本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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番外編 マルフォイ家の家族会議⑩

 

 ルシウス・マルフォイは、娘に会いたかった。

 会いたくてたまらなかった。

 もちろん、そのような感情を顔に出すほど、ルシウスは未熟ではない。銀の蛇頭が付いた杖を握り、広間の長椅子へ優雅に腰掛け、届いたばかりの手紙を冷静に読んでいた。

 

 ただし、ドラコからの手紙を読むのは、今日で三度目だった。

 内容が不足しているのだから仕方がない。

 

『父上へ。僕は元気です。母上にもそう伝えてください。新しい闇の魔術に対する防衛術の教師についてですが、最初はかなり警戒されていました。ただ、今のところ、思っていたほど悪い教師ではないという評判です。マインも元気です』

 

 情報があまりにも少ない。

 アンブリッジという女教師の評判に何文も使っておきながら、マインについてはひと言だった。

 元気とは何を意味するのか。

 食事は取っているのか。本を読んでいるのか。危険な場所へ行っていないのか。最近誰と話し、何を考え、マルフォイ家へ帰りたいとは思っているのか。

 最低でも羊皮紙一枚は必要だった。

 ルシウスは返信用の羽ペンを取った。

 

『マインについて、もう少し詳しく書け』

 

 そこまで書いて、紙を丸めた。

 これでは焦っているように見える。当主の威厳がない。

 新しい羊皮紙を出す。

 

『家族の近況を伝える際には、全員について均等な分量を割くべきだ』

 

 これならば当主としての指導である。娘に会いたくて仕方がない父親の手紙ではない。

 

 ルシウスは満足して封をし、その隣に置かれた『羽ペン通信ホグワーツ版』へ目を向けた。

 

 アンブリッジに関する情報ならば、ドラコの手紙より新聞の方が詳しかった。

 それ自体がおかしい。

 紙面の一角には、見慣れない連載名が踊っている。

 

『アンブリっち動静』

 

 執筆者はロメルダ・ベイン。

 初回の記事には、アンブリッジが朝食で何を食べたか、どの廊下を通ったか、誰に減点したか、午後にどの紅茶を飲んだかが克明に記されていた。

 

 なぜそのような情報が必要なのか、ルシウスには分からない。

 

 さらに悪いことに、次号予告にはこうあった。

 

『アンブリっち、禁断の恋愛小説を借りる! 次回「勿忘草の令嬢は三度婚約を破棄する」感想会!』

 

 アンブリッジは何をしているのか。

 魔法省から派遣された人間が、学生新聞に日々の動向を掲載され、女子生徒と恋愛小説を交換していた。

 あれほど警戒されていたというのに、今では「全身をピンクで統一しなくなってから話しやすくなった」「宿題は多いが、恋愛小説の好みは意外とまとも」という評価まで載っている。

 魔法省の役人は、案外容易く魔法書研究会へ取り込まれてしまったらしい。

 

「実にもったいない」

 

 向かい側の椅子で、ロックハートが新聞を覗き込んだ。

 

「アンブリッジは、悪役として完璧な香辛料だったんだ。あの甘ったるい声、圧倒的なピンク、理解し合えそうにない信念。読者が嫌うために生まれたような人物だったのに」

 

 ルシウスは新聞を畳んだ。

 問題はアンブリッジだけではない。

 

 ダンブルドアを貶めるために作られたインタビュー記事も、完全に失敗していた。

 バーティ・クラウチ・ジュニアとデルフィーが、羽ペン通信全国版の記者へ化け、ダンブルドアの過去を聞き出した。記事そのものはよくできていた。

 

 若き日の野望。グリンデルバルドとの関係。妹の死。ハリー・ポッターをマグルの家へ預けた判断。

 切り取り方さえ工夫すれば、ダンブルドアは英雄から、冷酷な策士へ変わるはずだった。

 

 ところがアンブリッジが、魔法省の名で正式な声明を出した。

 

『当該記事は、死喰い人が羽ペン通信全国版の記者を装って取材したものであり、報道倫理に著しく反する』

 

 報道倫理という言葉が、死喰い人の計画を粉砕した。

 記事の内容が嘘だとは言われていない。それでも、読者の関心はダンブルドアの過去ではなく、記者になりすました死喰い人へ移った。

 

「申し訳ございません、我が君」

 

 バーティがひざまずいた。

 デルフィーも隣で頭を下げている。

 

