本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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ルシウス・マルフォイ視点


番外編 マルフォイ家の家族会議②

 ルシウス・マルフォイは、ドラコからの手紙を読み終えたあと、しばらく一言も発しなかった。

 沈黙は長かった。あまりに長かったので、対面に座るナルシッサが「ルシウス」と一度だけ名を呼んだほどだ。

 だが、ルシウスはすぐには返事をしなかった。

 手元の羊皮紙をもう一度見る。

 見間違いであってほしいと思った。

 だが、ドラコの整った文字は、そういう期待にまるで配慮していなかった。

 秘密の部屋の場所を、ローゼマインが知っている。

 いや、それどころではない。見つけた。入った。中にいた。

 しかも、伝説の怪物は生きている。事故でフィルチの猫を石化させたらしい。

 さらに、娘はその怪物と接触し、餌を与え、どういう判断なのか本棚を持ち込み、書庫化まで始めている。

 ひどい。

 手紙というのは普通、読めば読むほど意味が明確になるものだが、今回ばかりは逆だった。読むほどに正気が削られていく。

 最後には一番状況を知りたいのは自分だという悲痛な叫びが書かれていた。

 

「……これは」

 

 ようやくルシウスは口を開いた。

 

「私の知る“秘密の部屋”と同じものだろうか」

「残念ながら、そうとしか読めないわね」

 

 ナルシッサは手紙を覗き込み、落ち着いた声で言った。

 こういう時、彼女が取り乱さないのは美徳であり、ときに夫への無言の圧力でもある。

 

「ドラコはこういう悪趣味な冗談は書かないもの」

「冗談ならまだよかった」

 

 ルシウスは吐き捨てるように言った。

 

「秘密の部屋を自力で見つけたのはすごいと思うが、なぜ書庫にする」

「そこは私に聞かれても困るわ」

「私も困っている」

 

 ほんとうに困っていた。

 秘密の部屋。

 バジリスク。

 スリザリンの継承者。

 ルシウス・マルフォイという男が好むのは、あくまで“伝説”としての威厳であって、現実の城の地下に娘が出入りし、本棚を持ち込み、巨大蛇の生活環境を改善している状況ではない。

 伝説は、もっと遠くで静かにしていてほしい。

 ルシウスは指先でこめかみを押さえた。

 

「ドビー」

 

 低く呼ぶと、ぽん、と音がして、ハウスエルフが現れた。

 

「はい、旦那様」

 

 ドビーは膝をつく。いつも通りのおびえた顔だったが、今日はそこに、別の種類の深刻さがあった。すでに現地を見た者の顔である。

 

「お前は直接見たのだな」

「はい、旦那様……」

「では報告しろ。正確に。余計な感想は挟むな」

「はい、旦那様」

 

 ドビーは一度だけごくりと唾をのんだ。

 

「お嬢様は、秘密の部屋の中にいらっしゃいました」

「そこは手紙で読んだ」

「はい。さらに、お嬢様の作られた本棚がありました」

 

 ナルシッサがわずかに目を閉じた。ルシウスは閉じなかった。閉じたら負ける気がした。

 

「看板もありました」

「看板」

「はい、旦那様」

「どういう看板だ」

 

 ドビーは一瞬だけためらった。本当に、ほんの一瞬だけだったが、その沈黙がもう嫌だった。

 

「……『秘密の書庫』と」

 

 ルシウスは目を閉じた。今回は閉じた。

 ナルシッサが静かに息を吐く。

 

「まあ」

 

 その“まあ”には、かなり多くの意味が込められていた。

 

「中止したいわね」

「何をだ」

「全部よ」

 

 もっともである。

 だが、もっと悪いことに、報告はまだ終わっていなかった。

 

「それから、旦那様」

 

 ドビーは声を潜めた。

 

「怪物は、生きておりました」

「それも読んだ」

「はい。たいへん大きな蛇でございました」

「それも読んだ」

「目隠しをされておりました」

「……何?」

 

 ルシウスはゆっくり顔を上げた。

 

