本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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マイン視点戻ります。


101話 未来から来た理由

 

 校長室の暖炉が、緑色の炎を噴き上げた。

 

 火は天井近くまで伸び、薪もないのに轟々と唸っている。その向こうに魔法省があると言われても、巨大な生き物が口を開けて待っているようにしか見えなかった。

 

「先に着いた者から、地下九階へ向かうのじゃ」

 

 ダンブルドア先生が杖を下ろした。

 

 シリウス、ルーピン先生、キングズリーさん。不死鳥の騎士団のメンバーが、次々と炎の中へ消えていく。

 ダンブルドア先生が、わたしたち二人を見た。

 

「ローゼマインとロメルダは、トムから離れてはならん」

 

「待って」

 

 ロメルダが眉を寄せる。

 

「トム様めっちゃ騎士じゃん! あたしたち姫ポジションでいいのかな?」

 

「もっと緊張感を持ってほしいところだね」

 

 トムは杖を抜き、傷がないかを確かめた。

 ロメルダは羽根ペンと手帳を持っている。

 戦いに行く格好ではない。

 

 わたしは『深い闇の秘術』を胸に抱えていた。

 以前、ヴォルデモートから借りた本である。借りた本は返さなくてはならない。

 トムが表紙を見て、露骨に嫌な顔をした。

 

「まだ返していなかったの?」

 

「まだ読み終わってなかったから」

 

「敵に本を借りたまま、本人と戦いに行く人間は初めて見たよ」

 

 貸し主と敵対しているからといって、本を返さない理由にはならなかった。

 

「早く行こうよ」

 

 ロメルダが暖炉の前に立った。

 

「先に行った人たち、もう戦ってるかもしれないし」

 

「今になって急に正論を言わないで」

 

 トムがロメルダの背中を押す。

 

「熱い! 髪が燃えたら責任取ってよね!」

 

「止まらなければ燃えない」

 

 ロメルダが緑の炎へ呑み込まれた。

 わたしも本を抱き直す。

 

「魔法省、アトリウム」

 

 足元が消えた。

 身体が狭い煙突の中を引きずられ、無数の暖炉が目の前を流れていく。どこかの居間、店の厨房、湯気の立つ浴室らしき場所が一瞬ずつ見えた。

 

 次の瞬間、黒い床が迫ってくる。

 わたしは顔から転がった。

 両腕で抱えていた本だけは無事だった。

 

「本を守って顔から落ちたよね?」

 

 先に到着していたロメルダが、わたしの腕を引いた。

 

「顔の傷は治せるけど、本は同じものが手に入るとは限らないよ」

 

「なるほど。じゃあ正解か」

 

 簡単に納得してくれるのはありがたい。

 トムは暖炉から危なげなく降り立った。

 

「二人とも、その調子で僕の仕事を増やさないでくれる?」

 

 魔法省のアトリウムは無人だった。

 黄金の彫像は台座から崩れ、魔法使いの首だけが黒い床を転がっている。受付の奥では、行き先を失った紙飛行機が、同じ場所を何度も旋回していた。

 

 遠くで爆発音が響く。

 足元の床が震えた。

 トムの顔から、校長室にいたときの呆れた表情が消える。

 

「始まっている」

 

 左右の通路と天井を確認し、杖を構えた。

 

「二人とも、僕の後ろへ」

 

 ロメルダは何も言わずに下がった。

 こういうときだけは、危険を察するのが早い。

 

 壊れかけたエレベーターへ乗り込む。

 地下へ下りるにつれ、爆発音は近くなった。天井から細かな埃が降り、昇降機の壁に赤い光が走る。

 

 地下九階。

 

 扉が開いた瞬間、呪文が飛び込んできた。

 トムが杖を振る。

 

 半透明の盾がわたしたちの前に現れ、赤い光を受け止めた。盾の表面に亀裂が走り、砕けた火花が昇降機の内側へ降り注ぐ。

 

「到着したばっかりなのに撃つとか、歓迎が雑!」

 

「神秘部に接待を期待するな」

 

 トムは盾を維持したまま、廊下へ踏み出した。

 丸い部屋を囲む扉が、いくつも開いている。

 

 黒いローブの魔法使いたちが入り乱れ、赤や青の閃光が壁を削っていた。床には壊れた杖とガラス片が散らばり、割れた扉の向こうでは巨大な棚が傾いている。

 

