ハーマイオニーが魔法省の地下から連れ出したマグル生まれの人たちは、ひとまずブラック家の屋敷で保護されることになった。
不死鳥の騎士団の拠点として使われているとはいえ、ここまで大勢が寝泊まりすることは想定されていなかったらしい。寝室はすぐに埋まり、客間にも簡易寝台が運び込まれた。それでも足りなくなると、シリウスは長いこと使われていなかった部屋の扉を次々に開けていった。
「ここも使え」
そう言って開けた部屋の壁には、ブラック家の古い家族写真や、純血の家柄を誇る文章が額に入れられて飾られていた。
シリウスはそれを一瞥すると、杖を振った。
額がまとめて壁から外れ、床へ積み重なる。
「いいの?」
「何が?」
「ブラック家のものなんじゃないの?」
「だから片付けてるんだ」
答えになっているような、なっていないような返事だった。
「母が見たら卒倒するだろうな。ブラック家の屋敷がマグル生まれでいっぱいだ」
そう言うシリウスは、むしろ少し楽しそうだった。
「残念ながら肖像画だから卒倒してもすぐ起きるけどね」
ルーピン先生が後ろから言う。
「じゃあ何度でも卒倒させればいい」
シリウスは気にする様子もなく、次の部屋を開けた。
数日前まで地下牢に閉じ込められていた人たちは、最初のうちは屋敷の中でも落ち着かなかった。
扉が急に開くだけで身体を強張らせる人もいれば、夜になっても眠れず、廊下を歩き回る人もいた。食卓に十分な料理が並んでいるのに、ほんの少ししか皿へ取れない人もいた。
アンブリッジ先生の遺体も、地下から一緒に運び出されていた。
助けられた人たちの中には、先生のことを新聞で名前を見たことがあるだけの人もいれば、少し前の悪い噂しか知らない人もいた。
それでも、自分たちを逃がすために先生が死んだことだけは、皆が知っていた。
「あの人、魔法大臣だったんだよな」
食堂で、誰かがぽつりと言った。
「なんで大臣が、一人であんなところまで来たんだ?」
その問いに答えられる人はいなかった。
羽ペン通信ホグワーツ版でも、その日のうちにアンブリッジ先生の死を報じた。
訃報を書いたのはパドマだった。
*
ドローレス・アンブリッジ魔法大臣、死去
魔法省地下施設でマグル生まれ庇い死喰い人に殺される
ドローレス・アンブリッジ魔法大臣が、魔法省地下に存在していたマグル生まれの魔法使い・魔女の収容施設で死亡したことが分かった。
同施設から救出された複数の関係者の証言によると、アンブリッジ氏は単独で地下施設へ入り、収容されていたマグル生まれの解放を試みていた。
脱出の最中、施設側の魔法使いが幼いマグル生まれの少女に向けて死の呪文を放った際、アンブリッジ氏は少女との間に入り、呪文を受けた。
ほぼ同時にアンブリッジ氏が放った失神呪文は相手に命中しており、その隙に収容されていた人々は地下施設から脱出した。
魔法省地下にマグル生まれを収容する施設が存在していたこと自体、これまで公表されていなかった。
収容者の中にはホグワーツ生も含まれており、長期間拘束されていた者もいる。現在、救出された人々は安全な場所へ移され、治療を受けている。
アンブリッジ氏はホグワーツ魔法魔術学校の教授、魔法省高官などを経て魔法大臣に就任した。
大臣就任後は魔法省内部の改革を進め、近年相次いでいた失踪事件や省内の不正について独自に調査していたとみられる。
ただし、その過程でアンブリッジ氏自身の記憶が何者かによって改変されていた可能性がある。
本紙が確認した資料では、アンブリッジ氏は過去に受け取った手紙の内容を一時的に忘れており、魔法省内部に忘却呪文を使用する者が存在すると疑っていた。
今回、なぜ護衛を伴わず一人で地下施設へ向かったのか、詳しい経緯は分かっていない。
しかし救出された一人は、本紙の取材にこう語った。
「僕たちは、あの人が来るまで誰も助けに来ないと思っていました」
別の収容者は、アンブリッジ氏が地下へ現れた際の言葉を覚えていた。
「ここはわたくしの魔法省ですのよ」
それが、救出された人々の多くが聞いたアンブリッジ氏の最後の言葉の一つとなった。
彼女は最期まで、誰にも自分の魔法省を好き勝手にさせるつもりはなかったらしい。
ドローレス・アンブリッジ。
