本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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17話 看破される

 

 決闘クラブの翌日から、ホグワーツの生徒は急にハリーに対して遠慮を失った。

 ハリーが廊下の向こうから歩いてくるのを見て、ぱっと道を空ける。

 名前を呼ばれても引きつった顔をしてひそひそ話す。

 しかも、そのくせ横目ではしっかり見ている。

 そういう感じの、嫌な露骨さだ。

 

「見た?」

「蛇に話しかけてた」

「やっぱり継承者なんじゃ……」

「でもポッターが?」

「でも蛇語だぞ」

 

 大広間のあちこちで、ささやき声が飛ぶ。

 当人はというと、朝食の皿を前にして、ものすごくまずそうな顔でトーストをちぎっていた。ロンはむっつりしているし、ハーマイオニーは周囲に腹を立てている顔をしている。

 まあ、気の毒ではある。

 気の毒ではあるのだが、昨日の決闘クラブで見たものを思い返すと、わたしは別の意味で感心してもいた。

 

 蛇語。

 あれは間違いなく蛇語だった。

 喉の使い方も滑らかで、命令もはっきりしていて、ちゃんと蛇に通じていた。

 昼休みに三人を見かけたとき、わたしはそのまま声をかけた。

 

「ハリー」

 

 三人そろって止まる。

 ロンは「うわ来た」という顔をした。失礼である。

 ハーマイオニーは「お願いだからややこしくしないで」という顔をしていた。もっと失礼である。

 ハリーだけが、ちょっと疲れた顔で振り向いた。

 

「……何?」

「昨日の蛇語、上手かったよ」

 

 沈黙が落ちた。

 ハリーは一瞬だけぽかんとして、それから反射で答えた。

「ありがとう?」

「うん。それだけ」

「いや待て!」

 

 ロンが頭を抱えた。

 

「なんで礼言うんだよ!」

「だ、だって褒められたから……!」

「今そこ素直になるところじゃないだろ!」

 

 ハリーの耳まで赤くなった。

 たぶん自分でもそう思ったらしい。

 ハーマイオニーが低い声で言った。

 

「マイン、今それを言うのは最悪よ」

「どうして? 上手かったものは上手かったよ」

「そういう問題じゃないの!」

 

 周囲のざわめきが、さらに一段大きくなる。

 まずい。“マルフォイの妹がハリーの蛇語を褒めた”という、どう考えてもろくでもない情報が今この場で増殖している。

 でも、褒めるべきものは褒めるべきだと思う。

 ハリーは額に手を当てたまま、小さく言った。

 

「……でも、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 ロンは完全に頭を抱え、ハーマイオニーは壁に寄りかかりたそうな顔になった。

 理不尽である。

 

 そんな空気のまま、クリスマス休暇が始まった。

 父と母は親戚の家へ行くらしい。大人同士の付き合いだの、純血の家の挨拶回りだの、聞くだけで肩が凝るような用事だ。

 わたしについては「寒い中の移動は負担が大きい」「せっかく本もあるのだからホグワーツにいた方がいい」という、妙にわたし向けの理屈が採用され、結果としてわたしとドラコは学校に残ることになった。

 ドラコは「別に帰ってもよかったけど」と言っていたが、半分くらいは嘘だと思う。

 冬のホグワーツは静かだし、図書室も空いている。親戚の屋敷を回って愛想笑いをするより、よほどましだ。

 残るのはほかにクラッブとゴイル。

 アストリアはダフネに連れられて帰省した。

 

「わたしも残りたい」

「だめよ」

「でも談話室の右奥の棚にまだ読んでない年代記が」 「本は逃げないわ」

「逃げることもあるよ」

「ない」

 

 ダフネが真顔で言い切っていたので、アストリアが項垂れて汽車に乗っていった。

 

 クリスマスの朝、わたしは目を覚ました瞬間に勝利を確信した。

 ベッドの足元に包みがあった。

 しかも複数。

 つまり、本の可能性が高い。

 

「やった」

 

 開ける。

 一冊。二冊。三冊。

 ドラコから魔法薬学の本。

 母から詩集のシリーズを十冊ほど。

 父からはなぜか高価そうな古書の目録だった。たぶん「買うのは許さんが眺めるくらいなら許す」という牽制である。甘い。目録は入口にすぎない。

 友達や親戚からのプレゼントも全部本だった。皆本当にわたしのことを理解していると思う。

 わたしは日記を開いた。

 

