本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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24話 読書仲間、実家に来る

 シリウス・ブラックがアズカバンから脱獄した、その翌朝のことだった。

 朝刊の一面には、でかでかとその名前が載っていた。黒々とした見出し。魔法大臣の慌てた談話。アズカバン史上初の脱獄だの、極悪な殺人犯だの、いかにも人を不安にさせる言葉が並んでいる。

 もっとも、わたしにとって本当に衝撃だったのは、その新聞そのものではなかった。

 

「砂糖は二つでよかったかな、ローゼマイン」

 

 トムが、当然のようにわたしの紅茶に角砂糖を入れた。

 わたしはパンを持ったまま固まった。

 

 学期末に屋敷へ戻ってきた時には、もう少し話は段階を踏むものだと思っていたのだ。たとえば、まず父に呼び出されるとか、厳かな家族会議が開かれるとか、せめて「これはどういうことなの」と問い詰める時間くらいはあるはずだった。

 けれど現実はそうではなかった。

 帰宅したその日のうちに、トムはすぐに日記から出て何やら父と長く話し込み、わたしの知らないところで交渉を済ませ、気がつけば「夏の間、屋敷に滞在する客人」という扱いになっていた。あまりにも手際がよすぎる。トムが実家に来るだけでもだいぶ変なのに、いつの間にか住むことになっているのは、もっと変だ。

 しかも、前よりはっきりして見える。

 日記から現れていた時の、どこか輪郭の薄い不安定さがない。触れれば消えそうだった曖昧さが、今は妙に現実味を帯びている。

 その理由も、わたしは知っていた。

 トムはいつの間にか杖まで持っていたのである。

 誰がどう考えても父の仕業だ。わたしは一応問い詰めたが、「客人に最低限の便宜を図るのは当然だ」と涼しい顔で返された。最低限の便宜で杖を与える家、たぶんうちくらいだと思う。

 

 来てもう何日も経つが、未だにわたしは慣れなかった。改めて黒髪の青年を見る。

 トムはまるで何百年も前からこの家の朝食卓に座っていたみたいな顔をして、平然とバターを塗っていた。

 気味が悪い。

 いや、読書仲間が近くにいるのは便利である。読みたい本についてすぐ議論できるし、蛇語の練習もできるし、秘密の部屋の書庫化計画について相談もできる。  でもそれとこれとは話が別だ。

 日記の中の友人が実家に来るのは、普通にちょっと変である。

 

 母は父の判断に一切口を挟まなかった。ハウスエルフたちも、もう何もかも承知している顔で給仕している。

 適応が早すぎる。

 この家、異常事態への順応が妙に速い。もう少し驚いてもよくない? 

 

 ドラコがナイフを置いた。

 

「父上、やっぱりおかしいです。なんでこいつはずっとここにいるんです。いつまでいるんですか?」

「ドラコ」

 

 父は冷ややかにたしなめた。

 

「口の利き方に気をつけろ。彼は客人だ」

「客人!?」

「夏の間だけ滞在する。そう説明したはずだが?」

「夏の間だけでも長いよ!」

「長期休暇だからな」

「理屈になってない!」

 

 わたしは紅茶を飲んだ。

 甘い。勝手に砂糖を入れられたぶん、ちょっと甘すぎる。

 新聞の一面より、朝食の席の方がよっぽど怖かった。

 

 

「ジャムを取ってくれるかな、ドラコ」

 

 トムが柔らかく言った。

 

「自分で取れば」

「遠いんだ」

「知らない」

「意地が悪いね」

「お前に言われたくない!」

 

 朝食の席で堂々と口喧嘩するな。いや、ドラコが一方的に突っかかっているのだけど、トムも完全に楽しんでいる顔なのでだいぶ悪い。

 父はそれを咎めず、新聞を畳んだ。

 

「本日、セブルスが来る」

 

 その一言で、わたしはスプーンを止めた。

 

「……今日?」

「夏季の学習を見てもらう。怠けるな」

「はい」

 

 ドラコの返事は明らかに固かった。

 

 トムが静かに眉を上げる。

 

「それは楽しみだ」

「全然楽しそうじゃないやつが言う台詞だよ、それ」

「君たちの教師なのだろう。ぜひ会ってみたい」

「やめて」

「なぜ?」

「ろくなことにならない気がするから」

 