その生涯には賛否があり、彼女自身も決して万人に愛される人物ではなかった。
それでも、最後まで己の職責を手放さず、幼い命を守るために立った。
本紙は、その誇り高き精神と勇気に敬意を表し、心より哀悼の意を捧げる。
*
わたしも何か書こうとしたけれど、結局、一行も書けなかった。
アンブリッジ先生宛に届いた手紙は、驚くほど多かったとキングズリーが言っていた。
そんな頃、魔法省から新しい人事が発表された。
『新魔法大臣、ガウェイン・ロバーズ氏』
ガウェイン・ロバーズは闇祓い局長だった人だ。アンブリッジ派ともスクリムジョール派ともいえない中立の政治家だった。中立ならば、まだ望みがあった。
しかし、ロバーズ就任後、最初に発表した大きな人事は大勢をがっかりさせた。
『白銀卿をホグワーツ魔法魔術学校校長に任命』
「完全に乗っ取る気じゃない」
ハーマイオニーが新聞を握り締めた。紙の端が、指の間でくしゃりと潰れる。
「アンブリッジ先生の支持者はまだ魔法省にいるはずよ。でも、誰が信用できるのか分からない」
「記憶を消されてる可能性もあるしね」
わたしが言うと、ハーマイオニーは小さく頷いた。
「それだけじゃないわ。脅されている人もいるでしょうし、最初から向こう側だった人もいるかもしれない。アンブリッジ先生が大臣だった頃でさえ、あれだけ入り込まれていたんだもの」
誰が味方で、誰が敵なのか。
それすら分からない。
考えてみれば、今回ずっと問題になっていたのはそこだった。
誰が何を知っているのか分からない。
情報が一人のところで止まる。
その人の記憶を消されれば、調べたことまで一緒に失われてしまう。
わたしは向かいに座るハーマイオニーを見た。
顔色はまだよくない。治療は受けているけれど、地下牢で受けた拷問の跡まで、数日で消えるわけではなかった。
「ハーマイオニー」
「何?」
「ごめんね」
ハーマイオニーが眉を寄せる。
「何が?」
「もっとちゃんと話しておけばよかった。スクリムジョールがおかしいとか、魔法省が怪しいとか。わたしたち、それぞれ知ってることがあったのに、ちゃんと共有してなかった」
ハリーも隣で頷いた。
「僕も謝る。ロンには話してたのに、ハーマイオニーには言えてなかったことがあった」
「僕は言おうと思ってたよ」
ロンがすぐに口を挟んだ。
「いつ?」
「話すときに」
「それは言わないのと同じよ」
「分かってるよ! 本当に悪かった!」
いつものやり取りが戻ってきたことに、少しだけ安心した。
そういえば、ロンはロメルダに振られたらしい。
詳しいことは聞いていないけど、ハーマイオニーがいなくなったときのロンを見れば理由は分かる気がした。
失恋したところに恋愛小説仲間だったアンブリッジ先生の死まで重なり、ロメルダはかなり落ち込んでいた。
そんなことをハーマイオニーはきっと知らないのだろう。彼女はロンの方を見ようともせず、握りしめた新聞に目をやった。
「私も悪かったのよ」
「ハーマイオニーは悪くないよ」
「悪いの」
言い切る声には迷いがなかった。
「私一人でも何とかできるってところを見せたかったのかもしれない」
ロンが何か言いかけて、やめた。
「マグル生まれだからって、誰かの後ろ盾がなければ魔法省に入れないわけじゃない。自分で調べて、自分で証拠を見つけて、自分で解決できるって……証明したかった」
ハーマイオニーは自分の手を見つめた。
「アンブリッジ先生も、きっと同じだったんだわ」
「先生も?」
「あの人も、なんだかんだ人を頼るのが上手じゃなかったのよ」
それは、ものすごく納得できた。
アンブリッジ先生が誰かに「助けてください」と言っている姿は、どう頑張っても想像できない。
「自分が大臣なんだから、自分がどうにかしなきゃって思ってたんだと思うわ。だから誰にも知らせず、一人で地下まで来た。私も、自分が見つけたんだから、自分でどうにかしなきゃって思ってた」
ハーマイオニーは唇を少しだけ噛んだ。
「二人とも、一人で何とかすることには慣れてたのよ。人を頼ることには、あまり慣れてなかった」
すぐには誰も答えなかった。
アンブリッジ先生がいたなら、文句を言ったかもしれない。
