本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。 作:bookworm
熱が下がって少し元気になると、ベッドにドビーが食事を運んできてそれを食べた。食後に読書をしていると、いつのまにか次の食事がやってきて、寝る時間がやってきて、次の日の朝になる。数日経つとまた熱が出て……とわたしは無限ループに陥っていた。
ローゼマインになってから初めて母が体調を確認しに来てくれたときは美人すぎてびっくりしてしまった。顔の表情がもう少し柔らかかったらもっと素敵なのに、彼女はあまり笑わない人だった。父も母もわたしが外に出るとこを極度に恐れ、部屋から出ようとするとわたしを叱った。
驚いたことに1ヶ月以上経ってもわたしは自室からほとんど出ない生活を送っていた。すぐに熱を出すだけでなく、ベッドからちょっと歩いただけで疲れてしまうからだ。部屋から出るのはトイレに行くときかお風呂に入るときぐらいだ。それ以外は欲しい物があればドビーが運んできてくれるし、家にないものなら父が購入してフクロウが運んできた。そう、この世界ではフクロウが手紙や荷物を運んできてくれるみたいなのだ。
魔法の世界っぽいんだけど、部屋に籠もってるとここがどんな世界なのかさっぱりわかんないんだよね。
「ドビー、この家に歴史について書かれた本はない? なるべく全体の歴史が載っている本がいいんだけど」
「探してまいります!」
ドビーを専属司書のようにこき使い、わたしは読んでみたい本を片っ端から読み漁った。虚弱で部屋から一歩も出られないのなら、本を読むしかない。
ドビーが持ってきたバチルダ・バグショットという魔女が書いた『魔法史』を読み終わると、ここがどんな場所なのか大雑把だが理解できるようになった。
この世界では魔女と魔法使いが非魔法族──(ここではマグルと呼ぶらしい)から隠れて暮らしている。中世の魔女狩りでは、魔法族の被害は少なかったものの、ゼロではなかった。そのため、魔法族はマグルの世界から完全に分離し、マグルの前では魔法を使うことが禁止されるようになった。
マグルから隠れて暮らすことに反対する人やマグル生まれを排除しようとする純血主義の人が闇の魔法使いとして出てきたが、今はもういないらしい。
わたしはベッドの中で考えていた。この前鏡を見て自分自身の姿を見た。両親と同じ金髪に、母譲りの青い目。人形みたいな整った顔をしていたのは転生効果だろうか。一方で、9歳になろうとしているのに、身体はもっと幼い6歳児のようなままで、他の子より成長が遅れている気がする。窓の外で、ドラコの楽しそうな声が聞こえる。わたしは本の中でしか知らない「クィディッチ」というスポーツを彼が現実にしているのだと思うと、少し羨ましさがこみ上げてきた。
「いいな、健康で……」
そうつぶやきながらも、ベッドから立ち上がろうとはしなかった。これまでの経験から、無理に動くとすぐに体が悲鳴を上げるのはわかっている。ドビーが運んでくれる食事や本が、今のわたしの世界のすべてだ。本をずっと読める生活は素晴らしいけど、体調を崩すと本も読めなくなってしまう。好きなことを好きなだけできるドラコがとても羨ましい。
『魔法史』を読んだことで、この世界のことがだいぶ理解できるようになった。それでも、まだわからないことは山ほどある。マグル、魔女狩り、闇の魔法使いの歴史──それらを知るのはとても興味深かったが、肝心の自分自身のことは、まだ霧の中だ。
「ドビー、次は何を持ってきてもらおうかな……」
わたしは本を閉じ、天井を見上げた。本を読んでいるときは、確かに少し気が紛れるけれど、根本的な不安は消えない。自分が誰なのか、この体がいつまでこのままなのか、そして……本当にこの世界で生きていけるのか。
そうだ。
わたしはふと思い立って、ドビーに新しいお願いをすることにした。今まではこの世界の全体的な知識が書かれた本ばかり頼んでいたけれど、もっと具体的なことが知りたくなったのだ。
「ドビー、家族のことがもっと知りたいの。お父さまとお母さまがどんな人たちなのか、それが書かれているような本、ないかな?」
ドビーは少し戸惑ったように目を丸くし、わたしの顔をじっと見つめた。
「わたしの家族について調べるのは難しい?」
「ドビーはいつもお嬢さまのために最善を尽くします! 少々お待ちくださいませ!」
ドビーはそう言うと、再び小さな体で忙しく動き回り、数分後には手に一冊の本を抱えて戻ってきた。
