本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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114話 本好きたちの推薦図書 テーマ:謎

 

 魔法書研究会では、定期的にビブリオバトルを開催している。

 

 参加者が一冊ずつ本を紹介し、最後に「一番読みたくなった本」へ投票する。勝敗が決まるのでバトルと呼ばれているが、杖は使わない。

 

 今回のテーマは「謎」だった。

 

 特別参加者は、今年から魔法薬学を担当しているスラグホーン先生だった。

 

「いやあ、若い人たちが本について語り合うのは素晴らしいことだ。私も昔は、優秀な生徒を集めて、よく知的な会合を開いたものだよ」

 

 スラグホーン先生は、研究会の机いっぱいに菓子を並べながら言った。

 

 知的な会合に、砂糖をまぶしたパイが丸ごと三つ必要なのかは分からない。

 ただ、食べ物が多いことに異議を唱える者はいなかった。

 

「先生、今回紹介する本は決めてきたんですか?」

 

 わたしが尋ねると、スラグホーン先生は得意げに一冊の本を取り出した。

 表紙は、見覚えのあるピンク色だった。

 

『ドローレス・アンブリッジ──魔法省を薔薇色に染めた女』

 

 本人の肖像画らしいアンブリッジ魔法大臣が、胸の前で両手を組み、こちらへ微笑んでいる。

 肖像画なのに、見ていると規則を守っているか確認されているような気持ちになった。

 

「今回のテーマは謎だと聞いたのでね。彼女以上の謎はないだろう」

 

 スラグホーン先生は、本の表紙を皆に見せた。

 

「在学中の彼女は、決して目立つ生徒ではなかった。礼儀正しく、規則を重んじてはいたが、まさか魔法大臣にまでなるとはね。私が目をかけなかったのに、これほど有名になった生徒は珍しい」

 

「それ、先生が見る目なかっただけじゃないですか?」

 

 ロメルダが菓子をつまみながら言った。

 スラグホーン先生は、聞かなかったことにした。

 

「彼女がなぜ、ここまで変わったのか。それが私にはどうしても分からないのだよ。学生時代のアンブリッジ君は、もっとこう……」

 

「地味?」

 

「慎ましかったと言いたまえ」

 

 おそらく同じ意味だった。

 

「恋愛小説の影響ですよ」

 

 ロメルダが言った。

 

「……恋愛小説?」

 

「アンブリっち、今めっちゃ読んでるし。令嬢シリーズにハマってから、服も変わったし、人の話もちょっと聞くようになったし」

 

「本を読んだだけで、人間がそれほど変わるものかね?」

 

「変わりますよ」

 

 わたしは即答した。

 

 スラグホーン先生は、わたしとロメルダを見比べた。

 あまり信じていない顔だった。

 その態度はよくない。本が人間を変えないなら、出版業をしているわたしたちの立場がない。

 

 発表が終わると、次はルーナが立った。

 

 ルーナが持ってきた本の表紙には、片方だけの靴下、折れた羽根ペン、片耳分のイヤリングが描かれていた。

 

『ホグワーツでなくしたものは、どこへ行くのか』

 

「ホグワーツでは、よく物がなくなるの」

 

 ルーナは、いつも通り静かな口調で話し始めた。

 

「わたしの物もよくなくなるの。でも、しばらくすると変なところから見つかるんだ」

 

「それ、誰かに隠されてるんじゃない?」

 

 ロメルダが言った。

 

「そういう時もあるわ」

 

 ルーナは否定しなかった。

 

「でも、この前は靴下を探していたら、靴下がたくさん置いてある部屋を見つけたの」

 

「洗濯室じゃなくて?」

 

「違うわ。洗った靴下も、洗っていない靴下もあったもの」

 

「嫌な部屋だね」

 

「片方だけの靴下もたくさんあったわ。探していた靴下は見つからなかったけれど、代わりに青い靴下を一足もらったの」

 

「誰から?」

 

「部屋から」

 

 質問したドラコが眉間を押さえた。

 ルーナは本を開き、ホグワーツで紛失した品の記録を紹介した。

 

 何十年も行方不明だった教科書が、別の生徒の鞄から突然見つかった例。

 没収されたはずの悪戯用品が、使われていない教室に積まれていた例。

 隠した本人が卒業したあとも、城のどこかを移動し続けた旅行鞄。

 