 シリウスがベラトリックスと呪文を撃ち合っていた。

 ルーピン先生は倒れた魔法省職員を庇い、キングズリーは二人の死喰い人を同時に相手にしている。

 

 ハリーの呪文が、仮面の男の杖を弾き飛ばした。

 その奥に、ロンとハーマイオニーが見えた。

 二人とも立っている。

 

 無事だと確認した直後、天井近くから緑色の光が落ちてきた。

 

「動くな」

 

 トムの盾が呪文を受け止める。

 緑の光が盾の表面を左右へ流れ、壁へ突き刺さった。石が焼け、焦げた臭いが広がる。

 

 わたしは『深い闇の秘術』を開いた。

 

「今のを見て、どうして本を開けるの?」

 

 トムが前を向いたまま言う。

 

「こういうときのために持ってきたんだよ」

 

 問いを思い浮かべながらページをめくり、目を閉じて指を置く。

 

 どうすれば生き残れるか。

 

 指先の文章を読む。

 

「愚か者は、背後から近づく刃に気づかない」

 

「後ろ!」

 

 トムがわたしの肩を掴んだ。

 強く引かれた直後、背後の扉から仮面の男が飛び出してくる。

 トムは振り返りざまに杖を振った。

 男の身体が天井まで吹き飛び、吊り下げられていた燭台を巻き込んで床へ落ちる。

 

「当たった!」

 

「僕が止めなかったら、愚か者は君だったけどね」

 

「最終的に避けられたから、占いは成功だよ」

 

「成功判定が甘すぎる」

 

 右側から呪文が飛んでくる。

 トムが弾いた。

 左から別の死喰い人が迫る。

 ロメルダが杖を向けた。

 

「エクスペリアームス!」

 

 赤い光は、男の肩の上を抜けていった。

 

「外した!」

 

「狙いが高い」

 

「仮面で顔を隠してるから悪いんじゃん! 表情が見えないと狙いにくい!」

 

「戦闘に表情は必要ない」

 

 死喰い人がロメルダへ杖を向ける。

 ロメルダは逃げずに、相手の仮面を見つめた。

 

「ていうか、その仮面、さっき倒れた人とおそろいだったけど、付き合ってんの?」

 

 死喰い人の杖が止まった。

 

「違う!」

 

「隙だらけだ」

 

 トムの呪文が胸へ直撃する。

 男は仰向けに倒れた。

 ロメルダが感心したように頷いた。

 

「死喰い人にも恋愛の噂って効くんだ」

 

「次から全部それで止めるつもり?」

 

「職場恋愛が多ければいける」

 

「仮面がおそろいなだけで恋人にしないでくれる?」

 

 二人の死喰い人が、左右から同時に走ってきた。

 わたしは再び本を開く。

 

「蛇は光を嫌い、闇へ帰る」

 

「ルーモス・マキシマ!」

 

 トムの杖の先から白い光が弾けた。

 死喰い人たちが目を覆う。

 

 トムはその隙に一人の杖を奪い、もう一人の足元から黒い縄を這わせた。縄は男の身体へ巻きつき、勢いよく床へ引き倒す。

 

 別の呪文が、わたしとロメルダの間を抜けた。

 本のページが風にあおられる。

 

「危ないよ!」

 

 わたしは本を胸へ抱き込んだ。

 

「ヴォルデモートの本を攻撃するんですか!」

 

 呪文を放った死喰い人が、わずかにひるんだ。

 トムの呪文が飛ぶ。

 男の杖が根元から砕けた。

 

「マイン、その手はそう何度も使えないよ」

 

 わたしは答えず、本の角が折れていないかを確認した。

 わたしは書物占いをし、ロメルダは死喰い人の恋愛事情を尋ね、その隙にトムが相手を倒していく。

 引率というより、後始末だった。

 

「いつまで隠れているつもりだ。早く出てこい、ヴォルデモート」

 

 トムが静かに言った。

 

「お前のロケットはバジリスクの腹の中だ。お前の一部を倒したぞ」

 

 トムの声に反応してか、一人の男が蛇を従えて姿を現した。

 顔を見て、わたしは本を閉じた。

 前見た蛇のような顔ではなかった。

 白銀の髪。高い鼻筋。雪のように白い肌。

 赤い目だけが前と同じだ。

 

 ロメルダが、わたしの袖を掴んだ。

 

「悔しいけどイケメンじゃない?」

 

「聞こえるよ!」

 

「だって悔しいじゃん!」

 

