本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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番外編 マルフォイ家の家族会議⑨

 

 新学期が始まったばかりだというのに、マルフォイ家にはまた、外へ出せない客が増えていた。

 

 外へ出せない客。

 

 マルフォイ家では、近頃それが客人の分類として普通に存在している。

 

 招待客。取引相手。親族。外へ出せない客。

 

 由緒ある純血の屋敷として、あまりに嫌な発展だった。

 

 しかも今回は、客人の分類がさらに面倒だった。

 

 死んだことにされた男。

 脱獄した作家。

 そして、ロウル家から来たという見慣れない少女。

 

 ルシウス・マルフォイは、暖炉のそばに立つ少女を一瞥した。

 

 年はホグワーツを卒業して少し経ったくらいだろうか。黒いローブは上質だった。銀色がかった髪の先だけが、青く染めたように光を含んでいる。

 

 妙な娘だった。

 

 初めて来たはずの屋敷で、居場所を探すそぶりがない。

 客間の椅子に座るでもなく、壁際に立つでもなく、暖炉の横、ちょうど会話を聞き取れて、なおかつ邪魔にならない場所を選んでいた。

 

 まるで、そこが自分の立ち位置だと知っているように。

 

 ルシウスは、その考えをすぐに追い払った。

 最近のマルフォイ家では、考えない方がよいことが多すぎる。

 

「バーティ・クラウチ・ジュニアは死んだ」

 

 闇の帝王は、暖炉の前で静かに言った。

 ルシウスは、顔色を変えなかった。

 

 変えなかっただけで、胃は変色していた。

 

「左様でございますか」

 

「魔法省にはそう思わせてある」

 

 ということは、死んでいない。

 

「それは、たいへん結構なことで」

 

 まったく結構ではない。

 

 死人扱いの男を自宅に置くなど、結構から最も遠い。しかも相手はバーティ・クラウチ・ジュニアである。忠誠心と実務能力と精神的な危うさが、最悪の配合で煮詰められた男だった。

 

 その男は、今、マルフォイ家の絨毯に膝をついていた。

 

「我が君……! この身を再びお使いいただけるとは!」

 

 感激していた。

 死んだことにされているのに。

 

 ルシウスは思った。

 

 死んだことにされても喜べる者は、死喰い人としては優秀だが、同じ屋敷に置くには向いていない。

 闇の帝王は満足げにうなずいた。

 

「お前に新しい仕事を与える」

 

「何なりと!」

 

「ポリジュース薬の準備をしろ」

 

 バーティの顔が、一瞬だけ止まった。

 

 本当に一瞬だった。

 だが、ルシウスは見た。見てしまった。そして見てしまった以上、少しだけ同情した。

 

「……また、でございますか」

 

「不満か?」

 

「いえ! まさか! 光栄でございます!」

 

 バーティは勢いよく頭を下げた。額が絨毯にぶつかった。マルフォイ家の絨毯は高級なので、忠誠心でへこまされる筋合いはなかった。

 

「ただ、ポリジュース薬は作るのに一か月ほどかかります」

 

「その程度は構わぬ」

 

「材料の調達にも、少々お時間が……」

 

「セブルスがどうにかする」

 

 ルシウスは心の中でセブルス・スネイプに手を合わせた。

 

 闇の帝王の前に、否はない。

 

 あるのは、はい、ただちに、喜んで、死んでも、死んだことにされても、の五種類である。

 

「対象は」

 

 ルシウスは聞きかけた。

 闇の帝王が、ゆっくり視線を向ける。

 ルシウスは口を閉じた。

 

 知らない方がよいこともある。特に最近のマルフォイ家では、知らない方がよいことが増えすぎて、知らないことで屋敷が埋まりそうだった。

 

「詳細は追って伝える」

 

「承知いたしました」

 

 バーティは嬉しそうに背筋を伸ばした。

 

 仕事の内容が分からないのに嬉しそうだった。

 忠誠心というものは、時々、理解力を置き去りにする。

 

 闇の帝王は、テーブルの上に置かれた羽ペン通信全国版を手に取った。

 紙面には、空飛ぶ車とオートバイが大きく載っていた。

 

 アーサー・ウィーズリー。シリウス・ブラック。ローゼマイン。ハリー・ポッター。その他、読んでいるだけで胃に悪い名前が並んでいる。

 ドラコがいなかったのだけが救いだった。

 だが、ローゼマインの名前がくっきりと書かれていた。

 ルシウスが何か言うより早く、ドビーが銀盆を持って現れた。

 

「ご主人様、胃薬でございます」

 

「まだ何も言っていない」

 

