本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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98話 危険生物の引取先はどこですか

 

 アルドゥスは、スリザリンのロケットを噛み砕いたあと、しばらく不満そうに舌を出していた。

 

『まずいものを食べた後は美味いものが食いたくなる』

 

「ねえ、マイン」

 

 ロメルダが、恐る恐るアルドゥスを見上げた。

 

「今のって、まずいの後はなんて言ったの?」

 

「まずいものを食べた後は美味いものが食いたくなるって」

 

「分かる〜! そっかあ、バジリスクも美味しいもの食べたいもんね」

 

 ロメルダはそう言うと、急にアルドゥスへ顔を向けた。

 

「えっと……まずい、ね。まずい。マズイ。んー、蛇語だとさっきの音がこうで……」

 

 彼女は口をもごもご動かした。

 わたしは嫌な予感がした。

 

「ロメルダ?」

 

「待って。いける気がする。言語ってさ、ノリじゃん?」

 

「そうかな? 音でがんばって覚えてたけど」

 

「会話ってだいたいノリだよ。相手のテンションと文脈で七割いける」

 

 彼女はアルドゥスの前に立ち、両手を広げる。

 

「えーっと……」

 

『あたし、まずい。食べるな』

 

「おけ?」

 

 最後の「おけ?」だけ、どう聞いても蛇語ではなかった。

 けれどアルドゥスは首を傾げた。

 

『まずいから食べるなと言うことか?』

 

「通じた! ブクマちゃん、通じたよね?!」

 

「通じないでほしかった!」

 

 ロメルダはぱっと顔を明るくした。

 

「やば、蛇語って意外といける! 音がにゅるっとしてるだけで、テンション掴めばなんとかなる!」

 

「ならない!」

 

 トムが額に手を当てた。

 

「マインの時と同じだ」

 

「同じにしないで」

 

「若者はなんでこうも吸収が早いんだ」

 

「え、トム様って実年齢いくつ?」

 

「……1926年生まれだ」

 

「ええ! おじいちゃんじゃん!」

 

 トムは本気で疲れた顔をしていた。

 わたしは少し同情した。わたしも今、目の前でギャルが蛇語をノリで習得するところを見て、知識体系への信頼をかなり失っている。

 アルドゥスはロメルダを見て、また舌を出した。

 

『こいつは食べない。うるさい』

 

「今なんて?」

 

「うるさいって」

 

「ひどくない!? 初対面のバジリスクにうるさいって言われたんだけど!」

 

「正確な評価だと思う」

 

「ブクマちゃんまで!?」

 

 そのとき、森の奥で木が折れる音がした。

 ばきり、という音ではない。

 めきめき、と幹ごと押し曲げられるような音だった。

 ロメルダがわたしの袖をつかむ。

 

「今度は何?」

 

「知らないよ」

 

「知らないのが一番怖いんだけど!」

 

 黒い木々の向こうから、巨大な影が現れた。

 人の形をしている。

 けれど、人ではない。大きすぎる。木の幹のあいだから、灰色の肌と太い腕が見えた。潰れたような鼻。ぼさぼさの髪。のそのそと歩くたび、地面が低く揺れる。

 アルドゥスが頭をもたげた。

 

『大きいごはん?』

 

『だめ!』

 

 わたしは反射的に蛇語で叫んだ。

 

『たぶんごはんじゃない!』

 

 けれど、アルドゥスはすでに身を伸ばしていた。

 大きな口が開く。

 巨人の影が、ぼんやりこちらを見た。

 

「へび」

 

 低い声がした。

 次の瞬間、森の奥から別の声が飛んできた。

 

「やめろおおおお!」

 

 茂みを突き破るように、ハグリッドが現れた。

 片手には大きなランタン。もう片方の手には、何に使うのか分からないほど太い縄を持っている。目は飛び出しそうだった。

 

「俺の弟に何する!」

 

 全員が止まった。

 アルドゥスも止まった。

 ロメルダが、小声で言った。

 

「ハグリッドの弟?」

 

 トムも言った。

 

「弟?」

 

 わたしも言った。

 

「あれが弟?」

 

 ハグリッドは、巨人の前に両手を広げて立った。

 

「グロウプだ! 俺の弟だ!」

 

