128話 読者を増やすには
羽ペン通信
脱獄中のグリンデルバルド、ダンブルドア自伝に寄稿
『英雄が死ぬまで』下巻発売へ
記者=ロルフ・スキャマンダー
故アルバス・ダンブルドア氏の生涯を追った自伝の下巻、『アルバス・ダンブルドア──英雄が死ぬまで 下巻』が、プロングズ出版から発売される。
昨年刊行された『アルバス・ダンブルドア──英雄になるまで 上巻』は、ホグワーツ魔法魔術学校に入学した少年時代から、家族との確執、ゲラート・グリンデルバルドとの出会いと決別、そして魔法界を代表する「英雄」と呼ばれるまでの半生を描いた。
英雄の華々しい功績だけでなく、若き日の過ちや後悔まで隠さず描いた内容は大きな反響を呼び、中でも同書を象徴する言葉となった「英雄も人だった」は、昨年の羽ペン通信流行語大賞に選ばれている。
下巻で描かれるのは、その「英雄」が死ぬまでだ。
ホグワーツ校長として過ごした年月。闇の帝王の復活。ハリー・ポッター氏との関わり。そして、今年起きたダンブルドア氏の死。
上巻以上に近年の出来事を扱うため、現在も生存する関係者の証言が数多く収録されている。
また、終盤ではこれまでほとんど知られてこなかった事実が相次いで明かされるという。
本紙が事前に内容を確認したところ、ダンブルドア氏について世間に定着してきた印象を覆しかねない記述も少なくない。
しかし、本書最大の驚きは別にある。
ヌルメンガードを脱獄し、現在も行方の分かっていないゲラート・グリンデルバルドが寄稿しているのだ。
グリンデルバルドとダンブルドア氏が、若き日に親密な関係にあったことは上巻でも詳しく記されている。
のちに二人は袂を分かち、決闘ではダンブルドア氏がグリンデルバルドを破った。
その後、二人が親しく言葉を交わした記録はほとんど残されていない。
ところが今回寄せられた原稿では、少年時代の思い出だけでなく、ダンブルドア氏の考え方、弱点、他人との距離の取り方、そして重大な決断を下すときの思考までが記されている。
奇妙なのは、その記述が驚くほど正確なことだ。
ダンブルドア氏と長年親交のあったエルファイアス・ドージ氏は、本紙の取材に対し、寄稿を読んだ際の印象をこう語った。
「腹立たしいことに、よく分かっている。アルバスならそう考えただろう、と私でさえ思わされる箇所が何度もあった。何十年も離れていた男が、どうしてあそこまで分かるのか。それは私にも説明できない」
ドージ氏は一方で、本書全体については「いかにも本好きの魔女が作った本だ」と笑った。
本好きの魔女とは、本書の編集を担当したローゼマイン・マルフォイ氏のことである。
マルフォイ氏はホグワーツ魔法魔術学校に在学中で、今年六年生となる。魔法書研究会の設立に始まり、羽ペン通信、プロングズ出版と、学生の身で次々に本に関わる活動を広げてきた。
ドージ氏は彼女について、こう続けた。
「アルバスは彼女を面白がっていたよ。本のためなら教師にも魔法省にも遠慮しない子だったからね。アルバスは『本好きの魔女』と呼んでいた。英雄を人間に戻したかと思えば、今度は英雄を最もよく知る敵にまで原稿を書かせてしまった。実に本好きの魔女らしいじゃないか」
ただし、その敵が現在、脱獄中であることは忘れてはならない。
グリンデルバルドは先日、自らが長年収監されていたヌルメンガード城から姿を消した。各国の魔法当局が行方を追っているが、現在まで所在は確認されていない。
では、なぜその人物の原稿がプロングズ出版に届いたのか。
本紙の取材に対し、マルフォイ氏は、「出版社宛に手紙で送られてきた」と説明した。
差出場所については分からないという。
魔法法執行部も同書簡に関心を寄せているとみられるが、現時点でグリンデルバルドの居所につながる有力な情報は得られていない。
なお、グリンデルバルドが自発的に原稿を送ったのか、誰かが執筆を依頼したのかについて、出版社側は明らかにしていない。
上巻は、英雄になるまでのダンブルドアを描き、「英雄も人だった」と魔法界に突きつけた。
下巻が描くのは、英雄になった後も迷い、選び続け、そして死んだ一人の魔法使いである。