「ドビーは先読みのできるハウスエルフでございます」

 

「黙れ」

 

 ドビーは震えながら胃薬の瓶を置いた。水も添えてあった。匙もあった。追加の胃薬の瓶まであった。

 

 ナルシッサが静かに言った。

 

「あなた、飲んでおいた方がよろしいわ」

 

「シシー」

 

「飲んで」

 

 ルシウスは飲んだ。

 

 闇の帝王は紙面を眺め、ふっと笑った。

 

「退学になってもおかしくない騒ぎだな」

 

「そうでございますな」

 

「だが、ダンブルドアは処分を下さぬ」

 

 ルシウスは眉をわずかに動かした。

 

「なぜそうお考えに?」

 

「この者たちは、わざわざダーズリー家へ戻ったとある」

 

 闇の帝王の指が記事の一文をなぞった。

 

「戻らせたのだろう。そこには何らかの守りがある。血、家、母親の残したもの。ダンブルドアの好みそうな古い守護だ」

 

「では、ハリー・ポッターをホグワーツへ戻してよろしかったのですか」

 

「構わぬ」

 

 闇の帝王は、実に穏やかに言った。

 

「ハリー・ポッターは、ヘンリー・ポーターの物語を事実だと信じている。あの本は彼に、ダンブルドアを疑わせる材料を与えた。人は、自分の物語を説明してくれるものを信じたがる」

 

 ルシウスは、胃薬の効果が遅いと思った。

 

 ヘンリー・ポーター。

 

 闇の帝王がロックハートに書かせている、魔法界でもっとも胃に悪い児童文学である。

 

「本はよい」

 

 闇の帝王は言った。

 

「人は、自分で考えたと思いながら、誰かの書いた行に従う」

 

 バーティが感動していた。

 

 ルシウスは感動しなかった。

 

 暖炉の横の少女だけが、少し顔を上げた。

 銀色がかった髪の先が揺れる。

 

 その目は闇の帝王を見ていた。

 

 崇拝ではない。

 恐怖でもない。

 

 何かを確かめるような目だった。

 

 ルシウスは、胃薬をもう一口飲んだ。

 

「その通りですとも!」

 

 ギルデロイ・ロックハートが現れた。

 

 現れてほしくない時に現れる才能において、彼は魔法界でも屈指だった。

 暖炉の横の少女が、初めてはっきりと表情を変えた。尊敬の眼差しをしている。

 

 少女は、胸元に抱えていた本を指先で押さえた。革装の表紙には、金文字で『ヘンリー・ポーターと賢者の石』と刻まれている。角が少し擦り切れるほど、何度も開かれた本だった。

 

 ルシウスは、それを見てしまった。

 ロックハートの本を、擦り切れるまで読む者がいる。

 魔法界はもう駄目かもしれない。

 

「物語には力があります! 特に私の筆による物語には! ああ、もちろん我が君の崇高な構想あってこそですが、読者の心をつかむには、輝き、涙、誤解、和解、そしてほどよい章末の引きが必要なのです!」

 

 ルシウスは目を閉じた。

 

 閉じてもロックハートの声は消えなかった。

 

「ロックハート」

 

 闇の帝王が言った。

 

「はい、我が君!」

 

「羽ペン通信ホグワーツ版で新しいコラムが始まったのは知っているか?」

「い、いえ……ホグワーツ版までは追えておらず」

 

 闇の帝王は別の紙面を広げた。

 

「『つまり、ハリー・ポッターは英雄なのか?』。ロン・ウィーズリーのコラムだ」

 

 ロックハートの笑顔が、ぴしりと固まった。

 

「……ロン・ウィーズリー?」

 

「ハリー・ポッターの親友だ」

 

「親友」

 

 ロックハートはその単語を、まるで自分の本棚に虫が湧いたかのように聞いた。

 

「親友による英雄論ですか。なるほど、なるほど。実に危険ですね」

 

 ルシウスは少し意外に思った。

 ロックハートがまともなことを言った。

 

「親友の証言というものは、読者に信じられやすい。涙ぐましい日常、くだらない失敗、本人しか知らない癖。そういうものは、英雄を人間に戻してしまいます」

 

 やはりまともだった。

 

 ルシウスは警戒した。ロックハートがまともな時は、次に必ず何かが台無しになる。

 

「ですから、私が対抗しましょう」

 

 来た。

 

「対抗?」

 

 闇の帝王が聞いた。

 

「ええ! 著者自らによる公式解説です。題して、『なぜヘンリー・ポーターは英雄でなければならないのか』。あるいは『親友は英雄を知らない』。いや、もう少し柔らかく、『英雄の真実を知る者より』でもいい」