「この本を書いた人は、ホグワーツには、なくした物が集まる場所があるんじゃないかと考えているの」

 

「なくした物が自分で移動するのか?」

 

 アーニーが聞いた。

 

「見つかりたくない物もあると思うわ」

 

「物に意思があるということか?」

 

「本にはあるでしょう?」

 

 ルーナがわたしを見た。

 

「あるね」

 

「そこで同意するな」

 

 ドラコが言った。

 

 次はアーニーだった。

 アーニーは、まるで重要な裁判の証拠品を提出するような顔で本を掲げた。

 

『黄色い杯の晩餐』

 

 古い屋敷を舞台にしたミステリー小説で、表紙には金色の杯が描かれている。

 

「この物語には、ヘルガ・ハッフルパフが所有していたとされる杯が登場する」

 

 アーニーは最初から力が入っていた。

 

「ある純血一族の屋敷で晩餐会が開かれ、当主がその杯から酒を飲んだ直後に死亡する。だが、杯にも酒にも毒は残っていなかった。屋敷にいた者は全員、当主を殺す動機を持っている。そして事件のあと、杯そのものが消える」

 

「面白そう」

 

 わたしが言うと、アーニーは重々しくうなずいた。

 

「作品としては、よくできている」

 

「嫌そうだね」

 

「ハッフルパフの杯が殺人事件の道具として扱われている点には、断固抗議したい」

 

「小説だろ?」

 

 ハリーが言った。

 

「創設者の遺品を扱う以上、相応の敬意が必要だ」

 

「カップ本人は気にしないんじゃない?」

 

「マルフォイ、君は先ほどから物の意思を軽視しすぎだ」

 

「ある前提で話を進めるな」

 

 アーニーによれば、この小説は実在した事件をもとに書かれているらしい。

 

 作者は、ハッフルパフの遠縁にあたる老婦人が所有していた骨董品を取材し、その屋敷と杯を小説へ登場させた。

 

 ただし、本が出版される少し前、モデルになった老婦人は亡くなり、本物の杯も行方不明になったという。

 

「つまり、この本には二つの謎がある。小説の中で当主を殺した犯人。そして、現実で消えたハッフルパフの杯がどこにあるのかだ」

 

 ハリーが意味ありげにわたしを見た。

 ヴォルデモートの分霊箱がハッフルパフの杯の可能性があるということを彼も気がついたのだろう。

 

「アーニーはどっちが気になるの?」

 

「当然、杯の所在だ」

 

「犯人は?」

 

「小説では犯人は謎のまま終わるんだ」

 

 ミステリー小説として、それでいいのだろうか。

 次はわたしだった。

 

 机の上に、分厚い錬金術書を置く。

 革張りの表紙には、王冠をかぶった赤い男と、白いドレスを着た女が描かれていた。

 

 題名は『赤き王と白き女王の婚姻』。

 

「恋愛小説?」

 

 ロメルダが身を乗り出した。

 

「錬金術の本だよ」

 

「婚姻って書いてあるじゃん」

 

「赤い王と白い女王が結婚して、一度死んで、一つの存在として生まれ直す話」

 

「重い恋愛小説じゃん」

 

「錬金術だってば」

 

 なぜ説明するほど恋愛小説へ近づいていくのだろう。

 

「この本は、金属を黄金へ変える方法や、生命を作る方法について、ほとんど全部を比喩で書いてるの。挿絵も文章も意味が分からないし、同じ記号が別の章では違う意味になる」

 

「君は、なぜそんな本を読んでいるんだね?」

 

 スラグホーン先生が尋ねた。

 

「未知の分野なので、いろいろ探しているうちにたどり着きました」

 

「何を調べていたのかな?」

 

「魂って、どうやったら作れるのかなと思って」

 

 スラグホーン先生の笑顔が固まった。

 

「分ける方法を調べてる人はいたんですけど、作る方法はあまり書かれていなくて」

 

「ローゼマイン」

 

「はい」

 

「闇の魔術へは進まないように」

 

「作る方ですよ?」

 

「それは禁忌だ」

 

 わたしは少し納得できなかった。

 

 魂を分けるのが闇の魔術なら、作ったり増やしたりするのは、むしろ光の魔術ではないのだろうか。

 

