本好きの魔女を読む
記者:コウタ・オオニシ
ダンブルドア元校長に「本好きの魔女」と呼ばれたローゼマイン・マルフォイ。
彼女はなぜ、これほどまでに多くの人を巻き込み、本を作り、新聞を作り、ときには魔法界そのものを動かしてきたのか。
本連載では、彼女をよく知る人物に同じ質問を投げかけ、その証言から「本好きの魔女」の実像を読み解いていく。
なお、証言者の氏名は原則として伏せる。注釈は兄のドラコ・マルフォイ氏が担当する。
──本好きの魔女を一言で表すと?
「ひびの入った瓶に、必要量の十倍まで煮詰めた魔力増幅薬を限界まで詰め込み、栓が飛ばないことを祈りながら持ち歩いているような生徒だ。本人だけは、それを極めて正常な保存方法だと思っている」
最初の証言から、本好きの魔女の非凡さがよく分かる。
通常の十倍まで煮詰めた魔力増幅薬と評されるほどに強い力を持ちながら、それを当然のこととして受け入れている。自らの才能をひけらかすことなく日常を送る姿勢は、彼女の謙虚さを象徴していると言えるだろう。
ドラコ注:魔力増幅薬の解釈が甘い。十倍濃縮を才能の比喩として読むあたり、さぞかし魔法薬学の成績が良かったんだろう。
──一番評価しているところは?
「分からないことを、分かったふりはしない。その点だけは評価できる。もっとも、一つ理解するたびに新たな疑問をいくつも見つけ、そのすべてを教師へ持ち込む前に本を読んで解決しようとする習性まで評価するつもりはない」
本好きの魔女が単なる読書家ではなく、自ら学び続ける探究者であることを示す証言ではないだろうか。
本を読む習性については評価するまでもなく素晴らしい行いだと評している。
ドラコ注:アーニーだけだと思っていたが、ハッフルパフには、事実を並べて正反対の結論を出す授業でもあるのか?
──彼女に一冊、本を勧めるなら?
「『眠りの水薬大全──夢なき眠りから深眠薬まで』。ただし、彼女の場合、効能より調合法に興味を持ち、眠るどころか夜通し読み続ける可能性があるため、誰かが読み聞かせ、適当なところで本を取り上げることを推奨する」
本好きの魔女に薦める一冊として、証言者が選んだのは高度な魔法薬学の専門書だった。
高度な魔法薬学を学ぶ彼女に、さらなる専門知識を身につけてほしいという期待の表れだろう。
読み聞かせまで提案しているところからも、長年教えてきた生徒への細やかな配慮が感じられる。
ドラコ注:たとえ毒の本を薦められても「長生きしてほしいという願い」と書くんだろうな。
──本人に一言。
「本は明日も存在する。図書室も逃げない。未読の本が一晩で消滅することもない。したがって、体調が悪い時くらいは本を閉じ、食事を取り、薬を飲み、寝ろ」
長い間本好きの魔女を見守ってきた教師の思いが凝縮されている。
どれほど知識を求めても、それを支える身体がなければ次の一冊を読むことはできない。学ぶことと生きること、その両方を大切にしてほしいという、厳しくも温かな助言である。
ドラコ注:たぶん本人は本当に未読の本が一晩で消滅することがないのかを確認するために、今日も図書室へ行く。
*
ダンブルドア先生の連載と同時掲載された『本好きの魔女を読む』は、その日の昼までに、ポケグリの羽ペン通信ページで最も読まれている記事の一つになっていた。
図書室の窓際で、わたしはポケグリを開いた。
ホグワーツのページではなぜか文句を言うコメントが流れていた。
OWLから逃げたい:ずいぶん穏当な記事だったな。ダンブルドアは数年前の防衛術の騒動を忘れたのか? まね妖怪相手にバジリスクを出した魔女だぞ。
ポケグリ中毒:ひえー、あれってまじだったのか。さすが恋愛小説を銀トムに勧める女は違うね。
黒猫:本好きの魔女もだけど、魔法書研究会の面子豪華過ぎる。