 わたしの勘はたぶん当たっていた。

 朝食のあと、屋敷の空気はいつも以上に重かった。  父は書斎にこもり、母は手紙をいくつも受け取っていた。ブラック家の脱獄騒ぎで社交界が落ち着かないのだろう。応接間を通りかかった時、母が珍しく厳しい顔で家系図を見ているのが目に入った。

 ドラコは露骨に機嫌が悪く、トムはそれを面白がるように、でも本当に気にしていないようにも見える態度で、本が積まれたテーブルの前に立っていた。

 

「それ、わたしの本なんだけど」

「知っているよ」

「知ってて勝手に並べ替えないで」

「並べ替えてはいない。崩壊を防いでいる」

「崩壊しないよ」

「落ちる」

「まさか」

「抜いてみようか」

「やめて!」

 

 やめさせた。

 だが、彼が指差した場所はほんとうに危うかった。悔しい。

 

「君は積む時の欲望が強すぎる」

 

 トムがさらりと言う。

 

「読みたい順に詰め込んで、重心を考えていない」

「本は読みたい順に置くものでしょ」

「夢を見すぎだ」

「本好きに対する侮辱だよ」

 

 その時、廊下の向こうからドラコの声がした。

 

「母上! スネイプ先生、着いたんですか!?」

「ええ」

 

 母の落ち着いた声が返る。

 

「応接間へいらっしゃい」

「……こいつも?」

「もちろんよ」

 

 ドラコの沈黙には、「なんでだよ」がぎっしり詰まっていた。

 トムはわたしを見た。

 

「さて、面白くなりそうだ」

「絶対ろくでもない意味で言ってるでしょ」

「さあね」

 

 スネイプ先生が屋敷に入ってきた瞬間、空気の温度が少し下がった気がした。

 いつもの黒いローブ、いつもの不機嫌そうな顔、いつもの全部見抜いていそうな目。人の家なのに人の家らしさを一瞬で消すの、ある意味ですごいと思う。

 

「ルシウス」

「セブルス、よく来てくれた」

 

 父と短い挨拶が交わされる。

 スネイプ先生の視線がわたしたちへ向き、そこで一人分だけ止まった。

 

「……そちらは?」

 

 来た。

 父はまるで何の問題もないことのように答えた。

 

「フランスにいる親戚筋の子だ。夏の間だけ預かっている」

「トム・ジェドゥソールです」

 

 本人が優雅に一礼した。

 

「どうぞよろしく、先生」

「そうか」

 

 短い返答だった。

 でも、その一瞬でスネイプ先生の目がほんのわずかに細くなったのを、わたしは見逃さなかった。

 見てる。ものすごく見てる。

 

「フランスか」

「ええ」

 

 トムが微笑む。

 

「英国にはまだ不慣れですが、ぜひご教示ください」

「……綺麗な英語だな」

「良い英語教師がいたんです」

 

 父が会話を切るように言った。

 

「魔法薬学を見てやってくれ」

「承知した」

 

 その時、スネイプ先生がふと新聞の方へ視線を向けた。応接間のサイドテーブルに置かれた朝刊の一面には、まだシリウス・ブラックの名が大きく載っている。

 

「騒がしい夏になる」

 

 低い声だった。

 

「ブラックの脱獄で、魔法省は落ち着きを失っている。純血の家も例外ではない」

 

 ドラコが少しだけ顔を強張らせた。スネイプ先生はそれを見て、表情ひとつ変えずに続ける。

 

「学校も例外ではないだろう。余計な好奇心は身を滅ぼす。新聞の見出しに浮かれて、危険と事件を取り違えるな」

「はい、先生」

 

 わたしとドラコは同時に答えた。

 

 でも、トムは少し首を傾げただけだった。

 

「興味深いですね」

「何がだ」

 

 スネイプ先生の声が冷える。

 

「人は名前が焼かれた相手ほど、逃げ出した時によく騒ぐ」

 

 一瞬、空気が止まった。

 うわあ。そこ言う?

