本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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トム・リドル視点。


116話 トム・リドルは殺されたい

 トムは、誰にも明かさなかった自分の過去を、初めて最後まで話した。

 

 校長室の窓は夜の闇を映し、分厚いガラスには暖炉の炎だけが揺れていた。

 赤く焼けた薪が、ときおり小さな音を立てて崩れる。壁を埋める歴代校長の肖像画は、ほとんどが目を閉じていた。本当に眠っている者もいれば、薄く開いた瞼の隙間から、こちらを窺っている者もいる。

 

 トムの正面にはダンブルドアが座り、その左右にハリーとマインがいた。

 

 孤児院での生活。

 他の子どもから奪った品々。

 ダンブルドアが孤児院に来た日。

 ホグワーツで初めて、自分が特別なのだと確信したこと。

 秘密の部屋を開き、マートルを殺したこと。その罪をハグリッドに着せ、教師たちの前で善良な監督生を演じたこと。

 

 途中で声が掠れても、誰も水を勧めなかった。

 それでよかった。

 トムは優しくされるより、三人の視線を受け続ける方がましだった。

 

「トムは、今まで誰にも話さなかったの?」

 

 マインが尋ねた。

 眠気を堪えているのか、普段より声が少し柔らかい。

 

「話す必要がなかった」

 

「今日は必要だと思った?」

 

 トムは答えなかった。

 

 闇の帝王の正体を本にする。

 そう決めた以上、都合の悪い部分だけを伏せるわけにはいかない。

 

 ヴォルデモートは、長い間、顔も過去も持たない怪物として恐れられてきた。人々が口にするのは、殺した人数と残した傷痕ばかりだった。

 その怪物を、トム・リドルという一人の人間へ戻す。

 そのためには、惨めな孤児院時代も、卑劣な嘘も、最初の殺人も、すべて本に記さなければならない。

 

 けれど、本当にそれだけなのか。

 自分の過去を誰かに知ってほしかったのではないか。

 

 問いが浮かぶたび、トムは頭の中で握り潰した。

 

「今夜はここまでにしよう」

 

 ダンブルドアが言った。

 暖炉の奥で薪が弾け、火の粉が灰の上へこぼれた。

 

「まだ途中だ」

 

 ハリーがすぐに言った。

 両肘を膝に置き、組んだ手に額を寄せている。その横顔には疲労が滲んでいたが、目だけは冴えていた。

 

「夜もまだ途中じゃが、明日の授業は待ってくれんよ」

 

「僕は平気です」

 

 ハリーは椅子から動かなかった。

 続きを知りたがっているというより、話を途中で切ることを許せないようだった。

 

「わたしも、まだ起きていられるよ」

 

 マインも言った。

 その直後、大きなあくびを噛み殺し、慌てて口元を手で覆った。

 

「君は昨日も同じことを言って、朝食の席で眠っておったそうじゃな」

 

 マインが少し恥ずかしそうにうつむいた。彼女はタイムターナーを使い授業を多く使っているせいか、睡眠時間が足りていないようだった。

 

「目を閉じて考え事をしていただけです」

 

「トーストを額につけたままかね?」

 

 マインが口を閉じた。

 ハリーの口元が一瞬だけ緩んだが、すぐに元の険しい顔へ戻った。

 ダンブルドアは、再びトムを見た。

 

「次は、君の知らない君を見よう」

 

「僕の知らない僕?」

 

「ホグワーツを卒業した後じゃ。ボージン・アンド・バークスで働いていた頃。そして、職を辞してから姿を消していた時期。わしが集めた記憶や証言がいくつかある」

 

 トムは眉を寄せた。

 たしかに日記に保存されていた記憶は、マートルを殺した日で止まっている。

 卒業後の自分が何を求め、誰を殺し、どのように顔を失っていったのか。トム自身は、あの男から聞いた断片的な知識でしか知らない。

 自分でありながら、自分ではない男の人生だった。

 

「ヘプジバ・スミスという魔女の話もせねばならん」

 

 ダンブルドアが続けた。

 

「君が非常に興味を持ちそうな品を、いくつか所有していた」

 

「何を持っていたんです?」

 

「それは次回じゃ」

 

「わざとですね」

 

「物語にクリフハンガーは重要じゃよ」

 

 ダンブルドアが扉を示した。

 

「二人とも、もう寝なさい」

 

