本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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28話 魔法書研究会

 

 新しく本好きのための部活を作る計画が思ったより本格的になったせいで、わたしは少しだけ上機嫌だった。魔法書研究会の場所は確保できたし、部員候補も増えた。ハーマイオニーはすでに活動計画を書き始めている。

 その余韻のまま、わたしたちはマートルのトイレへ来ていた。今日はハリーとドラコも来ている。

 

「今でも思うけど」

 

 ロンが言う。

 

「女子トイレに入り口作ったやつ頭イカれてるよな」

「仮の入口の場所に文句を言われても困るよ」

 

 わたしは言った。女子トイレをスコージファイで綺麗にするのを忘れない。

 

「スリザリン生になれば寮から行けるよ」

 

 ハリーは少し後ろで周囲を見回していた。今年はシリウス・ブラックの件があるからか、こういう人気のない場所にいるだけで少し緊張感が出る。もっとも、わたしたちが今から入ろうとしている場所は、人気がないどころか、人気があってはいけない場所なのだけれど。

 

「本当にロンも開けられるの?」

 

 ハリーが聞いた。 ハリーがいないときはロンが開けていると最近聞いて驚いたようだった。

 

「かなり発音が上手いよ」

 

 わたしは言った。

 わたしたちは蛇の刻印のある蛇口の前に立った。ロンが少し嫌そうな顔をしたまま、低い声で言う。

 

『開け』

 

 蛇口は、きゅるりと不機嫌そうな音を立てて動いた。

 トイレの暗い穴が口を開ける。滑り降りて秘密の部屋へ着くと、いつものひんやりした空気が迎えてくれた。少し湿っていて、石と古い空気の匂いがする。けれど前よりずっと、人が使っている場所の匂いも混ざっていた。本と羊皮紙、インク、布。わたしたちが少しずつ持ち込んだものの匂いだ。

 

「やっぱり何回来ても変なところだよな」

 

 ロンが言う。ハリーは辺りを見回す。

 

「でも前よりずっと人の部屋っぽい」

「書庫だからね」

 

 わたしが胸を張った。

 実際、前よりかなり整ってきている。本棚も増えたし、簡易机もあるし、毛布やランプの置き場まで決まりつつある。トムはベッドを持ち込んで生活し始めてから、秘密の部屋は驚くほど綺麗で整えられるようになった。避難所兼書庫として、かなりいい感じだった。

 ただ、一つだけ違和感があった。

 

「……あれ?」

 

 わたしは足を止めた。

 

「どうしたの?」

 

 ハーマイオニーが聞く。

 いつもなら、アルドゥスがもっと早く気配を見せる。少なくとも「来た」「本」「ごはん」くらいの主張はある。なのに今日は、妙に静かだった。

 

「アルドゥス?」

 

 呼んでみる。

 返事はない。

 代わりに、どこかから小さな音がした。

 かり。

 かり、かり。

 わたしは眉をひそめた。

 

「今、何か聞こえた?」

「水音じゃない?」

 

 ハリーが言う。

 

「いや」

 

 わたしは首を振る。

 

「もっと嫌な音」

「嫌な音って何」

「何かをかじる音に似てる」

 

 そう言った瞬間、自分でぞっとした。

 ここには紙がある。かなりある。むしろ、それが売りだ。

 そして、紙をかじるものといえば──

 

「……まさか」

 

 わたしは書架の方へ駆けた。

 いた。

 

「ぎゃあああああ!」

 

 悲鳴を上げたのは、たぶんわたしだったと思う。

 でもこれは普通の悲鳴ではない。恐怖半分、怒り八割の悲鳴である。

 本棚の下の隙間から、灰色のネズミが顔を出していた。しかも一匹ではない。二匹。三匹。いや、もっといる。そのうちの一匹が、よりによって棚のいちばん下に置いてあった本の角を、前歯でかりかりとかじっていた。

 

「やめて! 本に近づくな!」

 

 わたしは反射的に叫んだ。 本棚の本が避難するように空中に舞い上がる。ハリーたちは驚いたような顔でその様子を見上げ、ハーマイオニーは「あのときの本屋はやっぱりあなただったのね」と呟いている。

 

「そこはだめ! だめに決まってるでしょ!」

「マイン、落ち着いて!」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

「落ち着いてられないよ! 本が!」

「やっぱりそこなんだね」

 