でも、きっと怒りながらも、完全には否定しなかった気がした。
それから数日が経つと、ブラック家の屋敷はずいぶん騒がしくなった。
特に元気を取り戻した若い人たちは、ずっと寝ていることに耐えられなくなったらしい。
ある日の午後、居間から妙に楽しそうな電子音が聞こえてきた。
どこかで聞いたことがある気がして扉を開けると、テレビの前に人だかりができていた。
「そこ! 右!」
「分かってるって!」
「落ちる、落ちる!」
「あーっ!」
画面の中で、小さなキャラクターが穴へ落ちた。
コリンが頭を抱える。
「また最初からだ!」
「下手だなあ」
「デニスがうるさいからだろ!」
床には四角いゲーム機が置かれ、そこから伸びたコードの先に十字キーのついたコントローラーがある。
「それ、コリンの?」
「うん。父さんがこういうゲーム好きなんだ。新しいのが出るとすぐ買いたがるんだよ」
「へえ」
その横で、アーサーさんはゲームどころではなかった。
「これはどうして絵が動くんだい?」
テレビの裏へ回る。
「この線は何につながっているんだ?」
床に這いつくばる。
「これを抜いたらどうなるんだね?」
「抜かないでください!」
コリンとディーンの声が重なった。
「壊すつもりはない! 構造を確認しているだけだ!」
シリウスがソファの背もたれ越しに覗き込んだ。
「アーサーはいつもこんななのか?」
「ずっとだよ」
ロンが疲れた顔で答える。
「マグル製品を見つけるたびにこれだ」
「面白いじゃないか」
「面白くないよ。すぐに何でも分解しようとするんだから」
コリンが笑ったあと、テレビへ目を戻した。
「ホグワーツでもできたらいいのにな」
その一言で、周りにいた何人かが頷いた。
「せめて休暇中に持っていければいいのに」
「魔法で動かせないの?」
わたしが尋ねると、コリンが首を振る。
「ホグワーツじゃ、こういう機械はまともに動かないよ。電気で動くものはだいたい無理」
「もったいないね」
「だよね?」
「もったいない!!!」
アーサーさんが床から勢いよく顔を上げた。
ものすごく同意された。
「マグルはこれほど素晴らしいものを作っているのに、魔法界ではほとんど知られていない! 実にもったいない!」
「父さん、まず立って」
ロンに引っ張り起こされている。
その日の夕食で、コリンが改めて父親の話をすると、アーサーさんのフォークがぴたりと止まった。
「お父さんは家電メーカーに?」
「うん。電気製品を作る会社で働いてるよ」
「工場とやらにも入れるのかね?」
「いきなり工場は無理だと思うけど……店なら詳しいよ。新製品を見るのも好きだし」
アーサーさんの目が輝いた。
まずい。
この顔は、止めても絶対に行く。
「案内してもらえないだろうか」
「父さんなら喜ぶと思うけど」
「わたしも行きたい!」
気づけば手を挙げていた。
家電店。
前世では珍しくもなかったけれど、今のわたしにとっては、久しぶりにマグル製品が並んでいる場所だ。
「なら、私も──」
フェルディナンドが口を開いて、途中でわたしを見て止まった。
「……行きますか?」
わたしが聞くと、フェルディナンドはわずかに目を細めた。
「君が構わないなら」
「かまいません」
マルフォイ家に戻った際に家電を見に行く話をすると、グリンデルバルドは目を輝かせた。
「私も行こう」
彼はビルとフラーの結婚式の後、すっかりアーサーさんと仲良くなっていた。
パーシバル・グレイブスという名前を名乗っているらしい。
マグル製品への好奇心も強く、アーサーさんと一緒になって空飛ぶ車をどうにか売り込めないか模索しているという。
「グリンデルバルドさんはやめたほうがいいんじゃないですか?」
「なぜだね」
「脱獄犯ですから」
「バレるわけがない。今も不死鳥の騎士団の誰にもバレていないじゃないか」
「ブラック家の中と外は違いませんか?」
「何も変わらんさ」
そういう問題なのかな。
「トムも行く?」
「興味ない」
トムは本から顔を上げずに言った。トムはわたしがおすすめした『未来の令嬢は自称英雄作家に恋をする』を読んでいる。しっかり読み込んでいて意外だった。
一方のドラコは薬作り生活に明け暮れていた。そのうちマッドサイエンティストになりそうで怖い。
