パドマ視点。
パドマ・パチルは、取材は準備が九割だと思っていた。
質問を決める。
事実関係を整理する。
誰がどの順番で聞くか決める。
相手が答えなかった場合の聞き直しも用意する。
だから、準備さえしておけば、たいていの取材はどうにかなる。
そう思っていたのだが。
「新聞記者の取材ならば、魔法省として立ち会わないわけにはまいりませんわ」
ドローレス・アンブリッジが、にこりと笑って言った。
パドマは頭を抱えた。
よりによって、アンブリッジ。
しかも、言っていることが完全に間違いとも言い切れないのが腹立たしい。羽ペン通信ホグワーツ版は生徒新聞だが、今回は全国版も関わっている。ダンブルドア校長への取材で、ハリー・ポッターの保護環境や『ヘンリー・ポーター』の内容に踏み込むなら、魔法省が口を出したがるのは分かる。
分かるが、納得はしたくない。
「先生がいると、取材対象が萎縮する可能性があります」
パドマは言った。
「まあ。わたくしがいるだけで萎縮なさるような方が、ホグワーツの校長でいらっしゃるの?」
アンブリッジは甘ったるく笑った。
パドマは、羽ペンの軸を折らないように握りしめた。
その横で、ロメルダがじっとアンブリッジを見ていた。
「先生」
「何ですの」
「あたし今日の先生の服、かわいくて好きです」
アンブリッジの笑顔が、一瞬だけ素になった。
「そ、そうかしら」
パドマは目を瞬いた。
どうにかなるかもしれない。
想定外に、アンブリッジは柔らかくなっている。
少なくとも、ロメルダの前では。
パドマは、取材班にロメルダを加えておいてよかったと思った。良いアンブリッジ対策だ。危険物の横に置く緩衝材である。
「僕も取材に参加していい?」
ハリーが言った。
ロンは、羽ペン通信社から届いた手紙を握ったまま、ハリーを見た。
「でも、ハリー。僕の出版の話も──」
「ごめん、ロン」
ハリーは短く言った。
「君の本の話はすごく大事だと思う。でも、僕はダンブルドアに聞きたいことがある」
その声は硬かった。
怒っているというより、もう怒り疲れている声だった。
「僕をダーズリー家に置いたのが誰なのか。知っていたのか。知っていて戻したのか。僕は、それを他人の記事で読むのは嫌だ」
ハーマイオニーがロンを見た。
ロンは、少しだけ唇を噛んだ。
そして、わざと軽い声を出した。
「分かった。じゃあ、僕の方はマインとハーマイオニーに見張ってもらう。契約書ってやつをな。僕だけだと、気づいたら自分の名前を五回くらい書いてそうだし」
「五回で済むかしら」
ハーマイオニーが言った。
「そこは否定しろよ!」
ロンは怒ったが、顔は笑っていなかった。
ハリーも笑わなかった。
「ロン」
「いいって」
ロンは手を振った。
「そっちを頼む。僕の本より、今はそっちの方が大事だ」
「本より、じゃないよ」
マインが言った。
「どっちも大事。だから分かれるの」
パドマは、その言葉に少し救われた。
結局、魔法書研究会からダンブルドアの取材に参加するのは、パドマ、アーニー、ロメルダ、ハリーになった。
ロンとハーマイオニーとマインは、ホグズミードで羽ペン通信社との出版契約の説明を受けるという。
校長室の扉の前には、羽ペン通信全国版の記者たちも来ていた。
一人は、ロルフ・スキャマンダー。
もう一人は、デルフィーと呼ばれていた。署名では見たことがないので、アシスタントかもしれない。
ロルフは小さな革張りの手帳を持っていた。デルフィーは、銀色のリボンで束ねた羊皮紙を胸に抱えている。どちらも記者の持ち物としては不自然ではない。取材メモ、質問票、資料、そういうものに見える。
「ホグワーツ版の編集長さんね。今日はよろしく」
「こちらこそ」
パドマは返した。
校長室に入ると、ダンブルドアはすでに待っていた。
机の上にはレモンキャンディの皿。
止まり木には不死鳥がいた。
壁の肖像画たちは、明らかに聞く気満々だった。何人かは寝たふりをしているが、耳の角度が完全に取材向きだった。
パドマは椅子に座り、羊皮紙を広げた。
「今日は取材のお時間をいただきありがとうございます」
「うむ」
ダンブルドアは静かにうなずいた。
パドマは深く息を吸った。
「近頃、『稲妻の少年』シリーズというハリーをモデルにしたような小説が人気になっています。先生はその本をお読みになりましたか」
「読んだとも」