 

「長い」

 

「では、『英雄の真実』」

 

「ありきたりだ」

 

「『ヘンリー・ポーター公式読本』」

 

「お前の名前が大きすぎる」

 

「まだ表紙を見ていないのに、なぜお分かりに?」

 

 ルシウスは胃薬をもう一口飲んだ。

 闇の帝王は楽しげだった。

 

「ロン・ウィーズリーの文章には価値がある」

 

 ロックハートが露骨に嫌な顔をした。

 

「ウィーズリーの文章に?」

 

「英雄を神話から引きずり下ろし、人間に戻す視点だ」

 

「それは、私の築いた美しい構造を壊します」

 

「使い方による」

 

 闇の帝王の声が静かになった。

 

「人間らしい英雄ほど、読者は信じる。彼の言葉は反論にもなる。だが、少し向きを変えれば、ダンブルドアが少年を利用した証言にもなる」

 

 ルシウスは嫌な予感がした。

 

「ルシウス」

 

「はい」

 

「資金を用意しておけ」

 

 それだけだった。

 

 何に使うのかは言わなかった。

 だが、言われない方が胃に悪かった。

 

「相応の額を」

 

「承知いたしました」

 

「文化には金がかかる。いっそのこと、燃やしてしまったほうがたやすいかもしれない」

 

 ルシウスは、文化という言葉が嫌いになった。

 

「燃やす必要は、ないのではありませんか」

 

 ふいに、暖炉の横から声がした。

 

 部屋の視線が、見慣れない少女に集まった。

 

 ロウル家の娘だという少女は、少しも怯えなかった。むしろ、自分が口を開く時を待っていたように、静かに一礼した。

 

「何を言いたい?」

 

 闇の帝王が言った。

 

 声に咎める響きはなかった。

 むしろ、続きを促していた。

 

「意見があるなら言え」

 

「はい」

 

 少女は、紙面に目を落とした。

 

 ロン・ウィーズリーの署名。

 

 そこだけを見ていた。

 

「ロン・ウィーズリーの文章は、消せば価値が上がります」

 

 ロックハートが眉を上げた。

 

「価値が?」

 

「燃やされた原稿。禁じられた証言。圧力を受けた親友の手記。そういうものを、読者はありがたがります」

 

 少女は、淡々と言った。

 

 若い娘の発想ではない。

 

 少なくとも、ルシウスが知る若い娘は、出版物を燃やしたあとの流通価値についてそんなに滑らかに語らない。

 

「なら、出版させればよろしいのです」

 

「出版させる?」

 

 ロックハートが不愉快そうに聞き返した。

 

「ええ。ただし、少しだけ遅らせて、少しだけ直して、少しだけ曖昧にする。白銀卿を否定する文章ではなく、白銀卿をめぐる混乱の証言に変えるのです」

 

 白銀卿。

 

 その名を口にした時だけ、少女の声がわずかに甘くなった。

 

 ルシウスは気づいた。

 闇の帝王も気づいただろう。

 

 ロックハートは自分の考えに忙しいようだった。

 

「なるほど……なるほど! あえて出す。だが、方向を変える。親友の素朴な証言を、ダンブルドアの罪へつなげる。これは非常に使えますね!」

 

 バーティが真面目な顔でうなずいた。

 

「必要であれば、私が読者になりすまします」

 

「素晴らしい!」

 

 ロックハートがぱっと顔を輝かせた。

 

「熱心な読者の声は多ければ多いほどいい!」

 

 ルシウスは頭を抱えたくなった。

 

 死人扱いの男が、読者投稿まで担当しようとしている。

 バーティは過労で死にたいらしい。

 

 マルフォイ家の客間で、文化事業がどんどん犯罪の形を帯びていく。

 

「だが」

 

 闇の帝王が言った。

 

 部屋が静かになる。

 

「ウィーズリーが拒めば?」

 

 少女は、そこで初めて少し笑った。

 

 笑った、というより、笑みの形を知っている顔をした。

 

「証言者は、厄介ですから」

 

 それだけだった。

 

 ルシウスは胃薬の瓶を握りしめた。

 ナルシッサは少女を見ていた。

 

 さきほどまでの警戒とは違う。

 あれは、不快感だ。

 マルフォイ家の女主人として、自分の屋敷に何か不吉なものが入り込んでいると感じた時の顔だった。

 

 闇の帝王は、楽しげに紙面を畳んだ。

 

「よい視点だ」

 

 少女は一礼した。

 

