本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。 作:bookworm
トムに秘密の部屋の話をされてから、わたしの頭の中はずっとそのことでいっぱいだった。
授業中も考えていた。 朝食の最中も考えていた。なんなら寝る前の読書中も、半分くらいは「古い水場ってどこだろう」に脳を奪われていた。
ホグワーツは広い。図書室だけでも十分迷宮なのに、そのうえ秘密の部屋まで探せというのは、だいぶ無茶な要求ではないだろうか。でも、無茶だろうが何だろうが、そこに本があるかもしれないのだ。あるいは、トムが言う「継承者に残された知識」が。だったら探さないという選択肢はない。
その日は午前中に妖精の呪文の授業があった。予習もばっちりで準備は万端だ。
教室に入ると、フリットウィック先生が講壇の上にちょこんと立っていた。小柄な先生だが、声はよく通るし、なにより説明が分かりやすい。こういう先生は好きだ。好きな先生の授業は、つい前のめりになってしまう。
「本日は、ものを軽く浮かせる呪文を扱います」
先生がきらきらした声で言った。
「魔法は発音と意志が大事です。杖を振るタイミング、音の切り方、そこに込める力の向き——」
ものすごく面白い。 魔法は適当に叫べば何でも起こる便利機能ではなく、ちゃんと理屈がある学問なのだ。
わたしはノートを取りながら、先生の杖先と発音をじっと見た。上に。軽く。ふわりと。力を跳ね上げる感じ。びゅーんひょいだ。
「では、一人ずつやってみましょう。まずは羽根です」
机の上に置かれた羽根を見る。小さい。目標としては非常によい。 つまり、失敗してもたぶん被害は少ないはずだ。
「ウィンガーディアム・レヴィオサー!」
前の席の子が唱えた。羽根がぴくりとも動かない。 隣の子は少し浮かせた。 後ろの子はなぜか爆発していた。 みんなそれぞれだ。
そして、わたしの番が来た。
大丈夫。 羽根は小さいし。 先生の言う通り、丁寧にやれば——
「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」
完璧な発音で杖を振る。 でも浮き上がったのは羽根だけではなかった。
「えっ」
「おや」
「先生!?」
フリットウィック先生がふわっと浮いた。
いや、浮いたどころではなかった。 そのまま、すうっと、そしてくるっと、さらにぐんと天井近くまで上がっていった。
教室が静まり返る。
羽根も一緒に飛んでいるが、先生も一緒にものすごく軽やかに天空遊泳していた。
「大変申し訳ございません!!」
わたしは反射で立ち上がって土下座した。周りがなんだその姿勢と不思議そうな顔をしている。先生は宙に浮いたまま、むしろ少し楽しそうだった。
「おお、これはなかなか。方向性は間違っていますが、魔力の出力は見事です」
「褒めないでください!」
「落ち着いて、マルフォイ。今、降りますからね」
先生はくるっと杖を振り、自分でゆっくり降下してきた。着地も完璧だった。プロはすごい。でも、そういう問題ではない。
当然、その騒ぎはあっという間に広まった。昼休みにはもう、廊下のあちこちでひそひそ声が飛んでいた。
「聞いた? マルフォイの妹、先生を飛ばしたって」
「羽根じゃなくて?」
「先生を」
「何で?」
「知らないけど、先生は喜んでたらしい」
「先生もどうなの」
