本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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112話 新学期は人脈から

 新学期の準備といえば、普通は教科書と羽ペンを買うことを指す。

 

 ブラック家では、新学期前に闇の帝王の魂がいくつ残っているかを数える会議が開かれた。

 

 どうしてこうなったのだろう。

 

 長い食卓には、羊皮紙とインク壺、それからクリーチャーが用意した紅茶と焼き菓子が並んでいる。分厚いカーテンが夏の日差しを遮っているせいで、昼間なのに蝋燭が灯されていた。

 

 不死鳥の騎士団の会議は、いつも薄暗い。

 秘密結社らしく見せるために、わざとやっているのではないかと疑っている。

 

「全員、知ってのとおりだ」

 

 食卓の端に立ったシリウスが、集まった顔を見回した。

 

「ヴォルデモートは、自分の魂を分けている」

 

 ハリーの隣に座っていたトムが、露骨に眉を寄せた。

 

「僕を見ながら言う必要はないだろう」

 

「お前が一番詳しいからな」

 

「知識があることと、責任があることを混同するな」

 

 会議が始まって、まだ三分しか経っていない。

 

 わたしは焼き菓子を一つ取った。たぶん長くなる。

 ムーディ先生が杖の先で、食卓に広げられた羊皮紙を叩いた。

 紙には七つの円が描かれ、そのうち二つに大きな斜線が引かれている。

 

 一つはロメルダが持っていたロケット。

 もう一つはゴーント家の指輪らしい。

 

「分霊箱については、ダンブルドアから説明を受けているはずだ。ロケットはすでに破壊された」

 

「食べられた、の間違いじゃない?」

 

 わたしが言うと、ルーピンは少し困った顔をした。

 

「結果として破壊されたんだ」

 

「指輪はダンブルドアが壊した」

 

 トムが二つ目の円を示した。

 

「ゴーント家に残されていたものだ。強い呪いがかけられていたらしい」

 

「ああ。だから、あの手か」

 

 ハリーが顔を上げた。

 

「右手が黒く焼けたみたいになってただろ。聞いても、ごまかしてたけど。てっきり年齢のせいかと思ってたよ」

 

「加齢で手が黒くなることはない」

 

 フェルディナンドが書類から目を上げずに言った。

 

「それくらい分かってるよ」

 

「ならば、もう少し疑え」

 

「フェルディナンドは疑いすぎなんだよ」

 

 言い返そうとしたハリーの前へ、わたしは焼き菓子の皿を押し出した。

 ハリーは一つ取って口に入れた。

 食べ物で止まる口論は、早めに止めるに限る。

 

「現時点で、存在が確認されている分霊箱は三つだ」

 

 ムーディが空白の円へ名前を書き込んでいく。

 

 トム。

 

 ハリー。

 

 ナギニ。

 

 蛇はともかく、人間が二人も混ざっているせいで、一覧というより出席簿のように見えた。

 

「問題は残り二つだ」

 

 ムーディの魔法の目が、食卓を一周した。

 

「何を分霊箱にしたのか。どこに隠したのか。それが分からん」

 

 トムは腕を組み、斜線の引かれた二つの円を見つめた。

 

「ロケットと指輪は、どちらも血筋に関わる品だった。スリザリンの末裔であることと、ゴーント家の出身であること。あの男は自分の出自を嫌っていたが、同時にスリザリンとつながる血を特別だとも思いたがっていた」

 

「面倒な人だね」

 

「僕に言うな」

 

 別人だと言い張るわりに、トムはヴォルデモートの考えをよく理解している。

 本人にとっては、それが一番気に入らないらしい。

 

「僕なら、残りもホグワーツの創設者に関わる品を選ぶ」

 

 トムの指が、空白の円を順に叩いた。

 

「誰にも手に入れられない歴史的な品なら、自分が特別だと示せる」

 

「グリフィンドールの剣は?」

 

 ハリーがすぐに尋ねた。

 

「候補にはなる。ただ、分霊箱にされているなら、今も普通にグリフィンドールの遺品として扱われているとは考えにくい」

 

「レイブンクローの髪飾りもあるな」

 

 ルーピンが言った。

 

「何百年も行方が分からない品だ」

 

「誰にも見つけられなかったものを、あいつが見つけたのか?」

 