 

 母の手がほんの少しだけ止まる。父の視線が細くなる。ドラコは「あっ」という顔をしていた。わたしも同じ顔をしたと思う。

 スネイプ先生だけが静かだった。

 

「君は」

 

 低く言う。

 

「客人としては、少々観察眼が鋭すぎるようだな」

「本を読む癖で、人の反応もつい読んでしまうんです」

「……そうか」

 

 こわい。二人ともこわい。

 トムは絶対にいらないことを言ったし、スネイプ先生は絶対に聞き流していない。

 

 その日の課題は、解毒薬の基礎調整だった。

 魔法薬は嫌いじゃない。手順を守ればかなり正直だ。人間みたいに突然気分で裏切らない。もちろん、切る角度や温度管理で平気で地獄を見ることはあるけれど、人間よりはまだ理屈が通る。

 スネイプ先生は相変わらず容赦がなかった。

 ドラコには期待込みで厳しいし、わたしには「遅い」と言うし、トムには何も言わない。

 何も言わないのがいちばん怖い。

 トムはわたしたちから少し離れた作業台に立っていた。客人のはずなのに、妙に板についている。杖を持つ手も薬草を刻む手も無駄に綺麗で腹が立つ。

 ドラコは隣で、普段より集中していた。

 たぶん、トムの前で失敗したくないのだ。分かりやすすぎる。

 

「ミスター・マルフォイ」

 

 スネイプ先生が冷ややかに言った。

 

「すり潰す前に芯を抜け。そう教えたはずだが」

「……はい、先生」

 

 ドラコのこめかみがぴくりと動く。

 あ、機嫌が悪い。

 これは危ない。焦ると雑になるやつだ。

 

 案の定、その少しあとだった。

 ドラコが、よく似た二つの瓶のうち、右を取った。  見た瞬間に「あ」と思った。だが声に出すより早く、その粉末は坩堝へ落ちた。

 月長石ではなく、乾燥した睡蓮の雌しべ。

 見た目は似ているのに、結果はまるで違う。あれが入ると泡立ちが変わり、粘度が狂い、色が濁る。今ならまだ立て直せる。でも、すぐ処置しないと失敗作まっしぐらだ。

 ドラコの顔色が変わった。

 スネイプ先生はちょうどわたしの方を見ていて、まだ気づいていない。

 どうする、と思った瞬間だった。

 

「ドラコ」

 

 トムが穏やかな声で言った。

 

「火を少し弱めた方がいい。焦げやすい」

 

 声にしたのは、それだけ。

 でもその言い方が絶妙だった。

 ドラコは一瞬だけトムを睨み、それから鍋を見た。  火を弱めるふりをして、すぐに薬匙を入れ、余分な泡を潰し、別の瓶から月長石を加えた。さらに、標準手順にはない薄青の液体を二滴落とす。

 わたしは目を瞬いた。

 

 中和液? それ、どこから──

 

 トムの前の作業台に、栓の緩んだ小瓶が空いていた。

 薬はぎりぎりで落ち着いた。

 色は規定通り。粘度も許容範囲。泡も消えた。

 スネイプ先生が振り返った時には、もう何事もなかったように見えた。

 

「……ふむ」

 

 黒い目がドラコの坩堝をのぞく。

 

「悪くない」

「ありがとうございます、先生」

 

 ドラコの声は普段より少し硬かったが、ほっとしたように息を吐いた。

 次にスネイプ先生はトムの薬を見る。

 こちらは腹立たしいほど完璧であるようだ。

 

「君は」

 

 スネイプ先生が言う。

 

「フランスで随分と丁寧な教育を受けたらしい」

「幸運でした」

「そうだろうな」

 

 嫌な会話だ。

 どちらも一歩も引かないし、どちらも笑っていない。

 授業が終わり、スネイプ先生が父と何やら話しに行ったあと、ドラコは薬品棚の陰へトムを引きずり込んだ。

 

「何のつもりだ」

 

 ひどく低い声だった。

 

「助けるなら最初から助けろよ」

「最初から助けたよ」

 

 トムは涼しい顔で言った。

 

「声をかけただろう」

「分かるように言え!」

「君なら分かると思った」

「……っ」

 

 ドラコは怒っていた。でも怒りだけではない顔だった。悔しさと、助かった安堵と、借りを作った不快感が全部混ざっている。

 今いちばん嫌な気分なのは、たぶんドラコ自身だろう。

 トムは微笑む。

 

「僕は何もしていない。君が自分で立て直した。先生もそう判断した」

「……」

「違うかい?」

 

 うわ、嫌な言い方。

 ドラコはしばらく黙った。

 怒るべきか、殴るべきか、感謝すべきか、たぶん全部で迷っている。

 トムはとどめみたいに言った。

 

