本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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ロックハート視点(?)


ブラック家の当主編
23話 ブラック家の華麗なる一夜


 

純血名家ブラック家から夜会の招待を受けた時、私は、この夏がただの社交の季節では終わらぬことを直感していた。

いや、もちろん、そうした予感は私にとって珍しいことではない。危機というものは、なぜかいつも、私のいる場所を選んで訪れるのだ。運命が私の名を知っている、と言い換えてもよいだろう。

その夜のブラック家は、実に壮麗であった。高い天井、古い銀細工、静かに燃える燭火、そして由緒正しき家系に特有の、目に見えぬ緊張感。家そのものが長い歴史を語っているようだった。私はそうした空気を嫌いではない。いや、むしろ、よく似合う。

客人たちもそれぞれに興味深かった。

 年配の純血の魔女たちは、黒や深緑の礼装に身を包み、宝石よりも家名で飾ることに慣れた人々だった。そういう婦人たちは、若い娘のように目を輝かせて近寄ってはこない。だが、だからといって何も感じていないわけではない。むしろ上流階級の婦人というものは、感嘆や好奇心を礼儀の下へ丁寧に隠すのがうまい。私が挨拶をすると、何人かは扇の角度をほんの少し変え、あるいは名乗る前からこちらの顔を知っていたというふうに微笑んだ。要するに、歓迎されていたのだと思う。

 男たちは、もう少し露骨だった。家督や省庁や金勘定の話をしながら、横目でこちらを値踏みしてくる。だが、ああいう視線は見慣れている。有名人と同席した時、自分の立ち位置を測りたくなるのは人情というものだ。とりわけ純血の家々の男たちは、自分たちの歴史には自信があっても、華やかさに関してはどうしても職業的英雄に敵わないところがある。

 若い世代はさらに分かりやすい。まだ少年と言っていい年頃の跡取りたちは、夜会の上品な退屈に半分うんざりしながら、それでも“大人たちの世界”を観察していた。娘たちは娘たちで、家のしきたりを覚えた微笑みの下に、それぞれ別の計算や好奇心を隠している。ブラック家の夜会というより、小さな宮廷と呼ぶ方が近いかもしれなかった。

 その中心に立つ人々は、やはり少しばかり空気が違った。客人の多くが“招かれた者”の顔をしているのに対し、彼らだけは“自分たちの歴史の中にいる者”の顔をしている。格式というものは、案外ああいう時に出る。

 ルシウス・マルフォイは相変わらず冷たい美貌と抑制の利いた威厳をまとい、ナルシッサは見る者すべてを黙らせるほど優雅だった。若きドラコ・マルフォイは父譲りの誇り高さをすでに身につけていたし、ローゼマイン・マルフォイ嬢は、病弱そうな外見に似合わぬ、どこか不穏な聡明さを漂わせていた。幼いながら、古い魔法の気配に異様な関心を示す、奇妙に印象深い少女である。

 そして、フェルディナンド・ブラック。

 才能のある若者だった。

 そのことは認めよう。

 だが、若さゆえの鋭さというものは、ときに自らの力量を過信させる。彼もまた、その例外ではなかった。

 事件は、夜会の半ばに起きた。

 会場の中央に据えられていたのは、ブラック家の古い継承星儀──銀の輪と黒い石から成る、見るからに由緒ある魔術具であった。

 継承星儀の前には、興味本位の客たちがほどよい距離を取って集まっていた。近づきすぎれば品がない。だが、まったく見ないのは好奇心に負ける。そういう絶妙な距離感が、純血の夜会にはよく似合う。

 私は最初にそれを目にした瞬間から、あまり健全な代物ではないと見抜いていた。長年の経験は、そうした気配に敏感なのだ。

 

 果たして、私の懸念は当たった。

 何の前触れもなく星儀が輝き出し、銀の輪が狂ったように回転を始めたのである。床には黒い魔法陣が浮かび、壁の肖像画は叫び、会場中に古い継承の呪句が響き渡った。恐慌は瞬く間に広がった。名家の人々は概して自制心に優れるが、それでもあれは穏やかに見ていられる類の騒動ではなかった。

 私は一歩前へ出た。

 その時、ブラック家の若きフェルディナンドが私を見た。

 彼の顔には、若さゆえの焦りがかすかに浮かんでいた。

 

「ロックハート先生」

 

 彼は言った。

 その一言には、誇り高い若者がそれでも助力を求めねばならぬ時の、複雑な決意がにじんでいた。

 

「先生には魔力の揺れを押さえていただきたい」

 

