トムが、ついに本を書き始めた。
これは、わたしにとって、クリスマスよりも重要な出来事だった。
『トム・リドルの日記』を出版しようと決めてからというもの、トムは机に向かっては羽ペンを置き、本棚の前まで歩いては戻り、白紙の羊皮紙を睨みながら一日を終える、という生産性のない時間を過ごしていた。
「書かないなら、わたしがまとめようか?」
「君には絶対に任せない」
「どうして?」
「僕の幼少期に、勝手な感想を挟むつもりだろう」
「感想じゃなくて注釈だよ」
「同じだ」
「読者には分かりやすさが必要なんだよ。『このときトムはまだ友達の作り方を知らなかった』とか」
「書くな」
「『なお、現在もよく分かっていない』」
「羽ペンを置け」
わたしの編集方針が気に入らなかったらしい。
結局、トムは自分で書くことにした。
一行目を書くまでには数週間かかったが、一度書き始めると速かった。
朝食の席でも書き、授業の合間の休憩時間にも書き、夜になれば図書室の隅を占領した。わたしが近づくと原稿を裏返すくせに、しばらくすると自分から持ってきて、表現が幼稚ではないか、説明が多すぎないか、事実関係に誤りがないかと尋ねてくる。
とても充実した日々だった。
だから、今年のクリスマス休暇はホグワーツに残るつもりだった。
生徒の減った静かな城で、トムの原稿を読む。
資料が必要になれば、すぐに図書室へ行ける。
合間に自分の読みたい本も読める。
食堂へ行けば食事も出る。
完璧だった。
フェルディナンドから手紙が届くまでは。
『クリスマス休暇はブラック家へ戻れ。ハリーとトムも連れてこい』
以上だった。
挨拶もない。
事情の説明もない。
こちらの予定を尋ねる言葉もない。
命令だけが、羊皮紙の真ん中に大きな顔をして居座っている。
「横暴だと思わない?」
わたしがハリーへ手紙を差し出すと、ハリーは一度読んだだけで返してきた。
「いつものフェルディナンドだろ」
「トムがようやく執筆を始めたところなのに」
「僕に言われても困るよ」
窓際で原稿を書いていたトムは、顔も上げなかった。
「僕は行かない」
「来いって書いてあるよ」
「行かなかったら、次はもっと長い手紙が届くよ」
「燃やせばいい」
「その次は本人が来る」
トムの羽ペンが止まった。
しばらく考えたあと、机に広げていた原稿を重ね始める。
「原稿を持っていく。休みの間にある程度書いてしまいたい」
「落とさないようにね」
「君にはまだ触らせないよ」
「編集者なのに?」
「全部書き終わってから見せたいんだ」
信用がない。
わたしは原稿を書き換えたことなど一度もない。
余白を埋め尽くすほど意見を書いたことはあるが、本文は無傷だった。
休暇初日、わたしたちはホグワーツ特急を降り、そのままブラック家へ戻った。
玄関の扉を開けた瞬間、赤と金の紙吹雪が頭上から降ってきた。
「ハリー!」
紙吹雪よりも速く、シリウスが飛び出してきた。
ハリーが身構えるより先に、その体を両腕で抱きしめる。
「よく帰ってきた! 今年は休暇中ずっといるんだろうな? 部屋は暖めてある。箒も整備しておいた。クリスマスプディングも去年の倍だ!」
「苦しいよ、シリウス」
「また背が伸びたな。去年より筋肉もついて、少し抱き心地が悪くなった」
「二度と抱きしめなくていいよ」
ハリーは嫌そうな顔をしていたが、本気では逃げなかった。
わたしは肩に落ちた紙吹雪を摘まみ上げた。
一枚一枚に、小さな文字で『ハリー、おかえり!』と書かれている。
「わたしの分は?」
「あそこにあるだろ」
シリウスが玄関脇を指さした。
壁に、小さな紙が一枚貼られていた。
『ローゼマインもおかえり』
「差が大きくない?」
「ハリーは俺の息子みたいなものだからな」
「わたしもここに住んでるよ」