わたしもそう思う。
ほんとうにどうなの。
「聞いたぞ。何をやらかした」
ドラコが昼食の席で言った。
「羽根を浮かせたかっただけだよ」
「それでフリットウィック先生が浮くのか?」
「先生が軽そうだったからかな」
「そういう問題か?」
たぶん違う。
だが問題はそれで終わらなかった。午後にはグリフィンドールと合同で飛行訓練が待っていたからである。
箒。 あの男の子たちが目を輝かせる掃除道具。わたしにはいまだに良さがよく分からなかった。だがホグワーツ生として一度は乗らなければいけないらしい。世の中には納得のいかない必修がある。
マダム・フーチの指示で、地面に置かれた箒の横に立つ。周囲の子たちはそわそわしていた。特に男の子たちは嬉しそうだ。なぜそんなに木の棒に夢を託せるのか、正直よく分からない。
「さあ、右手を箒の上に出して、『上がれ!』と」
みんなが叫ぶ。
ウィーズリー家の女の子の箒はぴたりと彼女の手に収まった。 アストリアは少ししか上がらない箒に苦戦していた。少し跳ねる子もいる。 何も起きない子もいた。
わたしも口を開いた。
「上がれ!」
箒が動いた。
よかった、最低限の適性は——
次の瞬間、箒は真上にすっ飛んだ。
「えっ」
空高く飛んでいく。 さらに飛ぶ。雲に届きそうなくらい飛ぶ。そして、そのまま帰ってこなかった。
マダム・フーチが空を見上げた。 わたしも見上げた。 箒はどうも帰ってきそうにない。
「マルフォイ」
「はい」
「あなたは……今日は見学にしましょう」
「賢明だと思います」
わたしは即答した。
箒に嫌われている。これはもう、そうとしか思えない。向こうが全力で逃げたのだ。
授業後、わたしは冷静に結論を出した。
——わたしに箒の適性はゼロだ。
乗る以前の問題である。こっちに来る気がない道具と仲良くするのは難しい。向こうにも選ぶ権利がある。
夕食の後でドラコが何か言いたげにわたしのところへやってきた。顔が妙に得意そうだった。鼻が少し上を向いている。非常に分かりやすい。
「何かいいことあった?」
「……別に」
「その顔で?」
「……聞きたいのか」
ドラコは一拍置いてから、いかにも仕方なくという顔をした。
「シーカーに選ばれた」
「えっ」
「クィディッチの」
「お兄さまが?」
聞いた瞬間、わたしは思わず立ち上がった。ドラコが少しだけ満足そうに目を細める。
「すごい!」
「まあな」
箒に逃げられたわたしと同じ血が流れているのに、どうしてこうも違うのだろう。兄は箒に選ばれ、わたしは箒に拒絶された。遺伝子の気まぐれが激しい。
「今度、練習がある」
ドラコが言った。
「見に来るか」
「いいの?」
「……別に。来たければ」
来てほしい時の言い方だ。マルフォイ家の男はどうして揃いも揃って素直じゃないのだろう。
「行くよ」
わたしは即答した。
「箒で空を飛べるだけですごいよ。わたしの箒は帰ってこなかったから」
「それはお前の問題だ」
その通りすぎて何も言えない。
クィディッチの練習時間は思ったよりもずっと朝が早かった。日が昇ってすぐぐらいの時間にグラウンドに向かうと、グリフィンドールとスリザリンの選手たちが何やら言い争いをしていた。
「ニンバス2001だ。チーム全員分ある」
ドラコが自慢気に語り、わたしは父が張り切ってスリザリンのチーム全員分の箒を用意したことを悟った。
ずるい。わたしだってほしい本たくさんあるのに!
