OWL試験の結果が届いた。
朝食を終えたばかりの食堂へ、一羽のふくろうが窓から飛び込んできた。脚には、魔法省試験局の封筒が結びつけられている。
わたしは受け取った封筒をしばらく眺めた。
「開けないのか?」
向かいに座っていたドラコが、トーストにマーマレードを塗りながら聞いてくる。
「開けるよ」
「じゃあ早く開けろよ。見てるこっちが落ち着かない」
「お兄さまの結果じゃないのに?」
「想像はつくが、この目で見たいんだ」
封蝋を剥がして、中の羊皮紙を広げる。
呪文学、O。
変身術、O。
魔法薬学、O。
薬草学、O。
そこまで読んで、一度手が止まった。
続けて確認する。
魔法史、O。
闇の魔術に対する防衛術、O。
天文学、O。
古代ルーン文字、O。
数占い、O。
魔法生物飼育学、O。
マグル学、O。
占い学、O。
「……全部Oだ」
「やっぱりな」
父が新聞から顔を上げ、母も紅茶を置いた。
「全部とは?」
「十二科目、全部Oだったよ」
羊皮紙を差し出すと、父は受け取って上から下まで確認し、それからもう一度上から読み直した。
母は途中からわたしの肩を抱いている。
「まあ、マイン!」
「さすがマルフォイ家の娘だ。誇りに思う」
その日の夕食は、なぜか祝宴になった。
しかも、ちょうど母の恋愛小説『より大きな愛のために』の発売が決まった日と重なった。
食堂には花が飾られ、料理は普段より二皿くらい多く、父は上機嫌でワインを開けた。
「お母さま、発売おめでとうございます」
「ありがとう。ローゼマインもおめでとう」
父はグラスを掲げた。
「ナルシッサの小説発売と、ローゼマインの素晴らしい成績を祝って」
わたしもグラスを持ち上げた。
マルフォイ家と違って、世の中は厳しいものになっていた。
『魔法省、マグル生まれ登録制度を導入へ』
翌朝、羽ペン通信全国版の見出しを読んで、わたしはパンを持ったまま動きを止めた。
記事によれば、政府は国内に住むマグル生まれの魔法使いと魔女を登録し、魔力の出自について調査する方針だという。
さらに別の記事には、ホグワーツへの就学義務化が載っていた。
英国に住む魔法使いと魔女は、原則としてホグワーツに通わなければならない。
ただし、対象になるのは魔法族の血統を確認できた者のみ。
「……ハーマイオニー」
思わず声に出した。
正確には、ハーマイオニーだけではない。
ディーンも、コリンも、デニスも、他のマグル生まれの生徒たちも対象外になる。
羽ペン通信は政府に遠慮していなかった。
『“魔力の窃盗”に根拠なし――魔法省は何を証明したいのか』
『首席生徒も排除対象、教育政策として合理性あるか』
『マグル生まれ登録制度、識者から相次ぐ疑問』
紙面をめくっても、だいたい同じ調子だった。
死喰い人側からすれば、ずいぶん腹立たしい新聞だと思う。
でも理由には心当たりがある。
羽ペン通信の大口スポンサーはブラック家とマルフォイ家だ。
そして今、その両方が不死鳥の騎士団側にいる。
死喰い人も記者たちを思うようには動かせなかったのだろう。
以前なら圧力をかけられた記者も、今は遠慮なく魔法省を叩いている。
スポンサーというのは大事らしい。
新聞の自由は、ときどき財布によって守られる。
ハーマイオニーにポケグリを繋ぐと、案の定、ものすごく怒っていた。
『わたし、首席だったのよ』
「うん」
『去年の成績も、今年の履修資格も、何の問題もないのに』
「うん」
『なのにマグル生まれだから学校へ来るなって、どういう理屈なの?!』
声が大きくなったので、わたしはポケグリを少し顔から離した。
ハーマイオニーたちは、引き続きブラック家で保護されることになっている。
安全を考えれば当然だ。
本人は全然納得していなかった。
『でも授業は受けるわ』
「どうやって?」