 ハリーは不満そうだったが、マインが先に立ち上がった。眠気で足元が怪しくなっており、椅子の脚に靴をぶつけている。

 扉の前まで行くと、マインはトムを振り返った。

 

「また今度、聞くから」

 

「マイン、君は来なくていいよ」

 

 過去の記憶について話せば話すほど、トムは自分が嫌いになりそうだった。

 次ダンブルドアが見せる記憶はトムですら知らないものだ。未来の自分が何をしたのかを知れば、マインがどんな顔をするのか怖かった。

 

「本を作るには、全部聞かなきゃ」

「君が聞かなくても、原稿は書ける」

「書いた本人は、自分に都合よく書くものだよ」

 

 反論の余地がなかった。

 マインは目を擦りながら校長室を出ていった。

 

 ハリーはまだ残っていた。

 椅子から立ち上がっても、扉へ向かわず、トムを睨んでいる。

 

「変なことするなよ」

「変なこと?」

「分かってるだろ」

 

 ハリーの声が低くなった。

 

「僕に、自分を殺せって頼んだじゃないか」

 

 肖像画の一人が、閉じていた目をわずかに開いた。

 

 トムは口元だけで笑った。

 

「何の話だい?」

「その顔をするときは、大抵何か隠してる」

「君の思い込みだよ」

「もういい」

 

 ハリーは扉を開けた。

 

 出ていく直前、もう一度振り返る。

 

「僕に頼んでも無駄だからな」

 

 扉が閉まった。

 

 二人分の足音が、螺旋階段を下りていく。マインの軽い足音を、ハリーの少し重い足音が追っていた。

 

 やがて、それも聞こえなくなった。

 それでもトムは椅子から動かなかった。

 ダンブルドアも急かさない。

 

 机の上に置かれた銀器から、白い煙が細く伸びていた。天井近くで一度だけ人の横顔に似た形を作り、口を開く前に崩れていく。

 

「二人を帰したかったのじゃろう」

 

 ダンブルドアが言った。

 

「最初から分かっていたなら、もう少し早く帰してください」

 

「君が自分から言うのを待っておったが、なかなか言わぬからのう」

 

 トムはローブの内側に触れた。

 布越しに、細い金属の鎖が指へ当たる。

 そこにあることを確かめるだけで、心臓が一つ強く脈打った。

 

「僕は死ぬ必要がある」

 

 口にした声は、驚くほど平静だった。

 

「ダンブルドア先生なら、僕を殺せるでしょう?」

 

 ダンブルドアの表情は変わらなかった。

 驚かなかったことが、トムには不愉快だった。

 まるで、この言葉が出ることまで予想されていたようだった。

 

「なぜ、わしに頼むのかね」

 

「僕を殺せるのは先生か、ハリーしかいないからです。ハリーにも言っておきましたが、彼にそこまでのことができるかは怪しい」

 

「わしならできると思ったのかね」

 

「合理的なあなたなら、できますよね」

 

 ダンブルドアはすぐには答えなかった。

 半月形の眼鏡の向こうから、トムの顔を長く見つめる。

 

「そうじゃな」

 

 否定されなかった。

 トムは膝の上で指を組んだ。

 

「ヴォルデモートを殺すには、僕も壊す必要がある」

「まだ、そうと決まったわけではない」

 

「期待させるような言い方はやめてください。誰にも覆せるものではない」

 

 希望は、何も知らない人間に与えるものだ。

 手段がまだ見つかっていないだけなのか、最初から存在しないのか。それを曖昧にしたまま待ち続けるのは、死ぬより性質が悪い。

 

 トムは暖炉の火を見た。

 炎の中で黒くなった薪は、形を保ったまま、内側から少しずつ崩れている。

 

「マートルを殺したのは間違いだった」

 

 トムは言った。

 

「ハグリッドに罪を着せたのも、分霊箱を作ったのも。すべて僕が始めたことです」

 

「そうじゃな」

 

 否定されなかった。

 それでよかった。

 優しい慰めを口にされれば、杖を抜いていたかもしれない。

 

「なら、僕が生まれたことから間違いだった」

 

 ダンブルドアの表情が強ばった。

 

「それは違う」

 

「同じです」

 

「違う」

 

 ダンブルドアは静かに繰り返した。

 トムはローブの内側へ手を入れた。

 金色の鎖が指に絡む。

 

 引き出されたタイムターナーは、暖炉の光を受け、胸元で鈍く輝いた。小さな砂時計の中では、細かな砂が音もなく落ち続けている。

 