「グリフィンドールの選手はお金で選ばれたりしてないわ。純粋に才能で選ばれているのよ」
ハーマイオニーがドラコに強いカウンターを決めた。
「ふん。穢れた血には、箒の良し悪しなんて分からないだろう」
空気が止まった。
グリフィンドールの選手たちがドラコに掴みかかろうとしていた。
穢れた血。またその話か。人を生まれで値踏みする物言いは不快だった。相手がハーマイオニーならなおさらだ。
「お兄さま」
自分でも驚くほど低い声が出た。
ドラコがこちらを見た。
「何だ」
「今の、撤回して」
「は?」
「ハーマイオニー先輩に謝って」
「何を言ってる。事実を言っただけだ」
その瞬間、頭の中で何かが切れた。
「先輩に向かって、そんなこと言わないで!」
「……何?」
「先輩は本好きで、頭が良くて、ちゃんと本を丁寧に扱うの! お兄さまよりずっと!」
「何でそこで本の扱いの話になるんだ!?」
「なるよ! 一番大事でしょ!」
「僕はマインの兄だぞ!」
ドラコが言い返す。わたしも負けじと睨み返した。
「グレンジャーはマグル生まれだ」
「だから本を読めないの!? 本を粗末にするの!? 違うでしょ!」
「お前はほんとに何でも本に繋げるな!」
「だってお兄さまが変なこと言うから!」
完全に兄妹喧嘩になっていた。 周囲の選手たちが気まずそうに遠巻きに見ている。
「マルフォイ家で育ったくせに」
「育ったよ! でも嫌なものは嫌!」
「黙れ、この嫌な奴! ナメクジ喰らえ!」
怒鳴ったのはロンだった。
ロンが折れかけた杖を振る。その呪文はドラコには飛ばなかった。
「うわっ」
「ロン!?」
ハリーが叫ぶ。
次の瞬間、ロンは前屈みになって咳き込み、そのまま地面に手をついた。
「おえっ」
ぺちゃ。
地面に、なめくじが落ちた。
「おえっ」
ドラコは腹を抱えて笑い始めた。
「ははっ! 見ろよ、ウィーズリーのやつ!」
ドラコが笑った。
高らかに。実に楽しそうに。
「家で飼ってる庭の害虫と同類だろ。赤毛の貧乏人にはお似合い──」
ぴき。
頭の中で何かが切れた音がした。
いや、別にロンに特別親切な気持ちがあるわけではない。さっきだって言葉選びは最悪だと思ったし、呪文のセンスも終わっていた。
でも。
わたしはドラコを見上げた。
「お兄さま」
「なんだ、ローゼマイン。お前も見ただろ、あいつ──」
わたしは怒りに任せて杖を抜いた。
「ナメクジ喰らえ」
一瞬だった。
ドラコの得意げな顔が固まる。周囲の空気も固まる。ハリーが「は?」という顔をし、ハーマイオニーが目を見開き、ロンは吐きながらでもこちらを見た。
「いや、ちょ、待っ──」
ぼたっ、どころではなかった。
どさどさどさどさっ!!
まるで誰かが袋いっぱいのナメクジをひっくり返したみたいに、ドラコの足元へ一気に落ちる。
数が多い。
明らかに多い。
呪文に対して供給量がおかしい。
「きゃああああ!」
「増えた!?」
「なんであいつの方がひどいんだよ!」
悲鳴が上がる。
ドラコは口を押さえたまま、信じられないものを見る顔でわたしを見た。
「マイン……おま、え……っ」
「ちがうの。そこまでのつもりじゃ」
「うえええっ!!」
追加で出たナメクジがグラウンドを覆い尽くす。
ドラコの悲鳴がグラウンドに響く。生徒たちは避難を始めた。
「いやだ! いやだ、気持ち悪い!! なんでこんなに出るんだ!!」
その通りだった。
ロンの方もまだ断続的に吐いているが、ドラコの方はもう質が違った。
事故ではなく災害である。
ハリーがついに耐えきれず吹き出した。
「っ、ぶ、ははっ……!」
「笑うなポッター!!」
「マルフォイの方が被害がひどすぎて……!」
「ひどいのはこいつだ!! 僕じゃない!!」
ハーマイオニーはわたしにものすごく複雑な視線を向けていた。
