本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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96話 恋の欄外にいる魔女

 

 ダンブルドア校長へのインタビューが終わったあと、羽ペン通信の編集会議には、妙な疲労が残っていた。

 

 記事を書き終えたあとの疲れではない。

 記事にしてよいのか、まだ決められないものを机の上に広げている疲れだった。

 

「問題は、質問した側が死喰い人だった場合、それはインタビューとして成立するのか、ということよ」

 

 パドマが羊皮紙を指で押さえながら言った。

 

 机の上には、全国版へ渡された原稿の写しがあった。ダンブルドア校長が、ハリーの処遇について、グリンデルバルドについて、アリアナについて、答えさせられた記録だ。

 

 読めば、胃の底が重くなる。

 質問は鋭い。鋭すぎる。相手を切るために磨いた刃物のようだった。

 

「でも、答えたのは校長先生よ」

 

 ハーマイオニーが言った。声は硬かった。

 

「質問者の意図が悪質でも、答えそのものが消えるわけではないわ」

 

「そうね。でも、質問の組み立てで答えの意味は変わるわ」

 

 パドマは羽ペンを持ち上げ、すぐに置いた。

 

「ロルフ・スキャマンダーが死喰い人の変装だった、と書けば済む話でもない。魔法省が否定したら、今度は羽ペン通信が陰謀論を書いたことになる」

 

「魔法省が?」

 

 ジニーが鼻で笑った。

 

「都合のいいときだけ黙って、都合の悪いときだけ否定するところじゃない」

 

「それを紙面で書いたら、もっと厄介になるわね」

 

 パドマは淡々と言った。

 

 ジニーは椅子の背にもたれた。納得はしていない顔だった。

 わたしは原稿の端を見つめていた。

 

 質問が悪意でできていても、答えは事実かもしれない。

 けれど、悪意が選んだ事実だけを並べたら、それは本当に真実なのだろうか。

 本の分類なら、まだ楽だった。棚がある。背表紙がある。索引がある。

 人間の過去には索引がない。あったとしても、たぶん誰かが勝手に引いたものだ。

 

「ホグワーツ版では、どう扱う?」

 

 パドマが言った。

 

 全員の目が原稿に向いた。

 そのとき、図書室に普段は見かけない人が入ってきた。

 

「失礼いたしますわ」

 

 入ってきたのはアンブリッジ先生だった。

 以前なら、ピンク色が先に部屋へ入ってきたように見えただろう。けれど今の先生は、くすんだ薔薇色の上着に、灰色の手袋を合わせていた。甘さは残っている。でも、砂糖壺をひっくり返した感じではない。

 ロメルダが顔を上げた。

 

「アンブリっち、今ちょっと修羅場」

 

「ええ。修羅場にお邪魔しに参りましたの」

 

 アンブリッジ先生は笑った。

 パドマの眉が少し動いた。

 

「先生。いま編集部は編集会議中です」

 

「承知しております。ですから、情報提供ですわ」

 

「情報提供?」

 

「魔法省は羽ペン通信全国版の記事が出たタイミングで、正式に発表します。ダンブルドア校長へのインタビューに同席したロルフ・スキャマンダー氏は、死喰い人の変装であった可能性が極めて高い、と」

 

 ジニーが椅子を起こした。

 

「可能性?」

 

「役所の言葉ですわ。実質的には断定です」

 

「本物のロルフは?」

 

「休暇中。魔法生物の調査名目で北方へ出ていた記録があります。本人確認も取れています」

 

 ハーマイオニーが息を吸った。

 

「それなら、全国版の記事は」

 

「訂正は出るでしょう。ただし、すでに読まれたものは戻りません」

 

 アンブリッジ先生は、そこでパドマを見た。

 

「ホグワーツ版では、ダンブルドア校長が最近、疑われすぎていることについて書くべきですわ。死喰い人は、疑念を燃料にいたします。誰かを倒すために、事実の形をした薪をくべる」

 

 パドマの目が細くなった。

 

「魔法省に指図されて記事は書きません」

 