「これは『純血一族一覧』でございます。この本には、お嬢さまのご家族やその他の重要な魔法族の家系についても書かれております!」
わたしはその本を受け取り、ドビーに礼を言うと、すぐにページをめくり始めた。「純血一族」という言葉が少し引っかかったけれど、今はその言葉にあまり意味を見出せなかった。ただ、自分の家族のことがもっと知りたかったのだ。
本はわたしが感じていた両親がどんな人たちなのかという問いからは離れているような気がしたけど、読み進めるうちに、次第に理解が深まっていった。マルフォイ家は、古くから続く魔法族の名家で、特に「純血主義」を信じている家系らしい。純血の魔法族の血統を守ることに強いこだわりがあり、わたしやドラコもその影響を受けて育てられているのだろう。
その思想は、魔法の力が強い血統を維持するために重要だという考え方に基づいている。しかし、純血主義が必ずしも正しいとは限らないことも、わたしは薄々感じ始めていた。『魔法史』に書かれていた闇の魔法使いの記述や、マグル生まれの魔法使いに対する差別を考えると、純血主義に疑問を抱かざるを得なかったのだ。
「……純血であることがそんなに大事なの?」
心の中で疑問が膨らんだ。
大事なのって血筋よりもどのくらい本を読んでいるかだと思うんだよね。異なる考えを持っていても互いの思想を本で読んで理解し合えることもあると思う。
本を読んで考え込んでいると、ふとドビーがまた姿を見せた。
「お嬢さま、そろそろ外の空気を吸ってみてはいかがですか?」
わたしはドビーの提案に少し驚いた。いつもはわたしの頼みを優先してくれる彼が、自発的に何かを提案してくれるのは珍しい。
「外……?」
「はい! 少しでも外に出て、新鮮な空気を吸えば、体に良いかもしれません。お庭でゆっくりと本を読むこともできます!」
確かに、家にこもってばかりいると息が詰まってしまいそうだ。少し歩くだけでも、体力の回復に繋がるかもしれない。
「……じゃあ、外に出てみるね」
わたしはゆっくりとベッドから起き上がり、ドビーの手を借りて支えられながら、一歩一歩を慎重に踏み出した。わたしの部屋は2階の奥にあり、階段から降りるだけでほとんどの体力を使ってしまった。
部屋から出て分かった。この家かなりのお金持ちだ。屋敷は伝統的なマナーハウスで、部屋が数え切れないほどたくさんある。ハウスエルフも姿が見えないだけでドビー以外にもいるのかもしれない。
ドビーに支えられて庭園に出ると、久しぶりに外の空気が肌に触れた。空は澄んだ青色で、風が心地よく、木々の葉がそよぐ音が聞こえる。これまでずっと部屋に閉じこもっていたので、まるで別世界に来たかのようだった。よく手入れされた庭園には色とりどりの花々が咲いていて、昔本で見たことがあるイングリッシュガーデンみたいだった。
わたしは庭のベンチに腰を下ろし、静かに本を開いた。青空の下で読む本は、部屋の中で読むそれとは違う新鮮さがあった。ピクニックで本を読んでいるみたいだ。少し疲れてはいたけれど、外の景色に心が癒され、体も軽くなった気がした。
しかし、そんなひと時の平穏は長くは続かなかった。ふと、後ろから急に声が聞こえた。
「マイン! 何をしているの!?」
母、ナルシッサの厳しい声がわたしを鋭く貫いた。驚いて顔を上げると、彼女が庭の入り口に立って、こちらをじっと見つめていた。その目には怒りが宿っており、彼女の表情から、今すぐにでも叱責が飛び出しそうな様子だった。
「お母さま……」
わたしは小さな声で呟いたが、すぐに立ち上がることもできず、母の怒りの気配に身を縮めた。
「どうして外に出たの? 外は危ないのよ。まだ体が完全に回復していないのに、無茶をするなんて!」
ナルシッサがわたしの方へ早足で近づいてきて、その目は憂いと怒りが混ざり合っているようだった。彼女はわたしの肩をしっかりと掴み、体調を気遣うようにわたしの顔を覗き込む。
「お母さま、ただ少し外の空気を吸いたくて……大丈夫だと思ったから……」
「大丈夫? 何を言っているの! ここまで来るだけで疲れたでしょう? わたしたちがどれだけあなたの体を心配しているか、わかっているの?」
母の声は冷静さを失っており、その声の裏には強い不安と愛情が感じられた。わたしは何も言えず、ただ下を向いていた。彼女の言葉に責められると、自分が軽率だったのかもしれないと思えてきた。
「……ごめんなさい、お母さま」
わたしは小さく謝った。しかし、ナルシッサはわたしの肩に手を置いたまま、なおも鋭い声で続けた。