「あなた……魔法、ちょっと加減した方がいいんじゃない?」
「ほんとにそう思う」
地面ではナメクジたちが元気よく四方八方へ広がっていた。
最悪だ。
景観が終わっている。
あと匂いも若干だめだ。
「解け! 今すぐ解け、ローゼマイン!!」
ドラコが半泣きで叫ぶ。
「こういうの即時解除する呪文あったかな……」
「ないの!?」
「たぶん物理的に出し切るタイプ」
「最悪だ!!」
そのとき、ロンがふらふらしながら顔を上げた。
「……ざまあ、マルフォイ」
「君も全然ざまあって言える見た目じゃないよ」
ハリーが言った。
「おえっ」
ロンはまた吐く。
わたしは額を押さえた。
やってしまった。
完全にやってしまった。
ちょっと黙らせるつもりが、兄に対して過剰火力を叩き込んでしまった。
そうだ、清掃呪文をかければ綺麗になるかもしれない。グラウンドを洗濯機みたいに全部洗っちゃえばいいんだ。
「スコージファイ!!!」
きれいに地面のナメクジだけを片づけるつもりだった。
少なくとも詠唱した瞬間はそのつもりだった。
けれど次の瞬間、わたしの杖先から放たれた清掃魔法は、上品に地面を撫でるどころか、地面一帯に青白い光の渦を作って──
「えっ」
ごうっ、と巻いた。
地面のナメクジが一斉に浮く。
ローブの裾についたやつも浮く。
ついでにロンやドラコ、ハリー、ハーマイオニー、ドラコが買ってもらったばかりのニンバス2001まで巻き込んで、全部まとめて渦の中心へ吸い上げた。
「うわあああっ!?」
「ちょ、ちょっと待って、これ清掃呪文!?」
「ローゼマイン!!」
渦は地面の真ん中でぶん、と膨らみ、そのまま──
ぐるぐるぐるぐるぐる!!
洗濯機みたいに回り始めた。
「きゃああああ!」
「目が回る!」
「おえっ、うえっ、回しながら吐かせるなああ!!」
ロンとドラコは半分浮いたまま、ローブごと横向きにぐるぐる回された。
ハリーは地面にしがみついていたのに片足を取られて回っている。
そして渦の中では、ナメクジたちが妙に生き生きと回転していた。
最悪である。
清掃のはずなのに、状況が悪化している。
「止めて! 止めてこれ!」
「今やってる!」
「やってるように見えない!!」
ドラコが涙目で叫ぶ。
その横でロンが「おえええっ」と回転に合わせて追加のナメクジを供給した。
やめてほしい。
汚れの再投入である。
「逆回転……? いや、脱水……? ちがう、すすぎかも……」
焦って杖を振ると、渦の回転が一段階速くなった。
ぐるんっ!!
「きゃあああああ!!」
「速くなった! 速くなっただけだろ!!」
「お兄さま黙って! 今調整してる!」
「調整で済む状況じゃない!!」
近くにいたコリン・クリービーまでなぜか巻き込まれていた。ハリーの写真を撮りに来ていたらしい。
周囲のクィディッチ選手たちは箒で避難している。
「ナメクジだけなくして止まって!!」
半分やけくそで魔力を叩き込むと、ようやく渦がぴたりと止まった。
どさどさどさっ、と全員が床に落ちる。
ぽたり。
最後の一匹のナメクジが、ドラコの頭の上から落ちた。
ドラコは無言でそれを見たあと、震える声で言った。
「ローゼマイン」
「はい」
「お前の清掃魔法、たぶん闇の魔術よりひどい」
「失礼じゃない?」
「どこが!?」
見回す。
地面だけはものすごくきれいだった。
ぬめり一つない。輝いている。
人間たちはぐったりしているが、グラウンドの仕上がりだけなら満点である。
わたしは咳払いをした。
「ほら。ちゃんと掃除できたよ」
「代償がでかすぎるだろ!」
「でもナメクジはなくなった」
「僕らの寿命も縮んだよ……マーリンの髭」
ロンが地面に突っ伏したまま、かすれ声で言う。
「……ハーマイオニー」
「なに」
「マルフォイの妹、やばい」
