本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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36話 ブラック家のパーティー

 

 日刊予言者新聞の一面は、朝食の空気を凍らせた。

 いや、正確にはパンは凍っていない。紅茶も温かい。暖炉もよく燃えている。けれど、父が新聞を広げた瞬間、食卓の温度だけが三度くらい下がった気がした。

 大きな見出しが、紙面の上で黒々と踊っている。

 

秘密の部屋の怪物、実在か

ホグワーツでバジリスク確認

 スキャマンダー氏が保護、半世紀前の処分にも波紋

 ロルフ・スキャマンダー=魔法生物担当

 

『ホグワーツ魔法魔術学校で、極めて危険度の高い魔法生物バジリスクとみられる個体が確認されたことが本紙の取材で分かった。現在は魔法動物学者ニュート・スキャマンダー氏の管理下で一時保護されているという。

 今回の発見により、同校に古くから伝わる「秘密の部屋」の伝承が再び注目を集めている。伝承では、創設者サラザール・スリザリンが校内に隠し部屋を残し、そこに“スリザリンの怪物”を住まわせたとされる。ホグワーツ側は発見場所を明らかにしておらず、関係の有無は確認されていない。

 約半世紀前に秘密の部屋を開き育てた危険生物で生徒を襲わせたとして退学処分を受けたルビウス・ハグリッド氏の件についても、疑問の声が上がっている。ホグワーツ関係者は「もっとも彼が危険生物を持ち込んだことについては議論の余地はない」とし、再検証する予定はないという。

 スキャマンダー氏は本紙の取材に対し、「管理と処分は同じではない。長く存在してきた生き物を、人間の都合だけで消してよいと考えるのは危うい」と語った。同校2年生の女子生徒は危険生物について「あの子は危険ではあるが、人に危害は加えない。ただの怪物として扱うべきではない」と話している』

 

 父は新聞を畳んだ。

 

「ローゼマイン!」

「名前は出ていません」

「名前が出ていないことを、最初に弁明するな」

 

 父の声は静かだった。

 静かだったが、とても怖かった。

 ドラコは隣で頭を抱えている。

 

「お前、ついに新聞の一面に載ったのか」

「わたしが載ったわけじゃないよ。ロルフさんにちょっと話したコメントが載っただけで」

「取材を受けたんじゃないか!」

「でも、巨大なキュウリがとか書いてなくて良かったよ。トムがかけた呪いのせいで変なことばっかり口走ってたから」

 

 いつの間にか家族の一員のように朝食を食べるトムを睨みつける。彼は涼しげな顔をしていた。

 

「記者の前では余計な発言は命取りですから。ルシウスならよくご存知でしょう」

「ああ、嫌というほど知ってる」

 

 父はトムが呪いをかけたことについて怒る気はないようだった。母も静かに紅茶を飲んでいた。

 

「ローゼマイン」

 

 父が新聞を机に置いた。

 

「今夜はブラック家のクリスマスパーティーだ」

「はい」

「余計なことを言うな」

「はい」

「新聞の話題を振られても、余計なことを言うな」

「はい」

「書庫へ消えるな」

「はい!」

 

 父は目を細めた。

 

「なぜ今だけ返事がよい」

 

 鋭い。

 でも、今夜のブラック家には書庫があるかもしれない。いや、絶対にある。ブラック家である。古い純血家である。ない方がおかしい。

 古い本。家系図。呪われた本。読んではいけない本。読んではいけないと書かれたら余計に読みたくなる本。

 いろいろあるに違いない。

 だから、返事だけでもよくしておく必要がある。

 父はわたしの顔を見て、すべてを悟ったようなため息をついた。

 

「……ドラコ。目を離すな」

「はい、父上」

「お父さま、わたしは子どもではありません」

「子どもです」

 

 母が静かに言った。

 反論できなかった。

 

 

 *

 

 

 その夜、わたしたちマルフォイ家は、ブラック家の屋敷へ向かった。

 ブラック家の屋敷は、外から見るだけで分かった。

 古い。重い。暗い。

 クリスマスパーティーの会場なのに、入口が既に「歓迎」ではなく「試験」をしている。扉の前に立つだけで、血筋と家名と礼儀作法を測られている気分になった。

 中へ入ると、広間にはすでに多くの人がいた。

 スリザリン生が多い。アストリアとダフネの姿が見えた。カロー姉妹もいる。セオドール・ノットは壁際で静かに大人たちを観察していた。フリント先輩は、なぜかもう料理の皿を持って肉を頬張っている。

 他の寮の生徒も、少しだけ混じっていた。

 アーニー・マクミランを見つけた時、わたしは思わず二度見した。

 