「アンブリッジが、我々より先に声明を出すとは予想しておりませんでした」

 

 玉座に座る闇の帝王は、指先で肘掛けを叩いていた。

 広間にいる全員の背筋が伸びた。

 

「魔法省の女が私の計画を潰した。魔法省は闇の帝王の存在を信じず、ダンブルドアを敵視しているから記事にしても無言を貫くはずだと言ったのは嘘だったのか、バーティ?」

 

 低い声だった。

 

「私もそう思っておりました。しかし、アンブリッジは前評判ほどダンブルドアを敵視していないようです」

 

 バーティはそれ以上、何も言わなかった。

 

 計画は、ほかにも行き詰まっていた。

 闇の帝王が欲しているのは、神秘部に保管された予言だった。ハリー・ポッターと、闇の帝王自身に関わる予言である。

 しかし予言の玉は、その予言に関係する者しか手に取ることができない。

 

 つまり、ポッターか闇の帝王本人が神秘部へ行く必要があった。

 闇の帝王が予言の玉を取りに行く姿は、あまり威厳がない。

 そのため、ポッターに取らせる必要がある。

 

「我が君」

 

 ルシウスは静かに立ち上がった。

 

「ウィーズリーの原稿に関する契約は、私にお任せいただけませんか」

 

 闇の帝王の赤い目が、ルシウスへ向いた。

 

「お前が?」

 

「マルフォイ家には出版事業への出資経験がございます。未成年者との契約には、慎重な交渉が必要でしょう」

 

 嘘ではない。

 娘に会えるかもしれないという期待が、交渉への熱意を少し高めているだけだった。

 

「娘の顔が見たいか」

 

 闇の帝王は一言で見抜いた。

 ルシウスは動揺しなかった。

 動揺していない顔を作ることには、人生の半分を費やしている。

 

「交渉の過程で顔を合わせることはあるかもしれません」

 

「羽ペン通信ホグワーツ版は、いずれ潰す」

 

 闇の帝王は何でもないことのように言った。

 

「その前に、娘をこちらへ引き込んでおけ」

 

 ルシウスの指が杖の蛇頭を強く握った。

 

「マインが生き残る手段は、私しか知らぬ」

 

「……承知いたしました」

 

 脅迫だった。

 同時に、餌でもある。

 

 闇の帝王は、どちらとして受け取らせるべきかを決めずに言葉を投げる。だから周囲は、自分に都合のよい意味を探して従う。

 

「ですが、ルシウスが赴いても、ウィーズリーは署名しないでしょう」

 

 バーティが口を挟んだ。

 

「アーサー・ウィーズリーの家で育った少年です。ルシウスが用意した契約書を見ただけで、裏面まで疑うかと」

 

「その可能性は否定できない」

 

 ルシウスは不本意ながら認めた。

 契約書は裏面より、細字の部分を疑うべきだった。

 

「では、父親を使えばよいのでは?」

 

 ベラトリックスが楽しそうに言った。

 

「アーサー・ウィーズリーを少し痛めつけてもよろしいでしょうか、我が君」

 

 少し、という言葉の意味を、ベラトリックスと一般人は共有していない。

 闇の帝王は短くうなずいた。

 

「神秘部へ連れていけ。ハリー・ポッターに見せれば、予言の前までのこのこやって来るだろう。ヘンリー・ポーターなら、そうする」

 

「原稿の契約にも使えます」

 

 ベラトリックスは嬉しそうだった。

 

「父親を返してほしければ署名しろ、と」

 

「出版契約と拷問を同じ場で行うなんて恐ろしい」

 

 ロックハートが顔をしかめた。

 

「読者の印象が悪い」

 

「問題はそこではない」

 

 ルシウスは言った。

 

「では、先に契約してから拷問を?」

 

「順番の問題でもない!」

 

 計画はそうして決まった。

 

 ルシウスは、娘に会うための交渉が、いつの間にかアーサー・ウィーズリーの拷問と予言の奪取を含む大規模作戦へ変わったことに気づいていた。

 だが、死喰い人の会議ではよくあることだった。

 

 

 *

 

 

 そして、すべて失敗した。

 神秘部から戻った闇の帝王は、これまでにないほど静かだった。

 静かであることは、落ち着いているという意味ではない。

 

 広間の長机には亀裂が入り、壁の燭台は三つ溶け、ロックハートは普段より遠い席へ座っている。

 