 ハリーが少し引いた顔で言った。

 

「そこだよ!」

 

 本がかじられているのだ。そこ以外のどこに着目しろと言うのか。

 

「うわ、またいた!」

 

 ロンが飛び上がる。

 

「秘密の部屋って蛇がいるのにネズミも湧くの!?」

「今初めて知ったよ! 知りたくなかったけど!」

 

 しかも、かりかりという音は一箇所ではなかった。書架の奥、机の下、持ち込み箱の陰。ぞろぞろと小さな影が動いている。

 衛生的に最悪だし、本の角が削られるのはもっと最悪だ。

 

「本をかじるな! 糞もだめ! 全部だめ!」

「落ち着いて、魔力が暴走しそうになっているわ」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「いや、もう暴走している。深呼吸しろ」

 

ドラコが続けて言う。

 

「落ち着いてられないよ!」

 

 その時だった。

 ずるり、と重い音がして、アルドゥスが鎌首をもたげた。目を覆ったままの顔が書架の下をちょろちょろ動くネズミたちに向く。

 

『ごはん』

 

 アルドゥスが蛇語で言った。

 次の瞬間、巨大な頭がぬっと前へ出た。

 あとは一瞬だった。

 ネズミたちは、逃げる間もなく、ぽん、ぽん、と順番に消えていった。

 消えたというか、丸呑みされた。

 たいへん食物連鎖に忠実な処理である。

 

「うわあ」

 

 ロンが顔をしかめた。

 

「助かったけど、うわあだね」

 

 ハリーも同意した。

 

「うん、すごくうわあだよ」

 

 わたしも頷いた。本棚に本が戻っていく。

 

『ありがとう、アルドゥス』

『おやつ代わりだ』

『それはよかった』

 

 アルドゥスは満足そうに喉を鳴らした。前より少し、いやかなり丸い。

 ドビーに甘やかされた結果であることは、もう疑う余地がない。

 

「僕、スキャバーズは絶対ここに連れてこない」

 

 ロンが真顔で言った。

 

「それは本当にそうして」

 

 わたしも真顔で返した。笑い話ではない。

 もしこれが一匹二匹で済まなかったら。

 もし夜のうちに、秘密の部屋の本棚に大量のネズミが湧いて、好き放題かじり始めたら。

 背表紙が削られる。

 頁が裂ける。

 紙片が散る。

 棚の隅に糞が落ちる。

 

「……やだ」

 

 思わず呟くと、ハーマイオニーがこちらを見た。

 

「何が?」

「ネズミが大量に湧いて、本をかじりまくるの想像しちゃった」

「うわ」

 

 ロンが素直に言った。

 

「それは嫌だね」

「嫌で済まないよ。書庫が終わる」

 

 その時、ふいに背後から声がした。

 

「ごめんごめん。アルドゥスのシャワーをしてたんだ。だいぶ汚れてたからね」

 

 トムだった。

 いつの間にか本棚の陰に立っている。相変わらず気配が薄い。ほんとうに、人の部屋だろうと秘密の部屋だろうと、こういう時だけ妙に馴染む。

 ハリーが、トムを見て少し眉を寄せた。

 

「ねえ」

 

 ハリーが言う。

 

「やっぱり君って、マインの魔法道具なの? トム・リドルだよね?」

 

 一瞬、静寂が落ちた。

 ロンが「魔法道具?」という顔をし、ハーマイオニーは「どういうこと」という顔をし、トムは「なるほど、そう来るか」と考えを整理する顔をしていた。

 わたしも一瞬だけ考えた。

 そして結論を出した。

 

「たしかに、そういう役割があるのは事実だね、うん。増えすぎた魔力を吸収してくれるんだ」

「そうなんだ」

 

 ハリーは妙に納得した。

 

「いや、そうなんだってなるのもどうかと思うけど。親戚って言ってなかった?」

 

 ロンが言った。

 

「人に紹介するときに魔法道具っていうと変に思われるでしょ」

「ハリーはなんで知ってるの?」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

「前に間違えてマインの日記をしばらく持ってたときがあって、そのときに話したことがあるんだ」

「へえ、なんで言ってくれなかったんだい?」

 

 ロンがそんな面白そうな話を何故黙ってたんだとばかりに腕を組む。

 

「あのときは秘密の部屋の行き来で忙しかったし、別にいいかなと思った。マインのって分かった後すぐに返したし」

 

