スラグホーン先生の昼食会には、豪華な料理と、有名人の名前が山ほど並んでいた。
焼いた肉には艶のあるソースがかかり、籠にはまだ温かいパンが積まれている。壁際には果物や菓子まで用意されていて、ホグワーツ特急の中とは思えなかった。
けれど、先生が並べる人名の方が、料理よりずっと豪華だった。
「魔法省の高官に、聖マンゴの治療師、有名なクィディッチ選手。今でも手紙をくれる教え子は多いよ」
スラグホーン先生は立派な口髭を撫で、満足そうに笑った。
「人との縁は、大切にすべきだからね」
先生はハリーを見た。
次に、出版した本が売れているロン。
アンブリッジ魔法大臣とお茶を飲むロメルダと、コウモリ鼻糞の呪いに優れたジニー。
最後に、ダンブルドア先生の自伝を編集したわたしを見た。
どうやら、先生は生徒本人だけでなく、その周囲に伸びるつながりまで見ているらしい。
それなら、わたしも確認しておくべきことがあった。
「先生は、古い純血家にも詳しいんですよね?」
「もちろんだとも」
スラグホーン先生の胸が自信で少し膨らんだ。
「名門と呼ばれる家の出身者も、大勢教えてきたからね」
「その中で、一番蔵書が多い家はどこですか?」
先生の笑顔が止まった。
「蔵書?」
「はい。本棚の数でもいいです」
「いや、今の話で、そこに興味を持つのかね?」
「古い家には古い本があるでしょう?」
ブラック家にも、本はかなり残っている。
ただし、闇の魔術と純血家の家系図に偏りすぎていた。
同じ一族の名前が何度も出てくる本は一冊あれば十分なのに、ブラック家には似たような本が棚一面に詰まっている。
人間関係が複雑な家ほど、家系図を増やしたくなるのかもしれない。
「そうだね。ブラック家、ノット家、セルウィン家、バーク家……古い家には、それなりの蔵書があるだろう」
わたしはすぐに鞄から自動筆記羽ペンを取り出した。
羽ペンが羊皮紙の上へ降り、家名を書き始める。
スラグホーン先生が目を瞬いた。
「もう記録するのかね?」
「忘れたら困るので」
「その情報を何に使うつもりなのか、聞いてもよいかな?」
「まず、蔵書目録を送ってもらいます」
「訪問の約束ではなく?」
「目録を確認してから、読む本を決めたいです。全部見せてもらえるなら、直接行きます」
スラグホーン先生は口髭を撫でた。
先生が期待していた反応とは、少し違ったらしい。
「君は、魔法省の高官や有名選手には興味がないのかね?」
「ありますよ」
先生の目が明るくなった。
「その人が珍しい本を持っているなら」
口髭が下がった。
隣でハリーが黙ってパンをちぎっている。
わたしが変なことを言った時、他人のふりをするのがうまくなってきた。
「作家になった教え子はいませんか?」
今度こそ、スラグホーン先生は嬉しそうに笑った。
「それなら何人かいるよ。魔法薬学の教本を書いた者もいれば、魔法生物についての研究書を出した者もいる」
「今も書いてますか?」
「おそらくは」
「最近書いている人は?」
「ずいぶん踏み込むね」
「出版社をやっているので」
本は一冊作れば終わりではない。
一冊作ると、次に作る本が必要になる。
出版とは、そういうものである。
「それに、ぜひ先生ご自身にも書いていただきたいです」
「私が?」
スラグホーン先生の口髭が持ち上がった。
嫌ではなさそうだった。
「自伝かね?」
「いえ。最初は羽ペン通信ホグワーツ版の連載記事で、いずれ出版するのがいいかと。先生が教えた有名人の学生時代について、毎回一人ずつ話してもらう記事はいかがでしょう」
「なるほど」
先生は顎へ手を当てた。
「今や魔法省で重職に就いている者や、名のある治療師たちが、学生時代にどのような才能を見せていたか。確かに、興味を持つ読者は多いだろうね」
「成功するって、最初から分かってたんですか?」
ロメルダが聞いた。
「もちろんだとも」
スラグホーン先生は即答した。
「本当に?」
「私は生徒の才能を見抜くことには、いささか自信があってね」
「じゃあ、先生が絶対に成功しないと思ってたのに成功した人は?」
ロメルダの言葉に先生の笑顔が固まった。
「そのような例を、わざわざ記事にする必要があるかね?」