 シリウスが眉を寄せる。

 

「自分なら見つけられると思う人間だった」

 

 トムの声には、隠す気のない嫌悪がにじんでいた。

 

 剣も髪飾りも、場所は不明。

 分霊箱かどうかも分からない。

 

「じゃあ、怪しいけど探しようがないってこと?」

 

「今のところはな」

 

 ムーディが険しい顔で頷いた。

 

 何も分からないことが分かった。

 

 会議とは、時々こういう成果を上げる。

 

「今日はここまでだ」

 

 シリウスが立ち上がった。

 

「午後はダイアゴン横丁へ行くぞ」

 

「分霊箱の話から買い物に移るの?」

 

「新学期は待ってくれないからな」

 

「ヴォルデモートも待ってくれないと思うけど」

 

 ハリーが口を挟む。

 

「教科書を買わずに新学期を迎える方が、今は差し迫った問題だ」

 

 シリウスは真顔だった。

 

 少しだけ正しいような気がするのが悔しい。

 

 

 *

 

 

 新学期前のダイアゴン横丁は、親子連れで埋め尽くされていた。

 店先には教科書の山が積まれ、ローブを抱えた生徒が通りを走っていく。ふくろう籠からは絶えず羽音が聞こえ、鍋屋の前では一年生らしい男の子が、金色の大鍋を買ってほしいと母親の袖を引いていた。

 

 わたしは迷わず、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店の方角へ足を向けた。

 

 本と教科書を買う。

 新学期の準備で、それ以上に優先すべきことはない。

 

「先にフレッドとジョージの店へ行こう」

 

 ハリーが反対方向を指した。

 

「教科書が先だよ」

 

「教科書は売り切れないだろ」

 

「初版や特装版は売り切れる」

 

「指定教科書に特装版なんかないよ」

 

 その隣では、シリウスまで悪戯専門店の看板を眺めていた。

 

「俺も見てみたいな」

 

「シリウスまで何を言ってるの」

 

「フレッドとジョージに出資したのは俺だ。店の様子を確かめるのは、大人として当然だ」

 

「財布を出しながら言っても説得力がまるでないが」

 

 フェルディナンドに指摘され、シリウスは途中まで出していた財布をローブへ戻した。

 

 トムは、すでに本屋へ向かっている。

 

「僕は先に教科書を買う。騒がしい店には行かない」

 

 本屋へ行く者と、面白そうな店へ行く者。

 

 非常に難しい選択だった。

 

 結局、わたしは本と教科書を先に買い、その足で悪戯専門店へ向かった。

 ウィーズリー・ウィザード・ウィーズの中は、外から見た以上に騒がしかった。

 

 棚の上では帽子が跳ね、箱の中からは小さな爆発音が響く。天井近くを飛んでいる何かが、客の頭へ紙吹雪を降らせていた。

 

「すごいな」

 

 シリウスの目が輝いた。

 

 子どもを連れてきた保護者ではなく、保護者に連れてこられた子どもの顔をしている。

 

「用途の分からないものは買うな」

 

 フェルディナンドが先に釘を刺した。

 

「まだ何も手に取っていないぞ」

 

 そう言いながら、シリウスの手はすでに敵を一時間しゃっくりさせる飴へ伸びていた。

 

 フェルディナンドは無言で棚へ戻した。

 

 店の奥から、聞き覚えのある笑い声がした。

 

 ロンが大きな籠を抱え、その横でロメルダが紫色の毛玉を持ち上げている。ジニーの腕にも、桃色の毛玉が収まっていた。

 

「見て、めっちゃかわいくない?」

 

 ロメルダが紫色の毛玉をこちらへ向けた。

 

「ピグミーパフだって! パフリンって名前どう思う?」

 

「わたしも欲しいわ」

 

 ジニーは自分のピグミーパフを撫でた。

 

「私はアーノルドにする」

 

「かっこいい名前じゃん」

 

「変な名前担当は一人で十分よ」

 

 ロメルダは不服そうにパフリン候補を抱き直した。

 

「マインも買わない?」

 

 アルドゥスはホグワーツに戻ったら秘密の部屋で飼うつもりだった。ダンブルドアにも許可はもらっている。

 アルドゥスの前でピグミーパフを飼うということはつまり、食べられる。

 わたしは即座に諦めた。

 