「君がここで恥をかくと、ローゼマインが妙に気にするからね」

「は?」

「マインの機嫌が悪いのは面倒なんだ」

「……それ、本当に僕を助けた理由か?」

「十分だろう」

 

 最悪だった。

 最悪だけど、ドラコにはその恩着せがましくなさが逆に効いたらしい。露骨に貸しを主張されたら、絶対に反発したはずだ。けれどトムはそうしない。助けて、主導権を握って、しかも相手に「借りを認めるかどうか」を委ねたみたいな顔をする。

 狡い。ものすごく狡い。スリザリンとして出来がよすぎて嫌になる。

 

「……礼は言わない」

 

 ドラコがようやく言った。

 

「別に構わない」

 

 ドラコが、ぎりっと奥歯を噛んだ。

 そして悔しそうに、でも前より少しだけ違う目でトムを見た。

 

「勘違いするなよ、マインの兄は僕だ」

「知っている」

 

 え、そこなの? そこで張り合ってたの? 

 

「……ならいい」

 

 夕方、スネイプ先生は帰る前に父と短く何か話していた。その途中で一度だけ、こちらを見た。わたしではない。トムの方を。

 疑っている。でもまだ断定はしていない。そんな目だった。

 トムは何も気づかないふりをして、ソファで本を読んでいた。

 ほんとうに神経がず太い。

 その夜の夕食では、朝より空気が少しだけ変わっていた。

 ドラコはまだむすっとしていたけれど、トムに「それを取ってくれるかな」と言われて無視はしなかった。母はそれを見ても何も言わず、父はまるで最初からこうなると分かっていたみたいな顔をしている。

 わたしはスープを飲みながら、なんともいえない気持ちになった。

 シリウス・ブラックが脱獄した。

 新聞は一日中その話でもちきりだ。ブラック家の名前は、朝から晩まで不吉に響いている。

 なのに、うちの屋敷では別の異常が、もっと静かに、もっと自然な顔で進行していた。

 読書仲間が実家に来た。

 しかも、ものすごくうまく居つこうとしている。

 気味が悪い。でも本を粗末にしない。

 怪しい。

 でも、前よりは確実にこの家に馴染んでいる。

 それがいちばん嫌だった。

 家族ではない誰かが、家族の席に座り、家族の会話に入り、家族の空気を少しずつ覚えていく。まるで前からそこにいるべきだったみたいな顔で。

 わたしは向かいに座るトムを見た。

 彼は視線に気づいて、静かに笑った。

 

 父は書斎へ、母は応接間へ、ドラコは「感じの悪い居候と同じ空気を吸いたくない」と捨て台詞を残してどこかへ行った。

 だから、いま廊下にいるのはわたしとトムだけだ。

 

「待って」

 

 わたしが呼ぶと、トムは振り返った。

 もうこの屋敷の住人みたいな顔をしているのが、やっぱり少し気味が悪い。前まで日記の中にいたくせに、どうしてそんなに自然にマルフォイ家の廊下を歩けるの。  でも、その不自然さを見ても、完全に嫌だとは思えないのが困る。本を粗末にしないし、話は通じるし、何より読書仲間としてはかなり有能なのだ。

 

「何かな、ローゼマイン」

「何かな、じゃないよ」

 

 わたしは腕を組んだ。

 

「お父さまに何を言ったの」

「たくさん」

「そういうのを答えてないって言うんだよ」

「知っている」

 

 にこやかだ。にこやかだけど、ぜんぜん話す気がない顔ではない。むしろ、どう説明したらわたしが一番納得するか考えている顔だ。

 そういうところがずるい。

 

「だって、おかしいでしょ」

 

 わたしは小声で言った。

 

「屋敷に住むことになってるし、杖まで持ってるし、ドビーとかももう普通に給仕してるし、お父さまもお母さまも当然みたいな顔してるし。前まで日記の中にいたのに、どうして客人になってるの」

 

 トムは少しだけ笑った。

 

「君のお父上は慎重だ。いきなり客人を住まわせるほど軽率ではない」

「それはそう」

「だから、納得する材料が必要だった」

「何を出したの」

 

 トムは窓辺に寄り、カーテンの隙間から庭を見た。孔雀が一羽、たいして意味もなく偉そうに歩いている。ああいう生き物を好んで飼っている時点で、うちもだいぶ大概だと思う。