「そっちも面白くない?」
ロメルダの目が輝いた。
「先生が見抜いた天才ばっかりだと、毎回同じ話になるじゃん。全然期待してなかった子が大臣になったり、天才だと思ってた子が卒業後に消えたりした方が、読者は気になるよ」
「消えたとは、人聞きが悪いね」
「じゃあ、消息不明」
「さらに悪くなったよ」
自動筆記羽ペンが勝手に見出しを書いた。
『スラグホーン先生が見誤った教え子たち』
「そのタイトルは微妙」
わたしが言うと、羽ペンは不満そうに羽軸を震わせた。
「連載名は、もう少し穏やかにした方がいいよね」
「『スラグホーン先生の忘れられない教え子たち』とか?」
ジニーが提案した。
「それにしよう!」
わたしは羊皮紙へ書き留めた。
スラグホーン先生も満更ではないらしい。口髭を整えながら、誰を第一回に選ぶべきか考え始めている。
「初回は、やはりハリーのご両親がいいだろう」
「僕の?」
ハリーがパンから顔を上げた。
「リリーは実に優秀な魔女だった。ジェームズも、少々騒がしくはあったが才能は──」
「先生」
ロメルダが手を上げた。
「二人が付き合う前の話も知ってる?」
「どうして、そこを聞くのかね?」
「読者が一番知りたい情報だから」
「魔法薬学の才能の話ではなく?」
「それも書くよ。恋愛の次に」
「順番が逆ではないかね?」
「記事ではこっちが正解」
ロメルダは迷いがなかった。
スラグホーン先生は、自分の思い出話がどういう記事にされるのか、ようやく不安になってきたらしい。
「掲載前に、原稿を確認させてくれるのだろうね?」
「事実確認はします」
「不必要に刺激的な見出しは避けてほしい」
「うーん、がんばります!」
ロメルダが言った。
避けるとは言わなかった。
「ロン。君の本も、実に興味深かったよ」
スラグホーン先生は、今度はロンへ顔を向けた。
「ハリーのすぐそばにいた君だからこそ、あの本を書くことができたのだろうね」
「まあ、そうですね」
ロンは笑った。
けれど、返事が少しだけ遅かった。
「英雄の友人にしか見えない姿というものがある。君は実に恵まれた位置にいた」
「はい」
ロンの表情がどんどん曇っていく。
スラグホーン先生は気づかず、ハリーへ話を戻している。
向かいに座るロメルダだけが、ロンを見ていた。
*
昼食会が終わると、ロメルダがロンの後を追ってコンパートメントCを出ていった。
ジニーは、女子同士で話すことがあるのだろうと言った。
ロンは女子ではない。
わたしは少し気になったが、先に監督生のコンパートメントへ戻ることにした。
通路には生徒があふれている。菓子売りの魔女を追いかける一年生、友達を探して扉を覗く上級生、逃げ出したヒキガエル。
その中に、前の車両へ向かうセオドールを見つけた。
「セオドール」
呼びかけると、セオドールは足を止めた。
振り返った顔には、夏休みを楽しく過ごした人には見えない隈がある。
通路にいたスリザリン生が、さりげなく彼から離れた。
神秘部の戦いで死喰い人側にいたセオドールは、服従の呪文で操られていたと主張した。
杖の検査や周囲の証言でも否定できず、アズカバン行きは免れている。
けれど、無罪と無害は同じではない。
スリザリン生は、必要以上に彼へ近づかないようにしていた。
「マイン、少し話せるか」
セオドールはわたしの隣のハリーを見た。
ハリーの顔には、わたしを一人にさせるのは不安と書いてある。
「ここでならいいよ」
わたしが答えると、セオドールはローブのポケットへ手を入れた。
ハリーの右手が杖へ伸びる。
出てきたのは杖ではなく、黄色いリボンのかかった小さな包みだった。
「謝りたかった」
セオドールは包みを持ったまま言った。
「君がタイムターナーを使ったせいで、父がアズカバンへ送られたと思っていた」
「実際、きっかけにはなったよ」
「父が捕まったのは、父が死喰い人だったからだ」
声は平静だったが、包みを持つ指には力が入っている。
「分かっていた。それでも、君が何もしなければ父は家にいた。僕も今までどおり暮らせた。そう考えて、君を恨んでいた」
「うん」
「全部、八つ当たりだった」
セオドールは視線を落とした。