「目隠し?」

「はい、旦那様。バジリスクは目を見ると死ぬそうです」

「もう驚かないが、そうか。誰が目隠しを?」

「おそらく、お嬢様たちが」

「お嬢様“たち”。それはドラコとローゼマインのことか?」

「いえ……ローゼマイン様のほかに若様と、ポッター様と、ウィーズリー様と、グレンジャー様も……」

 

 ルシウスは、今度こそ沈黙した。

 この報告には、いくつもの理解しがたい点が含まれていた。

 まず第一に、秘密の部屋の怪物に目隠しをするという発想。

 第二に、それを娘が考案し、実行しうること。

 第三に、その現場にポッターとウィーズリーとグレンジャーがいて、しかも全員まだ生きていること。

 第四に、その全員が揃って口を閉じていること。

 あまりに意味が分からない。

 ルシウスは心から思った。

 自分の息子が「僕が一番状況を知りたい」と書いて寄越したのは、まったく誇張ではなかったのだろう。

 

「ルシウス」

 

 ナルシッサが静かに呼ぶ。

 

「あなた、今かなりひどい顔をしているわ」

「知っている」

「鏡を見る?」

「いらん」

 

 自分の顔など見なくても、どの程度ひどいかは分かる。

 

「ドビー」

「はい、旦那様」

「ポッターたちの様子は」

「言い争っておりました」

「……なるほど」

 

 それだけは少し理解できた。言い争わない方が不自然だ。

 

「グレンジャー様は先生に報告すべきと仰っておりました」

「賢明だ」

 

 ルシウスは即答した。

 

「実に賢明だ。少なくとも、その一点については」

「ですが、ポッター様が怪物に同情して反対し、若様はお嬢様が退学になるかもしれないので慎重にと……」  

 

 ルシウスはまた黙った。

 ドラコ。

 その判断自体は間違っていない。軽率に教師へ渡せば、ローゼマインが危険に晒される。少なくとも現時点では、外へ出す前に把握すべきだ。

 それは正しい。

 だが、正しいことと胃に優しいことは別である。

 ナルシッサが、少しだけ呆れたような目で夫を見た。

 

「あなた、嬉しいのではなくて?」

「何がだ」

「息子がちゃんと妹を守ろうと動いていることよ」

「嬉しくないと言えば嘘になる」

「でも?」

「嬉しさと頭痛は両立する」

 

 ナルシッサは少しだけ笑った。

 

「そうね」

 

 ルシウスは手紙をもう一度机に置く。

 

「問題は、ローゼマインだ」

「ええ」

「なぜこの状況で本棚を作る」

「そこに戻るのね」

「戻るとも。私はまだそこを処理しきれていない」

「分かるけれど」

 

 ナルシッサは指先を組んだ。

 

「でも、それはある意味、マインらしいわ」

「らしさで済ませていい規模ではない」

「それも分かるわ」

「秘密の部屋を見て、恐怖より先に蔵書計画を立てる娘がいてたまるか」

「いるのだから仕方がないでしょう」

 

 仕方がないのが困る。

 ルシウスはゆっくり椅子にもたれた。考えるべきことは多い。

 まず、教師に知られていないこと。

 次に、バジリスクがまだ生きていること。

 さらに、娘がそれに餌をやり、接触していること。

 そして何より、黒い日記帳の所在である。

 そこまで思考が進んだ瞬間、ルシウスの目つきが変わった。

 

「ナルシッサ」

「ええ」

「日記だ」

「私もそう思っていたわ」

 

 やはり彼女も同じところへ辿り着いていた。

 ローゼマインが秘密の部屋に至った経路として、もっとも忌まわしく、もっともありそうなのがそれだった。

 あの日記がまだ娘の手元にあるなら、事態は秘密の部屋よりさらに悪い。

 ルシウスは鋭くドビーを見た。

 

「黒い日記帳は見たか」

 

 ドビーはびくりと肩を震わせた。

 

「……いいえ、旦那様」

「見ていないのか」

「少なくとも、その場では」

「その場では、か」

 