『トム』

『何だい』

『増えるよ』

『嫌な予感しかしないね』

『秘密の部屋の本が』

『予感が当たった』

 

 数十分後。

 わたしはクリスマスプレゼントの本を浮かせて、秘密の部屋に向かった。トムは日記から半ば呆れた顔で現れている。

 

『クリスマスの朝にやることがそれか?』

『やることだよ。もらった本はなるべく早く安全な場所に分類したい』

『君の言う安全な場所が、巨大蛇の住む地下なのはどうかと思うが』

『アルドゥスは本を食べないでしょ』

『今のところはね』

 

 入口を開け、秘密の部屋へ降りる。

 まだ“書庫”というにはほど遠い。広い。暗い。湿っぽい。改善の余地しかない。

 

「ほら見て、増えた」

 

 できたばかりの本棚にそっと本を並べる。本はお小遣いで自腹でコツコツ買い集めた本や元から持っていて取り寄せた本を含めて全部で50冊以上集まっていた。だがまだ書庫にはほど遠い。

 実体化したトムは腕を組んで、それを見下ろした。

 

「……君は本気でここを蔵書室にするつもりなんだな」 「そのために棚の配置も考えてるよ。入口に近いところは軽い読み物で、奥は資料系。湿気対策はこれから」

「秘密の部屋の攻略法として、あまりに前例がない」

 

 その時、部屋の奥で何か大きなものがずるりと動いた。 

 

『腹が減った』

 

 低い声に、わたしはぱっと顔を上げた。

 

『アルドゥス、おはよう。今日は後で鶏肉を持ってくるね』

『ならよい』

 

 トムが額に手を当てた。

 

『君たちはどうしてそんなに会話が成立するんだ……』

 

 いいことだと思う。言葉が通じるのは大事である。

 

 

 *

 

 

 冬休みの談話室は、普段よりも広く感じた。

 人数が少ないせいだ。暖炉の音がよく聞こえるし、湖の底らしい青緑の光もいつもより静かだ。

 ドラコは暖炉の前の椅子で魔法薬学の本を読んでいた。

 そこへクラッブとゴイルが妙にそわそわした足取りで寄っていく。

 

「なあ、スリザリンの継承者って誰なんだ?」

 

 ドラコは本から目を上げた。あからさまに嫌そうな顔だった。

 

「またその話か」

「気になって」

「ポッターも蛇語話したし」

「お前ん家、何か知ってるだろ」

「知らないって言ったよな」

 

 ドラコの声が冷える。

 普段のクラッブとゴイルなら、そこでもっと雑に押す。空気なんて読まずに、言いたいことをそのまま言う。

 でも今の二人は違った。探るように言葉を選び、妙に慎重だ。

 変だ。

 わたしは本を閉じた。

 

「昔、秘密の部屋が開いたとき、穢れた血が一人死んだって話は父上から聞いた」

 

 ドラコがそう言うと、二人は揃ってわずかに身を乗り出した。

 

「マートルだよね」

 

 わたしが横から言った。

 

「誰だ?」

 

 ドラコはあまり興味なさそうに首を傾げる。

 クラッブとゴイルは目を見開いて顔を見合わせて固まっている。

 

 クラッブとゴイルはついに変なものを食べてしまったのかもしれない。

 

 図書室で本を借りようと談話室から出たところで、入口近くでうろうろしていたアストリアと遭遇した。

 

「アストリア! どうしてここにいるの?」

「やっぱりマインといたくて戻ってきました」

 

 ニコニコと微笑んでいるアストリアだったが、わたしは妙に違和感があった。

 

 ダフネに逆らえないあのアストリアがどうやって戻ってこれるの? 