 アーサー・ウィーズリーは奪還された。

 ハリー・ポッターは記憶を取り戻した。

 ロン・ウィーズリーは契約書へ署名しなかった。

 マインは闇の帝王の誘いを断り、フェルディナンドは戦いの最中にマインに求婚した。

 

 最後の件だけは、作戦の成功や失敗とは別のところで、ルシウスの怒りを燃え上がらせていた。

 

 ただ一つ、予言の玉だけは手に入った。

 黒い布の上に置かれた硝子球を、闇の帝王は長い間見ようとしなかった。

 

「我が君」

 

 バーティが恐る恐る口を開いた。

 

「せめて、予言だけでもお聞きになるべきかと」

 

「多大な犠牲を払って得たものです」

 

 デルフィーも続けた。

 

「ここで聞かなければ、アーサー・ウィーズリーを拷問した意味がありません」

 

 意味は最初からなかったのではないか、とルシウスは思ったが、言わなかった。

 闇の帝王は予言の玉を見下ろした。

 

「以前、スネイプから聞いた部分だけで十分だと思っていた」

 

 闇の帝王は、細い指で硝子球に触れた。

 

「最後まで聞かなかったことが、間違いだったというのか」

 

 白い霧が玉の中で渦を巻いた。

 女の声が響く。

 

 前半は闇の帝王も知っていた。

 問題は、その先だった。

 

『印された者は名を奪われ、偽りの英雄となる』

 

『されど、真の名は失われない』

 

『真の名が取り戻される時、闇の帝王は打ち倒される』

 

『それまでは、印された者も、闇の帝王も、真に己として生きることはできない』

 

 声が消えた。

 予言の玉が砕け、細かな破片が黒い布の上に落ちる。

 闇の帝王はしばらく動かなかった。

 

「ハリー・ポッターは真の名を取り戻した。つまり、私はやつに倒されるということか?」

 

 ロックハートが、慎重に口を開いた。

 

「我が君」

 

 闇の帝王の杖が動いた。

 ロックハートは椅子ごと三歩後ろへ下がった。

 

「ハリー・ポッターは真の名を取り戻しているのに、まだ我が君はご存命です! ヘンリー・ポーターが人々に信じられている限り、真の名を取り戻していないということなのでは」

 

 赤い目が細くなる。

 怒りが広間を満たした。

 

 ハリー・ポッターはすでに名を取り戻している。それでも、闇の帝王は生きている。

 

 予言が間違っているのか。

 それとも、読み方が間違っているのか。

 

 やがて闇の帝王は、砕けた硝子へ視線を落としたまま、低く笑った。

 

「なるほど」

 

 誰も息をしなかった。

 

「そういうことか」

 

 闇の帝王は顔を上げた。

 怒りは消えていた。

 代わりに、何かを確信した者の笑みが浮かんでいる。

 

「今の状況であれば、我らの方が優位だ。そして、我らは勝利を手にする」

 

 ルシウスには、何が優位なのか分からなかった。

 予言というものは、聞く前より聞いた後の方が分からないように作られているらしい。

 

 マルフォイ邸の私室へ戻ると、ルシウスはナルシッサへ神秘部で起きたことを説明した。

 

 予言の話。

 闇の帝王の機嫌。

 そしてフェルディナンドの発言。

 

「私と婚約しろ、だと」

 

 口にするだけで腹が立った。

 

「戦闘の最中にだぞ。非常識にもほどがある」

 

 ナルシッサは長椅子に座り、紅茶を飲んでいた。

 

「まあ」

 

「まあ、ではない」

 

「あの子たち、もうそんなことになっているのね」

 

 ナルシッサは少し楽しそうだった。

 

「なっていない!」

 

「でも、マインは断ったの?」

 

 ルシウスは答えに詰まった。

 

「『婚約をお受けします』と」

 

「まあ、お祝いしないと」

 

「本だ」

 

「何かしら?」

 

「あの子は、ブラック家の蔵書数に釣られただけだ。フェルディナンドが好きなわけではない」

 

「それは安心ね?」

 

 ナルシッサの声には、まったく安心した様子がなかった。

 

 ルシウスは呼び鈴を鳴らした。

 ドビーが現れ、深く頭を下げる。

 

「お呼びでしょうか、ルシウス様」

 

「屋敷の本を増やせ」

 

 ドビーが大きな目を瞬いた。

 

「本を、でございますか」

 