「父が何をしていたのか、僕は知っていた。止めもしなかった。それなのに、君のせいにした」
神秘部で死喰い人に加わったことも、最初から服従の呪文だけが原因だったわけではないらしい。
自分で近づき、そのあとで逃げられなくなった。
ハリーが疑わしそうに見ていたが、セオドールは言い訳をしなかった。
「死喰い人はやめたの?」
「ああ」
「簡単にやめられた?」
「簡単ではなかった」
セオドールの袖口から、薄い包帯が覗いている。
それ以上は聞かなかった。
「ハリーにも謝った」
「許したとは言ってないけど」
ハリーは不機嫌そうだった。
「それでいい」
セオドールは包みをわたしへ差し出した。
「お詫びには足りないが、ハニーデュークスで買った」
「ありがとう」
受け取ると、紙の隙間から甘い香りがした。
蜂蜜漬けの木の実と、温かいミルクに溶かして飲む砂糖菓子が入っている。
「あれ?」
「どうした」
「これ、アストリアが好きなお菓子だ」
セオドールの目が、ほんの一瞬だけ止まった。
「そうなのか」
セオドールは少し微笑んだ。
「わたしも、セオドールがそこまで苦しんでたって気づけなかった」
「それは君の責任ではない」
「でも、友達だと思ってたのに、全然分からなかった」
「友達だと思っていたから、言えなかった」
どちらの責任かを決めようとすると、たぶん終わらない。
「分かった。謝罪は受け入れるよ」
セオドールの肩から、少しだけ力が抜けた。
「それと、ノット家の蔵書ってまだ残ってる?」
「……何の話だ?」
「スラグホーン先生が、ノット家には古い本が多いって言ってたから」
「君は今の話を聞いていたのか?」
「聞いてたよ。謝罪は受け入れたから、次の話をしてる」
セオドールはしばらく黙った。
感動的な和解のあとに、実家の蔵書を要求されるとは思っていなかったらしい。
「父の書斎は、魔法省に押収された」
「残ってる本は?」
「屋敷にある」
「創設者、失われた遺品、古代魔法、歴史的建造物。このあたりの本を探しておいて」
「なぜ僕が?」
「友達だから」
セオドールは目を閉じた。
友達に戻ったことを、早くも後悔している顔だった。
「探すだけだ」
「ありがとう」
「貸すとは言っていない」
「見つかったら相談しよう」
「もう借りるつもりだろう」
そこまで分かっているなら、話が早い。
セオドールは小さく息を吐き、通路の向こうへ歩いていった。
「本気で反省してると思うのか?」
姿が見えなくなると、ハリーが聞いた。
「分からない」
「分からないのに許したのか?」
「信じたい気持ちはあるよ」
もらった菓子の包みを、ローブのポケットへ押し込む。
「信じて、また裏切られたら?」
「その時は怒る」
「遅くないか?」
「まだ裏切ってない人に先に怒る方が早すぎるよ」
ハリーは納得していない顔をしていた。
わたしも、自信があるわけではない。
ただ、謝罪も包みも全部嘘だと、最初から決めたくはなかった。
次の車両へ移り、扉を開けたところで、前を歩いていたハリーが急に立ち止まった。
わたしは背中にぶつかった。
「痛い。どうしたの?」
ハリーは答えず、前方のコンパートメントを指した。
扉が半分ほど開いている。
中では、ロンとロメルダがキスをしていた。
頬に軽く、というものではない。
ロンはロメルダの腰へ腕を回し、ロメルダはロンの首に両腕を絡ませている。
かなり熱烈だった。
監督生として注意すべきかもしれない。
けれど、校則に「コンパートメント内でのキスは何秒まで」と書かれていた記憶はない。
今度、規則書を確認しよう。
「いつから?」
思わず聞くと、二人が勢いよく離れた。
ロンの耳は、髪より赤くなっている。
「見るなよ!」
「扉が開いてたよ」
「閉めたはずだったんだ!」
「ロンロンが足で押しただけだから、また開いたんじゃん」
ロメルダはまったく動じていなかった。
「いつから付き合ってるの?」
「さっき」
ロメルダが答えた。
「さっき?!」
「うん。ロンロン、先生に本を褒められたのに、ずっと機嫌悪そうだったから」
「別に悪くなかった」
ロンが反論した。
「ハリポの友達だから本が書けたみたいに言われたのが嫌だったんでしょ」
ロンが黙った。
「図星じゃん」