 巨人はハグリッドの背後で、のんびりとアルドゥスを見ている。

 

「ながい、へび」

 

『大きいごはん、しゃべる』

 

『ごはんじゃないってば!』

 

 わたしはまた蛇語で叫んだ。

 ロメルダが横で震える声を出した。

 

「待って。情報が多い。ハグりん先生の弟が巨人で、バジリスクが弟を丸呑みしかけて、弟は蛇を見てる。どこから突っ込めばいいの?」

 

「全部だね!」

 

 ハグリッドはアルドゥスを見上げ、口を半開きにした。

 

「マイン。そいつァ……蛇か?」

 

「分類上は蛇です」

 

「分類上って言うな。まさか、バジリスクじゃねえだろうな?」

 

 一瞬だけ、ハグリッドの声に疑いが混じった。

 わたしは目をそらした。

 

「バジリスクですね」

 

 ハグリッドは固まった。

 普通の教師なら、ここで悲鳴を上げる。あるいは逃げる。あるいは即座に校長を呼ぶ。

 

 ハグリッドは違った。

 目が輝いていた。

 

「本物か?」

 

「本物です」

 

「うわあ……!」

 

 ハグリッドは、感動したように息を吐いた。

 

「すっげえな。こんな立派なバジリスク、そうそう見られねえ」

 

「見ない方がいい生き物だよ」

 

 トムが冷たく言った。

 

「目が合えば死ぬ」

 

「そりゃあ知ってる」

 

「知っていて目を輝かせるな」

 

 ロメルダが急に前向きな顔をした。

 

「でもさ、ハグりん先生って魔法生物飼育学の先生じゃん? しかもこんな大きい弟のお世話もしてるわけでしょ? どんな生き物でも育てられるのって、先生としてかなり強みじゃない?」

 

 わたしはロメルダを見た。

 さっきまで嫉妬と怒りで恋愛強者撲滅を唱えていた人とは思えない、まぶしいほどの超ポジティブ解釈だった。

 分霊箱の影響は、もう消えたのかもしれない。

 ハグリッドは照れたように髭をもぞもぞさせた。

 

「まあ、でかい生き物は慣れてるがな」

 

「じゃあ、この子お願いできる?」

 

「ロメルダ!」

 

「だって、ホグワーツ戻れないじゃん。城に入れたら全員終わるし、森に放置したら蜘蛛が終わるし、グロウプくんもごはん判定されるし」

 

「グロウプはごはんじゃねえ!」

 

「そこは分かってるけど!」

 

 ハグリッドは腕を組み、アルドゥスをじっと見上げた。

 アルドゥスもハグリッドを見ている。目はわたしたちの方に向いていない。そこだけは救いだった。

 

「小屋じゃ無理だ」

 

 ハグリッドは、めずらしく現実的なことを言った。

 わたしは少し安心した。

 

「だが、森の奥なら場所はある。昔、アラゴグたちが使ってた広い穴があってな。今は移動しとるんだが、蜘蛛どもも、こいつがいりゃ近づかねえだろ」

 

「アクロマンチュラの巣跡にバジリスクを置くんですか?」

 

「ちょうどいい」

 

 トムが、ゆっくりとハグリッドを見た。

 

「君の“ちょうどいい”は、たまに魔法界の安全基準を踏み抜くね」

 

「目隠してるから大丈夫だ」

 

「森の奥に置く時点で、だいぶ大丈夫ではないと思う」

 

 ロメルダは両手で自分の腕をさすった。

 

「この学校、危険なものを危険なもので相殺する方針なの?」

 

 否定したかった。

 でも、アクロマンチュラの巣跡にバジリスクを置こうとしている時点で、反論の本が見つからなかった。

 

 わたしはアルドゥスに蛇語で言った。

 

『人間を食べない。グロウプも食べない。ハグリッドも食べない。目は隠す』

 

 アルドゥスは首を傾げた。

 

『弱いな』

 

「弱いって言われた……」

 

「何が弱いんだ?」

 

 ハグリッドが聞く。

 

「人間です」

 

「そりゃ、バジリスクに比べりゃな」

 

 納得しないでほしい。

 