「ロンドンへ行くの? ゲラートさんがいるなら大丈夫でしょうけど、最近物騒よね」
母が少し心配そうに言った。最近マグル世界の治安が悪化しているからだ。
「大丈夫。フェルディナンド先輩が迎えに来てくれるみたいだから」
「なぜ彼が?」
トムが本から顔を上げて聞いた。
「フェルディナンド先輩も興味あるみたいだよ。ついでに数占いの本も貸してくれるって言ってた」
「やっぱり僕も行く」
「え? さっき家電に興味ないって言ってたのに」
「今興味が湧いた」
「……若いっていいわね」
母が急にニコニコし始めて、父は鋭い視線をトムに向けた。
コリンのお父さんに案内されて入った家電店は、わたしにとって妙に懐かしい場所だった。
大きなテレビ。
ラジカセ。
ビデオデッキ。
ゲーム機。
棚には分厚いノートパソコンも並んでいる。
前世で見たなら全部レトロ家電だ。
「うわあ、レトロだ……」
思わず呟くと、隣にいたグリンデルバルドが怪訝そうにこちらを見た。
「レトロ?」
「何でもないです」
危ない。
これ以上聞かれたら面倒だ。
一方、アーサーさんは入店して十分もしないうちに店員さんを捕まえていた。
「この箱の中に映画が入っているんですか?」
「いえ、ビデオテープを入れて──」
「映像を保存できる!? 仕組みを聞いても?」
遠くからでも声が聞こえる。
フレッドとジョージはゲーム売り場からなかなか動かなかった。
「これ、魔法でも作れるな」
「対戦型にしたら売れるぞ」
「爆発させようぜ」
「必要か?」
「爆発は絶対必要だろ」
必要ではないと思う。
トムは興味がないふりをしながら、携帯電話の棚の前に立っていた。
なぜかフェルディナンドもその隣にいる。
二人とも携帯電話を見ているはずなのに、お互いの方が気になっているようにしか見えない。
「それは携帯電話ですよ」
コリンのお父さんが説明した。
「外にいても電話ができるんです」
アーサーさんが飛んできた。
「外でも!?」
「ええ。最近は文字を送れるものもありますよ」
「メッセージとかですか?」
わたしは思わず聞き返した。
「短い文章ですけどね。電話だけじゃなくて、予定を管理したり、メールを読んだりできるものも出てきてます。そのうちもっと小さくなって、一台で色々できるようになるかもしれません」
わたしは端末を見つめた。
まだ分厚く、画面は小さい。
前世のスマートフォンとは似ても似つかない。
でも、わたしは知っている。
この先、本当にそうなる未来を。
「便利だねえ」
アーサーさんは感心したあと、少しだけ残念そうな顔になった。
「だが、魔法界では難しいだろうね。電気製品はホグワーツではまともに動かないし、魔法が強い場所では故障してしまう」
「じゃあ、電気で動かさなければいいんじゃない?」
わたしが言うと、アーサーさんが振り向いた。
「え?」
「携帯電話そのものは無理でも、同じことができればいいんでしょ?」
双方向鏡。
魔法の動く写真。
忍びの地図。
遠くの人と話すものも、映像を残すものも、人の居場所を示すものも、すでに魔法界にある。
ただ、一つになっていないだけだ。
「魔法界にも、携帯電話みたいなのがあったら便利なのに」
「電話だけでいいの?」
コリンが聞いた。
「え?」
「せっかくなら写真も撮れた方がいいよ!」
デニスも頷く。
「そのまま残せたら便利だよね」
「あと地図」
コリンが続けた。
「この前の僕たちみたいに誰かがいなくなったとき、探せるだろ?」
ハーマイオニーのことが頭に浮かんだ。
誰にも伝えないまま、一人で魔法省の地下へ向かったこと。
もし、あのとき自分の居場所を知らせることができていたら。
もし、地下牢の光景を写真に残すことができていたら。
「新聞も読めるようにしよう!」
「新聞?」
「羽ペン通信をそのまま送るの。印刷して配るのを待たなくても、紙面ができたらすぐ読めるでしょ?」
みんなで編集した紙面を、そのまま全員の手元へ届ける。
それなら号外だって、フクロウが到着するまで待たなくていい。
「それなら小説も読めるようにしよう!」
フレッドがこちらを見る。
「急に本が出てきたな」
「新聞が読めるなら本だって読めるよ」
「君らしいな」