「お前は放っておいても、ブラック家の本を求めて帰ってくるだろ」
今年は帰らないつもりだったが、黙っておくことにした。
屋敷の中は、見違えるほど華やかになっていた。
階段の手すりには深緑の枝と銀のリボンが巻かれ、壁には星を散らした夜空の布が張られている。燭台の炎は赤、緑、金へとゆっくり色を変え、天井には雪をまとった樅の木が逆さまに浮かんでいた。
飾りつけは、すべてクリーチャーが行ったらしい。
「すごくきれいだね」
わたしが言うと、クリーチャーは誇らしげに胸を張った。
「ブラック家の伝統に従ったまででございます」
「去年より豪華じゃない?」
「昨年は、無駄に陽気なご主人様がクリーチャーの作業へ口を挟みましたので」
「今年も無駄に陽気な主人はいるぞ」
シリウスが横から言った。
クリーチャーは聞こえなかったふりをした。
「トム様のお部屋には、ご要望通り大きな机と十分な量のインクを用意しております」
「助かる」
トムが珍しく素直に礼を言った。
「ローゼマイン様のお部屋からは、散らかっていた本を撤去いたしました。書斎に移動してあります」
「余計な本なんて一冊もないよ」
「床が見えませんでしたので」
「本があれば、床は見えなくても困らないよ」
「屋敷に危険が迫ったときに困ります」
「本を持って逃げればいい」
「ローゼマイン」
廊下の奥からフェルディナンドの声が飛んできた。
まだ姿も見えていないのに、もう怒られた。
フェルディナンドは応接室にいた。
暖炉のそばには大きな靴下が並び、窓辺には小さな樅の木まで置かれている。ところが、フェルディナンドの前だけは書類が積み上がり、年末の会議室のようになっていた。
「三人とも座れ」
わたしたちは長椅子へ並んで座った。
シリウスもハリーの隣へ腰を下ろそうとしたが、フェルディナンドに一瞥され、暖炉のそばへ追いやられた。
「何があったの?」
ハリーが尋ねる。
フェルディナンドは、手元の書類を閉じた。
「ルシウス・マルフォイが、不死鳥の騎士団側へ寝返った」
「お父さまが?」
思わず声が裏返った。
父が、闇の帝王を裏切った。
その事実を聞くと、父と母の顔が浮かんだ。
「お父さまとお母さまは無事なの?」
「ああ。ともに別邸へ移っている」
胸に詰まっていた息が抜けた。
「どうして、急に?」
「ドラコを通じて、以前からこちらへ接触していた。離反するかどうかは迷っていたようだが、ようやく決断した」
フェルディナンドはわたしを見た。
「会いたいか?」
「会いたいです」
答えはすぐに出た。
父が何を考えて寝返ったのか知りたい。
母にも会いたい。
「では、明日行く。別邸の場所は口外するな」
「僕も行くの?」
ハリーが聞いた。
「お前もだ」
「僕はルシウス・マルフォイに会いたいとは言ってないけど」
「信用できるかどうか、自分の目で見極めろ」
トムは黙ったままだった。
「トムも来るんだよ」
わたしが言うと、トムは露骨に嫌そうな顔をした。
「なぜ僕まで行く必要がある」
「お父さまは闇の帝王の近くにいたんだよ。原稿の資料になるかもしれない」
トムの目がフェルディナンドへ向く。
「分かったよ。何時に出る?」
*
翌日、わたしたちはフェルディナンドに連れられて、マルフォイ家の別邸へ向かった。
煙突飛行ネットワークで人気のない家へ移動し、そこからポートキーで森へ飛び、最後はフェルディナンドが全員を連れて姿現しをした。
到着した頃には、自分がどちらの方角から来たのかさえ分からなくなっていた。
「これなら、捕まっても場所を答えられないね」
「最初から、場所を把握させるつもりはない」
「信用されてないですね」
「本に誘われて行くと困るからだ」
「それはそうですね」
フェルディナンドに対しては、素直に認めるしかなかった。
別邸は、森に囲まれた古い屋敷だった。
