本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:パラプリュイ

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更新遅れました!少し短めです。


138話 魔法使いとマグル

 図書室のカウンターの前には本の山ができていた。

 戦争史、航空技術、通信、映画、広告、自動車産業、料理、建築、音楽。分厚い専門書の間には小説まで混じっている。

 

 その山の向こうに、パーシバル・グレイブス先生が立っていた。

 

「……何してるんですか?」

 

 近づいて背表紙を読む。

 

『第二次世界大戦』

『核兵器と冷戦』

『航空技術の百年』

『ラジオと大衆社会』

『アメリカ映画史』

『自動車産業の発展』

『家庭料理の変化』

『ジャズの歴史』

 

 どれも気になる。

 

 わたしが一冊へ手を伸ばすより早く、マダム・ピンスが間に入った。

 

「まだです、ミス・マルフォイ」

 

「まだ?」

 

「こちらは蔵書ではありません」

 

 マダム・ピンスは本の山を警戒するように見た。

 

「グレイブス先生。これだけの本を図書室へ入れるのであれば、校長の許可が必要です」

 

「授業に使うだけだ」

 

「教室へ持ち込むことと、蔵書に加えることは別です」

 

「生徒自身に調べさせたい」

 

「でしたら、なおさら正式な手続きを」

 

 グレイブス先生が黙った。

 世界の秩序を変えようとした人物が、学校図書館へ本を入れるために許可を求められている。

 ちょっと面白い。

 

「許可を取ればいいんじゃないですか?」

 

「君までそちらにつくのか」

 

「本が図書室に入るなら、どっちでもいいです」

 

「君は一貫しているな」

 

 マダム・ピンスは一冊を抜き取った。

 

「それにしても、ずいぶん雑多ですね」

 

「戦争だけ調べて、マグルを理解した気になる方が愚かだ」

 

 グレイブス先生は何でもないように答えた。

 

「何を食べ、何を読み、何を聞き、何を欲しがり、何を恐れるのか。それも文明だ」

 

 映画史、広告、自動車産業。

 最後に戦争史の本を指す。

 

「戦争はその一部にすぎない」

 

 マダム・ピンスが今度は小説を持ち上げた。『嵐が丘』だ。

 

「こんな恋愛小説まで必要ですか?」

 

「恋愛も文化だろう」

 

「授業で?」

 

「人間が何を理想とし、何に執着するかを知る資料にはなる」

 

「わたし、それ読みました」

 

 思わず口を挟む。

 先生がこちらを向いた。

 

「どうだった」

 

「みんな、もっと話し合えばよかったと思います」

 

 少し間があった。

 

「……非常に君らしい感想だ」

 

 なぜだろう。

 ちゃんと読んだのに。

 

 結局、本はその場で蔵書にはできず、グレイブス先生は校長の許可を取ることになった。

 

 先生は何冊か抱えて図書室を出ていく。

 

「先生」

 

「なんだ」

 

「授業で小説は?」

 

「今回は使わん」

 

「残念です」

 

 

 

*

 

 

 マグル学の教室へ向かいながら、ポケグリを開いた。

 表紙のルーンが淡く光り、ページにコリンの顔が浮かぶ。

 

『おはよう』

 

「おはよう。もう準備できてる?」

 

『いつでも』

 

 本来なら同じ学年のわたしやジニーと一緒に歩いているはずなのに、マグル生まれのコリンは今、ホグワーツへ来ることができない。

 

 今日もポケグリ越しに授業へ参加するのだ。

 

「コリン、今までのマグル学ってどうだった?」

 

『面白かったよ』

 

 返事は早かった。

 

『みんなが電話とか電池を見て、本気で悩んでるのを見るのは』

 

「授業内容は?」

 

『それは……まあ』

 

 コリンが少し考える。

 

『家で使ってたものの説明を、もう一回聞く感じかな。電話は遠くの人と話す道具です、とか、自動車は人や荷物を運びます、とか』

 

「そうだよね。だからマグル生まれの受講者が少ないんだろうな」

 

 ジニーが横から画面を覗き込んだ。

 

「マグル生まれにはそんなに簡単だったのね」

 

『簡単っていうより、自分の日常が教材になってる感じ。面白くはあるけど、知らないことはあんまりなかった。おかげさまでOWL試験でOが取れて良かったけど』

 

 なるほど。

 純血の生徒にとっては異文化の授業でも、コリンにとっては見慣れた生活の説明なのだ。

 

「でも今日は違うと思う」

 

『なんで?』

 

「グレイブス先生が図書室にマグルの本を大量に持ち込んでた」

 

『何の本?』

 

「戦争、核兵器、飛行機、通信、映画、広告、自動車、料理、音楽、恋愛小説」

 

 コリンの眉が上がった。

 

『最後だけ急に違わない?』

 

「文化資料だって」

 

 ジニーが首を傾げる。

 

「マグル学で何するつもりなのよ」

 

『少なくとも、電話の使い方じゃなさそうだね』

 

 教室の前へ着いた。

 

「今入るね」

 

『うん』

 