 ロンの籠には、すでに十個以上の商品が入っていた。

 

 伸び耳、盾の帽子、カナリアクリーム、携帯沼地。何に使うのか分からない黒い筒まである。

 

「ロン、それ全部買うの?」

 

「買う。お金があるからな」

 

 ロンは胸を張った。

 

「お金があるって素晴らしいぞ。値札を見ても、すぐ棚に戻さなくていいんだ」

 

 出版した本の収入が、ロンに間違った自信を与えている。

 

「全部使うつもりじゃないでしょうね」

 

 ハーマイオニーの声が低くなった。

 

「半分くらいだよ。取材費だから」

 

「何の取材?」

 

 ロンは一瞬だけ黙り、籠を抱え直した。

 

「次の本の」

 

 題材はまだ決まっていないらしい。

 用途のない商品を買う人間は、年齢に関係なく似たような言い訳をする。

 

 わたしは店内を見回し、棚の前に立つセオドールを見つけた。

 

 黒い髪をきちんと撫でつけ、夏だというのに暗い色のローブを着ている。一人だった。

 手には、小さな瓶が握られている。

 

 真珠色の液体が、瓶の中でゆっくり渦を巻いていた。

 

 強力惚れ薬──相手の名前を一度唱えてから使用してください。

 

「セオドール」

 

 声をかけようとすると、ハリーに腕をつかまれた。

 

「駄目だよ。あいつは死喰い人だ」

 

「でも、知り合いだよ」

 

「知り合いだから危ないんだろ」

 

 ハリーの表情は固かった。

 ロンとジニーも、警戒するようにセオドールを見ている。

 

 セオドールが顔を上げた。

 

 目が合う。

 

 わたしは、つかまれていない方の手をわずかに上げた。

 けれど、セオドールは何も返さなかった。

 惚れ薬の瓶を棚へ戻し、静かに店の奥へ歩いていく。

 

「誰に使うつもりだったんだろ」

 

 ロメルダが首を傾げた。

 

「本人が使うとは限らないわ」

 

 ハーマイオニーが答える。

 

「じゃあ、誰かへのプレゼント?」

 

「死喰い人から惚れ薬を贈られるのは嫌だな」

 

 ロンの言葉に、ロメルダも頷いた。

 セオドールの姿は、もう棚の向こうに消えている。

 追いかけるべきか考えたところで、店の反対側から爆発音が響いた。

 

 銀色の煙の中から、シリウスが現れる。

 髪には小さな星がいくつも絡みついていた。

 

「何をしたの?」

 

「試用品を試しただけだ」

 

「何の?」

 

「分からない。説明書が箱の底に入っていた」

 

「先に読んでよ」

 

 シリウスは気に入ったらしく、その商品を三箱も籠へ入れようとした。

 フェルディナンドが二箱を棚へ戻す。

 

「一箱はいいのか?」

 

「止めても買う。被害を三分の一にできれば十分だ」

 

 そのフェルディナンドも、隣の棚に置かれていた銀色の道具には足を止めた。

 近くで爆発が起きると、自動的に防壁を張る道具らしい。

 留め具や刻まれた魔法陣を念入りに確認したが、成功率が三回に一回だと聞くと、すぐに棚へ戻した。

 

「三回に一回ではもったいない。完成したら知らせろ」

 

 代わりにフレッドに成功率を上げるコツを伝授していた。

 シリウスとは違い、自分は実用品しか買わないつもりらしい。

 

 

 わたしは二人を置いて、文房具の棚へ向かった。

 そこで、素晴らしいものを見つけた。

 

 自動筆記羽ペン・改訂版

 話した内容を自動で筆記! 

 誤字脱字を修正する校正魔法付き! 