マルフォイ邸ほど大きくはないが、淡い灰色の壁も黒い屋根も、きちんと手入れされている。すべての窓に厚いカーテンがかかり、外からは人が住んでいるようには見えなかった。
フェルディナンドが扉を三回叩き、少し間を空けて二回、最後に一回叩く。
扉がわずかに開き、隙間から杖が突き出された。
「合言葉を」
ドラコの声だった。
「聞いていません」
フェルディナンドが答える。
「正解です」
扉が開いた。
「お兄さま!」
わたしはドラコへ抱きついた。
「待て! 急に来るな!」
「無事でよかった」
ドラコの顔色は悪くなかった。
ホグワーツから戻ってきたばかりらしく、制服の上に厚い外套を羽織っている。
わたしの後ろにいたハリーを見ると、露骨に眉を寄せた。
「なぜポッターまでいる」
「僕も同じことを聞きたいよ」
「監視役です」
フェルディナンドが言った。
「どちらの?」
トムが尋ねる。
「全員です」
「一人で足りるのか?」
「足りなければ増やします」
フェルディナンドは本気だった。
居間では、父と母が待っていた。
父は以前より少し痩せていた。
長い金髪はいつもどおり整えられていたが、手元に杖はない。杖は、テーブルの中央へ置かれていた。
「久しぶりだな、ローゼマイン」
「お父さま!」
わたしが駆け寄ると、父は一歩後ろへ下がった。
「待て。ナルシッサと同じ勢いで抱きつくな」
「どうして?」
「心の準備が必要だ」
「お兄さまは逃げなかったよ」
「ドラコは反応が遅い」
「父上!」
ドラコが抗議した。
久しぶりに家族へ会った感じがした。
席につくと、父はフェルディナンドへ顔を向けた。
「既にダンブルドアには概要を伝えた。だが、ここにいる者も知っておくべきだろう」
父の視線がハリーを通り、トムのところで止まった。
トムは何事もないような顔で紅茶を飲んでいる。
「闇の帝王とベラトリックスの間に、娘が生まれた」
「デルフィーだよね?」
わたしが言うと、父はわずかに眉を寄せた。
「なぜ知っている」
「未来から本人が来てるから」
「……そうだったな」
父は一度目を閉じた。
理解することを諦めた人の顔だった。
「赤子のデルフィーは、現在ベラトリックスとともにマルフォイ邸にいる。闇の帝王も、自分の娘だと認めている」
「認めたんだ」
ハリーが低く言った。
「後継者としてだ。少なくとも、本人はそう主張している」
「娘としてじゃないの?」
「闇の帝王は、その違いが分かる男ではない」
トムが冷たく言った。
父は一瞬だけトムを見たが、反論しなかった。
「さらに、未来から来たデルフィーにも息子が生まれた」
「父親は誰?」
「ロックハートだ」
ハリーが額を押さえた。
トムは静かにカップを置いた。
「もう一度言ってくれ」
「ギルデロイ・ロックハートだ」
「聞き間違いではなかったのか」
「残念ながらな」
「名前は?」
「パーヴォ。孔雀座から取ったらしい」
「ロックハートが、自分の名前をつけなかったの?」
思わず聞き返した。
「最初の候補には入っていたらしい」
ドラコが疲れた声で言う。
「ギルデロイ・ロックハート二世、黄金のギルデロイ、奇跡の子ギルデロイ、未来を照らすギルデロイだ」
「パーヴォでよかったね」
「比較対象がひどすぎる」
未来から来たデルフィーは、タイムターナーを奪われてしまい、未来へ帰れなくなっているらしい。
そのまま現代に残り、ロックハートと暮らし、息子まで生まれた。
赤子のデルフィーにとって、パーヴォは未来の自分が産んだ息子になる。
未来のデルフィーにとって、赤子のデルフィーは過去の自分である。
ベラトリックスにとっては、娘と孫が同時に赤子として存在している。
「家系図はどうなるの?」
「書くな」
父が即答した。
「でも、二人ともブラック家の血が入ってるよね」
「入っている」
「じゃあ、わたしたちの親戚だよね?」