「指図ではございませんわ。情報提供です」

 

「ずいぶん都合のいい情報提供ですね」

 

「ええ。都合は大切ですわ。政治も新聞も、都合の悪い事実だけでできているわけではありませんもの」

 

 この人は、少し変わった。

 でも、やはりアンブリッジ先生だった。

 ロメルダが机に頬杖をついた。

 

「でもさ、これ、アンブリっち先生を信じてもいいんじゃない?」

 

 全員がロメルダを見た。

 

「あたし、変なこと言った?」

 

「少し意外だっただけ」

 

 ジニーが言った。

 ロメルダは唇を尖らせた。

 

「だって、アンブリっち先生、最近ちょっと丸くなったじゃん。ピンクの圧も減ったし。あと、これ嘘だったら、あたしが次のお茶会でめちゃくちゃ怒る」

 

「あなたのお茶会は、魔法省の査問より怖いのかしら」

 

 アンブリッジ先生が目を細めた。

 

「でも、先生、恋愛小説の続きが読みたいでしょ」

 

「……情報提供は以上ですわ」

 

 アンブリッジ先生は咳払いした。

 

 パドマはしばらく先生を見ていた。

 それから、原稿を裏返した。

 

「ダンブルドア校長のインタビュー記事は出さない」

 

 ハーマイオニーが顔を上げた。

 

「では?」

 

「死喰い人による情報操作の危険性を書く。質問の悪意、読者の疑念、記事の責任。校長を擁護するための記事にはしない。疑うことと、疑わされることは違う、という記事にする」

 

「いいじゃん」

 

 ロメルダが指を鳴らした。

 

「見出しは?」

 

 パドマは少し考えた。

 

「疑念は誰のものか」

 

「硬っ」

 

「黙っていなさい、恋愛欄」

 

「恋愛欄にも人権あるし」

 

 その日の羽ペン通信ホグワーツ版は、校長インタビューの全文ではなく、死喰い人の情報操作についての記事を出した。

 

 紙面はよく読まれた。

 

 朝食の大広間で、上級生たちが羊皮紙を回し読みしていた。レイブンクローの生徒は見出しに線を引き、ハッフルパフの生徒は「つまり誰の言葉を信じればいいんだ」と真剣に悩み、グリフィンドールの生徒はだいたいジニーに聞きに行った。

 スリザリンでは、ドラコが紙面を読んで、短く言った。

 

「ようやく新聞らしくなったな」

 

 褒めているのか嫌味なのか、わたしには判断がつかなかった。

 

 その日の昼、魔法省の正式発表が出た。

 防衛術の授業の前に、アンブリッジ先生は教壇に立ち、いつもの甘い声で告げた。

 

「魔法省は、ダンブルドア校長へのインタビューの際、全国版の記者として同席した人物が死喰い人であったと判断いたしました。本物のロルフ・スキャマンダー氏は休暇中であり、当該インタビューには関与しておりません」

 

 教室がざわついた。

 ハリーは机の端を握った。ロンは眉間にしわを寄せ、ハーマイオニーはすぐに鞄から羽ペンを出した。授業中に公式発表を書き写す人間を、わたしはハーマイオニー以外に知らない。

 アンブリッジ先生は続けた。

 

「したがって、魔法省は、当該記事が死喰い人による世論操作の一環であった可能性を重く見ています。これは魔法省としても正式に出した声明ですわ。以上です」

 

 それだけだった。

 ダンブルドア校長を称える演説も、魔法省の正しさを誇る言葉もない。

 だからこそ、効いた。

 

 夕方には、廊下の声が変わっていた。

 

「校長、はめられたのか?」

 

「でも答えたのは本当だろ」

 

「死喰い人が記者になりすますとか、普通に怖いんだけど」

 

「最近、校長を疑いすぎてたかもな」

 

 ダンブルドア校長の権威は、完全に戻ったわけではない。

 けれど、落ちかけていた足場に、細い板が一本渡されたようだった。

 

 わたしたちは、それで少しだけ息をついた。

 少しだけだった。

 

 翌日、恋愛欄が急に爆発した。

 正確に言えば、ロメルダが勝手に号外を出した。

 

 羽ペン通信ホグワーツ版の印はある。紙も同じ。だが、編集部の誰も関わらずにロメルダが勝手に出した記事だった。

 

 見出しは、踊るような文字で書かれていた。

 

 恋の欄外から

 二股は恋なの? それともただの欲張り? 

