本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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11話 ナメクジ食らえ

 

 トムに秘密の部屋の話をされてから、わたしの頭の中はずっとそのことでいっぱいだった。

 授業中も考えていた。 朝食の最中も考えていた。なんなら寝る前の読書中も、半分くらいは「古い水場ってどこだろう」に脳を奪われていた。

 ホグワーツは広い。図書室だけでも十分迷宮なのに、そのうえ秘密の部屋まで探せというのは、だいぶ無茶な要求ではないだろうか。でも、無茶だろうが何だろうが、そこに本があるかもしれないのだ。あるいは、トムが言う「継承者に残された知識」が。だったら探さないという選択肢はない。

 その日は午前中に妖精の呪文の授業があった。予習もばっちりで準備は万端だ。

 教室に入ると、フリットウィック先生が講壇の上にちょこんと立っていた。小柄な先生だが、声はよく通るし、なにより説明が分かりやすい。こういう先生は好きだ。好きな先生の授業は、つい前のめりになってしまう。

 

「本日は、ものを軽く浮かせる呪文を扱います」

 

 先生がきらきらした声で言った。

 

「魔法は発音と意志が大事です。杖を振るタイミング、音の切り方、そこに込める力の向き——」

 

 ものすごく面白い。 魔法は適当に叫べば何でも起こる便利機能ではなく、ちゃんと理屈がある学問なのだ。

 わたしはノートを取りながら、先生の杖先と発音をじっと見た。上に。軽く。ふわりと。力を跳ね上げる感じ。びゅーんひょいだ。

 

「では、一人ずつやってみましょう。まずは羽根です」

 

 机の上に置かれた羽根を見る。小さい。目標としては非常によい。 つまり、失敗してもたぶん被害は少ないはずだ。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオサー!」

 

 前の席の子が唱えた。羽根がぴくりとも動かない。  隣の子は少し浮かせた。 後ろの子はなぜか爆発していた。 みんなそれぞれだ。

 そして、わたしの番が来た。

 大丈夫。 羽根は小さいし。 先生の言う通り、丁寧にやれば——

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

 

 完璧な発音で杖を振る。 でも浮き上がったのは羽根だけではなかった。

 

「えっ」

「おや」

「先生!?」

 

 フリットウィック先生がふわっと浮いた。

 いや、浮いたどころではなかった。 そのまま、すうっと、そしてくるっと、さらにぐんと天井近くまで上がっていった。

 教室が静まり返る。

 

 羽根も一緒に飛んでいるが、先生も一緒にものすごく軽やかに天空遊泳していた。

 

「大変申し訳ございません!!」

 

 わたしは反射で立ち上がって土下座した。周りがなんだその姿勢と不思議そうな顔をしている。先生は宙に浮いたまま、むしろ少し楽しそうだった。

 

「おお、これはなかなか。方向性は間違っていますが、魔力の出力は見事です」

「褒めないでください!」

「落ち着いて、マルフォイ。今、降りますからね」

 

 先生はくるっと杖を振り、自分でゆっくり降下してきた。着地も完璧だった。プロはすごい。でも、そういう問題ではない。

 当然、その騒ぎはあっという間に広まった。昼休みにはもう、廊下のあちこちでひそひそ声が飛んでいた。

 

「聞いた? マルフォイの妹、先生を飛ばしたって」

「羽根じゃなくて?」

「先生を」

「何で?」

「知らないけど、先生は喜んでたらしい」

「先生もどうなの」

 

 わたしもそう思う。  

 ほんとうにどうなの。

 

「聞いたぞ。何をやらかした」

 

 ドラコが昼食の席で言った。

 

「羽根を浮かせたかっただけだよ」

「それでフリットウィック先生が浮くのか?」

「先生が軽そうだったからかな」

「そういう問題か?」

 

 たぶん違う。

 だが問題はそれで終わらなかった。午後にはグリフィンドールと合同で飛行訓練が待っていたからである。

 箒。 あの男の子たちが目を輝かせる掃除道具。わたしにはいまだに良さがよく分からなかった。だがホグワーツ生として一度は乗らなければいけないらしい。世の中には納得のいかない必修がある。