フェルディナンドがわずかに笑った。
「文字の表示だけなら、一頁を書き換えるルーン文字の術式にすれば何冊でも収められるだろう」
「本当ですか!?」
思わずフェルディナンドの方へ身体を向ける。
「容量には限界があるだろうが、一冊につき頁を増やす必要はない」
「それならいっぱい読めますね!」
「その程度なら僕も考えていた」
トムがすぐ横から言った。
フェルディナンドが彼を見る。
「なら先に言えばよかっただろう」
何でこの二人は携帯電話の前で喧嘩しているんだろう。
「でも、携帯電話と同じ形じゃなくてもいいよね」
わたしは二人から少し離れて、フレッドとジョージに声をかけた。
「どういうことだ?」
ジョージが尋ねる。
「小さな魔法書みたいな形にしてみようよ」
そこには自分の願望も混ざっていた。
掌に収まるくらいの、小さな本にいろんな魔法が詰まっていたら。
本好きにとっては憧れの魔法書ができてしまう。
「小さな魔法書か」
フレッドが顎に手を当てた。
「両面鏡を仕込めば遠くの人と会話できるぞ」
ジョージが続ける。
「カメラも頁に入れるのがいいな」
「地図はシリウスさんたちに聞こう」
「それなら見るときだけ大きくしてもいいよね」
トムが言った。
「持ち歩くときは掌ほどの大きさにして、新聞や本を読むときに拡大呪文で大きくすればいいんじゃないか?」
「それ最高!」
「あと絶対、ゲームの頁も入れよう」
フレッドが言った。
ジョージも即答した。
「ノームを投げるゲームなんてどうだ?」
「銀ピカ卿を探せもありだな」
双子の中では、もう入れることが決まっているらしい。
「興味深い」
グリンデルバルドが笑った。
「本の次は情報そのものを持ち歩くのか」
グリンデルバルドは棚に並ぶ携帯電話を眺めた。
「君たちは、自分たちが何を作ろうとしているのか、まだ分かっていないらしい」
わたしには、便利な魔法具を作ろうとしているだけに思える。
でも、印刷機が本の数を増やして世界を変えたように、情報が届く速さを変えることも、同じくらい大きなことなのかもしれない。
「名前はどうする?」
フレッドが聞いた。
「もう決めるの?」
「商品は名前からだろ?」
「小さい魔法書なんだから、ポケット・グリモア」
ジョージが言う。
フレッドがほんの一秒考えた。
「じゃあ、略したらポケグリだな!」
「採用」
「早いよ!」
こうして、まだ形すらない魔法の手帳には、開発より先に名前がついた。
ポケット・グリモア。
通称、ポケグリ。
その日の夜、ブラック家へ行くと、わたしたちはさっそく居間に集まった。
ハーマイオニーに家電店で見たものを説明していると、ソファで横になっていたシリウスが途中から身体を起こした。
「待て。今、忍びの地図って言ったか?」
「うん。持ってる人の場所が分かるようなもの。忍びの地図みたいにできたら最高だなと思って」
シリウスの顔が一気に明るくなった。
「それなら俺たちの専門だ」
「やっぱり?」
「人間の居場所を羊皮紙に出すところまでは、学生の頃にやったからな。ジェームズと俺とリーマスで──」
「ピーターもだよ」
ルーピン先生が静かに訂正した。
シリウスは一瞬だけ言葉を止めた。
「……そうだったな」
それ以上は何も言わず、テーブルへ寄ってくる。
「忍びの地図をそのまま小さくするのか?」
「そうしようと思ってたけど」
「そのままは駄目だよ」
ルーピン先生が言った。
「どうして?」
「忍びの地図は、載っている人間の許可を取らないからね」
「あ」
「たとえばフレッドとジョージに、一日中どこにいるか知られてもいいのかい?」
ルーピン先生に言われて、すぐにわたしは首を横に振った。
「絶対嫌。悪戯しかけられまくりじゃん」
「ひどいな、マイン」
「信用しろよ、マイン」
「自業自得よ」
ハーマイオニーが言った。
「位置情報は、見せる相手を本人が決められるようにしましょう。常時表示する必要もないわ」
「面倒だな」
シリウスが言う。
「でも必要だよ」
ルーピン先生は穏やかに言った。
「お前は昔、俺たちと一緒に忍びの地図を作った人間とは思えないくらいまともになったな」
シリウスがルーピン先生に恨めしそうに言った。ルーピン先生は肩をすくめている。
