本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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14話 ハロウィンの夜

 

 ハロウィンがやってきた。

 朝から城は浮かれていた。 天井近くには黒いこうもりが群れをなし、廊下の鎧は妙に得意げで、あちこちに巨大なかぼちゃが置かれている。大広間など、夕方には天井いっぱいに蝋燭が揺れ、金色の皿にごちそうが山のように並ぶに違いない。

 けれど、そんな祝祭の日の放課後に、わたしは一人で女子トイレにいた。 非常にどうかしている絵面だが、仕方がない。書庫づくりは待ってくれないのだ。

 わたしが清めるようにしてからある程度綺麗になったものの、使われていないトイレは相変わらず薄暗く、じめっとしていて、入口としては百点満点で不満だった。だから今日も軽くスコージファイをかける。入口は清潔であるべきだ。本は湿気と汚れの敵なのだから。

 蛇の刻印のある蛇口に向かって、わたしはまだぎこちない蛇語で開くよう命じた。石の洗面台が低い音を立てて動き、暗い穴が口を開く。

 秘密の部屋に着くと、わたしは日記を抱え直した。

 

「トム、出てきて」

 

 魔力を流し込むと、頁がひとりでにめくれた。インクの文字がじわりと滲み、黒い靄となって浮かび上がる。それが人の輪郭を取り、少しずつ形を持っていく。

 

 

「今日も労働か」

「友達なんだから手伝ってくれるでしょ」

「その理屈で押し切ろうとするのをやめろ」

「じゃあ便利な友達」

「もっとひどいな」

 

 そう言いながらも、トムはもう慣れたように周囲を見回していた。嫌々なのに仕事はする。実に頼もしい。

 

「それで、今日の本題なんだけど」

「まだ本題じゃなかったのか?」

 

 わたしはローブから本を取り出した。濃紺の表紙に銀の文字。題名は『ホグワーツ城の建築魔法・増補版』。アストリアが「たぶんマイン、こういうの好きですよね」と貸してくれた本である。

 

 正解だ。大好きだ。

 

「なにそれ」

「アストリアに借りた建築魔法の本。ホグワーツの改築履歴とか、地下区画の変遷とか載ってるの」

 

 トムが露骨に顔をしかめた。

 

「嫌な予感しかしないな」

「安心して。たぶん当たってる」

「安心できる要素が一つもない」

 

 わたしは本を開き、しおりを挟んでおいた頁を見せた。  魔法で描かれた見取り図が、淡く光っている。現在の構造と、古い区画の痕跡が色分けされていて、非常に良い。見ているだけでわくわくする。本はやはり人類の叡智である。

 

「見て。これ、地下区画の古い見取り図。女子トイレのあたり、後から配管を通した跡があるんだよね。つまり今の入口って、もともとの設計じゃない可能性が高い」

「だから?」

「だから、秘密の部屋の入口、最初からトイレにあったわけじゃないと思う」

 

 トムは腕を組んだ。

 

「それは僕も少し思っていた。サラザール・スリザリンが後継者のための隠し部屋を作るとして、わざわざ女子トイレを経由させる趣味だったとは考えにくい」

「でしょ?」

 

 わたしは勢いよく頁をめくった。地下の寮区画。旧浴場跡。閉鎖された通路。使われていない保管区画。非常に良い単語しかない。

 

「ほら、ここ。スリザリン寮の旧浴場跡。今は使われてない保管区画って書いてある」

「……それで?」

「秘密の部屋の元の入口、そこにあったんじゃない?」

 

 一拍、沈黙が落ちた。

 トムは本をのぞき込み、しばらく何も言わなかった。いつもの嫌味も皮肉もない。ただ頁の上の見取り図と、わたしの指している旧浴場跡とを見比べている。

 

「……なるほど」

 

 やがて、トムがぽつりと呟いた。

 

「秘密の部屋は継承者のための場所だ。ならば入口は、継承者が最も安全に出入りできる位置に置くのが自然だな」

「そうでしょ?」

「女子トイレの下という現状の方が、むしろ後世の改築事故じみている」

「でしょでしょ?」

 

 トムはさらに低い声で続けた。

 

「スリザリン寮内部。しかも旧浴場跡……後から閉鎖され、今は物置同然。外部の生徒は近づけず、寮生でも知らなければ気にも留めない」

 