 銀と青の髪が、暖炉の光を受けて揺れた。

 

 ルシウスは、なぜかその姿に既視感を覚えた。

 この屋敷のどこかで、いつか、似た人を見たような気がした。

 

 馬鹿げている。

 そんなはずはない。

 

「ホグワーツは、今年もよく燃えそうだ」

 

 闇の帝王は、さらに紙面をめくった。

 

 ルシウスはその言い方が嫌だった。

 

 比喩であってほしい。

 

 比喩でなければ困る。

 

「魔法省の介入も始まった。ドローレス・アンブリッジという教師が入ってきたようだ。知っているか?」

 

 闇の帝王が名前を出したので、ルシウスは少し考えた。

 

 ドローレス・アンブリッジ。

 

 スリザリン寮にいた女だった。

 

「特に優秀だった記憶はありません。目立った生徒でもなかったかと。純血主義めいたことを口にしていたような気はしますが、スリザリンにはそういう生徒はいくらでもいるので」

 

 父親も、たしか魔法ビル部門の職員だった。

 

 目立たない部署。目立たない家。目立たない生徒。

 

 それが今、魔法省の顔をしてホグワーツに乗り込んでいる。

 ルシウスは、世の中はときどき本当に嫌な形で人材を掘り起こすと思った。

 

「アンブリッジは、どう動きますかな」

 

「不満を集める」

 

 闇の帝王は、楽しげに言った。

 

「本人は秩序を作っているつもりだろう。だが、締めつければ反発が生まれる。生徒はホグワーツに怒り、保護者は魔法省に怒る。教師はダンブルドアに怒り、魔法省は現場に怒る。よい循環だ」

 

「最悪の循環では」

 

 ルシウスはつい言った。

 闇の帝王が見た。

 

「いずれダンブルドアが非難されるのであれば、我々にとってはよい」

 

「左様でございました」

 

 ロックハートが手を打った。

 

「アンブリッジ! 実にいいですね!」

 

 ルシウスは、また嫌な予感がした。

 

「何がだ」

 

「物語のスパイスです。我が君。ホグワーツ生の悪役になりそうな大人というのは、非常に使いやすい。読者は子どもたちの味方をしたがります。規則、罰則、甘ったるい笑顔、押しつけがましい正義。最高です」

 

「本人が聞いたら喜ばぬだろうな」

 

「だからこそ小説に向いているのです!」

 

 ロックハートはきらきらしていた。

 

「悪役というのは、本人が自分を悪役だと思っていないほど味が出ます。アンブリッジ教授が生徒たちを苦しめれば苦しめるほど、ヘンリー・ポーターの周囲には困難が積み上がる。困難が積み上がれば、英雄は輝く!」

 

 ルシウスは、ロックハートがアンブリッジを勝手に物語の調味料にしていることに、少しだけ同情した。

 

 アンブリッジに同情する日が来るとは思わなかった。

 

「使えるか」

 

 闇の帝王が言った。

 

「ええ。実に」

 

 ロックハートはうなずいた。

 

「彼女がホグワーツで嫌われれば嫌われるほど、魔法省への不満も増す。魔法省がホグワーツを締めつけ、ホグワーツが魔法省を憎む。その間で、物語は育ちます」

 

「そして不満が十分に集まったころ」

 

 闇の帝王の声は静かだった。

 

「魔法省もホグワーツも、まとめて取る」

 

 部屋の空気が冷えた。

 

 ロックハートの笑みだけが残っていた。

 

 バーティは感激していた。

 

 ナルシッサはカップを置いた。

 ルシウスは胃薬の瓶を見た。

 

 残りが少ない。

 

 危険だった。

 

「ところで」

 

 闇の帝王が、ふと思い出したように言った。

 

「ローゼマインを戻す策は失敗した」

 

 ルシウスの胃が、今度こそ完全に沈黙した。

 

 全く聞いていない計画だった。

 

「……何をなさったのですか」

 

「ディメンターを送った」

 

 ナルシッサのカップが止まった。

 

 ロックハートの笑顔も止まった。

 

 バーティだけが真剣に聞いていた。真剣に聞かないでほしい、とルシウスは思った。

 少女も聞いていた。

 

 彼女は、ほんの一瞬だけローゼマインという名前に反応した。

 

「子どもたちだけの場面を狙った。ローゼマインが守護霊の呪文を使えば、魔法省は動く。未成年の魔法使用、吸魂鬼、危険な環境。口実はいくらでも作れる。マルフォイ家へ戻す理由にもなる」

 

「それで」

 

「あの日記がそばにいた」

 

 沈黙が落ちた。

 