 マダム・フーチの指示で、地面に置かれた箒の横に立つ。周囲の子たちはそわそわしていた。特に男の子たちは嬉しそうだ。なぜそんなに木の棒に夢を託せるのか、正直よく分からない。

 

「さあ、右手を箒の上に出して、『上がれ!』と」

 

 みんなが叫ぶ。

 ウィーズリー家の女の子の箒はぴたりと彼女の手に収まった。 アストリアは少ししか上がらない箒に苦戦していた。少し跳ねる子もいる。 何も起きない子もいた。

 わたしも口を開いた。

 

「上がれ!」 

 

 箒が動いた。

 よかった、最低限の適性は——

 次の瞬間、箒は真上にすっ飛んだ。

 

「えっ」

 

 空高く飛んでいく。 さらに飛ぶ。雲に届きそうなくらい飛ぶ。そして、そのまま帰ってこなかった。

 

 マダム・フーチが空を見上げた。 わたしも見上げた。  箒はどうも帰ってきそうにない。

 

「マルフォイ」

「はい」

「あなたは……今日は見学にしましょう」

「賢明だと思います」

 

 わたしは即答した。

 箒に嫌われている。これはもう、そうとしか思えない。向こうが全力で逃げたのだ。

 授業後、わたしは冷静に結論を出した。

 ——わたしに箒の適性はゼロだ。

 乗る以前の問題である。こっちに来る気がない道具と仲良くするのは難しい。向こうにも選ぶ権利がある。

 

 夕食の後でドラコが何か言いたげにわたしのところへやってきた。顔が妙に得意そうだった。鼻が少し上を向いている。非常に分かりやすい。

 

「何かいいことあった?」

「……別に」

「その顔で?」

「……聞きたいのか」

 

 ドラコは一拍置いてから、いかにも仕方なくという顔をした。

 

「シーカーに選ばれた」

「えっ」

「クィディッチの」

 

「お兄さまが?」

 

 聞いた瞬間、わたしは思わず立ち上がった。ドラコが少しだけ満足そうに目を細める。

 

「すごい!」

「まあな」

 

 箒に逃げられたわたしと同じ血が流れているのに、どうしてこうも違うのだろう。兄は箒に選ばれ、わたしは箒に拒絶された。遺伝子の気まぐれが激しい。

 

「今度、練習がある」

 

 ドラコが言った。

 

「見に来るか」

「いいの?」

「……別に。来たければ」

 

 来てほしい時の言い方だ。マルフォイ家の男はどうして揃いも揃って素直じゃないのだろう。

 

「行くよ」

 

 わたしは即答した。

 

「箒で空を飛べるだけですごいよ。わたしの箒は帰ってこなかったから」

「それはお前の問題だ」

 

 その通りすぎて何も言えない。

 

 クィディッチの練習時間は思ったよりもずっと朝が早かった。日が昇ってすぐぐらいの時間にグラウンドに向かうと、グリフィンドールとスリザリンの選手たちが何やら言い争いをしていた。

 

「ニンバス2001だ。チーム全員分ある」

 

 ドラコが自慢気に語り、わたしは父が張り切ってスリザリンのチーム全員分の箒を用意したことを悟った。

 

 ずるい。わたしだってほしい本たくさんあるのに! 

 

「グリフィンドールの選手はお金で選ばれたりしてないわ。純粋に才能で選ばれているのよ」

 

 ハーマイオニーがドラコに強いカウンターを決めた。

 

「ふん。穢れた血には、箒の良し悪しなんて分からないだろう」

 

 空気が止まった。

 グリフィンドールの選手たちがドラコに掴みかかろうとしていた。

 

 穢れた血。またその話か。人を生まれで値踏みする物言いは不快だった。相手がハーマイオニーならなおさらだ。

 

「お兄さま」

 

 自分でも驚くほど低い声が出た。

 ドラコがこちらを見た。

 

「何だ」

「今の、撤回して」

「は?」

「ハーマイオニー先輩に謝って」

「何を言ってる。事実を言っただけだ」

 

 その瞬間、頭の中で何かが切れた。

 

「先輩に向かって、そんなこと言わないで!」

「……何?」

「先輩は本好きで、頭が良くて、ちゃんと本を丁寧に扱うの! お兄さまよりずっと!」

「何でそこで本の扱いの話になるんだ!?」

「なるよ! 一番大事でしょ!」

「僕はマインの兄だぞ!」

 