 そこでようやく、彼は顔を上げた。黒い目が、妙に真剣だった。

 

「マイン」

「なに?」

「君は」

 

 一拍置いて、トムは厳かに告げた。

 

「人生で会った中で最高の魔女かもしれない」

 

 思わず、わたしは瞬きをした。

 

「えっ」

 

「秘密の部屋を開けるだけでなく、書庫化のために導線改善から本物の入り口を見つける。本のためでここまでできるなんて信じられない」

「そこ褒めてる?」

「最大限に褒めている」

 

 トムは断言した。

 

「君の発想は時々信じがたいほど妙だが、今この瞬間に限って言えば感動している」

「そんなに?」

「そんなにだ。少なくとも、これまで会った凡百の魔女よりずっといい」

「凡百って言い方ひどくない?」

「事実だよ」

 

 さっきわたしに失礼なことを言った時と同じ理屈を使われた。納得はいかない。でも、トムが本気で感心しているのは分かった。顔が違う。皮肉で遊んでいる時の顔ではない。純粋に面白いものを見つけた時の顔だ。

 なんだか少しだけ、気分がよくなる。

 

「じゃあ、夕食の後旧浴場跡の調査も手伝ってくれる?」

「その流れで労働を要求するのか、君は」

「最高の魔女なんでしょ?」

「そこは否定しないが、話は別だ」

「だめ?」

「……旧浴場跡の調査くらいなら考える」

「やった」

「ただし、書庫管理者にされる気はない」

「えー」

「その不満そうな顔をするな」

 

 わたしは満足して本を抱え直した。秘密の部屋は、今は確かにトイレの下にある。 でも、それが最初からそうだったとは限らない。もし本来の入口がスリザリン寮にあったのなら――それは書庫としてはかなり朗報だった。少なくとも、将来的に「書庫に行くたび女子トイレ経由」という最悪の導線は改善できるかもしれない。

 

「それで、今日の本当の労働だけど」

「まだあるのか」

「看板を設置します」

「断る」

「持って」

「命令するな」

「じゃあお願い」

「内容は変わっていない」

 

 ぶつぶつ言いながらも、トムは結局看板を持ち上げた。実体化できる時間は二、三十分程度しかない。短いのだから、使える時に使うべきだ。

 わたしたちは奥の壁際の湿気を確かめ、棚を並べられそうな場所を見て回った。トムは今日も嫌そうな顔をしながら、通路の幅や石壁の状態を妙に真面目に見ている。

 

「ここはだめだな。湿気が強すぎる」

「じゃあ、こっち?」

「ましだが、導線が悪い。バジリスクが通るなら本棚は寄せるな」

「やっぱり書庫管理の素質あるよ」

「ない」

 

 即答だった。

 けれど本人が認めなくても向いているものは向いている。整理整頓と配置計画の話になると、トムは妙に本気だった。

 やがて彼の輪郭が少し薄くなった。

 

「そろそろ時間かも」

「じゃあ看板だけ外に置いて帰ろう。人が入らないように」

「まだ諦めていなかったのか」

「諦める理由がないよ」

「ありすぎる」

 

 トムは最後まで反対したけれど、結局、看板を立てるところまでは付き合わされた。

 

 秘密の部屋 書庫準備中

 

 薄暗い廊下に、その板は妙に堂々と立っていた。

 

「いい感じ」

「最悪だ」

 

 その言葉を最後に、トムの姿はふっと薄れて消えた。

 残ったのは日記と、じめっとした廊下と、士気だけは高い看板だった。

     

 

 

 

 大広間に行くと予想通りとんでもないことになっていた。

 

「すごい……」

 

 思わず見上げる。

 ハロウィンの飾りつけは、日本のものと全然違う。こっちは本気だ。予算と魔法と悪趣味の全力投球である。

 天井いっぱいに揺れる蝋燭。黒いこうもりの群れ。金色の皿に山のように盛られた料理。テーブルにはローストチキン、牛肉のパイ、ソーセージ、マッシュポテト、蜜漬けのかぼちゃ、シロップたっぷりのタルト。見ているだけで幸せになれそうな量だった。

 そしてわたしは、その豪華な料理を見て最初に思った。

 ――これ、アルドゥスの分を少し確保できないかな。

 