 

 最初にそれを見つけたのはジニーだった。

 

 大広間の入口で、ジニーは紙面を一枚つかみ、目を走らせ、次の瞬間、紙を握りつぶした。

 

「ロメルダ」

 

 低い声だった。

 

 わたしは嫌な予感がして、紙面を拾った。

 

 そこには、いつもの軽い恋愛相談ではなく、名指しに近い暴露が並んでいた。

 

 

 *

 

 

 羽ペン通信 ホグワーツ 

 号外

 

 恋の欄外から 

 二股って恋なの? それともただの欲張り? 

 記者:ロメルダ・ベイン

 

 ねえみんな、恋してる? 

 

 してる子はおめでと。してない子は、あたしと一緒に欄外集合ね。大丈夫、欄外って意外と見晴らしいいから。主役ぶってる子たちのこと、めちゃくちゃよく見えるし。

 

 てことで今日のテーマ。

 

 二股って、どこからアウト? 

 

 手紙を返したら? 

 隣に座ったら? 

 慰めてもらったら? 

 それとも、「ただの友達だし」って顔しながら、ちゃっかり特別扱いだけ受け取ってたら? 

 

 はい、恋の脚注記者はよく見てます。

 

 廊下も見てるし、肖像画も見てるし、大広間の席順もだいたい全部バレてる。本人たちは秘密のつもりかもだけど、恋って隠すほど目立つんだよね。残念。

 

 まずは、みんな大好きハーみょん。

 

 ヴィク様と文通中なんだって? 強い。普通に強い。相手、有名選手だよ? 箒に乗っただけで歓声、名前出ただけで女子がざわつくタイプの魔法使いじゃん。

 

 なのに最近、ロンロンの隣、多くない? 

 

 ロンロンが記事書いたら読む。

 ロンロンが困ったら助ける。

 ロンロンが怒ったら止める。

 ロンロンが傷ついたら、誰より先に顔変える。

 それ、友情? 

 いや、友情かもしれないよ。恋愛欄は一応公平だから、そこは残しとく。

 でもさ。

 

 この前、ホグズミードで二人で歩いてたの、見られてるからね? 

 

 三本の箒? ハニーデュークス? 

 二人で出かけて、二人で笑って、二人で帰ってきて、それで「ただの友達です」は、ちょっと無理ない? 

 しかも相手はロンロンだよ。

 最近コラムでちょっといい感じに成長して、みんなから「英雄の親友」とか言われ始めてるロンロンだよ。

 前よりちゃんと人のこと見てるし、前よりちゃんと怒れるし、前よりちょっとだけかっこよくなってるロンロンだよ。

 

 ヴィク様には手紙。

 ロンロンとはホグズミード。

 ねえ、それ、どっちが本命なの? 

 

 次、チョウ先輩。

 ハリポを振って、セド王子に優しくされて、それなのにマイケルんともデートって、恋愛強者すぎない? なにそれ。恋の三校対抗試合でもしてる? 

 

 ハリポは今ちょっとヘリポだけど、振った後も話しているのなんで? 

 セド王子の優しさ振り回しすぎじゃない? 

 マイケルんはマイケルんで、話しやすいし、レイブンクローっぽい余裕あるし、まあモテるのは分かる。

 

 選べない? 

 

 うん、分かる。選べないよね。

 だって、向こうから来るんだもんね。

 

 でも、選ばれない側から見たら、それって普通にきついから。

 

 で、問題のマイケルん。

 

 ジニたんの彼氏、だよね? 

 

 でも廊下で話してた子、図書室で隣だった子、試合のあとに笑ってた子。全部「友達」で通すには、友達多すぎ。社交界でも開いてる? 

