本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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34話 消えた証言と届いた招待状

 

 魔法書研究会の机の上には、最近、本以外のものが増えていた。

 古い新聞。魔法省の発表文。裁判記録の写し。ブラック家の家系図。新聞記事を年代順に並べた羊皮紙。そして、アーニー・マクミランが書いた、線だらけの相関図。

 その相関図は、正直に言って、事件よりも混沌としていた。地図ではない。呪われた芸術作品だ。

 

「つまりだね」

 

 アーニーが鼻息も荒く言った。 

 

「シリウス・ブラックは、ブラック家の財産を巡る陰謀に巻き込まれた可能性がある」

「昨日はシリウス・ブラック本人が黒幕だって言ってなかった?」

 

 ハーマイオニーが冷静に指摘する。

 

「昨日の僕は、まだこの線に気づいていなかった」

「その線、何につながってるの?」

「謎の協力者だ」

「謎を線で増やさないで。私たちは解決しようとしてるの」

 

 ハーマイオニーの声は静かだった。静かだったが、かなり容赦がない。ハーマイオニーの「静か」は「嵐の前の静か」なのだとわたしはもう学習した。

 ロンは椅子にもたれて、アーニーの相関図を眺めていた。

 

「この図、蜘蛛の巣みたいで嫌だな」

「蜘蛛ではない。推理だ」

「推理ってこんなに足が多いのか? 八本より多くない?」

「誤解を招く言い方をするな!」 

 

 アーニーは少し傷ついた顔をした。哀れだった。でも全部自業自得だった。

 その横で、ルーナは古い芸能欄を読んでいた。机の上に既に別の紙を二十枚ほど広げて、完全に自分の世界に入っている。

 

「でも、シリウス・ブラックが引退したロック歌手のスタビィ・ボードマンではないことは、だいぶ確からしくなったんだ」

 

 ルーナが言った。

 

「まだそれ調べてたの? 同一人物説、最初から無理があったよ」

 

 ロンが顔をしかめる。

 

「大事だよ。別人だと証明するには、同じ日に別の場所にいた証拠が必要だもん」

「そこだけ急にまともなの、なんなんだろうな」

 

 ルーナはにこにこと古い写真を出した。

 

「これは一九七八年の慈善演奏会の記事。舞台にスタビィ・ボードマン、客席にシリウス・ブラックらしき人が写っているの」

「らしき、じゃ証拠にならないわ」

 

 ハーマイオニーが即座に言う。

 

「ええ。だから保留」 

 

 ルーナは写真を「保留箱」に入れた。

 魔法書研究会には最近、保留箱というものがある。名前は穏やかだが、中身はだいぶ不穏だ。未確認情報、妙な噂、つながりそうでつながらない記事、アーニーの勢い余った推理などが詰まっている。わたしはあの箱を、紙でできたまね妖怪だと思っている。開けるたびに違う怖さが出てくる。そして誰も蓋を完全に閉められない。

 けれど、今日のパドマ・パチルは、保留箱に何かを入れる顔をしていなかった。

 パドマは古い新聞を一枚ずつ丁寧に読み比べ、日付と発表元と表現の違いを羊皮紙に書き込んでいた。

 そして、ある紙面の前で手を止めた。

 

「……変なの」

 

 小さな声だった。

 でも、その一言で、机の周りが静かになった。アーニーの羽ペンまで止まった。あの羽ペンが止まるのは珍しい。新しい謎の黒幕を相関図に追加し続けているあの羽ペンが。

 ハーマイオニーが顔を上げる。 

 

「何が?」

「この事件、初期報道と後の記録が合わない」

 

 パドマは古い新聞を机の中央に置いた。

 紙面はかなり傷んでいる。端が黄ばんで、折り目のところが少し裂けていた。けれど文字は読めた。

 シリウス・ブラック逮捕。マグル十二人死亡。ピーター・ペティグリュー、死亡と推定。

 何度も見た内容だ。

 けれど、パドマが指さしたのは、その下の短い段落だった。 

 

「ここ」

 

 わたしは身を乗り出した。

 そこには、こう書かれていた。

 未成年の負傷者一人。精神的負荷強く癒者の治療必要。

 わたしはその言葉を見た瞬間、胸の奥に小さな針が刺さったような気がした。

 

「子どもがいたの?」

 

 ロンがぽつりと言った。

 

「初期報道では、そうなってる。しかも、これだけじゃない」 

 

 パドマは別の記事を出した。

 