 フェルディナンドなら、その分類から疑えと言いそうだった。

 

「ただ、錬金術へ関心があるのなら、ニコラス・フラメルを紹介してもいい」

 

「本当ですか?」

 

 思わず机へ両手をついた。

 菓子皿が跳ね、アーニーが慌てて押さえた。

 

「先生、ニコラス・フラメルと知り合いなんですか?」

 

「古い知人でね。アルバスほど親しくはないが、紹介状くらいなら書けるだろう」

 

「お願いします。今日書いてください」

 

「今日?」

 

「忘れると困るので」

 

「私の記憶力をもう少し信用してほしいものだね」

 

「では明日でもいいです」

 

「譲歩したつもりなのかね?」

 

 その時、部屋の扉が開いた。

 

「楽しそうだね」

 

 トムが顔を出した。

 スラグホーン先生の手が、菓子へ伸びたまま止まった。

 

「今日のテーマは『謎』についてなんだ。トムも参加する?」

 

「見に来ただけだけど、本なら持っているよ」

 

「なら参加者だね」

 

 わたしが席を用意すると、トムは自然に腰を下ろした。

 一方、スラグホーン先生は不自然に立ち上がった。

 

「私は少し、席を外そう」

 

「急ですね」

 

「菓子が足りないかもしれないと思ってね」

 

 机には、まだパイが二つと、焼き菓子が山ほど残っていた。

 

「昔の知り合いみたいだよね」

 

 ロメルダが小声で言った。

 

「そうなんだ」

 

「なんか気まずそうじゃない?」

 

「ジェドゥソール先生何したの?」

 

 トムがこちらを見たので、会話をやめた。

 

 スラグホーン先生が部屋を出ると、ハリーが周囲を確認してから鞄を開いた。

 

「先生がいる前では紹介しづらかったんだけど、僕はこれにする」

 

 取り出したのは、ぼろぼろの教科書だった。

 

『上級魔法薬学』

 

「教科書じゃないか」

 

 ドラコが鼻で笑った。

 

「普通の教科書じゃない」

 

 ハリーがページを開いた。

 

 余白という余白に、細かな文字が書き込まれていた。教科書の説明を訂正する文章、材料を入れる順番、攪拌の回数、教科書には載っていない呪文。

 

「この本の前の持ち主は、教科書より正確な調合方法を知っていた。言われた通りに作ったら、生ける屍の水薬が成功した」

 

 ドラコの顔から、余裕が消えた。

 

「それがあったからか!」

 

「何が?」

 

「君が魔法薬学で僕に勝った理由だ!」

 

 ドラコは立ち上がり、ハリーの教科書を指さした。

 

「フェリックス・フェリシスを賭けた勝負で、僕の薬より君の薬の方が上だった。おかしいと思っていたんだ。君が僕より丁寧に根を刻めるはずがない!」

 

「僕が勝ったことは変わらないだろ」

 

「他人の書き込みを使った! ズルだ!」

 

「本を読んだんだ」

 

「そうだよ」

 

 わたしはハリーに同意した。

 

「本に書いてある知識を使うのは、正当な読書の成果だよ」

 

「君は必ずそちらにつくと思っていた」

 

 ドラコは悔しそうに座った。

 ハリーが表紙の裏を見せる。

 

 そこには、

 

『この本は半純血のプリンスの所有物である』

 

 と書かれていた。

 

「この半純血のプリンスが誰なのか、それが僕の本の謎だ」

 

「プリンスという名字なのかもしれないな」

 

 アーニーが言った。

 

「自分で王子を名乗ってるだけじゃない?」

 

 ロメルダはあまり好意的ではなかった。

 

「十代で王子を名乗る男、恋愛小説ならだいたい面倒なことするよ」

 

「これは恋愛小説じゃない」

 

「まだ分かんないじゃん」

 

 何が分からないのだろう。

 

 ハリーの発表が終わると、ドラコは自分の鞄から巨大な本を取り出した。

 そして、机へどん、と置いた。

 厚さだけなら、今回の参加者で一番だった。

 

『失敗すれば死ぬ高等魔法薬大全』

 

「嫌な題名だね」

 

「内容は正確だ」

 

 ドラコは目的のページを開いた。

 