 

「これ、本当に校正までしてくれるの?」

 

「もちろん」

 

 ジョージが得意そうに胸を張った。

 旧型は聞いた言葉をそのまま書くだけだったが、新型は文法と綴りも自動で直すらしい。

 固有名詞は三回訂正すれば覚える。表記揺れも統一する。軽い重複表現まで削ってくれるという。

 

「何本ある?」

 

「今、棚に出ているのは六本だけど」

 

「全部ちょうだい」

 

「全部?」

 

「魔法書研究会で使いたいから、後で追加でも注文したい」

 

 わたしは六本の箱を抱えた。

 ハリーが横から覗き込み、呆れた顔をする。

 

「一本試してからの方がよくない?」

 

「校正魔法付きの自動筆記羽ペンだよ! ファクトチェック機能まである」

 

「同じ説明を繰り返しても信用度は上がらないぞ」

 

 ジョージが試用品を一本取り出し、羊皮紙の上に置いた。

 最初に口を開いたのはシリウスだった。

 

「シリウス・ブラックは慎重に買い物をする、責任感のある大人だ」

 

 羽ペンが紙の上を走る。

 

 シリウス・ブラックは、衝動的に買い物をする大人だ。

 

 フェルディナンドが羊皮紙を持ち上げた。

 

「優秀だな」

 

「校正ではなく改変だ!」

 

「内容は正確だね」

 

 ロンも興味を示したが、ハーマイオニーに、まずは新しい原稿を書けと言われていた。

 

 自動筆記羽ペン六本。

 交換用インク。

 専用羊皮紙。

 念のため、修理保証もつけた。

 会計を終えた頃には、わたしの財布はかなり軽くなっていた。

 

 けれど、後悔はない。

 

 シリウスのカゴもいっぱいだった。

 ロンのカゴはそれ以上にいっぱいだった。

 

 フェルディナンドは何も買わなかった顔をしていたが、完成品ができ次第、連絡するようフレッドに念を押している。

 店を出ると、傾き始めた日差しがダイアゴン横丁を橙色に染めていた。

 

 

 *

 

 

 ホグワーツ特急がキングズ・クロス駅を離れると、窓の外を流れていた煉瓦造りの建物が、少しずつ緑の野原へ変わっていった。

 

 今年も新学期が始まる。

 教科書は揃えた。羽ペンも買った。出版社の仕事も夏休み中に片付けて、残った分は鞄に詰めてきた。

 監督生のバッジもつけた。

 

 準備は完璧である。

 

「本当にマインが監督生で大丈夫なのか?」

 

 会って早々にドラコが心配そうに言った。

 

「嬉しくないの?」

 

「もちろん、嬉しいに決まっている」

 

「じゃあ、何が心配なの?」

 

 ドラコは答えず、わたしの胸元についたバッジを見た。

 駅でバッジを見せた時には、ほんの少し口元が緩んでいた。父に見せる時には、もっと目立つ位置につけた方がいいとも言われた。

 そのくせ、実際に監督生として行動しようとすると、この調子である。

 

「監督生には、問題を起こす生徒を取り締まる義務がある」

 

「知ってるよ」

 

「君は問題を起こす側だ」

 

「たしかに否定はできないかも」

 

「それに、問題を起こす生徒とも仲が良い」

 

 ドラコはハリーとロンを順に見て、最後に菓子を食べているロメルダへ目を向けた。

 

「お兄さまの友達も、大体そんな感じじゃない?」

 

「僕の友人は、少なくとも校内新聞で教師の恋愛事情を連載しようとはしない」

 

「まだ連載してないし」

 

 ロメルダが口を挟んだ。

 

「企画会議に出しただけじゃん」

 

「出すな」

 

 ロメルダは肩をすくめ、カエルチョコレートの包みを開けた。

 反省はしていない。

 

 ドラコはわたしの監督生バッジの角度を直した。

 少しだけ上向きになった。

 どう違うのかは分からないが、ドラコは満足そうだった。

 

 ドラコと監督生のコンパートメントに向かうと、すでにロンとハーマイオニーがいた。

 二人は向かい合わせではなく、同じ座席に並んで座っている。

 

 間には拳一つ分ほどの隙間しかない。

 以前なら、ロンが足を広げ、ハーマイオニーが本を積み上げて、最低でも一人分の距離が空いていたはずだ。

 

 わたしは二人の向かいに座った。

 

「二人とも、前より近くなった?」

 

 ハーマイオニーの肩が揺れた。

 

 ロンは口に入れようとしていた百味ビーンズを落とした。

 

「何だって?」

 

「距離が近いねって。それと、ロンはハーマイオニーを選んだの?」

 

「選んでない!」

 

 二人の声が重なった。

 ハーマイオニーが素早く離れ、拳一つ分だった隙間が一人分に広がった。

 

「私たちは付き合っていないわ」

 