「あなたが僕を殺さないのなら、これを使います」

 

 ダンブルドアの視線が、タイムターナーへ向けられた。

 先ほどまでの穏やかさが、青い目の奥から消えた。

 

「どこまで戻るつもりかね」

 

「あなたが孤児院へ来る前です」

 

 まだ魔法界の存在を知らなかった頃。

 自分を特別な存在だと信じてはいたが、人を殺してはいなかった。

 

 小動物を傷つけ、他の子どもから物を奪い、恐怖で従わせていた。それでも、マートルは生きている。ハグリッドも退学になっていない。

 ヴォルデモートという名前すら、まだ存在していない。

 

「子どもの僕を殺します」

 

 指の間で、金の鎖がかすかに鳴った。

 手が震えていた。

 トムは今でも死を恐れていた。

 死後に何もない可能性を考えるだけで、身体の芯が冷たくなる。

 

 思考が止まる。

 マインにもう会えなくなる。

 誰の声も聞けず、自分という存在が跡形もなく消える。

 トムが何より恐れ、他人の命を奪ってまで逃れようとしたものだった。

 それでも、幼い自分を殺せば、すべてが始まる前に終わる。

 

「僕一人で済みます」

 

「その一人は、まだ何もしておらん」

 

「未来でします」

 

「未来の罪で、子どもを殺すのかね」

 

「彼は僕自身です」

 

「今の君とは別の人間じゃ」

 

「同じですよ」

 

「君は、その子どもを一人の人間として数えておらん」

 

「僕の命です。僕がどう使おうと──」

 

 ダンブルドアが杖を振った。

 金の鎖が強く引かれ、タイムターナーがトムの手から飛んだ。

 鎖が指の皮膚を擦る。

 熱い痛みが走り、細い赤い線が残った。

 

 タイムターナーはダンブルドアの左手に収まった。

 

「返してください」

「ならん」

 

 トムは立ち上がり、杖を抜いた。

 机を挟み、ダンブルドアの喉へ杖先を向ける。

 

 止まり木の上でフォークスが翼を広げた。赤と金の羽毛が膨らみ、一枚の羽根が机へゆっくり落ちていく。

 

 ダンブルドアは杖を構えなかった。

 椅子に座ったまま、トムを見上げている。

 何もかも見透かしたような、その青い目が嫌いだった。

 

「あなたは僕を殺そうとしていたでしょう」

 

「ヴォルデモートを倒そうとしていたのじゃよ」

 

「同じです」

 

「今は違う」

 

「何が違う!」

 

 声が校長室の高い天井へ響いた。

 肖像画の一人が目を開け、隣の額縁へ何かを囁こうとした。ダンブルドアに顔を向けられると、慌てて顎を胸へ落とす。

 

「僕が後悔しているからですか。人を殺したことに苦しめば、殺される必要がなくなるとでも?」

 

「そうではない」

 

「なら、何です」

 

「君が選べるようになったことじゃ」

 

「僕は死を選びました」

 

「自分を消すことをな」

 

「一番多くの人間が助かる」

 

「昔の君は、目的のために他人の命を使った」

 

 ダンブルドアの声から、柔らかさが消えた。

 

「今度は自分の命を使おうとしておる。それで、考え方が変わったつもりかね」

 

「自分の命なら構わないでしょう」

 

「君は今も、命を道具としてしか見ておらん」

 

「僕の命です。どう使ったっていいはずだ」

 

「今の君は、自分自身を一人の人間として扱っておらん。不要になった物を捨てるように、過去の自分を処分しようとしておる」

 

「それの何が悪いんです」

 

「そうじゃのう」

 

 ダンブルドアは、トムの杖先を見ず、その顔を見つめていた。

 

「他人の命を軽んじるよりは、ましかもしれぬ」

 

 杖を握るトムの指に力が入る。

 

「じゃが、トム。それは逃亡じゃよ」

 

 杖の先が揺れた。

 死ぬのが怖い。

 それでも、死を選ぼうとしている。

 逃げるために、最も恐れていたものへ向かっているというのか。

 

「逃げて何が悪いんです」

 

 トムは言った。

 

「僕が生きても、マートルは戻らない。謝っても、ハグリッドが失った時間は返らない。僕が毎日苦しめば、誰かが満足するんですか」

 

「誰も満足などせんよ」

 