「その顔、またろくでもないこと考えてるな」

 隣でドラコが言った。

 失礼である。だが否定しづらいのが腹立たしい。

 

「何も」

「嘘つけ。目が泳いでる」

 

 アルドゥスにご飯をあげるのを忘れていた。

 とはいえごちそうはごちそうなので、わたしはまず自分の皿を満たした。地下書庫計画も大事だが、空腹では良い計画は立たない。腹が減っては書庫はできない。

 食べながら、わたしは何度か天井近くのこうもりを見上げた。

 ハロウィンのざわめき。笑い声。皿の触れ合う音。幽霊たちの甲高い笑い。全部が混ざって、城全体が少し浮ついているみたいだった。

 その中で、ふと一瞬だけ、妙な違和感があった。

 湿った、細い音。

 気のせいみたいな、ほんのわずかな擦れる音だ。大広間の喧騒の下を、何か長いものが床を撫でるみたいな。

 思わず顔を上げる。

 

「どうしたの?」

 

 向かいのアストリアが首をかしげた。

 

「今、何か聞こえた気がして」

「歌?」

「ううん、そういうのじゃなくて……」

 

 アルドゥス?

 

 大広間は騒がしい。皿は鳴るし、ゴーストは笑うし、ドラコは隣で「そのグレイビーソースを取れ」と偉そうにしていた。そんな中で、小さな違和感などすぐに飲み込まれてしまう。

 わたしは気のせいだと思うことにした。

 たぶん、そういう日もある。

 夕食が終わりに近づくころには、わたしはこっそりナプキンを一枚確保していた。ローストの切れ端を二、三枚くらい包めば、アルドゥスへの差し入れとしては十分だろう。たぶん。いや、全然十分ではないかもしれないが、ないよりはましだ。

 席を立つ人が増えはじめる。大広間のざわめきが、出口へ向かってゆっくり流れ出していく。

 

「行くよ、お兄さま」

「ん」

 

 ドラコが立ち上がる。わたしもそのあとについて、大広間を出た。

 廊下は、食後の生徒たちで混んでいた。

 みんな笑っている。ハロウィンの飾りつけの話をしたり、誰がどれだけ食べたかで言い合ったり、幽霊がテーブルの上に顔を落としたとか、そんなどうでもいい話ばかりしている。

 そのはずだった。

 前方から、ざわめきの質が変わる。

 笑い声じゃない。どよめきだ。人が足を止める時の、低いざわつき。

 

「……何だ?」

 

 ドラコが眉をひそめた。

 人の流れが、廊下の途中でせき止められている。何人もの生徒が前を見上げたまま固まっていた。押し合うでもなく、ただ立ち尽くしている。妙な静けさだった。

 胸の奥が、ひやりとした。

 わたしはドラコの袖を避けて、人の隙間から前へ出る。  背の高い上級生の脇をすり抜け、肩と肩の間から、ようやく見えたものに――

 息が止まった。

 壁の松明の金具から、猫がぶら下がっていた。

 ミセス・ノリスだった。

 しっぽの先を金具に引っかけるみたいにして、体は石みたいに硬く、まっすぐに吊られている。目は開いたまま、ぴくりとも動かない。

 その下の床には、水たまりが広がっていた。誰かが大量の水をぶちまけたみたいに、冷たい石床が濡れている。

 そして、そのすぐそばに。

 見覚えのありすぎる板が、べしゃりと転がっていた。

 白い板。角は少し丸く削ってある。蛇の模様を描こうとして、途中で面倒になって片側だけ適当になった緑の縁取り。文字は黒インクで、妙に丁寧な丸みを帯びたわたしの字。

 頭の中が真っ白になった。

 いや、真っ白になったあと、次の瞬間にはものすごい勢いで思考が暴走した。

 どうしてここにあるの。なんで。あれ、わたしが作ったやつだよね?  誰かが持ってきた? それとも水で流れた? いや、それより――

 板の真ん中が、水でひどく滲んでいた。

 本来ならそこには書庫と書いてある。

 でも今は、そこだけが黒く潰れて、べったりと滲み、読めなくなっている。結果としてはっきり見えるのは、前後の文字だけだった。

 

 秘密の部屋 準備中

 