「アーニー?」

「やあ、ローゼマイン」

 

 アーニーは、妙に真剣な顔で会釈した。

 

「今日の新聞を読んだかい?」

「う、うん」

 

 余計なことは言わない。余計なことは言わない。

 心の中で唱えながらアーニーに微笑む。

 

「ホグワーツでバジリスク確認。秘密の部屋の怪物。スキャマンダー氏が保護。あれは、学校史上かなり大きな事件だよ」

「……大きいよね」

「大きいなんてもんじゃない。半世紀前のハグリッドの退学処分にも関わるなんて。もし処分が誤りだったなら、ホグワーツは真犯人を見逃していたことになる」

 

 アーニーの目が、いつもの推理の目になっていた。よくない。この目をしている時のアーニーは、だいたい線を引く。そして、線を引くたびに真実から少しずつ横へずれる。 

 

「つまりだね」

 

 アーニーは羊皮紙を広げた。

 

「秘密の部屋を開けられる者が、半世紀前のホグワーツにいた可能性が高い」  

「それは、まあ」

「そして秘密の部屋を開けられる者とは、伝承上、スリザリンの継承者だ」 

「うん、そうだね……?」

「ここで重要なのは、ブラック家だ」

 

 わたしは嫌な予感がした。

 アーニーは真剣な顔で言った。

 

「僕はこう考えている。ブラック家には、秘密の部屋を開けたスリザリンの継承者がいたに違いない。つまりだね、今回発見されたバジリスクの飼い主はフェルディナンド・ブラックだったんだ」

 

 わたしはそっと視線をそらした。

 秘密の部屋を見つけたのは、わたしである。

 蛇語で入口を開けたのも、わたしである。

 中にいたバジリスクに餌をあげていたのも、わたしである。

 つまり、今アーニーが言っている壮大な推理は、だいたいわたしの行動によって発生している。

 ブラック家は全く関係ない。

 ごめんなさい、フェルディナンド先輩。

 

「そして」

 

 アーニーは声をさらに潜めた。

 

「シリウス・ブラックが脱獄してホグワーツに現れた理由も、そこにあるのかもしれない」

「え」

「シリウス・ブラックは、グリフィンドール寮を狙ったのではない。秘密の部屋に関わるブラック家の証拠を探していた可能性がある」

「グリフィンドール寮に秘密の部屋のヒントなんてあるのか?」

 

 ドラコが少しあきれた顔で聞く。

 

「それを今から調べたいんだ。相関図を作って洗い出す」

 

 アーニーは羊皮紙の端に線を書き始めていた。

 やめた方がいい。ブラック家のパーティー会場で相関図を作るのは、勇気ではなく自殺に近い。

 

 広間の奥には、今日の主催者がいた。

 フェルディナンドの母親。

 黒に近い深い緑のドレスをまとった女性だった。姿勢がまっすぐで、笑みは薄い。綺麗な人だと思う。でも、その綺麗さは花というより、磨かれた刃物に近かった。

 彼女の少し後ろには、夫らしき男が控えていた。重厚なローブを着て、招待客に穏やかな会釈を返している。けれど、その場を動かしているのが彼ではないことは、すぐに分かった。

 

 周囲の大人たちの視線には、どこか含みがあった。

 歓迎。

 警戒。

 値踏み。

 その三つが混じっている。

 

「マイン」

 

 アストリアが近づいてきた。薄い水色のドレスが彼女を引き立てている。

 

「来ていたんですね」

「うん。お父さまに、社交の勉強が必要だと言われた」

「マルフォイさんらしいですね」

 

 アストリアは少し笑った。その隣で、ダフネが広間を眺めながら小声で言う。

 

「今夜は少し面倒よ」

「面倒?」

「ブラック家の当主問題。大人たちがずっとそれでざわついているの」

 

 ダフネに詳しく聞く前に彼女は上級生のところに消えてしまったが、その意味はすぐに分かった。

 近くにいた大人たちの会話が、嫌でも耳に入ってきたからだ。

 

「本来なら、シリウス・ブラックが……」

「アズカバンにいた男を当主とは呼べんだろう」

「だが血統上は正統だ」

「あの裏切り者が?」

「フェルディナンド殿は優秀だが正統な後継者ではない」

「ブラックの血は引いている」

「血だけでは足りない」

「では、ブラック家を空位にするつもりか?」

 

 わたしは足を止めた。

 シリウス・ブラック。

 その名前が、ここでも出る。

 ハリーの父親の親友だった人。

 

 でも、フェルディナンドの正統性について話題になるのはどういう理由なんだろう。

 

