本好きの魔女、闇の帝王を読書仲間にする。   作:bookworm

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37話 死んだはずの名前

 クリスマス休暇が終わってからも、わたしの頭の中の保留箱はすでに蓋が閉まらなくなっていた。

 

 シリウス・ブラックの事件はやっぱり不可解な点が多すぎる。魔法書研究会の保留箱を一回整理したら何か見つかるかもしれない。

 

 大広間でそう考えながら、わたしがトーストにマーマレードを塗ろうとした時だった。

 

「スキャバーズがいない!」

 

 ロン・ウィーズリーの声が、大広間に響いた。

 かなり大きかった。

 グリフィンドールの生徒だけでなく、ハッフルパフもレイブンクローもスリザリンも、一斉にそちらを見る。

 わたしは、マーマレードの瓶を持ったまま止まった。

 

「ロン、落ち着いて」

 

 ハーマイオニーが言った。

 だが、ロンは落ち着くどころではなかった。顔は赤いし、髪は寝癖なのか怒りなのかよく分からない方向に跳ねている。

 

「落ち着けるかよ! 昨日までいたんだぞ!」

「どこかに隠れているだけかもしれないわ」

「隠れてるならいいけど、食べられてたらどうするんだよ!」

 

 その言葉で、ハーマイオニーの顔がぴくりと動いた。

 嫌な予感がした。

 こういう時の嫌な予感は、だいたい当たる。わたしは学習している。学習しているのに、回避はできない。

 ロンはハーマイオニーを見た。

 

「クルックシャンクスが食べちゃったんだ」

「証拠は?」

 

 ハーマイオニーの声が低くなった。

 

「前から狙ってただろ!」

「クルックシャンクスがスキャバーズを追いかけていたことと、いなくなったことは別よ」

「別じゃない!」

「別です」

 

 パドマが聞いていたら、たぶん真顔で頷いただろう。

 状況証拠は大切だ。けれど、状況証拠だけで断定すると、たぶんろくなことにならない。最近のわたしたちは、それを嫌というほど学んでいる。

 しかし、ロンは今、裁判記録を読んでいる時のわたしたちよりずっと感情的だった。

 

「それに」

 

 ロンの目が、今度はこちらを向いた。

 やっぱり来た。

 

「マインの犬だって怪しいだろ!」

「グーテンベルクが?」

 

 わたしは思わず聞き返した。

 

「あいつ、スキャバーズを見るたびに変な顔してたじゃないか!」

「たしかに唸っていていつ飛びかかるか分からなかったけど」

「ほらな! 食っちゃったんだよ」

 

 ロンが言った。

 ひどい。

 グーテンベルクは賢い犬だ。

 確かに、スキャバーズを見る時だけ妙にじっとしていた。犬としては不自然なくらい、じっと見ていた。だが、だからといって食べたとは思えない。

 わたしは言い返す。

 

「あんな美味しくなさそうなネズミ、食べるわけないよ」

 

 ロンの顔が固まった。

 

「……今、何て?」

「普段から美味しいご飯あげてるし」

「クルックシャンクスだって、そうよ。わざわざネズミなんて食べるわけないわ」

「そういう問題じゃない!」

 

 ロンが叫んだ。

 

「スキャバーズは、うちの家族なんだぞ」

 

 声が、さっきより低かった。

 わたしは口を閉じた。

 家族。

 そう言われると、何も言えなくなる。

 わたしにとって、スキャバーズは不思議なネズミだった。妙に長生きで、妙に怯えていて、クルックシャンクスにもグーテンベルクにも追われている、変わったネズミだ。

 でも、ロンにとっては違う。

 長く一緒にいた家族だった。

 

「……ごめん。言い方が悪かった」

「言い方だけじゃない!」

「うん。全部悪かった」

 

 ロンは唇を噛んだ。

 ハリーが何か言おうとして、言葉を飲み込む。

 ハーマイオニーも、怒っているのに、少しだけ青ざめていた。 

 

「もういい!」

 

 ロンは立ち上がった。

 

「ロン」 

 

 ハリーが呼んだ。

 

「いいんだよ。クルックシャンクスも悪くない。グーテンベルクも悪くない。バジリスクも悪くない。全部、理由があるんだろ」

「アルドゥスは今回関係ないよ」

「そういうところだよ!」

 