「なにこれ……」

「看板?」

「秘密の部屋って書いてあるぞ」

「準備中?」

 

 ざわめきが広がる。

 当然である。わたしでもそう言う。

 しかもよりによって、ミセス・ノリスが石みたいに固まってぶら下がっている真下で、だ。ハロウィンの飾りつけの延長で済ませていい雰囲気ではない。まったくない。

 喉がからからになった。 心臓が嫌な音を立てている。

 わたしはミセス・ノリスをこんな目に遭わせてはいない。

 じゃあ誰が。どうして。それにどうして、わたしの看板がここにあるの。

 そのときだった。

 人垣の向こう側が少し割れて、三人の姿が見えた。

 ハリー。ロン。ハーマイオニー。

 しかも、よりによってミセス・ノリスのすぐ近くに立っている。

 うわ、と心の中で思った。

 これはだいぶまずい。

 事情を何も知らない人間から見たら、あまりにも分かりやすく怪しい。周囲の視線も、じわりとそちらへ寄っていく。

 

「ポッターだ」

「なんであいつがあんな近くに」

「また何かやったのか?」

「秘密の部屋って、今のやつ……?」

 

 ひそひそ声が一気に増えた。

 看板の本当の意味を知っている者は誰もいない。ただの意味不明で不気味な看板だ。でも、現場のすぐそばにハリーが立っている事実は、誰の目にもはっきりしていた。

 ドラコがわたしの後ろから顔を出し、愉快そうに口を開きかける。

 

「次はお前たちの番だぞ、ポッ――」

「お兄さま」

 

 反射で肘を入れた。

 

「いった! 何するんだ!」

「今は黙って」

 

 お願いだから、これ以上ややこしくしないでほしい。  ただでさえ、わたしの看板が転がっているのだ。

 そう願った瞬間、廊下の向こうから甲高い叫び声が響いた。

 

「私の猫だあああああ!」

 

 フィルチだった。

 人垣がびくりと揺れる。誰かが道を開け、誰かが後ずさる。

 フィルチは髪を振り乱し、息を切らして駆け込んできた。そしてミセス・ノリスを見上げた瞬間、顔色をなくした。

 

「ミセス・ノリス……!」

 

 震える手で猫へ触れようとして、でも触れられず、そのまま振り向く。ぎらついた目が、生徒たちの顔を一人ずつ舐めるように見て――ぴたりと止まった。

 ハリーの上で。

 

「お前だ」

 

 廊下がさらに静かになった。

 

「お前がやったんだろう、ポッター!」

 

 フィルチの怒鳴り声が石壁に跳ね返る。

 ハリーがぎょっとした顔をした。

 

「違います!」

「嘘をつくな! お前はここにいた! それに、クイックスペルのことを知っている」

「ぼくら、来たばかりで――」

「黙れ!」

 

 フィルチがほとんど飛びかかるみたいに前へ出る。ロンが一歩前に出てハリーの前へ入り、ハーマイオニーが真っ青な顔であたりを見回した。

 誰も助け舟を出さない。みんな見ている。それだけで十分だった。

 だって怪しい。現場にいた。しかも有名なハリー・ポッターだ。

 学校中の噂話が好きな生徒たちにとって、これ以上わかりやすい構図はないだろう。

 

「ぼくたちは本当に――」

「お前が私の猫を殺したんだ!」

 

 フィルチの声が裏返る。

 殺した、という言葉に、周囲がざわっと揺れた。

 その瞬間、わたしの背中に冷たいものが走る。

 殺したのだろうか。

 いや、違う。石みたいに硬いだけで、死んでいるようには見えない。たぶん。たぶん、でしかないのが怖い。

 ハーマイオニーがかすれた声で言った。

 

「死んではいないと思います」

「何が分かる!」

 

「だって、ほら、体が――」

 そこまで言って、彼女も言葉を失った。うまく説明できないのだろう。わたしだって無理だ。猫が壁から吊られて石みたいに固まっている状況を、冷静に説明できる人間がいたらむしろ怖い。

 フィルチが震える指をハリーへ突きつける。

 

「私は知っているぞ、お前みたいなやつを! 学校の規則も何も恐れず、夜中にうろつき、問題ばかり起こして――!」

「やってないって言ってるだろ!」

 