「そこに書かれている出来事は、どの程度、事実ですか」
アンブリッジの羽ペンが、かり、と鳴った。
「出来事そのものは、多くが事実じゃ」
「多くが、ですか」
「すべてと言ってよい部分もある。だが、事実と真実は同じではない」
パドマは書いた。
事実と真実は同じではない。
便利な言葉だ。
そして、逃げ道にもなる言葉だ。
「ハリー・ポッターがマグルの親戚の家で育てられたことは事実ですね」
「事実じゃ」
「魔法界について知らされず、自分の両親の死についても正しく説明されていなかったことは」
「事実じゃ」
「ダーズリー家で冷遇されていたことを、先生は知っていましたか」
ダンブルドアは、レモンキャンディの皿を見た。
食べるわけではなかった。
ただ、皿の縁を指で一度なぞった。
「知っておった」
ハリーの息が、少しだけ乱れた。
パドマは、喉が痛くなるのを感じながら、文字を書いた。
「それでも、僕を戻したんですか」
ハリーの声だった。
低く、震えていた。
「僕を、あの家に戻したのはあなたですか」
ダンブルドアはハリーを見た。
いつもの優しい目だった。
でも、その優しさが、今は残酷に見えた。
「そうじゃ」
「どうして」
「君を守るためじゃ」
ハリーは笑った。
笑い声ではなかった。
息が壊れたみたいな音だった。
「守る?」
「君の母君が残した守りが、あの家にはあった。あそこを離れれば、君は殺される可能性があった」
「僕は守られていたんですか」
ハリーの声が上がった。
「階段下の物置で? 食事を抜かれて? 殴られないように息をひそめて? それでも守られていたんですか」
アンブリッジが、羽ペンを止めた。
ロメルダは唇を噛んでいた。
アーニーは怒っていた。普段の正義感が顔に出る怒りではない。もっと静かで、深い怒りだった。
「肉体の危険と、魂の痛みを、同じ秤にかけてはならなかった」
ダンブルドアは言った。
「わしは、それをした」
「答えになってません」
ハリーは言った。
「あなたは僕を英雄にするために、苦しませたんですか」
「いいや」
ダンブルドアの返事は早かった。
「わしは、君を英雄にしたかったのではない。君がいつか、英雄であることを求められると恐れておったのじゃ」
「同じです」
ハリーは言った。
「僕から見れば、どっちも同じです」
パドマは羽ペンを止めた。
これは書ける。
でも、書いていいのか。
ハリー本人が、ここにいる。
本人の怒りを記事にすることと、本人の傷をさらすことは違う。
パドマは、自分の羊皮紙の端に小さく書いた。
本人確認。掲載許可。
記者である前に、人間でいなければならない。
そうでなければ、リータ・スキーターと同じになる。
「ダンブルドア先生、闇の帝王は本当に復活したんですか?」
パドマは核心を聞いた。
アンブリッジが「ェヘンェヘン」と咳払いをしたが、誰も聞かないふりをした。本人は聞かせたつもりだったらしく、二度目の咳払いは少し大きかった。
「残念ながら、そうじゃ。彼は復活した」
「では」
ロルフが穏やかに口を開いた。
「全国版からも確認を」
ダンブルドアは、ロルフを見た。
「どうぞ」
「ゲラート・グリンデルバルドについて」
ロルフは鋭い視線を向けた。
「あなたは若い頃、彼と親しかった。思想を共有していた。マグルを支配する思想に共鳴していた時期があった。彼に特別な感情を抱いていた。これは事実ですか」
アンブリッジが小さく息をのんだ。
ロメルダが「うわ」と声に出しかけて、慌てて口を押さえた。
ダンブルドアは静かに答えた。
「親しかったのは事実じゃよ。思想を共有した時期があったことも否定せぬ。感情については、君の記事に都合よく飾れるほど単純ではなかった」
「マグルを支配しようとしたことがあると認めるんですね?」
「若さと野心と傲慢さは、たいへん相性がよい」
ダンブルドアは言った。
「わしは、それを知るのが遅すぎた」
ロルフはさらに一歩踏み込んだ。
「アリアナ・ダンブルドアについて」
パドマの羽ペンの先が止まった。
ダンブルドアの目から、柔らかさが消えた。
「アリアナ・ダンブルドアは周囲からはスクイブだと信じられてきました。ですが、私の調べでは彼女はオブスキュリアルですね?」
オブスキュリアルというものをパドマはよく知らなかった。パドマは関連資料をまとめているアーニーに視線を向けると、アーニーはルーナがまとめた魔法生物関連の資料を出してきた。