「あなたが無理をしたら、また病気が悪化するかもしれないのよ。あなたの体はとても弱いのだから、自分を大切にしなくてはならないの!」
わたしはそれを理解しているつもりだった。でも、どうしても少しだけでも外に出てみたかったのだ。自分の体力のなさに悔しさを覚えながらも、母の言うことが正しいこともわかっていた。
「もう一度ベッドに戻りなさい。ドビー、すぐに彼女を部屋に連れて行って!」
「はい、ナルシッサさま」
ドビーが母の命令に従い、わたしのそばにやってきた。彼が優しく支えながら、わたしはゆっくりと庭園から連れ戻される。もう少しだけ外にいたかったけれど、母の心配する気持ちを考えたら、それ以上のわがままは言えなかった。
部屋に戻る途中、わたしはそっと母の方を振り返った。母は心配そうな顔でわたしを見送っていた。怒っているけれど、それはわたしを大切に思ってくれているからだということも、わたしにはちゃんとわかっていた。
「お母さま、ごめんなさい……」
その小さな声は風に消え、わたしはまた、ベッドの中で本の世界に戻っていくしかなかった。
部屋に戻り、ベッドに横たわると、ドビーがそっと毛布をかけてくれた。わたしはドビーに向けて小さく微笑んだが、彼の顔はどこか曇っていた。彼は少しうつむいて、もじもじしながらわたしに話しかけてきた。
「お嬢さま、なぜドビーが提案したと言わなかったのですか? もしお嬢さまが罰せられるなら、ドビーが代わりに罰を受けるべきでございます……」
その言葉を聞いた瞬間、わたしの胸が少し痛んだ。ドビーはきっと、わたしを守りたいと思って言ったのだろうけれど、それが逆に彼を追い詰めていることも理解していた。
「ドビー……また自分を傷つけようとするでしょ。痛そうだもん」
わたしがそう言うと、ドビーは一瞬驚いたように目を見開いた。そのあと、慌てて両手で耳を覆い、悲しげな表情を浮かべた。
「ドビーは悪いハウスエルフです! ドビーが提案したせいでお嬢さまが叱られました! だから、ドビーは……」
「ダメだよ、ドビー! 自分を罰するなんてしないで。わたしが外に出たいと思ったんだから。ドビーはただ、わたしの願いを叶えてくれただけ。だから、あなたが悪いわけじゃないよ」
わたしは強い口調でドビーを制止した。彼が自分を責めるたびに、自分のせいで誰かが傷つくのは嫌だった。ドビーは本当に優しくて、わたしを思って行動してくれる。それを無駄にしたくない。
「お嬢さま……ドビーは、お嬢さまのために何でもします……だから、ドビーが代わりに罰を受けるのは当然です……」
彼の目には、わたしへの忠誠心と心配が混じっていた。けれど、その忠誠が時に彼自身を傷つけるものだと知っているからこそ、わたしは胸が痛くなる。
「それでも、ドビーが自分を傷つけるのを見るのはわたしにとって辛いの。安心して読書ができなくなるでしょう? わたしを守ってくれるのは嬉しいけど、それでドビーが痛い思いをするのは嫌だから」
わたしはベッドから少し身を乗り出し、ドビーの手を取った。その小さな手は温かくて、けれど震えていた。わたしはしっかりと彼の手を握りながら、さらに言葉を続けた。
「これからは、わたしのために何かしてくれるときは、自分を傷つけない方法を考えてね。わたしはそれだけで十分だから。わたしのためにいつも本を持ってきてくれる人を傷つけたくないの」
ドビーは驚いた顔をして、わたしの顔をじっと見つめた。そして、ゆっくりと頷いた。
「お嬢さま……ドビーは、できるだけお嬢さまのお望み通りにいたします。でも……もしドビーが再び失敗したら、その時は……」
「その時も、自分を罰しないこと。約束してね」
わたしはドビーの目を見つめながら、強い意志を込めて言った。彼はしばらく黙っていたが、やがて静かに、しかししっかりと頷いた。
「ドビー、約束いたします……お嬢さまのために、できるだけ自分を傷つけないようにいたします……」
その答えに、わたしはほっと胸を撫で下ろした。わたしを守ってくれるドビーを、わたしも守りたかったから。ドビーが少しでも自分を大事にしてくれることを願いながら、わたしは彼の手を離した。
「ありがとう、ドビー。これからもよろしくね」
ドビーは満面の笑顔を浮かべ、深々とお辞儀をした。
「はい! お嬢さまのために、ドビーは何でもいたします!」
彼の明るい声が部屋に響き渡り、少しずつわたしの心も軽くなっていくのを感じた。ドビーがいる限り、わたしはこの世界でもなんとかやっていけるかもしれない。そんな気持ちが、わたしの胸に広がっていた。