 ヴォルデモートの赤い目が、ロメルダへ向いた。

 ロメルダはすぐにトムの背中へ半分隠れる。

 

「褒めたから怒らないよね?」

 

「なんで僕を盾にするんだ?」

 

 ヴォルデモートの口元が、わずかに上がった。

 

「随分と騒がしい者たちを連れてきたものだな、トム」

 

「ダンブルドアに押しつけられた」

 

「引率だよ」

 

 訂正すると、トムが嫌そうにこちらを見た。

 ヴォルデモートの背後へ、黒い煙が集まり始める。

 

 最初に姿を現したのは、ロックハートだった。

 

 戦場だというのに金色の髪は丁寧に整えられ、青いローブにも皺ひとつない。杖を持つ角度まで、肖像画に描かれることを意識しているようだった。

 

「やあ、諸君。感動的な再会だね」

 

「ギルデロイ・ロックハート……!」

 

 ハリーの顔が怒りに染まった。

 

 次に現れたのは、ルシウス・マルフォイだった。

 銀色の杖を手に、ヴォルデモートの斜め後ろへ立つ。

 

 一瞬だけ、わたしと目が合った。

 何も言わなかった。

 ただ、こちらへ向いていた杖先が、わずかに床へ下がった。

 

 その隣には、バーティ・クラウチ・ジュニアがいた。

 唇の端を吊り上げ、久しぶりの遊び場へ戻ってきた子どものように、周囲を見回している。

 

「随分集まりましたねえ。誰か招待状でも配ったんですか?」

 

 最後に現れた女性を見て、ロメルダがトムの背中から飛び出した。

 

「あっ!」

 

 青みがかったブロンドの髪。

 暗い青色の目が、室内にいる者たちを一人ずつ確かめている。

 ロメルダが女性を指さした。

 

「デルフィーって名乗ってた偽記者!」

 

 女性の眉が動く。

 デルフィーはロメルダから視線を外し、別の方向に目を向けた。

 ロンだ。

 ロンはハーマイオニーと背中を合わせ、死喰い人へ杖を向けていた。

 

 デルフィーの口元が、わずかに上がる。

 背中に冷たいものが走った。

 

「ロン!」

 

 わたしが叫ぶ。

 デルフィーの杖が動いた。

 床から黒い帯が噴き出し、ロンの足首へ巻きつく。身体が宙へ浮き、そのまま開いた扉の向こうへ引きずられていった。

 

「ロン!」

「ロンロン!」

 

 ロメルダとハーマイオニーが同時に叫んだ。

 ハリーとシリウスも走り出した。

 

 わたしたちも、その後を追う。

 扉の先は、階段状の石室だった。

 中央に古い石のアーチが立っている。

 

「なんだあれは……誰の声だ?」

 

 トムが眉をひそめた。

 

 デルフィーは階段の上で杖を振ると、黒い帯がロンを持ち上げた。

 ロンの身体が、アーチへ向かって投げ出される。

 

「やめろ!」

 

 突然現れた二人の少年が同時に走った。

 アルバスがロンの右腕を掴み、スコーピウスが左腕へ飛びつく。

 ロンの靴先が、黒い幕へ触れる寸前で止まった。

 

 三人の身体が石段を滑る。

 

 ロメルダとハーマイオニーも駆け寄り、ロンをアーチから引き離した。

 

「どうして僕なんだよ!」

 

 床へ転がったロンが叫ぶ。

 デルフィーは階段の上から、冷たい目で彼を見下ろしていた。

 

「あなたが、あの本を書いたからよ」

 

「また本の話? まだ出版もしてないぞ!」

 

「私の時代では出版された」

 

 デルフィーの声が、石室に響く。

 

「あなたの本は売れた。多くの人間が読み、ヘンリー・ポーターの小説と比べ始めた」

 

 ハリーの指が、杖を強く握った。

 

「あの本には、ヘンリー・ポーターの物語と食い違うことが、いくつも書かれていた。人々は疑い始めたのよ。何が本当なのかを」

 

 デルフィーの青い瞳が、ハリーへ向く。

 

「あなたの小説のせいで、ヘンリー・ポーターは信用を失った」

 

「それがなんだっていうんだ? ロンの本が売れて困ることでもあるのか?」

 

 ハリーが尋ねた。

 デルフィーの表情が歪む。

 

「闇の帝王が敗れる原因を作った」

 

 ヴォルデモートの赤い目が、ゆっくりとデルフィーへ動いた。

 彼女は振り返らなかった。

 