「今さら?」
ハーマイオニーは乱れた髪を押さえながら、心底疲れた顔でため息をついた。
「あなた、せめて次からは普通の強さで呪文を使って」
「そうしたいのは山々なんだけど」
「願望で済ませないで」
ドラコはふらふら立ち上がり、まだ少し青い顔でわたしを睨んだ。
ゆっくり顔を上げると、ひらりと黒いローブが揺れていた。
スネイプ先生だった。
終わった。
わたしだけでなく、その場にいた全員がたぶん同じ結論に達したと思う。
ロンは青い顔のまま固まり、ハリーは「まずい」という顔をし、ハーマイオニーは目を閉じた。ドラコは半泣きの顔で「先生」と言いかけて、口をつぐんだ。賢明である。今は誰が先に口を開いても損しかしない。
スネイプ先生は、きれいすぎる地面を一瞥し、それから、ずらりと並ぶ被害者たちを見た。
ロン。まだナメクジを吐いている。
ドラコ。さらに多いナメクジを吐いている。
ハリー。びしょ濡れで髪が乱れている。
ハーマイオニー。ずぶ濡れの鞄を抱えている。
コリン。濡れたカメラを抱えて泣いている。
わたし。杖を持っている。
状況証拠が多すぎた。
「……たいへん興味深い光景だ」
低い声が廊下に落ちる。
「説明しろ」
誰も口を開かない。
いや、開けない。
この状況をどう説明しても、まともには聞こえないからだ。
数秒の沈黙のあと、ドラコがふらつきながら一歩出た。
「せ、先生……マインが」
「黙れ、ドラコ。ナメクジを吐いているお前から聞けば十割余計に面倒になる」
切り捨てられた。
ドラコが傷ついた顔をした。
でも今のは先生が正しい。
スネイプ先生の視線が再びわたしに戻る。
「ローゼマイン・マルフォイ」
「……はい」
スネイプ先生はいつもマインかマルフォイと呼ぶのに、今回は違った。
「お前の杖は飾りか?」
「ちがいます」
「そうだろうな。飾りなら、廊下一帯を洗濯場には変えん」
ハリーがうつむいた。
笑いをこらえている。
この状況でよくやる。
「何があった」
観念した。
ここで下手に誤魔化すと悪化する。
「ロンがドラコに"ナメクジ喰らえ"をかけようとして、自分に返りました」
「当然だな」
「それでドラコが笑いました」
「当然ではないが、予想はつく」
「それで、わたしがドラコに"ナメクジ喰らえ"をかけました」
「愚かだな」
「それで、その、予想よりたくさん出ました」
「予想はできる」
「それでスコージファイを使ったら、ちょっと強く出て」
「ちょっと?」
「……かなり」
「かなり?」
先生の眉がゆっくり上がる。
わたしは小さくなった。
「ぐるぐる回りました」
「……そうか」
静かな声だった。
静かすぎて逆に怖い。
スネイプ先生はしばらく黙った。
その沈黙の間に、廊下にいた全員の命が少しずつ削られていく気がした。
やがて先生は、滑らかな声音で言った。
「要するにこうだな。ウィーズリーが壊れた杖で幼稚な呪いを放ち、自爆した。マルフォイはその無様さを笑った。お前は兄を黙らせようとして同じように幼稚な呪いを兄へ放ち、しかも必要以上の威力で成功させた。さらに証拠隠滅のつもりで清掃呪文を使い、廊下で集団洗濯を始めた」
要約がうますぎる。
そして容赦がない。
「違うか?」
「……だいたい合ってます」
「だいたいではなく、完全にそうだ」
ロンが小さくうめいた。
「先生、杖が──」
「ウィーズリー」
ぴしゃり、と言葉が落ちる。
「折れた杖を使うなと百回言われても使うなら、それは不運ではなく才能だ。愚行のな」
ロンがしゅんとした。
ハリーが気まずそうに視線をそらす。
ハーマイオニーは「その通り」と顔に書いてあったが、口にはしなかった。えらい。
次に先生はドラコを見る。
「そしてドラコ」
「はい、先生……」
「誰かが呪いの反動で床に這いつくばっている時に笑うのは、機知ではない。ただの品のなさだ」