友人が語るダンブルドア。
生徒が見たダンブルドア。
敵が知っていたダンブルドア。
それらを一冊に集めたとき、我々が知っていた「アルバス・ダンブルドア」と同じ人物がそこにいるのかは、まだ分からない。
*
朝食の席でわたしはいつものように羽ペン通信を広げていた。
「本好きの魔女か」
向かいから声がした。
顔を上げると、トムがパンにバターを塗りながら記事を覗いている。
「いい呼び方だね」
「そう?」
トムはもう一度新聞へ目を落とした。
「僕は好きだよ。本好きの魔女」
なんだかむず痒い。
悪い呼び方ではない。むしろ、これまでいろいろな呼ばれ方をしてきた中では、かなり正確な部類だと思う。
ただし、記事には一つだけ大きな間違いがある。
『現在もグリンデルバルドの居所は不明』
わたしは新聞から顔を上げた。
食堂の奥では、その行方不明者が優雅に紅茶を飲んでいた。
ゲラート・グリンデルバルドは、マルフォイ家に居候している。
もちろん、羽ペン通信には書いていない。
ロルフにも言っていない。
魔法法執行部にも言っていない。
聞かれたので、「原稿は手紙で届きました」とだけ答えた。それは嘘ではない。原稿は本当に手紙で届いた。わざわざマルフォイ家からふくろうを出し、近所を周回させたあとにマルフォイ家に届けたのだ。
「新聞によれば、各国の魔法当局が私を探しているらしいな」
「マルフォイ家なら見つからないよ。ヴォルデモートもお父さまが裏切らなければ見つからなかっただろうし」
そもそも、この人が何のために脱獄して、何のためにマルフォイ家に住み着いているのか、わたしはいまだによく分かっていない。
ダンブルドア先生について本を書きたいというから原稿をお願いした。
すると本当に書いた。
それどころか、わたしが質問すると、若い頃のダンブルドア先生について驚くほど細かく答えてくれた。
昔の喧嘩の話まで覚えていた。
何十年も会っていなかったくせに、ダンブルドア先生がどんなときに嘘をつき、どんなときに本当のことを隠し、どんなときに自分を責めるのかまで、まるで昨日まで一緒に暮らしていたように知っていた。
彼は最近は別のことにも興味を持っている。
「魔法族はマグルの脅威を知らなすぎる。マグルをもっと知るにはどうすればいいと思う?」
以前、唐突にそんなことを聞かれた。
「マグルの本や新聞を読めばいいんじゃない?」
「……本だと?」
「知らないなら、まず知ればいいでしょう?」
そう答えると、グリンデルバルドは妙に長い時間わたしを見ていた。
彼が考えていたのは、どうやらもう少し物騒な話だったらしい。
魔法界の存在をマグルに認知させるにはどうするべきか。
魔法使いとマグルを隔てているものは何か。
秘密保持法をなくした場合、二つの社会はどう変わるのか。
そんなことを時々話している。
グリンデルバルドがなぜそんなことを考えているのかは分からないけれど、話自体は面白かった。
「でも、魔法とマグルの技術って、意外と相性がいいような気もするんだよね」
わたしが言うと、グリンデルバルドがカップを置いた。
「例えば?」
「車とか?」
真っ先に思いついた。
「アーサーさんが作ってたみたいな空飛ぶ車があったら便利じゃない? 箒やふくろう便よりたくさん本を運べるし」
「判断基準が本なのか」
トムが言った。
「大事だよ」
「君にとってはね」
「マグルは機械を大量に作れるでしょう? 魔法使いは便利な魔法をたくさん知ってる。組み合わせたら、今までにないものが作れるんじゃないかな」
グリンデルバルドは少し考え込み、それから楽しそうに口元を上げた。
「なるほど。支配するだけでは、あまりに惜しいか」
「何のこと?」
「こちらの話だ」
よく分からない。
最近、この人と話していると時々こうなる。
ただ、グリンデルバルドが役に立っていることだけは間違いなかった。
特に、トムを人間にする方法について相談したときはそうだった。
わたしが賢者の石を使ってトムの魂を完全に独立させ、肉体を与えたいと説明すると、グリンデルバルドは驚かなかった。
むしろ、目を輝かせた。
「それは面白い。人体の錬成は私でもしたことがない」