「そうだ。全然、まったく付き合ってない」

 

「そこまで強く否定しなくてもいいでしょう」

 

「君も同じくらい強く否定しただろ!」

 

 前より距離は近くなっていたが、喧嘩を始めるまでの時間も短くなっている。

 

「じゃあ、ロンはまだ誰と付き合うか決めてないの?」

 

 ロンがむせた。

 

「僕が決める話じゃないだろ!」

 

「そうよ。私にも選ぶ権利があるわ」

 

「別に、君が僕を選ぶなんて言ってない」

 

「選ばないとも言っていないでしょう」

 

 また二人で言い合いが始まった。

 結局、ロンはまだ決めていないらしい。

 

 そのとき、一年生か二年生くらいの女の子が何本もの羊皮紙を抱えて駆けてきた。

 

「あの、ローゼマイン・マルフォイさんと、ロン・ウィーズリーさんですか?」

 

「そうだけど」

 

 女の子はほっとした顔で、わたしとロンへ一本ずつ巻紙を差し出した。

 

「誰から?」

 

「スラグホーン教授です。コンパートメントCで昼食会を開くそうです」

 

 女の子は役目を終えると、次の招待客を探して走っていった。

 

 巻紙には、太く丸みのある字で昼食への招待が書かれていた。文末には、返事を待たずに歓迎すると添えられている。

 

「スラグホーン先生って誰?」

 

「新しい先生らしいぞ」

 

 ロンは自分の招待状を光に透かした。

 

「夏休みに、その人からファンレターをもらったんだ。僕の本を読んだって。今度から、またホグワーツで魔法薬学を教えるらしい」

 

「魔法薬学?」

 

 わたしはロンを見た。

 

「スネイプ先生は?」

 

「さあね。クビになったんじゃないか?」

 

「そんなわけないよ。スネイプ先生だよ?」

 

「理由になってないぞ」

 

 スネイプ先生がクビになる姿は想像できない。

 クビを言い渡した相手の方が、翌日から学校へ来なくなる姿なら想像できる。

 

「闇の魔術に対する防衛術の先生になるんじゃない?」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「前から、その職を希望していたもの」

 

「まじかよ」

 

 ロンが顔をしかめた。

 

 なるほど。

 スネイプ先生が念願の職を手に入れた可能性がある。

 お祝いを言うべきかもしれない。

 

 ロンと二人でコンパートメントCへ向かった。

 扉を開けると、香ばしい肉と温かいパンの匂いが流れてきた。

 車内とは思えないほど大きなテーブルが置かれ、銀の皿に料理が盛られている。壁際には果物や菓子まで積まれていた。

 

「マイン、こっち!」

 

 ジニーが手を上げた。

 

 その隣では、ロメルダが細長いグラスに入った桃色の飲み物を眺めている。

 

「これ、飲んだら恋が始まりそうな色じゃない?」

 

「ただのカボチャジュースだよ」

 

「カボチャからこの色出る?」

 

「魔法じゃない?」

 

 テーブルの一番奥には、腹の大きな老人が座っていた。

 禿げ上がった頭に、立派な銀色の口髭。えんじ色の上着は、体を包むというより、左右へ引っ張られて耐えている。

 

 彼がスラグホーン先生らしい。

 

「おお!」

 

 ハリーが入った瞬間、スラグホーン先生の顔が輝いた。

 

「ハリー! 来てくれたかね!」

 

 椅子を蹴る勢いで立ち上がり、両手を広げる。

 待ち望んでいたことを隠す気はないらしい。

 

「さあ、こちらへ。君のために席を空けてある」

 

 空いているのは、スラグホーン先生の真横だった。

 ハリーに逃げ道はなかった。

 

「ジェームズとリリーの息子に、こうしてまたホグワーツで会えるとは」

 

 スラグホーン先生はハリーの肩を三度叩いた。

 ハリーは料理を見るふりをして、少しずつ椅子を離そうとしている。

 

「そして、ロン・ウィーズリー君!」

 

 次に視線がロンへ移った。

 

「君の本は実に良かった。若者らしい率直さがありながら、本人への敬意も失っていない」

 

「どうも」

 

 ロンは耳を赤くしながらも、満更ではなさそうに笑った。

 

「特に、ハリーが英雄かどうかは本人にも分からない、という章はよかった」

 