「なら、何のために生きるんです」

 

 ダンブルドアは答えなかった。

 

 トムへ向けていた視線を、自分の右手へ落とす。

 ローブの袖口から覗く指は、黒く変色していた。

 以前に見たときより、黒い部分が広がっている。

 ダンブルドアは左手で袖をまくった。

 

 黒い変色は手首を越え、腕の半ばまで這い上がっていた。皮膚は焼け焦げた木のように乾き、ところどころ深くひび割れている。

 生きた人間の腕には見えなかった。

 

「わしは、もうじき死ぬ」

 

 トムは杖を下ろさなかった。

 

 冗談だと思ったのだ。

 

「何を言っているんです」

 

「ゴーント家の指輪に掛けられていた呪いじゃ。セブルスが進行を抑えてくれたが、止めることはできん」

「治す方法は?」

 

「ない」

 

 そんなわけがない。ダンブルドアともあろう人が、死ぬだって?

 

「ニコラス・フラメルなら」

「彼にも無理じゃ」

「まだ試していないだけでしょう」

「既に尋ねた」

 

 ダンブルドアは袖を戻した。

 黒い腕が紫色の布の下へ隠れる。隠されたところで、目に焼きついた色は消えなかった。

 

「長くとも一年。おそらくは、それより短い」

 

 トムはダンブルドアの右手を見ていた。

 死ぬのなら、都合がいいはずだった。

 

 ダンブルドアは長い間、トムを疑い、監視し、分霊箱として破壊すべきかを考えてきた。

 いなくなれば、自由になる。

 

 そう考えるべきなのに、頭の中では、ニコラス・フラメル以外に呪いを解けそうな人間を探していた。

 

 そのことに気づき、トムは腹が立った。

 

「それだけではない」

 

 ダンブルドアが言った。

 

「ヴォルデモート卿は、セオドール・ノットに、わしを殺すよう命じた」

 

 トムは顔を上げた。

 

「セオドール・ノットに?」

 

「そうじゃ」

 

「誰から聞いたんですか」

 

「セブルスじゃよ」

 

「そんな馬鹿な」

 

 セオドールの顔が浮かんだ。

 魔法の腕は悪くない。だが、ダンブルドアと正面から戦って勝てるはずがなかった。

 

「あの男は、学生がダンブルドアを殺せると思っているのか?」

 

「成功するとは期待しておらんじゃろう」

 

 ダンブルドアは、奪ったタイムターナーを掌の上で転がした。

 

「わしを消耗させるか、失敗した若者を見せしめにするか。どちらに転んでも、ヴォルデモート卿に損はない」

 

 失敗すれば、セオドールは殺される。

 成功しても、十六歳で人を殺した事実は残る。

 どちらにせよ、以前と同じ人間ではいられない。

 

 トムは杖を下ろした。

 

「もとから死ぬと決まっているのなら、セオドール・ノットに殺されればいい」

 

 思っていたより冷たい声が出た。

 

「あなたは呪いで死ぬ。ヴォルデモートはノットに命令した。どちらにしても、僕が生きる理由にはならない」

 

「なる」

 

「なぜです」

 

 ダンブルドアは、タイムターナーを持ち上げた。

 暖炉の火を受け、砂時計の縁が金色に光る。

 

「君に、わしを殺してもらいたいのじゃ」

 

 砂が細い管を通り、下へ落ちていく。

 

「僕に?」

 

「そうじゃ」

 

「あの男は、ノットに命じたんでしょう」

 

「その通りじゃ」

 

「なら、なぜ僕が殺すんです」

 

「若い命を、殺人によって散らしたくない」

 

「死ぬとは限らない」

 

「肉体が生き残ればよいというものではない」

 

 ダンブルドアの言葉には迷いがなかった。

 

「僕なら構わないと?」

 

「君が先ほど、わしに同じことを頼んだからじゃ」

 

 トムは答えなかった。

 ダンブルドアが、わずかに身を乗り出す。

 

「君は死にたいのじゃろう」

 

 否定する言葉は出なかった。

 

「わしを殺せば、君を殺そうとする者も現れるじゃろう」

 

 トムは目を細めた。

 

「……僕を殺してくれる人が?」

 

「おそらくな」

 

 ダンブルドアは黒ずんだ右手を机についた。

 乾いた指が、磨かれた木の表面に並ぶ。

 

「わしを殺してくれ、トム」

 