 私はうなずいた。

 もちろん、その時点で術式の大半は読み解けていた。これは単純な暴走ではない。ブラック家の血筋と継承の論理そのものが、当主不在によって歪なかたちで噴き出していたのだ。若きフェルディナンドはそこへ挑んでいたが、こうした古い家魔法の制御には、経験と冷静さが必要である。

 

「任せたまえ」

 

 私は杖を掲げた。

 彼が核心へと働きかけ、私は外周の崩壊を押さえ込む。

 銀の輪は軋み、黒い石は呻き、魔力の奔流が会場を裂こうとした。

 だが、私は退かなかった。

 

「今です!」

 

 フェルディナンドの声が飛ぶ。

 

「プロテゴ・マキシマ!」

 

 私の呪文が、星儀の暴走する輪を真っ向から受け止めた。

 その一瞬の均衡が、すべてを決めた。

 若きブラックの術式が核心へ届き、私の防御がそれを支え、次の瞬間、継承星儀はついに沈黙したのである。

 会場には長い静寂が落ちた。

 その後に続いた安堵の息、感嘆のざわめき、そしてマルフォイ家をはじめとする列席者たちの視線は、今なお忘れがたい。英雄譚というものは、案外こうして始まるのだ。

 ナルシッサ・マルフォイは、動揺を隠しながらも毅然としていた。ルシウスは短い礼を述べ、ドラコは若者らしい感銘を隠しきれない様子でこちらを見ていた。ローゼマイン嬢にいたっては、危機そのものより継承星儀の構造に強い興味を示していたようで、その点は年齢に似合わぬ、少しばかり奇妙な印象を残した。

 私は騒ぎが収まったのを見届けたあと、フェルディナンドと二人で小応接間へ退いた。若者は有能である。だが、有能であるほど、正しく語られる導き手を必要とするものだ。私はその夜、彼に一つの助言を与えようと思っていた。

 ──名を残すには、技術だけでは足りない。

 ──物語が要るのだ、と。

 だが、その話の続きについては、今ここで詳しく語る必要はあるまい。

 なぜなら、ブラック家の星儀の一件は、それ自体で完結した物語であると同時に、さらに大きな闇の前触れでもあったからだ。

 名門ブラック家をめぐる真の悲劇は、まだ幕を開けたばかりだったのである。

 

 

 

 *

 

 

 

 事件が収まり、周囲が安堵し、ルシウスたちが状況整理に入る中で、私はすでに考えていた。

 この話をどう本にするか。

 どこまでフェルディナンドの功績を残すか。

 いや、そもそも残す必要があるのか? 

 若者というのは、派手な出来事を経験しても、その価値を正しく語れないことがある。

 いや、多い。圧倒的に多い。

 ならば、それを“正しい物語”へ変換するのは、年長者の務めではないか。

 しかも、私も現場にいた。

 最後の補助は、たしかに私がした。

 そこに少し手を加えれば、物語の重心は十分こちらへ寄せられる。

 つまりこれは、盗むというほどでもない。

 整理だ。編集だ。演出だ。

 私はいつもそうしてきたし、それはたいていうまくいってきた。

 

 私は、若きフェルディナンド・ブラックとともに小応接間へ入った。

 正確には、彼が先に入り、私がそれに続いたのだが、物語というものは順番より印象が大切である。読者が覚えているのは、誰が先に扉をくぐったかではない。誰がその場を支配していたか、だ。そして、それは当然、私の側であるべきだった。

 今夜の一件は実に惜しいところまで来ていた。古い名家、由緒ある夜会、暴走する継承魔術具、怯える客人たち、そしてそれを収める若きブラックと名高い魔法使い。筋はいい。非常にいい。あとほんの少し整えれば、完璧な一冊になる。

 問題は、フェルディナンド・ブラックが、あまりにも物語向きでない人間だったことだ。

 彼は応接間の中央で立ち止まり、こちらを振り返った。装は乱れていない。呼吸も落ち着いている。あれだけの騒動の直後だというのに、少しも気分を高揚させていない。若いくせに、妙に舞台慣れしているのではなく、逆に舞台そのものに興味がない顔だった。

 そういうタイプは困る。こちらが筋書きを整える前に、「事実」などという味気ないものを持ち出してくるからだ。

「いやいや、見事だったよ」

 私はまず、最大限に好意的な笑みを浮かべた。相手を持ち上げる。安心させる。自分は敵ではないと思わせる。こうした基本を、世の人々は軽んじすぎている。

「ブラック家の品は厄介だ。あれをあそこまで抑え込むとはね。若いのに実にたいしたものだ」

「そうですか」

 それだけだった。

 普通なら、少しは照れる。あるいは身を固くする。あるいは、いくらか警戒しても、言葉の隙を探す気配くらいは見せる。だが彼は、ただ“そうですか”と言っただけだった。 感謝も虚勢もない。相手に気分よく喋らせるのが下手な人間というのは、本当に困る。