ハリー・ポッターは生き残った男の子だろ? ロン・ウィーズリーは『つまり、ハリー・ポッターは本当に英雄なのか?』著者。パドマ・パチルは羽ペン通信ホグワーツ版編集長だ。ロメルダ・ベインといえば恋愛沙汰を嗅ぎつければ絶対に逃さない恋愛コラム女王だし、アーニー・マクミランは愛すべき推理バカだ。
わたしはそこまで読んで少しだけ笑った。
魔法書研究会のメンバーは妙に有名になってきている。
でも、最初からこうだったわけではない。
ハリーは英雄になりたくて研究会に来たわけではないし、ロンも本を書くつもりなどなかった。
パドマもロメルダも、最初はただ本が好きで入っただけだったはずだ。
父からポケグリの連絡が入ったのは、夕食後に図書室から戻ったところだった。
表紙に刻まれたルーン文字が青く光っている。開くと父の顔が映り、その後ろには母もいた。
「マグル向けの出版社についてだが」
父は机の上に何枚かの羊皮紙を広げていた。
「名称を決めたい。マルフォイの名を前面に出すわけにもいかん」
「マルフォイ家はマグルには知られてないでしょう?」
「知られていないからといって使っていい理由にはならん」
もっともらしい。
わたしは椅子に座り、少し考えた。
マグルの世界で本を売る。
魔法界の本を、そのまま持ち込むわけではない。魔法が存在しないことになっている世界で、物語として読んでもらう。
それなら、名前もマグルに通じるものがいい。
「グーテンベルク出版は?」
父が眉を上げた。
「グーテンベルク?」
「マグルの印刷の歴史で有名な人の名前。活版印刷を広めた人だよ。本をたくさんの人に届けられるようになった」
「なるほど」
父は意外にも素直に頷いた。
「悪くない」
そこで、わたしは気づいた。
「あ」
「何だ」
「前にシリウスさんにつけた名前と同じだ」
父の表情が変わった。
「……あの薄汚い犬と同じ名前か」
「犬じゃなくてシリウスだよ」
「どっちも同じだ」
それはそうだけど。
シリウス・ブラックを本当にただの黒い犬だと思っていた頃、わたしは一時期、彼をグーテンベルクと呼んでいた。
マルフォイ家とブラック家が険悪な関係になりかけたのも今となっては懐かしい話だ。
「でも、出版社にはぴったりだと思うから変えたくない」
「名前そのものに異論はない」
父は言った。
「犬を思い出すのが気に入らんだけだ」
「ちょうどいいじゃない!」
それまで黙っていた母が口を挟んだ。
父とわたしが同時に母を見る。
「お母さま、何のこと?」
「シンボルよ。黒い犬にしましょう」
父の眉間に皺が寄った。
「待て、何の話だ?」
「あら、『薔薇色の惚れ薬は二度効く』にも出てくるでしょう? 舞踏会や夜会になると、なぜか庭先に現れる黒い犬」
「あれ、シリウスさんだったの?!」
『薔薇色の惚れ薬は二度効く』の中で主人公は舞踏会を抜け出す時にたまに黒い犬に遭遇する。黒い犬といえばグリムという話が有名なので、主人公は死が迎えに来たのかもしれないと思いながらも恐れずに撫でるのだ。
小説の最後の方で主人公の祖母が亡くなり、あの黒い犬は祖母を迎えに来ていたのだと判明する。
「今思うとそうかもしれないわ。でも、そんなことはいいのよ。本当はあの犬を本の表紙に使いたかったのだけれど、編集者にグリムは縁起が悪いって言われてしまったの。でも、マグルには関係ないのでしょう?」
母は楽しそうだった。
父は何か言い返そうとしたけれど、すでに母は羊皮紙を一枚引き寄せていた。
「本を咥えている犬なんてどうかしら」
「ナルシッサ」
「むしろ薔薇を持たせようかしら?」
「やめろ」
その数日後、母の説得と熱意におされて本当にグーテンベルク出版のロゴは、薔薇をくわえた黒い犬になった。
母はよくマグルの書店に足を運ぶようになった。本を売るにはまず書店員を味方につける必要があるらしい。
「今までナルシッサは純血主義だと思っていた。まさかここまで熱心に動くとは」
「あら、恋愛小説は別でしょう?」