「今のどういうこと?」

 

 わたしは思わず言った。

 アストリアが困ったように眉を寄せる。

 

「マイン、ここではあまり……」

「気になる」

「そうでしょうけど」

 

 アストリアは諦めたようにため息をついた。

 すると、後ろから低い声がした。

 

「そりゃ気になるだろうな」

 

 振り返ると、フリント先輩が皿を片手に立っていた。

 服装はドラコと違って少し着崩していた。

 見た目はだいぶラフだが、妙に場慣れしている。こういう場所にいると、フリント先輩はただのクィディッチの人ではなく、ちゃんと純血家の息子なのだと分かる。

 

「フリント先輩、シリウス・ブラックのが正統な後継者ってどういう意味ですか?」

「声を落とせよ、ローゼマイン。ここでその話を大声ですると、何人かの大人が笑顔で殺しに来る」

「笑顔で?」

「大人は笑顔の時が一番危ねえ」

 

 それは父を見ていると少し分かる。

 フリント先輩は皿を近くのテーブルに置いた。

 

「簡単に言えば、ブラック家の本当の当主はシリウス・ブラックだ。今はアズカバンを脱獄した指名手配犯だが」

「でも、フェルディナンド先輩が今は当主なんですよね?」

「ああ。シリウス・ブラックが捕まった日に、急に浮上した」

 

 急に。

 あの日。

 シリウス・ブラックが捕まった日。

 ピーター・ペティグリューが死んだ日。

 マグルが十二人死んだ日。

 魔法書研究会の机の上に広げた古い新聞が、頭に浮かんだ。

 

「フェルディナンド先輩は、シリウス・ブラックの弟じゃないんですか?」

「異母兄弟だ」

 

 フリント先輩は、珍しく声を低くした。

 

「同じブラックの血を引いてる。ただし、正妻の子じゃない。母親はあそこにいるセラディーナ・ロウル。オリオン・ブラックの愛人だよ」

 

 わたしは、信じられない気持ちで広間の奥にいるフェルディナンドの母、セラディーナを見た。

 彼女は笑っていた。

 とても綺麗に。

 誰にも隙を見せずに。

 

「純血ってのは面倒でさ。ブラックの血が濃すぎると、簡単には消せない。かといって、正妻の子じゃないから歓迎もされない。いないものにしたい。でも血は欲しい。そういう、一番汚ねえ扱いになる」

 

 わたしは何も言えなかった。

 フリント先輩は皿の方をちらりと見たが、食べるのをやめていた。

 

「本当なら、シリウスの下にレギュラスっていうやつがいて、そいつが一番当主にはちょうど良かったんだ。シリウスはほとんど勘当されてたからな。シリウスが捕まる前だか後だか忘れたが、ある日突然失踪した」

 

 まさかシリウス・ブラックの下に弟がいたとは知らず驚く。しかも失踪だ。

 ブラック家は闇が深すぎる。

 

「で、今度はシリウス・ブラックがマグル殺しで捕まった。ブラック家の本流が全員使えなくなった。そこで、今まで半端な場所に置かれてたフェルディナンドが、急に当主候補になった。半端な価値しかなかった男に価値が生まれたからちやほやし始めるってことだ」

 

 価値が生まれた。

 そんな言葉に嫌な気分になった。

 人間に使うには、あまり好きではない言葉だった。

 でも、この広間では、その言葉が普通に使われている気がした。

 

「だから、フェルディナンド先輩はシリウス・ブラックを恨んでるんですか? シリウス・ブラックが正統な後継者だから」 

 

 わたしが小声で言うと、フリント先輩は少しだけ眉を上げた。

 

「まあ、そう考える奴は多い」

「違うんですか?」

「知らねえよ。本人じゃねえし」

 

 フリント先輩は雑に言った。

 でも、そのあと少しだけ声を落とした。

 

「ただ、それじゃねえ気はする」

「どうして?」

「当主争いで邪魔だから憎んでる、ってだけなら、もっと分かりやすい顔になる。あいつはそもそもそんなに当主の座には興味ないだろ。そういうんじゃねえ。もっと……腹の底に沈んでる感じだ」

 

 それは、わたしが感じていた違和感と似ていた。

 フェルディナンドがシリウス・ブラックを憎んでいる理由は、きっと単純な当主争いではない。

 もちろん、当主問題は絡んでいるかもしれない。生まれ方も、扱われ方も、シリウス・ブラックの失脚も、全部つながっている。

 でも、それだけなら、先輩の殺気はもっと乾いているはずだ。

 先輩の憎しみは、もっと個人的で、もっと古い傷に見える。

 辻褄は合いそうで、合わない。

 