「こっちには『現場近くにいた少年』と書いてある。でも、名前はない。年齢もない。保護先もない」

「少年……」

 

 ハリーが低くつぶやいた。新聞から目を離さなかった。

「その子の証言は?」

 

 ハーマイオニーが訊いた。

 

「ない」

 

 パドマは言った。

 短い答えだった。「ない」という二文字がやけに重かった。

 

「ないって?」

「裁判記録にも、魔法省の最終報告にも、後続記事にも出てこない。『保護された』とだけ最初に出て、その後、消えてる」

 

 ロンが眉をひそめた。そして、珍しく最初から有益なことを言った。

 

「でも、それって……当たり前じゃないか? だって、マグルだろ? 現場ってマグルの通りだったんだろ? 魔法を見たなら、記憶を消されるんじゃないのか?」

 

 みんなが一瞬黙った。ロンが最初に核心を突いた。今日の夜の空はきっと珍しいものが映っている。

 

「……あり得るわね」

 

 ハーマイオニーも即座に否定しなかった。ロンが正しい時のハーマイオニーは、いつも一拍置いてから認める。

 

「国際機密保持法の問題があるもの。マグルの未成年者が魔法界の事件を目撃したなら、忘却術で記憶を修正される可能性は高いわ」

「じゃあ、証言がないのは変じゃないってこと?」

「少なくとも、裁判記録に証人として出てこないこと自体は不自然じゃないかもしれない。その子がマグルなら、法廷で証言させるわけにはいかないでしょうし」

 

 ハリーは何も言わなかった。でも新聞を見る目が少し苦しそうだった。

 

「でも」

 

 パドマが低い声で言った。全員が彼女を見る。あの「でも」は会議を引っくり返す種類の「でも」だとわたしはもう覚えた。

 

「マグルだから忘却術で処理された、という説明は成り立つと思う。でも、それならそれで、記録の残り方が変なの」

「どういうこと?」

「魔法省の初期対応記録には、普通なら『マグル対策部に引き継ぎ』とか『忘却術班が対応』とか、そういう処理の痕跡が残るはずなの。でも、ない。何もない。最初だけ『少年がいた』と出て、その後は、その少年ごと文章から消えている。負傷者の記載もなくなってる」

 

 アーニーも、今度は羽ペンを動かさなかった。謎の黒幕を増やす時の顔ではない。真剣な顔だ。珍しい。

 

「つまり……記憶を消されたから証言がない、というのは分かる。でも、その処理をした記録まで見えないのが変、ってこと?」

 

 わたしが言うと、パドマはうなずいた。

 

「そう。まるで隠しているみたい」

 

 ハーマイオニーは黙って記事を見つめた。

 アーニーが羽ペンを持ち直す気配があった。相関図に新しい線を引こうとしている。

 

「つまり、その子が真犯人──」

「違うと思う」

 

 ハリーが言った。

 早かった。反射だった。

 アーニーは口を開けたまま止まった。

 

「まだ最後まで言ってない」

「言わなくても分かる」

 

 ハリーの声は硬かった。

 

「だって、子どもだろ」

「推理には年齢は関係ない!」

「あります」

「ローゼマイン、君まで!」

 

 アーニーは机に羽ペンを置いた。傷ついた顔だった。でも相関図に「謎の子ども」という丸が増えなかったので、概ね良い結果だとわたしは思った。

 

「この件は保留にするしかないわ」

 

 ハーマイオニーが言った。

 

「マグルの少年なら、忘却術で処理されたと考えるのが自然。でも、処理記録が見えないのは気になる」

「魔法省に聞けばいいんじゃないのか?」

 

 ロンが言った。今日のロンは発言率が高い。

 

「『十三年前の大量殺人事件で記憶を消されたかもしれないマグルの少年について教えてください』って?」

 

 ハーマイオニーが冷ややかに返す。

 

「……返事来なさそうだな」

「来ても、まともな返事ではないでしょうね」

 

 パドマは新聞を丁寧に畳んだ。

 

「写しは取っておく。初期報道は消えやすいから」

 

 消えやすい。

 まるで意図があるみたいな言い方だった。

 わたしは羊皮紙にその一文を書き写した。現場付近で未成年者一名を保護。字を書きながら、少しだけ腹が立った。

 その時、アーニーが相関図を机に叩きつけた。

 