 

「まず、僕は君に害をなさないと約束した」

「……ほんとに?」

「少なくとも、君のお父上が許容できない形では」

「ちょっと不穏だけど、完全な嘘じゃないね」

「正直者だろう」

「うん。そこは評価してる」

 

 トムが一瞬、わずかに目を細めた。

 そういう顔をされると、こっちが変なことを言ったみたいで困る。

 

「それから」

 

 彼はさらりと続けた。

 

「僕がこの家にとって有益であることも示した」

「有益」

「特に、先の読めない時期にはね」

「シリウス・ブラックのこと?」

「それもある」

 

 わたしは少し黙った。

 お父さまがあの新聞を読んでいた時の、静かすぎる顔を思い出す。ブラック家の名前が新聞の見出しになるのは、たぶん気分のいいことではない。

 

「でも、それだけで杖までは出さないでしょ」

「そうだね」

「じゃあ、何」

「信用の前払いだよ」

「前払いで杖を渡すの、だいぶ思い切ってない?」

「君のお父上は、手綱を握れる相手には大胆だ」

「握れてるの、それ」

「そう思っている」

「そこがちょっとこわい!」

 

 トムは肩をすくめた。

 

「それに、杖がないままでは不便だった」

「それはトムの都合でしょ」

「客人に最低限の便宜を図るのは当然だそうだ」

 

「お父さまが“置いてもいい”と思うほどの何かを、出したんでしょ」

 

 トムはすぐには答えなかった。その沈黙が、逆に答えだった。

 

「自分がどれだけ交渉材料として優秀かを自覚した方がいい」

「……は?」

 

 嫌な予感がした。

 

「君が僕無しでは生きていけない」

「その言い方やめてよ」

「必要としている、でもいい」

「そっちの方がまだまし」

「では、必要としている」

「……まあ、うん」

 

 認めると悔しいけど、そこを否定すると話が進まない。読書仲間として優秀なのは事実だ。秘密の部屋にも蛇語にも古い知識にも関わっている以上、いなくなられると普通に困る。

 

「僕は君の読書計画に役立つ。秘密の部屋にも、蛇語にも、古い知識にも、魔力の制御にも」

「うん」

「だから君は僕を手放せない」

「……それも、うん、そうだね」

「君のお父上はそれを認めた」

 

 わたしは顔をしかめた。

 でも、見抜かれているだろうなとは思う。

 

 

「納得した?」

 

 トムが聞く。

 

「半分くらい」

「上出来だ」

 

 そう言って、彼は本当に当たり前みたいな顔で廊下を歩き出した。自分の部屋へ戻る人みたいに自然に。

 

「待って」

 

 もう一度呼ぶと、トムは肩越しに振り向いた。

 

「まだあるの?」

「一番大事なことを聞いてない」

 

 わたしはじっと彼を見た。

 

「ほんとにわたしたちを騙してない?」

「誠実さと不誠実さを適切に配合したつもりだよ」

「薬みたいに言わないで」

「魔法薬学は嫌いではないだろう?」

「そういう問題じゃない」

 

 トムはくすりと笑った。

 ほんとうにずるい。

 でも、全部嘘だと言われるより、半分本当だと言われる方がこの男らしい。そう思ってしまうあたり、たぶんもうだいぶ毒されている。

 

「ねえ、マイン」

「何」

「君のお父さまを説得した方法を、もう一つ教えようか」

 

 トムは静かに言った。

 

「僕は君たち家族の命を保証すると言った。闇の帝王はいつか復活する。そのときに向こうの思考を理解できる僕の存在が必要だ」

 

 わたしは数秒、固まった。

 それから言った。

 

「……本当にそんなことできるの?」

「できるから約束したんだよ」

 

 トムは楽しそうに笑った。

 わたしはその背中を睨みつけた。

 でも、さっきほど強くは睨めなかった。

 

 父が何を見て、何を許して、何に手綱をつけたつもりなのか、少しだけ分かった。

 分かったけれど、納得はしていない。

 していないのに、たぶんこれからもしばらく、この読書仲間は当たり前みたいな顔でうちの廊下を歩くのだろう。

 やっぱり少し気味が悪い。

 でも、完全に嫌ではない。

 それが一番厄介だった。

 





トム・リドルの偽名を直しました。
フランス語版のTom Elvis Jedusorからとっています。
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