 

 何かがおかしい。

 

「やっぱりわたしも談話室に戻るよ」

 

 わたしはそのままアストリアと談話室に戻った。ドラコたちの近くに座る。アストリアは魔法史の話を振ってきたのでその会話に付き合う。途中でふと思い出したように口を開いた。

 

「ねえ、アストリア」

「な、なに?」

「ちょっと聞きたいんだけど」

「え、ええ」

「グーテンベルクってどう思う?」

 

 “アストリア”は、ほっとしたように答えた。

 

「ああ、印刷技術の発展に大きく貢献した人物ですよね」

 

「なるほど」

 

 わたしは頷いた。

 

「あなた、ハーマイオニーでしょ」

 

 暖炉がぱちりと鳴った。

 “アストリア”が凍る。

 

 アストリアは魔法史オタクだ。

 でも、マグル知識は驚くほどない。前に“洗濯機”の話をしたら、「洗うための釜が回転するの?」と真剣に聞いてきたくらいである。グーテンベルクなんて、答えられるわけがない。

 

 わたしはクラッブとゴイルを見た。

 

「じゃあそっちはハリーとロンかな」

 

「ち、違う!」

 

 即座に言ったのはゴイルの顔をした方だった。

 雑すぎる。今の反応で答え合わせが終わった。

 ドラコは本を脇へ置き、立ち上がった。機嫌の悪さがそのまま人になったみたいな顔だった。

 

「スリザリンの談話室で、クラッブとゴイルとアストリアのふりをして、何をしてる」

 

 三人は同じソファに縮こまって座った。

 誰も答えない。

 

「質問を変える」

 

 ドラコは言った。

 

「何を探ってる?」

 

 ハリ──―たぶんクラッブの中身の方が、視線だけでハーマイオニーとロンを見た。

 答えるか、黙るか、迷っている顔だった。

 わたしは先に言った。

 

「すぐに答えないなら、スネイプ先生を呼ぶよ」

 

 三人の顔色が変わる。

 当然だ。今この状況で先生が来たら、全員まとめて終わる。

 

「待って」

 

 ハリーが言った。

 

「じゃあ話して」

「全部は無理だ」

「話せるところまででいい」

 

 少しの沈黙のあと、ハリーが観念したように息を吐いた。 

 

「……ぼくたち、スリザリンの継承者を探してたんだ」

 

 ドラコの顔がひどく険しくなる。

 

「君が怪しいと思ってた」

「なんでだよ!」

「だってお前、いかにもそれっぽいし」

 

 ロンが言った。

 ドラコのこめかみに青筋が浮く。

 

「“それっぽい”で犯人扱いするな!」

 

 正論である。

 ハーマイオニーが小さく言った。

 

「実は、ハリーがハウスエルフに警告されていて、私たちハウスエルフがいる家に違いないって」

「家には何人かハウスエルフいるけど、なんて名前のハウスエルフ?」

 

 わたしが聞くと、ハリーが答える。

 

「ドビーだよ」

 

 その名前が出た瞬間、今度はわたしとドラコが止まった。

 

「……ドビー?」

「ドビー?」

 

「やっぱり、知ってるの?」

 

 ハリーが身を乗り出してわたしたちに尋ねる。

 

「うちのハウスエルフだよ」

 

 わたしが言うと、ドラコがさらに険しい声で言い足した。

 

「なんでお前らが知ってる」

 

 ハリーは少し顔をしかめた。

 

「夏に、ホグワーツに戻るなって警告しに来たんだ。学校に危険が迫ってるって。秘密の部屋のことも、何か知ってるみたいだった」

 

 わたしはドラコを見た。

 ドラコもわたしを見た。

 

「呼ぶ?」

「ここで?」

 

 わたしは頷いた。

 ドラコは露骨に嫌そうな顔をしたが、止めなかった。

 むしろ、嫌でも確かめるしかない、という顔だった。

 わたしは軽く手を叩いた。

 

「ドビー、来て」

 

 ぽん、と小さな音がした。

 暖炉の脇に、小さな影が現れる。大きな耳、飛び出した目、ちょっとはマシになった白いシーツの服。

 ドビーは現れた瞬間に、わたしたちと、その向こうの三人を見て、目を見開いた。

 

「お、お嬢様……! 若様……! ああ、なんてこと、ハリー・ポッターさままで……!」

 

「ドビー」

 

 ドラコが低く言った。

 

「説明しろ」

 

 ドビーは肩を跳ねさせた。

 

「ど、ドビーは説明してはいけないのです……! ドビーは悪い子です、悪い子で、でもでも、言わないと、でも言ってはいけない──」

 

 そう言って自分の耳を引っ張り始めたので、わたしは慌てて止めた。

 

「引っ張らないで。落ち着いて」

「お嬢様がお優しい……!」

「そこは今いいから」

 