「やっぱり! この点線、ここにつながるんだ!」

「どこ?」

「謎の協力者Aから、謎の協力者Bへ!」

「謎が減ってない! むしろ増えた!」

「解決の過程というのは複雑なんだ!」

 

 保留箱は今日もいっぱいになった。

 

 

 *

 

 

 その日の夜、スリザリンの談話室に戻ると、わたし宛ての手紙が届いていた。

 差出人を見た瞬間、わたしは椅子から少し浮いた。

 

「ニュート先生!!」

 

 ドラコが向かいのソファで顔を上げた。 

 

「声が大きい」

「ニュート先生から手紙!」

「聞こえた」

「つまりアルドゥス!」

「手紙の内容を読む前から結論を出すな」

 

 ドラコは眉間を押さえた。最近、ドラコの眉間にはわたし専用のしわがある気がする。申し訳ないとは思っている。思ってはいるが、手紙の方が大事なので読む。

 封を切ると、羊皮紙からかすかに草と古い革の匂いがした。

 アルドゥスは元気らしい。

 最初の数日は環境の変化に警戒していたが、今は暖かい石の上で丸まっている時間が増えた。声をかけるとゆっくり頭を向ける。餌の時間を覚えたのか、決まった頃になると岩陰から顔を出す。

 わたしはそこで一度、手紙を胸に当てた。

 かわいい。

 いや、バジリスクである。

 見たら死ぬ。

 でも、空腹のまま秘密の部屋にいたアルドゥスが、今は暖かい石の上で丸まっている。それはやっぱりよかったのだ。かわいい。

 手紙の最後に、こうあった。 

 

『冬休みに、もし希望するなら会いに来るといい。ハリー・ポッター君も来られるなら、歓迎しよう。蛇語で穏やかに話しかけてくれる相手は、彼にとって貴重だ。ただし、安全上の約束は必ず守ること』

 

「冬休みに、アルドゥスに会いに来ないかって」

 

 わたしは顔を上げた。

 

「行くな」

 

 ドラコが即答した。まだわたしが嬉しい顔をしただけの段階なのに。

 

「まだ読み終わったばっかりだよ」

「読んだ結果がそれなら、行くな」

「ニュート先生のところだよ?」

「だからだ。ニュート・スキャマンダーの『安全上の約束』は、一般家庭の安全基準で換算しない方がいい」

 

 それは少し分かる。ニュート先生の「大人しい」は、普通の人の「絶対近づくな」に近い可能性が高い。先生の「少し気が強い子でね」は、おそらく人が死ぬ。

 

「でも、アルドゥスに会える」

「バジリスクに! 会いに! 行くな!」

 

 ドラコの三段活用だった。

 

「ハリーも誘っていいって」

「なぜハリーが出てくる」

「蛇語が話せるから」

「分かっている。分かっているから嫌なんだ。ハリーとお前とバジリスク。この三つが同じ場所にあるだけで、大惨事のフルコースだ」

「ニュート先生もいるよ」

「それが不安材料だと言っている!!」

 

 ドラコは深いため息をついた。でも、反対しながら、すでにわたしの薬箱の位置を確認していた。ドラコの反対は、いつも世話と一緒に来る。とても分かりやすい兄だ。

 わたしはハリーに手紙を書いて、ふくろうの足にくくりつけた。

 その時、もう一羽のふくろうが談話室の窓を叩いた。

 

「また手紙?」

「嫌な予感がする」

 

 ドラコが言った。

 

「なんで?」

「お前宛ての手紙が一日に二通来る時は、たいてい片方が危険で、もう片方がもっと危険だからだ」

「失礼だよ」

「反論できるのか?」

 

 わたしは黙った。できなかった。

 窓を開けると、ふくろうは黒い封蝋のついた封筒をわたしとドラコに一通ずつ落としていった。封蝋には、見覚えのある紋章が押されていた。

 ブラック家。

 わたしは封筒を見つめた。

 昼間、魔法書研究会でシリウス・ブラックの事件記録を読んだばかりだった。現場付近で保護されたという少年。消えた記録。そしてアーニーの収拾のつかない相関図。

 その夜に、ブラック家から手紙。

 間が悪い。

 本当に、間が悪い。

 こんな間の悪いことが自然に起きるとは思えない。でも魔法世界なので、たぶん自然に起きる。

 封を切ると、丁寧すぎるほど丁寧な招待状が入っていた。冬休み中にブラック家で開かれる小さな集まり。親族と近しい家の者だけの茶会、という形らしい。

 