 ドラコが言い返す。わたしも負けじと睨み返した。

 

「グレンジャーはマグル生まれだ」

「だから本を読めないの!? 本を粗末にするの!? 違うでしょ!」

「お前はほんとに何でも本に繋げるな!」

「だってお兄さまが変なこと言うから!」

 

 完全に兄妹喧嘩になっていた。 周囲の選手たちが気まずそうに遠巻きに見ている。

 

「マルフォイ家で育ったくせに」

「育ったよ! でも嫌なものは嫌!」

 

「黙れ、この嫌な奴! ナメクジ喰らえ!」

 

 怒鳴ったのはロンだった。

 ロンが折れかけた杖を振る。その呪文はドラコには飛ばなかった。

 

「うわっ」

「ロン!?」

 

 ハリーが叫ぶ。

 次の瞬間、ロンは前屈みになって咳き込み、そのまま地面に手をついた。

 

「おえっ」

 

 ぺちゃ。

 地面に、なめくじが落ちた。

 

「おえっ」

 

 ドラコは腹を抱えて笑い始めた。

 

「ははっ! 見ろよ、ウィーズリーのやつ!」

 

 ドラコが笑った。

 高らかに。実に楽しそうに。

 

「家で飼ってる庭の害虫と同類だろ。赤毛の貧乏人にはお似合い──」

 

 ぴき。

 頭の中で何かが切れた音がした。

 いや、別にロンに特別親切な気持ちがあるわけではない。さっきだって言葉選びは最悪だと思ったし、呪文のセンスも終わっていた。

 でも。

 

 わたしはドラコを見上げた。

 

「お兄さま」

「なんだ、ローゼマイン。お前も見ただろ、あいつ──」

 

 わたしは怒りに任せて杖を抜いた。 

 

「ナメクジ喰らえ」

 

 一瞬だった。

 ドラコの得意げな顔が固まる。周囲の空気も固まる。ハリーが「は?」という顔をし、ハーマイオニーが目を見開き、ロンは吐きながらでもこちらを見た。

 

「いや、ちょ、待っ──」

 

 ぼたっ、どころではなかった。

 どさどさどさどさっ!! 

 まるで誰かが袋いっぱいのナメクジをひっくり返したみたいに、ドラコの足元へ一気に落ちる。

 数が多い。

 明らかに多い。

 呪文に対して供給量がおかしい。

 

「きゃああああ!」

「増えた!?」

「なんであいつの方がひどいんだよ!」

 

 悲鳴が上がる。

 ドラコは口を押さえたまま、信じられないものを見る顔でわたしを見た。

 

「マイン……おま、え……っ」

「ちがうの。そこまでのつもりじゃ」

「うえええっ!!」

 

 追加で出たナメクジがグラウンドを覆い尽くす。

 ドラコの悲鳴がグラウンドに響く。生徒たちは避難を始めた。

 

「いやだ! いやだ、気持ち悪い!! なんでこんなに出るんだ!!」

 

 その通りだった。

 ロンの方もまだ断続的に吐いているが、ドラコの方はもう質が違った。

 事故ではなく災害である。

 ハリーがついに耐えきれず吹き出した。

 

「っ、ぶ、ははっ……!」

「笑うなポッター!!」

「マルフォイの方が被害がひどすぎて……!」

「ひどいのはこいつだ!! 僕じゃない!!」

 

 ハーマイオニーはわたしにものすごく複雑な視線を向けていた。

 

「あなた……魔法、ちょっと加減した方がいいんじゃない?」

「ほんとにそう思う」

 

 地面ではナメクジたちが元気よく四方八方へ広がっていた。

 最悪だ。

 景観が終わっている。

 あと匂いも若干だめだ。

 

「解け! 今すぐ解け、ローゼマイン!!」

 

 ドラコが半泣きで叫ぶ。

 

「こういうの即時解除する呪文あったかな……」

「ないの!?」

「たぶん物理的に出し切るタイプ」

「最悪だ!!」

 

 そのとき、ロンがふらふらしながら顔を上げた。

 