 つまり、ある可能性は高い。

 

「ドラコに回収を命じる」

 

 ルシウスははっきり言った。

 

「見つけた場合、決して他人に見せず、すぐこちらへ戻せ」

「ええ、それがいいわ」

 

 ナルシッサは頷いた。

 

「ローゼマインには?」

「単独で秘密の部屋へ近づけるな」

「当然ね」

「可能なら、しばらくドラコに張りつかせる」

「ドラコが可哀想ではあるけれど、まあ必要でしょう」

「可哀想だが、妹がバジリスクと書庫を共同運営している状況よりはましだ」

「その言い方は少し面白いからやめて」

「面白くない」

「でも少し面白いわ」

 

 まったく面白くなかった。

 しかし、ナルシッサが笑わなければ、この場の空気はもっと重かっただろう。

 それもまた事実である。

 

「ドビー」

「はい、旦那様」

「ドラコの返答を待て。必要なら追加の伝言を届けろ」 「かしこまりました」

「それと──」

 

 ルシウスはそこで少し間を置いた。

 

「ローゼマインの様子を見ろ」

 

 ドビーが瞬いた。

 

「お嬢様の、ですか」

「当然だ」

「……はい、旦那様」

「ただし目立つな。教師に見つかるな。勝手に騒ぐな」 「はい」

「あと、本棚を増やす手伝いもするな」

 

 ドビーは心底驚いた顔で見上げた。

 

「旦那様、ドビーはそんなことしません!」

「信用していないわけではない。だが、お前がマインに甘いのは知っている」

 

 ナルシッサが口元を手で隠した。笑っている。

 ルシウスは額に手を当てた。笑うような話ではない。ないのだが、現実感がなさすぎて、もはやどこかで笑わなければやっていられない気もする。

 

「ルシウス」

 

 ナルシッサが柔らかい声で言った。

 

「一つだけ、確認しておきたいのだけれど」

「何だ」

「あなた、秘密の部屋を開けたこと自体を怒っているのではないわよね」

「当然だ」

「なら、何をそんなに怒っているの?」

 

 ルシウスは答えた。

 

「私が把握する前に、ローゼマインが勝手に進めていたことだ」

 

 ナルシッサは少し目を見開いたあと、ふっと息を吐いた。

 

「そう」

「他にもある」

「ええ」

「書庫にするな」

「ええ」

「ポッターたちを巻き込むな」

「ええ」

「そして何より」

 

 ルシウスはゆっくり言った。

 

「あの日記に触るな」

 

 そこで、初めて部屋が静かになった。

 ドビーすら口を閉じる。ナルシッサも夫の顔を見たまま、何も言わなかった。

 ルシウスは知っている。

 あれは、軽い気持ちで子どもの手に触れさせていい代物ではない。

 いや、そもそも大人の手にあってもろくなものではない。

 それが、娘の手元から秘密の部屋へ繋がっている。

 考えるだけで頭が痛い。

 そこまで思考が進んだ瞬間、ドビーがもう一つの包みを差し出した。

 

「旦那様、若様から追加で届いたものです」

 

 ルシウスは眉をひそめた。 

 封蝋はドラコのものだった。嫌な予感しかしない。  包みを開くと、中から出てきたのは黒い革表紙の日記帳だった。

 ナルシッサが目を上げる。

 

「それが?」

「……件の日記に見える」

 

 ルシウスは手に取った。  一瞬だけ、胸の奥が冷えた。だが、次の瞬間、その冷たさは苛立ちに変わる。

 

「偽物だな」

「そうなの?」

「新しすぎる。紙の質も違う。魔力の残滓もない」

 

 ぱらりと頁をめくる。中身はただの罫線入りの日記帳だった。嫌な気配も、古い魔力も、何もない。

 ルシウスは黙った。ナルシッサが静かに言う。

 

「ドラコが回収したと思ったら、違ったのね」

「いや」

 

 ルシウスは低く言った。

 

「少なくとも、ローゼマインが“本物は渡したくない”と思っていることは伝わる」

 