「……はい、先生」
「マルフォイ家の教育水準を疑いたくなる」
「……はい、先生」
ドラコがすっかりしおれている。
めずらしい光景だった。ちょっと貴重である。
そして最後に、先生の視線がわたしに刺さる。
「ローゼマイン」
「はい」
「お前は本を読む時間が長すぎて、ついに呪文の出力調整という初歩を本ごと忘れたのか?」
「忘れてはいません」
「ならなぜ兄がナメクジの供給源になった」
「少し腹が立って」
「感情で呪文を撃つな。五歳児でも分かる」
「……はい」
「さらに、制御に失敗した清掃呪文で生徒をまとめて回転させた」
「地面はきれいになりました」
「ローゼマイン」
「はい」
「私は地面を清掃した感想は求めていない」
「申し訳ございません」
先生は冷えた視線で全員を見回した。
「グリフィンドールから二十点」
「えっ!」
ロンとハリーが同時に声を上げた。
「黙れ。ウィーズリーの呪いの乱用、ポッターが何も注意しなかったこと、そしていつもの愚かさをまとめて引いておく」
「いつもの愚かさで引くのは卑怯です!」
ハリーが言った。
「では五十点にするか?」
「二十点で結構です」
スネイプ先生はわたしとドラコを見る。
「スリザリンからも二十点」
今度はドラコが息をのんだ。
わたしも少しだけ目を丸くした。
「先生、でも──」
「抗議するのか? グラウンドを呪いと清掃の実験場にしたあとで?」
「……いいえ」
「よろしい」
うわ、平等に削った。
これは重い。
でも妥当すぎて反論できない。
先生はさらに続けた。
「ウィーズリーは医務室へ行け。今すぐだ。吐き終わるまで戻るな」
「はい……」
「ドラコもだ。顔色が死体みたいだぞ」
「はい、先生……」
「グレンジャー、二人が途中で倒れたらマダム・ポンフリーに知らせろ」
「はい、先生」
「ポッター、笑うな」
「笑ってません」
「顔が笑っている」
最後に、先生はわたしの前で足を止めた。
見上げる。
見下ろされる。
ものすごく怒鳴られるわけではないのに、こっちの方がずっと堪える。
「ローゼマイン」
「はい」
「今夜、私の部屋へ来い」
「えっ」
「安心しろ、毒を飲ませはしない」
「そこは安心材料にならないです」
「口答えする元気はあるようだな。なら二時間、清掃呪文の制御訓練だ」
「二時間……」
「不満か?」
「……いいえ」
ある。
めちゃくちゃある。
でもここで言ったら四時間になる。
先生はわずかに身を屈め、低い声で言った。
「お前は出力だけなら十分すぎるほどある。問題は、それを毎回戦場みたいに使うことだ」
「……はい」
「呪文は爆発させればいいわけじゃない。切るべきところだけを切れ。洗うべきところだけを洗え」
「はい」
「次に人間ごと洗濯を始めたら、訓練時間を倍にする」 「気をつけます」
先生はようやく離れ、黒いローブを翻した。
「以上だ」
その一言で、みんなが一斉に動いた。
ロンはふらふらしながらハリーにもたれ、ドラコはまだ青い顔で歩き、ハーマイオニーは疲れ切った顔で二人を見比べている。わたしは杖を握り直し、磨き上げられた地面をちらりと見た。
完璧だった。ほんとうに地面だけは。
そのとき、隣を通り過ぎざま、ドラコが恨みがましく囁いた。
「この件は父上に報告する」
「どうぞご自由に?」
「絶対怒られるぞ、お前」
「お兄さまも『人の不幸を笑ってナメクジ吐いた挙げ句、洗濯機みたいに回された』って報告されるけどね」
「最悪だ!!」
本当だよ。
信じられない犠牲の上に、完璧に清掃されたグラウンドだけが残った。
その日の夜、スネイプ先生の部屋で、わたしは二時間で済むと思っていた清掃呪文の制御訓練を、三時間やらされた。
書いてて楽しかった回です。マイン暴走しかしない。