「……ブラック家に招待されてる」

「あそこの家怖いんだよな」

 

 ドラコが心底嫌そうな顔をした。スリザリンの正統後継者でも苦手なものはある。

 

「でも、お父さまからも手紙が入ってる」

 

 招待状とは別に、父の筆跡の羊皮紙があった。

 

『ローゼマイン。ブラック家からの招待には出席しなさい。お前もそろそろ社交の勉強が必要だ。体調には配慮するが、最低限の挨拶と会話は覚えること。なお、勝手に書庫へ消えるな』

 

 最後の一文だけが妙に気合が入っていた。父もよく分かっている。

 

「勝手に書庫へ消えるなって」

「当然だ」

「ブラック家の書庫だよ?」

「なおさら当然だ。絶対何かある。歴史のある純血一族の書庫が安全だったためしがない」

「むしろそれが魅力なんだけど」

「だから駄目だと言っている」

 

 ドラコは招待状を横から読んで、眉間をさらに深くした。今日だけで三段階は深くなっている。わたしのせいだ。申し訳ない。

 

「日時は?」

「冬休みの後半……あ、でもこれなら、アルドゥスに会ってからでも行けそう」

 

 アルドゥスとブラック家。

 楽しい予定と気の重い予定が、同じ冬休みに並んでしまった。

 ドラコは盛大にため息をついた。今日一番のため息だった。

 

「ブラック家って、フェルディナンド先輩もいるよね」

 

 そう言った瞬間、ドラコの表情が少し変わった。先輩の名前には、別の作用があるらしい。

 

「……いるだろうな」

「なら、シリウス・ブラックのことも少し分かるかな」

「ローゼマイン」

 

 ドラコの声が低くなった。低くなった時は本気の時だ。

 

「ブラック家に行って、その話を不用意にするな」

「でも」

「でも、ではない」

 

 ドラコは招待状を畳み直した。

 

「ブラック家の茶会は、魔法書研究会ではない。古新聞を広げて、消えた証言について話し合う場所でもない。お前は挨拶をして、座って、出されたものを少し食べて、倒れずに帰ってくる。それだけでいい」

「書庫は?」

「近づくな」

 

 ドラコはそれ以上何も言わなかった。

 わたしも黙った。

 ただ、頭の片隅に、昼間の一文がまだ残っていた。

 現場付近で未成年者一名を保護。

 ブラック家の招待状は、その一文の上に、そっと黒いしおりを挟んだみたいだった。

 

 

 

 *

 

 

 クィディッチのグリフィンドール対ハッフルパフ戦は大雨の日に開催された。

 行くつもりはなかったのに、ハリーの応援要員としてハーマイオニーに引きずられて行くことになってしまった。ドラコもむすっとした顔で観戦している。来たくない人間が二人いた。なぜ来ているのかというと、ハーマイオニーが想定以上に力強いからだ。

 観客席は冷えていて、手袋をしていても指先が痛い。アストリアは隣でマフラーを鼻の下まで上げていた。

 

「寒いですね」

「うん」

「ポッター先輩、大丈夫でしょうか」

「うん」

「さっきから返事が全部同じですよ、マイン」

「寒いと語彙が減るんだよ」

 

 アストリアは少し笑った。

 ピッチでは、ハリーが箒にまたがっていた。空にいるハリーは、地面の上より自由そうだ。悩みが地上に置いてあるのかもしれない。

 ハッフルパフのセドリック・ディゴリーも上手かった。正直、かなり上手い。顔がいいだけではない。飛び方がきれいで、無駄が少ない。スリザリンでも女子がよく話題にしている先輩だけあった。

 その時だった。

 空気が変わった。

 冷たい。冬の寒さとは違う。胸の奥から熱を抜かれるような、嫌な冷たさ。

 観客席のざわめきが、すっと低くなった。

 黒い影が、競技場の端に現れた。

 ディメンターだ。一体ではなかった。

 観客席のあちこちで悲鳴が上がった。選手たちの箒がふらつく。アストリアがわたしの腕を掴んだ。わたしもアストリアの腕を掴んだ。お互い掴み合っていた。あまり意味はない。

 ハリーが、一瞬止まった。

 落ちる、とわたしは思った。

 けれど、ハリーは落ちなかった。

 彼は箒の上で杖を抜いた。遠くて表情までは見えない。でも、その姿勢だけで分かった。逃げるのではない。向き合うつもりだ。このわざわざ向き合う感じが、ハリーらしかった。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