努力の甲斐があり、母が書いた恋愛小説は英国中で発売されると口コミ効果で初日からよく売れたという。
ハーマイオニーからポケグリのメッセージが来たのは、母から増刷の報告を受けた後だった。
『マイン、ホグワーツのページ見た?』
羽ペン通信のホグワーツページでは、授業の感想や寮対抗戦の予想に混じって、一つの書き込みが急速に伸びていた。
黒猫:ジェドゥソール先生、銀トムと揉めて辞めるらしい。
その下には、まだ詳しい事情を知らない生徒たちの推測が続いている。
パンプキンパイ:揉めそうにないタイプなのに意外かも。
黒猫:なんでも、銀トムを怒らせたから辞めさせられるって聞いた。
動く階段恐怖症:銀トム、ジェドゥソール先生と同じ名前なのが気に食わないのかな。
わたしが読み進めていると、ハーマイオニーから新しい文字が浮かんだ。
『また黒猫だわ』
「また?」
『この人、よく見るのよ。何か起こると羽ペン通信より先に書き込んでるわ』
「情報通なの?」
『かなりね。誰なのか全然分からないけど』
羽ペン通信より早い。
それはなかなかすごい。
ただ、今は黒猫の正体よりトムの方が気になった。
「何があったんだろう」
わたしは残っていたパンを急いで食べ、トムの部屋へ向かった。
トムの部屋へ続く廊下を曲がったところで、見慣れた黒髪が見えた。
「ハリー?」
振り返ったハリーも、少し驚いた顔をした。
「マイン」
「どうしたの?」
「それ、君が聞く?」
ハリーがわたしの手にあるポケグリを見た。
「……トムのこと?」
「うん。噂を見たんだ」
「わたしも」
どうやら目的は同じらしい。
二人でトムの部屋へ行くと、扉は開いていた。
中ではトムが荷物をまとめていた。
本が数冊、机の上に積まれ、黒い鞄が開かれている。
「本当に辞めるの?」
わたしが訊くと、トムはこちらを見た。
「早いな」
「黒猫が書いてた」
「誰だ、それ」
「情報通の人らしいよ」
「僕より先に僕の退職を知っているなら、確かに優秀だね」
いつもの調子で言ったあと、トムは鞄へ本を一冊入れた。
「僕が人間になったことがあの男にバレた」
「……それで?」
「クビになった」
あまりに簡単に言われて、一瞬意味が追いつかなかった。
「日記の中にいるだけなら、あいつにとって僕は過去だ。多少勝手なことをしても、最後には自分へ戻る魂の一部だったとあの男は信じていた」
トムは鞄の留め具を閉じた。
「でも今は違う。僕は『トム・リドルの日記』を書いて、あの男の本名を世間にバラした」
トムは日記から切り離されて、一人の人間になった。
ヴォルデモートとは別の魂として生きているのだ。
「あいつは君を警戒してるの?」
ハリーが訊いた。
「そういうことだ」
トムはわずかに笑った。
「僕が自分を殺すかもしれないと思っている。あるいは、僕が存在していること自体が、自分が倒される可能性の証明に見えるんだろう」
「でも、どうして今?」
「予言を忘れたのか?」
トムは机にもたれ、ゆっくり口にした。
「『闇の帝王を打ち破る力を持つ者が近づいている』」
ハリーの表情がこわばった。
「『七月の終わりに、彼に三度抗った者たちから生まれる。闇の帝王はその者を敵と定め、印を刻むだろう。されど彼は帝王の知らぬ力を宿す』」
ハリーの額の傷。
ヴォルデモートが自ら敵と定めた、生き残った男の子。
「『印された者は名を奪われ、偽りの英雄となる』」
ハリーは何も言わなかった。
ハリーは一度、ハリー・ポッターという名を奪われた。ロックハート先生に記憶を弄られてヘンリー・ポーターとして生きていたのだ。
しかし、記憶を取り戻して、また自分の名前へ戻った。
「『されど、真の名は失われない』」
トムはそこで少しだけ間を置いた。
「『真の名が取り戻される時、闇の帝王は打ち倒される』」
わたしはトムを見る。
真の名を取り戻したのは、ハリーだけではない。
「トム・リドルも予言にあった真の名なんだね」
口にすると、トムがわたしを見た。