「闇の魔術をたくさん使うことになるかもしれないけど」
「何を言っている。闇の魔術を使うから面白いのだろう」
倫理観をどこかに置いてきた人だった。
けれど、知識は本物だった。
グリンデルバルドは当然のように闇の魔術に詳しい。
「ダームストラングでは、闇の魔術をかなり専門的に学ぶ」
そう言って、どこかから取り寄せた本を何冊か取り出してきた。
革表紙の分厚い本を開くと、人間の骨格らしき図が描かれている。その横には、魔力によって肉体を形成する古い術式がびっしり記されていた。
「ホグワーツでは禁じられている分野だろうが、ダームストラングでは少し考え方が違う」
「闇の魔術を教えてるの?」
「教える。知らずに恐れるより、知った上で扱うべきだという考え方だ」
グリンデルバルドは別の本を開いた。
「そもそも、我々は闇の魔術そのものを悪とは考えていない」
「人を殺す魔法もあるでしょう?」
「ナイフでも人は殺せる」
「それはそうだけど」
「問題は術ではなく、何のために使うかだ。少なくとも学問として扱うときにはな」
そう言いながら、彼は次々と本を積み上げていった。
『魔力による人工肉体形成論』
『魂と器──古代変成術における生命の定義』
『血液・骨・肉体の魔術的再構築』
題名からして怖い。
でも面白そうだ。
「これは?」
「肉体を一から形成するなら読んでおけ。こちらは古いが、材料について詳しい」
「材料?」
「骨、血、肉。ヴォルデモート復活の際の儀式でもおそらく同様の材料が使われている。もっとも、既存の儀式をそのまま使う必要はない。君が持っている石なら工程の一部を置き換えられる可能性がある」
わたしは慌ててメモを取った。
トムは隣から本を覗き込み、眉を寄せている。
「君たちを見ていると、禁書という概念がなぜ存在するのか分かる気がする」
「失礼だなあ」
そのとき、ふと思った。
わたしは羽ペンを止めた。
「そういえば」
「何だ?」
「グリンデルバルドさんは、どうして今になって脱獄したの?」
彼の指が本の端で止まった。
「ヌルメンガードって、自分で作ったんでしょう?」
「ああ」
「ずっと出ようと思えば出られたんじゃない?」
グリンデルバルドなら、それくらいできそうだった。
何十年も囚われていたというより、自分からあそこに残っていたような気がする。
「だったら、どうして今になって出てきたの?」
彼はすぐには本へ視線を戻さなかった。
窓から差し込む朝の光が、白くなった髪に細い線を作っている。
「本を読んだ」
「ダンブルドア先生の?」
「そうだ」
グリンデルバルドは指先でページを一枚めくった。
「随分と昔のことを思い出した。ゴドリックの谷。私たちが語ったこと。愚かな計画。そして──あの決闘だ」
その声からは、いつもの芝居がかった楽しさが消えていた。
グリンデルバルドは微かに笑った。
「あれは永遠だった」
その言葉だけ、不思議なくらい穏やかだった。
「私の人生がどう語られようと構わない。だが、私とアルバスの決闘だけは違う。あの日、世界で最も強い二人の魔法使いが戦い、私は敗れた。それで終わった。それでよかった」
そこで彼は顔を上げた。
「なのに、アルバスの人生の結末が『闇の帝王に殺された』になるらしい」
わたしの胸の奥が少し痛んだ。
ダンブルドア先生が亡くなったことをわたしは知っているのに、まだ実感できていなかった。
グリンデルバルドはそんなわたしには構わず続けた。
「気に入らない」
「……それで脱獄したの?」
「そうだ。あの小僧を殺さないと気がすまない」
あまりに普通に言うので、一瞬聞き流しかけた。
「ちょっと待って。殺すの?」
「私以外の誰かに殺されると知っていたなら──」
グリンデルバルドは笑った。
それは冗談を言うときの笑い方とは少し違った。
「私が殺したのに」
トムがパンを置いた。
「ずいぶん勝手だね」
「そうか?」
トムが少し嫌そうな顔をした。
「悔しいけど、少し分かる」
「ほう?」
グリンデルバルドは面白そうにトムを眺めたあと、またわたしに目を向けた。
「あと、もう一つ理由がある」
「まだあるの?」
「アルバスの杖だ。あれは私が持っていたニワトコの杖だ」