「……ざまあ、マルフォイ」

「君も全然ざまあって言える見た目じゃないよ」

 

 ハリーが言った。

 

「おえっ」

 

 ロンはまた吐く。

 

 わたしは額を押さえた。

 やってしまった。

 完全にやってしまった。

 ちょっと黙らせるつもりが、兄に対して過剰火力を叩き込んでしまった。

 そうだ、清掃呪文をかければ綺麗になるかもしれない。グラウンドを洗濯機みたいに全部洗っちゃえばいいんだ。

 

「スコージファイ!!!」

 

 きれいに地面のナメクジだけを片づけるつもりだった。

 少なくとも詠唱した瞬間はそのつもりだった。

 けれど次の瞬間、わたしの杖先から放たれた清掃魔法は、上品に地面を撫でるどころか、地面一帯に青白い光の渦を作って──

 

「えっ」

 

 ごうっ、と巻いた。

 地面のナメクジが一斉に浮く。

 ローブの裾についたやつも浮く。

 ついでにロンやドラコ、ハリー、ハーマイオニー、ドラコが買ってもらったばかりのニンバス2001まで巻き込んで、全部まとめて渦の中心へ吸い上げた。

 

「うわあああっ!?」

「ちょ、ちょっと待って、これ清掃呪文!?」

「ローゼマイン!!」

 

 渦は地面の真ん中でぶん、と膨らみ、そのまま──

 ぐるぐるぐるぐるぐる!! 

 洗濯機みたいに回り始めた。

 

「きゃああああ!」

「目が回る!」

「おえっ、うえっ、回しながら吐かせるなああ!!」

 

 ロンとドラコは半分浮いたまま、ローブごと横向きにぐるぐる回された。

 ハリーは地面にしがみついていたのに片足を取られて回っている。

 そして渦の中では、ナメクジたちが妙に生き生きと回転していた。

 最悪である。

 清掃のはずなのに、状況が悪化している。

 

「止めて! 止めてこれ!」

「今やってる!」

「やってるように見えない!!」

 

 ドラコが涙目で叫ぶ。

 その横でロンが「おえええっ」と回転に合わせて追加のナメクジを供給した。

 やめてほしい。

 汚れの再投入である。

 

「逆回転……? いや、脱水……? ちがう、すすぎかも……」

 

 焦って杖を振ると、渦の回転が一段階速くなった。

 ぐるんっ!! 

 

「きゃあああああ!!」

「速くなった! 速くなっただけだろ!!」

「お兄さま黙って! 今調整してる!」

「調整で済む状況じゃない!!」

 

 近くにいたコリン・クリービーまでなぜか巻き込まれていた。ハリーの写真を撮りに来ていたらしい。

 周囲のクィディッチ選手たちは箒で避難している。

 

「ナメクジだけなくして止まって!!」

 

 半分やけくそで魔力を叩き込むと、ようやく渦がぴたりと止まった。

 どさどさどさっ、と全員が床に落ちる。

 

 ぽたり。

 最後の一匹のナメクジが、ドラコの頭の上から落ちた。

 

 ドラコは無言でそれを見たあと、震える声で言った。

 

「ローゼマイン」

「はい」

「お前の清掃魔法、たぶん闇の魔術よりひどい」

「失礼じゃない?」

「どこが!?」

 

 見回す。

 地面だけはものすごくきれいだった。

 ぬめり一つない。輝いている。

 人間たちはぐったりしているが、グラウンドの仕上がりだけなら満点である。

 わたしは咳払いをした。

 

「ほら。ちゃんと掃除できたよ」

「代償がでかすぎるだろ!」

「でもナメクジはなくなった」

「僕らの寿命も縮んだよ……マーリンの髭」

 

 ロンが地面に突っ伏したまま、かすれ声で言う。

 

「……ハーマイオニー」

「なに」

「マルフォイの妹、やばい」

「今さら?」

 

 ハーマイオニーは乱れた髪を押さえながら、心底疲れた顔でため息をついた。

 

「あなた、せめて次からは普通の強さで呪文を使って」

「そうしたいのは山々なんだけど」

「願望で済ませないで」

 