 

 で、最後にジニたん。

 

 ジニたんは強い。そこは分かる。

 マイケルんが他の女子と話してても、笑ってる。怒らない。余裕ある顔してる。

 

 でもさ。

 

 その余裕、本当に余裕? 

 

 だってジニたん、ほんとはハリポのこと好きでしょ。

 

 あたし知ってるよ。

 ハリポが大広間に入ってきた時の顔、ハリポが誰かに笑いかけた時の顔、ハリポが変な方向にヘリポってる時に、それでも目で追っちゃう顔。

 

 それでマイケルんと付き合ってるの? 

 

 欄外にいる子は、ちゃんと見てる。

 笑ってるふりして、全部見てる。

 

 だから、親愛なる恋愛強者のみなさん。

 

 秘密でいられると思った? 

 

 残念。

 ホグワーツの廊下、口軽いよ。

 

 

 *

 

 

 いつものロメルダの文章にあった、最後に相手を逃がす隙間がない。幸せな恋愛を要観察で茶化しているのではない。追い詰めている。

 人の頬をつついて遊ぶ文章ではなかった。

 人の背中に札を貼って、大広間の真ん中へ立たせる文章だった。

 

「これ、いつもの恋愛欄じゃない」

 

 わたしが言うと、ジニーが紙面を机に叩きつけた。

 

「吊し上げよ」

 

 ジニーはレイブンクローの席に向かっていった。マイケル・コーナーをボコボコにするつもりみたいだ。

 ハーマイオニーは遅れて大広間に入ってきた。

 彼女が紙面を読む前に、誰かが笑った。

 

 次に、別の誰かが「二股女」と囁いた。

 その後は早かった。

 

 クソ爆弾が飛んできた。

 ハーマイオニーの足元で破裂し、ひどい臭いが広がった。誰かが小さな紙の鳥を飛ばし、そこにはハートを二つに裂いた絵が描かれていた。別の紙片には「ヴィク様によろしく」と書かれていた。

 

「やめろ!」

 

 ロンが立ち上がった。

 彼は自分のローブでハーマイオニーの肩をかばい、飛んできた紙片を払い落とした。

 

「誰だ、今投げたの!」

 

 ロンの声は裏返っていた。でも逃げなかった。

 ハーマイオニーは唇を結んでいた。泣いてはいない。怒ってもいない。そう見せようとしている顔だった。

 

「ロン、いいから」

 

「よくないだろ!」

 

「いいから、臭いをどうにかして」

 

「それは無理だ!」

 

 返事が正直すぎた。

 そのやり取りを見て、笑う生徒もいた。けれど、ロンが本気で怒っていると分かると、少しずつ声は小さくなった。

 わたしは紙面を握りしめたまま、図書室へ走った。

 

 ロメルダは、そこにいた。

 机の上には刷り残しの号外が積まれていた。彼女は椅子に座り、足を組み、爪を見ていた。いつもなら派手な仕草なのに、今日は妙に疲れて見えた。

 

「ロメルダ」

 

「読んだ?」

 

 彼女は顔を上げた。

 

「読んだよ。ロメルダらしくない」

 

 わたしがそう言うと、ロメルダの目がきつくなった。

 

「なにそれ。あたしらしいって何?」

 

「いつものロメルダなら、人を傷つけるためだけに書かない」

 

「傷つくようなことしてる方が悪いじゃん」

 

 彼女は笑った。

 笑い方まで違っていた。

 

「何人も相手を天秤にかけて、どっちにもいい顔して、恋してますって顔して。そういう魔女も魔法使いも、撲滅すべきでしょ」

 

「撲滅?」

 

 わたしは思わず繰り返した。

 ロメルダは机を叩いた。

 

「あたしだって恋したかった!」

 

 ロメルダの声が割れた。

 

「あたしだって、誰かに選ばれたかった! 人の恋ばっかり聞いて、相談に乗って、かわいくして、盛り上げて、なのにあたしだけずっと欄外なの!」

 

「だからって、ハーマイオニーを」

 