 ロンがこちらを見た。

 

「僕を巻き込むのはいいよ。ナメクジだって吐くし、バジリスクの巣の中に閉じ込められてもいいさ。ハーマイオニーがイライラして八つ当たりしてても、気にしない。でも──」

 

「スキャバーズまで巻き込まないでくれよ」

 

 そう言って、ロンは大広間を出ていった。

 ハリーが立ち上がりかける。

 でも、ロンの背中はすでに遠かった。

 ハーマイオニーは座ったまま、拳を握りしめていた。

 わたしは、マーマレードの瓶を置いた。

 朝食は、まだ温かかった。

 でも、楽しく食べるのは無理そうだった。

 

 

 *

 

 

 その日の魔法書研究会に、ロンは来なかった。

 いつもの席が、ぽっかり空いている。

 

「ロンは?」

 

 アーニーが聞いた。

 ハリーが困った顔をする。

 

「来ないって」

「スキャバーズの件?」

「うん」

 

 テーブルにはいつものように資料が並べられていた。

 今日新しく増えたのは、ロルフ・スキャマンダーから届いた古い取材資料だった。

 

「ロルフさん、よくこんな資料を貸してくれたわね」

 

 ハーマイオニーが感心したように、茶色くなった羊皮紙の束を慎重にめくった。

 

「この前パドマがシリウス・ブラックの事件に遭遇した未成年の子どもがいたって言っていたでしょ? 孤児院出身だったらしくて、資料をくれたんだ。その場で死亡した何人かも同じの孤児院出身者だったみたい」

 

 ドラコが少し嫌そうな顔をした。

 

「なんでお前は、魔法生物担当記者から事件資料まで受け取ってるんだ」

「本と資料は、人を選んで来るんだよ」

「選ばれてるんじゃなくて巻き込まれてるんだ」

 

 反論できなかった。

 わたしはロルフから届いた羊皮紙を机に広げた。そこには、孤児院についての取材メモやマグルの新聞記事があった。孤児院の名前、院長の名前、死亡者名簿、子どもたちの写真、事件当時の証言。

 孤児院はシリウス・ブラックの爆破事件があった場所の近くにある。

 魔法界の新聞では「マグル十二人死亡」とだけまとめられていた事件。でも、実際にはそこに暮らしていた人や、名前や、生活があった。新聞の一行では見えないものが、ロルフさんの資料には残っていた。

 パドマが死亡者名簿を見て、眉を寄せた。

 

「この孤児院長の名前……」

 

 わたしが訊くより早く、ルーナがふわりと顔を上げた。

 

「わたしも、聞き覚えがあるわ」

「ルーナが?」

「うん。たぶん、保留箱の中にあると思う」

 

 その瞬間、アーニーの目が輝いた。

 

「ついに保留箱の出番だね」

「その言い方、すごく嫌な予感がする」

「大丈夫だよ、ローゼマイン。保留箱は、未解決の情報を安全に保留するための箱だ」

「安全に?」

 

 ハーマイオニーが鋭く言った。

 

「関連性がありそうな資料同士が近づくように、整理呪文をかけたんだ」

「なぜ勝手にかけるの!?」

「整理のために」

「整理されていないから保留箱なんでしょう!」

 

 ハーマイオニーの言う通りだ。

 保留箱は、保留しているから偉いのであって、自主性を持ってはいけない。箱に意思があると困る。本に意思があると困ることがあるように。特に日記とか。

 

「とにかく、開けてみましょう」

 

 パドマが冷静に言った。

 

「孤児院長の名前に関する資料があるなら、確認する価値があるわね」

 

 ルーナが保留箱の蓋に手をかけた。

 その瞬間だった。

 ぱん、と乾いた音がした。

 箱の中から、羊皮紙と新聞の切り抜きと古い音楽雑誌と相関図が、一斉に飛び出した。

 

「アーニー!」

「待ってくれ。これは想定外だ」

「想定内であってたまるか!」

 

 机の上が、一瞬で紙の海になった。

 アストリアが家系図を押さえ、ハーマイオニーが新聞の切り抜きを拾い、パドマが裁判記録を守る。ドラコは飛んできたアーニーの相関図を見て、心底嫌そうな顔をした。

 