ヴォルデモート。
闇の帝王。
白銀卿。
ずっと別の名前で呼ばれてきた人が、今はまたトム・リドルとして知られるようになった。
「そう」
トムが言った。
「ハリーは記憶を取り戻して、ハリー・ポッターに戻った。あいつもまた、僕たちが散々トム・リドルという名前を広めたせいで、自分の本当の名前から逃げられなくなった」
予言の最後が頭に浮かぶ。
『それまでは、印された者も、闇の帝王も、真に己として生きることはできない』
ハリーとヴォルデモート。
二人とも名前を取り戻した。
だから、闇の帝王は打ち倒されるかもしれない。
トムはハリーへ向き直った。
「覚悟はできてるのか?」
ハリーは答えなかった。
代わりに、ポケットへ手を入れた。
取り出したのは、小さな金色の球だった。
クィディッチで使う金のスニッチ。
ハリーがダンブルドア先生からもらった遺品だ。
ハリーがスニッチに口づけをすると、そこには細い文字が刻まれていた。
『私は終わるときに開く』
トムの顔から表情が消え、眉間に深い皺が寄った。
トムはスニッチを睨んだまま、低い声で言った。
「僕には生きろと言っておいて、ハリーには死ねと言うのか」
トムは唇を震わせて怒っていた。机の端を掴んだ指に力が入っているのが分かった。
「まだ、そうと決まったわけじゃないよ。ダンブルドア先生にも何か考えがあったのかも」
わたしが言うと、トムはすぐに返した。
「決まってなくても、ダンブルドアはその可能性を知っていた」
ハリーはスニッチを握った。
「でも、それが僕のすべきことなら従うよ」
「簡単に言うな」
「簡単なんて思ってない」
ハリーの声は静かだった。
「怖いよ。でも、僕がやらなきゃ終わらないなら、やるしかない」
トムが何か言いかけ、やめた。
ハリーを睨むように見ていたけれど、たぶん怒っている相手はハリーではなかった。
少しして、トムはわたしの方へ向いた。
「マイン、先にこれを渡しておく」
机の奥から、包みを一つ取り出した。
本くらいの大きさだった。
深い緑色の紙で包まれ、銀色の紐がかかっている。
受け取ると、思ったより重かった。
「本?」
「さあね」
「どう見ても本だよね?」
「開ければ分かるよ」
トムがにやりと笑った。
わたしは紐へ指をかけたが、びくともしない。
「クリスマスにならないと開かないようにしてある。いい魔法だろう?」
そんな魔法までかけたらしい。
「でも、クリスマスならマルフォイ家にいるでしょう? その時でもよかったのに」
トムは少しだけ視線を逸らした。
「僕はしばらく不死鳥の騎士団の仕事を手伝う」
「何するの?」
「色々だよ」
トムはそれ以上は話す気がなさそうだった。
わたしは包みを抱え直した。
「じゃあ帰ってきてから渡せばいいのに」
トムは一瞬だけ黙った。
「先に渡しておきたかった」
「どうして?」
「どうしてだろう。早く君にこの本をあげたかったんだろうな」
トムは少し困ったような顔をした。
早くあげたかったのなら、今中身を見てもいい気がするのに、それがだめなのは納得がいかない。
「とにかく、クリスマスまでは絶対に開くな」
「でも、開けようとしても開かないんでしょう?」
「君ならどうにかして開ける方法を調べるだろう?」
否定できなかった。
「分かった。クリスマスに開けるね」
包みを胸に抱える。
中身が本なら、読みたい。
でも、トムがクリスマスに開けろと言った。
それなら、その日まで待つしかない。
「ちゃんと帰ってきてね」
わたしが言うと、トムは少しだけ目を細めた。
「ああ」
短い返事だった。
でも、その横でハリーが持っている金のスニッチだけが、妙に重く見えた。
更新久しぶりに遅くなりました。お待たせしてすみません。少しずつ完結までの道筋が見えてきて微修整を繰り返してました。クライマックスが近づいてきています。最後まで頑張ります。
感想、評価お待ちしています。