 ドビーは涙目のまま、ぶるぶる震えている。

 整理して話せる状態ではない。でも今ここで黙らせる方がもっとまずい。

 

「ドビー、命令だ。何故ポッターに警告しに行ったのか今すぐ教えろ」

 

 ドビーはびくっとした。

 

「そ、それは……詳しくは言えません! 学校で何か……よくないことが起きようとしていたからで……! ハリー・ポッターさまは特別なお方で、ドビーは、ドビーは守りたくて……!」

 

 そこまでは、まだ分かる。

 でもハリーが眉をひそめた。

 ドビーは耳を伏せ、さらに小さくなった。

 

「最初は、それだけだったのです……でも、でも、そのあと……」

 

 言葉が詰まる。

 

「そのあと、何」

 

 わたしは促した。

 ドビーはわたしを見て、今にも泣きそうな顔になった。

 

「旦那様が…………お嬢様のことを」

 

 部屋の空気がぴんと張った。

 ドラコがゆっくり目を細める。

 ハーマイオニーが息をのむ。

 ハリーとロンは、いきなり話の中心がずれたことにまだ追いついていない顔だった。

 

「旦那様は、お怒りになっていました……“よりによってあの子が”“計画が台無しだ”“あの子が首を突っ込むと余計なことになる”って……」

 

 ドビーの声は、主人の独り言をそのまま拾ってきたように途切れ途切れだった。

 

「それでドビーは……危険がなくなったのではないと、思ったのです……! もっと、もっと、何が起こるか分からなくなったのです……! お嬢様は、その、とてもお賢いけれど、でも、ええと、ええと──」

 

「トラブルメーカー」

 

 ドラコがぼそっと呟く。

 

「ドビー?」

「ドビーは何も言っておりません!」

 

「ちょっと待って」

 

 その声に、全員がそちらを向く。

 ハーマイオニーはもう既にアストリアではなくなっていた。何かがきれいにつながった時の顔をしていた。

 嫌な予感しかしない。

 

「あなた、前にハリーに“蛇語が上手い”って言ったわよね」

「うん」

「なんでそんな感想が先に出るのよ」

「上手かったから」

「そういうことじゃないの!」

 

 ハーマイオニーが一歩前に出る。

 

「普通の人は、蛇語を聞いて“上手い”なんて評価しないわ。あなた、あれが蛇語だって分かってたんでしょう?」

「だって蛇語だったし」

「違うわよ!」

 

 ハーマイオニーは止まらなかった。

 

「あなたも蛇語が使えるの?」

 

 ロンが「うわ」と言いたげな顔をした。

 ハリーはものすごく気まずそうにしている。なぜか少しだけ仲間が増えた顔でもある。

 ドラコがゆっくりこちらを振り返った。

 

「……使えるのか、お前」

「ちょっとだけ」

「ちょっとだけ?」

「発音が難しいんだよ。頑張って練習したんだ」

「そこはどうでもいい!」

 

 ドラコが即座に切り捨てた。

 ひどい。

 ハーマイオニーはさらに眉を寄せた。

 ハリーはハーマイオニーが言いたいことを理解したようで、さらに話を続けた。

 

「さっき、前に秘密の部屋が開いた時に、死んだのはマートルだって言ったよね?」

「まさか、女子トイレが入口なのか? おったまげー! マーリンの髭すぎる」

 

 ロンが冗談だよなという顔で周囲を見回している。

 ハリーが首を横に振った。

 

「それもだけど、それだけじゃない。ハーマイオニー、言ってたよね?」

「ええ。前にマインもそこでマートルと話してたわ」

 

 ハーマイオニーはゆっくりと、わたしを見た。

 

「……あなた、知ってるのね」

 

 逃げ道がきれいになくなっていた。

 ドラコは片手で額を押さえている。

 ハリーは半分驚いていて、半分納得していた。

 ロンはまだ信じられないという顔をしている。

 ドビーだけが「言ってはいけないことが増えていく」とでも言いたげにぶるぶる震えていた。

 わたしは小さく息を吐いた。

 

「……本当は黙っておくつもりだったんだけど」

 

「ローゼマイン、お前まさか本当に知っているのか」

 

 ドラコが低く言う。

 

「うん」

 

 ここまで来たら、隠してもたぶん無駄だ。

 わたしは全員を見回してから、正直に言った。

 

「わたし、秘密の部屋の場所を知ってる」

 

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