 扉を開ける。

 

 黒板には大きく二つ。

 

『魔法』

 

『技術』

 

 教壇には電話、ラジオ、新聞、カメラ。

 そして拳銃。

 その後ろには、巨大なきのこ雲の写真が貼られていた。

 

 ジニーが足を止める。

 

「……ずいぶん本気ね」

 

『何があるの?』

 

 わたしは黙ってポケグリを教壇へ向けた。

 

 数秒後。

 

『あ』

 

 コリンも黙った。

 

 少なくとも今日は、知っていることをもう一度聞くだけの授業ではなさそうだった。

 

「初回の授業よね?」

 

 ジニーが確認するように言った。

 

「先生が先生だから」

 

「そう。お手並み拝見ね」

 

 ルーナとアストリアも席についたところで、扉が閉まった。

 

 グレイブス先生が教室へ入ってくる。

 

 世界征服を企んだ人が、今は出席簿を持ってマグル学を教えている。

 人生は分からない。

 

 先生はわたしの机で目を止めた。

 

「それは?」

 

「コリンです。マグル生まれはホグワーツに通えないんですが、ポケグリで授業を一緒に受けます。いいでしょうか」

 

『コリン・クリービーです』

 

 先生は画面を一瞥した。

 

「構わん。発言するときは挙手しろ。課題も提出すれば見てやる」

 

 先生は黒板の『魔法』を杖先で叩いた。

 

「さて。初回の授業だから皆がどこまで学んできたのか確認しよう。マグルと魔法族の最大の違いを分かる者は?」

 

 アストリアが答える。

 

「魔法を使えるかどうかです」

 

「その通り」

 

 黒板に文字が増えた。

 

『魔法族――魔法を使える』

 

『マグル――魔法を使えない』

 

「我々なら、暗ければ光を出す。寒ければ火を出す。遠くへ行きたければ箒や姿現しを使う」

 

 先生は教壇の電話を持ち上げた。

 

「マグルには、それができない」

 

 受話器を置き、ラジオを指す。

 

「だからそのための道具を作った」

 

 黒板に電話、飛行機、電球、自動車の絵が次々と現れた。

 

「声を遠くへ届ける。空を飛ぶ。夜を明るくする。重い物を動かす」

 

 ルーナが手を挙げた。

 

「魔法の代わりですか?」

 

「正確には違う」

 

 先生は黒板に『結果』と書いた。

 

「彼らは魔法を使えるようになったのではない。魔法で得られる結果へ、別の方法で辿り着いた」

 

 なるほど。

 

「そして、マグル文明の強みは発明そのものではない」

 

 黒板に三つの言葉が並ぶ。

 

『大量生産』

 

『共有』

 

『速度』

 

「作ったものを他人にも使わせる。大量に作る。改良する。情報を広げる」

 

 先生の杖先がわたしのポケグリを指した。

 

「君たちのそれも、考え方としては近い」

 

『僕、学校にいないのに授業聞けてます』

 

 コリンが言う。

 

「そういうことだ」

 

 先生は頷いた。

 

「魔法使いは個人が能力を持つ。マグルは、仕組みに能力を持たせる」

 

 黒板に飛行機の写真が現れる。

 

「魔法使いは昔から空を飛べた。マグルは飛べなかった」

 

 先生は少し間を置いた。

 

「だから、誰でも空を飛べる仕組みを作った」

 

 アストリアが写真を見上げる。

 

「箒の方が簡単では?」

 

「一人ならな。では、魔力のない三百人をまとめて大西洋の向こうへ運べと言われたら?」

 

「……無理ですね」

 

「飛行機ならできる」

 

 ジニーが感心したように写真を見た。

 

「魔法が便利すぎるから、作る必要がなかったってこと?」

 

「その面もある」

 

 先生の口元がわずかに上がる。

 

「不便は発明の動機になる」

 

 それはちょっと分かる気がした。

 読みたい本が手元になければ、取り寄せる方法を考える。それでも届くのが遅ければ、もっと早く届く方法が欲しくなる。

不便が一つなくなれば、今度は次の不便が気になるのだ。

 

「次だ」

 

 先生が教壇の拳銃へ手を伸ばした。

 教室の空気が変わる。

 

「銃」

 

 わたしが呟く。

 

「そうだ」

 

 先生はそれを持ち上げた。

 

「マグルには攻撃呪文がない。だから、自分の身体能力を超えた攻撃力を道具に持たせた」

 

 ルーナが首を傾げる。

 

「杖より強いんですか?」

 

「条件による」

 

 先生は即答した。

 

「優秀な魔法使い一人と、銃を持ったマグル一人なら、魔法使いが勝つだろう」

 

 黒板に人影が増える。

 

「では十人なら?」

 

 さらに増える。

 

「百人なら?」

 

 誰も答えない。

 

「重要なのは一人の強さではない」

 

 先生は拳銃を机へ戻した。

 

「銃は工場で作れる」

 

 黒板に『産業』。

 