「近くにいたから書けたのは事実だよ」
「でも、近くにいただけじゃ面白い本にはならないじゃん」
ロメルダはロンの顔を覗き込んだ。
「ハリポが英雄扱いされるたびに、本人だけ嫌そうな顔してたって書いたところ。あそこ、あたし好きだった」
「そこ?」
「みんなハリポの傷とか勝った相手ばっかり見てるけど、ロンロンは顔見てたんだなって分かるから」
ロンの耳が、また赤くなった。
さっきまでとは、少し違う赤さだった。
「君、本当に読んだんだな」
「失礼じゃない?」
「だって、君が書くのは恋愛の噂ばっかりだろ」
「ロンロンまでそういうこと言う?」
ロメルダの顔から笑みが消えた。
「恋愛の記事なら、適当に書いても読まれるって思ってる?」
「そこまでは言ってない」
「見出し一つ考えるのに、何個ボツにしてると思う? 誰と誰がいつ話してたかも、前の記事と矛盾しないかも確認してるし」
「でも、勝手に書いて怒られてるだろ」
「読まれない記事より、怒られても読まれる記事の方がいいじゃん」
ロメルダは窓の外へ顔を向けた。
「でも、簡単に書いてるって思われるのは嫌。こっちは考えてるのに」
ロンは少し考え、ロメルダの隣へ座り直したらしい。
二人の肩が触れている。
「僕の本も、ハリーのことを書けば誰でも売れると思われてるのは嫌だ」
「似てるじゃん、うちら」
「ロメルダの記事と一緒にされるのは、少し嫌だけど、まあうん……僕の方が売れてるけどな」
「あたしの方が見出しはうまいし」
「僕の方が文章は長い」
「長ければいいと思ってるの、素人じゃん」
「君だって本は出してないだろ!」
そこから、どちらの文章の方が優れているか言い合いになった。
結局状況がよく分からない。
「どの辺で付き合う話になったの?」
わたしが聞くと、二人は顔を見合わせた。
「ロンロンが、僕なら君の記事をちゃんと読んで感想を言えるって」
「そしたらロメルダが、じゃあ一番近くで読めって」
「それで付き合ったの?」
「そのあと、あたしがキスした」
「そこは省いていいだろ!」
かなり勢いで始まった恋愛だった。
でも、理由がないわけではないらしい。
二人とも、有名な誰かを書いたことで注目された。
ロンはハリーの友人として。
ロメルダは、ホグワーツの恋愛の噂を書く人として。
本当は、誰を書いたかではなく、自分がどう書いたかを見てほしかった。
「別に、僕たちが付き合ってもいいだろ」
ロンは居心地悪そうに髪をかき上げた。
「悪いとは言ってないよ」
監督生のコンパートメントでロンを見たときは、ハーマイオニーとの距離が前より近く見えた。
てっきり、ロンはハーマイオニーを選ぶものだと思っていた。
「ハーマイオニーには言ったの?」
ロンの耳が、さらに赤くなった。
「あとで言う」
「先に言った方がよかったんじゃない?」
「付き合う前に許可を取るのかよ?」
「許可じゃないけど、急に目の前で知るよりはいいと思う」
恋愛には手順書がないので、正解は分からない。
ただ、ハーマイオニーが笑顔で祝福する姿は、あまり想像できなかった。
「行こう、マイン」
ハリーがわたしの肩を押した。
「これ以上見てると、もっと気まずくなる」
扉が閉まる直前、ロメルダが笑顔で手を振った。
ロンは顔を両手で覆っていた。
「意外だよね?」
通路へ出てから、わたしは言った。
「ロンがロメルダを選んだこと。ハーマイオニーと前より仲良くなってたから」
「僕もそう思ってた」
ハリーは窓の外へ顔を向けた。
流れていく野原を眺めながら、複雑そうに眉を寄せている。
「嫌なの?」
「ロンが誰と付き合っても、僕が決めることじゃない」
「じゃあ、何でそんな顔してるの?」
「三人組の関係が崩れる方が嫌なんだよ」
ハリーは小さく息を吐いた。
「ハーマイオニーが怒って、ロンが逆に怒って、二人が口を利かなくなって、僕が間に挟まれるだろ」
「まだ何も起きてないよ」
「どうだか」
*
ホグワーツへ到着した頃には、空はすっかり暗くなっていた。
大広間の天井には、雲の切れ間から覗く星空が映っている。四つの寮の長机には金色の皿が並び、新入生たちは組分け帽子を不安そうに見つめていた。
わたしはスリザリンの席へ座った。