 金色の液体が描かれている。

 

 フェリックス・フェリシス。

 飲んだ者へ、一時的に幸運をもたらす魔法薬。

 

「この薬の調合には半年かかる。材料を入れる時刻は月の満ち欠けによって変わり、攪拌の回数は液面に現れる泡の数で決まる。一度でも逆向きに混ぜれば最初からやり直しだ」

 

 ドラコは、腹立たしそうにページを叩いた。

 

「こんな難しい魔法薬の作り方は初めてだ!」

 

「本の魅力を紹介してるんだよね?」

 

「難しいことが魅力でもある。つまり、僕にとっての謎だ」

 

 ドラコは本を閉じた。

 

「僕は決めた。フェリックス・フェリシスを作る」

 

「もらえなかったから?」

 

 ハリーが聞いた。

 

「もういいんだ、それは。もらえなかったら作ればいい!」

 

 非常に強い一言だった。

 負け惜しみとしては、半年分ほど重い。

 

「わたしもやってみたい!」

 

「君は入れる材料の記録を担当しろ」

 

「調合もできるよ」

 

「君に火加減を任せると、本を読んでいる間に鍋が蒸発する」

 

「そんなに何回もしてない」

 

「一度でも十分だ」

 

 トムが本を覗き込んだ。

 

「スラグホーン先生に時々進捗を確認してもらった方がいい」

 

「必要ない」

 

「失敗すると有毒らしいよ」

 

「……月に一度くらいなら見せてもいい」

 

 決断が早かった。

 全員の視線が、最後にトムへ集まった。

 

「トムは何を紹介するの?」

 

「これだよ」

 

 トムは一冊の日記を机へ置いた。

 見覚えのある、黒い表紙の日記だった。

 

「この日記には、トム・リドルという十六歳の少年の記憶が保存されている」

 

「自分の日記でしょ?」

 

 ロメルダが聞いた。

 

「僕が書いた日記ではある。けれど、今の僕は日記を書いた人間そのものではない」

 

 アーニーが眉を寄せた。

 

「どういう意味だ?」

 

「僕は、この日記に残された記憶から生まれた」

 

 それまで菓子を食べていたロメルダの手が止まった。

 ハリーは何か言おうとしたが、トムは構わず続けた。

 

「この日記が存在する限り、僕は十六歳のトム・リドルとして残り続ける。日記を開いた相手と話し、記憶を見せ、時には相手の記憶へ触れることもできる」

 

「本の中に住んでいるのね」

 

 ルーナが言った。

 

「そう考えてもいい」

 

「でも、それのどこが今回の謎なんだ?」

 

 ロンが尋ねた。隣に座るロメルダがロンの腕に寄り添った。ロメルダはもう答えを知っている。

 トムは薄く笑った。

 

「トム・リドルという人間が、その後どうなったのかだよ」

 

 ハリーの表情が険しくなった。

 

「トム」

 

「ここまで話して、肝心なところだけ隠す方が不自然だろう?」

 

 トムは黒い日記を持ち上げた。

 

「トム・リドルは、のちに別の名前を名乗った」

 

 少し前までスラグホーン先生が座っていた椅子へ目を向ける。

 先生が席を外した理由を、わたしはようやく理解した。先生はトムがヴォルデモートになったということを知っているのだ。

 

「ヴォルデモート」

 

 誰も口を開かなかった。

 部屋の外から誰かの笑い声が聞こえた。遠くでは階段が動き、石と石が擦れる音がしている。

 この部屋だけが、それまでと同じ時間から取り残されたようだった。

 

「え」

 

 最初に声を出したのはロンだった。

 

「トムって、例のあの人なのか?」

 

「正確には、闇の帝王になる前の記憶だ」

 

「ほぼ本人じゃん」

 

「僕はあの男とは違う」

 

 トムの声から笑みが消えた。

 

「同じ過去を持ち、同じ知識を持ち、似た欲望を抱いていた。けれど、同じ選択はしていない。だから僕が彼と同じ人間なのかは、僕にも分からない」

 

 アーニーは警戒するように日記を見ていた。

 

「それが、君の紹介する謎か」

 

「そうだよ」

 

 トムは日記を机へ戻した。

 