「魔力は不要。血統も不要。一定の訓練さえあれば使える。子どもでも使おうと思えば使えるだろう。そして、作った数だけ存在する」

 

 アストリアが眉を寄せた。

 

「強い人を増やすのではなく、強い道具を増やす……」

 

「その通り」

 

 先生が満足そうに頷く。

 

「だが、銃はまだ個人用の武器だ」

 

 杖が動く。

 きのこ雲の写真が黒板いっぱいに広がった。

 

「一九四五年。マグルは原子爆弾を実戦で使用した」

 

 さっきまでの軽い空気が消えた。

 

「街がこれ一つで?」

 

 アストリアが聞く。

 

「都市の広い範囲を破壊した」

 

「広島と長崎ですね」

 

 わたしが言うと、先生が頷いた。

 

「そうだ」

 

 ジニーがきのこ雲を見上げる。

 

「魔法でも、そんなことできるの?」

 

「強力な魔法使いなら、大きな破壊を起こすことはできるだろう」

 

 先生は淡々と答えた。

 

「だが、それは個人の力だ」

 

 黒板に新しい言葉が並ぶ。

 

『研究』

 

『工業』

 

『国家』

 

『組織』

 

「原子爆弾は、一人の天才が杖を振って完成したものではない。多数の人間、工場、資金、物資が一つの目的へ集められて作られた」

 

 先生はその図を見上げた。

 

「私は、この点を高く評価している」

 

 先生は黒板に年代を書いた。

 

『1899』

 

「昔、マグルは空を飛べなかった」

 

『1945』

 

「半世紀も経たず、都市を破壊する兵器を作った」

 

『1969』

 

 月面に立つ宇宙飛行士の写真。

 

「さらに二十四年後、月へ行った」

 

「月まで?」

 

 アストリアが目を丸くした。

 

「何をしに?」

 

 ジニーが吹き出した。

 

「それはちょっと分かる」

 

「行けるようになったから行ったんじゃない?」

 

「マインらしい答えね」

 

「それから百年もない」

 

 教室を振り返る。

 

「その間に、マグルは飛行機、電話、テレビ、コンピューター、核兵器、宇宙開発まで辿り着いた」

 

 そこで先生は問いかけた。

 

「では、同じ期間に魔法界はどれほど変わった?」

 

 誰もすぐには答えなかった。

 

 箒は速くなった。

 魔法薬だって進歩している。

 でも、それを月面着陸や通信網と並べると、急に小さく見える。

 

「魔法使いの方が強いでしょう」

 

 後ろから声が上がった。

 

「一人ずつ比べれば、そうかもしれない」

 

 先生はあっさり認めた。

 

「私も昔は、それで十分だと思っていた」

 

 少しだけ教室が静かになる。

 

「一人の魔法使いが一人のマグルより強い。ならば魔法族の方が優れている」

 

 グレイブス先生は黒板に二つの言葉を書いた。

 

『個人』

 

『文明』

 

「だが、それは同じではない」

 

 声は穏やかだった。

 

「文明の力は決闘では測れない」

 

 コリンが画面の向こうで手を挙げた。

 

『先生。じゃあ今は、マグルの方が強いと思ってるんですか?』

 

「弱いとは思っていない」

 

 先生は答えた。

 

「それだけでも、昔とはずいぶん違う」

 

「昔は弱いと思ってたんですか?」

 

 ジニーが聞く。

 

「危険だとは思っていた」

 

「今は?」

 

「今も危険だ」

 

「変わってないじゃないですか」

 

「違う」

 

 先生の口元に微かな笑みが浮かぶ。

 

「昔は、危険だから管理すべきだと思っていた」

 

 教室が止まった。

 ジニーがゆっくり手を挙げる。

 

「今は?」

 

「支配する必要はない」

 

「おお」

 

 わたしは少し感心した。

 

「ただし、監視は必要だ」

 

「先生!」

 

 一瞬で台無しになった。

 

「核兵器を持つ文明を観察するのは当然だろう」

 

 ルーナがのんびり手を挙げた。

 

「先生はマグルと仲良くしたいんですか?」

 

 先生が黙る。

 今日初めて、少し困った顔をした。

 

「……私はそういうことに向いていない」

 

 それは知っている。

 

「だが、知らない相手を侮ることは、もうしない」

 

 先生は黒板の文字をすべて消した。

 最後に一つだけ残す。

 

『知ること』

 

「マグルを好きになる必要はない。尊敬しろとも言わない」

 

 教室を見渡す。

 

「ただ、侮るな」

 

 それまでの軽いやり取りが消えた。

 

「自分より弱いと決めつけた相手が、何を作り、どれほど速く変化しているかを知らないままでいるのは危険だ」

 

 一度、言葉を切る。

 

「それは私が、よく知っている」

 

 鐘が鳴った。

 

 少し格好よく終わった。

 

 と思ったら、それで終わらなかった。

 

「課題を出す」

 

 教室中から呻き声が上がった。

 

「マグルの技術を一つ選べ。なぜ作られたか。魔法ならどう解決するか。そして、普及したことで社会がどう変わったかを調べろ」

 

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