 ロンが怒鳴り返した。

 その声で、空気がさらに張り詰めた。誰かが息を呑み、誰かが後退る。ドラコは口元を歪め、でもさっきのわたしの肘が効いたのか、今度は黙っていた。えらいと言うべきか、当然と言うべきか迷う。

 わたしは看板から目を逸らせなかった。

 

 秘密の部屋 準備中

 

 こんな最悪の形でお披露目される予定ではなかった。わたしはもっと、こう、地下の入口の脇にひっそり置いて、一人で満足する予定だったのだ。少なくとも、石になった猫の隣ではない。断じてない。

 どうしてここに。  誰が持ってきたの。いや、ただ水で流れただけなのか?

 

「道を開けなさい」

 

 低く、よく通る声がして、ざわめきが左右へ割れた。

 スネイプ先生だった。その後ろに、マクゴナガル先生。さらに少し遅れて、ダンブルドア先生とロックハート先生まで現れる。

 先生たちの姿が見えた瞬間、廊下の空気は別の意味で凍った。  もう生徒だけの騒ぎではない。完全に事件である。

 フィルチは振り向くなり、ほとんど泣きそうな声で叫んだ。

 

「校長先生! 見てください! 私の猫が……ミセス・ノリスが……!」

 

 ダンブルドア先生は吊られた猫を見上げ、青い目を細めた。  ロックハート先生は「これは由々しきことです」と言ったが、ちょっと嬉しそうに見えたので信用しないことにした。

 スネイプ先生の視線が、現場を一掃する。

 ミセス・ノリス。水たまり。意味不明な看板。ハリーたち。そして野次馬の群れ。

 最後に、ほんの一瞬だけ、わたしの顔に止まった。

 どきりとした。

 ばれた、とは思わない。でもわたしは今、たぶん顔色が良くない。どう考えても看板のせいである。

 

「ポッターたちをこちらへ」

 

 マクゴナガル先生が短く言った。

 

「でも、先生!」

「黙りなさい、ウィーズリー」

「しかし――」

「黙りなさいと言ったのです」

 

 ロンが口をつぐむ。  ハリーは困惑した顔のまま、ハーマイオニーは青ざめたまま、三人とも前へ出た。

 その瞬間、周囲の視線が完全に三人へ集まった。

 やっぱり、一番怪しいのはハリーだ。現場にいた。どう見てもフィルチに憎まれている。生徒たちがそう思うのは自然だった。

 でも、わたしだけは別の意味で凍っていた。

 だって、看板がある。 わたしの字で、わたしの板で、わたしが描いた蛇の縁取りで。しかも準備中と書いてある。

 準備していたのは本当だ。地下書庫を。でも、こんな準備じゃない。

 

「野次馬は寮へ戻りなさい」

 

 マクゴナガル先生が言うと、生徒たちは不満そうにざわついた。けれど先生たちの前で逆らう勇気がある者は少ない。少しずつ、人垣が崩れていく。

 わたしも動かなくてはいけなかった。

 ここに立っていたら怪しまれる。いや、まだ誰も看板とわたしを結びつけてはいない。でも自分だけ分かっている秘密ほど、人を挙動不審にするものはない。

 

「行くぞ、マイン」

 

 ドラコが小声で言った。

 

「……うん」

 

 足が重い。けれど、どうにか向きを変える。

 そのとき、去り際にもう一度だけ振り向いてしまった。

 吊られたミセス・ノリス。ぬれた床。先生たちに囲まれるハリーたち。そして、水たまりの中に転がる看板。

 ハロウィンの浮かれた空気は、もうどこにもなかった。

 

 寮へ戻る道すがら、ドラコへ聞く。

 

「お兄さま、秘密の部屋って何なの?」

 

「僕も詳しくは知らないが、五十年前に開いたときはマグル生まれの女子生徒が一人死んだらしい」

「そうなんだ」

 

 自分の声が、思ったより乾いていた。

 

 ああ、トム。

 

 目を閉じる。

 トムはわたしに聞いてきた。

 純血とマグル生まれについてどう思うか、と。

 

 あれはそういう意味だったんだ。

 





※スリザリン寮に本当の入り口が云々は作者の独自解釈です。原作やポタモア、ホグワーツレガシーなどでは違うかもしれません。
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