 トムは少しだけ笑った。

 

「少しの間だけど面白い話が聞けて楽しかったよ」

 

 その少し離れたところで、ドラコが腕を組んだままトムを見ていた。ものすごく真剣な顔だった。

 

「どうしたの?」

 

 わたしが聞くと、ドラコは険しい顔のまま答えた。

 

「いや、トムが魔法道具だったとは知らなかったから驚いた。父上は教えてくれなかったし」

 

 ドラコまで勘違いし始めている。まあいっか。

 

 

 *

 

 

 その翌日、わたしたちは魔法書研究会の設立申請を出すことにした。

 わたしとハーマイオニーで書類をまとめ、アストリアに文面を整えてもらい、ルーナには「雑誌を持ち込んでも追い出されないかな」と聞かれたので「たぶん大丈夫」と曖昧に答えた。

 問題は部員集めだった。

 

「研究会って、ただ本好きですだと集まりにくいかもしれないわよね」

 

 ハーマイオニーが言う。

 

「悲しいけどちょっと分かる」

「だから、活動内容をもっと具体的にした方がいいわ」

「たとえば?」

「今話題のシリウス・ブラック事件について調べる、って宣伝するの。それをまとめて小冊子にすれば、活動として面白そうじゃない?」

「おお」

「ハリーのためでもあるし、興味を持つ人はいるはずよ」

「ハーマイオニー、時々すごくいい案を出すよね」

「時々じゃないわ」

 

 マダム・ピンスに頼み、図書室の掲示板に『魔法書研究会 魔法書、本好き求む! 放課後図書室にて 今年度の活動ではシリウス・ブラックについて調べて小冊子にします』と書いた張り紙を貼った。

 

 その宣伝は、思っていた以上によく効いた。

 まず、アストリアは最初から当然のように参加した。

 

「歴史資料を読むなら、わたしがいないと困りますよね」

 

 自信満々である。頼もしい。

 ルーナも、クィブラーを抱えてやってきた。

 

「シリウス・ブラックって有名なバンドのボーカルに似ているよね。もしかしたら、冤罪かもしれない」

 

 どうやら冤罪説を信じているようだった。

 ハリーは少し渋い顔をしたものの、「シリウス・ブラックを調べるなら」と参加を決めた。

 ロンはその横で、「本を読む部活動なんてハーマイオニーとマイン以外誰が入るんだ」と言いながら、結局ちゃんとついてきた。

 ドラコも来た。

 

「妹が変な研究会で変なことをしないか監視するため」  と言っていたけれど、たぶん半分くらい本当で、半分くらいはハリーたちがいるからだと思う。からかう機会を逃したくないのだろう。実にブレない。

 さらに、少し遅れて一人の女の子が図書室の入り口からこちらを窺っていた。黒髪をきちんと結んだ、レイブンクローの制服の子だ。

 

「……あの」

 

 その子は少し遠慮がちに言った。

 

「魔法書研究会ではシリウス・ブラックのことについて調べるってきいたんだけど、本当?」

 

 わたしは顔を上げた。

 

「うん。本当だよ」

「裁判資料を読んだり、新聞を読んだりする?」

「もちろん」

「じゃあ入る」

 

 その子は即答した。

 

「私、パドマ・パチル。裁判の傍聴が趣味なの。新聞記事とか裁判記録とか、手伝えると思う」

「すごく研究会向きの人だ」

 

 わたしが言うと、ハーマイオニーもすぐ頷いた。

 

「ええ、歓迎するわ。裁判に詳しい人は絶対に必要だもの」

 

 

 そしてもう一人。

 思いがけない参加者がいた。

 

「その、もし本を読む会なら、ちょっと興味があって」

 

 そう言って現れたのは、アーニー・マクミランだった。

 わたしたちが少し驚いていると、彼は少し気まずそうに咳払いをした。

 

「いや、シリウス・ブラックの件も気になるけど、その……本も、けっこう読む」

「本好きなの?」

 

 思わず聞くと、 「実は」とアーニーは少しだけ胸を張った。

 

「推理小説が好きなんだ。『ホグワーツ・ミステリー』とか」

「え、ホグミス好きなの? わたしも大好きだよ! なんで隠してたの?」

「隠してたわけじゃないけど、言う機会がなくて」

「大歓迎。今度語ろうね」

 

