
マインというのはわたしの愛称のようだ。
ドアがゆっくりと開き、そこに現れたのは、父親と同じブロンドの髪をした少年だった。鋭い目つきで、どこか気取った表情をしている。彼の姿を一目見るなり、わたしの中に再び記憶が溢れ出した。
「お兄さま……」
彼が、自分の兄であることを理解するのに、そう時間はかからなかった。ドラコ・マルフォイ──その名は、記憶の中で何度も聞いたことがあった。けれど、実際に会うのはこれが初めてだ。
わたしを見つめるドラコは、じっくりと妹の顔を観察するようにして一歩近づいた。彼の目には、どこか厳しい期待と不安が入り混じっているように見えた。
「お前、少し顔色が悪いな。まだ具合が悪いのか?」
わたしは、まだ混乱している頭を振りつつ、頷いた。
「うん……ちょっとね。でも大丈夫、すぐ良くなると思う」
わたしの言葉に、ドラコは少し眉を寄せた。何か言いたそうに唇を動かしていたが、結局何も言わず、ただ腕を組んでわたしを見下ろしていた。
「父上と母上が、お前の具合を心配している。特に父上は、すぐにでも癒者を呼びたいと言っているよ」
「そう……おとうさまが……」
わたしは自分の父親を自然と「おとうさま」と呼んでいた。その響きが今の自分に不思議と馴染んでいることに気づきながらも、どう返答すべきか迷っていた。ドラコの鋭い視線を感じる中、何とかその場を保とうと努めた。
しかし、次の瞬間、ドラコがふっと小さく笑みを浮かべた。
「僕も妹には元気でいてほしい。何か欲しいものがあったら持って来させよう」
父親と同じように自分では取りに行かず、人に物を取って来させるつもりのようだ。こういうところが金持ちの坊っちゃまらしい。
「もっと本がほしい」
本棚にある本はどれもローゼマインが読み聞かせしてもらったことある本だ。また自分で読むのもいいが、他にも何があるのか気になる。
「ドビー」
「はい、お坊っちゃま」
目の前に突然、瞬間移動のように記憶の中のハウスエルフが現れた。ハウスエルフは見たことないような奇妙な姿をしていて、小さく、汚い布を体に巻きつけていて、わたしは思わず声を出してしまった。
「ひゃっ!」
「どうしたんだ。ドビーを見るのは初めてじゃないだろ?」
「突然現れたからちょっとびっくりして……」
ドラコは釈然としないような顔をしていたが、ドビーに向き直り命令する。
「僕の部屋から妹が読めそうな本をいくつか持ってきてくれ」
「かしこまりました」
またドビーが瞬間移動のように姿を消す。
「お兄さま、ハウスエルフってなんであんな汚い服を着ているんですか?」
「父上が言うには、ハウスエルフは服を与えるとクビってことになるから与えられないみたいだ」
じゃああの汚い格好のまま本を触るってこと?
想像しただけでゾッとして体を身震いしてしまう。ドラコは心配そうにこちらを見ている。
「あの、ドビーにもう少し清潔にできないかお願いできませんか?」
「お願い? ハウスエルフなんだから命令すればいいだろ」
どうやらハウスエルフには「お願い」するものではないらしい。
そういえばドビーは瞬間移動みたいに出てきたような……この世界ってもしかして魔法ある?
「お嬢様、持ってまいりました」
また前触れもなく突然ドビーの顔が見えなくなるくらい大量の本を抱えて戻ってきた。
「ありがとう、ドビー」
「マイン、ハウスエルフにお礼は必要ない」
ドラコがぴしゃりと言う。彼が言うのならそれがハウスエルフに対するこの世界の常識なのだろう。
「あの、ドビー。もう少し服とか清潔にできない? お風呂とかどれくらい入ってる?」
ドビーが目をまんまるにして無言になる。
あ、いくらなんでも失礼な言い方だよね。やっちゃった。
「ハウスエルフがお風呂……?」
横でドラコが首を傾げている。どうやら失礼以前の問題だったみたいだ。
「ハウスエルフはお風呂に入らないの?」
「ドビーはお風呂に入ったことがありません。ドビーは週に一回冷たい水で体を洗っています」
ドビーがそれが当然という顔で言った。
「週に一回だけ⁈」
麗乃時代だったら考えられない頻度だ。日本人なら高頻度でお風呂に入る人が多いと思う。
「せめて2日に1回は洗ってほしい、かな」
「そんな……ご主人様方と同じ頻度なんて」
ドビーの言葉にわたしはさらに顔を顰めた。
ええ、みんなそんなに入ってないの?
ここの人そんなにお風呂好きじゃないのかな。
「本が汚くなるのが嫌なの。お願い」
「お願い……? お嬢様がドビーにお願いを……?」
お願いと言った瞬間、ドビーが壊れたロボットみたいな反応になった。ドラコの言うように「お願い」は言わない方がよかったかもしれないと少し後悔する。
「服もこまめに洗濯してほしい。だって、本が汚くなるでしょう?」
「しかし、ご主人様が聞いたらなんと思われるか」
「お兄さまから言ってもらえる? わたし本が汚くなるのが許せなくて」
「あ、ああ……マインがそう言うなら」
やったね! これで気兼ねなく本が読める!
ドラコは不思議そうな顔でわたしを見ていたが、わたしはあまり気に留めずにドビーが取ってきたばかりの本を読み始めた。
見たことない単語も多いが、全く読めないというほどではない。知らない単語はドラコに聞くと教えてくれた。
わたしは転生というものを味わって不安ではあったが、この世界でも本が読めるということですっかり安心して読書を満喫した。