「孤児院にいた少年が、なぜ闇の帝王になったのか。なぜ自分の名前を捨て、死を恐れ、他人を殺し続けたのか」

 

 その問いだけなら、これまでも何度か考えた。

 トム本人と話し、本を読み、過去を知ろうとしてきた。

 けれど、今までわたしは大事なことを見落としていた。

 

 闇の帝王について、世の中の人が知っていることは少ない。

 

 人を殺した。

 死喰い人を従えた。

 名前を口にすることすら恐れられた。

 

 けれど、トム・リドルについて知っている人は、ほとんどいない。

 

 孤児院で育ったことも。

 ホグワーツでは優秀な生徒だったことも。

 教師に気に入られようとしていたことも。

 本を読み、秘密の部屋を探し、死ぬことを恐れたことも。

 誰も知らない。

 

 知らないから、闇の帝王は最初から闇の帝王だったことになっている。

 

「それだよ!」

 

 わたしは立ち上がった。

 机が揺れ、積み上げていた本が一冊落ちた。

 

「何が?」

 

 トムが聞いた。

 

「闇の帝王の正体を、世の中に見せればいいんだよ!」

 

 今度は、別の意味で誰も口を開かなかった。

 

「……どうしてそうなる?」

 

 ドラコが慎重に聞いた。

 

「ヴォルデモートは、自分がトム・リドルだったことを隠してる。みんなも、闇の帝王のことを人間だと思ってない」

 

「人間ではあるだろう」

 

「知識としては分かってても、そういう見方をしてないよ。生まれた時から怪物だったみたいに思ってる」

 

 わたしは黒い日記を指さした。

 

「でも、この日記には全部残ってる。トムがどんな子どもで、何を考えて、どうやってヴォルデモートになったのか」

 

「全部ではないよ」

 

「足りないところは調べればいい」

 

「簡単に言うね」

 

「本にしよう」

 

 トムの顔から表情が消えた。

 

「何を?」

 

「トム・リドルの日記を」

 

「断る」

 

「まだ題名しか言ってないよ」

 

「題名だけで十分だ」

 

 わたしは日記を手に取った。

 

「闇の帝王の本名も、孤児院にいたことも、ホグワーツで先生たちに褒められてて優秀だったことも、全部書く」

 

「僕の許可を得るという発想はないのかい?」

 

「今、聞いてるよ」

 

「断ったのに」

 

 トムが額を押さえた。

 ハリーはまだ警戒した顔をしていたが、少しだけ考え込んでいた。

 

「ヴォルデモートは、それを一番嫌がるだろうな」

 

「でしょう?」

 

 ハリーの一言で、わたしは確信した。

 

 ヴォルデモートは、恐れられることで闇の帝王でいられる。

 誰も名前を呼ばず、誰も過去を知らず、誰も人間だった頃を想像しない。

 ならば、その正体を本にしてしまえばいい。

 闇の帝王が、かつてトム・リドルという少年だったことを。

 最初から怪物だったわけではなく、自分で一つずつ選び、あの姿になったことを。

 

「ヴォルデモートを倒す本を作れるかもしれない」

 

「出版で闇の帝王と戦う気なの?」

 

 ロメルダが聞いた。

 

「新聞でも戦ってきたでしょ」

 

「そうだけど、ついに本人の暴露本までいくんだ」

 

「暴露本ではないよ。自伝?」

 

「本人が嫌がってる時点で暴露本だろう」

 

 ドラコの指摘は聞かなかったことにした。

 トムは、机の上の日記を見下ろしていた。

 

「君は、僕を世間へ晒すつもりなのか」

 

「晒すのは闇の帝王の正体」

 

 トムが顔を上げる。

 

「ヴォルデモートが、トム・リドルだったことを隠せないようにするの」

 

 しばらくして、トムは小さく息を吐いた。

 

「君は本当に、恐ろしいことを思いつくね」

 

「褒めてる?」

 

「まったく」

 

 その日のビブリオバトルは、トムの圧勝だった。

 全員が、トム・リドルという人間について知りたくなったからだ。

 

 わたしも知りたい。

 そして、知ったことは本にする。

 

 闇の帝王がどれほど恐ろしい名前を名乗っても、その最初の一ページには、必ずこう書く。

 

 彼の名は、トム・リドルだった。

 

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