「ハーみょんはいいじゃん!」

 

 ロメルダは立ち上がった。

 

「ヴィク様から手紙もらって、ロンロンに心配されて、今だってどうせ慰めてもらってるんでしょ! 何それ。そんな子のどこがいいの」

 

 そこで、わたしは気づいた。

 

 ロン。

 

 ハーマイオニーへの怒りではない。チョウ先輩への正義感でもない。マイケル・コーナーへの告発だけでもない。

 

 ロメルダは、ロンを見ていた。

 ロンがハーマイオニーをかばうところを、見たくなかったのだ。

 

「ロメルダはロンのことが好きだったの?」

 

 彼女の顔が、ひどく歪んだ。

 

「だったら何」

 

 その声は小さかった。

 

 強がりが、床に落ちる寸前の声だった。

 

「好きになっちゃ悪い? あたしが? 恋愛欄書いてるくせに、ほんとは全然うまくできないあたしが?」

 

「ミス・ベイン。ミス・ローゼマイン」

 

 背後から、羽ペンより鋭い声が飛んできた。

 マダム・ピンスが立っていた。

 その手には、貸出記録簿がある。武器ではないはずなのに、杖より怖かった。

 

「図書室で恋愛裁判を開くおつもりなら、被告人も原告も廊下へ」

 

「でも、マダム・ピンス」

「廊下へ!」

 

 反論の余地はなかった。

 わたしたちはまとめて図書室から追い出された。

 扉が閉まる直前、マダム・ピンスはロメルダの号外の束をつまみ上げた。

 

「これは没収します。紙がかわいそうです」

 

 ロメルダが悲鳴を上げかけたが、わたしは袖をつかんで廊下へ引っ張った。

 廊下に出たところで、ロメルダはわたしの手を振り払った。

 

「何すんの」

「それはこっちの台詞」

 

「ブクマちゃんには分かんないよ。ブクマちゃんは本があればいいんでしょ」

 

「今その話をすると、わたしが本気で怒る」

 

「もう怒ってるじゃん」

 

「二人とも」

 

 穏やかな声がした。

 振り返ると、トムが廊下の角に立っていた。

 彼はロメルダの顔を見て、次にわたしを見て、それから床に落ちた号外の一枚を拾った。

 ざっと読む。

 笑わない。

 

「ロメルダ」

 

「なに。トム様まで説教?」

 

 トムは紙面を畳んだ。

 

「君は、こんな退屈な文章を書く子だったかな」

 

 ロメルダが顔を上げた。

 

「は?」

 

「意地悪なのに、雑だ。読ませる力はある。でも君の良さがない。これは恋愛欄ではなく、怒りの在庫処分だね」

 

「でもみんな読んでたもん。みんなこういうの読みたかったんだよ」

 

 トムは近づいた。

 ロメルダは一歩下がろうとして、机にぶつかった。

 

「君は傷ついている。だからといって、他人の傷を増やせば帳尻が合うわけではない」

 

「説教しないでよ」

 

「説教ではないよ。助言だ」

 

「同じじゃん」

 

「違う。説教は相手を正しくするためにする。助言は、相手がこれ以上まずい方向へ行かないためにする」

 

 ロメルダは言い返そうとした。

 そのとき、彼女の首元で、金色の古いロケットが揺れた。彼女は黒いリボンのチョーカーとロケットを組み合わせていた。

 

 トムの目が、そこで止まった。

 ほんの一瞬だった。

 でも、わたしには分かった。

 彼は号外を読んだときより、ずっと強く反応していた。

 

「ロメルダ」

 

 トムの声が変わった。

 柔らかさは残っている。けれど、底が見えない。

 

「そのロケットは、どこで手に入れたのかな」

 

 ロメルダは、涙を袖で乱暴に拭った。

 

「アンブリっちにもらった」

 

 トムはロケットを見ていた。

 

 わたしは、彼の横顔を見た。

 怒っているようには見えなかった。

 驚いているようにも見えなかった。

 ただ、ずっと昔に閉じた本が、勝手に開いてしまった人の顔だった。

 

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