「そこ、ハリーに一番怒られたところです」

 

「怒ってないよ」

 

「二日間、口を利かなかっただろ」

 

「あれはヘンリーだ」

 

 スラグホーン先生は楽しそうに笑い、次にわたしへ向き直った。

 

「そして、君がローゼマインだね。ダンブルドアの自伝を編集したのは君らしいじゃないか」

 

「わたしだけじゃありません。みんなで作りました」

 

「それでも、編集を取り仕切ったのは君なのだろう?」

 

「一応、そうです」

 

「素晴らしい。あのダンブルドアに、あれほど個人的な話をさせるとはね」

 

 本人が勝手に話し始めた部分もかなり多い。

 特にグリンデルバルドについては、止めなければ上巻が全部その話になるところだった。

 

「出版という仕事は、人と人をつなぐ。実に興味深い分野だ」

 

 スラグホーン先生の目が細くなった。

 柔らかく笑っているのに、頭の中では何かを数えているように見える。

 

 席につき、改めて招待された生徒を見回した。

 ハリーは、言うまでもなく有名人だ。

 ロンも本が売れ、魔法界で名前が知られるようになった。

 ロメルダは、アンブリッジ魔法大臣と親しいことを、どこからか知られたらしい。

 

「大臣とは、よくお茶を飲むのかね?」

 

「飲む飲む。アンブリっち、ミルク多め派なんだよね」

 

「アンブリっち?」

 

「愛称」

 

「本人も気に入っているのかね?」

 

「最初は怒ってたけど、最近は諦めてる」

 

 親しいの基準が、一方的な可能性がある。

 ジニーは、誰かにコウモリ鼻糞の呪いをかけるところを、スラグホーン先生に見られたそうだ。

 

「見事な呪文だった」

 

「相手が先に喧嘩を売ってきたんです」

 

「動機はともかく、あの年齢で、あれほど正確に顔面だけを狙えるとは」

 

 褒めるところが少しおかしい。

 ジニーもそう思ったらしく、褒められているのか判断できない顔をしていた。

 

 ほかの席には、有名なクィディッチ選手の甥や、魔法省高官の娘もいる。

 どうやら、本人が有名か、将来有名になりそうか、有名な人間とつながっている生徒が集められているらしい。

 

 スラグホーン先生は、生徒そのものより、その周りに伸びる線を見ている。

 わたしの周りには、ダンブルドア先生、シリウス、トム、フェルディナンド、出版社と色々なものが存在するから選ばれたのだろう。

 

「ところで、君たちはずいぶん親しそうだね。以前から知り合いなのかね?」

 

「全員、魔法書研究会のメンバーです」

 

 ジニーが答えた。

 スラグホーン先生の手が止まった。

 

「魔法書研究会?」

 

「本を読んだり、作ったり、新聞を書いたりする会です」

 

 わたしは説明した。

 

「羽ペン通信ホグワーツ版も、プロングズ出版も、そこのメンバーが中心になって作ってます」

 

「君たちが?」

 

 スラグホーン先生の目が、今までで一番大きく開いた。

 

「では、あの新聞も、ロン君の本も、ダンブルドアの自伝も、すべて同じ集まりから生まれたのかね?」

 

「だいたいそうです」

 

「いやあ、実に興味深い」

 

 スラグホーン先生は椅子の背へ体を預けた。

 

「ほかには、どんな生徒が所属しているのかね?」

 

「ハーマイオニー、ルーナ、アーニー、ドラコ、それから──」

 

「待ってくれたまえ」

 

 先生が慌てて手を上げた。

 

「一度に聞くには、もったいない名前ばかりだ。次の昼食会には、ぜひほかのメンバーも招きたい。魔法書研究会。いや、実に素晴らしい集まりだ」

 

 わたしたちは本を読むために集まっていたはずなのに、いつの間にか新しい先生の招待客一覧になっていた。

 ロメルダが小声で囁く。

 

「先生、うちら全員と仲良くなりたい感じ?」

 

「たぶん」

 

「じゃあ、次の羽ペン通信の購読者になってくれるかな」

 

「そこ?」

 

「人脈より購読者っしょ」

 

 それは少し分かる。

 

 スラグホーン先生は、次に誰を招くか考え始めていた。

 

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