資料によると、オブスキュリアルとは、闇の魔術を体内で発展させた幼い魔法使い、魔女のことである。
「その通りじゃ」
「アリアナ・ダンブルドアの死には不可解な点が多い。彼女を殺したのは、あなたですか」
肖像画たちの視線が、一斉にダンブルドアへ集まった。
パドマは、アンブリッジの手が膝の上で強く握られているのを見た。ピンク色の爪が、布に食い込んでいた。
アンブリッジは、この質問を喜んでいない。
むしろ、痛そうな顔をしている。
なぜ。
ダンブルドアは、ロルフを見つめた。
「よく調べておるのう」
声は静かだった。
「君はいつから、家族の悲劇まで新聞の材料にするようになったのかね」
「事実確認です」
「そうか」
ダンブルドアは、わずかに目を細めた。
「では、事実を話そう。わしは若い頃、家族が重荷だと思った。父はアズカバン、母は死に、弟は怒り、妹は外へ出せなかった。わしには才があった。将来があった。名声も、地位も、研究も、旅も、わしを待っているはずじゃった」
ロメルダが、目を見開いているアンブリッジを見た。
アンブリッジはダンブルドアから目を離さなかった。
「わしは、弟と妹を愛しておった。だが、同時に邪魔だとも思った。口に出さずとも、心の底で思っておった。アバーフォースは、それを知っていた。アリアナも……もしかすると知っていたかもしれぬ」
パドマは書く手を止められなかった。
ハリーですら、ダンブルドアを見ていた。
「出世のために家族が邪魔だった、と?」
ロルフが言った。
その言い方には、刃があった。
ダンブルドアは逃げなかった。
「そうじゃ」
アンブリッジの喉が、小さく鳴った。
パドマは見てしまった。
アンブリッジの顔に浮かんだのは、軽蔑ではなかった。
共感だった。
自分でも認めたくないものを、他人の口から聞いてしまった顔だった。
「……家族が、足を引っ張ることはありますわ」
アンブリッジが言った。
声はいつもの砂糖漬けではなかった。
現実を直視した低い声だった。
「血筋も、立場も、振る舞いも、すべて見られる。誰と繋がっているか、何を隠しているか、何を持たないか。魔法省では、誰も口には出しませんわね。でも、皆、見ていますわ」
ロメルダが目を丸くした。
アンブリッジは、自分が言いすぎたことに気づいたのか、背筋を伸ばした。
「もちろん、だからといって責任を逃れられるわけではありませんわ」
パドマは、書くか迷った。
アンブリッジのこの言葉は、記事にするには危うすぎる。だが、今の表情は、ダンブルドアの過去よりもずっと現在に近いものを暴いていた。
ロルフは、そこを逃さなかった。
「アンブリッジ先生は、ダンブルドア校長に同情なさるのですか」
「取材対象を誘導する質問はおやめなさい」
アンブリッジは鋭く言った。
「その質問は品がありませんわ」
ロルフの口元が、少し上がった。
「あなたが品を語るとは」
「失礼ですわね」
「失礼ついでに聞きましょう。ダンブルドア先生。あなたの野心が、妹さんを死なせたのでは?」
ダンブルドアは、指先を組んだ。
「左様。わしの傲慢が、あの日を招いた。わしかゲラート、どちらの呪文がアリアナに当たったのかは分からぬ。だが、あの場にゲラートを招き入れたのはわしじゃ。未来という美しい言葉で、一番大切な家族を死に追いやったのも、わしじゃ」
アーニーが苦しそうに眉を寄せた。
ハリーは、何も言わなかった。
パドマは、ダンブルドアを初めて少しだけ恐ろしいと思った。
反省している老人ではない。
罪を知っていて、それでも今まで権力の中心に立ってきた人だった。
「ところで」
ダンブルドアは、ふいに声の温度を変えた。青い目がロルフを鋭く見ている。
「わしも一つ、事実確認をしてよいかね」
ロルフの表情が、ほんの一瞬だけ止まった。
本当に一瞬だった。
でも、パドマは見た。
「つい先日、ニュートに手紙をもらってのう」
ダンブルドアは言った。
「ニュートに預けていたバジリスクが、いつの間にか失踪しておると聞いた」
アンブリッジが「バジリスク?」と小さく言った。
アーニーは「まさかバジリスクはロルフさんが飼っているのか?」と言ったが、皆がまたアーニーの推理だと無視した。
「ニュートが言うには、ロルフは彼と共に旅に出ており、しばらく戻らぬそうじゃ。突然羽ペン通信から長期休暇を言い渡されて、今はノルウェーにドラゴンを見に行っておると」