「誰も闇の帝王の言葉を信じなくなったからお父様は負けた。ヘンリー・ポーターの虚構が崩れたことで、その物語に連なるものまで疑われた。あの小説が、すべてを壊したのよ!」

 

「だから僕を殺すのか?」

 

 ロンが立ち上がろうとする。

 ハーマイオニーが彼の腕を支えた。

 

「そうよ」

 

 デルフィーは迷わなかった。

 

「あなたが死ねばいいの!」

 

「オーグリー様だ……」

 

 アルバスの掠れた声が響いた。

 デルフィーの杖先が止まる。

 アルバスは石段に片膝をついたまま、彼女を見上げていた。

 

「今、何と呼んだの?」

 

「オーグリー様」

 

 スコーピウスも青ざめた顔で立ち上がった。

 

「僕たちの世界で、あなたはそう呼ばれていた」

 

 デルフィーの眉が寄る。

 

「私はそんな名前で呼ばれたことないわ。あなたたち誰?」

 

 アルバスとスコーピウスが顔を見合わせた。

 

「知らないの?」

 

 アルバスが尋ねる。

 

「私が知る未来に、その名は存在しない。でも、いい名前ね」

 

 デルフィーは杖を握り直した。

 

「私の時代では、闇の帝王は敗北した。ロン・ウィーズリーは本を出版し、ヘンリー・ポーターの物語を壊した」

 

「違う」

 

 スコーピウスが呟いた。

 彼はロンを見た。

 

「僕たちの世界では、ロン・ウィーズリーはここで死んでいる」

 

 ロンが目を見開く。

 

「僕が?」

 

「神秘部の戦いで、アーチの向こうへ落ちたことになっていた」

 

 アルバスの視線が、黒い幕へ向いた。

 

「誰に殺されたのかは、記録に残っていなかった」

 

 デルフィーの口元から、笑みが消える。

 

「でも、小説は残った」

 

 スコーピウスが続けた。

 

「作者が死んだあと、別の誰かが書き直して出版したんだ。初版とは全く内容が違った」

 

「書き直した?」

 

 ロンの声が低くなる。

 

「僕たちが読んだ本には、あなたが今話している内容は書かれていなかった」

 

 アルバスが答えた。

 

「ヘンリー・ポーターは、自分の力も立場も理解できず、周囲を混乱させた少年として描かれていた」

 

「その代わりに」

 

 スコーピウスが、ヴォルデモートを見る。

 

「闇の帝王は、腐敗した魔法界に秩序を取り戻そうとした者として書かれていた。ロン・ウィーズリーの小説は、闇の帝王の物語を否定する本じゃなくなった」

 

 アーチの幕が大きく揺れた。

 

「闇の帝王の物語を、補強する本になっていた」

 

 デルフィーの目が見開かれる。

 しばらく、アルバスとスコーピウスを見つめていた。

 やがて、彼女の視線がロンへ戻る。

 

「あなたたちの世界では、この男が死んだ」

 

「そうだ」

 

「原稿は残り、闇の帝王に都合のいい形へ書き換えられた」

 

 誰も答えなかった。

 デルフィーの唇が、ゆっくりと弧を描く。

 

「では、私の選択は正しかったのね」

 

「違う!」

 

 アルバスが叫ぶ。

 

「僕たちは、それを止めるために来た!」

 

「止める?」

 

 デルフィーは愉快そうに首を傾げた。

 

「あなたたちは、私がロン・ウィーズリーを殺した未来から来たということでしょう?」

 

 スコーピウスが衝撃を受けたような顔をした。

 デルフィーの白銀の髪が、アーチから流れる風に揺れる。

 

「あなたたちは、私がこれから作る未来の証明よ」

 

 杖先に、青白い光が集まり始めた。

 トムが一歩前へ出る。

 わたしとロメルダを腕で押し下げ、デルフィーとロンの間に立った。

 

「ロンを連れて下がって」

 

「でも、トム」

 

「その女は僕がなんとかする」

 

 ヴォルデモートが、低く笑った。

 

「随分と立派になったものだな、トム」

 

「君のおかげだとは思っていないよ」

 

 トムは杖を上げた。

 デルフィーから目を離さない。

 

「闇の帝王が敗れた未来から来た娘が、闇の帝王が勝つ物語を作ろうとしているらしい」

 

 作り笑いは消えていた。

 

「僕の問題なら、僕が片づける」

 

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