向かいにはドラコ、その隣にはアストリアがいる。
「マイン、それは何ですか?」
アストリアが、わたしのポケットから覗く黄色いリボンを見つけた。
「セオドールにもらったお菓子。あとで分けるよ」
袋から出して見せる。
「本当ですか?」
アストリアの顔が明るくなった。
「これ、私が一番好きなお菓子です」
「やっぱりそうだよね」
少し離れた席にいるセオドールを見る。
周囲には、不自然なほど空席があった。
こちらへ視線を向けることもなく、皿の上だけを見ている。
「セオドールと話したのか?」
ドラコが眉を寄せた。
「謝られたよ」
「それで?」
「謝罪は受け入れた。それから、ノット家の本を探してもらうことになった」
「なぜ、和解から蔵書の話になる?」
「友達に戻ったから」
「普通は、仲直りした直後に実家の本を要求しない」
「貸してとはまだ言ってないよ」
「探させている時点で同じだ」
ドラコは額を押さえた。
「それと、スラグホーン先生に連載記事を書いてもらえるかもしれない」
「何を書くんだ?」
「昔の教え子の話。大臣や有名な治療師が、学生時代にどんな人だったか」
「正式に了承したのか?」
わたしは、スラグホーン先生との会話を思い返した。
「嫌ではなさそうだったよ」
組分けが終わると、空だった皿へ料理が現れた。
グリフィンドールの長机では、ロメルダが当然のようにロンの隣へ座っている。
ハーマイオニーは、その反対側にいた。
ロメルダがロンの腕へ触れた瞬間、ハーマイオニーのフォークが皿の上で止まる。
ほんの一瞬だった。
すぐに何事もなかったように肉を切り始めたが、切り分けられた肉は必要以上に細かくなっていった。
ハリーはそれを見て、静かに席を一つずらした。
危険を察する能力が高い。
食事が終わると、ダンブルドア先生が立ち上がった。
「新学期を迎えるにあたり、まずは新しい先生を紹介しよう」
大広間が静かになる。
「ホラス・スラグホーン先生には、今年から魔法薬学を担当していただく」
スラグホーン先生が椅子から立ち上がり、大きなお腹を揺らしながら一礼した。
拍手の中、ロンへ向かって小さく手を振っている。
すでに気に入られているらしい。
「そして、闇の魔術に対する防衛術は、セブルス・スネイプ先生が担当する」
一瞬、静かになった。
次の瞬間、グリフィンドールの長机にいる何人もの生徒が、絶望した顔でスネイプ先生を見た。
魔法薬学の授業から解放されたと思ったら、今度は防衛術で待っていた。
逃げ道はなかった。
一方、スリザリンの長机からは大きな拍手が起きた。
長年の苦労がようやく報われた教師を労うような拍手だった。
スネイプ先生は、一切嬉しそうな顔をしない。
いつもどおりである。
「なお、トム・ジェドゥソール先生には、引き続き補助教員として授業を手伝ってもらう」
教職員席の端に座っていたトムが、わずかに眉を寄せた。
隣では、スネイプ先生が黒い目でトムを見ている。
「補助教員は、教師の指示に従うものだ。分かっているな?」
「これはこれは、スネイプ先生。念願の職に就いた途端、ずいぶん教師らしくなりましたね」
二人とも笑っていなかった。
スネイプ先生が教師になることに、トムは複雑な気持ちを抱いているらしい。
自分もなりたかったなら、なればいいのに。
ダンブルドア先生は、校則や禁じられた森についての注意を続けた。
「最後に、もう一つだけ」
眼鏡の奥の目が、楽しそうに輝いた。
「わしの自伝を読んでくれた諸君には、心から礼を言いたい」
大広間のあちこちから笑い声が上がった。
ダンブルドア先生は胸に手を当て、著者らしく丁寧に頭を下げる。
「下巻も鋭意制作中じゃ。刊行は来年六月を予定しておる」
「ええーっ!」
四つの長机から、一斉に不満の声が上がった。
「遅い!」
「年内じゃないのかよ!」
「続きが一番気になるところで終わったのに!」
グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。
寮を越えて、珍しく意見が一致した。
ダンブルドア先生は、茶目っ気たっぷりに両手を広げた。
「よい本を作るには、時間がかかるものなのじゃよ」