 ドラコはふらふら立ち上がり、まだ少し青い顔でわたしを睨んだ。

 ゆっくり顔を上げると、ひらりと黒いローブが揺れていた。

 スネイプ先生だった。

 

 終わった。

 

 わたしだけでなく、その場にいた全員がたぶん同じ結論に達したと思う。

 ロンは青い顔のまま固まり、ハリーは「まずい」という顔をし、ハーマイオニーは目を閉じた。ドラコは半泣きの顔で「先生」と言いかけて、口をつぐんだ。賢明である。今は誰が先に口を開いても損しかしない。

 スネイプ先生は、きれいすぎる地面を一瞥し、それから、ずらりと並ぶ被害者たちを見た。

 

 ロン。まだナメクジを吐いている。

 ドラコ。さらに多いナメクジを吐いている。

 ハリー。びしょ濡れで髪が乱れている。

 ハーマイオニー。ずぶ濡れの鞄を抱えている。

 コリン。濡れたカメラを抱えて泣いている。

 わたし。杖を持っている。

 状況証拠が多すぎた。

 

「……たいへん興味深い光景だ」

 

 低い声が廊下に落ちる。

 

「説明しろ」

 

 誰も口を開かない。

 いや、開けない。

 この状況をどう説明しても、まともには聞こえないからだ。

 数秒の沈黙のあと、ドラコがふらつきながら一歩出た。

 

「せ、先生……マインが」

「黙れ、ドラコ。ナメクジを吐いているお前から聞けば十割余計に面倒になる」

 

 切り捨てられた。

 ドラコが傷ついた顔をした。

 でも今のは先生が正しい。

 スネイプ先生の視線が再びわたしに戻る。

 

「ローゼマイン・マルフォイ」

「……はい」

 

 スネイプ先生はいつもマインかマルフォイと呼ぶのに、今回は違った。

 

「お前の杖は飾りか?」

「ちがいます」

「そうだろうな。飾りなら、廊下一帯を洗濯場には変えん」

 

 ハリーがうつむいた。

 笑いをこらえている。

 この状況でよくやる。

 

「何があった」

 

 観念した。

 ここで下手に誤魔化すと悪化する。

 

「ロンがドラコに"ナメクジ喰らえ"をかけようとして、自分に返りました」

「当然だな」

「それでドラコが笑いました」

「当然ではないが、予想はつく」

「それで、わたしがドラコに"ナメクジ喰らえ"をかけました」

「愚かだな」

「それで、その、予想よりたくさん出ました」

「予想はできる」

「それでスコージファイを使ったら、ちょっと強く出て」

「ちょっと?」

「……かなり」

「かなり?」

 

 先生の眉がゆっくり上がる。

 わたしは小さくなった。

 

「ぐるぐる回りました」

「……そうか」

 

 静かな声だった。

 静かすぎて逆に怖い。

 スネイプ先生はしばらく黙った。

 その沈黙の間に、廊下にいた全員の命が少しずつ削られていく気がした。

 やがて先生は、滑らかな声音で言った。

 

「要するにこうだな。ウィーズリーが壊れた杖で幼稚な呪いを放ち、自爆した。マルフォイはその無様さを笑った。お前は兄を黙らせようとして同じように幼稚な呪いを兄へ放ち、しかも必要以上の威力で成功させた。さらに証拠隠滅のつもりで清掃呪文を使い、廊下で集団洗濯を始めた」

 

 要約がうますぎる。

 そして容赦がない。

 

「違うか?」

「……だいたい合ってます」

「だいたいではなく、完全にそうだ」

 

 ロンが小さくうめいた。

 

「先生、杖が──」

「ウィーズリー」

 

 ぴしゃり、と言葉が落ちる。

 

「折れた杖を使うなと百回言われても使うなら、それは不運ではなく才能だ。愚行のな」

 

 ロンがしゅんとした。

 ハリーが気まずそうに視線をそらす。

 ハーマイオニーは「その通り」と顔に書いてあったが、口にはしなかった。えらい。

 次に先生はドラコを見る。

 

「そしてドラコ」

「はい、先生……」

「誰かが呪いの反動で床に這いつくばっている時に笑うのは、機知ではない。ただの品のなさだ」

「……はい、先生」

「マルフォイ家の教育水準を疑いたくなる」

「……はい、先生」

 