 だが私は、そういう不器用な若者に寛大である。

「ただ」

 私はやわらかく続けた。

「若さというものは惜しいものだね。せっかくの働きも、きちんと語られなければ残らない」

「残らなくて結構です」

「そう言うと思ったとも」

 私は軽く笑った。

 ここまでは予想通りだ。むしろ、このくらい頑なな方が話は進めやすい。

 本人が前へ出ないなら、私が代わりに出ればいい。

 

「もちろん、君の名を完全に消すつもりはない」

「いりません」

「いや、多少は出した方がいい。若きブラック家の秀才、家の危機に立ち向かう──悪くないだろう?」

「まったく」

「そうだろう?」

「いいえ」

 即答だった。

 しかも、平然としている。

 私は一瞬だけ、本気でこの少年は人気商売に向いていないなと思った。

 だが、だからこそ価値がある。

 こういう者は、自分で話さない。

 自分で話さない者の物語ほど、他人が編集しやすいものはない。

 

「君は分かっていない」

 

 私は少しだけ声を落とした。

「今夜の話は、きちんと整えれば非常に美しい一編になる。ブラック家の夜会、古い継承具、名門の危機、若い当事者、そして経験豊かな魔法使いの介入」

 

 彼の目が少しも動かない。

 嫌な静けさだった。

 

「最後の防御は私が支えた。あれがなければ、君の術式もきれいには決まらなかっただろう」

「そうですね」

 

 私は少しだけ気分を良くした。

 やっと認めたか。

 だが彼は続けた。

 

「“きれいには”決まらなかったかもしれません」

「ほら」

「多少、見栄えが落ちたでしょう」

 

 私は黙った。

 彼も黙った。

 腹立たしい若者である。

 だが、この程度で気分を害していては話にならない。私は大人であり、著名人であり、物語を知る男だ。

 彼のような、才能があるだけでまだ若い少年とは違う。

 

「ともかく」

 

 私は言った。

 

「この件は私が引き取ろうと思う」

「断ります」

「君に断る権利はない、と言ったら?」

「あります」

「いや、法的な意味ではなく」

「ならなおさらあります」

 

 困ったものだ。

 会話がまるで滑らかにならない。

 だが、その頑なさもまた、若さゆえのものと処理できる。

 そう、処理だ。

 私はいま、目の前の素材を処理しているにすぎない。そう考えれば腹も立たない。

 

「……まあいい」

 

 私はついに本題へ入ることにした。

 

「記憶というものはね、時として整理した方が本人のためでもある」

 

 今度は、彼がわずかに目を細めた。

 やっと反応らしい反応が出た。

 

「君は今夜、少し興奮している。若いのだから無理もない。細部の順番や、誰が何をしたか、そのあたりが多少曖昧になっても責めはしないとも」

「なるほど」

「うん」

「つまり、私の記憶を消して、先生に都合のいい英雄譚へ変えると」

 

 あまりにも直裁だった。

 私は一瞬だけ苛立ったが、顔には出さない。

 

「言い方というものがある」

「必要ですか?」  

「美しさのためにはね」

 

 そう言いながら、私は杖を抜いた。ここで一瞬でもためらえば、かえって相手に準備を許す。

 躊躇なく、なめらかに、いつも通りに。

 私はこの呪文に慣れていた。慣れすぎていると言ってもいい。

 

「オブリビエイト!」

 

 光は美しく走った。

 発音も完璧だった。私は、自分でも惚れ惚れするほど見事に呪文を放った。

 だからこそ、それが弾かれた時、私は本当に数秒何も考えられなかった。

 

 忘却呪文が砕ける。私の魔法が、まるで軽い余興みたいに、きれいに散った。

 

「な──」

 

 口から出たのは、その一音だけだった。

 フェルディナンド・ブラックは、最初からそこに防御を置いていたみたいな顔で、静かに杖を構えていた。少しも乱れていない。

 少しも驚いていない。 

 まるで、私がここで忘却術を使うことまで、最初から知っていたみたいだった。

 

「やはり」

 

 彼は言った。

 

「この程度の浅さでしたか」

 

 浅さ。

 浅い。

 私を、今、浅いと言ったのか。

 

「何を言っている」

 

 私はすぐに声を整えた。

 ここで取り乱すのは悪手だ。

 いつだって、先に崩れた方が負ける。

 

「授業中から、あなたの目線と杖の向きは軽薄でした」

 軽薄。

 ずいぶんな言葉だ。

 だが反論する前に、彼は続けた。

 