「なんだこの線の多さは」

「真実への道だよ」

「迷路の間違いだろ」

 

 わたしはロルフの資料を押さえようとして、はっと手を止めた。

 古い音楽雑誌が、一枚の孤児院資料の上に重なっていた。

 そこに、同じ名前があった。

 ルーナが静かに頷いた。

 

「やっぱり」

 

 古い音楽雑誌には、派手な衣装を着た男が写っていた。スタビィ・ボードマン。ホブゴブリンズの元ボーカルだ。ルーナが以前、「シリウス・ブラックは本当はスタビィ・ボードマンなのでは」と主張していた人物である。

 正直、その説はだいぶ遠くまで飛んでいると思っていた。箒でいうなら着地地点が見えない。

 けれど、その雑誌の隅に、穏やかそうな中年の男が写っていた。

 

「この人、スタビィ・ボードマンの一番大きな後援者だったの」

 

 ルーナが言った。

 

「音楽ホールを貸したり、孤児院の慈善演奏会を開いたり、いろいろ支援していたみたい。孤児院の院長をやってたんだね」

 

 パドマが死亡者名簿を覗き込み、顔を上げた。

 

「死亡者名簿にも同じ名前があるわ」

「え?」

「孤児院長と、スタビィ・ボードマンの後援者。それから、マグルの被害者として処理された死亡者名簿の名前も同じ」

 

 部屋が、少し静かになった。

 

「でも、魔法界の音楽雑誌に載ってるんだよね?」

 

 わたしが言うと、ハーマイオニーが低い声で言った。

 

「ただのマグルではない可能性があるわ」

「スクイブかもしれないわね」

 

 パドマが言った。

 

「魔法は使えないけれど、魔法界のことを知っていた。だから魔法界の音楽関係者を支援できた。マグル社会で孤児院を運営していたことにも説明がつく」

 

 スクイブ。

 魔法界に生まれながら、魔法を使えない人。

 その人が、マグルの孤児院の院長をしていた。スタビィ・ボードマンの後援者でもあった。そして、シリウス・ブラックの事件でマグルの被害者として処理された。

 それは、偶然にしては、あまりに重なりすぎていた。

 

「そっか、スタビィ・ボードマンはスポンサーがいなくなったから引退したんだね」

 

 ルーナが納得した顔で頷いた。

 

 その時、ドラコが一枚の写真を拾い上げた。

 

「……おい」

「何?」

 

 写真は、孤児院の庭で撮られたものだった。子どもたちが並んでいる。毛布を持った女の子。膝を擦りむいた男の子。笑っていない小さな子。端の方に、黒髪の男の子が写っていた。

 ドラコは、その子をじっと見ていた。

 

「この子」

 

 声が少し硬い。

 

「フェルディナンド先輩に似てないか」

 

 誰も、すぐには返事をしなかった。

 わたしも写真を覗き込む。小さな男の子だ。今のフェルディナンド先輩とは年齢も背丈も違う。けれど、目元が似ている。口元を引き結ぶ癖も、どこか似ている。

 アストリアがそっと息を呑んだ。

 

「確かに……似ています」

「スリザリンでよく顔を見ているドラコが言うなら、可能性はあるわね」

 

 ハーマイオニーが言った。

 ドラコは嫌そうに眉を寄せた。

 

「気づきたくて気づいたわけじゃない」

 

 わたしは写真の端に書かれた日付を見た。

 シリウス・ブラックが捕まった年。

 背筋が冷たくなる。

 もし、この男の子がフェルディナンド先輩なら。

 フェルディナンド先輩は、事件の外側の人ではない。

 事件の中にいた子どもだ。

 

「でも、まだ本人とは限らないわ」

 

 パドマが言った。

 

「似ているだけで、記録上の名前も違う」

「偽名かもしれない」

 

 アーニーがすぐに言った。

 

「孤児院に偽名で預けられていたブラック家の子ども。シリウス・ブラック事件。スクイブの院長。つまり──」

 

 アーニーが真剣な顔をする。

 

「待って」

 

 ハーマイオニーが先に止めた。

 

「まだ“ブラック家にスリザリンの継承者がいた”に戻らないで」

「戻るつもりはなかったよ」

 