 ドラコがすっかりしおれている。

 めずらしい光景だった。ちょっと貴重である。

 そして最後に、先生の視線がわたしに刺さる。

 

「ローゼマイン」

「はい」

「お前は本を読む時間が長すぎて、ついに呪文の出力調整という初歩を本ごと忘れたのか?」

「忘れてはいません」

「ならなぜ兄がナメクジの供給源になった」

「少し腹が立って」

「感情で呪文を撃つな。五歳児でも分かる」

「……はい」

「さらに、制御に失敗した清掃呪文で生徒をまとめて回転させた」

「地面はきれいになりました」

「ローゼマイン」

「はい」

「私は地面を清掃した感想は求めていない」

「申し訳ございません」

 

 先生は冷えた視線で全員を見回した。

 

「グリフィンドールから二十点」

「えっ!」

 

 ロンとハリーが同時に声を上げた。

 

「黙れ。ウィーズリーの呪いの乱用、ポッターが何も注意しなかったこと、そしていつもの愚かさをまとめて引いておく」

「いつもの愚かさで引くのは卑怯です!」

 

 ハリーが言った。

 

「では五十点にするか?」

「二十点で結構です」

 

 スネイプ先生はわたしとドラコを見る。

 

「スリザリンからも二十点」

 

 今度はドラコが息をのんだ。

 わたしも少しだけ目を丸くした。

 

「先生、でも──」

「抗議するのか? グラウンドを呪いと清掃の実験場にしたあとで?」

「……いいえ」

「よろしい」

 

 うわ、平等に削った。

 これは重い。

 でも妥当すぎて反論できない。

 先生はさらに続けた。

 

「ウィーズリーは医務室へ行け。今すぐだ。吐き終わるまで戻るな」

「はい……」

「ドラコもだ。顔色が死体みたいだぞ」

「はい、先生……」

「グレンジャー、二人が途中で倒れたらマダム・ポンフリーに知らせろ」

「はい、先生」

「ポッター、笑うな」

「笑ってません」

「顔が笑っている」

 

 最後に、先生はわたしの前で足を止めた。

 見上げる。

 見下ろされる。

 ものすごく怒鳴られるわけではないのに、こっちの方がずっと堪える。

 

「ローゼマイン」

「はい」

「今夜、私の部屋へ来い」

「えっ」

「安心しろ、毒を飲ませはしない」

「そこは安心材料にならないです」

「口答えする元気はあるようだな。なら二時間、清掃呪文の制御訓練だ」

「二時間……」

「不満か?」

「……いいえ」

 

 ある。

 めちゃくちゃある。

 でもここで言ったら四時間になる。

 先生はわずかに身を屈め、低い声で言った。

 

「お前は出力だけなら十分すぎるほどある。問題は、それを毎回戦場みたいに使うことだ」

「……はい」

「呪文は爆発させればいいわけじゃない。切るべきところだけを切れ。洗うべきところだけを洗え」

「はい」

「次に人間ごと洗濯を始めたら、訓練時間を倍にする」 「気をつけます」

 

 先生はようやく離れ、黒いローブを翻した。

 

「以上だ」

 

 その一言で、みんなが一斉に動いた。

 ロンはふらふらしながらハリーにもたれ、ドラコはまだ青い顔で歩き、ハーマイオニーは疲れ切った顔で二人を見比べている。わたしは杖を握り直し、磨き上げられた地面をちらりと見た。

 完璧だった。ほんとうに地面だけは。

 そのとき、隣を通り過ぎざま、ドラコが恨みがましく囁いた。

 

「この件は父上に報告する」

「どうぞご自由に?」

「絶対怒られるぞ、お前」

「お兄さまも『人の不幸を笑ってナメクジ吐いた挙げ句、洗濯機みたいに回された』って報告されるけどね」

「最悪だ!!」

 

 本当だよ。

 信じられない犠牲の上に、完璧に清掃されたグラウンドだけが残った。

 

 その日の夜、スネイプ先生の部屋で、わたしは二時間で済むと思っていた清掃呪文の制御訓練を、三時間やらされた。

 





書いてて楽しかった回です。マイン暴走しかしない。
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