 とりあえず、アルドゥスはハグリッドの管理下で森の奥へ一時的に預けられることになった。

 グロウプは横で「へび、ながい」と言っている。

 アルドゥスは『ところでここはどこだ?』と言っていた。

 

 ホグワーツに戻ったとき、わたしは疲れ切っていた。

 本のように分類番号をつけるなら、全部違う棚に入る出来事だった。それが一晩で起きた。図書館なら崩壊している。

 

 トムと一緒にわたしとロメルダは校長室に入ると、ダンブルドア校長は机の向こうで待っていた。

 銀色の髭が揺れる。半月眼鏡の奥の目は、いつもより少しだけ鋭かった。

 

「戻ったようじゃな」

 

「はい」

 

 トムは前へ出た。

 

「分霊箱を一つ破壊しました。スリザリンのロケットでした」

 

 校長室が、ほんの少し静かになった。

 ダンブルドア校長は瞬きをした。

 

「仕事が早いのう」

 

 感心の仕方が軽い。

 ロメルダが小声で言った。

 

「もっと驚くところじゃない?」

 

「ダンブルドア先生は、驚き慣れているのかもしれない」

 

「やだ、その人生」

 

 ダンブルドア校長はロメルダを見た。

 

「ミス・ベイン」

 

 ロメルダはびくっとした。

 

「はい」

 

「恋というものは、欄外から眺めると、ずいぶん不公平に見えるものじゃ」

 

 ロメルダの顔が赤くなる。

 

「え、今それ言うんですか?」

 

「しかし、紙面に人の心を貼りつければ、欄外にいた者が中心へ行けるわけではない」

 

 ロメルダは口を閉じた。

 校長先生の声は穏やかだった。責めているのではない。けれど、逃がしてもくれない声だった。

 

「謝ることは、恋の勝ち負けより先にするべきことじゃよ」

 

「……分かってます」

 

「それでよい。恋の助言としては、まず謝罪。次に睡眠。そして、できれば二度と他人の秘密を見出しにしないことじゃ」

 

「三つ目、恋の脚注記者として重い」

 

 ロメルダが苦い顔をした。

 わたしは少しだけ安心した。

 

 ロメルダが、ちゃんと痛がっている。

 痛がっているなら、たぶん戻ってこられる。

 

 そのときだった。

 

 トムが、急にこめかみを押さえた。

 

「トム?」

 

 声をかけるより早く、彼は崩れるように膝をついた。

 

 ロメルダが悲鳴を上げる。

 

 わたしは慌てて手を伸ばした。

 

「トム!」

 

 トムの顔から血の気が引いていた。額に汗が浮かんでいる。目は開いているのに、ここではない場所を見ていた。

 

「アーサー・ウィーズリーが……襲われている」

 

 校長先生の顔色が変わった。

 

「どこじゃ」

 

「暗い場所。棚がある。何かが並んでいる。蛇……ナギニだ」

 

 トムの声がかすれた。

 

「近くに、フェルディナンドもいる」

 

 わたしの息が止まった。

 

 フェルディナンド。

 

 その名前だけで、頭の中の本棚が一斉に倒れそうになった。

 

 ダンブルドア校長はトムの前に膝をついた。

 

「以前から、ヴォルデモートの意識とつながっておったのかね」

 

 トムは、苦しそうに目を伏せた。

 

「……隠していました。申し訳ありません」

 

「トム」

 

「前は、僕もあの男の意識を共有していた。情報を伝えるために。けれど、今は切っています」

 

 トムは浅く息をした。

 

「だから、これは自然に見えたものではない。あの男が、僕に見せた可能性がある。挑発か、罠として」

 

 ダンブルドア校長は立ち上がった。

 青い目が、硬く光っていた。

 

「恐れていたことが起きてしまったようじゃな」

 

「校長先生?」

 

「トムに共有するのなら、ハリーにも送られているかもしれん」

 

 ダンブルドア校長はわたしを見た。

 

「ローゼマイン。場所を」

 

「え」

 

「場所はある程度予測がつくが、占いたまえ」

 

 命令だった。

 

 いつもの柔らかい頼み方ではない。時間がない声だった。

 わたしは鞄から本を取り出した。

 

 手が少し震えている。

 どの本を開けばいいのか、分からない。

 

 けれど、分からないまま開いた。

 頁が風もないのにめくれた。

 