 わたしが言うと、アーニーはちょっと嬉しそうに笑った。

 そして、宣伝を聞いてやってきたもう一人がいた。

 

「シリウス・ブラックを調べると聞いた」

 

 フェルディナンド先輩だった。

 それだけ言って、当然のように席についた。

 あまりにも当然すぎて、誰も止め損ねた。

 いや、止められる気もしなかったけれど。

 この人シリウス・ブラックを殺そうとしているんだよね。

 

 こうして、魔法書研究会の初会合は、思ったよりかなり人数の多いものになった。

 図書室の一角に並んだ顔ぶれを見て、ハーマイオニーがぽつりと言った。

 

「……思ってたより、だいぶ大所帯になったわね」

「いいことだよ」

「本好きがこんなにいたんだな」

 

 ロンが感心したように言う。

 

「本好き以外もたぶん混ざってるけどね」

 

 ハリーがフェルディナンドを見て言った。

 初回の活動は、もちろんシリウス・ブラック事件についてちゃんと調べることから始まった。

 ハーマイオニーが手際よく羊皮紙を広げる。

 

「まず洗い出すべきなのは、当時の新聞記事」

「裁判記録も」

 

 パドマが言う。

 

「それからブラック家関連の歴史書も必要だと思います」

 

 アストリアが続ける。

 

「アズカバンの脱獄事例なんて、過去にほとんどないはずだよ。そのあたりの記録も大事じゃないかな?」

 

 アーニーが真面目に言う。

 

「本当に有名バンドのボーカルだったのかも写真をもとに調べたいな」

 

 ハリーの声は低かった。

 

「注目点が人によって違いすぎる」

「全部大事だね」

 

 わたしは頷く。

 

「怖い話ほど、細かいところが雑になりやすいから」

「それ、妙に説得力あるわね」

 

 パドマが言った。

 

「記事の煽りだけ大きくて中身が薄い時って、だいたい怪しいもの」

 

 たのもしい。

 さすがレイブンクローだ。話が早い。

 

「資料の分類はどうする?」

 

 パドマがもう一枚羊皮紙を引き寄せた。

 

「新聞、裁判、家系、アズカバン、目撃情報、で分ける?」

「いいね」

 

 ハーマイオニーが頷く。

 

「それなら整理しやすいわ」

「順番に読む人がいて助かる」

 

 わたしが言うと、パドマは少しだけ肩をすくめた。

 

「誰かがやらないと、あなたたち途中で横道に逸れそうだったから」

「……それはちょっと分かります」

 

 アストリアが真顔で言った。

 

「ひどいなあ」

「事実ね」

 

 ハーマイオニーも言った。

 フェルディナンド先輩は何も言わなかった。

 でも、ブラック家の記事の束だけは最初に自分の前へ引き寄せていた。その指先に入った力が、少しだけ強い。

 ロンが小さく呟く。

 

「なんか本格的だな……」

「研究会だからね」

 

 わたしは言った。

 

「本格的じゃないと困るよ」

「もっと、こう……好きな本を持ち寄って読んで終わりじゃないの?」

「それもいずれやる」

「いずれなんだ」

「まずは敵を知るところから」

「やっぱり物騒だな」

 

 でも、それでいいと思った。

 シリウス・ブラックはただの噂ではなく、現実に周辺をうろついていて、ハリーに関わるかもしれない存在だ。

 フェルディナンド先輩はその人を殺そうとしている。  

 でも、本があり、調べることがあり、手伝ってくれる人がいるなら、少なくとも怯えているだけでは済まない。  それは少しだけ、心強かった。

 わたしは机の上の古新聞を引き寄せた。紙の匂いがする。古い記録の匂いだ。

 こういう時、誰かが削った跡は、ちゃんと残る。

 

「じゃあ」

 

 わたしは言った。

 

「始めよう。まずは、シリウス・ブラックが何者だったのか、ちゃんと読むところから」

 

 魔法書研究会の最初の仕事は、こうして始まった。

 





マインはトムが実はヴォルデモートとハリーたちに知られるよりは魔法道具だと思われていた方が都合がいいので、皆の勘違いを黙認しています。  

魔法書研究会のメンバーはマイン、ドラコ、ハーマイオニー、ハリー、ロン、アストリア、ルーナ、パドマ、アーニー、フェルディナンドの10人です。部活動の人数としてはちょうどよいけど毎回全員集まるには少し多いですね。全寮在籍しています。
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