 ナルシッサがため息をつく。

 

「少し賢いわ」

「そこも腹立たしい」

 

 学期末が近づいた頃、今度はローゼマイン本人から手紙が届いた。

 見慣れた、小ぶりで丁寧な文字だった。

 ルシウスは嫌な予感を覚えながら封を切った。

 便箋を読み進めるにつれて、表情がさらに冷えていく。

 

「何と書いてあるの」

 

 ナルシッサが尋ねる。

 ルシウスは一度、目を閉じた。

 

「黒い日記帳に魔力を流していた時期の方が、体調が少し安定していたらしい」

「……まあ」

「まったくだ。まったく“まあ”では済まない」

 

 彼は便箋を見下ろした。

 

「最近倒れた件も書いてある。魔力の制御が悪化していることも。帰宅後、話したいと」

「正直には書いたのね」

「そうだな」

 

 正直に書いた。そこは褒めるべきなのかもしれない。  だが、問題はその正直さの中身である。

 黒い日記帳に魔力を流していたら楽だった。娘の手によってその事実が文字になってしまうと、頭痛がさらに一段深くなる。

 

「つまり」

 

 ナルシッサが静かに言う。

 

「マインは、あの日記を危険なものとしてだけではなく、自分に必要なものとして認識しているのね」

「そういうことになる」

「厄介だわ」

「非常に」

 

 秘密の部屋より、バジリスクより、そこがいちばん厄介だった。

 

 そこまで考えて、ルシウスは机の端に置かれた別の手紙へ目を向けた。

 そちらはドラコのものではない。簡潔で、無駄のない、見慣れた筆跡だった。

 ナルシッサが気づいて言う。

 

「セブルスから?」

「ああ」

 

 ルシウスは封を切った。ざっと目を通し、それから嫌そうな顔をした。

 

「何と?」

「ロックハートの件だ」

 

 ルシウスは手紙を机に置いた。

 

「授業中の負傷について、あの男がずいぶん大げさに話を広げているらしい。治療費、講演活動への影響、署名への支障、精神的苦痛」

「精神的苦痛」

 

 ナルシッサが繰り返した。

 

「ええ。いかにもロックハートらしい項目ね」

「セブルスの手紙によれば、“自分の将来に対する重大な損害”だそうだ」

「まあ」

「笑うところではない」

「少しだけ面白くて」

「私は面白くない」

 

 ルシウスはこめかみを押さえた。

 

「セブルスはあくまで事実確認のつもりで寄越したのだろうが、要するに警告だ。これ以上あの男が騒げば、ホグワーツ内の問題では済まなくなる」

「マルフォイ家への請求に発展する、と」

「すでにその気だろう」

 

 ルシウスは冷たく言った。

 

「セブルスも、学校の中であれを好き勝手に暴れさせる気はないらしい」

 

 ナルシッサは静かに頷いた。

 

「それで、あなたが理事として動いたのね」

「そうだ」

「秘密の部屋の件ではセブルスを巻き込まないのに、こちらでは話が来るのね」

「当然だ」

 

 ルシウスははっきり言った。

 

「秘密の部屋の件をこちらから知らせれば、セブルスは友人ではなくホグワーツの教師として動かざるを得ない。だがロックハートの件は向こうから来た。しかも、ただの厄介事だ。ならば処理する」

「ずいぶんきっぱり」

「あれを放置して得をする者が一人もいない」

 

 それは事実だった。

 ロックハートは負傷した。そこまではいい。よくはないが事実だ。

 だが、そのあとがよくない。

 あの男は、自分が傷ついたことを静かに抱えて退くような性格ではない。むしろ反対に、自分がどれほど傷ついたかを最大限に演出し、可能なら周囲に責任を負わせたい種類の男である。

 

「だから、年度末で穏便に退いてもらうことにした」

 

 ルシウスは淡々と言った。

 

「学校側としても、あれ以上あの男に居座られて得はない。本人には“著述活動に専念するため”という体裁のいい理由を与えた。代わりに、請求めいた話はそこで終わらせた」

 