「そうなる」
「わたしはデルフィーの何になるの?」
「考えるな」
「でも、お母さまはベラトリックスの妹で──」
「ローゼマイン」
父の声には、長い苦労を乗り越えた者だけが持つ重みがあった。
「この状況を理解しようとしてはいけない」
「どうして?」
「マルフォイ家で暮らすためには、理解力よりも、理解を諦める能力の方が重要だからだ」
新しい家訓にしてもいいと思う。
父は話を続けた。
「闇の帝王は、強力な杖を探している」
トムの表情が変わった。
「どのような杖だ?」
「決闘で敗れない杖だ。歴史上、何度も持ち主を変えてきたと考えている。所在は、まだ特定できていないらしい」
ニワトコの杖だ。
ダンブルドア先生が持っている杖。
わたしはフェルディナンドを見た。
フェルディナンドは、何も表情に出さなかった。
「それから、ルーファス・スクリムジョールは本人ではない」
今度はハリーが身を乗り出した。
「どういうこと?」
「バーティ・クラウチ・ジュニアが成り代わっている」
「また?」
「得意なのだろう」
父は皮肉ではなく、事実として言った。
一年間バグマンへ成り代わった経験を生かして、今度は政治家へ転職したらしい。
経歴の活用方法が間違っている。
「アンブリッジは?」
わたしが聞くと、父もそちらを向いた。
「無事です」
フェルディナンドが答えた。
「キングズリーが常に近くにいます。既に本人にも伝えてあります」
「アンブリッジが、素直に護衛を受け入れたのか?」
「キングズリーを秘書官に任命しました」
「守られてるんじゃなくて、部下を従えてることにしたんだな」
「そのようです」
アンブリッジらしかった。
誰かに守られているのではない。
有能な部下を使っているだけなのだろう。
「最後に、ダンブルドア暗殺計画だ」
父の声が低くなった。
「生徒を使うつもりらしい。失敗した場合は、スネイプに引き継がせる。ホグワーツへ死喰い人を送り込む準備も進めている」
ドラコの顔が硬くなった。
フェルディナンドは短く頷く。
「詳細はダンブルドア先生と詰めます。十分に価値のある情報です」
「価値を聞いているのではない」
父はフェルディナンドを見据えた。
「勝算はあるのか」
誰も、すぐには答えなかった。
闇の帝王は復活した。
死喰い人は増え、魔法省の政治家まで入れ替わっている。
強い杖を探し、ダンブルドア先生を殺そうとしている。
簡単に勝てると言える状況ではなかった。
「あります」
わたしは答えた。
フェルディナンドがこちらを見る。
「何を根拠に言っている」
「『トム・リドルの日記』を出版します」
父がわたしを見た。
母も見た。
ドラコも見た。
ハリーは、やっぱりそれを言うのか、という顔をした。
トムだけが、ひどく嫌そうに眉を寄せる。
「また突飛な案を」
フェルディナンドはそう言ったが、口元が少しだけ上がっていた。
楽しんでいる。
「本を出せば、闇の帝王を倒せるのか?」
父が聞いた。
「すぐには倒せないよ。でも、闇の帝王が何者なのか、魔法界のみんなに知ってもらえる。どこから現れたのか。何を恐れているのか。どうしてヴォルデモートになったのか」
「僕の正体を、どこまで晒すつもりだ」
トムが低い声で言う。
「そこは難しいね」
「難しいで済ませるな」
「トムが日記の分霊箱だったとは書かないよ。独自に得た記憶ということにする」
「それでも充分に怪しい」
「後半は、ダンブルドア先生やほかの人の証言をもとにした考察形式にすればいいと思う」
「考察?」
「トム・リドルが、周りからどう見えていたのかを調べるの。本人の記憶だけだと偏るからね」
トムは不満そうだったが、否定はしなかった。
「スラグホーン先生は、トムのことをよく知ってるみたいだったよ」
わたしが言うと、トムは少しだけ視線を落とした。