グリンデルバルドが静かに言った。
「そしてアルバスが私から勝ち取った」
童話の中に出てくる死の秘宝。
魔法界で最も強いとされる、ニワトコの杖。
かつてはグリンデルバルドが手にし、1945年の決闘でダンブルドア先生のものになったという。
「あの杖は、アルバスが私を破った証でもある」
グリンデルバルドの指が、本の表紙をゆっくり撫でた。
「それを、アルバスを殺した者が持つというのは不愉快だ」
なるほど。
やっぱりよく分からない。
復讐なのか。
嫉妬なのか。
昔の決闘への執着なのか。
ダンブルドア先生への友情なのか。
そのどれも少しずつ違うような気がした。
ただ一つ分かったのは、グリンデルバルドがヌルメンガードから出てきた理由が、思っていたよりずっと個人的なものだったことだ。
「じゃあ、ヴォルデモートを倒したらどうするの?」
聞いてみた。
グリンデルバルドは考えるように窓の外を見た。
「さてな」
「決めてないの?」
「ヌルメンガードに戻る、なんていうのもいいかもしれないな」
グリンデルバルドは今度は写真が動かない新聞を取り出した。そう、グリンデルバルドは、羽ペン通信だけでなく、マグルの新聞まで取っていた。
しかも一紙ではない。
朝になると、魔法界の新聞に混じって、写真の動かない新聞が何部か食卓に積まれている。
「それ、どうやって取ってるの?」
「ふくろう便経由で頼んでいる」
「高くならない?」
「少し割増になるらしいな」
「らしいなって」
気にした様子もなく答えた。
さすが、一度世界征服をしようとした人は新聞代くらいでは動じないらしい。今はマルフォイ家から代金を出しているが、マルフォイ家にとっても新聞代は大した金額ではないだろう。
わたしは向かいの席から一部を引き寄せた。
マグルの新聞をじっくり読むのは久しぶりだった。
大きな見出しには、ロンドン郊外で起きた不可解な死亡事件について書かれている。
家には争った形跡がない。
毒物も検出されていない。
けれど、一家全員が死んでいた。
別の記事では、突然崩落した橋について報じられていた。原因を調査中とある。その隣には、目撃者が「何もないところから人が現れた」と証言した事件。
もちろん、新聞のどこにも魔法とは書かれていない。
でも、魔法界の事情を知っているわたしたちには分かった。
「これ……」
「ああ」
グリンデルバルドが紅茶を飲みながら答える。
「最近、増えているらしいな」
ヴォルデモートがマグルの世界にも、少しずつ手を伸ばし始めている。
ヴォルデモート自身が一軒一軒マグルの家を襲っているわけではないだろう。それでも、死喰い人が関わった事件や、魔法によって引き起こされた事故が、マグル側には原因不明の事件として残っている。
「こっちでは事故扱いなんだ」
「今はな」
グリンデルバルドが新聞を指先で叩いた。
「だが、このまま続けば隠し通せん」
「魔法省が記憶を消すんじゃないの?」
「何人消す?」
「え?」
「十人か。百人か。千人か」
彼は何でもないことのように言った。
「新聞がある。写真がある。電話がある。テレビもある。マグルは、私がヌルメンガードへ入った頃より遥かに速く情報を共有するようになった」
「テレビ見たことあるの?」
「見てみたいが、どこに行けば見られる?」
「うーん、マグルの家電のお店とか?」
グリンデルバルドは別の記事を広げた。
「魔法使いは秘密を守っているつもりなのだろうが、実際には痕跡を消し続けているだけだ」
その言い方は妙に冷静だった。
「いずれ、誰かが結びつける」
グリンデルバルドは薄く笑った。
「マグルが魔法界の存在を知るのも、時間の問題だろうな」
「そうかなあ」
わたしはもう一度新聞へ目を落とした。既にマグルも不信に思っているようだ。事件の真相を追うコラムまで出来ていた。
政府は何を隠している? 英国を覆う「説明不能の死」
記者=リータ・スキーター
そこで、指が止まった。
「……え?」
一度読み飛ばした署名欄へ戻る。
アルファベットをもう一度目で追った。
見間違いではない。
「どうした?」
トムが尋ねる。