 声が、風の中を突き抜けた。

 銀色の光が、ハリーの杖先から広がった。

 完全な形ではなかった。でも、ただのもやではなかった。白銀の波が、空中に広がる。

 ディメンターたちが下がった。

 観客席が一瞬、静まり返った。

 次の瞬間、どよめきが爆発した。

 

「守護霊だ!」

「ポッターがディメンターを追い払った!」

 

 ハリーは体勢を立て直した。そのすぐ横を、金色の小さな影が走る。スニッチだ。

 ハリーが追う。セドリックも追う。

 観客席全体が、息を止めた。

 

「取ったか?」

 

 ドラコも気づけば身を乗り出していた。むすっとした顔のまま。

 ハリーは皆に見えるようにスニッチを掲げた。

 歓声が、空に向かって弾けた。

 

「すごいぞ、ハリー!」

「守護霊、出したじゃない!」

「ディメンターが逃げた!」

 

 ハリーは少し照れたように笑っていた。疲れてはいた。顔色もよくはない。でも、その日は、間違いなくハリーが主役だった。

 

 

 *

 

 

 クリスマス休暇になった。

 ホグワーツから生徒が減ると、城は急に広くなる。廊下の足音がよく響き、窓の外の雪がいつもより白く見えた。

 わたしは朝から落ち着かなかった。休暇に持っていく本を選んで、トランクに詰める。アルドゥスが好きそうな食べ物も少しだけ入れた。

 ついでにグーテンベルクも連れて行くことにした。グリムかどうかは専門家が判断してくれるだろう。

 

 待ち合わせした廊下へ行くと、ハリーはもう来ていた。けれど、様子がおかしかった。顔色が悪い。目の下に影がある。

 

「ハリー?」

「ああ、マイン」

「具合悪い?」

「大丈夫」

 

 大丈夫ではない人の返事だった。

 

「ディメンターのせい?」

「違う」

「クィディッチの疲れ?」

「それも違う」

「アルドゥスが怖くなった?」

「それは少しある」

「少しあるんだ」

「あるよ。バジリスクだし。目が合ったら死ぬし」

 

 そこだけは正直だった。

 わたしは少し安心した。正直なハリーは、まだ大丈夫なハリーだ。

 けれど、それが本当の理由ではないことは分かった。ハリーはしばらく黙っていた。

 

「昨日、聞いたんだ」

 

 ハリーが言った。

 

「何を?」

「シリウス・ブラックのこと」

 

 胸の奥が、少し冷えた。

 

「シリウス・ブラックは」

 

 声が低かった。

 

「父さんの親友だったらしい」

 

 わたしは、すぐには返事ができなかった。

 親友。

 その言葉は、殺人犯や脱獄犯よりも、ずっと生々しかった。

 知らない悪人に裏切られたのではない。父親の親友だった人。家族の近くにいた人。信じられていた人。その人が、裏切った。

 ハリーはそれを知ったのだ。

 

「親友だったのに」

 

 ハリーは言った。

 

「父さんの、親友だったのに、裏切って、居場所を教えたんだ」

 

 廊下の向こうで、雪が降り続けていた。

 わたしは何も言えなかった。

 何を言えばいいのか、分からなかった。

 親友が敵だったという話は、どんなに上手く言葉にしても、きっと届かない。

 そのとき、わたしの隣にいたグーテンベルクがハリーのそばへ歩いていった。

 黒い大きな犬は、いつものように吠えなかった。尻尾も振らなかった。ただ、ハリーの隣に静かに座った。

 ハリーは少し驚いたようにグーテンベルクを見た。

 

「……グーテンベルク」

 

 グーテンベルクは答えない。

 けれど、ほんの少しだけ、ハリーの膝に頭を寄せた。

 ハリーの手が、ためらうように動いた。それから、黒い毛並みに触れる。

 

「慰めてくれてるの?」

 

 グーテンベルクは、やっぱり答えなかった。

 ただ、ハリーから目をそらした。

 わたしは、その仕草が少し気になった。グーテンベルクは賢い犬だけれど、今の目のそらし方は、犬というより、叱られる前の人間みたいだった。

 でも、ハリーは気づかなかった。

 黒い犬の頭を撫でながら、黙って雪を見ていた。

 

 シリウス・ブラックの事件は、まだ終わっていない。

 たぶん、誰にとっても。

 





ハリーのニンバス2000は生き残りました。もう少し頑張ってくれ
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