「彼は、僕が一番親しくしていた教師だ」
「仲良しだったんだ」
「その言い方はやめろ」
「クリスマスパーティーにも呼ばれてた?」
「何度もね」
「じゃあ、証言を頼もう」
「簡単に引き受けるとは思えない」
「本に名前が載るって言えば喜ぶかも」
「名前が大きく載るなら、喜ぶだろうね。一筋縄ではいかなそうだけど」
トムはスラグホーン先生の扱いをよく分かっているようだった。
話が一区切りしたところで、母が席を立った。
わたしのそばまで来ると、何も言わずに抱きしめる。
柔らかな花の香りがした。
「無事でよかったわ」
「お母さまも」
「出版社を始めたのね」
「うん。プロングズ出版だよ」
「すごいわ。あなたなら、いつか本に関わる仕事を始めると思っていたの」
「羽ペン通信も良かったけど、やっぱり本だよね!」
母は笑いながら、わたしの髪を撫でた。
「ローゼマイン。実はね、私には今まで誰にも話していなかった秘密があるの」
父が顔を上げる。
「私にもか?」
「誰にも、と言ったでしょう」
母は部屋の隅に置かれていた鞄を開いた。
中から、厚い原稿の束を取り出す。
表紙には、よく知っている題名が書かれていた。
『マグノリアの令嬢は名乗らない』
わたしは原稿を見た。母を見た。
もう一度、原稿に視線を戻す。
「どうして、お母さまがその原稿を持ってるの?」
「私が書いたからよ」
わたしは立ち上がった。
膝の上に置いていたナプキンが床へ落ちる。
「お母さまが!?」
「ええ」
「『マグノリアの令嬢』シリーズの作者なの?」
「そうよ。社交界の噂話を集めて、小説を書いていたの」
水仙姫。
正体不明の人気恋愛小説家。
華やかな社交界の裏で囁かれる恋愛話を題材に、身分を隠した令嬢や、愛を知らない貴公子の物語を書いていた。
新刊が出るたびに、誰がモデルなのか議論になっていた。
ロメルダお気に入りの恋愛小説家だった。
「じゃあ、前にスラグホーン先生のクリスマスパーティーにいた、仮面の作家は──」
「私よ。ロメルダという子がたくさん話しかけてくれて嬉しかったわ」
ロメルダは仮面をつけた母を捕まえて、刊行予定を問い詰めていたらしい。
「次の小説は、絶対にプロングズ出版から出させて」
わたしが言うと、母が微笑んだ。
「そのつもりよ。今度は、百合の令嬢を主役にしようと思っているの」
そう言いながら、母はドラコを見る。
ドラコの顔が引きつった。
「なぜ僕を見るんですか?」
「髪の色を参考にしようと思って」
「それだけですか?」
「少し高慢で、魔法薬学が好きで、家族思いの若い貴公子ドラシエル・マルロワも登場させようかしら」
「完全に僕じゃないですか!」
「お兄さまを恋愛小説のヒーローにするの?」
面白くなってきた。
「タイトルは『百合の令嬢は竜の初恋を知らない』ね。あなたの初恋がアストリアなことくらい私は知っているのよ」
「母上、やめてください!」
「名前は変えるわよ」
「そういう問題じゃないです!」
母は楽しそうだった。
ドラコは、本気で母から逃げ出す方法を探しているようだった。
その隣で、父だけが動いていなかった。
闇の帝王に娘が生まれたと話したときも、未来から来た娘がロックハートとの間に息子を産んだと話したときも、バーティ・クラウチ・ジュニアが政治家へ成り代わっていると明かしたときも、父は冷静だった。
今は、母と原稿を交互に見ている。
「シシー、君は恋愛小説家だったのか?」
「そう言っているでしょう」
「私は何も聞いていないが」
「秘密だったもの」
「結婚して何年になると思っている」
「秘密を守った年数と同じね」
父は言葉を失った。
その日、ルシウス・マルフォイに最も大きな衝撃を与えたのは、闇の帝王でも、不死鳥の騎士団でもなかった。
妻が恋愛小説家だったことだった。