「保留箱行きですね」

 

 アストリアがぼそりと言う。

 

「何だそれ」

「魔法書研究会の、まだ結論を出せない情報を入れる箱です」

「お前ら、何やってんだよ……あ、やべ」

 

 フリントが呆れた顔をした。

 フェルディナンドが近づいてきたのだ。

 黒いローブ。整った顔。いつも通り冷たい目。けれど、今日はいつもよりさらに何かを抑えているように見えた。

 

「フリント」

 

 フェルディナンド先輩の声は静かだった。

 

「何を話している」

「料理が思ったよりうまいって話だ」

「そうか。それは良かった」

 

 フェルディナンド先輩は、わたしを見た。

 

「ローゼマイン。好奇心が命取りになることもある」

「……はい」

「分かっている顔ではないな」

「分かろうとはしています」

 

 フェルディナンド先輩は少しだけ目を細めた。

 怒っているわけではない。

 でも、踏み込むな、と言われているのは分かった。

 その時、セラディーナ・ロウルがこちらへ歩いてきた。

 広間の空気がさらに変わった。

 

「フェルディナンド」

 

 彼女は息子の名前を呼んだ。

 

「お客様と話しているのね」

「母上」

 

 フェルディナンド先輩の声が、少しだけ硬くなった。

 セラディーナ様はわたしを見た。

 

「ローゼマイン・マルフォイ嬢ね。ルシウスとナルシッサのお嬢様」

「はい。お招きいただきありがとうございます」

 

 わたしは母に教わった通り、丁寧に礼をした。

 セラディーナ様は微笑んだ。

 

「かわいらしいこと。少し小柄だけれど、マルフォイ家の血はよく出ているわ」

 

 小柄。

 また小柄。

 ホグワーツでも外でも、わたしは小柄から逃げられない。

 

「フェルディナンド。今夜は、よく見ておきなさい」

 

 セラディーナ様は、声を少し落とした。

 

「あなたには、ブラック家を続ける役目があるのだから」

 

 フェルディナンド先輩の表情は変わらなかった。

 けれど、空気が少し冷えた。

 

「良い条件の純血の娘を選びなさい。家柄、健康、魔力、後ろ盾。どれも軽んじてはいけないわ」

 

 わたしは、聞いてはいけない話を聞いている気がした。

 けれど、周囲の女の子たちは、それを聞くためにここにいるようでもあった。

 広間を見回すと、さっきよりいろいろなことが見えてきた。

 いつもより丁寧に髪を結った女の子。フェルディナンドの近くに立とうとする純血家の令嬢。母親らしき女性に背中を押されている子。何気ないふりをして、視線だけがフェルディナンドを追っている子。

 これは、ただのクリスマスパーティーではない。

 当主候補の花嫁選びの会場でもある。

 わたしはぞっとした。

 まだ学生なのに。

 いや、魔法界の名門一族では、そういう年齢から話が始まるのかもしれない。始まるのかもしれないけれど、始まってほしくなかった。

 セラディーナの視線が、わたしに戻った。

 

「あなたも、候補の一人ではあるのよ」

「……わたしが?」

 

 思わず声が裏返った。

 

「母上」

 

 フェルディナンド先輩の声が低くなった。

 セラディーナは少しも動じない。

 

「マルフォイ家の娘。血筋としては申し分ないわ。ただ、少し体が弱いと聞いているから、現実的には難しいでしょうけれど」

 

 虚弱なのでほぼ選外。

 それはそれで、とても失礼である。

 でも、選ばれたいわけではないので、失礼と安心が同時に来た。複雑だ。

 近くにいたドラコがわたしの前に一歩出た。

 

「妹はまだ子どもです」

「もちろん、今すぐの話ではないわ。将来の話よ」

 

 セラディーナ様は微笑んだ。

 その微笑みは、優しさではなく、計算の結果に見えた。

 

「純血家の婚姻は、家同士の未来を作るもの。早く考えすぎるということはないの」

 

 わたしは黙った。

 嫌だと思った。

 とても嫌だ。

 本を読む時間も、友達と話す時間も、自分のやりたいことも、全部どこかの家の未来という言葉にまとめられてしまうのは嫌だった。

 フェルディナンドは、母親を見ていた。

 冷たい顔だった。

 

「母上。その話はここまでです」

「あなたが逃げるから、私が言っているのよ」

「逃げているのではありません」

「では、選びなさい。今、この場で」

 

 広間の音が遠くなった気がした。

 会話は穏やかな声で交わされている。誰も怒鳴っていない。誰も杖を抜いていない。

 それなのに、ここには決闘より嫌な圧があった。

 フェルディナンドはしばらく母親を見ていた。

 長い沈黙だった。

 けれど、やがて低い声で言った。

 