ロルフの指が、革張りの手帳に触れた。
デルフィーの腕が、銀色のリボンで束ねた羊皮紙を抱え直す。
「さて」
ダンブルドアは杖を持ち上げた。
「君たちの主人は、いまだにトム・リドルという名前が嫌いなのかね」
次の瞬間、ロルフが動いた。
「逃がしませんわ!」
誰よりも早く動いたのは、アンブリッジだった。
パドマは驚きすぎて、羽ペンを落とした。
アンブリッジの呪文がロルフの足元を縛る。
ロルフが舌打ちした。
「魔法省の犬が」
「失礼ですわね!」
アンブリッジが怒鳴った。
「わたくしはホグワーツの教師ですわ!」
その訂正が必要なのかどうか、パドマには判断できなかった。
しかし、次に動いたのはデルフィーだった。
彼女の杖が、アンブリッジに向いた。
黒い光が走る。
「先生!」
ロメルダが叫んだ。
ダンブルドアの防御呪文が、間に入った。
光が弾け、机の上のレモンキャンディが宙を舞った。
不死鳥が炎のように羽ばたく。
アーニーがパドマの前に立ち、防御呪文を唱えた。ジェドゥソール先生に教わった呪文だ。
「ハリー、下がれ!」
「嫌だ!」
ハリーは杖を抜いていた。
その顔は青ざめていたが、目は逸らしていなかった。
ロルフだった男は、拘束を乱暴に破った。
ポリジュース薬の効果が揺らいだのか、顔の輪郭が一瞬だけ崩れる。
別人の目がのぞいた。
熱に浮かされたような、狂信的な目。
バーティ・クラウチ・ジュニアだった。
「原稿を守って!」
パドマは叫んだ。
自分でも信じられなかった。
混戦の中で、最初に出た言葉がそれだった。
でも、机の上には取材メモがある。
ダンブルドアの証言を、悪意の手に渡してはいけない。
デルフィーがこちらを見た。
ぞっとするほど冷たい目だった。
彼女の杖が、羊皮紙に向く。
パドマは飛び出した。
間に合わない。
そう思った時、ロメルダがデルフィーにインク壺を投げた。
ただのインク壺だった。
だが、デルフィーの袖に見事に当たった。
「何を──」
「本物の記者ならインクくらい浴びちゃえ!」
ロメルダが叫んだ。
「意味が分からん!」
アーニーが叫びながら防御を張る。
アンブリッジは床に膝をつきながらも、杖を構えていた。
さっきの攻撃を受けて、顔色が悪い。
それでも、退いていない。
パドマは、ほんの一瞬だけ思った。
この人、本当に変わったのかもしれない。
いや、今それを考えている場合ではない。
バーティが革張りの手帳を開いた。
デルフィーが銀色のリボンをほどく。
束ねられていた羊皮紙の内側に、小さな黒い金属片が縫い込まれていた。古い鍵の頭のようにも、割れた指輪の台座のようにも見える。
パドマの背筋に寒気が走った。
ポートキー。
「止めろ!」
ダンブルドアが初めて声を荒げた。
校長室の床に、青白い線が走った。ダンブルドアの杖先から広がった魔法が、扉と窓と暖炉を塞いでいく。
だが、デルフィーは迷わなかった。
「撤退します」
誰に向けた言葉なのか、分からなかった。
バーティが笑った。
「十分だ。事実は取れた」
「まだ記事にはさせません!」
パドマは叫んだ。
男は、手帳ごと黒い金属片に指をかけた。
「記事にするのは君たちだけではない」
デルフィーの目が、ハリーを捉えた。
その目に、奇妙な感情が浮かんだ気がした。
憎しみ。
興味。
それとも、もっと別の何か。
「事実だけで、人は十分に燃える」
黒い金属片が震えた。
バーティとデルフィーの体が、見えない鉤に引っかけられたように歪む。
ダンブルドアの呪文が飛んだ。
不死鳥が炎の尾を引いて突っ込んだ。
だが、二人は次の瞬間、ぐんと空間の奥へ引きずり込まれた。
音はなかった。
ただ、銀色のリボンだけが床に落ちた。
校長室には、焦げた匂いと、破れた羊皮紙と、床にこぼれたインクが残った。
アンブリッジは、乱れた髪を震える手で押さえた。
「まったく……新聞記者というものは、野蛮ですわね」
「アンブリっち先生、あたしたちを守ってくれたんですか?」
ロメルダが言った。
「守ったのは秩序ですわ!」
「はいはい」
「はいは一回!」
そのやり取りに、パドマは少しだけ息が戻った。
でも、手は震えていた。
ハリーは、ダンブルドアを見ていた。
ダンブルドアも、ハリーを見ていた。
その間には、さっき聞かれた質問の答えが、まだ落ちたままだった。