「可能な限りだ。希少本、禁書、古書、初版本。ブラック家に負けるな」

 

「どこへ置きましょう」

 

「空いている部屋を使え」

 

「客室も?」

 

「使え」

 

「東棟の舞踏室も?」

 

「使え」

 

「ルシウス」

 

 ナルシッサが止めた。

 

「舞踏室は残して」

 

「では地下牢に本棚を置け」

 

「かしこまりました!」

 

 ドビーが消えた。

 

 これでよい。

 娘が本で釣られるなら、こちらはより多くの本を用意するだけだ。

 マルフォイ家には財力がある。

 父親の愛情を蔵書数で示せばいい。

 

 その時、私室の扉がノックされ、静かに開いた。

 闇の帝王が立っていた。

 ルシウスは即座に立ち上がる。ナルシッサも紅茶を置いた。

 

 後ろにはロックハートとベラトリックスもいる。

 予言を聞いた後から、闇の帝王は妙に考え込んでいた。

 

「ルシウス」

 

「はい、我が君」

 

「お前は娘を愛しているな」

 

 予想外の言葉に、ルシウスは言葉を失った。

 

 否定する理由はない。だが、闇の帝王に愛を認めることが安全かどうかは、判断が難しい。

 

「……家族を守ることは、マルフォイ家の当主として当然の責務です」

 

「責務を聞いているのではない」

 

 逃げ道を塞がれた。

 

「愛とは何だ」

 

 闇の帝王は尋ねた。

 

「知れば、強くなれるのか?」

 

 ロメルダ・ベインに恋愛経験を笑われ、マインに恋愛小説のが面白かったと言われたことを、かなり気にしているらしい。

 本人だけが、それを気にしていると認めていなかった。

 

 ルシウスはナルシッサを見た。

 長年連れ添った妻なら、こういう時に適切な言葉を選んでくれるはずだった。

 

「愛は人を強くしますわ」

 

 ナルシッサは迷いなく言った。

 もう少し曖昧に答えてほしかった。

 闇の帝王はナルシッサを見つめた。

 

「なぜだ」

 

「失いたくないものがあれば、人は自分のためだけでは出せない力を出せます」

 

「弱点にもなる」

 

「ええ。弱点になるほど大切だから、強くもなれるのです」

 

 闇の帝王は黙り込んだ。

 

「愛についてなら、僕の次回作も参考になります」

 

 ロックハートが前へ出た。

 

 誰も頼んでいない。

 

「次に執筆する『ヘンリー・ポーターと炎のゴブレット』では、恋愛場面を大幅に増やす予定なんですよ! 英雄には危険だけでなく、胸を焦がす恋も必要ですからね」

 

 ベラトリックスが一歩進み出た。

 

「我が君」

 

 ベラトリックスが不自然に出した甘ったるい声だけで、ルシウスは嫌な予感がした。

 

「わたくしは、我が君を愛しておりますわ」

 

 闇の帝王は聞き流そうとした。

 実際、何度も聞いてきた言葉なのだろう。

 

 しかし、ふと動きを止めた。

 

 ナルシッサの言葉。

 ロメルダの煽り。

 マインの指摘。

 

 それらを考えるように、ベラトリックスを見た。

 

「ベラトリックス」

 

「はい、我が君」

 

「今夜は、酒でも飲もう」

 

 ベラトリックスの目が輝いた。

 

「二人で、でしょうか」

 

「ああ。愛とやらについて、聞く必要がある」

 

「すべてお教えいたしますわ」

 

 ベラトリックスは、勝利を確信した顔で闇の帝王の腕を取った。

 

 闇の帝王は振り払わなかった。

 二人は奥の部屋へ向かい、扉の向こうへ消えた。

 扉が閉じる。

 

 しばらく、誰も動かなかった。

 

「愛を学ぶには、実践が一番だからね」

 

 ロックハートが満足そうにうなずいた。

 

 ルシウスは何も聞かなかったことにした。

 ナルシッサは静かに紅茶を飲んでいる。

 その落ち着きが、今は恐ろしかった。

 

「ルシウス様!」

 

 ドビーが地下から戻ってきた。

 

「地下牢の鎖を撤去すれば、本棚をあと六十本置けます!」

 

「今すぐやれ」

 

 ルシウスは即答した。

 闇の帝王が愛を学び始める前に、娘を本で取り戻さなければならなかった。

 

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