『ハリーかロンのポケグリを繋いでもらう』
「授業中ずっと?」
『そうよ』
「先生に怒られない?」
『わたしを学校から締め出した方が悪いでしょう』
強い。
『黒板が見える位置に置いてもらえばいいし、質問があれば代わりに聞いてもらうわ。課題も提出する』
「ロンだと途中でポケグリを伏せそう」
『じゃあハリーにお願いする』
「即決だね」
『どうしても必要ならロンでもいいけど』
どうしても必要なら、というところに何か含みを感じたけれど、わたしは聞かなかった。
たぶん授業は受けられる。
少なくとも、ハーマイオニーが諦める未来だけは想像できなかった。
数日後、ホグワーツから新学期の教科書リストが届いた。
わたしはこの封筒が好きだ。
新しい本が何冊も必要だと正式に言われる。
買わなければならない。
しかも学校の指示だから、誰にも文句を言われない。
かなり良い制度だと思う。
一冊ずつ確認していく。
六年生用の魔法薬学。
変身術。
呪文学。
古代ルーン文字。
そして、見覚えのない題名が並んでいた。
『実践闇魔術』
『呪詛と苦痛』
『攻撃魔法体系――基礎から応用まで』
わたしは紙を持ったまま、ドラコを見た。
ドラコもこちらを見た。
「……闇の魔術の本だよね」
「どう見てもな」
「闇の魔術に対する防衛術の教科書欄にある」
「防衛する気がないな」
どうやら今年は、闇の魔術に対する防衛術で闇の魔術そのものを教えるらしい。
わたしはもう一度題名を見た。
『攻撃魔法体系――基礎から応用まで』
「ちょっと気になる」
「やめろ」
「まだ読んでないよ」
「その顔でろくなことになった試しがない」
「教科書だよ?」
「闇の魔術のな」
確かに危険そうではある。
でも、体系的にまとめられた闇の魔術の教科書なんて、普通の書店にはまず並ばない。
学校指定なら合法的に買える。
教科書リストでもう一つ変わっていたのは、マグル学だった。
『マグル社会の危険性』
『魔法族の歴史とマグルによる迫害』
「これもひどいね」
*
九月一日のキングズ・クロス駅は、去年までより広く感じた。
九と四分の三番線には、いつものホグワーツ特急が停まっている。
でも、人が明らかにいつもより少ない。
いつもなら家族と荷物と生徒で埋まっているホームに、目立つほど空間ができていた。
「マグル生まれがいないからかな」
わたしが言うと、父が首を振った。
「それだけではない。国外へ出た家も多いらしい」
「学校が義務になったから逃げるの?」
「義務になったからこそ、だろうな」
ヴォルデモートが校長になる学校へ、自分の子どもを通わせたくない。
そう考えた家族が、英国そのものを離れているらしい。
ホームにいる一年生たちも、去年までとは少し違った。
初めて見るホグワーツ特急に目を輝かせている子はいる。
でも、親の手をいつまでも離さない子も多かった。
これから魔法学校へ行くというより、どこか知らない場所へ預けられるような顔をしている。
列車が動き出してしばらくすると、わたしは監督生としてパドマと一緒に車内を見回った。
コンパートメントも空きが目立つ。
「ここも誰もいないね」
「去年なら探さないと空いているコンパートメントが見つからなかったのに」
パドマが言った。
低学年の様子を確認しながら次の車両へ移ろうとしたところで、通路の向こうに大柄な男が二人立っているのが見えた。
どちらも生徒でも教師でもない。
片方は顔に深い傷があり、もう片方は妙に鋭い目つきをしている。
「お前たち」
傷のある男が言った。
「コンパートメントへ戻れ」
「監督生なので見回りを――」
「戻れ」
有無を言わせない声だった。
隣でパドマが小さく息を呑んだ。
「アントニン・ドロホフと、オーガスタス・ルックウッドだわ」
「知ってるの?」
「記事で読んだことがある。二人ともアズカバンにいたはずよ」