 フォークスが低く鳴いた。

 肖像画の老人たちは、今度こそ誰も眠ったふりをしていなかった。

 

「僕に人を殺すなと言った直後に、自分を殺せと言うんですか」

 

「君に正しい人間になれとは言っておらん」

 

「では、何になれと?」

 

「生き残れ」

 

 ダンブルドアは、はっきりと言った。

 

「わしは、君に、わしを殺すために生き残っていてほしい」

 

 それは励ましではなかった。

 トムには価値があるとも、未来があるとも言わない。

 罪を償えるとも、いつか幸福になれるとも約束しない。

 

 ただ、殺すべき人間が残っているから、今は死ぬなと命じている。

 

「僕が断ったら?」

 

「別の理由を考えよう」

 

「僕があなたを殺す保証はない」

 

「それで構わん。君が過去へ戻り、すべてを終わらせようとするよりはましじゃ」

 

 ダンブルドアはタイムターナーを机の引き出しへ入れた。

 

 引き出しが閉まり、鍵の回る音が校長室に響いた。

 妙に大きく聞こえた。

 

「わしを殺すまで、君が死ぬことを許さん」

 

「勝手ですね」

 

「知っておる」

 

「あなたも、僕の命を道具にしている」

 

「そうじゃな」

 

 あまりにも簡単に認められ、トムは次の言葉を失った。

 ダンブルドアは善人らしい顔をしなかった。

 トムを救うためだとも、生きてほしいからだとも言わない。

 

 トムが希望では動けなくても、命令なら受け入れることを知っている。その性質を利用していると認めたうえで、なお命じている。

 

「それが終わったら、死んでもいいんですか」

 

 ダンブルドアは答えなかった。

 

「答えてください」

 

「それは、わしを殺した後の君が決めればよい」

 

「今の僕には決めさせないのに?」

 

「今の君は、まだ何もしていない子どもを殺そうとしておるからな」

 

「それも僕です」

 

「今の君ではない」

 

「同じですよ」

 

「ならば、確かめればよい」

 

 ダンブルドアは黒い右手を持ち上げた。

 指先が、重さに耐えかねた枝のようにわずかに震えている。

 

「わしを殺した後でも、君が同じ答えを選ぶのかを」

 

 残酷な言葉だった。

 許されるとは言わなかった。

 罪を償えるとも、人生をやり直せるとも言わない。

 

 トムに差し出されたのは、殺人の約束だけだった。

 

「あなたは、死ぬのが怖くないんですか」

 

「怖いとも」

 

 ダンブルドアは即答した。

 

「まだ読みたい本がある。話しておきたい者もおる。自伝の下巻も、書き終えたからといって、直すところがないわけではない」

 

「なら、生きればいい」

 

「生きられるならな」

 

「時間を戻せば、指輪に触れる前に止められる」

 

「ならん」

 

「あなたを救えるかもしれない」

 

「わしを救うために、起きたことをなかったことにするのかね」

 

「何が悪いんです」

 

「わしは、自分の失敗を消してまで生き延びたいとは思わん」

 

「死ぬのに?」

 

「死ぬからじゃよ」

 

 ダンブルドアは椅子へ戻った。

 

 背もたれへ身体を預けると、先ほどよりも小さく見えた。長い白髪も、豊かな髭も、急に重いものを背負っているようだった。

 

「死ぬ必要がある時と、死ねば済むと思っている時は違う」

 

「僕には分かりません」

「いずれ分かる」

 

 ダンブルドアは微笑んだ。

 

 トムは校長室を出た。

 背後で扉が閉まり、螺旋階段がゆっくりと下り始める。

 

 タイムターナーは奪われた。

 過去へ戻り、幼い自分を殺すことはできない。

 ダンブルドアは、もうじき死ぬ。

 ヴォルデモートはノットに、その死を命じた。

 

 そしてダンブルドアは、トムに先に自分を殺せと言った。

 

 螺旋階段を下りきると、人気のない廊下へ月明かりが差し込んでいた。

 

 石壁に、トムの影が長く伸びる。

 頭があり、肩があり、二本の腕と脚がある。

 どこから見ても、人間と同じ形をしていた。

 

 ダンブルドアを殺すまでは生きる。

 その後は、誰かがトムを殺しに来る。

 救いではなかった。

 希望でもない。

 

 それでも、しばらく生きる理由としては、十分すぎるほど残酷だった。

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