「あなたは人の経験に、自分の名前を書き足す癖がある」

「言いがかりだ!」

「では今の呪文は何です」  

「私は、ただ、精神的動揺を鎮めるために──」

「忘却術で?」

「うっかりだ!」

「大人がそれを言いますか」

 

 その時だった。

 

「言うらしいな」

 

 後ろから声がした瞬間、私はようやく理解した。

 罠だ。

 ルシウス・マルフォイがそこにいた。

 壁際には、記録用の銀板まで埋め込まれている。

 小応接間へ人が引き、私が動き、そしてこのやり取りがすべて残るように整えられていたのだ。

 私は初めて、本当の意味で血の気が引いた。

 

「ルシウス、これは誤解で──」

「誤解ではない」 

 

 あまりにも冷たい声だった。

 

「私はお前がこうすると思っていた」

「思っていた?」  

「お前は分かりやすい」

 

 彼は言った。

 

「功績、名声、語る価値のある事件。そして口を閉ざしそうな若者。食いつかない理由がない」

 

 その言い方。

 それはまるで、最初から役を与えられていたみたいではないか。

 いや、みたい、ではない。

 その通りなのだろう。

 継承魔術具の暴走は本物だった。

 だが、そのあとで私に与えられた位置は、最初から決まっていたのだ。

 手柄を横取りしようとし、うっかり忘却術まで使ってしまう、もっとも見苦しい役。

 私は主役のつもりだった。

 だが実際には、悪役だったのだ。

 その理解は、忘却呪文を弾かれた時よりも痛かった。

 ルシウスが言う。

 

「ブラック家の人間に忘却術を行使しようとした」

 

 ひとつ。

 

「ブラック家の継承具の件を、自分の武勇伝に仕立てようとした」

 

 ふたつ。

 

「証拠つきだ」

 

 ああ、終わったな、と私は思った。

 でも、口だけは勝手に動いた。

 

「大げさだ! そこまでのことはしていない!」

「他人の記憶を削って功績を奪おうとする男が、よく言う」

 

 フェルディナンドが言った。

 静かで、冷たくて、最悪だった。

 ルシウスが、ほとんど退屈そうに杖を振る。

 

「アズカバン送りだ」

 

 その言葉で、やっと私は、自分がどこまで落ちたかを理解した。

 アズカバン。あの名を聞いた瞬間、人はだいたい冗談では済まないと分かる。

 

「待ってくれ、話せば──」

「話しただろう」

 

 ルシウスが言った。

 

「十分にな」

 

 銀の拘束が腕へ巻きつく。

 私の物語は、いつだって最後に私が勝つようにできていた。少なくとも、そういうふうに編集してきた。だが今回は違った。

 今回の筋書きは、最初から私のものではなかったのだ。

 その時、廊下の向こうで少女の声がした。

 

「でも、あの話は本にしたら売れそうではあったよ」

 

 ローゼマイン・マルフォイだった。

 柱の陰から半分だけ顔を出している。

 まったく空気を読んでいない発言だったが、私はほんの一瞬だけ、本気でその通りだと思ってしまった。

 実際、売れただろう。

 もし私がもう少し賢く、もう少し慎重で、そしてもう少し運がよければ。

 私が自分の手で手柄を立てていれば。

 だが、その“もし”は、だいたい破滅の直前にしか来ない。

 皮肉なことに、その夜はまだ終わらなかった。

 玄関ホールの方で、慌ただしい声と足音が響いた。  コーネリウス・ファッジ魔法大臣が、ひどく取り乱した顔で飛び込んできたのである。

 

「ルシウス! ナルシッサ! 大変だ!」

 

 ルシウスは私の方を一度も見なかった。

 もはや私は、処理の決まった後景でしかないらしい。

 

「何だ」

 

 彼が言う。

 ファッジは息を整え、唾を飲み込み、それから告げた。

 

「シリウス・ブラックが──アズカバンから脱走した」

 

 その瞬間、空気が変わった。

 私の件など、本当に一瞬で価値を失うほどに。

 微笑んでいた人たちの顔が変わる。

 ルシウスの不機嫌は別の種類の緊張へ。

 ナルシッサは扇を止めた。

 

 フェルディナンドだけが、ひどく静かな顔で立っていた。だが、その静けさが一番怖かった。

 私は拘束されたまま、その場にいた。

 さっきまで自分が今夜の悲劇の中心だと思っていたのに、違ったらしい。

 本当の幕開けは、その知らせからだったのだ。

 私は、ようやく理解した。

 今夜の舞台で私に与えられていた役は、主役でも悪役でもなかった。

 せいぜい、幕が上がる前に転んで片づけられる、賑やかな前座である。

 





ロックハートにざまあは必要という判断でロックハート視点でお送りしました。
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