 ナルシッサは扇の陰で口元を隠した。

 

「あなた、案外きちんと片づけたのね」

「案外とは何だ」

「いつもより少しだけ穏便だと言っているのよ」

「穏便で済む範囲に収めたかっただけだ」

 

 ルシウスはセブルスの手紙をもう一度見た。

 そこで、短い追記が目に入る。

 

「……ふん」

「まだ何か?」

「フィルチの猫が戻ったらしい」

「良かったわね」

 

 ナルシッサの声は、今度は少しだけ本当に安堵していた。

 

「石化を解く薬がようやく間に合ったそうだ。フィルチは泣いていたと書いてある」

「それはそうでしょうね」

「当然だ。あの猫はあれでずいぶん可愛がられていた」

 

 ルシウスは手紙を畳んだ。

 

「よかったわ」

「ああ。非常によかった。だからこそ、なおさらだ」

 

 彼の声は低かった。

 

「猫一匹の石化でさえ学校中が大騒ぎになった。そこへ秘密の部屋、バジリスク、黒い日記帳まで重なっている。ローゼマインには、自分がどれほど危うい綱の上を歩いていたか理解させる必要がある」

 

 ナルシッサはゆっくり頷いた。

 

「ええ。猫が助かったからといって、全部が軽くなるわけではないものね」

「その通りだ」

 

 ルシウスはこめかみを押さえた。

 

「問題は、ローゼマインがこの件を何も知らないことだ」

「知らないでしょうね」

「自分が授業中に教師を負傷させたことは覚えていても、その後ろでマルフォイ家にどういう書面が届き、誰がどう処理したかまでは考えていない」

「それもマインらしいわ」

「らしさで済ませるには、あまりに面倒だ」

 

 

 ナルシッサは少しだけ笑った。ルシウスは笑わなかった。

 

「学期末に迎えに行った時、この話もするの?」

「する」

「驚くでしょうね」

「驚かせるために言うわけではない」

「ええ、分かっているわ」

 

 ナルシッサは静かに言った。

 

「でも、知らないままでは駄目なのでしょう?」

「当然だ」

 

 ルシウスはきっぱりと言った。

 

「秘密の部屋の件、黒い日記帳の件、それに加えてロックハートの件まで、すべて“自分の行動がどこまで波及するか”として理解してもらう必要がある」

「ええ」

「少なくとも、“本があったから”で済む範囲ではない」

「そうね」

 

 ナルシッサは扇を閉じた。

 

「でも、セブルスがわざわざ手紙を寄越してくれたのなら、少なくとも彼も少しは気にかけているのね」

「気にかけているというより、厄介事をこちらへ返してきただけだろう」

「そういう言い方をするのね」

「事実だ」

「でも、それで助かったのでしょう?」

「……結果としてはな」

 

 ルシウスは立ち上がった。机の上の手紙を折りたたみ、しまい込む。

 怒っていた。

 心から怒っている。

 だが、それと同じくらい、別の感情もあった。

 娘が秘密の部屋に入った。

 伝説の怪物と接触した。

 それでも生きている。

 無謀で、愚かで、判断がおかしくて、本棚まで持ち込んでいた。

 だが、生きている。

 そこに安堵している自分を、ルシウスは認めざるをえなかった。

 

「ルシウス」

 

 ナルシッサが最後に言う。

 

「迎えに行ったら、まず怒るのでしょうけれど」

「ああ」

「その前に、一度抱きしめてあげて」

 

 ルシウスは少し黙った。

 

「……考えておく」

「それは、だいたいやらない時の返事ね」

「うるさい」

「知っているわ」

 

 ドビーがそっと頭を下げる。ナルシッサは相変わらず美しく落ち着いている。

 そしてルシウス・マルフォイは、人生でそう何度もない種類の頭痛を抱えたまま、学期末の駅で子どもたちを迎える決意を固めた。

 少なくとも一つだけは、はっきりしている。

 

 今回ばかりは、ローゼマインに「本があったから」で済ませるつもりは、断じてなかった。

 

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