「びっくりした。知ってる名前があったから」
「誰?」
わたしは新聞を持ち上げた。
「リータ・スキーター」
トムの表情が止まった。
それから、ほんの少し身体を引いた。
「……あの女、まだ記者をやってるのか?」
「そうみたい」
どう見ても本人だった。
あの独特の書き方にも覚えがある。
『事情に詳しい関係者によれば』
『匿名を条件に語った人物は』
『政府が隠している可能性も否定できない』
間違いない。
「すごい。マグル世界でもまた記者やってるなんて!」
「そこ、感心するところか? 誰も雇わなかったからマグル世界に逃げただけじゃないか」
英国魔法界では散々やらかした。
さすがにもう記者として働く場所はないだろうと思っていた。
なのに、彼女はマグル世界へ移ったらしい。おそらく、動物もどきでの取材はまだ続けているのだろう。
父が新聞から顔を上げた。
「まだ懲りていないのか、あの女は」
「たぶん懲りてないね」
「殺すか」
「お父さま?」
「冗談だ」
絶対半分くらい本気だった。
トムは嫌そうに記事を覗き込んだ。
「よくまた記者になろうと思ったよね」
「逆じゃない?」
「何が?」
「記者しかやりたくなかったんじゃない?」
リータ・スキーターから記事を書くことを取ったら、何が残るのだろう。彼女には恐らく羽ペンしかないのだ。
魔法界で働けない。
なら、マグル世界で書く。
わたしはもう一度新聞を見た。
もう一度署名を見る。
リータ・スキーター。
魔女である彼女の記事を、おそらく何万人ものマグルが読んでいる。
「ああ……!」
わたしは立ち上がった。
椅子が大きな音を立てた。
父が反射的にこちらを見る。
「どうした、ローゼマイン」
「なんで今まで気づかなかったんだろう」
「何に?」
本当に、どうして今まで考えなかったのだろう。
本屋がある。
新聞がある。
出版社がある。
作家がいる。
そして、当然。
そこには読者がいる。
「読者って、魔法界にだけいるわけじゃないんだ」
「……それはそうだろうけど、それがどうかした?」
トムが言った。
「そう! 当たり前なの!」
だからこそ衝撃だった。
あまりにも当たり前すぎて、今まで思いつかなかった。
わたしは今までずっと魔法界の本のことだけ考えていた。
ホグワーツで読む本。
魔法族のための新聞。
魔法族が読む小説。
プロングズ出版から出す本。
でも、本を読む人間は魔法使いだけではない。
むしろ数なら、マグルの方がずっと多い。
ロンの本も、ダンブルドア先生の本も、トムの本も、魔法界では間違いなく大ヒットした。
それなのに、発行部数を見るたびにわたしは首を傾げた。
少ない。
いや、魔法界の人口を考えれば十分すぎるほど売れている。できたばかりの出版社としては喜ぶべき数字だった。
しかし、前世で本屋に並んでいた発行部数をなんとなく覚えているせいか、数字に迫力がない。
読者が少ないのだから当たり前だ。
「マグルにも本屋さんがある!」
「知ってるよ」
「出版社もある!」
「そうだろうね」
「だったら本を売れるじゃない!」
グリンデルバルドは少し興味深そうな顔をしていた。
「ローゼマイン」
父の声が低くなった。
「秘密保持法というものを忘れてはいないだろうな」
「魔法界が本当にあるって書かなければいいでしょう?」
「……何?」
口に出した瞬間、さらに考えが広がった。
「物語にすればいいんだよ! 全部フィクションにしてしまえばいいんだよ」
魔法学校。
魔法使い。
魔法生物。
マグルから見れば、全部ファンタジーになる。
実際にあるなんて誰も思わない。
リータだって、自分が魔女だと明かさずにマグルの新聞に記事を書いている。
「そうだよ!」
わたしは振り返った。
食卓の少し離れたところにいた母が、怪訝そうにこちらを見た。
「お母さま!」
「なあに?」
「お母さまの恋愛小説を、マグル世界にも広めませんか?」
母は目を瞬いた。
父は頭を抱えた。
グリンデルバルドはゆっくりと笑った。
「ほう」
トムは仕方のない人を見るように目を細めた。
「……まったく、君にはかなわないな」
最終章の本好きの魔女編始まりました。
冒頭から飛ばしまくりのマインです。