どうやらアズカバンは、もう牢獄としてまともに機能していないらしい。
バーティ・クラウチ・ジュニアも、もうとっくに外に出ている可能性がある。
二人の死喰い人は、コンパートメントを一つずつ確認していた。
生徒の顔を見て、名前を聞き、何かの名簿と照合している。
「マグル生まれが乗ってないか見てるんだ」
わたしが呟くと、パドマが頷いた。
そのとき、少し先で大きな物音がした。
「離せ!」
高い声が響く。
見ると、小柄な男の子が死喰い人に向かって突進していた。
どう見ても一年生だ。
十一歳くらいの子が、自分より二倍近く大きな男へ体当たりしている。
「何してるの、あの子」
「勇敢なのか無謀なのか判断に困るわね」
パドマの感想にわたしも同意した。
死喰い人が少年を突き飛ばした。
少年は床に倒れたが、すぐに起き上がろうとする。
「生意気なガキだ」
ルックウッドが杖を向けた。
「クルーシ――」
「エクスペリアームス!」
その声とほぼ同時に、別の杖がルックウッドの杖を弾いた。
ハリーだった。
ロンとドラコも後ろから来ている。
「一年生相手に何してるんだ!」
ハリーの顔は真っ赤だった。
本気で怒っている。
ドロホフが目を細めた。
「……ハリー・ポッターか」
それから、口元だけで笑った。
「よく戻ってきたな」
「戻ってきたら悪いか」
「いや。むしろ歓迎する」
「その歓迎が一年生へのクルーシオなら、誕生日にはアバダケダブラでも唱えるのか?」
ハリーは杖を下ろさなかった。
ドロホフも下ろさない。
その間に割って入るように、後ろから軽快な舌打ちが聞こえた。
「チッチッチッ。暴力はダメだよ、ハリー」
この状況にまったく似合わない、妙に朗らかな声だった。
艶のある金髪。白い歯。
仕立ての良い青いローブ。
そして、自分が登場した瞬間に全員の視線が集まることを当然だと思っている顔。
「……ロックハート先生」
ギルデロイ・ロックハートが、以前と変わらない笑顔で立っていた。
「久しぶりだね」
「どうしてここにいるんですか」
「それはもちろん、生徒たちの安全のためさ」
安全という言葉の意味を辞書で確認したくなった。
ハリーはロックハートを睨んだ。
「安全? 今こいつらが一年生に磔の呪文を使おうとしてたんだぞ!」
「だから私が止めたじゃないか」
ハリーが一歩踏み出す。
ロンが肩を掴んだ。
「ハリー、今ここでやるな」
「でも――」
「一年生がいる」
その言葉で、ハリーはようやく足を止めた。
ロックハートは何事もなかったように車内を見回した。
「ところで」
笑顔のまま、こちらを一人ずつ確認する。
「ハーマイオニー・グレンジャーは来ていないようだね」
ハリーの表情がさらに険しくなった。
「来られなくしたのはそっちだろ」
「確認しただけさ」
ロックハートは肩をすくめた。
ドロホフたちも名簿に何かを書き込むと、それ以上は何もせずに次の車両へ移っていった。
ロックハートも後を追う。
「それじゃあ、良い旅を!」
去り際まで爽やかだった。
わたしはしばらく、その背中を見送った。
「なんであの人、敵側にいてもあんなにロックハートなんだろう」
「知らない」
ドラコが即答した。
床に倒れていた一年生へ目を戻す。
ハリーがしゃがみ込んで、少年の肩を確認していた。
「怪我は?」
「ない」
少年はむっとした顔で答えた。
怖がっているというより、まだ死喰い人を追いかけたそうに見える。
「無茶するなよ」
ハリーが言う。
「あいつらが僕の父さんを殺したんだ! 僕は見た!」
わたしたちは思わず顔を見合わせた。
「君、名前は?」
ハリーが聞くと、少年は少しだけ胸を張った。
「ルーファス・スクリムジョール・ジュニア。ルーファス・スクリムジョールの息子だ」
少年はまっすぐこちらを見た。