「君が変わらなさすぎるんだ」
「新聞は羽ペン通信の紙面をそのまま送れるようにしたいの」
ハーマイオニーに説明する。
「紙面が完成したら、ポケグリを持ってる人にすぐ届く。号外も、その場で」
ハーマイオニーの表情が変わった。
「それ、絶対に作りましょう」
「やっぱり?」
「絶対に必要よ」
即答だった。
「今回みたいなことが起きても、新聞なら一度に大勢へ伝えられる。誰か一人が忘却呪文を受けても、情報そのものまで消えるわけじゃない」
テーブルの上にある羽ペン通信の号外を見下ろす。
「少なくとも、知っている人を一人ずつ消していけば終わる状況よりずっといい」
そこでハーマイオニーは少し考えた。
「ただ、魔法使いだけで作らない方がいいと思う」
「どうして?」
「今回の発想だって、元はマグルの携帯電話でしょう?」
ハーマイオニーはコリンたちのいる方を見た。
「魔法使いだけで考えたら、魔法界の常識から抜けられないわ」
「じゃあ、コリンのお父さんにも手伝ってもらう?」
わたしが尋ねると、フレッドが眉を上げる。
「マグルを魔法具の開発に入れるのか?」
「秘密保持法に違反するんじゃないか?」
ジョージも首を傾げた。
ハーマイオニーはすぐに答えた。
「少なくとも、禁止する条文は見当たらないわ」
「そうなの?」
「マグル生まれの親は、子どもがホグワーツへ入学する時点で魔法界の存在を知らされるでしょう?」
「うん」
「ダイアゴン横丁にも入れる。魔法使いと話すこともできる。ホグワーツの存在も知っている。必要がある場合には、制度上、魔法界の存在を知らされているマグルなのよ」
「でも、秘密保持法そのものはあるだろ?」
シリウスが聞く。
「もちろん。でも、すでに正式に秘密を知らされている保護者が、魔法界の中だけで使う製品の開発に協力してはいけないという条文は、私が調べた限りでは見つからなかったわ」
ハーマイオニーの口元が少しだけ上がった。
「相変わらず穴だらけね、魔法界の法律は」
「じゃあ、コリンのお父さんにも頼める?」
「ええ。それどころか、もっと大勢に頼めるかもしれない」
「大勢?」
「マグル生まれの家族たちよ」
ハーマイオニーは部屋の向こうを見る。
コリンとデニスがゲーム機をテレビにつなぎ直している。その横ではアーサーさんがまた裏側を覗こうとしていた。
「マイン」
「何?」
「あなたやロンみたいに、生まれたときから魔法界しか知らない人には、たぶん分からないことがあるのよ」
「えっ」
「悪口じゃないわ」
ハーマイオニーがようやく少し笑った。
「あなたたちは、フクロウで手紙を送ることも、暖炉で人と話すことも、ずっとそういうものだと思ってるでしょう?」
「うん」
「だから、それが不便だって気づかないのよ」
言われてみれば、その通りだった。
前世では携帯電話を知っていたはずなのに、今のわたしは手紙が翌日に届いても遅いとは思わなくなっている。
ホグワーツでマグルの機械が使えなくても、普段使っていなければそういうものだと受け入れていた。
「でも、私たちは違う」
ハーマイオニーは自分を指した。
「マグルの世界でできることも、魔法界でできることも知ってる。だから、向こうでは当たり前なのにこっちにはないものも、こっちでは当たり前なのに向こうにはないものも分かる」
グリンデルバルドが壁際から口を挟んだ。
「死喰い人は、それを欠点だと考えている」
「ええ」
「マグルの文化を持ち込む。伝統を理解していない。純粋ではない、と」
「逆よ」
ハーマイオニーはすぐに言った。
声は静かだったけれど、迷いはなかった。
「それが強みなの」
携帯電話のパンフレットを指先で叩く。
「魔法しか知らない人と、マグルの技術しか知らない人。その両方の世界を比べられるのが、マグル生まれなのよ」
少し言葉を切り、新聞の一面に載ったロバーズの写真を見る。
「死喰い人は、マグル生まれが魔法界に余計なものを持ち込むと思ってる」
ハーマイオニーは口元に微笑を浮かべた。
「だったら、持ち込んでやればいいのよ」
魔法界になければ、マグルの世界から持ってくればいい。
そのまま使えないなら、魔法に置き換えればいい。
そして、足りないものがあるなら、新しい頁を足せばいい。