「選びません」

 

 セラディーナの笑みが、ほんの少しだけ薄くなった。

 

「フェルディナンド」

「この場で誰かを選べば、その相手をブラック家の事情に巻き込むことになります。私は、それを望みません」

 

 その時、父が静かにわたしたちの近くへ来た。

 

「セラディーナ」

 

 父の声は低く、礼儀正しい。

 そして、まったく笑っていなかった。

 

「娘はまだ学業を優先すべき年齢だ」

「もちろんですわ、ルシウス。未来の可能性の話をしただけです」

「可能性は、本人の体調と家の判断を踏まえて慎重に扱うものだ」

 

 父がわたしを見た。

 その目は、朝の新聞を読んでいた時と同じくらい厳しかった。けれど今は、その厳しさが少しありがたかった。

 

「ローゼマイン。少し休みなさい」

「はい、お父さま」

 

 ドラコがすぐにわたしを広間の端へ連れていった。

 

「お前、余計なことを言うな」

「わたし、今回は何も言ってないよ」

「それでも巻き込まれるんだよ!」

 

 ドラコは本気で怒っていた。

 怒っているけれど、たぶん心配している。

 

「わたし、候補なの?」

「候補名簿の端に名前が載る程度の話だ」

「ブラック家の蔵書数はどのくらいあるかによっては検討の余地があると思う」

「蔵書数で結婚相手を決めようとするな。そもそも、父上が許すわけがない」

「わたしが虚弱だから?」

「それもある。だが、それだけじゃない」

 

 ドラコは少し黙った。

 

「父上は、お前を駒として差し出すほど馬鹿じゃない」

 

 その言い方に、胸の奥が少し温かくなった。

 ただ、駒という言葉が出る時点で、この場所はやっぱり怖いと思った。

 その後も、広間では大人たちの会話が続いていた。

 

「シリウス・ブラックが戻ればどうなる」

「今さらブラック家があの男を当主に立てるとでも?」

「フェルディナンド殿は優秀だが、正妻の子ではない」

「血筋をどこまで重く見るかだな」

 

 どの言葉も、人間を本棚の分類札みたいに分けていく。

 わたしは古い家系図を思い出した。線で結ばれ、名前が書かれ、結婚でつながれ、子どもで続いていく。

 でも、そこにいる人たちは、本当は線ではない。

 シリウス・ブラックも。

 フェルディナンドも。

 それから、ここにいる女の子たちも。

 みんな、線ではない。

 広間の隅でアーニーが小さく言った。

 

「これは、相関図にすると非常に複雑だな」

「やめて」

 

 わたしは即答した。

 

「なぜだい」

「ここで相関図を出したら、たぶん生きて帰れない」

 

 アーニーは真剣に考え込み、それから羊皮紙をしまった。

 わたしはアーニーが保留箱に入れた推理の中に、ブラック家の財産争いを言及するものがあったことを思い出した。あれを聞いたときはアーニーのいつものとんでも推理だと思ったが、フェルディナンドの特殊な事情を考えると財産争いがあってもおかしくはない。

 

「アーニーはフェルディナンド先輩が正妻の子どもじゃないって知っていたの?」

「こういう場に来たことある子どもは皆知ってるよ」

 

 ドラコをちらりと見ると、彼も同意するように無言で頷いた。

 

「でも、そうだな。フェルディナンド先輩が正統な後継者ではないと見なされているなら、“継承者”という言葉とは相性が悪いか……いや、待て。逆に、正統ではないからこそ別の血筋の価値で補おうとしている可能性も――」

「広げるな。フェルディナンド先輩はスリザリンの継承者じゃない」

 

 ドラコが即座に切った。

 

「そんなに即座に否定するなんて、マルフォイは本当の犯人を知ってるのかい?」

 

 アーニーがキラキラした目を向けて、ドラコが「うっ」とわたしの方を思わず見てしまう。

 アーニーにしてはかなり鋭かった。

 

 広間の中央ではセラディーナが客人に微笑んでいる。

 フェルディナンドは母親から少し離れた場所で、誰かに挨拶をしている。

 その周囲には、未来の妻候補と呼ばれる女の子たちがいる。

 大人たちはまだシリウス・ブラックの名を囁いている。

 クリスマスパーティーなのに、ここには祝福より、古い血の匂いが濃かった。

 





この後しばらく不定期更新になる可能性があります。GW期間中にアズカバン囚人編を完走したい気持ちもあるのでできるだけ頑張ります。
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