 止まったところには、古い魔法省の記述があった。

 

 神秘部。

 

 言葉の間に、薄い影が落ちているように見えた。

 

「神秘部……」

 

 わたしが呟くと、トムが顔を上げた。

 

「神秘部だ」

 

 その声は、さっきよりも冷たかった。

 ダンブルドア校長は目を閉じ、すぐに開いた。

 

「罠じゃな」

 

「でも、アーサーは」

 

「だからこそ、急ぐ」

 

 その場の空気が一気に張り詰めた。

 次の瞬間、校長室の扉が荒く叩かれた。

 

「校長!」

 

 入ってきたのは、スネイプ先生だった。

 黒いローブが廊下の暗がりを引きずるように揺れる。その後ろから、ドラコが顔色を悪くして入ってきた。

 

「お兄さま?」

 

 ドラコはわたしを見るなり、早口で言った。

 

「セオドールが、ハリーたちを連れて消えた」

 

「消えた?」

 

「ハリー、ロン、グレンジャー、ジニー。四人ともだ。必要の部屋の前で、何か慌てて話していた。止めようとしたが、セオドールが扉を開けて、そのまま中へ入った」

 

 スネイプ先生の口元がひどく歪んだ。

 

「ノットが恐らくスパイだった」

 

「セオドールが?」

 

 わたしは胸がざわついた。

 

 セオドールはいつも、少し外側にいる。見ている。読んでいる。考えている。だからこそ、何を選んだのか分からないときがある。

 

「移動する手段を隠しておったのじゃろう。わしらも神秘部に向かう必要がある。セブルス、不死鳥の騎士団に連絡を」

 

「かしこまりました」

 

 その中で、ロメルダが手を上げた。

 

「あたしも行きたい」

 

 全員が見た。

 スネイプ先生が、心底嫌そうな顔をした。

 

「論外だ」

 

「まだ何も言ってないし」

 

「存在が論外だ」

 

「ひどっ」

 

 ロメルダは唇を尖らせたが、すぐに真顔になった。

 

「ハーみょんとジニーに、まだ謝ってない。さっきの号外のこと。あたし、ちゃんと自分で言わなきゃいけない」

 

 それから、ぎゅっと拳を握った。

 

「あと、ヴォルたんにはガチで怒りしかわかない。あたしに闇の帝王の魂アクセつけさせて、恋愛欄めちゃくちゃにして、友達傷つけさせたんでしょ。ひと言言いたい」

 

「ヴォルたん」

 

 スネイプ先生が低く繰り返した。

 部屋の温度が二度くらい下がった気がした。

 ロメルダは怯まなかった。

 

「きっとヴォルたん、恋愛小説読んだことないんだよ。だから人の心の扱いが雑なの」

 

 わたしは、はっとした。

 

「そういえば、わたしも借りた本を返していない!」

 

 トムがこちらを見た。

 

「今その話をする?」

 

「大事なことだよ。借りた本を返さないのはよくない」

 

「相手は闇の帝王だ」

 

「だからこそ、きちんと返さないと」

 

 トムはしばらくわたしとロメルダを交互に見た。

 それから、疲れたように息を吐いた。

 

「君たちは似た者同士だと思う」

 

「どこが?」

 

「あたしとマインが?」

 

「主張の方向は違うのに、根本的な迷惑さが似ている」

 

「ひどい」

 

「だが」

 

 トムは立ち上がった。

 

 まだ顔色は悪い。けれど、目は戻っていた。

 

「きっと、あの男にいい影響になるだろう」

 

「ヴォルぴょんに?」

 

「あだ名を増やすな」

 

 トムはロメルダを睨んだ。

 それからダンブルドア校長に向き直る。

 

「僕が責任を持って引率します」

 

 スネイプ先生が、信じがたいものを見る顔をした。

 

「正気か」

 

「今さらだね」

 

 トムは静かに言った。

 

 ダンブルドア校長は、長い長いため息をついた。

 そのため息には、校長としての疲労と、老人としての諦めと、たぶん少しだけ笑いが混じっていた。

 

「ホグワーツには、時折、規則より先に事件へ向かう生徒が現れる」

 

 校長先生は杖を取った。

 

「問題は、今年はその数が多すぎることじゃ」

 

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