 アーニーは少し傷ついた顔をしたが、すぐに別の羊皮紙を拾った。

 

「孤児院にフェルディナンド先輩がいたと知られたら困る誰かが隠蔽していたんじゃないか」

 

 わたしはブラック家のパーティーを思い出した。

 セラディーナ・ロウル。

 フェルディナンド・ブラック。

 正妻の子ではない、けれどブラックの血を引く当主候補。

 フリント先輩の言葉が耳に残っている。

 半端な場所に置かれていた男に価値が生まれた。

 

 フェルディナンド・ブラックは孤児院に預けられていたのかもしれない。

 

「真犯人には協力者がいるはずだ。その協力者を協力者Aとした場合──」

「相関図はあとで」

 

 わたしとハーマイオニーとアストリアの声が重なった。

 アーニーは素直に羊皮紙をしまった。今日のアーニーは判断が早い。保留箱を爆発させたこと以外は。それすらも良かったのかもしれない。

 

 パドマは、裁判記録の写しを机に置いた。

 

「実はもう一つ気になることがあるの」

「何?」

「ピーター・ペティグリューの死亡確認」

 

 ハリーがぴくりと反応した。

 パドマは記録を指で押さえた。

 

「遺体は確認されていないでしょ?」

「でも、指しか残ってなかったんだよね?」

 

 ハリーが低い声で言った。ハーマイオニーが顔を上げた。

 

「スプランチングってことは考えられない?」

「ええ。姿くらましに失敗して、体の一部を置き去りにする事故。事件資料で読んだことがあるわ」

 

 パドマが頷く。

 

「つまり」

 

 アーニーが身を乗り出した。

 

「ピーター・ペティグリューは、姿くらましに失敗して指だけ残して逃げた」

「可能性よ」

 

 パドマが訂正した。

 

「本来なら、指一本では死亡確定にできないはず。ほんと、この事件の担当者は何をやってるのよ」

 

 指一本。

 それは、度々ピーター・ペティグリュー死んだ証拠として扱われていた。

 でも、指一本は、人ひとりではない。

 新聞記事ではピーター・ペティグリューは死んだことになっている。裁判記録でもだ。シリウス・ブラックは、その死の犯人として扱われている。

 けれど、もし最初の一行が間違っていたら。

 ピーター・ペティグリュー死亡。

 その一行が間違っていたら、そこから先の記録は全部、違う形に見える。

 

「ありえないと思っていたんだけど、ピーター・ペティグリューは生きているのかも」

 

 ハリーが小さく言った。

 全員がそちらを見る。

 

「どういうこと?」

 

 パドマが訊いた。

 

「忍びの地図っていう地図があるんだ。ホグワーツの中にいる人の名前が出る。それにピーター・ペティグリューの名前が載っていたんだ」

 

 ハリーが言うには、一見するとただの羊皮紙のようだが、ホグワーツの中にいる人の名前が表示されるらしい。

 

「なんで早く言ってくれなかったのよ」

「さすがに見間違いだと思ったんだよ」

「手元にある?」

「今は持ってない」

「今は?」

 

 ハーマイオニーの声が一段低くなった。

 ハリーは気まずそうに視線をそらした。

 

「前に没収された。ルーピン先生が持ってる」

「没収」

 

 ドラコが鼻で笑った。

 

「さすがハリー・ポッターだな。怪しいものを持ち歩いて、きっちり教師に取られる」

「今それ言う場面じゃないでしょ」

 

 パドマは二人のやり取りを遮るように、裁判記録の写しを机に置いた。

 

「確認しましょう」

「今から?」

「ピーター・ペティグリューの死亡確認は、指一本に基づいている。その人物の名前が現在もホグワーツ内に出るなら、まだ生きているのかも」

 

 ハーマイオニーも頷いた。

 

「ルーピン先生なら、地図の信頼性も分かるはずよ」

 

 アーニーが勢いよく立ち上がった。

 

「つまり、魔法書研究会として正式に調査協力を要請するわけだね」

「正式かどうかは分からないけど」

 

 わたしは机の上の資料を見た。

 ここで止まるには、紙が多すぎた。

 