 ルシウスは、やはりトムは厄介だと思った。

 

 厄介で、有能で、そして何より、闇の帝王本人がそれを理解しているのが嫌だった。

 

「失敗でございますか」

 

「今回はな」

 

 闇の帝王は不快そうではなかった。

 むしろ、少し面白がっているように見えた。

 

「ローゼマインは優秀だ。タイムターナーを持たされるだけのことはある。しかも、周囲に人を集める」

 

 ルシウスは何も言わなかった。

 

 それは、父としては少し誇ってもよい性質だった。

 死喰い人としては、頭痛の種だった。

 

 父親と死喰い人は、近頃まったく両立しない。

 

 そしてもうひとつ、両立しない問題があった。

 

 ドラコである。

 

 ドラコは、ハリー・ポッターがマルフォイ邸にいたことを知ってしまった。

 あれは事故だった。

 ドラコは青ざめ、叫びかけ、ルシウスに口を押さえられた。

 

「いいか、ドラコ。お前は何も見なかった。知らなかった。聞かなかった」

 

「父上、なぜ我が家にハリーが?」

 

「閉心術を学べ」

 

「今すぐですか?」

 

「今すぐだ」

 

「でも」

 

「口を閉じろ。心も閉じろ。できれば顔にも出すな」

 

 その夜から、ドラコの閉心術訓練は始まった。

 

 息子の成長のためではない。

 息子を守るためである。

 

 闇の帝王が、ふとルシウスを見た。

 

「ドラコも賢い。去年は学年2位だったとか」

 

 ルシウスの背筋に冷たいものが走った。

 

「恐れ入ります」

 

「いずれ死喰い人として役に立つかもしれぬ」

 

 ナルシッサのカップが、かすかに音を立てた。

 ルシウスは微笑んだ。

 

 マルフォイ家当主の微笑みである。つまり、閉心術である。

 

「まだ若すぎます。我が君。学業もございますし、未熟なところも多く」

 

「未熟な者は鍛えればよい」

 

「まずは卒業してからで」

 

「それもよい」

 

「加えて、礼儀作法、政治、財務、家の管理なども」

 

「ルシウス」

 

「はい」

 

「先延ばしにしているな」

 

「父親として、慎重に育てております」

 

 闇の帝王は、しばらくルシウスを見ていた。

 ルシウスは微笑み続けた。

 

 崩したら終わる。

 

「まあ良い」

 

 闇の帝王は羽ペン通信を畳んだ。

 

「ホグワーツには、すでに死喰い人が送り込まれている」

 

 ルシウスは胃薬の瓶を見た。

 

 もうほとんど残っていない。

 

 バーティは慎重に顔を上げた。

 

「我が君、私の任務もホグワーツに関わるのでしょうか」

 

「お前は、言われた通りに動けばよい」

 

「はい!」

 

 返事が明るい。

 

 仕事量を理解していない明るさだった。

 

 その時、ナルシッサの視線はルシウスではなく、暖炉の横の少女へ向いていた。

 少女は気づいているはずだった。

 だが、気づかないふりをしていた。

 

 この屋敷の女主人に見られているのに、まるで怖がらない。

 

 それもまた、ルシウスには気に入らなかった。

 ロックハートが、羽ペンを取り出していた。

 

「では、さっそく対抗案を三本ほど。第一案、ロン・ウィーズリーの素朴さを逆手に取り、彼をまだ真実を知らない少年として扱う。第二案、ヘンリー・ポーターの次巻で親友役を少し愚かに描く。第三案、私が読者の涙を誘う特別寄稿を。いかがでしょうか」

 

「どれもふさわしくない」

 

 闇の帝王が即座に言った。

 

「なぜです?」

 

「案が雑だ」

 

 ロックハートは傷ついた顔をした。

 

「親友の証言は、残ると面倒ですが、改ざんしてしまえばよろしいのでは?」

 

 少女は言った。

 

 闇の帝王は、紙面のロン・ウィーズリーの署名を見下ろし、不敵に笑った。

 

 ルシウスは胃薬の瓶を傾けた。

 

 空だった。

 

 マルフォイ家は、いよいよ危険だった。

 

「ロックハートを手伝え。ウィーズリーの文章を、よく読んでおけ」

 

 闇の帝王は少女に言った。

 

「承知いたしました」

 

 少女は、丁寧に頭を下げた。

 銀色がかった髪が肩からこぼれ、首の後ろから背中にかけて、黒い鳥の翼のような模様が一瞬だけ見えた。

 

 闇の帝王は、低く言った。

 

「期待しているぞ、デルフィーニ」

 

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