 ルーピン先生の研究室へ向かう廊下は、いつもより長く感じた。

 人数が多いせいでもある。

 ハリー、ハーマイオニー、アーニー、パドマ、ルーナ、アストリア、ドラコ、そしてわたし。

 完全に押しかけである。

 

「この人数で行く必要あるのか」

 

 ドラコが言った。 

 

「証人は多い方がいい」

 

 アーニーが真剣に答えた。

 

「お前が言うと不安になる」

「なぜだい」

「相関図を作るからだ」

 

 ルーナは廊下の壁を見ながら、のんびり言った。

 

「ルーピン先生、驚くかな」

「驚くと思う」

 

 ハリーが答えた。

 

「ピーター・ペティグリューの名前を見たって言ったら、たぶんもっと驚く」

 

 その言葉で、少しだけ空気が重くなった。

 ルーピン先生は、研究室にいた。

 古い本と羊皮紙に囲まれ、湯気の立つ紅茶を前にしていた。わたしたちがぞろぞろ入っていくと、さすがに目を丸くした。

 

「……ずいぶん大人数だね」

「先生」

 

 ハリーが前に出た。 

 

「忍びの地図を見せてください」

 

 ルーピン先生の表情が、ほんの少し変わった。

 

「ハリー。あれは没収したものだ。遊び道具として返すわけにはいかない」

「遊びじゃありません」

 

 パドマが静かに言った。

 

「ピーター・ペティグリューの名前を確認したいんです」

 

 その瞬間、ルーピン先生の手が止まった。

 紅茶の湯気だけが、ゆっくり揺れていた。

 

「……誰の名前だって?」

「ピーター・ペティグリューです」

 

 ハリーが言った。

 

「僕は、地図でその名前を見ました」

 

 ルーピン先生は、しばらく何も言わなかった。

 怒っているのではない。

 困っているのでもない。

 もっと、別の顔だった。

 古い傷に、急に指が触れたような顔。

 

「ハリー」

 

 ルーピン先生は低い声で言った。

 

「その名前を、どこで見た」

「グリフィンドール寮の談話室です。見に行ったらいなかったけど」

 

 ルーピン先生の顔から、血の気が引いたように見えた。

 ハーマイオニーが息を呑む。

 パドマが、裁判記録を差し出した。

 

「ピーター・ペティグリューの死亡確認は、遺体ではなく指一本に基づいています。死亡確定とするには不十分です。もし地図に名前が出るなら、確認する必要があります」

 

 ルーピン先生は、パドマを見た。

 それからハリーを見て、最後に机の引き出しへ視線を落とした。

 

「……君たちは、どこまで調べたんだい」

「まだ、何も分かりません」

 

 わたしは答えた。

 

「でも、分からないまま人を犯人にした記録なら、信用できないと思いました」

 

 ルーピン先生は、ゆっくりと机の引き出しを開けた。

 そこから、古びた羊皮紙を取り出す。

 ハリーが使っていた忍びの地図。

 先生は杖を向け、低く呟いた。

 

「われ、よからぬことをたくらむ者なり」

 

 線が走った。

 部屋が、廊下が、階段が、名前が、羊皮紙の上に浮かび上がる。

 

「……いた」

 

 ハリーが呟いた。

 

 ピーター・ペティグリューの名前は3階の廊下にいた。

 ルーピン先生は、何も言わなかった。

 ただ、その名前を見ていた。

 まるで、死んだはずの過去が、紙の上で動いているのを見ているように。

 

「ピーターが生きてるなら」

 

 その声は震えていた。

 

「僕は、聞かなきゃいけない」

 

 父さんと母さんのことを。

 ハリーはそう続けなかったのに、みんな分かった。

 その時だった。

 ピーター・ペティグリューの名前が動く。

 3階廊下から階段に。

 

「動いた」

 

 ルーナが言った。

 のんびりした声なのに、背筋が冷えた。

 ルーピン先生が地図を掴むように見た。

 

「下に向かっている」

 

 ハリーがそう言って走り出した。

 

「ハリー!」

 

 ハーマイオニーが叫んで、わたしたちもハリーを追いかける。

 ルーピン先生も、地図を握ったまま立ち上がった。

 

「待ちなさい!」

 

 待てるはずがなかった。

 死んだはずの名前が、いま、わたしたちのいる城の中を動いているのだから。

 

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